魔闘競技大会~その⑳~空前絶後の超決戦!魔闘競技大会決着!(エピローグ)
強くなりたかった――。
誰からも奪われる事もなく、誰かを守れるくらいに――。
だが、才能の無い自分には不相応な夢だった――。
大切な人を守ることも出来ず、大切な場所にいられなくなった――。
あの頃の弱い自分と決別するために、強さを追い求めた――。
だけど、どれほど修行を積み重ねたところで、不安を拭い去る事は出来なかった――。
なら、あの人に勝つ事が出来たなら……。
紅蓮の輝きを纏った熾輝の視線が凌駕に向けられる。
「ついに極めたか。それがお前の極意」
「お待たせしました。ここからが本当の勝負です」
熾輝のオーラが激しさを増し、凌駕は膝をついた状態で不敵に笑った。
「行きます!全身全霊で彼方を倒す!」
「来い!お前の最強を凌駕する!」
次の瞬間、紅蓮のオーラが炸裂し、恐るべき推進力を得て凌駕へと迫る。
――流星歩!
「ッ――!!?」
それはまるで夜空を駆け抜ける流れ星の煌めき。
人間の反射速度を超えて突進してくる熾輝の動きに対応できたのは、流石と言っていい。
しかし、縮地で回避してなお、凌駕の頬に傷が刻み付けられた。
――これが極意を極めた熾輝のスピード!縮地を使っても回避しきれないだと!?
回避は出来た、攻撃も頬を掠めた程度、だが凌駕の表情が明らかに厳しく、しかし花が咲くように笑った。
「だからこそ、心が踊る!」
縮地による接近からの連撃。それを危なげなく躱す熾輝。
ただ危なげなく躱しているのではなく、動きの全てが自然体、そして回避と攻撃を常に繋いでいく。
まるで、凌駕の動きを見切っているかの如き動きだ。
――チィッ!読みは俺の十八番だっつーのッ!!?
精神の乱れが攻撃に現れたかのような右の大振り。その隙を見逃す熾輝ではない。
右腕を掴み、そのまま背負い投げる!
「グッ――!!?」
武舞台に叩きつけた瞬間、床が陥没して四方八方に亀裂が走る。
ギリギリで受け身を取った凌駕であるが、確実にダメージが入った。
――震脚ッ!!
追い打ちをかけるように放たれたのは、馬鹿馬鹿しいまでの威力が込められた一撃。
まともに受けたら顔面が潰れていただろう。
ギリギリのところで身体を捻って回避には成功した。だがしかし、こればかりは、凌駕の澄ました表情を引き攣らせた。
「……あぶねぇ」
この瞬間、凌駕は自分の優位が消えた事を認識させられた。
――ここで崩す!
相手に余裕が無くなった事を感じ取り、ここぞとばかりに次々と攻撃を繋げる熾輝。
激しい攻防の中で、お互いに有効打が何度も撃ち込まれる。
しかし、状況とは常に変化していくものである。次第に熾輝の有効打撃が凌駕の攻撃の数を上回り始めたのだ。
だが、凌駕とて伊達に修羅場を潜っていない。
熾輝が調子を上げてきたのなら、それに順応するのが五月女凌駕という漢。
乾いた空に響く重厚な拳戟の合奏。それは武舞台で舞う2人の達人にとって、この世に存在するどんな楽器よりも心を酔わせる、甘美な音色だった。
「……強い」
凌駕は、未だかつて、同世代の者で、これほどの手合いに出会った事など、ただの一度もなかった。
こんなにも満ち足りた充足感を味わえるとは、思わなかった。
まさか熾輝が全く同じ事を考えているなど露ほども考えていない凌駕の口元が、またも笑みに染まる。
そして、流動する武舞台の上で、凌駕が笑みを浮かべた次の瞬間である。
「つッ!?」
余裕のない呻き声。
熾輝は慌てながら、地面を滑るようにして無理やり屈むと、体勢の変化を利用して攻撃の軌道を強引に下へ逸らし、そのまま凌駕の足を蹴り払う。
跳ぶことで熾輝の一撃を避けた凌駕は、電流迸る右腕を伸ばし、熾輝へと撃ち放った。
当たるまいと、熾輝はオーラで形成したナイフを彼の胸元目掛けて投擲する。
ナイフは電流を切り裂き、凌駕へと向かうが、上半身を大きく反らしてナイフを避ける。
その間に熾輝は転がる様にして距離をとり、体勢を立て直す。
「…いい読みだ」
右拳を突き出すように構える凌駕。
凶悪に迸る電流の光が、彼の顔を不気味に彩った。
「喰らっていたら意識どころか魂まで昇天するところだった」
「お前なら凌ぐと確信していた」
「お褒めに預かり、光栄なことで」
「…別に褒めていない」
「褒めてないの?今の会話って普通に褒められたと受け取ってもいい流れだよね?」
そんなコントを繰り広げながら、熾輝は頭をフル回転させて対策を考えていた。はっきり言って、これは非常に厄介である。
オーラ越しなど関係ない。触れたらお終いなのだから。
「…攻め辛いか?」
「とても」
「なら、ずっとこのままでいくぞ」
「ひっどいなぁ…」
話はお終いだと言わんばかりに、その場から掻き消えるような速度で熾輝に突き進んでいく。
縮地により一気に間合いを詰め、懐に潜り込んでくる。
「ちッ!」
思わず舌打ちした熾輝は、そのまま半身だけ身体を横にずらし、凌駕の雷撃を紙一重で回避しながら、時折り大きくバック転をしつつ、アクロバティックな動きで武舞台を移動するようにして逃げ続ける。
「ちょこまかと、…大人しく観念しろ。今なら一撃で終わらせてやる」
「断る!それにまだまだ試合はこれからだ!」
「?」
凌駕は、訝し気な表情を浮かべながら熾輝を追撃する。
「ただ逃げ回っていただけじゃないぞ!」
凌駕が雷撃を振り下ろした一瞬の隙を見計らい、流星歩で後方に跳躍すると、いつの間にか地面に垂れていたオーラの糸を思いっきり引っ張った。
武舞台に張り巡らされた糸がピンと引き延ばされ、凌駕は逃げる間もなく己の両腕ごと身体を締め付けられた。
熾輝はオーラで形成した杭を素早く地面に打ち込み固定した。
「派手な動きで逃げ回っていたのは、俺を捕縛するためか」
「正解です!」
この状況では雷撃も意味を成さず、いくら凌駕でも腕を縛られて手首しか動かせない状態でオーラの糸を切断することなど不可能であった。
「…やってくれたな」
凌駕にとって絶体絶命の危機、熾輝にとっては最大最高の好機。
この機を見逃すなど、底なしの馬鹿でも有り得ない。
「…だが、経験不足だ」
凌駕の顔面に鉄拳を見舞い、意識を刈り取ろうと目論んだ熾輝は、流星歩によって間合いを潰しに掛かった。
――次の瞬間、武舞台を暴風が駆け巡った。
「ッ――!!?」
強烈な突風に煽られるも、今の熾輝の推進力をもってすれば意にも介さず突き進める…ハズだった。
しかし、熾輝は凌駕へ向かう事をせず、武舞台を駆け巡り始めたのだ。
それもそのハズ、武舞台の中で暴れまわる風は、ただ動きを阻害するだけの妨害目的ではなく、その一陣にはカマイタチという名の真空の刃が幾つも仕掛けられていた。
「まだまだ終わりじゃないぜ」
カマイタチを利用して捕縛糸を切り裂いた凌駕は、自由となり、逃げ回る熾輝に向けて攻撃を始める。
――赤色彗星乱舞ツ!
先に熾輝を追い詰めた無限赤色彗星乱舞と比べると、明らかに気功弾の弾幕は薄い。
代わりに威力と精密度が跳ね上がっている。
だが、技を発動中は、能力を発動する事が出来ないのか、それともブラフか…とにかく、暴風が止み、替わりに気功弾の嵐が降り注ぐ。
――流星歩ッ!
狙い撃ちにされるも、驚異的なスピードとバク転、ムーンサルといったアクロバティックな動きで赤色彗星乱舞を回避する。
ただ回避するだけでは、拉致があかない。そのことは熾輝も十分に理解している。故に弾幕の中を突き進む。
撃ち込まれる気功弾を躱し、時に逸らし、受け流す。
「正面突破か!ならッ!」
接近する熾輝に気功弾が当たらないと判断した凌駕は、技をキャンセルし、構えをとった。
両者の目が細められ交錯すると、再び互いに拳を突き出す。
そして、見開かれるのと同時に凌駕が右腕に帯電させていた電流を放った。その拳先から猛り狂うような電撃が流され、熾輝を襲う。
当たると確信して放った電撃は、確実に熾輝を撃ち貫いた。が、直撃をくらったハズの熾輝の姿がブレて霧散した。
――幻幽拳!
攻撃を受ける直前に、残像を作り上げて身代わりにしたのだ。
「そう来るだろうと思ったぜ!」
回避先を読んでいた凌駕の足元から氷塊が生み出され、地面を氷漬けにしながら熾輝を襲った。…次の瞬間、熾輝は自らが作り出したオーラの刀で真正面から真っ二つに切り裂く。
しかし、切り裂いた直後に、オーラ刀は砕け散った。が、これで凌駕と熾輝との間に邪魔する物はなくなった。
能力発動直後の影響で一瞬の隙が生まれた凌駕。
その懐に高速移動の流星歩で潜り込み、鉄拳が凌駕の鳩尾にめり込んだ。
「グハッ――!!?」
馬鹿馬鹿しい威力と表現する他ない一撃が叩き込まれ、凌駕は武舞台を何度もバウンドし、吹っ飛ばされた。
その光景を目の当たりにして、誰一人として武舞台から目を逸らそうとはしない。
既に人間の域を超えているのではないかと錯覚させる達人同士の戦いに、この場に居る観客の尽くが魅了されていた。
「……能力を切り裂くなんて卑怯だろ」
腹を押さえながら立ち上がった凌駕は、憎たらしそうな表情を浮かべていた。
「そっちこそ、多重能力をバンバン使ってくるなんて、ずるいって話ですよ」
まるでゲーム中に相手のズルを咎めるかのような気楽な口調に思わず苦笑いしたくなるが、荒れに荒れた武舞台の惨状を見ると、浮かびかけていた笑顔もそのまま凍る。
「…たくっ!能力を放ってもぶった切られて意味がねぇ。俺にとっては、やりずらい相手だよ」
そう言った途端、彼の背後にずっと寄り添っていた死神が突然消えた。そして…
「……これならどうだ?」
そんな一言と共に、凌駕の周囲の空気が歪んだ。
その正体は空気の密度が低くなったことによる、光りの屈折現象である。
溢れ出すオーラの密度の濃さは、それだけで耐性の無い人間を溺れさせることが出来るかもしれない。
口にするのも馬鹿馬鹿しい程の強大な力の奔流が、熾輝の前髪を激しく嬲った。
これほどの力を行使できる人間が、世界に何人いるというのか―――能力者が目の前の光景を直視すれば、己の凡庸さをさぞ呪うことだろう。
事実、会場にいる能力者風の人間は、その誰もが、どこか諦観したような生気のない瞳を晒していた。
「これが俺の極意【百花繚乱】の真の力だ」
凌駕から放たれる赤青い輝き、そしてオーラの変化と共に彼の右眼と左眼がそれぞれ赤と青の魔眼へと変化した。
「この状態……人前で解放するのは初めてだ」
どこか嬉しそうに告げる凌駕に対し、苦笑しながら肩をすくめる熾輝。
そこにあるのは、お互いを認め合った者同士が紡ぐ特有の空気だった。
「それはそれは、光栄の極みです」
「あぁ、誇っていい」
「………」
凌駕から放たれる威圧、熾輝の肌を刺す熱波と悪寒が、背筋に冷や汗を流させた。
これはまずい。凄まじくまずい。崖の淵に立たされたような恐怖が全身を萎縮させる。とはいえ――
――まだ制御もロクに出来ていないけど、使うしかない!
凌駕の魔眼への対抗策としてのカードを切る。
それは、熾輝の右眼に宿る魔眼の発動を意味している。
漆黒の瞳に映し出される粒子は、まるで夜空に浮かぶ星々の煌めき。
その魔眼をある少女は【星の瞳】と呼んでいた。
そして、その魔眼の力は……
――爆縮地ッ!!
通常の縮地を上回るスピードでの高速移動、いかに極意を発動中といえども捉えるのは至難の技だ。
「ッ――!?」
「つッ―!!」
だが反応してみせた、本来なら必中必殺であるハズの凌駕の攻撃を掌で受け止めたのだ。
それを可能にしたのは魔眼【星の瞳】の能力によるもの。その真の力は高速行動能力。移動に限らず行動全般…つまり思考・感覚までもが加速されるというもの。
これにより、凌駕のモーションサイトの有利を打ち消す事が出来た。
「お前ッ!その眼は!」
「魔眼持ちが自分だけと思わないで下さい!」
掌に治まった凌駕の拳を、そのまま横に払う動きを利用しての回転から放たれるは…
――螺旋気流脚!
――螺旋気流脚・改!
護りの動きをそのまま攻撃へ繋げていたのは熾輝だけではない。
凌駕もまた払われた事により身体を回転させて技を発動させていたのだ。
両者の螺旋気流脚がぶつかりあう。しかし…
「なッ――!!?」
先程まで攻撃力においては、凌駕の上を行っていたハズの熾輝の気流脚が押し負けた。
「甘いぜ小僧!俺の流派は【帝国式戦闘術】!その中には心源流の技も含まれている!しかも――!」
心源流の螺旋気流脚から疾風怒濤、空手の回し蹴りから手刀、そして――
――鬼幻術・震天動地改!
世界大戦時、ある男が考案した流派。それが【帝国式戦闘術】であり、日本のありとあらゆる武術を統括・編纂されたもの。この流派はいずれも実践的で強力な力を持ち、武術的な禁術指定されたものも少なくない。
故に流派を継承されたものは、大戦時において、選ばれた精鋭のみであり、考案者を除く全ての継承者が大戦時において死亡したと伝えられている。
「お前の武術は俺に通じない!!」
「ッッッ―――!!!!?」
圧倒的な力――。
死の宣告―――。
魔眼を発動させた程度では、埋められない圧倒的な力の差。
こんな凄い武術を簡単に行使できる凌駕が羨ましくて堪らない。………だからこそ。
――ごめん、咲耶。ごめん、燕。ごめん、可憐。ごめん、朱里。ごめん、みんな。俺、やぱり自分の力を試したい。
脳裏に過る大切な者の顔が走馬灯の様に浮かんだ。
そして、武舞台を見つめる少女たちの顔は、一様にして顔を強張らせて熾輝を見守っている。
熾輝の顔色から何かを察したらしい少女たちが、これまでにないほど焦った顔で何かを叫んでいる。
「「「「―――――ッ!!!!」」」」
目に涙を溜めて何かを懇願する少女たちに対し、熾輝は微苦笑を浮かべる。
劉邦もこれまでに無いくらい険しい顔をしている。だが、それでも熾輝に向けて小さく頷くと、腕を組んで静観の姿勢を示した。
どのような結果であれ、最後まで見守ってくれるようだ。ここらへんは男同士、通じあえるに違いない。
『UWWWWWWWWWWWッ―――!!!!!!!!!』
極意【全身全霊】・獅子奮迅・游雲驚竜という熾輝が持ちうる限りの切札全開放。
「行くぞ五月女凌駕ッ!真っ向勝負だッ!」
「………そうか。さようならだ、八神熾輝」
無慈悲な別れの言葉と一緒に、避ける術も防ぐ術もない絶技が熾輝の視界を埋め尽くした。
――VIP席の誰もが、この戦いの顛末を見届けるように、全ての者が知らず知らずに席を立ち、武舞台の戦いを目に焼き付ける。
「アンタが言うように、熾輝はアタシ等の技をひたすら模倣し続けてきた。才能が無い分、誰よりも努力して、それを自分の物にする事に必死だったし、そこに独創性なんてものを挟む余裕すらなかっただろうよ」
「…それならば、アレの扱う流派を超えた五月女凌駕には、どう足掻いても勝つ事は――」
「けどね、武術の継承とは、すなわち模倣から始まるんだよ。土台を極限まで広げ、固めたあの子の武は、アタシ等の想像を超えたものへと進化するハズさね」
昇雲が握る拳は、僅かに震えており、まるで愛弟子の戦いを祈る思いで見守っていた。
それを見た御代は、それ以上、口を開くことはしなかった。そして…
――鮮血が武舞台を染め上げ、何度も床をバウンドしながら吹き飛ばされる熾輝に、凌駕は追撃の手を緩めず、更に激しさを増していく。
ギリギリのところで意識を保ち、致命傷をさけてはいるものの、もはやサンドバック状態であり、その身体は見るも無残となったボロ雑巾のようだ。
――どうしたらいい。
持ちうる技が通じない。
――どうしたらいい!
頭をフル回転させても、対抗策が思いつかない。
――負けたくない!
加速する思考の中で、勝利への渇望を叫び出す。
そして、引き延ばされた時間の中で、熾輝の意識を塗りつぶすために放たれる凌駕の必殺の型が鮮明に映し出された瞬間、受け入れがたい敗北を予感した……
『『『『『――――――――――――――――――――』』』』』
その時である、熾輝の意識の中を走馬灯が駆け巡った。
それは、今まで培ってきた修行の日々、今まで縁を結んできた人々との何気ない会話や思い。それらの全てが結晶となり、熾輝の中にヒントを与えた。
――これまでの技が通じないなら、新しい技を作れば良い!
正直、これから生み出そうとする技の理論も何も全く理解なのどしていない。まさに虚像の産物だ。しかし、熾輝の身体に、魂に刻まれてきたものは、彼自身の理解を超えて実現する。
――俺ならできる!俺ならできる!師匠たちとの修行のときだって、いつも行き当たりばったりだったじゃないか!大丈夫だ、自信を持て!八神熾輝ッ!!
熾輝は自分を鼓舞するように叫ぶ。
「俺はもう……何も出来ないで泣くことしか出来なかった、昔の自分とは違うんだあああぁぁぁッッ!!!」
容赦なく命を刈り取りに来る赤青いオーラの大剣。振り下ろされれば、間違いなく自分事、武舞台を真っ二つに出来る必殺の一撃。
死の色に輝く光りの中で熾輝は、静かに笑った。
「行くぞッ――!」
振り下ろされる死の一刀を渾身の力で受け止めたそれは、古来より伝えられる絶技【真剣白刃取り】。
「ッ――!!?」
押し込まれないように必死で踏ん張りながらも、両手を翳し、凌駕の攻撃を凌ぐ。
その衝撃に、武舞台の半分以上が粉々に砕かれ、地獄の様な光景が皆の眼前に広がる。
「…お前は、よく頑張った。安らかに眠れ」
どこかもがき苦しむように抵抗する熾輝に対する死の宣告。
「人を勝手に殺すのは、止めてもらえませんかねぇ!!」
片膝をついて、荒く息を吐く。
その両手は、白煙をあげて、異様な臭いを醸し出す。
凌駕の大剣が、それ程までにエネルギー密度が濃い事を物語っているのだ。
触覚は、次第に薄れ、あるのは文字通り焼ける様な激痛のみ。
きっと、手を離せば、見るに堪えない惨状を露呈してくれるに違いない。
だが、それでもこの両手はまだ動く。まだ、動くのだ。
「行くぞッ!これが俺の!最後の全身全霊ッ!!」
文字通り、熾輝の全てが集約され、結晶となった新技が発動する。
――虚像と実存!!!!
白刃取りを行う熾輝の姿が二手に別れた。
――残像ッ!?
大剣から伝わる確かな感覚が、凌駕に目の前に熾輝がいると実感させる。剣を押し込もうとしても、それに抗おうと、押し返してくるのだから、間違いない。
だがしかし、その実感があってなお、捨てきれない確証があった。
――実体がある…分身か!
目の前で白刃取りを行うシキ、そして二手に別れ、凌駕の左右を輪舞のように回転しながら後ろへ回り込もうとする熾輝。
それら3人の熾輝を分身と見破ったのは、他でもない、凌駕の右眼に宿るモーションサイトによるものだ。
モーションサイトは物の動きをスローモーションで捉えるだけの魔眼ではなく、オーラを見切る事ができる。
故に彼の右眼が言っている…『熾輝は3人いるぞ』――と!
「チィ――!」
単純な能力による分身ではない。もしも能力であるのなら、3人の内の2人がオーラによって具現化された偽物だ。
だが、凌駕の魔眼が偽物の可能性を完全に切り捨てている。
――これは、中国のヤツの技に近い…いや、アレとは別物だ
実体を持った3人の熾輝を見て、思い出されるは中国代表選手の雷劉邦が扱った形意拳だ。
劉邦は、イメージ力と威圧を駆使する事により、龍の幻を見せる【龍拳】を使った。
龍拳は、武術を魔術の域にまで押し上げたと達人たちに評されている。
そして、その龍拳を超え、昇華させた熾輝の【虚像と実存】 は、武術を魔術…いや、もはや魔法の域にまで押し上げたのだ。
この世には、幾つも分岐する世界…平行世界という概念が存在する。そして、その分岐する平行世界の可能性を召喚したのが熾輝の【虚像と実存】だ。
片や大剣に対して白刃取りを行う平行世界の熾輝。
片や凌駕の後方へ輪舞のように回転しながら移動する平行世界の2人の熾輝。
つまりは、この一瞬において、3対1の状況を作り上げたのだ。
「ッ――!!」
凌駕の対応が遅れる。
必殺の一撃を食い止める熾輝のせいで、攻撃の手を緩める事が出来ないのだ。
このまま力技で押し込む事もできるが、それでは後ろに回り込もうとしている熾輝への対応が間に合わなくなる。
それを一瞬で理解した凌駕は、白刃取りしている熾輝を蹴り飛ばした。
強制的に大剣から振りほどかれた熾輝にラグが起き、まるでテレビの映像が乱れるように消えた。
次いで、身体を捻り、大剣を横なぎに振るう体制をとった。
身体より先に振り向いた凌駕の視線の先には、必殺の一撃を放とうとしている2人の熾輝の姿が映る。
鏡写しで両拳を腰高に構えてた動きからの踏み込みの際、手の付け根を合掌させたそれは、まるで龍のアギトを彷彿とさせる。
しかも、馬鹿馬鹿しい程のエネルギー量が集束している。
いかに凌駕といえど、この一撃を喰らえばただでは済まない。
――間に合わねえッ…!!
タイミングから左の熾輝を切り捨てることは、出来るだろう。しかし、それでは右の熾輝の攻撃の方が速く己に届く。
横なぎに振るった大剣が左の熾輝に直撃する…その瞬間、熾輝は技の軌道を捻じ曲げて、大剣にぶつけたのだ。
高密度のエネルギー同士の衝撃によって、凌駕の大剣は空中へ吹っ飛び、左の熾輝は消え去った。
だが、右の熾輝…いや、本体は生き残り、全身全霊の一撃が放たれる。
――紅蓮龍の轟咆ッ!!!!!
熾烈に輝く龍のアギトが凌駕の胴体に牙を立てた。
高密度に圧縮されたオーラが凌駕を飲み込むと、武舞台を半壊させて、客席に張られた結界を突き破り、そのまま天空へと消えていった。
武舞台の半壊に伴い、巻き上げられた白煙が2人のバトルフィールドを包み隠している。
戦いの結末を見届ける全ての者達の視線は、一点に集められ、視界が晴れ始めるに連れて緊張が走る。そして…
「……本当に強くなったな。……次は、仙術とやらを使って、戦ってほしい」
「………いつか、ものに出来たら必ず」
ゼロコンマのゆっくりとした時間の流れが終わり、気が付くと胴体に十文字の傷を刻み付けられ、熾輝の首元ギリギリのところで凌駕の手刀が停止していた。
「……あぁ、待っている」
小さく微笑んだ凌駕に微笑み返そうとする熾輝。
「ゲホッ――!!」
しかし、代りに口から出てきた大量の赤黒い血が凌駕の上半身を汚す。
吐血は内臓器官を大きく損傷している証拠だ。
「ごめ……さい……服……汚し……」
「気にしなくていい」
服を汚してしまったことに弱弱しく謝罪する熾輝をそっと地面に寝かせると、凌駕は武舞台の外で待機していた医療班を呼んだ。
あのとき、熾輝の最後の一撃を受けた凌駕が発動させたのは、力を受け流す系統の能力。
本来は大砲などの兵器による攻撃に対して、限定的に使用される能力である。
凌駕は、あの一瞬、熾輝の【紅蓮龍の轟咆】がその域にあると認め、能力を使用したのだ。
そして、能力使用と同時に放った必殺の型が熾輝にトドメをさした。
『――勝負あり!熾烈!苛烈!激烈極まる一騎討ちを制したのは、我らが最強のスター!五月女凌駕だあぁぁぁッ!!!』
大地が割れるような大歓声と拍手喝采で会場が包まれる。
VIP席のお偉い方が何やら慌しく動いていたが、今は気にする余裕もない。
ただ、意識を失う直前……一人だけVIP席に座ったまま、気味の悪い笑みを浮かべている男性と目が合った気がした。
――あぁ、……もう一度、あの場所に帰りたかったなぁ
そんな想いを残し、熾輝の意識は闇に溺れる―――。




