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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
国際魔闘競技大会
257/295

魔闘競技大会~その⑲~熾輝vs凌駕 極意極まる

『――朝飯で腹は膨れたか!?食休みは済ませたか!?試合中の手洗いなんて末代までの恥になるぞッ!さあッ!決勝戦の始まりだああぁ!』


 決勝ということもあり、司会の実況にも熱が入っている。


『まずは朱雀門より!この選手の入場です!!』


 入場口から登場した熾輝に喝采が巻き起こる。

 痣や傷が身体の至る所に刻まれており、これまでの戦いが如何に激戦であったのかを物語っているようだ。


『若干12才でありながら、最早その実力を疑う者は、この場において誰もいない!ロシア最強と名高いクリス・エヴァンスをほふり、学園の天才達をことごとく退けた!お前は本当に無才なのか!?いやッ、無才であり天才!【無才の天才】八神熾輝イイィッ!!』


 爆裂する歓声と拍手の高波。入場口から出てきた熾輝は、堂々と武舞台の中央へと歩いていく。


 が、いつの間にか聞いた事のあるような二つ名が付けられていた事に、従姉の顔が思い浮かび、戦う前に戦意を削がれそうになった。


『そして青龍門より!我らがスターの入場です!』


 観客の興奮と緊張が最高潮に達したとき、入場口の影からゆっくりと姿を現すのは、現時点で日本の未成年1500万人超の頂点――≪オン


 空気が割れる様な歓声の嵐が、一瞬のうちに静まり返った。


 この際、司会の行き過ぎた言動…正確に言うと凌駕をスター呼ばわりした事を非難する様な無粋な事は言わない。


 事実、凌駕を前にして、そこらの男性アイドルは裸足で逃げ出すと、素で思うから…。


『世界魔闘競技大会と銘打つ前、つまり日本魔闘競技大会に出場したのは、彼が若干7歳のとき!初出場初優勝を飾り、以来、今日に至るまで9回の大会を全て優勝で飾ってきた覇者!』


 凌駕の功績については、熾輝も存じている。しかし、改めて言われると本物の化物だと思わざるを得ない。


『アメリカ代表!使徒であるダニエル・ラルーソーを圧倒的力で退けた【オン】五月女凌駕アアァッ!!』


――会場全体が震えているような、途方もない存在感


 これが自分と同じ人間というカテゴリーに分類されている生物がかもし出しているのかと思うと、熾輝は鳥肌が治まらなかった。


『さあ!出揃いました!共に優勝候補を降しての決勝進出ッ!!片や無才と呼ばれた今大会のダークホース!これほどの大番狂わせが大会の歴史に存在していたでしょうか!決勝でもその大番狂わせを起こしてくれるのか、皆さんも期待されていることでしょう!』


 たかぶる興奮を解き放つように、司会者はマイクを握って口角泡こうかくあわを飛ばしながら叫ぶ。


『それとも!覇者の名に相応しく、今回もお前が勝ってしまうのか!?この試合は、まったく読めないぞーーーッ!!改めて言います!両雄が出揃いましたッ!!』


 武舞台の中央で相対したその瞬間から、この場は何人たりとも邪魔立てすることが許されぬ、2人のおとこだけの空間となった。


「来たな、八神熾輝」


 このまま試合開始に突入するかと思っていた熾輝に、意外にも凌駕が声をかけた。


「はい、アナタを倒しにここまで来ました」


 凌駕に応えるべく、熾輝は挑戦的な言葉をぶつける。

 それは、己を奮い立たせるために発した物なのか、それとも今回の大会に出場した目的が凌駕を倒すことだったのか。


「意外だな。お前は感情的なヤツじゃ無いと思っていたが?」

「それは昔の話しです。今の俺は、俺が強くなったと証明しなければならない」

「何故だ?」

「強くなければ護れないから」


 熾輝の言葉に対し、凌駕は『なるほどな』と、納得して背を向けた。


「残念だが、お前が強くなったと言う証明をさせてはやれない」

「それでも……たとえ選ばれた者でなくとも、力が足りずとも、漢には、どうしても引けない時があるんだ」


 言葉を交わした2人は、開始位置へと歩いていく。


 一方は、約束を果たすため。

 一方は、上に立つ者の責務のため。


 その両者のぶつかり合いが間もなく始まる。と言うのに、凌駕は花の蕾が咲くように小さく笑った。



――その様子をVIP専用の席からジッと見守る勇吾は、今まで一度として見た事がなかった息子の笑顔に驚愕した。


「まさか、あの凌駕が人前で笑みを浮かべるとは…」


 ふと見ると、傍に控えていた倉科和馬も唖然としている。


「和馬よ、この試合、どう見る?」

「さて、私には何とも言えません。ただ――」

「ただ?」

「面白くなる……とだけ言っておきましょう」

「そう――」

「随分と対戦相手を高く評価しているのですね」


 勇吾が『そうだな』と、言おうとして、いつの間にかVIPルームにやって来た五十嵐御代によって言葉を遮られた。


「しかし、五十嵐殿、貴女も知ってのとおり、八神熾輝を育てたのは――」

「えぇ、誰も彼もが一流の者達です。でも可哀想に、アレは亜流」

「亜流?」

「独創がなく、一流の人の模倣に終始するのがアレの限界」


 御代は、例え師が一流でも無才の熾輝では、ここまでが限界だと語る。


「それは、いささか早計では、ないでしょうか?」

「アナタは…」


 勇吾と御代の会話に割って入って来たのは、アメリカ代表チームの監督であるヤナギだ。


「彼は、この大会で幾度となく限界を超え、天才と呼ばれる者達を降してきました。我々の世界は確かに才能を何よりも重視します。しかし、才能だけでは推し量れない何かを彼は持っている」

「…いいでしょう、教育の達人と名高いアナタの言葉ですもの。私も無為に否定はしません。いずれにしろこの試合でハッキリとするハズです」


 それ以上を口にするつもりが無いのか、それとも開始のゴングが間近に迫っていたからなのか、御代は口を結び、ソファーに深く腰を沈めると、武舞台へと視線を向けた―――。 



『――さあッ!言葉は無用!あとは拳で語るのみッ!第1回世界魔闘競技大会決勝戦、始めええぇぇッ!!!』


 司会者の声が闘技場内で木霊するより早く、拳と拳が激しく撃ち鳴らされた。


 2人の初動を目で捉える事ができた人間はほんの一握り。

 スタートダッシュを決めるように一気に間合いを詰めた2人が挨拶替わりのストレートをぶつけあったのだ。


 会場に轟いた拳戟の余波――拳圧が風となって武舞台を包み込む。


 熾輝は拳の余韻が消える前に大きくバックステップを踏む。しかし、それを見切っていた凌駕はピッタリと影のように追従した。


――幻幽拳げんゆうけん


 威圧と独特の歩法によって残像を生み出す。本来、フェイントに用いる技を凌駕との間合いを取る為に使った…訳ではない。


 不規則な動きをすることにより、凌駕の足を止め翻弄するのが狙いだ。


 熾輝の狙いどおり、動きを止めた凌駕。残像を目で追うその一瞬の隙を付いて攻撃を放つ。


――ッ!?


 恐るべき【読み】である。

 完全に不意を付いた一撃を苦もなく受け流した。


 しかし、ここで止まるのは、愚の骨頂。

 制空拳内に飛び込んだのなら一撃で終わらせることなど有り得ない。


――疾風しっぷう怒涛どとうッ!


 不規則な軌道を描きながら炸裂する連撃が反撃の暇を与えない。しかし…


――くそッ!どこまで規格外なんだッ!


 当たらない。

 熾輝のラッシュがことごとく撃沈されていく。


「……拳に力がないな」

「ッ――!?」


 凌駕はラッシュの嵐の中を柔らかい身のこなしで難なく熾輝の懐に入ると、拳を滑らせるようにして顎を打ち上げた。


「余力は残って無かったか…」


 拳速は圧倒的に凌駕が上をいっている。

 故に凌駕の間合いに入ってしまった時点で、熾輝には撃ち合いを制する事は出来ない。


 凌駕の攻撃を防ごうとするが、予想以上の威力に固めていたガードが簡単に崩される。


――残念だ。お前とは、万全の状態で戦いたかった。


 連戦によって疲弊した熾輝の事を憂う。しかし、それで手を抜く凌駕ではない。


 トドメとばかりに護りを失った熾輝の鳩尾に向けて凌駕の渾身の一撃が叩き込まれた。しかし…


「…出来た……ギリギリ間に合った」

「ッ!」

「この状態になる為に回復もギリギリまで押さえ込んだんだ」


 凌駕の突きを片手で受け止めた熾輝に変化が起きた。


――極意


 熾輝の身体を覆うオーラが薄朱い色を帯びて、輝きを灯す。


 この大会3度目の極意発動である。


 2度の発動時、熾輝は死の淵に近い状態で【全身全霊の極意】へと至っていた。

 ならば、今の熾輝が極意発動へと至るトリガーは、死に近づくこと。

 そのために身体の回復を二の次にして、ギリギリまで死へと近づいた。

 まさに命懸けの背水の陣を敷いていたという訳だ。


「…自ら死に近づくことによる極意発動か」

「本番は、ここからだ!」


 突き手を離さない熾輝に向かって凌駕はもう片方の手で攻撃を放とうとした。


「ッ――!」


 しかし、その瞬間、熾輝の蹴りが凌駕の腹部へと突き刺さった。


『入ったー!先程まで攻撃のことごとくを迎撃され続けていた八神選手でしたが!ついに五月女選手を捉えました!』


 蹴りの威力によって、捕まえていた凌駕の突き手が離れた。

 凌駕が後ろに退った瞬間、一瞬の空白が生まれる。そして…


『速いッ!目にも留まらぬ拳戟の嵐が五月女選手に襲い掛かる!』


 凌駕の圧倒的な拳速を上回り、熾輝のラッシュが撃ち込まれる。

 先程までその尽くを迎撃していた凌駕が始めてガードを固めて、熾輝の攻撃を受けている。


『五月女選手も反撃したいところ!ですが!これは!これではッ!』


 クリス戦、マコト戦において極意に至った熾輝の拳速は、デタラメに速かった。

 しかし、2度の極意を経て、3度目の極意による速度は、前の試合を上回る。しかし… 


「想定内だ――」


 凌駕の拳速を遥かに上回る攻撃の嵐が、まるで結び目を解くかのように一瞬でバラけた。


――まわし受け!?


 超攻撃の力をいとも容易たやすく明後日の方向へと流し、ガラ空きとなった胴に拳が突き刺さった。


「ギッ――!」


 しかし、極意状態の熾輝の防御力は、例え凌駕の攻撃といえども一撃程度では崩れない。


 再び主導権を奪い返すかのようにラッシュが開始される。


 だが状況は一転、先程までガードを固めていた凌駕は、まるで熾輝の攻撃を見切ったとでも言っているかのように、再び迎撃し、尽くを捌きだした。


『何という事でしょう!八神選手の怒涛のラッシュ!その全てを撃墜している!』


 結局、凌駕に叩き込めたのは、最初の蹴りだけ。

 そして、打撃の嵐を意に介さず、前に出た凌駕が攻撃に転じた。


 ラッシュ状態の熾輝も負けじと応戦するが、次第に攻めから受けへと追い込まれる。


「ッッッ――!!!」


――浅はかだな。お前は極意の状態を維持することばかりに気を取られるあまり、心源流の技を自在に使う事が出来なくなっている。


 確かに熾輝は、極意に至る事で攻撃力、防御力、スピードが増した。

 しかし、極意を意識するあまり、動きの精密性が大きく低下したうえ、技を使用する事が出来なくなっていたのだ。


「残念だ、お前のソレは、武術ではなく、ただの暴力だ――」


 いつの間にか防戦一方になっていた熾輝。

 そのガードの隙間を縫うように凌駕の正確無比なジャブが顎を捉える。


――しまッ――!


 視界が揺れ、倒れかかる身体を立て直そうとする熾輝の顔面にストレートが叩き込まれる。


 意識を奪いに来たワン・ツー、それを綺麗に貰ってしまった。


 凌駕の狙いどおり、熾輝の意識がべリべリと音を立てて剥がれ始めるが、手放すまいと、抗っているのは、気力だけ。


 気力で意識を繋ぎ止め、抵抗の拳を凌駕に向けて放つ。 


 そして、そんな熾輝に放たれる次の一手は…


――帝国式戦闘術・螺旋気流脚改ッ!


「ッッッ―――!!!?」


 心源流の…もっと言えば、熾輝が最も得意とする技。

 それを敢えて選択することで、意識も気力も体力も根こそぎ奪いに掛かった!


 気流脚によって、上空へと打ち上げられた熾輝の意識が暗転。

 それによって極意が解除された。

 

 最早これ以上、手を降すまでもないと、凌駕は構えを解き、自由落下を開始した熾輝を見つめ始めた。


――その様子を観客席からジッと見守る咲耶・燕・朱里・アリア・左京は、手に汗を握りながら、熾輝を見つめていた。


えッ、次元が違い過ぎる」

「彼もよく戦った。…けど、相手が悪かった」


 彼女等の横で、共に試合を観戦していた威吹鬼とマコトは力なく、ぐったりとしたまま落ちていく熾輝を見ていた。

 しかし、その表情はどこか悔しそうだ。何しろ自分たちを破った熾輝の力が全く通用しないのだから、思うところも多いのだろう。


「なに言ってやがる。まだ終わっちゃいねぇだろ」

劉邦りゅうほうくん!」


 そんな彼女等のもとへやって来たのは、松葉杖を付いた劉邦だった。


「怪我は大丈夫なの――」

「熾輝イイィッ!テメエッ、この野郎ーーッ!!」


 アリアの声を遮り、突如、大声で叫び出す劉邦に、周りの人目が集中した。


「このまま何も出来ずに負けるつもりか!ふざけんな!俺は、お前の無様な姿を見に、わざわざ日本に来た訳じゃねえぞ!」


 感情を爆発させるかの如き叫び。その衝動に突き動かされるように、松葉杖を放り出し、客席の最前列まで、ヨタヨタと歩みを進める。


「お前の力は、そんなものじゃないハズだろ!思い出せよ!何のために強くなろうとしたんだよ!こんなッ!こんなところで負けんじゃねええぇッ!!!!」


 思いの丈を吐き出した劉邦。

 そんな彼に感化されるように、会場から声が湧きだす。


「そうだ!そんな無様な負け方は俺が許さねえ!お前はロシア最強を破った漢だろうが!」


 なんと、あのクリス・エヴァンスですら、熾輝へエールを送ったのだ。

 その光景に、会場中からどよめきが巻き起こる。そして…


「負けるな!俺と戦った君は、こんなんじゃ無かっただろう!諦めずに立ち上がってきたじゃないか!」

「そうです!目を覚ましなさい八神熾輝!情けない姿を晒すつもりですか!」

「それがお前の限界か!違うだろう!まだまだイケるハズだろ!」


 マコト、黒神、威吹鬼と、熾輝と戦った者が応援を始める。そして…


「負けないで!頑張れ!頑張って!熾輝くん!」

「諦めないで!お願い!目を覚まして!」

「負ける事なんて許さないんだからね!」


 もはや他人の振りなんて出来ない。我慢の限界を迎えてしまった咲耶、燕、朱里が声を上げた。その瞬間…


『UWWWWWWWWWWWーーーーーッ!!!!!』


 咆哮が会場を揺らした――。



◇   ◇   ◇



 一度は完全に意識を失っていた。


 しかし、暗闇に沈む熾輝の腕を掴んで離さない者達がいた。


 その声に引っ張られるかのように目を覚ました。だが、目覚めさせたのは意識だけではなかった…


「UWWWWWWWWWWWーーーーッ!!!!」


 咆哮と共に、再び熾輝のオーラに輝きが灯る。


「…来い、ここまで来てみろ」


 勝負が付いたと思っていた凌駕にも、再び闘志が宿り、構えを取った。


 気流脚によって打ち上げられた熾輝が再び武舞台へと降り立った……が、先程までと何かが違う。

 その着地は柔らかであり、まるで重力を感じさせない。


「ッ――!!」


 目と目が合った瞬間、熾輝が前に出た。

 その動きに虚を突かれたのは、対戦相手である凌駕であった。

 決して油断していた訳ではない。しかし、先程までの熾輝の動きとは明らかに異なる。


『速い!まさに一瞬!まさに刹那の間に間合いを詰めた!』


――ただ速いだけじゃない。攻撃に転じる気配を全く読めなかった。


 凌駕はギリギリで熾輝の攻撃を躱し、続く5連撃を捌く。傍から見たら先程までの試合展開となんら変わりなく見える。


 しかし、そうではない。攻撃を捌く凌駕に先程までの余裕が無くなっていた。


――なるほどな、維持する事ばかりに気を割いていたさっきまでとは、違うってことか


 熾輝の攻撃に精密性が加わり、技が発動する。


――心源流・疾風怒濤ッ!


 ただの乱打ではない、その不規則な動きの中に相手の虚を突く攻撃が織り交ぜられている。


――八極拳・震脚ッ!


 回転によって蓄積されたエネルギーをそのまま転用して、馬鹿みたいな威力の一撃を叩き込む。


 凌駕は、それをバックステップで回避した。しかし、先程まで自分がいた床が踏み砕かれ、着地した所まで亀裂が走っている光景に思わず顔が引き攣る。


「良いだろう。俺も本気を見せてやる」


 凌駕は今の熾輝が発動させている極意の状態を正確に把握した。把握した上でこのままでは押し切られてしまうと判断した。


 つまり、今の熾輝は凌駕が本気を出すに値すると……熾輝を認めたことに他ならない。


「来いよ熾輝、もっと来い、限界を超えて、達人の領域を踏み越えろ!」


 瞬間、凌駕のオーラが爆発的に増加し、赤い輝きを灯した。


 互いにあかと赤のオーラを纏った両雄の視線が交錯し、そしてぶつかり合う。


 激しい攻防が武舞台の中央で巻き起こり、激突音が観客の腹の奥まで響き渡る。


 だがしかし、均衡はいとも容易く崩れ去る。


 極意を治めて久しい凌駕に、やはり一日の長があるのか、今の状態の熾輝でさえも護りに徹する他なくなっている。


「そんなものか!」

「ッ――!」


 攻防を繰り広げる2人、しかし、凌駕はそれを意にも介さず前進する。

 たまらずバックステップで後退した熾輝に、追い打ちの様に放たれる気功弾の嵐が襲い掛かる。


「もっと広く使おうぜ!」


 降り注ぐ気功弾を避けるため、武舞台を縦横無尽に走り抜ける。が、逆に凌駕との間合いを詰めることが難しくなってしまった。


 一度距離を取ってしまったのが裏目に出てしまい、このままでは、逃げるだけで体力がどんどん削られていく。


――遠雷波!!


 弾幕を突き破り、凌駕への道を開こうとして、熾輝も気功弾を放とうとした。しかし…


――縮地ッ!!


「ッ――!?」


 気功弾の構えを取った熾輝の真横に現れた凌駕。

 

 それが武術家の間でいにしえの昔から語り継がれる伝説の歩法であると、熾輝が認識するよりも早く、足刀が横っ面に叩き込まれた。


 熾輝は武舞台の床を3回バウンドして、場外ギリギリで踏みとどまった、次の瞬間、顔を上げた熾輝の目に飛び込んできたのは、凌駕の背後で不気味に揺らめく黒い死神だった…


――無限インフィ赤色ニティー彗星クリムゾン乱舞ラッシュ


 無限の名を冠するに相応しく、視界一面を覆う気功弾のラッシュ!

 弾幕の隙間を抜ける事も、先ほどの様に走って避ける事も敵わない。

 ましてや、耐え忍ぶ事すら不可能。その一撃一撃が確実に熾輝を戦闘不能に追い込む威力であることは、火を見るよりもあきらかだ。


――ならばどうする?…決まっている!


 腹をくくっての応戦!それ以外に活路無し!


 制空拳を極限まで絞り込み、自分に降り注ぐ気功弾を、その拳を持って迎撃する!


 一瞬の迷い、一度の失敗も許されない。熾輝は全神経を集中させて、無限赤色彗星乱舞を叩き落し始めた。




―――壮絶な戦いを繰り広げている武舞台の様子に目を奪われているのは、VIP席にいる達人たちも一緒であった。


「凌駕が能力を発動させただと!」


 大衆に見られてしまうリスクを伴う大会では、使用しないと思っていた能力の発動を行った事に父である勇吾が驚きを声にだした。


「いえ、勇吾さま。凌駕様はまだ能力を発現させただけで、能力を使っている訳では無い様子です」


 凌駕が放つ無限インフィ赤色ティーク彗星乱舞リムゾンラッシュは、あくまでも帝国式戦闘術によるものと語る和馬であるが…


「しかし、この競り合いは、熾輝さまにとっては不利です。このまま力尽きるのが先か武舞台が破壊されて場外に落とされるのが先か…」

「然り。いくら守りが優れていようとも、有効打を決められなければ勝機はない」


 武舞台では、自分に降りかかる気功弾を迎撃している熾輝の様子が見える。

 だが、それ以外の気功弾は足元の武舞台を容赦なく破壊し、削り取っていっている。


「結局、蓋を開けてみれば、五月女の御子息の圧勝ですか」


 鼻で笑うかの様に言って、五十嵐御代が勝負はあったと、試合への興味を削がれ始めていた。


「いや、これは面白くなってきましたよ」

「「「?」」」


 その言葉は、アメリカ代表チームの監督であるヤナギからもたらされた。

 そして『見て下さい』と続けられた言葉の意味を、ここにいる全ての者が理解した。


「…火花?」


 先程まで防戦一方だった試合展開に変化が訪れたのだ。


 無数に降り注ぐ気功弾に対して肉体をもって迎撃していた熾輝…それが凌駕と同じく気功弾を放つことで対抗し始めたのだ。


「凄まじい気功弾同士のぶつかり合いで火花が散っていると言うのか?」

「それだけではありません。熾輝さんの動きが、守りから攻撃に転じ始めようとしているのです」


 勇吾の言葉に応えたのは、熾輝の師である蓮白影と…


「さっきまでの熾輝は、相手に対する恐れや迷いから動きに考えが生じ、思考と肉体を鈍らせていた。だが今は、意識と肉体を完全に切り離している。そこに存在するのは自分と相手、それらに全身全霊で向き合って始めて至れるのがあの子の極意――」


 そう語った昇雲の言葉が終わるのと同時、激しい気功弾同士のぶつかり合いに終止符が打たれるが如く、会心の一撃が凌駕に叩き込まれた。




―――降り注ぐ気功弾の嵐をすり抜けた訳でも、ましてや打ち損じた訳でもない。腹に響くこの確かな一撃は、己が気功弾の威力を上回り、弾き飛ばすことで届かせたのだ…


「グハッッ!!!?」


 肺の中の酸素を強制的に吐き出させられ、無限赤色彗星乱舞が解除させられる。

 そして視線の先には、目を閉じて自然体のまま立ち尽くす対戦相手の姿。

 先ほど、凌駕に叩き込んだものが最後の一撃だったのではと思わせるほどに、動く気配がない。


 だがしかし、それこそ錯覚だ。


 次の瞬間には、力の奔流が武舞台を覆い尽くしたのだ。


――魔力マジック変換コンバート


 もはや捻り出せるほどの力は無いと決めつけていた凌駕の考えを裏切っての切札発動。


 師蓮白影から授かった絶技によって魔力がオーラへと変換される。


「どこに、そんな力を隠していやがった」


 熾輝は深く呼吸をする。


 それはまるで体中の細胞に火を灯すように、そして武舞台を覆い尽くす程に溢れ出るオーラを吸い込むかのように。


 吸い込んで、吸い込んで―――、残火の如く儚げな朱いオーラが燃え盛るが如く、朱く赤く、紅く…色濃く鮮やかに輝きを増し、そして集束していく。


「紅蓮のオーラか」


 まるで猛火を纏っていると思う程に熾烈。それでいてオーロラの様に柔らか。


「…本当に強くなった」


 両者共に極意発動状態であり、これでようやく五分と五分に並び立った。


「…だが、まだ足りない」


 不吉な一言。


 次の瞬間、凌駕の周囲を囲むように展開された円形状の雷雲が右手に集中していく。


「これをどうしのぐ!!」


―――サンダーボルトライトニングッ!


 その手に握られているのは、まさに霹靂。

 轟く雷鳴らいめいと、視界を塗りつぶす稲光いなびかりが会場を覆い尽くした。


 観客席に座っていた者達が一斉に悲鳴をあげる中で、咲耶達は顔を真っ青に染めた。


「熾輝くんッ!?」

「そんなッ!!」


 絶叫して飛び出そうとする咲耶と燕を横からアリアと左京が必死に押さえつける。


「咲耶、落ち着いて!」

「落ちつく!熾輝なら、きっと大丈夫!」


 ここで飛び出してしまえば、試合中に乱入者が現れたとして強制的に試合が中断されてしまう。


 そうなれば熾輝の健闘の全てが無駄になってしまうのだ。


「イヤッ!お願いだから離しッ――……?」


 光りが消え、焦げ臭い黒煙が晴れて、武舞台の様子が明らかになっていく。

 その中心より少し離れた場所で、何事もなかったかのように立っている熾輝の姿を発見し、全ての観客が息を呑んだ。


「「よ、……よかったぁ……」」

「よしよし」


 へなへなと座り込む咲耶と燕を抱き締め、アリアは再び武舞台へと視線を移した。


 そこには先程、サンダーボルトライトニングを放った凌駕が驚愕の表情を浮かべて立っていた。


 そして、その凌駕から少し距離をおいた後方で、漆黒の髪を紅蓮に染めてなびかせるその姿は、まさしく達人の気迫を漂わせた熾輝だ。


「…まさか、雷を切り裂くとは思わなかった。…兄貴から受け継いだ能力か?」

「……秘密です」

「そうか、秘密なら仕方ないなッ!!!」


 言って、振り向きざまの攻撃。

 縮地を使っての高速移動で、熾輝の眼前に迫り、拳を突き出す。

 そして、鋭く瞳が見開かれるのと同時に、熾輝の気配が曖昧になり、姿が空気に溶け込んだ…次の瞬間、凌駕の身体にダメージという衝撃が襲う。


「くッ――!」


 気配を自然物に偽装することにより、相手の認識を狂わせる妙技と合わせて渾身の5連撃。

 凌駕は、吹っ飛ばされそうになるも、踏ん張って留まり、足刀を繰り出す。…が、同じく足刀を放った熾輝と衝突した。


「ッ――!?」


 拮抗するかに思われた足刀同士の競り合い。しかし、一瞬で拮抗を崩したのは熾輝の足刀。

 凌駕の蹴り足をその圧倒的な威力をもって跳ね飛ばし、そのまま胴へと叩き込む。


「グッ――!!?」


 蹴り飛ばされ、吹っ飛んだ凌駕は、武舞台の上に膝を着いた。


『ダウンーーーッ!五月女選手が!この大会で始めてダウンを取られたああぁッ!』


 まさかの光景を目の当たりにして、司会も観客も、そしてVIP席にいる誰もが信じられないものを見たと驚愕に顔色を染めた―――。





 

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