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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
国際魔闘競技大会
254/295

魔闘競技大会~その⑯~熾輝vs威吹鬼

「――随分と無理をしましたね」

「………」


 威吹鬼いぶきとの勝負に破れた響鬼ひびきは控室に戻り、仲間の男から治療を受けていた。


「ぶっつけ本番で未完成の技を使用した代償は、大きいですよ」

「……貴様でも治せないか?」


 先程から沈黙を貫いていた響鬼の言葉に『まさか』と軽口が返ってきたことに、何処か安心したような声音で応えた。すると…


「それを聞いて安心したぜ」

「貴ッ―!?……あにさま」


 気配を消して控室に入って来た威吹鬼に対して、思わず『貴様!』と怒鳴り声をあげそうになった響鬼だったが、その言葉を飲み込み、一拍おいて、以前の様に彼を呼んだ。


「まだ、俺をそう呼んでくれるのか?」

「それは……」


 威吹鬼の問いに即答する事が出来ず押し黙る。


「兄妹水入らずを邪魔しては悪いですし、私は席を外しましょうか?」


 と、先程まで響鬼の治療を行っていた男が提案を口にする。


「…お前、里の者じゃねぇな?」

「えぇ、私は余所者よそものです。とある事情で里に厄介になっているのですよ」

「事情ねぇ……名は?」

「彼方たちの流儀に合わせるのなら、【鬼鳥きちょう】と名乗らせていただきます」

「偽名かよ!」


 フードで顔の半分を隠した男は、悪びれも無く、飄々と応えた。


「この男の名は、私達にも知らされていない。鬼鳥という名も里長が与えたに過ぎない」

「鬼が付けられているってことは、八鬼将と同等の扱いを受けているって事だな?」

「はい」


 『なるほど』と、口に出したものの結局、キチョウについては何も判らず仕舞い。…いや、判っている事と言えば、彼が魔術師であるということ。


 幻鬼宗は、生まれながらの力を至高とする能力者集団。

 故に自然の摂理を捻じ曲げる魔術師を蔑視する嫌いがある。

 にも関わらず、目の前の男を賓客として迎え入れているところを見るに、魔術以外にも何かがあるのだという事が窺える。


「まぁ、何はともあれ、無事を確認できてよかったよ。俺は午後の準決勝に備えなきゃならんから、もう行くぞ」

「………」


 一戦終えて、色々と話したい事があっただろう。

 しかし、早々に話を打ち切った威吹鬼は、押し黙る響鬼を一瞥して退室しようとする。


「久しぶりの再会に水を差したようで、悪い事をしましたね」

「…気にする事はねえよ。なにせ試合が終われば幾らでも話す機会はあるんだ」

「ッ――!」


 これで最後ではない。だから待ってろと言われている様に感じた響鬼は、嬉しさの余り胸を押さえ


――兄さま


 と、再び彼をそう呼んでいた。



◇   ◇   ◇



 魔闘競技大会は、4日間に別けて行われる。

 1日目に第一回戦、2日目に第二回戦、そして、大会3日目に三回戦と四回戦を行い、4日目に決勝戦といった流れになっている。


 今回の大会に出場する選手は、誰もかれもが天才と呼ぶに相応しい才能と実力の持ち主であり、勝ち抜くのも並大抵ではない。


 しかも、この大会の肝は3日目だ。どの選手も疲労がピークを迎えている状況で2試合をこなさなければならない。


 故に選手をサポートする立場にある者の存在が3日目の試合を左右するといっても過言ではない――。


「――マジで、その状態で戦うつもりか?」

「問題ない」


 選手控室で準備を整える熾輝に劉邦りゅうほういぶかしい表情を浮かべるが、熾輝は意に介さない。


「問題大有りだろ。三回戦を終えて身体は相当疲弊しているハズだ」


 目に映る熾輝の身体には痛々しい痣や傷跡が目立つ。


「こんなのいつもの事だ。支障はない」

「嘘つけ、さっきの試合は明らかに動きが鈍ってただろうが」


 マコトとの試合を見て、疲労が抜けきっていない事を劉邦は一目で見抜いていた。

 

「最初だけだよ。戦いが始まってからは、段々と調子が上がってきた」

「…そうかもだけどよぉ~」


 事実、熾輝は試合終盤に極意を発動させてマコトをくだした。


 その動きは、もはや常人のそれでは無いことは、劉邦だけでなく、他の選手の目にも明らかだった。


「確かに今も身体は、熱をもったように火照っているし、動けばアチコチが痛い。体力も長くは持たないだろうけど…」

「けど――?」

「何かが掴めそうなんだ」

「ッ――!」


 その雰囲気に劉邦は、思わず息をする事も忘れていた。


 コンディションは最悪のハズの熾輝は、それでも集中力が研ぎ澄まされていることが肌で感じ取れた。

 万全のコンディションの時では得られない様な、…それこそ自らを追い込むことで始めて至れる領域と言うものは、確かに存在する。


 今の熾輝がまさにその状態だ。…試合前だというのにも関わらず、既に彼は領域に足を踏み入れている。


「オーケー、もう何も言わねえよ。俺も他人ヒトの心配ばかりしている暇は無いからな」

「…劉邦もいよいよか」

「応よ、五月女凌駕をぶっとばして、決勝でお前と戦う!そこで白黒付けようじゃねえか」

「あぁ、絶対だ」

 互いに拳を打ち合わせて約束を交わす。


 そして、間もなくして四回戦の始まりを告げる放送が耳に入って来た。


「それじゃあ、先に勝って待ってる」

「応ッ!行って来い!」


 控室の扉を開き、熾輝は武舞台へと向かった――。



◇   ◇   ◇




「――ふははは!」

「………」

 

 武舞台に上がり、中央で睨み合う?2人。


「我が名はたちばな威吹鬼いぶき!戦闘民族の末裔にして闇の眷属!我が右腕に封印されし邪神が血を求めて疼いているぞ!」

「………」


 指先から肩までを赤い包帯で巻き、右腕を押さえながら『ふはは、抑え込むのも一苦労だ』と語っていたところ…


『え~、そろそろ開始位置に付いて下さい』

「あ、すんません」


と、自分の世界に入り込んでいた威吹鬼は、強制的に素に戻された。

 

 そして、両者が開始位置についた。あとは開始の合図を待つだけだ。


 威吹鬼は学園代表として最後の生き残りであるが故、その応援にも熱が入れられている。

 熾輝は完全にアウェイな立場と思いきや不思議と野次が飛んでこない。

 

 2回戦を終えたときもそうだった、ロシア最強のクリス・エヴァンスをくだした熾輝に対して拍手が送られた。


 いったい何が起きているのか今の熾輝には思いもよらない出来事であったことは間違いない。


 悪の代名詞たる自分に対しての扱いを覚悟していた分、拍子抜けではあった。

 しかし、今はそんな事を気にかける余裕は一切ない。

 何故なら、目の前には闘志を剥き出しにしている対戦相手の姿が目に映っているからだ。


「――さてと、力量は五分五分…とはいかねぇわな」


 開始の合図を待つ間、威吹鬼は体をほぐしながら熾輝の分析を行っている。


――剣崎との戦いでトップギアのままなのか、最初はなから領域ゾーンに入っていやがる。


 観察して、外見上は怪我だらけ痣だらけの疲弊状態。

 しかし、身体は、もはやリラックスしていると思える程に自然体、そして研ぎ澄まされた集中力にゴクリと思わず唾を飲む。


――ゴリゴリのパワーファイターと見せかけて実は技巧派。オーラの扱いも半端ないときてやがる。つまり…


 これまでの熾輝の試合を観戦。そして目の前に立つ姿を見た威吹鬼は、一つの結論を導き出す。


「ちょーヤバイ…」


 対戦相手の良いところだけを見つけて、相手を過大評価する。

 それが威吹鬼の弱点であり強みでもある。


『始めええぇッ――!!』


 開始の合図が響き渡り、両雄が歩み出た。


 これまでの試合から必ずと言っていい程に、開始と同時に両者が駆け出していたにも関わらず、今回は静か過ぎる立ち上がり。


 徐々に間合いを縮め、時には横に移動しながら、少しづつ、少しづつ近づいていく。


 その間、決して視線は外さない。外せば隙となり命取りになる。と、理解しているからだ。


 そして、お互いの攻撃射程圏内…つまり制空圏が合わさった――。


 その瞬間、腹の底に響く重低音の如き衝突音が幾度となく発生した。


 まるで地表で花火を爆発させているかのような音が観客の鼓膜を震わせる。


 両者ともに必殺の攻撃、絶対の防御が一進一退で繰り広げる。


――はええし、おめえぇ!けど、攻撃が直線的だ!


 攻防の最中、交わる拳から熾輝の力を冷静に分析する威吹鬼。しかし、熾輝もまた威吹鬼の力を分析していた。


――不規則かつ大胆!攻撃の軌道が確実に急所を狙ってくる!だけど重さが無い!


 お互いが拳を合わせたことにより、補うべき事柄、攻めるべき事柄を瞬時に理解した途端――、


鬼闘術きとうじゅつッ――!!』

獅子奮迅ライオンハート游雲驚竜ドラグーンッ――!!』


 枷を外したのは、ほぼ同時だった。


 両者そろっての制限リミット解除オフに会場からざわめきが起こる。

 特に学園生の間からの動揺が顕著だ。同世代の者がこれ程の力を有していた事に対する驚きと憧れが入り混じる声…


――コイツ、つええッ!


 と、心の中で素直に感嘆を漏らしながらの攻防を続ける威吹鬼。


 お互いがお互いの攻撃を躱し、逸らし、防ぐ一進一退。


――鬼闘術を使って互角かよ!


 威吹鬼が思っていることは逆に言えば熾輝も感じているということ。


 ただ、領域ゾーンに入っている状態の熾輝が攻めきれないという点で言えば、威吹鬼のポテンシャル如何いかんによっては、戦局は大きく傾くことになる。


――そうなる前に勝負をつけたいけど…


 それは、勝ちを急ぐあまりの焦りに他ならない。

 しかし、不思議と熾輝の心は穏やかで、むしろ、この戦いを出来るだけ長く続けたいとすら思えるほどの余裕…とは少し違うが、似たような想いが生まれていた。


――こんな気持ちは初めてだ


 試合開始から既に3踏んが経過しようとしており、その間、絶え間なく動き続ける両者の息が次第にあがっていく。


 それもそのハズ、なにせ打ち合いが始まってから全力で動き続けているのだ。


 仮に、人間が全速力で走った場合、力尽きるのはあっという間だろう。

 にも関わらず、2人はそんな状態を続けられているのは、遺伝子が優れていたり、幼少の時から全力で動ける時間を長くする修行を行っていたりと、理由はそれぞれだ。


 しかし、こんな状態が永遠に続く訳がない。


 お互いに己の限界リミットを理解した上での攻防…つまり、この試合は短気決戦を念頭に置いているのである。


「マジでヤベェなお前!」

「そっちこそ、お喋りとは随分と余裕じゃないか!」

「そんな事はねえよ、そろそろ限界が近い!」


 『お前もだろ?』と付け加えた威吹鬼の言葉に、熾輝は、苦し紛れの笑みを自然と作っていた。


「なら、いい加減に本気を出したらどうだ?」

「は――?」


 拳がぶつかり合い、その威力に踏ん張りが効かずに、お互いが吹っ飛んだ。


 図らずも間合いが開き、仕切り直しとなった。


 しかし、威吹鬼には熾輝の言葉の意味が理解できなかった。


「おいおい、俺が全力じゃないって、言いたいのか――」

「その右腕、いつまで寝かせておくつもりだ?」


 言葉を遮った熾輝は、威吹鬼の右腕に巻かれた血の様に赤い包帯を指示して問うた。


 試合前、威吹鬼は言っていた…『我が右腕に封印されし邪神が血を求めて疼いているぞ!』と!


 しかし、熾輝は知らない。厨二という言葉を!設定という主人公ファンタジーを形勢する存在ファクターを!


 故に!観客席で応援に興じていた学園生からは、『いやいやいや!違う!勘違いだから!』とか『騙されるな!その右腕に、そんな力は無い!』とか『今なら間に合う!聞かなかった事にするから、試合を続けろ!』とか、悲鳴のような声が聞こえてくる。


「……ふ、ふははは!見事だ八神熾輝!我が右腕の封印に気が付くとは、さては天眼の持ち主か!」


 設定に土足で踏み込んでこられても、威吹鬼にはそれを見事に躱すレパートリーがある!…しかし!


「僕が戦ってきた中で、キミみたいなタイプは、一番油断ならないんだ」

「ほう、我が何だと言うのだ?」

「切れ者演じる愚者よりも、愚者を演じる知恵者こそ、一番警戒しなきゃならない」

「………わっかんねえな、オタクは何が言いたい」


 設定を捨て去り、素に返る威吹鬼。しかし、先程までのおどけた様子が消え去り、何処か鬼気迫る雰囲気を纏っていた。


「どういう意図で誤認させているのかは知らない。けど、僕には視えているぞ――」


 言って、赤い包帯が巻かれた右腕を指差して…


――その右腕には鬼がいる


「ッ――!!?」


 明らかな動揺が威吹鬼の中に走った。

 しかし、それも一瞬のことで、熾輝もそれ以上を語る事はしなかった。なぜなら…

 

「まいったね、こりゃあ見せない訳にはいかねえわ」


 まるで、今まで威吹鬼が語っていた設定が嘘だったように……いや、彼は一切の嘘は吐いていなかった。

 周りが勘違いする様に立ち回っていたと言うべきだろう。


 だけど、これ以上演じることは、目の前にいる対戦相手に失礼だと悟ったのか、自らの手で、その封印を解いた――。

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