魔闘競技大会~その⑭~威吹鬼vsヒビキ
試合を終えたマコトは、フラフラとした足取りで入場してきたゲートから退場した。
「誠様、お疲れさまでした」
「お疲れマコピー」
「お疲れ様です」
「みんな…」
マコトを迎えてくれた少女達を見た瞬間、思わず視線を逸らした。
この大会で優勝する事はマコトと、そして彼女たちにとっても大きな意味を持つが故、敗北して、どんな顔で彼女たちに会えば良いのか判らなかったのだ。
「全力を尽くせましたか?」
「…あぁ、けど負け――」
「ならば胸を張って下さい」
鞘香は俯くマコトの顔を持ち上げて強制的に目を合わせさせた。
「実力を出し切れないで負けた訳でなし、全てを出し切って負けたなら、負けた理由がハッキリしているハズです。その自覚があれば、まだまだアナタは強くなれます」
鞘香の言うとおり、今回の敗因について、考えれば幾つでも上げることは出来る。
何をレベルアップしなければならないのかは、マコトが一番よく判っているし、次に戦う時は今回のようにはいかないだろ。
「…そんなに【負け】を連呼しないでくれ」
「あら、ドⅯの誠様なら興奮して元気になるハズ……ハッ!さてはアナタは誠様の偽物!?」
「なんでやねん!」
などと、いつもの戯れをしていることに気が付いたマコトは、心の中で『ありがとう』と彼女たちに感謝の念を抱いた。
「――乳繰り合うのなら他所であれ」
恨めし顔で文句を言うのは、四天王最強と呼び声高い橘威吹鬼その人である。
「テメェ等、こっちはこれから試合だってのに、何を見せつけてくれているんだ!」
「ち、違うぞ!これは決して乳繰り合っている訳ではなくてだな」
目の前でハーレムを見せつけられてた威吹鬼の心の中は羨ましいやら憎たらしいやらなのだ。
「まぁまぁイヴっち、そんな怒らんと元気だしぃ」
「誰がイブっちだ」
「イヴくんもアレが無ければ本当はモテるのに」
「厨二乙です」
「うるせぇよ。こちとら現在進行形で中2なの!全盛期なの!」
「「「「止める気ねぇのな」」」」
威吹鬼の厨二っぷりは、学園のみならず今大会でも健在。
彼があのような態度を取るのは、朱里を前にしたらまともに喋れなくなるという理由から、キャラ設定にドハマりしてしまったからだ。
そもそも厨二病はそう簡単に抜け出すことが出来ない病。
「なんいせよ、これで学園4強も俺一人、お前には悪いけど勝ってく――」
「ああ、勝って来い!」
「…あいよ」
勝ってくるぜと言おうとした威吹鬼の言葉に被せたマコトの激励に返事をした。
「そんじゃまぁ!行ってくるぜ!」
パンッ!と、自らの頬を叩くことで気合を入れた威吹鬼は、大会3日目の第二試合へと向かった――。
◇ ◇ ◇
3日目第二試合は、第一試合と同じく日本代表選手同士の戦いだ。
背中に赤い【滅】の文字が刺繍された黒ベースの道着に身を包んでいるのは、橘威吹鬼。
対するは、熾輝と同じく外部枠で参加資格をもぎ取ったヒビキと言う選手。
ヒビキは袴を履き、白い道着の上に羽織を着込み、インナーのタートルネックを伸ばして目元まで顔を隠している。
「――ようやく、お前と戦える」
「あん?どっかで会ったことあるか?」
覆面のせいで顔半分が隠れていて対戦相手の顔が判らない。
しかし、相手は自分を知っている様だが、威吹鬼には全く心当たりがない。
そんな威吹鬼の態度にヒビキは怒気を含ませた声色で言う。
「そうやって、何かも忘れようとするのだな」
「なんだよ、もったいぶって……忘れていたのなら悪かったけど、回りくどい言い方するなよ」
「なら思い出させてやる!これを見も、まだ知らないなどという戯言が言えるのか!」
言って、ヒビキは道着の上に着ていた羽織を脱ぎ捨てた。
威吹鬼は、ヒビキが身に付けていた道着の胸元に刺繍された家紋を見た瞬間、目を見開き驚いた。
「その家紋ッ、お前、まさか幻鬼宗――」
般若の周りに霞みがかったような雲。明らかに普通の家紋とは一線を隔す造りになっている。
「流石に覚えていたか。そう、私は幻鬼宗から送り込まれて来た」
「目的は何だ?まさか出場者を取り込もうとしてるのか?」
「それを逃げ出したお前が言えた義理か?」
「何だと――?」
「まぁいい、そろそろ開始時間だ。楽に終われると思うな」
翻ったヒビキの背中には不気味な赤い血の色で刺繍された【幻鬼】の文字が怪しく光っているように見えた。
「過去からは、逃げられないって事かよ…」
威吹鬼の目に映る【幻鬼】の二文字が彼の心の中に否応に影を落とす。
そして、試合開始直前だと言うのに、彼からは闘志の一欠けらも感じられず、何か後悔めいたものだけが感じられた――。
◇ ◇ ◇
「――アイツ、調子でも悪いの?」
対戦相手と何やら会話をしていた威吹鬼の様子が何やらおかしいと感じた朱里は、観客席から心配の声を漏らした。
「試合前は気合十分な感じだったけど、急にどうしたんだろうね?」
「厨二全快でいつものヤツをやってくれると思っていたのに、イヴくんにクールキャラは似合わないよ」
共に観戦していた燕と香奈も威吹鬼の様子に違和感を感じていたようだ。が、香奈の威吹鬼に対する評価がヒドイ。
ちなみに、この場に居ない咲耶は、クリスとの試合で負った怪我に後遺症が無いのか確かめるために葵が付き添いでリハビリを行っている。
「――幻鬼宗か、懐かしいな」
「ッ――!?…五月女凌駕」
後ろの席からの声に朱里が振り向いた先には、今大会優勝候補筆頭の凌駕が座って試合を観戦していた。
『いつの間にッ!』と心の中で叫ぶ朱里であったが、見れば、凌駕を中心に人除けの結界が敷かれていた。
その結界の出所を探ると、わかりにくくされているが、一緒に試合観戦をしている倉科香奈である事が直ぐに判った。
「おいお前、先輩に対して呼び捨てか?」
ジロリと眼球だけを動かして朱里を見る凌駕。
傍から見れば幼気な女の子を睨んでいる様にしか見えない。
「凌駕さま!私の友達を睨まないで!」
「…睨んでない。見ているだけだ」
凌駕から放たれるプレッシャーは、本人が意識して出している訳では無く、自然と…そこに存在するだけで滲み出る類の物だ。
だがしかし、そんな凌駕の弁明など知った事かと香奈は『まったくもう!まったくもう!』と、頬を膨らませている。
「それで、懐かしいってどういう事なんですか?そもそも幻鬼宗って言うのは何なんですか?」
矢継ぎ早に質問攻めをしてくる香奈に対して、凌駕はゆっくりと口を開いた。
「幻鬼宗ってのは、優秀な遺伝子を残すべく強力な男女を結ばせ続ける行為を現代まで続けてきた忍びの一族だ」
「忍びって、忍者のことだよね?」
凌駕の説明に『へぇ~』と、相槌を打つ香奈とは対照的に、朱里と燕は【強力な男女を結ばせる】という言葉に道徳的な拒否反応を示していた。
「…戦時下には1人が一個師団にも匹敵する働きをしたと言われ、歴史に残る闘争の裏では常に奴等が動いてきた」
朱里と燕の反応を見てもなお、構わず話を続ける。
元々、優秀な遺伝子を残すための政略結婚など、裏社会では珍しくも何ともないと言うのが凌駕と香奈の認識だからだ。
「八鬼将と呼ばれる最も優秀な系統の人間は、名前に【鬼】の文字が与えられるが、結婚を制限されるなど、重い規律で束縛され、宗教的象徴にされる」
「【鬼】の文字って…まさか威吹鬼は幻鬼宗の!?」
凌駕の説明を聞いて予想できたのか、朱里はハッと声を上げた。
それに対して凌駕は無言のまま首肯して肯定を示した。
「イヴくんがその幻鬼宗なのは判ったけど、何で凌駕様がそんな事を知っているの?さっき懐かしいって言っていた事に何か関係しているの?」
「………」
凌駕としては流そうとしていた話しであったが、『相変わらず目ざとい』と思いつつ、ここまで話をしてしまったのなら別に構わないかと思考したのちに再び説明を続けた。
「昔、師匠と修行の旅に出ていた時に奴らの集落から勧誘を受けた」
「えッ!?それって、凌駕様がまだ小さかった時の話しでしょ!?不潔だよ!」
流石の香奈もこれには驚いた様子。何しろ幻鬼宗は優秀な遺伝子を残すための政略結婚を行う一族だ。
つまり、五月女の直系である凌駕の遺伝子は彼らにとって喉から手が出る程欲しいのだ。
「違う、勧誘されたのは俺の師匠の方で、しかも武術指南としてだ」
「え?あ、そうなんだ?」
先走って勘違いをした香奈に若干の呆れを含ませて『たくっ、コイツは』と声を漏らす。
「…まぁ、何やかんやで師匠が里を離れる時にアイツを買い取ったんだよ」
「ちょっと待って、今すごく大事なところを【何やかんや】で、適当に終わらせたでしょ」
もはや喋り疲れて喉が渇いたご様子の凌駕様は、持っていたペットボトルのキャップを開けると、ゴクゴクと飲み始めた。
「買い取ったって、それって人身売買ってこと?……ですか?」
「有体に言えばそうだな」
いつもの態度で話すには、少なからず抵抗があったのか、珍しく敬語を使った朱里に対して、ペットボトルから口を離した凌駕が肯定する。
「奴らは闇との繋がりが強く、一族の末端は闇組織に売買されることも珍しくは無いらしい」
「でも、威吹鬼くんは名前に【鬼】文字を与えられる程に貴重だったんですよね?幻鬼宗としては手放す事のできない存在なんじゃ――」
凌駕の説明に疑問をもった燕だったが、彼女が質問するよりも前にマイク越しで司会者の声が会場に届けられ、話は強制的に打ち切られる事になった――
◇ ◇ ◇
『――始めえええぇッ!!!』
試合の開始を宣言する司会者の声が響き渡り、戦いの火蓋が切って落とされた。
先手必勝――、ヒビキは利き足に力を込めて、強く地面を蹴る。
姿勢を出来る限り低く保ちながら、武舞台を風の様に駆けた。
ヒビキの戦術は相手に触れることで、身体の内側に衝撃を走らせ、内部破壊を引き起こす浸透系武術。
1回戦・2回戦を観察して、ガードの上からでもダメージを内臓へと伝える程の技量。故に接近戦での様子見は分が悪い。
ただし、その一撃は足先から全身にかけて溜めを必要とするだけに隙が大きく、小技も利かない。
一度技をハズさせれば、威吹鬼が優勢になる。
「大した自信だな!」
鬼の形相で睨み付けるヒビキは、凄まじい勢いで距離を詰めてくる威吹鬼を迎え撃つ。
腰の後ろまで引いた掌をフック気味に思いっきり打ち出す。傍から見ても明らかなテレフォンパンチ、予備動作が大きいだけの単純な掌底など、威吹鬼にとっては取るに足らない技でしかない。
冷静に、身体一つ分だけ横に移動して掌打を避ける。
対戦相手の予想どおりの行動にヒビキは笑みを浮かべたあと、空振りの勢いを利用して身体に回転をかけた。
「――ッ!?」
強烈な悪寒が背中を這いずり、威吹鬼は咄嗟に身体を投げ出すようにして横に飛び退いた。
しかし、飛び退く威吹鬼を逃がすまいと、更に深く踏み込んだヒビキの掌が僅かに胴へと触れた瞬間…
――ドクンッ!!?
空中に浮いていた威吹鬼の内臓に貫かれるような衝撃が駆け抜けた。
肺の中の酸素が一気に吐き出され、武舞台を3回バウンドしながらも受け身を取りながら素早く体勢を立て直す威吹鬼を見て、ヒビキは軽く驚いた顔を見せた。
「浅かったか。しかし、よく避けたな、場数を踏んだ奴ほどよく引っ掛かるものだが…」
「だろうな」
瞬時に構えを取り直したヒビキは素直に称賛するが、威吹鬼からしたら冷や汗ものである。
いや、冷や汗どころか、先の一撃で内臓へのダメージが予想よりも大きく、額から脂汗が滲み出ている。
空振りをして大技は来ないと思っていた掌底が、まさか空振りの勢いを利用することにより、更に威力を増し、そのまま軌道を変えて襲ってくるとは思いもしなかった。
これは完全に油断していたと認めざるを得ない。
浸透系の特徴は、ただ触れただけで身体の内側に衝撃を流し込む事ができる。しかもヒビキの戦闘スタイルは、上手く技を躱しても投げや関節、絞め技へともっていかれ、捕えた相手にトドメの浸透系の攻撃がやってくるという汎用性の高いものとなっている。
熟練者であればあるほど大袈裟な運動を嫌い、必要最低限の行動で相手の攻撃を捌こうとするが、ヒビキにとってはそれこそが『最高の好機』となるのだ――。




