魔闘競技大会~その⑬~追い詰められる熾輝
「――心剣解放!鬼の爪!」
マコトが能力を解放したと同時、鞘の心剣が現れた。そして想像を絶するオーラがマコトを包み込む。
その総量は熾輝ですら且つて経験した事のない程だ。
――なんてデタラメなッ!
何もされていないのに吹き飛ばされてしまうのではないかと錯覚する程のオーラの圧。
【鬼の爪】の能力である蓄積は、あらゆるエネルギーを溜め込み放出する。
マコトは今回の大会のために時間が許す限りのオーラを鞘に溜め込み、奥の手として用意していた。
奥の手であるにも関わらず、このタイミング…3回戦という大会の中盤、そして試合開始直後という序盤で使用した。
それもこれも目の前にいる対戦相手に勝つため。
「悔しいけど、キミの実力は俺より上だ。だから最初から全力全開で行かせてもらう」
今まで熾輝が戦った一回戦、二回戦を見た素直な感想だった。
そのたった二回の戦いを見て、今のままでは勝てないと悟ったマコトは、対五月女凌駕にとっておきたかった奥の手を使用したのだ。
――過大評価すぎるだろ
マコトの言葉に一切答えず、熾輝はガードを固めてオーラを放出させた。
喋ればそれだけで隙となり一瞬で試合を修了させられてしまうと直感したから。
それだけマコトの能力が脅威であると本能が警鐘を鳴らしているのだ。
「行くぞ――!!」
――疾ッ!?
オーラを放出する事で推進力を爆発的に上げたマコトの踏み込み、速さに対しては自信を持っていた熾輝が反応速度ギリギリで攻撃を躱す。
今までは相手の攻撃を先読みして紙一重で躱していた洗練さは微塵も無く、全力で回避する雑な動きだと言わざるを得ない。
「遅いッ――!」
「ぐあッ!?」
回避先で地面に足が付く前に、方向転換したマコトが文字通り突っ込んでくる事によって、まるで車に衝突したように熾輝は跳ね飛ばされた。
「勢い余って通り過ぎてしまった」
絶大なオーラを得た代わりにコントロールが疎かになっているとでも言っているのか、マコトは熾輝を跳ね飛ばした後、ようやく止まって、お互いの間合いが随分と開いている。
――なんて動きだ。パワーもスピードも桁違いに上がっている
今までの試合を記録映像で見てシュミレーションを行っていた熾輝の予想を遥かに上回るマコトの動きに翻弄される。
跳ね飛ばされ、立ち上がった熾輝は再びガードを固めてマコトを視界に収める。が、ダメージの抜けきらない今の状況は、まさにピンチであり、例え全快の状態であっても勝機があったのかも判らない。
「悪いけど、この状態で手加減は出来ない。一気に決めさせてもらう」
宣言と同時に再び突っ込んできたマコト。対して、今度は回避をせずに真っ向から受ける姿勢をとる熾輝。
「ゼアアァッ――!!」
「グゥッ――!!?」
振り下ろされる手刀を十字受けでガードすると、踏ん張っていた足元の武舞台に亀裂が走る。
「下がガラ空きだ!」
「うがぁッ――!?」
頭上からの攻撃を両手で受けた為に腹部に攻撃が撃ち込まれた。
猛烈な痛みが走り、胃の中の物がせり上がってくるような嘔吐感に思わず腹部を抑えたくなるような衝動を抑え込み、ガードを固めた熾輝に構わずマコトの連撃が襲い掛かる。
「うおおおぉッ――!!」
ガードの上からでも伝わる衝撃は確実に熾輝にダメージを与えていく。
辛うじて対処できているのは、絶大な力を得た代償として、コントロールが追いつかず、マコトの攻撃が雑になっているからだろう。
しかし、技を補って余りあるパワー、先のクリスもパワーファイターであったが、それでも洗練された技術があった。
「これで決めるッ――!!?」
トドメと言わんばかり放たれた一撃。
しかし、今までの手応えとは明らかに違うズシリとした受けの感覚に『何ッ!?』という驚愕の声がマコトの口から漏れ出た。
――獅子奮迅・游雲驚竜ッ!!
制限と言う鎖を自らの手で断ち切る熾輝の切札2枚同時発動。
過去、この技は禁じ手として熾輝の身体を再起不能直前まで追い込んだ。
しかし、今の熾輝は昔とは違う。2年間という修行の成果によって獅子奮迅における肉体への負荷は無くなり、游雲驚竜による暴走するオーラ出力をも掌握したのだ。
故に2つの制限解除を行っても熾輝が自壊する事は無い。
「マジか……」
「今度は、こっちの番だ――!!」
先程までの動きとは明らかにスピードもパワーも違う。
踏み込みが武舞台を砕き、マコトの鳩尾に拳が突き刺さる。
「痛ッ――!!?」
マコトの身体が、くの字に曲がり、立て続けに放たれる連打が顔を左右に跳ね上げる。
「はあああぁッ――!!」
お返しとばかりに、ガラ空きになったマコトの胴体へ向かって左右から6連撃を放った。
「ぐおぇ――!!?」
肝臓、膵臓といった内臓打ちによって、思わず苦悶の声が漏れ出る。
だが、それでダウンするような鍛え方はしていない。
それに加えて身に纏ったオーラがダメージを軽減させている。
思わぬ反撃に怯みこそしたが、間合いを取り、再び激しい攻防が繰り広げられる。
試合の優劣でいえば、やや熾輝が押し気味。しかし、以前オーラの絶対量はマコトが圧倒的に上回っているため、決定打に欠けている。
唯一熾輝が押している点といえば、オーラの制御が成されていることによる技のキレだ。
――くっそ、接近戦は相手が上!それなら!!
熾輝から距離をとるため、全力のバックステップ。
流石、オーラによる推進力にモノを言わせているだけあって、一度引き離された間合いを潰すのは、今の熾輝でも容易ではない。
追い駆ける熾輝を視界に治め、マコトは【鬼の爪】に蓄積していたオーラの出力を上た。
――更に高まったッ!?
先程までの放出量が鬼の爪の出力限界かと思っていたのは、完全なる熾輝の油断。
両手を突き出したマコトの前にバスケットボールくらいの大きさのオーラの塊が現れた。
「うおおおおぉッ―――!!!」
「ッ――!!?」
気合と共に撃ち出されたのは気功弾。しかも、一発限りの撃ち出しではない。オーラの固まりから次々と放たれる乱れ撃ちだ。
まさにマシンガンの如く撃ち出されるそれは、秒間6発に届く。
「くッ――!!」
射程は武舞台を余裕でカバーできる。
射速はギリギリ回避できる。
しかし、威力は込められているオーラの量から言って、当たればタダでは済まない。
助かった事と言えば、おそらく気功弾の修行不足なのだろう。乱れ撃ちから判るとおり、命中精度に欠けている。
銃火器の扱いは、幼き日より蓮白影から手解きを受けている熾輝にとって、発射のタイミングは、視線の動きや息使い、オーラの挙動から容易に読み解くことができる。
だがしかし…
――メチャクチャだ!
マコトが放つ気功弾の弾道が読めない。
銃火器のように真直ぐ跳んでくる訳でもなく、まるでブレ玉のように軌道が変わったり、弧を描いて飛んできたりしている。
熾輝は横へ走り、出来るだけ射線を外しながら回避を行うが、回避先に飛来した気功弾が武舞台に着弾すると、凄まじい爆発を起こす。
これをバック転やムーンサルト、宙返りといった技で回避し続ける。
しかし、回避に全力を割いているせいで、マコトとの距離が一向に潰す事が出来ない。
次第に息が上がり、回復しきっていない体力の限界が見えてくる。
対するマコトは、まだまだ蓄積していたオーラに余裕があるのか、かまわず気功弾を乱発してきている。
この状況を打破するには、離れた相手に攻撃をあたえること。…つまりは気功弾による攻撃だ。
回避に徹していた熾輝は、なにもただ逃げ回っていた訳ではない。
マコトが気功弾を乱れ撃ってきたときから、游雲驚竜を解かずにずっと力を溜め込んでいた。
そして、今のマコトが撃ち込んできている気功弾をモノともしないオーラの溜めが、今ようやく終わった。
――心源流・遠雷波ーーッ!!
放出の威力で身体が飛ばされないよう、足場をしっかりと固め、放たれる必殺の一撃。
その威力は一目瞭然。乱れ撃たれるマコトの気功弾を受けてもモノともせず、一直線に進んでいく。
これが直撃したならば、確実にマコトを沈める事ができる。もしも耐えきったとしても高威力の遠雷波がマコトを場外へと運ぶ。
いかに蓄積されたオーラがあろうと、この距離とタイミングで遠雷波を打ち破る出力を一瞬で捻り出し、尚且つ、相殺させるための気功弾を生成する事は出来ない。
勝った――と、確信した熾輝であったが、マコトの表情には一変の焦りもない。それどころか、口角を吊り上げて…
――待っていた
と口の動きから熾輝には読み取れた。
「反撃の心剣!アベンジャーーーーッ!!!」
「何ッ――!!?」
遠雷波がマコトを捉えるその直前、背中に帯剣していた心剣を鬼の爪から引き抜いた。
そして、帯剣していた心剣は【反撃の心剣アベンジャー】その能力は反射。
熾輝が放った遠雷波は、アベンジャーによるヒッティングにより、運動エネルギーを反転させ、逆流を起こす。
熾輝が放った遠雷波は、回避不可能の距離、そしてタイミングだった。しかし、それ即ちマコトにもまったく同じ事が言える。
反射された遠雷波は、撃ち出した熾輝の元へ向かって行くと…
ズドオオォンッ―――と、大きな爆発音を轟かせて熾輝を吹き飛ばした。
武舞台からの落下はギリギリで避けられはしたものの、大ダメージを負った熾輝は、うつ伏せに倒れたまま起き上がらない。
「キミは強かった。正直、もっと戦いたかったけど、これも勝負だ。悪いけど落とさせてもらう!」
勝利を確信したマコトが場外へと落とすために熾輝へと近づこうとして、その足が止まった。
「……まだ、……終わりじゃないぞ……」
「アレを喰らって、まだ立てるのか――?」
もはや立つ事は出来ないダメージを負っていたハズの熾輝が立ち上がった。
その姿に驚愕するマコト、しかし直ぐに気を引き締めて構えをとると、再び気功弾の構えをとった。
「上等だッ!俺たちの力を見せてやる――!!!」
突き出された両の手から放たれる気功弾の乱れ撃ち。しかし、それに対して熾輝は何のアクションも起こさない。
「どうした!へばって動けないのか!」
度重なるダメージにより、もはや満身創痍と化した熾輝は、立っているだけでやっとの状況。…そう思ったマコトであったが、彼が放った気功弾の1つが当たる直前、ふらっと、よろけた熾輝の横を素通りして、場外に着弾した。
「何ッ――!!?」
その他の気功弾は、相変わらず弾道がデタラメで明後日の方で爆発を起こした。
しかし、マコトが驚愕したのは、単に気功弾を避けられたからではない。
「その朱いオーラ…」
対戦相手のオーラが薄朱い輝きを放ち、再び極意を発現させたのだ。
「ッ、まだだ、まだまだアアァッ!!」
熾輝の【全身全霊の極意】によるパワーアップは、先のクリス戦で、マコトも見ている。
しかし、今のマコトが纏うオーラの絶対量は、いかに極意によるパワーアップを果たした熾輝が相手でも負ける要素には含まれるハズが無いと思っていた。
だがしかし、先程までの戦況がものの見事にひっくり返ってしまったのだ。何故なら、マコトが放つ気功弾の尽くが熾輝に当たらないからだ。
「クッソオオォ!!マグレだ!マグレに決まっている!」
乱れ撃つ気功弾が熾輝へと放たれる。だが、その弾道を見切っているかの如く、熾輝は最小限度の動きで迫りくる気功弾を避け続ける。
――なんてヤツだ!この気功弾の中を、まるで散歩でもしているみたいだ!!
いくら放とうとも熾輝の歩みに一切の淀みがない。
それどころか、マコトとの距離がどんどん縮められていく。
――このままじゃヤバイッ!しかも、昨日よりもパワーが上がっているぞ!
熾輝から感じるオーラが先のクリス戦を超えていると直感したマコト。
そして、乱れ撃つ気功弾の弾幕を気にも止められていない。
それらの情報から戦い方を切り替えるまで、時間は必要無かった。
「鬼の爪、出力最大ッ!【簡易無双】ッ―――!!!」
鞘に蓄積されたオーラを一気に解放するマコトの最後の切札。
しかし、この技は鞘内部のオーラを一気に放出するため、持続時間に限りがある。
その時間はきっかり3分間!!
「UWWWWWWWWWWWWッ―――!!!」
マコトの起死回生を図った大技に呼応するように、熾輝もまた気を高めた。
獅子奮迅による身体強化に加え、游雲驚竜によるオーラ出力の解放。
互いの気が充実した瞬間は、殆ど同時だった。
驚異的なオーラを纏ったマコトが熾輝に突っ込むと、両手の気功弾を至近距離で放つ。しかし、当たらない。一瞬でマコトの死角に回り込むとボディーに拳を叩き込む。
「うッ――!!?」
とてつもない一撃に苦悶の声を漏らすが、それも一瞬のこと。すぐさま身を翻して連撃を叩き込む。だが、全て紙一重で躱され、僅かに大振りになった突き手を掻い潜り、足元を刈られた。
浮遊感がマコトを襲い、遅れてやって来たのは熾輝の攻撃。
アンダースロー気味に向かってきた掌にある気功弾が腹に当てられた次の瞬間、衝撃でマコトの身体をいともたやすく吹き飛ばした。
武舞台の床で4回バウンドしたマコトは、絶大なオーラ量による防御力を得たハズ自身に大きなダメージが入っている事に驚愕する。
――そんなッ、オーラの量は俺が圧倒的に上なハズなのに!ここまで違うものなのか!?
体勢を立て直したマコトに迫りくる熾輝。
しかし、オーラにモノを言わせた今までのやり方では、勝ち目がない。
自慢の切り替えの速さで、瞬時に戦い方を切り替える。
――これで決められなかったら、あとが無いッ!!
「心剣解放!双流の太刀ッ!!」
両手に水の心剣が握られると、大量の水がマコトの周りに生み出された。
マコトに付き従うかの如く、とぐろを巻き巨大な水龍を模した水が顕現した。
「遠雷波ッ――!!」
顕現された水龍を一目見た瞬間に放たれる気功弾。しかし、マコトを守る様にとぐろをまく水龍が行く手を阻み、攻撃がまったく届かない。
「ヤマタノオロチッ――!」
ヘビの様なうねりを上げて、四方八方から熾輝を襲う。
避けた傍から360°、全方位から次々と襲い掛かる龍のアギト。
喰らえばダメージ甚大、捕まれば水の中に閉じ込められ逃げ出す事はできなくなる。
威力と絡め手を備えた攻撃に回避にリソースを割く他ない…
――けど、逃げてばかりもいられないッ!!
距離を大きくとり、マコトの攻撃範囲の外で足を止める。
その間、マコトは動かない。否、動けない。
おそらく、ヤマタノオロチによる攻撃は相当な集中力を要するため、維持に力を注いでいるのだろう。
その僅かな隙で、熾輝も勝負に出る。
腰を低く落として、右手を突き出すと、まるでシェイクハンドをするかのような手の動きをさせた。
すると次の瞬間、空間に波紋が生じて、そこから何かを抜き出す動作で、一気にその何かを引き抜いた。
――波動剣
その手に握られていたのは、一振りの刀。
しかし、黒神夜瑠のような召喚術による実体のある刀ではなく、正真正銘、熾輝のオーラで模られた刀だ。
だが、【波動剣】の名を冠する刀…そこに内包する能力に、切れない物はない。
「行くぞ、最後の勝負だ――!」
「来いッ、受けて立つ――!」
両者共に一歩も退かない。
床を蹴って立ち向かう熾輝と水龍を自身の元に戻して迎え撃つマコト。
先に先手をとったのは、意外な事に待ちに徹すると思われたマコトの方だった。
圧倒的水量にモノを言わせた範囲攻撃【大津波】が武舞台に存在する敵を飲み込まんと押し寄せる。対する熾輝は…
――第二秘剣・ニノ太刀要らず!
刀を振り下ろした瞬間、目の前の大津波が真っ二つに切り裂かれた。……が、その先には既に攻撃モーションに入ったマコトが待ち受けていた。
「水龍の顎ッ!」
絶妙なタイミング、人間の反射神経の限界を超えていなければこの十文字斬りを凌ぐことは不可能!
だがしかし、武術において反射神経がどれほどの優位を得るというのだろうか。
それが達人領域における戦いとなれば尚更だ。
重要なのは反射速度ではなく、読み……たとえるなら詰将棋のようなもの。即ち呼吸や視線の動き、筋肉の収縮、果ては思考の同調といったありとあらゆる挙動から氣を読み取るのだ。
「なにッ――!!?」
まるでマコトが攻撃してくる事が判っていたかのように、振り下ろしていた熾輝の刀が既に切り返されている。
コンマゼロ秒の差が生み出す斬撃による交錯。
この斬撃戦いを制した者が勝者となる。
「「うおおおおおぉ――!」」
咆哮が轟き、次の瞬間には、敗者が場外へと吹き飛ばされた。そして…
『勝者、八神熾輝イイィッ―――!!!』
勝者が武舞台で勝利宣言を受けていた―――。




