魔闘競技大会~その⑫~熾輝vs剣崎誠
周りを見渡せば、先程まで自分1人しかいなかった大食堂にポツリポツリと人が増え始めていた。
「え~っと、だめ――?」
「………」
目の前に現れたマコトは、声を掛けたはいいが、返事が帰って来ない事から困惑している。
しかし、返事が返って来ない…それもそのハズ。食事を終わらせようとペースを速めた熾輝の口の中には、いっぱいに詰め込まれた肉が入っていたから。
「ど、どうしよう!俺って相手にされてない!?」
「気合や!マコピー!」
「そうだよ!マコト君に言い寄られて振り向かない人はいないよ!」
「ちょっ、それどういう意味!?」
「やれやれ、しょうがないですねマコト様は、女に飽きたら男に走るなんて……とんだ変態野郎ですね」
「酷くない!?」
と、なにやら連れの少女たちとヒソヒソ話を始めた。
代表選手ということで目立つ誠が、3人の少女を連れて歩いているという事もあって、周囲の目が集まってくる。
(モグモグモグモグ……ごっくん!)
と、かなり急いで口の中の物を飲み込んだ熾輝は、これ以上目立ちたくないという思いから、対話を受け入れる事にした。
「どうぞ、…とは言っても、もうすぐ食べ終わっちゃうけど?」
「もうすぐって……?」
熾輝の言葉とテーブルの上に並べられた料理。それを見て『おかしくない?』と、誠は思った。
なぜなら、満漢全席…は言い過ぎだが、一人が食べるにしては多過ぎる量の食事がテーブルに置かれていたから。
そして、その量の8割を既に食べきったのか、空の皿が積み上げられている。
「八神ん、相変わらず良ぉ食べるなあ」
「それで太らないなんて羨ましい」
「水面さんだっけ?…え?ヤガミン?」
熾輝をヤガミンと呼んだのは、双子の姉である水面生唯で、体格について言ったのは双子の妹で水面流唯だ。
「ウチら2人とも水面さんやよ。呼ぶ時はみんな下の名前で呼んでるんよ」
「その節は、助けてくれてありがとう御座いました」
「え?あれ?あ、うん?」
あれ?ヤガミンについてはスルーですか?――と、目の前の双子は、熾輝の質問がまったく耳に入っていないかのように、好き勝手喋り始めた。
ちなみに、熾輝と水面姉妹は、一度だけ面識がある。
実は、今回の大会に出場するために、外部枠を決めるために開かれた予選大会で会っているのだ。
「すまない、彼女たちはいつもこんな調子で――」
「こんな調子とは何ですか?マコトさまは私たちの身体のどんな調子を知っていると言うのですか?とんだ変態野郎ですね!」
「だから、そういうところ!なんでそっち方向へ話を持って行こうとするの!?」
「………」
彼等の調子に思わず食事の手を止める熾輝は、いったい何をしに来たのかと思うのであった。
「んんッ!話しが逸れたね。実はキミにお礼を言いに来たんだ」
「お礼――?」
やっと本題に入るのかと思いきや、熾輝は誠にお礼を言われる覚えが無く、小首を傾げた。
「ウチの…学園の出場選手である結城咲耶さんのことだよ」
「………」
誠の言葉に熾輝は「あぁ」と、心の中で理解した。
「あのとき、助けに入ってくれたこと、そして勝ってくれたことに学園を代表して礼を言う」
誠は席から立ち上がり、熾輝に向き直ると、深々と頭を下げた。
その光景に熾輝は、目を丸くして驚いた。
「えっと…うん、礼は受け取った。だから頭を上げてくれ。俺なんかにこんな事をしている所を見られたら、キミの立場も危なくなる」
そして今度は誠が驚いたように目を丸くしていた。
「やっぱり噂は当てにならないな。キミは良い奴だ」
「………」
「俺の立場を心配してくれたけど、それは要らぬ心配ってヤツだよ」
「そやで~、なんせウチ等は学園代表としてお礼言いに来たんよ」
「み、みんながみんな、八神君を悪者だと思っていないんです」
「もちろん反対の声もありましたが、アナタに感謝の念を伝えるのが学園の総意でした」
熾輝にはその状況が飲み込めなかった。
なにせ自分を恨んでいる連中は多い。しかも学園に在学している生徒には、神災で家族を失った者も多くいるハズ。
なのに、何故そのような状況になっているのかが…
「俺も昔、噂だけを鵜呑みにしていたころ、キミという存在が悪に思えていた。けど、ある日、誰かが言ったんだ」
「…なにを?」
「それが本当に真実なのか…断片的な情報を繋ぎ合わせた憶測を真実だと信じ込みたいだけじゃないのかって」
「………」
その言葉を聞いて熾輝の中に形容しがたい感情が込み上げてきた。
確かに神災について判っている事は少なく、状況から推測された情報が裏では真実とされている。
過去、十傑ですら熾輝を悪と断じ、処理しようとしていたくらいだ。
しかし、信じがたい事に大人からの影響を受けやすい子供が、そこに疑問を持ち、疑いの目を向けつつある。
「もちろん、未だにキミを恨んでいる連中が学園に居るのは事実だ。けど、今の俺達は変わりつつある。自分の目で見て考えて、何が本当なのか疑問を持つことが出来る」
誠が言っている事は本当なのだろう。
だからこそ、クリスに勝ったときに喝采が巻き起こったのだ。
自分を認めてくれる人達が知らずに増えている…その事実に、やはり理解できない感情が込み上げてくる。
「っと、話しが逸れちゃったけど、とにかくキミに感謝を……それと明日の試合はお互い全力を尽くそう」
誠の様に熾輝を色眼鏡で視ず、且つ、普通に接してくれているからなのだろうか、差し出された手を熾輝は迷いなく握ることができた。
「剣崎、キミも良い奴だね。けど手加減はしない」
「もちろん。俺も負けるつもりはないから」
視線がぶつかり合い、火花が散る。
誠は視線を切ると、手を掲げて『また明日』と言い捨てて去って行った。
そして熾輝は…
――キミみたいなヤツが彼女たちの傍にいてくれて、本当に感謝している
感謝の念を胸に抱くと、テーブルの上に残された食事に没頭するのであった――。
◇ ◇ ◇
食事を終えた熾輝は、ホテルの廊下を歩いていた。
目的は同門である中国代表選手、ヤンとワンに会いに行くため。
――身体が重い、息があがる
クリストの激闘によって受けた身体へのダメージが抜けきらない。
試合後、葵による治療を受け、身体のキズや怪我は嘘の様に完治した。
しかし、蓄積されたダメージと疲労が消えたわけではないのだ。
――参ったな、明日までに回復できるのか?
普段、限界まで身体を酷使する修行を行っている熾輝は、身体の調整のやり方を心得てはいる。
それ故に失ったエネルギーを補給するために大量の食事も摂取した。
だが今回は、何かが違う。
それはおそらく限界以上の力を引き出した事とオーラの極意に足を踏み入れたことによる反動。
「まだまだ修行が足りないか」
熾輝は誰も居ない廊下で『はは』と、乾いた笑いを漏らした。
熾輝は今までの経験上、自壊覚悟の戦い方を何度も繰り返してきた。
格上の相手に対する戦い方として、ピンチに陥れば必ずと言っていい程に自然エネルギーを身体に取り込む事で発現する【仙術】の乱用。
しかし、そんな諸刃の剣を使い続ける事態を重く見た昇雲は、熾輝に仙術の使用を禁じ、肉体へ自然エネルギーを取り込むことが出来ない封印を施したのだ。
ただでさえ命の危険を伴う力だ、師としては当然の判断だと言える。だが、才能が足りない分、無茶なやり方と判っていても熾輝には必要な力だったのだ。だが…
――もう少しで何かが掴める気がする
人が本来持つ可能性の一端を経験する事ができた。
その力を自在に使いこなす事が出来れば、熾輝はもっと強くなれる。
そう確信し、故に今は【仙術】に頼らない戦い方を続けるしかないのだ。
「――もし、そこのアナタ」
「ん――?」
ヤンやワンの部屋へ向かう熾輝に後ろから呼び止める声が聞こえた。
知らない声だと思いながら振り向いた先には…
「やはり、日本代表のヤガミシキ選手ですね」
「…はい。そうですけどアナタは――?」
「無礼者!」
質問しようとした熾輝の言葉が怒鳴り声で遮られた。
その怒声に驚いた熾輝の目の前には、物語りの女王様が着るようなドレスを着たブロンドの髪と紫がかった瞳、少し垂れた目が特徴の、おそらく30代の女性。
そして怒鳴り声を上げたのは、熾輝と同い年くらいで茶髪にスポーツ刈りのような髪型、顔立ちは、まるで軍人の様にキリッとしている男だ。
「このお方をどなたと心得る!畏れおおくも3代目ヴェスパニア公国皇女殿下、サクラ・ヴェスパニア様であらせられるぞ!」
どこぞの将軍様のような名乗りを上げた少年が、『え~いッ、頭が高い!』と熾輝を威嚇する。
「お止めなさいシンク!私は、こちらのヤガミ選手と話をしに来たのですよ!」
「し、しかし陛下……いえ、申し訳ありません」
「わたくしではなく、ヤガミ選手に謝罪なさい」
「…申し訳ありませんでした」
「い、いえ。コチラこそ知らなかったとはいえ、ヴェスパニア公国の皇女殿下に失礼を」
突然現れたヴェスパニア公国の皇女。
流石の熾輝も、この状況が飲み込めず、とりあえず『はは~』と心の中で言いながら片膝を付いて頭を垂れようとしたとき…
「こんな小娘に頭なんか下げんでいい」
「…師範」
おそらくワザとだろう、サクラ陛下の後ろで気配を消していた昇雲がひょっこりと顔を出した。
「昇雲さま、小娘はヒドイではないですか。わたくし、これでも一児の母親でアラサー皇女なのですよ?」
いったい何がこれでもなのか、意味が判らないが、おそらく一児の母であり、まだ若いという事を目の前の皇女様は言いたかったのだろう。
「アタシから言わせれば、アンタの母親も小娘さね」
「えっと、師範――?」
相変わらず状況が飲み込めず、置いてけぼりを喰っている熾輝は、説明を求めるように昇雲へと視線を向ける。
「すまないね、ここにいる小娘の母親とは昔馴染みなんだよ」
「はぁ…」
「んでもって、小娘がどうしてもお前に会いたいって言うもんだから連れてきたのさ」
先程から一国の皇女を小娘扱いしている事に対して気になるところではあるが、今は置いておくことにした。
それよりも、初対面の皇女様が自分に何の用なのか、それが気になった。
「ヤガミシキ」
「はい…」
ズイッと前に出たサクラ皇女は、覗き込むようにして熾輝の顔に近づくと…
「アメイジングでした!」
「えッ――!?」
ガバッと、いきなりハグをしてきたのだ。
「乙女のために戦う姿に漢気を見ました!そして、血湧き肉躍る戦いっぷり!わたくし、年甲斐もなく心打たれました!」
「そ、それは、ありがとうございます?」
サクラ皇女は先のクリスとの戦いにおける感動を伝えてくる。
「そして、あの試合の最後…よくぞ拳を治めましたね」
「………」
「やろうと思えば、怒りのままに拳を振り抜く事だって出来たハズ。なのにアナタは、そうしなかった。まさに騎士道…いえ、日本だから武士道ですかね」
最後にクスリと笑みを浮かべたサクラ皇女は、ハグをしていた腕を解き、熾輝を自由にした。
「アナタの高潔なる振る舞いに、きっと会場中の誰もが感動したハズです。あの喝采もアナタを認めてくれている人々がいるという証。だからアナタは胸を張りなさい。そして勇気を持つのです」
サクラ皇女は慈愛に満ちた笑顔を熾輝に向けてくれていた。
会って話しがしたいと言っていたが、彼女は単にこの事を伝えたかっただけなのだろう。
しかし、彼女の言葉は熾輝が思う以上に心の中を嘘の様に軽くしてくれた。
「ありがとうございます。これからも恥じる事の無いように精進していきます」
「期待しております」
言いたかったことは全て伝えたと、満足そうな表情を浮かべると、ヴェスパニア公国三代目皇女、サクラ・ヴェスパニアは去って行った。
「…気持ちのいい人でしたね」
「アレの母親そっくりだよ。でもまぁ、合わせられて良かった」
サクラ皇女が熾輝に向けた言葉がどれほど彼に影響を及ぼしたのかは、定かではなかったが、少なくとも昇雲は心の中で彼女に感謝の念を抱いたのであった――。
◇ ◇ ◇
翌日、大会三日目の第一試合三回戦――。
結局、熾輝の体力は回復しきらなかった。
万全とは言えない体調で、挑む相手は、学園が誇る四天王の一人、剣崎誠だ。
既に武舞台に上がった両名は挨拶を躱し、開始位置へとつく。
見たところ誠の体調は万全。
それもそのハズ、彼には学園のバックアップがついており、怪我の治療や体力の回復と言った能力者が彼を完全サポートしているのだ。
だが、それをズルだとは言えない。
なにせ、戦いに身を置く者にとって、敵が自身の体調を考慮して攻めてきてくれるなんて事は無いのだから。
しかも、本日からの三回戦目以降は、制限時間が無い。
つまり、時間無制限でどちらかが倒れるまで戦い続けなければならないという熾輝にとっては厳しい試合条件だ。
――短期決戦が望ましいか
試合開始の合図がなされた直後に一気に攻めようと作戦を考えていた熾輝であったが…
「悪いが最初から全力で行かせてもらう!」
誠の言葉と試合開始の合図が出たのは殆ど同時だった。
「心剣解放ッ!鬼の爪ッ――!!!」
心剣が解放された瞬間、オーラが荒れ狂い、想像を絶する力が誠に宿った――。




