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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
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第二四話

兄からの電話を受け、廃ビルへと辿り着いた葵は、困惑した。


廃ビルの敷地を囲うように人避けの結界が敷かれ、ビルの回りを包囲するように何人もの人間が待機していたのだ。


彼らが何者か、そして、何の目的でビルを取り囲んでいるのかは、簡単に想像がつく。


恐らく、兄を追ってきた術者がビルを包囲していると予想した葵は、すぐさま術式を構築し、魔術を発動させた。


彼女が発動させたのは、自分の存在を認識させない様にする魔術。


これによって、ビルを包囲している術者に気付かれる事無く屋内へと侵入し、ビルをくまなく探し回る。


途中、上の階へと続く階段を見張るように術者が立っていた居たが、彼女の存在を捉える事が出来ないため、何事も無かったように上階へと昇っていく。


「(階段に見張りが居るっていうことは、上の階からの逃走を防ごうとしていると言う事、つまり、お兄ちゃんはこの上に居る。)」


魔術は、その繊細なコントロールに神経を使う必要があるため、流行る気持ちを抑え込み、見張りに気が付かれないよう、魔術を発動したまま進む。


そんな時、上の方から数人の人間が下りてくる気配を感じ、踊り場の端っこに身を寄せてやり過ごそうとした。


そこで、葵は息をのんだ。


降りてきた人たちは、皆、身体の至る所に怪我を負い、酷い人は、うな垂れたまま背負われている。


そんな人たちが降りていくのを見送りながら葵は、心の中で謝罪した。


そして、再び歩みを進め、とうとう屋上まで登ってきた時に、ドアの前で立ち止まった。


ドアの向こう側からは、雨の音しか聞こえず、兄が居るのか、どんな状況なのかも分からない。


このドアを開けてしまえば、認識疎外の魔術の意味が無くなってしまうが、そんな事を言っている余裕は、今の彼女にあるはずが無い。


意を決して、葵はドアノブを掴み、重い鉄のドアを押した。


――――――――――――――――


ドアを開けた先には、二人の人影を確認できた。


一人は後姿だが、ハッキリと分かる。


彼女が恋心を抱く男性、清十郎だ。


そしてもう一人は、地面に崩れ落ちたまま動かなくなっていた兄の姿。


葵は目を見開き、何が起きているのか、まるで分からなかった。


理解が追いつかない。


無意識に認識疎外の魔術を解き、覚束ない足取りで兄の元まで近づき、地面に膝を付ける。


彼女の兄は、既に事切れていた。


「・・・どうして?」


「・・・。」


彼女の問いかけに目の前の男は、何も答えない。


視線を向けてみれば、彼の手には、べっとりと血の付いた刀が握られている。


兄の身体を見れば、胸に刃物で貫かれた跡が残っている。


それだけで理解が出来た。


「嘘つき。」


「・・・。」


「大丈夫だって・・任せろって言ったじゃない!どうしてお兄ちゃんを殺したの!?」


葵は、涙を流しながら訴える。


しかし、彼は何も答えようとしない。


この時から、彼女の恋心が憎しみへと変わったのだ。


――――――――――――――


時間は現在へと戻り、東雲葵は、憎い相手と共に一人の少年を守っていた。


目の前には、拘束されたくだんの少年と、彼を襲ってきた男二人。


もっとも、一人にあっては、葵に瞬殺(死んではいない)されて、残るは彼女と縁のある真部という男性のみとなっていた。


「あの時、私は兄が亡くなった事実を受け入れる事が出来ず、目に見えている物しか見ようとしていなかった。」


遠い過去、彼女は己の疎かさと悔恨を今でも引きずっている。


「だから、兄があんな事になってしまった事の裏に、彼方という存在が居るなんて考えも及ばなかったわ。」


葵は、深い怒りの眼差しで真部を射抜く。


「・・・私もまさか、あの時の少女が五柱にまで上り詰めるとは、考えてもいなかったですよ。」


先程までの焦りのある心情から一変して、落ち着きを取り戻した真部が葵へ言葉を返す。


「やはり、あの時、兄の方では無く、彼方を実験体に選んでおけば良かったと、今更ながら後悔してますよ!」


後悔の念を言うのと同時、真部はコートの内ポケットにしまい込んでいたスクロールを取り出し、魔力を流し込んだ。


すると、羊皮紙で出来たスクロールがピシッと皺ひとつ無い程に伸び、そこから魔法陣が浮き上がる。


「未だ研究は未完成、だが!思わぬ副産物をお見せしよう!」


スクロールを核として、周りの空間が歪む。


風景の一部に、すっぽりと黒い穴が空いた。


「(空間魔術?だけど、この感じは・・・)」


熾輝は、黒い穴の先に覚えのある感覚を瞬時に感じ取った。


それは魔界に住む誰もが持っている彼等だけの力、だがそれだけではない。


「見た目は妖怪だが、人間だけが有する魔力をその身に宿した実験体、【がん】」


穴の中から太い腕が、ぬっと出てくる。


ソレは、空間の境目に指を掛けて、徐々に姿を現し始めた。


頭に一本角、四肢は丸太の様に太く長い、胴体は岩か何かでも出来ているかのように、硬質化されており、それが動く度にゴリゴリと自分の身体を削っている音が聞こえてくる。


「なんてことを」


「わかりますか?これも元々は、人間だった、彼方の兄より少しはいい素材だったのですが、実験の段階で身体が変質してしまったのですよ。」


『ガ、ガ、ァぁ』


岩鬼は、もはや人間としての意志が無いのか、目の焦点もあっておらず、その巨体を小刻みに動かし続けている。


「彼方は、一体何がしたいの?」


「【固有魔法】の発現が私の研究テーマでね、その研究課程で妖怪に目を付けました。妖怪には種族ごとに固有の魔法・・・いや、能力がありますが、その力を上手く人間に移植できないものかと考え、数年前から実験を繰り返していますが、未だに成功例はありません。」


悪びれもなく、言い放つ男を目の前に、葵の眼に鋭さが増す。


「でもまぁ、魔術の進化という崇高な目的のために、いしづえとなった彼等もいづれ私の実験が成功した時には浮かばれることでしょう。」


「・・・させない。」


小さな声ではあったが、そこには彼女の思いが強く感じられる。


「何かいいましたか?」


「もう二度と、彼方の下らない実験のために誰も犠牲にはさせない。」


「ならば戦いますか?これは、他人とはいえ、彼方の兄と同じ境遇のですが闘えるんですか?」


未だ召喚されてその場を動こうとしない岩鬼は、小刻みに身体を揺らしつづける。


「例え兄と同じを辿っていたとしても、関係ないわ。」


「その心意気には感服しますが、果たして彼方にこれを倒せますか?いくら五柱とはいえ所詮は人間、妖怪と我々には能力に大きな壁が存在します。」


「御託は要らない、彼方を倒してこんな事を終わらせる。」


「・・いいでしょう、確かに私には彼方を倒す事は出来ませんが、コレは名のある魔術師達を殺めてきた実績のある実験体、多少暴走してしまうところはありますが、データを取るには十分すぎる相手と思って殺されてください。」


真部は右手をかざして、ようやく葵と相対する。


「暴れなさい、岩鬼!」


瞬間、岩鬼の先程からの小刻みの動きがピタリと止まり、葵に向かって咆哮を上げた。

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