表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
国際魔闘競技大会
249/295

魔闘競技大会~その⑪~成長と邂逅

 疲れ切っていたとはいえ、彼女の気配に気付けないとは、我ながら修行が足りないなと心の中で苦笑いをした。


「――うん。勝ったよ」

「そっか、やったね」


 勝利報告を受けて、ニコリと笑った咲耶は、拳をつくって小さくガッツポーズをした。


「ありがとう……咲耶、怪我の調子はどう?」

「まだ少し痛むけど、あおい先生が折れた骨はくっつけてくれたよ。明日には元通りに動ける様になるって」


 何でもない事の様に語る咲耶に「そっか」と、相槌あいづちをうつ。


「そんなことより、本当なら熾輝くんと戦いたかったんだよ!それなのに私ってば一回戦敗退って…へこむぅ」

「今回は相性が悪かっただけだよ。魔術特化の咲耶が魔術を封じられたんだ。仕方ないよ」

「でもでも、試合の後に色々と考えたんだけど、床板をひっぺ返してぶつけるとか、方法はあったと思うんだよ」

「………」


 咲耶の言葉を聞いた熾輝は、正直驚いていた。


 こう言っては何だが、負けた事よりも負け方……正しくはクリスにされた事を気に病み、心に傷を負ってしまったと思っていた。


 一回戦でのクリスの残虐ファイトは、咲耶を再起不能にするには充分な出来事だったといっても過言ではない。


 にも関わらず、当の本人はあっけらかんとして、対クリスの攻略法を模索している。


 熾輝が彼女たちの元を離れてからの2年間を当然彼は知らない。しかし、今の彼女を見れば、魔術師としてのレベルアップは当然として、精神力が桁違いに強くなったのだと、少し安心した。


「――それでね、次に戦うときは、ベッコベコにしてやるんだから!」

「はは、なら俺も対反魔術の戦法を色々考えておくよ」

「………」


 ヤル気漲る咲耶の熱意を受けて、熾輝も助力を申し出た。しかし不意に、先程まで喋り続けていた咲耶が声を発しなくなった。

 不思議に思った熾輝から「?」が頭の上に浮かぶと……


「熾輝くん、【俺】って言うようになったんだね?」

「……あ」


 彼女たちの前では意識して、以前と同じように【僕】を使っていたのだが、如何いかんせん、試合の後だという事もあり、つい素を出してしまっていた。


「うん……変かな?」

「全然変じゃないよ。むしろ男らしいと思う」

「あ、ありがとう」

「でも、何で一人称いちにんしょうを変えたの?」

「大した理由じゃないよ」

「ふ~ん…で、何で変えたの?」

「………」


 はぐらかそうとした熾輝に、それでも理由を聞こうとする。そんな咲耶の態度に本当に強くなったと感じる。


「えっと、大会前に地下闘技場で修行していた事は話したよね?」

「うん」

「そこで、マザコンとか僕チャンって、色々と野次を飛ばされて…」

「それで俺を使い始めたの?」


 咲耶の追及に、コクリと頷いて肯定した。すると…


( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


 と爆笑する咲耶。


「い、痛い!折れたアバラが痛い!」


 笑い過ぎてくっつけたハズの肋骨が痛むご様子。


「だから大した理由じゃないって言っただろ!」


 笑われて気分を悪くしたのか、熾輝は口元をへの字に曲げてそっぽを向いてしまった。


「ご、ごめん、ごめん。だって、急に俺とか言うから、私の知らないところで熾輝くんが変わっちゃったんだと思って、不安になっちゃったんだもん」

「笑いながら言われても、そんなふうには思えない」


 ムスッとしてはいるが、確かに彼女たちと離れていた2年間は長すぎた。

 それこそ、強さや身体の成長よりもお互いの心の変化は目で見えない分、余計に不安に思う。


「でもね、熾輝くん」

「何だよ」

「…俺って、言ったとき、実はドキッとしたんだよ?」

「え――?」


 反射的に振り向いた視線の先で、咲耶は瞳を潤ませて、頬を朱色に染めていた。


 そんな彼女の視線が熱を帯び、見つめられただけで心拍数が上がり、熾輝の顔も次第に赤くなっていく。


「ぁ、あのね、熾輝くん」

「な、なに?」

「出来れば、今まで通り僕って言って欲しいの」

「えっと、それは……」


 どういう意味で咲耶が言ったのかは判らない。

 しかし、熾輝が彼女たちの前では、今までと変わらず僕を使っていたのは、逢えなかった2年間の壁をなるべく感じさせないためで、お願いされれば別に僕でも構わないと思っていた。のだが…


「そ、それで!私の前だけは俺って言って欲しいのッ!」


 咲耶の考えは熾輝の予想の斜め上を行っていた。

 だがしかし、咲耶が言わんとしている事が判らない熾輝ではない。

 2年前、彼女の想いを熾輝は確かに聞いている。つまりは、咲耶は今も変わらずに熾輝に惚れていて、特別扱いして欲しいという事なのだ。


「え~っと、――」


 答えに困っていた熾輝。

 しかし、そこへ乱入者が現れた。


「コラーッ!抜け駆け禁止イイィッ――!!」

「つ、燕ちゃん!!?」


 部屋のドアをバンッと開けて入って来たのは燕だけではなく、朱里やアリア、左京と劉邦に連れられてきた葵たちが雪崩れ込むようにやってきた。


「気を効かせてあげてれば、アナタって子はー!」

「な、なんのことかな!?私は抜け駆けなんてしてないよ~?」

「聞こえてたんだからね!自分だけ特別扱いしてもらおうとしてたでしょ!」

「……チッ」


 ――舌打ち!?と、あからさまに態度に出す咲耶を目の当たりにして、熾輝は僅かに目を見開いた。


「はいはい♪みんな、ここは病室よ♪静かにしましょうね♪」

「「…は~い」」


 あらあらまぁまぁと、状況を楽しんでいる風な葵。

 しかし、医者としての注意はしっかりとする。


「積もる話もあるだろうけど、そろそろ熾輝くんを連れて行ってもいいかしら?」


 試合直後に病室へと連れてこられた熾輝は、流石に限界のようで、椅子に腰かけたままフラフラとしている。


 葵から言われたことで咲耶たちは熾輝を解放した。

 このあと劉邦に背負われながら熾輝は医務室へと連行されていったのだった―――。



「…咲耶、頑張ったわね」


 熾輝のいなくなった病室で、アリアは咲耶の頭を撫でながら言った。


 すると、肩を震わせながら、今まで我慢していたのか、咲耶の目頭に涙が溢れて、決壊したようにポロポロと雫となって落ち始めた。


「本当はね、怖かったの……ボロボロにされて凄く怖かった…もう、あの人の前に立ちたくない」


 ポツリポツリと話す咲耶の言葉をアリアは「うん、…うん…」と頭を撫でながら相槌を打って聞いている。


「でも、そんなかっこ悪い姿は、見せたくないの……熾輝くんと並んで歩いていきたいから……昔みたいな弱くて頼りない咲耶のままだと思われたくない……」


 泣きながら語る咲耶。それを聞いていて燕も朱里も、そしてアリアや左京も涙を堪えきれずに泣き始めた。


「もっと、…もっと強くなるんだ」

「強くなろう。大丈夫、アタシが付いているよ」


 熾輝と別れてからの2年間、咲耶だけでなく燕や朱里は毎日の鍛練を欠かさず、誰よりも努力してきた。


 故に彼女たちは2年前とは、比べ物にならない程に強く成長していた。


 しかし、今回の大会で咲耶は惨敗をきした。


 相性という大きな理由はあれど、結果が全てのこの世界。もしもこれが実戦であったなら、確実に殺されていたことだろう。

 その事を考えるだけでも恐ろしい。


 今回はたまたま試合形式で命を取られる事はなく、そして熾輝が仇をとってくれた。


 だが、それではダメなのだ。それだと今までと何も変わらない。


 だから彼女たちは今一度、誓いを立てた…


――『『『強くなろう』』』と、………



◇   ◇   ◇



「――あの面汚しがッ!」


 試合の顛末を見届けたバラライカ。

 彼女が手に持っていた葉巻がバキっと音を立てて折れた。


「おやおや、どうしたんだい小娘。ご自慢のロシア最強が無才であるアタシの弟子に負けたのが悔しいのかい?」

「老いぼれェ…」


 青筋を浮かべて怒りをあらわにするバラライカに対し、昇雲はざまあみろと言っているかのように性質タチの悪い笑みを浮かべている。

 

「ハッ!アタシの弟子を突然変異とかぬかしてくれた腹いせさね!」


 昇雲がめずらしく喧嘩を売るような真似をしていた理由は、どうやら弟子である熾輝をバカにされていたのが相当頭にキていたからのようだ。

 

「チッ、今のうちに精々せいぜい調子に乗っていればいい。不完全な極意で何処まで行けるのか、しっかりと見させてもらおう」


 昇雲の挑発に、これ以上のる様な事はしなかったバラライカ。しかし怒りが収まらず、殺気立ったままの状態でVIPルームを後にしていった―――。



◇   ◇   ◇



『――本日の試合結果についてお知らせします……』


 大食堂に備え付けのテレビモニターから大会の報道を行っている。

 報道とは言っても、全国放送の番組ではなく、大会開催中のそれもホテル内限定の番組だ。

 熾輝は1人、大食堂のテーブルで食事をとりながら番組に耳を傾けていた。

 ちなみに『1人』というのは、友達がいないとかいう意味ではなく、人が来ない時間帯を敢えて選んでという意味で、大食堂には本当に熾輝1人だけしかいないのだ。


『大番狂わせはやはり本日の第一試合、八神熾輝vsクリス・エヴァンスの戦いですね。優勝候補の一人、ロシアのアンダー15では最強と言われていたクリス選手に土を付けた八神選手。序盤からハイペースで攻めるも徐々に押され、終盤には苦しい試合展開となりましたが、起死回生の動きで何とか勝ちを拾う事ができました―――』


 モニターに映し出される試合風景。

 今回はクリスに辛勝しんしょうしたが、次また勝てるかどうかは判らない。

 何故なら熾輝が試合中に発動させた【全身全霊の極意】は、たまたま発動させる事が出来たに過ぎなかったからだ。


――あれから、何度も試したけど極意を発動出来なかった。


 試合後、忘れない内に極意の感覚を掴もうと試みたが、コツすら掴めず徒労とろうに終わった。


 2年間の修行で限界を超える様な感覚を何度も経験したが、一度だって極意に至る事は無かった。

 しかし今日、クリスとの戦闘を経て、始めて至ることの出来た達人の領域。

 熾輝は再びあの領域に辿り着けるのかと言う不安と、そして自分はまだまだ強くなれると言う期待が心の中で混ざり合っていた。


『――優勝候補筆頭の五月女凌駕選手は、やはりと言うべきか、圧倒的な実力で二回戦も突破しました。もはや当たり前の話題過ぎて、番組の盛り上がりに欠けてしまいます』

『他の選手にも光る物だってあるじゃないですか。例えばAブロック第二試合で勝利した剣崎誠選手とか…』


 明日の対戦相手の名前が上がり、熾輝は食事の手を止め、モニターへと意識を向けた。


『彼は先祖代々受け継がれる能力【心剣】を使い、様々な性能をもった剣を生み出します。そのバリエーションは豊富で、対戦相手は翻弄され続けていましたね』


――心剣…確か昔師匠が言っていたギフトが剣崎だったかな


 ギフトとは、任意の相手に譲る事ができる能力のことで、熾輝が清十郎から継承した【波動】もギフトだ。


『まだまだいますよ~。Aブロック第三試合のヒビキ選手は、相手選手の内部に衝撃を走らせる浸透しんとう系武術の使い手です』

『あと同じくAブロック第四試合の威吹鬼いぶき選手ですが、彼も目立っていましたね~』

『別な意味でですがね…』


 と、モニターの映像が威吹鬼の試合に切り替わった。


『フハハハ!我が右腕がうずいている!』とか『ぐおお!不味い!封印を抑え切れない!』とか、右腕に巻いた赤い包帯を抑えながら何やら叫んでいる。


『面白い選手ですよね』

『二回戦も突破していることから実力は本物なのでしょうが、負けた選手が可哀想に感じます』


 等と、本日勝ち上がった選手の情報を伝えるナレーターたちの話しが続く。

 日本主体の報道番組だけあって、日本代表選手に対する偏りが僅かに窺える内容ではあったが、他にも劉邦が二回戦を突破した事と、ヤンとワンが敗退した事もこの番組で知ることができた。


「…ヤン姉さんとワン兄さん、負けちゃったのか」


 自分の試合が終わってからは、咲耶に会い、葵に治療され、自室に篭り極意の感覚を掴もうとしていて、他の試合を気に留める余裕もなかった。


 応援されっぱなしで、何も返す事が出来なかったと反省した熾輝は、食事を終えたら会いに行こうと思い、少しだけ食べるペースを上げたその時だった……


「隣り座ってもいいかな――?」

「………」


 熾輝の前に明日の対戦相手である剣崎けんざきまことが現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ