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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
国際魔闘競技大会
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魔闘競技大会~その⑩~突然変異

 目の前の男が纏うオーラは、薄っすらとあか色に染まり、吹けば消し飛ぶと錯覚するほどに儚く見えた。


 しかし、それこそ錯覚だ。


 一瞬にして黒いインクをぶちまけたかの様にクリスの意識がいまつて感じた事のない恐怖と言う色に染め上げられる。しかし…


「クハッ!クハハッ!!大した野郎だぜ!」


 ここに至ってクリスは高笑いを上げ、熾輝を称賛し始めた。


 まるで自身が感じている恐怖すら楽しんでいるかのような素振そぶりさえうかがえる。


世辞せじじゃねぇぞ。こんなに楽しかったのは、生まれて初めてだ」


 熾輝との戦闘を経て進化したクリスのオーラが激流の如く迸る。


 それに対し、熾輝の薄朱うすあかいオーラは、まるで波紋一つ無い水面みなもの如く。


「お前が何を思っているかなんて、どうだっていい。ただ俺はお前の事が心底許せないだけだ」


――だけど、俺をここまでの領域へと高めてくれた……その一点には、ただただ感謝している。


 と、決して口には出さなかった。


「…それでいい。そうでなきゃ潰し甲斐がねぇ」


 クリスのオーラが満ち満ちて充実していくのが判る。


 獣の如く姿勢を低くして、熾輝へと飛び掛からん勢いだ。


「クライマックスと行こうぜ!ヤガミシキッッッ!!!」


 かつてない最高速度による突進。

 これが進化したクリスの実力だと会場中の誰もが彼の才能に畏怖する。…しかし


――裡門頂肘りもんちゅうちゅうッ!


「グハッッッ――!!?」


 脱力状態からの加速によって得た爆発的推進力を利用しての肘打ちがクリスの腹部に突き刺さった。


 推進力は衰える事を知らず、まるでトラックに衝突してフロントに張り付いたかのようにクリスを場外の方まで押し込む。


「舐めるな!」


 踏ん張りを効かせても減速しないと即座に判断して、両手をガシリと結んで背部に向けて振り下ろす。が、身をよじり躱す事でクリスの攻撃は空を切る。


 そして、避けた際に発生した運動エネルギーを更に増加させ、空中でジャイロ回転する熾輝から放たれる足刀が頸椎へと撃ち込まれた。


「グギッッ――!!!」


 常人なら気を失うどころの話ではない。まるで首を切り飛ばされたと錯覚するほどの威力。クリスだからこの攻撃を耐えられたと言わざるを得ない。


 だが、これで終わりではない。

 振り下ろされた足刀によって、クリスのバランスが崩れ、前のめりに倒れかかる。そこへすかさずの膝蹴りが喉元に襲い掛かった。


 そして、強制的に持ち上がったクリスの頸椎に向かって振り降ろされる肘打ち。


 執拗に繰り返される頸部への攻撃。ダメージは計り知れない。


――何だ、コイツの技は!?さっきまでとはまるで別物だ!


 スピード、威力ともに別次元。

 精度が低いとさげすんだ技は、その技本来の真価を発揮している。

 そして何よりも攻撃に転じる際に発生する気配を全く読めなくなった。


 圧倒的戦闘センスを持つクリスは、その才により攻撃の予兆を感じ取る事によって、的確な攻撃、的確な受けを可能にしていた。それ故に身体能力で上を行く熾輝との殴り合いで優位に立っていたのだ。


 しかし、今は違う――。


 先程まで感じていた超攻撃的なまでの熾輝の怒り。それを全身から発露させていたにも関わらず、今は心のずっと奥、煮えたぎるマグマを腹の底に沈め、頭を冷静クールに保っている。


 怒りのエネルギーを原動力とし、気を解放する事により爆発的な力らを得る動のオーラ。

 心を沈め気を内側に凝縮させる事により飛躍的に力を増大させる静のオーラ。

 本来この二つの要素が渾然一体こんぜんいったいとなることはない。


 しかし、【酷使無双こくしむそう】による修行は熾輝の身体から魂にかけて鍛え上げた。

 そしてクリスとの戦闘を経ることによって共鳴による進化…いや、バラライカの言葉を借りるのであれば突然変異イレギュラーとしての殻を破り、不可能を可能にした。

 故に辿り着いた今の状態こそが唯一無二、オーラの極み、【全身全霊の極意】なのだ。


「オ゛オ゛オ゛ッ――!!!」


  クリスとて伊達にロシア最強と呼ばれている訳では無い。

 一方的になりつつあった試合展開をひっくり返すのは、いつだって圧倒的なパワーだ。


 十字軍式殺人術クルセイドサンボを駆使してのコンボ攻撃。そこから繰り出されるもっとも威力を重視されたフルスイングによる打ち下ろし、しかも殺人術の名に恥じない冷酷非道な眼球潰しを狙ったもの。


 如何いかに極意に到達した者であろうと、クリスが用いるクルセイドサンボが当たれば昏倒必死……ただし当たればの話しだ。


――何いイィィッ!!!?


 当たらない。


 紙一重で躱されるコンボ攻撃。


 そしてトドメのフルスイングに至っては、完全に見切られたかのように、首の皮一枚分届かない。


 鼻先で止まった拳の先から熾輝とクリスの視線が交錯した。次の瞬間…


「ガアァッ――!!?」


 何かが鳩尾に激突し、思わずせり上がってくる嘔吐感。


 圧倒的にリーチが長いハズのクリスの拳の先で微動だにしていない熾輝。


 しかし、確かな衝撃とダメージ、そしてオーラの残滓ざんしで理解した。


――気功弾だとッ!?


 半身の状態で肘を軽く曲げて拳をクリスの腹部に向けている。

 おそらくその状態からオーラの弾丸だけを撃ち出したのだ。


――何なんだコイツ!どこにそんな力を隠していやがった!


 ありえない事だった。

 天才としてもてはやされ、常に強者だった自分が無才の、それも歳下の者に追い詰められる事など。


 クリスは何時いつ如何いかなる時でも強者として生きてきた。

 彼にとって最強とは約束された称号だった。

 事実、実力で彼に比肩ひけんするものは今日まで一人も現れなかった。

 だが、目の前に確かに存在する無才の強者がクリス・エヴァンスをかつて一度たりとも経験したこと無い危機へと追い込んだ。


「クハッ!クハハハハハハハハ――!!!」


 それでも尚、男は笑った。


 激しく撃ち出される殺人術の数々を躱され、いなされ、時に合気により投げ倒され、それでもクリスの攻撃はやまない。


 超攻撃的姿勢はまるで魔獣を彷彿ほうふつとさせる。


 だが、今の熾輝と彼とでは立っている領域が違い過ぎた。


 一撃必殺の攻撃はカウンターで返され、追い打ちの様に何発もの打撃が身体に傷を刻み付ける。


 体力の限界はとおに過ぎているだろう。


 ゼェゼェと肩で息をして、大量の血液が武舞台の床を染め上げ、酸欠により視界が徐々に狭まっていく。


 だが、クリスは勝てないなどと微塵も考えていない。


 それはポリシーなどという高尚こうしょうなものではない。


 許せなかったのだ、己の全力をもってしても思うがままにならない存在が…。


「テメエは、死ねえエェッ――!!」


 今試合最速最高の十字軍式殺人術クルセイドサンボによるフルスイングの右ストレート。


 そして攻撃の気配を意図的に操作する事によって生まれた左のフェイント。そこから無意識領域下へ放たれるの一撃…いや、この工程全てを評するならば渾身の二撃と言える。


 ここへ来てのクリスの潜在能力ポテンシャルは、極意の状態の熾輝の虚を完全に突いたと断言しよう。


――心臓ハートブレイクショットッ!!!


 完全破壊を目的とされた十字軍式殺人術クルセイドサンボの真骨頂が今まさに熾輝の心臓を撃ち抜き貫いたッ!!


「……マジかよ」


 心臓を撃ち貫いたハズの熾輝の姿が空に溶け込んだ。


 意図的に操作した左のフェイント、その予備動作の段階で既に熾輝の幻幽拳げんゆうけんによる残像がクリスの虚を突いていた。クリスの二撃目を躱せたのは偶然に過ぎないのだ。


「流石に今のは読み切れなかった…」


 体力の限界を迎えているのは、なにもクリス一人ではない。

 もう、いつ全身全霊の極意が維持できなくなるのか判らない状態で、渾身の二撃をを躱した熾輝の唯一の勝機。


「全身全霊でお前を倒すッ――!!」


 クリスの渾身の二撃目、それを無駄にせず、且つ、利用するは、熾輝が最も得意とする伝家の宝刀…


――螺旋気流脚らせんきりゅうきゃくッ!!!


 軸足でクリスの足を踏み付け、頸部を蹴り上げる。


 本来、身体ごと空中へと吹き飛ばす一撃必殺の螺旋気流脚。しかしクリス・エヴァンス相手に一撃必殺はありえない。


 故にクリスを地上に留め、連撃へと繋げるという戦術だ。


 しかし、ここに来て熾輝の身体を猛烈な倦怠感けんたいかんが襲う。


「ッ――!!!?」


 偶発的に至った全身全霊の極意が維持できなくなったのだ。


 纏うオーラは色を失い、通常の無色透明へと変化する。


 体力の限界はとっくに超えている。


 頼みの綱は気力のみ!


――ギロリッ…と、クリスの眼球が熾輝へと向けられる。


「うおおおおおぉッ―――!!!」


 頑強タフネスなクリスを沈める為に必要なのは、ウィークポイントを的確に責めること。


 それは急所への攻撃ではなく、この試合の中で、幾度となく執拗に攻め続けてきた頸部への攻め。


 螺旋気流脚による攻撃によって首筋は大きく晒されている。


「ゼアアァッ――!!!」


 身に纏う全オーラを拳に総動員して手刀を放つ。


 結果、ゼロコンマの領域でブラックアウトするクリスの意識。


――叩き込めッ――!! 


 執拗に頸部を攻め続けてきたのは、この時の為!


 武術などとは縁遠いそれは、ただの腕力。


 しかし、結晶の如き鍛え上げられてきた肉体から放たれる拳は、確実に対戦相手を殴り飛ばす威力を孕む。


「ッッッ―――!!?」


 驚くことに武舞台の床を踏み抜いてクリスは耐えた。


 耐えて殴り飛ばされずにその場に留まっている。


「うおおおおおぉッ――!!!」


 一撃でダメならニ撃、三撃、四撃と連撃を放つ。


 ラッシュラッシュラッシュ…ラッシュをかけ続ける。


 武舞台がクリスの鮮血で汚れ、そして……不意に熾輝の拳が止まった。


――ちくしょうッ!


 殴り続けた熾輝の拳に纏わりついた血が帯びる粘度は、不快極まりない。


 しかし、何よりも不快なのは、対戦相手であるクリスの表情。


 突き出したままの拳を納めて、風を切る様にひるがえった熾輝は武舞台の外で控えていた係員に向かって叫んだ。


「ドクターッ!!」


 呼びかけにハッとした医療班が慌てて武舞台へと駆けあがる。


 そして、クリスに近づいた彼等が手持ちのペンライトで眼球を覗き込んだ次の瞬間、手を大きく交差させて試合中止の合図を送った。


『け、決着けっちゃあああぁくッ!』


 視界のマイクから試合終了が告げられる。


 そして、熾輝は医療班に囲まれたクリスを一瞥する。


 そこには、試合前と何も変わらないニタニタとした笑みを浮かべながら立ったまま気絶するクリスの姿があった。


 その笑みは相も変わらず人を不快にさせる物ではあったが、何か満足そうな気配も孕んでいた。


 そして、次の瞬間……


――ドサッ!


 と膝を降り、前のめりに倒れたクリス。


 それは、まるで土下座のようだったと誰もが感じ取った。


「…形だけは守ったな」


『勝者ッ!八神熾輝ィィッ――!!』


 勝利宣言を受けて武舞台から退場しようとした熾輝。


 肩で息をし、その足取りはフラフラとしている。と、そこで信じられない光景が起きた。


――パチパチパチパチ……


 なんと、会場中から拍手が巻き起こったのだ。


「ッ――!?」


 一瞬、何が起きているのか正確に理解する事は出来なかった。


 しかし、その拍手は、確かに熾輝へと向けられたもの。


 悪魔の子としての悪名が轟いている自分に対し、歓声などあるハズがない。


 むしろ罵声を浴びて当然…そう覚悟していた。


 確かに会場にいる観客の中には拍手を送らない者もいる。


 しかし、大多数の者が心からの喝采かっさいを熾輝に送っていた。


 いったい何故と思いつつ、こういう時、どんなふうに応えれば良いのか判らず、熾輝は逃げるように武舞台から姿を消したのだった――。



◇   ◇   ◇



「ゼェ、…ゼェ、…ゼェ――、」

 

 退場した熾輝は、もはや満身創痍。


 あれだけの激戦を繰り広げたのだから当然と言えるだろう。


 おかげで全身に上手く力が入らないし、酸欠で目眩もする。


 通路を壁伝かべづたいに歩く足取りは、実に弱弱しい。


「ぁ、……」

「おっと――」


 足がもつれ、危うく転倒しそうになった熾輝の身体を支える者がいた。


「ナイスファイト」

「ゼェ、ゼェ、……りゅう、ほう?」

「おう、劉邦りゅうほうさんだぞ」


 霞む視界の中にでみた兄弟きょうだい弟子でしは、カラッと晴れやかな笑みを浮かべていた。


「よくあんな化物に勝てたな」

「ギリギリだったけどね」

「だな!見ているこっちがヒヤヒヤしたぜ。それでも紛れもなくお前の勝ちだ」

「あぁ、勝てて良かった…」


 劉邦に肩を貸してもうことで、ようやく歩けている。


 彼がいなければ、おそらく医務室に辿り着く前に力尽きていたことだろう。


 現に今まさに、気絶しそうになる意識をどうにか保てている状態だ。


「もうちょっと頑張れ。試合の報告はお前の口から言わなきゃダメだ」

「……ぇ――?」


 試合の報告?――いったい何のことを言っているのだろうと、考えたところで頭が極度の疲労によって回らない。


 とりあえず、熾輝が意識を失わないように医務室へ辿り着くまでの間、劉邦は話しかけ続けた。


 そして、ようやく目的の医務室へと辿り着いた劉邦は、ドアをノックすると、室内へと熾輝を運び入れた。


「じゃあ、俺は葵先生を呼んでくるから、それまでしっかりと話をしておけよ!」

「ぇ、ちょ、劉邦――?」


 呼びに行く?ここ医務室だよね?何で医療班のが常駐してないの?――と、訳が判らない熾輝は、劉邦を呼び止めようとしたが、彼は言う事だけ言って走り去って行ってしまった。


「…勘弁してくれよぉ」


 応急手当くらいはして欲しかったと嘆きつつ、疲れ切った身体に鞭うって、室内にある丸椅子に腰を降ろした。すると……


「――勝った?」


 唐突に聞こえてきた声にハッとして、視線を向ける。


 すると開けられていた窓から室内に入り込んできた風がベッド周りに備え付けられたレールカーテンを揺らし、ベッドの上に居た少女…結城咲耶の姿を見せた―――。

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