魔闘競技大会~その⑧~熾輝VSロシア最強
「あの歳で極意に到達していた事にも驚きましたが、今の技は…心源流ですか?」
ダニエルを降した凌駕の技を見たヤナギは、目を見開いて驚いた表情を浮かべて隣の昇雲に尋ねた。
「五月女の子倅が使ったのは間違いなく心源流の技だ。だけど、あの身のこなし、連撃へと繋げる際の体捌き、アレは他流派も混じっているね」
心源流を軸としているが、細部にアレンジが加えられていると見抜いた昇雲は鋭い視線を勇吾へと向けた。
「さよう、アレは表向き五月女流と銘打ってはいますが、その真の流派は――」
「「帝国式戦闘術」」
「…知っておられましたか」
「当り前さね。アレは戦時中、当時の大日本帝国において開発された代物だよ。戦争経験者のアタシが知らないハズがない。そんな事より聞きたい事が――」
「うわああぁッ!!」
「聞きたい事がある」と言いかけた昇雲の言葉をジョニーの悲鳴が掻き消した。
「バカな!使徒が負けただと!いったいどうなっている!アレは存在そのものが軍事力なんだぞ!こんな事はありえない!」
勝ちを確信して仕掛けた賭け試合。しかし、結果は御覧の有様だ。
「ジョニーさん、約束通り掛け金を支払ってもらいましょうか」
「うぐッ、――」
昇雲との会話をいったん打ち切って、勇吾はジョニーへと代償を迫る。
「……無効だ」
「はい?」
「こんな勝負は無効だと言っている!きっと何かイカサマを仕掛けたんだ!でなきゃ使徒が負けるハズがないんだ!」
「正々堂々の勝負をイカサマとおっしゃるか?」
「何が正々堂々だ、この卑怯者め!私はお前なんぞに一銭たりとも支払わんぞ!」
負けてなお、負けを認めない。
もはや呆れて物も言えない勇吾に変わり、ヤナギが前に出る。
「往生際が悪いですぞジョニーさん」
「うるさい!元はと言えば貴様があの化物を飼いならしていれば、こんな事にはグッ――!!?」
喚き散らすジョニーの鼻っ柱にヤナギの裏拳が放たれた。
床に尻餅をついたジョニーの鼻からはダラダラと血が流れ出す。
「貴ッ――!!?」
「貴様ッ!」と声を上げようとしたジョニーの声は、ヤナギから放たれる圧によって封殺された。
「私の事は何と言っても構わない。しかし、子供を化物呼ばわりは許しません」
「ヒッ――!」
「それとねジョニーさん、この大会にダニエルさんを出場させた目的は、彼に敗北を知ってもらうためだったんですよ」
「は――?」
ヤナギの言葉を理解出来ないジョニーは、目を丸くさせて、呆けた顔を浮かべた。
それに対し、ヤナギはヤレヤレと溜息を吐きながら説明を続ける。
「彼は使徒という大いなる力を得ているせいか、自分以外は弱いと思い込んでいる。そして、自分は何もしなくても強いと信じているんですよ。そのせいで鍛練をせず、日々を怠惰に過ごし、惰眠を貪っていた。大会前に私は彼と初めて会って愕然とした。いったい周りの大人たちは何をしていたんだとね」
ヤナギの冷めきった視線を向けられて、ジョニーは目を逸らすように視線を泳がせる。
「彼があんなふうになってしまったのは、全て大人の責任です。子供は大人の言う事を信じてしまうんだ。だからジョニーさん、彼方には責任をとってもらう」
「な、何を言うかと思えば。臨時のコーチ風情が私をどうこうできるとでも思っているのか?」
「私にそんな大層な力はありませんよ」
「ハンッ!だったら引っ込んでいろ老いぼれが!それに今回の賭けについてはアメリカから正式に抗議してやる!もちろん、俺を殴ったヤナギ!貴様もタダでは済まないから覚悟しておけ――!」
「ただね、この方たちは、彼方のしたことを許さないハズです」
ヤナギが手渡したのは、1台の携帯端末。
『――私だ…』
「だッ、大統領ッ――!!?」
それを徐に受け取り、電話口に出たジョニーの顔色が見る見る内に青ざめていく。
なにしろ電話の相手は、アメリカの大統領なのだから…
『始めに言っておく。今回のキミの失態を私は許すつもりは無い』
「お、お待ちください!使徒が負けたのは、私の責任ではありません!全てはヤナギの――」
『そのことについては、ヤナギに一切の責任はない。そもそも、今回の大会での目的は使徒であるダニエルが負ける事なのだから』
「なッ、…では、何が問題だったのでしょうか?」
『判らないかね?』
「は、はい…」
『キミは今回の試合において、賭けをしたそうだね?しかも、キミの資産では到底まかないきれない額の保証人をあろうことかアメリカ国家にしてだ』
「そ、そそそその件につきましては、只今、異議申し立ての真っ最中でございまして――」
『愚か者ッ!その行為がアメリカの品位を貶めているのだ!試合の映像は、コチラでも観させてもらったが、正真正銘の正々堂々とした勝負だったではないか!』
「ヒィッ!申し訳ございません!」
『今後、キミには相応の処分が降るものと覚悟しておきたまえッ!』
一連の会話の後、大統領は通信を一方的に切った。
残されたジョニーは、絶望的な表情を浮かべながらうな垂れていたという――。
◇ ◇ ◇
「「一回戦突破おめでとう!」」
選手専用の部屋で祝勝会をするのは、水面生唯と水面琉唯。そして、一回戦を突破した誠は、正座していた。
「おかしくない――?」
テーブルに並べられたお菓子の数々を水面姉妹はモグモグと食べ、御剣鞘香は、椅子にドッカリと腰をおろして足を組んだまま、床に正座させたれている誠を見下ろしていた。
「何もおかしい事はありませんよ?」
「いやいや、俺の祝勝会だよね!何で主役が床に正座させられているの!?」
「それは、誠さまがヘタレ変態鬼畜ドМ野郎だからですよ?」
アンニュイな表情を浮かべながら語る鞘香の眼は、まるでゴミムシを見るかの如く!
「あれ!?ヘタレが追加されてるけど!?なんで!?」
自分の蔑称が知らぬ間に進化を遂げている事に混乱する。
それに対し、「言わなければ判りませんか?」と問いかける鞘香のコケティッシュな表情を見て、何故か生唾を飲み込む誠。
「誠さまは、結城さんが酷い目にあっていたとき、どこで何をしていたのですか?」
「そ、それは…」
「目の前で見ていたにもかかわらず、ただ傍観していましたよね?」
「………」
「それに比べて会場に乱入した橘くんは、実に男らしかったですよ?仲間の為に体を張れるだなんて、中々出来るものじゃありません」
「けど、下手したら出場停止も有り得たんだぞ?」
「卑しいですね。誠さまは自分可愛さに結城さんを見捨てたのですか?」
「違う!そんなつもりは――」
「そんなつもりは何ですか?実際に誠さまは動かなかったじゃないですか?」
「………」
「言い返せませんか?」
本来なら、今回の事でマコトが責められるいわれは無い。
しかし、マコトも助けに入らなかった自身の行いに対しては罪悪感を覚えていた。
「私はあのとき、誠さまが動いてくれなかった事が悲しかったです。悪名高き八神熾輝や中国代表選手までもが乱入したにも関わらず、同じ学園の仲間である誠さまが二の足を踏んだ。今回の大会が誠さまにとってどれ程の意味を持つかは、理解しているつもりです。ですが…」
鞘香の視線が、先程の様な冷たい物から悲しいものへと変わっていく。
そして、一拍おいて、彼女は言葉を続ける…
「どうか、ご自分が正しいと思う事をなさって下さい」
「鞘香…」
「学園の四強に上り詰めた誠さまには、立場と言う物が出来上がりました。しかし、その立場が彼方の枷になっているとしたら、そんな物は捨て去って下さい。私たちは、守られるだけの女では無いことは、彼方がよくご存知でしょう?」
「………」
マコトが四天王になった理由は彼女たちを守るため。
実力至上主義をうたう学園において、彼女たちの事を『能力を貢いだ女』と揶揄する者がいる。
そうした非難の目を向けさせないために彼は四天王まで上り詰めた。
マコトが四天王という地位にいる限り、彼女たちの能力は凄いんだ、彼女たちのおかげで自分は強いんだと、周囲に示すため。
「あのなぁマコピー、ウチらは大丈夫やで?」
「生唯…」
「そうですマコトさん。私とお姉ちゃんは彼方に助けられました。でも、それがかえって彼方の枷になるのはイヤなんです」
「流唯…」
「そうや、ウチらを助けてくれたマコピーは、もっと自由やったハズや」
「自分の信念に基づいて動く彼方が何よりも誇らしく思います」
この大会で何か問題を起こせば四天王と言う立場を失うかも知れない。だからマコトは動くことが出来なかった。
しかし、彼女たちは、それがイヤだった。なぜなら…
「「ウチ・私たちの剣崎誠がスゴイって事を証明して下さい」」
彼が想うのと同じように、彼女たちも彼を想っていたからだ。
「…ありがとうみんな。おかげで吹っ切れた」
マコトは彼女たちを守らなければイケないと思うあまり彼女たちの事を理解出来ていなかった。
そしてマコトは気付いた。守られていたのは自分自身の方だということに――。
◇ ◇ ◇
大会初日の試合を全て消化し終えたことで、観客たちが履けた会場は、静寂を取り戻しつつあった。
そんな武舞台の上で2人の選手が拳を交えているなんて、誰が予想しただろうか…
「前とは比べ物にならない程に腕を上げたな」
「それは、こっちの台詞だ」
拳を交えていた劉邦と熾輝は一区切りつけて、お互いに息を切らせながら武舞台の床に腰を降ろし、暫しの休息をとる。
「咲耶ちゃん、残念だったな…」
不意に漏らした劉邦の言葉に、熾輝は意図せず拳を握りしめた。
「アイツだけは、絶対に許さない」
「俺もだ。本当は俺だって仇を討ちたい。でも、その役目は俺じゃない。お前じゃなきゃダメなんだ」
悔しいのは、熾輝だけではない。
劉邦は友として、怒りを腹の中に抱え、それを必死に抑え込んでいた。
「熾輝、絶対勝て。相手がロシア最強だか何だか知らねぇが、ぶちのめして来い!」
「当たり前だ」
熾輝の答えを聴いた劉邦は、固い表情を緩めると立ち上がる。
「そんでもって、決勝まで来い!俺も勝ちあがって決勝であの化物を倒す!」
「…五月女凌駕、まさか使徒を相手に圧勝するなんて――」
「関係ねぇよ!誰が相手だろうが俺は勝つ!勝ってお前と闘う!」
熾輝は自身の叔父に当たる五月女凌駕の試合を間近で見た。
対戦相手が使徒だった事にも驚きはしたが、その使徒を寄せ付けない強さを凌駕は15歳という若さで、既に身に付けていた。
自分達の遥か先に居る凌駕に、果たして今の彼等は何処までやれるのかと言う不安はある。
だが、やる前から負ける事を考える訳にはいかない。そもそも、そんな事を考えている連中ならこの大会には出ていないだろう。
熾輝はAブロック、劉邦はBブロックと、お互いにトーナメントが別れてしまったが、双方のトーナメントを制した者同士が、優勝決定戦への切符を手にする。
「さ~て、男同士の暑苦しい時間はここまでだ。俺は先に上がって、咲耶ちゃんの様子でも見てくるわ。…お前はどうする?」
「俺、…僕はもう少し身体を動かしてから上がるよ」
熾輝の返答に劉邦は「そっか」と、短く応えると、それ以上は何も言わずに武舞台を降りてホテルへと向かって行った。
「サンキュー、劉邦……」
武舞台に残された熾輝は、腹の中にあった憎しみが軽くなっていた事に気が付いていた。
殺気立つ気持ちを自制できないでいた熾輝に一緒に稽古をしようと言ってくれたのが劉邦だった。
彼が気を使って言ってくれたのか、それとも本当に身体を動かしたかっただけだったのかは、よく判らない。
しかし、おかげで熾輝が抱えていた物が和らいだのは事実だ。
「さて……」
夏も近いというのに、火照った身体から流れ出る汗は熱を帯び、湯気となって空中に霧散していく。
呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ます…
集中して、集中して、集中して……時間が経過する毎にその集中力は乱れるどころか高まっていく。
そして、熾輝にしか見えないであろう最凶の相手がイメージとして浮き上がる。
――絶対に負けない!
直後、熾輝と彼がイメージした最凶の対戦相手が激突した――。
◇ ◇ ◇
『――さぁ!大会二日目!いよいよ注目の試合が開始されます!』
控室から出た熾輝が選手入場口へと向かうなか、司会者の声が通用口まで響いて来る。
この通路を抜けた先から漏れ出る光りを潜り、武舞台へと上がれば、あとは試合の合図を待つだけ。
試合開始の合図が成されれば、対戦相手を叩きのめす。
ただそれだけを考えていた熾輝の前に現れたのは…
「よぉ熾輝、勝てそうか?」
「最初から負ける事を考えて試合には出ないだろ」
「そりゃそうか」
憎まれ口を叩くも、劉邦と手を叩いて、そのまま通り過ぎる。
「シキィ、あのクソヤロウをぶちのめすネ!」
「ヤン姉は、もう少しお淑やかになってよ」
「そんなもん、犬にでも喰わせとけアル!」
口の悪さは相変わらずのヤンと手を打ち合わせる。
「骨は拾ってやる。存分にやってこい」
「骨すら残す気は無いよ」
熾輝の切り返しに不敵な笑みを浮かべたワンも手を打ち合わせた。そして…
「咲耶の容体は?」
「後遺症が残るような怪我は無いわ。もうじき目を覚ますそうよ」
「そっか…」
「熾輝くん、無理しないでね」
「無理せず勝てる相手ならそうするよ」
「相変わらずね!そこは判ったって言えばいいのよ!」
朱里、燕、アリアからの言葉を受けて微苦笑を浮かべる熾輝。
3人の目の前を通過した熾輝の表情は、遥か先にある武舞台を睨み付けていた。
「熾輝ッ!お願い!アイツをぶっ飛ばして!」
一際大きいアリアの声に熾輝は言葉を返さない。
振り向かず、ただ右手を掲げて、誰にも聞こえない、押し殺したような声で…
――当たり前だ
その静かな怒りを内に秘め、武舞台へと昇って行った――。
『――さぁッ!大会2日目ッ!注目の第一試合が間もなく始まります!』
武舞台の中央で熾輝はクリスを睨み付け、対してクリスはニタリと顔を緩ませている。
「逃げなかったのは褒めてやるぜぇ」
「…約束は覚えているだろうな」
「あぁ、テメェをのして俺の奴隷にしてやるよ」
舌を出して中指を立てるクリス。それに対し熾輝は無感情を装っているが…
――あぁ、いい殺気だァ
まるで肌を焙られているかのような錯覚さえ感じる程の殺意。常人ならば意識を失っていてもおかしくないが、クリスは逆に興奮していた。
『両者試合位置について下さい!』
お互いに視線を切って開始地点に立つ。
『準備はいいですね!?それでは構えてッ――!』
試合開始の合図を待つ二人の準備は既に整い、お互いにガッチリとガードを固めた構えを取っている。そして臨戦態勢となった両雄のオーラが激流の如く迸る。
『始めエエェッ――!!!』
開始の合図と共にクリスのオーラが更に激しさを増した。
「ぶっ殺してやるよオオォッ――!!!」
一回戦でみせたスピードを遥かに凌ぐ脚力で、一瞬と言っても過言ではない間に距離を潰したクリスの剛腕が、ブオンッ――と、激しい風切り音を鳴らして熾輝を殴りつけた……ハズだった。
「あァッ――!?」
確実に熾輝の顔面を捉えたと思ったクリスの目の前で、突然熾輝の姿が空気に溶け込んだように見えた次の瞬間、ミシリッ――と、軋む頬骨の音と横合いからの衝撃が襲い掛かった――。




