魔闘競技大会~その⑦~凌駕VSアメリカ最強
『――さぁ、本日最後の試合となります!』
咲耶の試合で色々とトラブルはあったが、試合は順調に消化され、Bブロックの最後の試合が始まろうとしていた。
武舞台に上がった両雄…五月女凌駕とダニエル・ラルーソーが向き合う――。
『凌駕、アメリカチームのマネージャーを名乗る男から宣戦布告を受けた』
試合前、選手控室でアップをしていた息子の元を訪れた父、五月女勇吾の言葉を受けた凌駕は意識を父へと向ける。
『現在、日本の代表選手の内、2名が一回戦で脱落をしているが、この大会は日本の未来を担う若者が優勝し、内外に力を示す事が目的だ』
今大会は、日本の代表選手として7名が選ばれている。しかし、運の悪い事に凌駕以外の代表選手はAブロックに固まってしまい、勝ち進んだとしても日本人同士の潰し合いが起きてしまう。
当初、凌駕さえ優勝すれば力を示せると目論んでいた上層部だったが、2回戦でのロシア代表選手クリス・エヴァンスによって、日本代表選手である結城咲耶の惨敗。
それにより、日本全体の実力は低いという印象を植え付けてしまっているのが現状だ。
『故に十傑評議会からの通達をお前に言い渡す』
表情を固くする勇吾の態度に凌駕も身を正し、父へと向き合う。
『勝て!圧倒的実力をもって、叩き潰すのだ!』
父からの言葉を受けた凌駕は
――当たり前だ
と、力強く応えた。
父からの…延いては十傑というこの国の一族を支えるトップからの命令を胸に刻んだ凌駕は、武舞台の中央で相手選手と向き合い、握手を交わす。すると…
「キミが日本最強の15歳、サオトメ・リョウガだね」
「あぁ…」
「うわ、謙遜とかしないんだ。日本人って奥ゆかしいって聞いていたんだけど」
いきなり話しかけてきて「なんだコイツ?」と眉を潜めるが、日本最強と呼ばれ、それを当たり前の様に受け入れていた凌駕に対し、ダニエルは目を丸くさせるも直ぐにニコニコとした笑みを浮かべた。
「同年代で俺より強いヤツとあったことが無いから仕方ない。それに最強と呼ばれるに値する修行を積み重ねてきた自負がある」
「へぇ、でもさ、ボクから言わせると女々しいよ」
「ア゛ア゛?」
クリスの挑発か、それとも本気で言っているのか、とにかく彼の一言で凌駕の顔に青筋が浮かんだ。
「だって、キミは選ばれし者なんて呼ばれるくらい強いんだろう?トレーニングをしなくても強いんだろう?なのに鍛えている。何故だい?」
質問の意図が判らない。
だがしかし、凌駕が修行を重ねる理由など一つしか無いわけで…
――強くなるためだ
と答えた凌駕に対し、ダニエルは深いため息を吐いて、ヤレヤレと首を振った。
「だとしたらリョウガ、キミの強さは偽物だ。偽物の強さではボクに勝つことができない」
「………」
「いいかいリョウガ、強者は何処まで行っても強者なんだ。例えば百獣の王ライオンがトレーニングするかい?」
「………」
「答えはノーだ。何故ならライオンは強者だからだ。強者がトレーニングする事で更に強くなろうとすることは女々しい事だと彼等は知っているんだ」
「…それで?それがどうして俺がお前に勝てない理由になる」
「判らない?それはボクが本物の強者だからさ」
ダメだ、コイツと話していたら頭が悪くなる。
どこぞのヤクザが吐いたような理論展開に付いて行く事が出来ない凌駕は、「もういい」と口に出しそうとしたが、喋りに拍車がかかった目の前の男をもはや止めることは誰にもできない。しかし…
「ちなみにボクは、生まれてこのかた一度もトレーニングをしたことがない。なのにアメリカ最強の15歳と呼ばれている」
信じがたい事を語ったダニエルに凌駕の視線が鋭くなった。
「あ、でも大会の一週間前に無理やり空手のコーチを付けられて空手をマスターしちゃったから、トレーニングは30分くらいしたことになるか?けど、一目見ただけでマスターしちゃったから軽い運動程度かな?」
喋り続けるダニエル。
しかし、その間にも凌駕は彼を観察していた。
体型は中肉中背よりも僅かに筋肉質寄り。だが、かといって鍛えている人間の体ではない事は一目で判る。
故にダニエルが言うように彼は今まで修行と呼べるような事をした事が無いのかもしれない。
「とにかく、女々しくも偽物であるキミに、本物の強者がどれ程の物かをこの試合で教えてあげるよ」
と、言いたい事だけ言って、ダニエルは開始位置へと下がって行った。
お互いが試合開始位置に立ち、凌駕は構えを取りダニエルは…
――何処までもふざけた野郎だ
ポケットに手を突っ込んだ状態で仁王立ちをしている。その様を見て凌駕の怒りのボルテージが上がっていく。
『始めえええぇッ―!!』
試合開始の合図と共に凌駕から激しいく荒々しいオーラが放出された。
「へぇ、流石。今日試合をした連中の中でキミが一番強いのは、そのオーラを見れば明らかだね」
ヒューと、口笛を吹くダニエルから余裕が感じられる。
そんな彼の態度に苛立ちを募らせるも自制して集中力を高める。
凌駕は地面を蹴って間合いを潰していくが、ダニエルは微動だにしない。
――余裕ぶっこいてんじゃねぇ!
間合いに入って繰り出される足刀の冴えは見事の一言に尽きる。
しかし、ダニエルは身体を仰け反らせ攻撃を躱すと、次々に襲い掛かる攻撃を身体を捻り、ときに屈んで躱していく。
まるで武術を知らない素人の動きそのもの。
なのに当たらないのは、その驚異的な身体能力のなせる技としか説明がつかない。
「うわっと!よっと!危なッ――!」
だがしかし、その程度で攻撃を躱し続けられるほど、凌駕は甘くない。
最初こそ余裕を見せつけていたダニエルであったが、あっという間に追い詰められ、、ついにはポケットに突っ込んでいた手を抜き、顔を防御する姿勢をとっていた。
遅れて、ガード越しから伝わる衝撃に足元から重力が消え失せ、吹き飛ばされたダニエル。しかし、持ち前の身体能力を駆使してふわりと着地をした。
「びっくりしたー!危うく一発もらうところだったよ」
ガード越しだったとはいえ、身体を吹き飛ばす程の威力で放たれた突きを喰らって尚、ダニエルからは余裕が消えない。それどころか…
「なるほど。キミはボクが本気を出すに値する人みたいだね」
「………」
「気付いていたかな?ボクは試合が始まってからキミみたいにオーラを放出させていない。自然に湧き出る量を纏っていただけだ」
それには凌駕も気が付いていた。
ダニエルは、試合が始まってからも身に纏っていたオーラの量を変えていない。
にもかかわらず凌駕の動きに付いて行き、あまつさえ攻撃を防いでも傷一つ負っていない。
オーラは能力者にとって身を守る盾であり敵を貫く矛だ。
オーラを激しく身に纏った凌駕の攻撃を喰らえば、普通はタダでは済まない。つまりのところ、凌駕とダニエルとではオーラの質に大きな差があるという事を示している。
「…つまり、何が言いたい?」
本来ならば試合中の私語は厳に慎むべきなのだろうが、珍しいことに凌駕が口を開いた。
すると、ダニエルは「ようやく喋ってくれたね」と笑みを浮かべると
――言ったよね。本物の強者の力を見せてあげるって…
言った直後、対戦相手である凌駕だけでなく、会場中すべての者が武舞台で巻き起こった光景に驚愕した。
ダニエルの首筋にある小さな痣が光を放ち、全身から迸るオーラは目が眩むほどの光りを帯びる。
その神々しい姿に人々の脳裏には、ある一つの言葉が浮かび上がった。そう…
―――使徒
という2文字だ―――。
◇ ◇ ◇
「ふははは!どうですか、我が国の選手は!これはもう、勝負有りですな!」
VIP席から試合を観戦していたアメリカ代表選手のマネージャーであるジョージ・ローレスの声が高らかに響いていた。
その様子は、他国のVIPたち…正確には、この試合を一目見ようと全ての賓客たちがこぞって観覧していた。
「まさか使徒を参加させていたとは夢にも思わなんだ」
「今更後悔しても遅いですよ。キッチリ掛け金は支払ってもらいますからね」
二人の間で取り交わされた賭けは、しっかりと契約書という形で交わされいた。
掛け金は日本円で50億という途方もない額。宝クジで一等を当てた程度では、とても支払う事が出来ないようなものになっていた。
もちろん、仮に凌駕が負けたとしても、勇吾は支払う事が出来る額ではある。がしかし、実は目の前の男は、そもそもそんな額は持っていない。
金銭の契約を交わす際は、連帯保証人を置くのが一般的になっており、凌駕が負けた場合は日本国が、ダニエルが負けた場合はアメリカ国家が肩代わりする事になっている。
支払い能力のある勇吾は問題ないにしても、支払い能力のないジョニーが賭けに負けた場合は、それ相応の処罰が下る事になるだろう。
「アンタの所は、とんでもない化物を送り込んできたね」
勇吾達の隣の席からは、ヤレヤレと溜息を吐いた昇雲の声が聞こえてきた。
それに対し、彼女と相席の男性が、苦笑いを浮かべていた。
「しかしヤナギ、アンタにしては、らしくないんねぇ」
「と、いいますと?」
ハゲ上がった頭、ふっくらと肉付きのいい顔、ポッコリとした腹は、武道家のそれとは掛け離れ、もはや何処にでも居るただのオッサンだ。
そんな彼ではあるが、こう見えて空手の達人であり、尚且つ教育の達人とまで言われている。
彼は、日本人でありながらアメリカ代表チームの監督であり、昇雲の旧友。
戦争当時、在日アメリカ人として2人は殺し合ったという過去を持つが、それはまた別の話し…
「アンタが教育したとは、とても思えないって事だよ」
「…はは、昇雲さんには判ってしまいますか。確かに私はアメリカ代表チームの監督として色々と指導してきました。しかし、彼は…ダニエルさんだけは練習を嫌がりましてねぇ。結局、挨拶がわりに見せた空手の型をいくつか教えただけでマスターしたと言って、それきり練習にも参加しなくなってしまったんですよ」
とほほ…と落ち込むように話すヤナギ。そんな彼らの隣では、マネージャーが意気揚々と喋り続けており、彼を見るヤナギの目は、なにやら思うところがあると言った雰囲気を孕んでいた事を昇雲は見逃さなかった。
そして、試合は今も続いており、激しい攻防が武舞台で繰り広げられている。
だが、使徒であるダニエルのテンポが上がるにつれ、次第に凌駕が追い込まれていくという状況が続いている。
「これは、もはや勝負になりませんなァ」
ニヤニヤと笑いを隠そうともしないマネージャーに対し
――フム
と、表情を固くする勇吾。
今、彼が何を思っているのか、それを気にするほどの余裕…正確には興奮状態によって正常な判断すら欠いていた。そんな折、クスクスと上品な笑いを漏らしていた女性の声が彼、ジョニーの耳に入ってきた。
「お気の毒ですが次元が違いますね」
その一言を漏らした女性の方を振り向くと、そこには…
「五十嵐殿…」
五月女と五十嵐という日本を古の昔から守護してきた一族は、世界的にも有名だ。
ただ、この二つの一族が有名なのは良い意味だけでなく、犬猿の仲である事も知れ渡っている。
そして、五十嵐家の当主である五十嵐御代の発言によって気を良くしたジョニーの笑いが止まらない。
「そうでしょうとも、なにせ使徒というのは、存在そのものが国家軍事力として数えられる。まさに神の子と呼ぶにふさわしい存在。そんな化物相手に普通の人間が敵うハズが――」
「あら、誤解させてしまったかしら?」
気を良くして喋っていたジョニーの言葉を御代は、ワザとらしく困った表情を浮かべながら被せてきた。
「私が言いたいのは、彼方のご自慢の選手では、五月女家のご子息の足元にも及ばないということですよ?」
「へ――?」
何を言われているのか理解が出来なかった。
存在自体が人類最強・人類の守護者・国家軍事力とうたわれる相手を前に、たかだか歴史が古いだけの者が何を言うのか。
使徒を前にその他大勢など、一般ピーポーと何ら変わりがない…この時のジョニーはそう考えていた。
「な、何を言うかと思えば……大言壮語を吐くと後々恥をかきますよ?」
「いいえ、五十嵐殿の言う通りです」
「お前もか!」と心の中で毒づくき、険しい顔で勇吾の方を見ると、そこには数多の戦場を超えてきた、歴戦の強者の顔があった。
「凌駕なら使徒がひれ伏すほどの力を持っています…」
――何をバカな…
と、声に出そうとしたジョニーは、突如巻き起こった歓声によって、強制的に意識を武舞台へと向ける事となった――。
◇ ◇ ◇
ダニエル・ラルーソーが最初にありえないと思った事は、使徒としての力を解放したにもかかわらず、ただの一度も攻撃が届かなかったこと。
パンチもキックも五月女凌駕に掠りもしない。
それどころか、紙一重で届かない。
次にありえないと思った事は、使徒である自分がダメージを負っていること。
使徒のオーラは、ただの能力者のオーラとは一線を隔す。
攻撃力も防御力もただの能力者が纏うオーラなど、紙屑同然だ。にもかかわらず凌駕の攻撃は、ダニエルにダメージを負わせている。
――コイツッ、涼しい顔をして!!
全力のダニエルはゼェゼェと肩で息をし、対する凌駕は顔色一つ変えない。
それどころか、右手を突き出して人差し指を上に向けると、クイクイっと何度も曲げた。
「うあああぁ――ッ!?」
その行為の意味を理解したダニエルは端正な顔を真っ赤にし、雄叫びをあげながら果敢に攻める。しかし…
右のパンチを放てば、顔面にカウンターが突き刺さる。
キックを放てば、更に早い足刀が急所目がけて襲ってくる。
試合が始まって5分と経たず、ダニエルの身体には無数の痣が出来上がり、高い事で自慢の鼻の穴からは鼻水と一緒に血が垂れ流しの状態になり、痛みで目頭から涙が浮かんでいる。
「なんでだよ!なんでボクが負けそうになっているんだよ!!こんなの嘘だ!ボクは使徒なんだぞ!使徒は最強なんだ!ボクが勝つハズだろ!!」
悲鳴の様に泣き叫ぶダニエルは、傍から見たらただの癇癪を起こした子供だ。
――知るかよ
まるでそう言っているかの如く、凌駕の連撃がダニエルへと突き刺さる。
堪らず後退するダニエル。それを追撃しようと思えば出来たが、凌駕は敢えて追わずに、ゆったりとした歩みで迫る。そして徐に口を開くと…
「お前が使徒で良かった」
「――ッ!!?」
突然喋りかけてきた凌駕。
しかし、その言葉の意味が判らず混乱するダニエル。
「この大会は俺達の力を示すための物だ。判りやすく力を示すには使徒は打ってつけだった。それに親父達からは圧倒的実力で叩き潰せと言われていたが、もしもお前が使徒でなけりゃ本気の俺の力に耐えられずに殺してしまうところだった」
父勇吾もまさか対戦相手が使徒だったなんて、思いもよらなかっただろう。
しかし、凌駕は使徒を相手に見事実力を示した。それはつまり、この一戦で日本の力を世界に知らしめたと言う事だ。
「ちょ、調子に乗るなよ!ボクは使徒だ!確かにキミの本気は凄かった!キミの全力の攻撃でダメージを負ってはいるけど、こんなのは打身程度だ!タンスの角に小指をぶつけたくらいのものなんだよ!ボクはまだピンピンしている!全力を出し過ぎて先に根を上げるのはキミの方だ!」
叫びながら使徒の力を引き上げたダニエルから放出されるオーラ。常人ならばそのプレッシャーに圧倒されていただろう…しかし凌駕は不敵な笑みを浮かべていった。
――俺が全力だったって?勘違いするな、これからが俺の本気だ
言って、凌駕が纏うオーラが赤色へと変化した。
オーラの極意、ソレに至った者を達人と呼ぶ。
「それがどうした!オーラの色が変わっただけじゃないかあああぁ!」
武舞台の床を砕く程の踏み込みで一撃を放つダニエル。
突き出される拳の行方は対戦相手の顔面。
しかし、ダニエルの渾身の一撃は凌駕の捌きによって空を切る。
拳を流した凌駕は捌いた動きを利用して、まるで独楽の様に身体を回転させた。
そこから美しい曲線を描いて放たれる蹴りがダニエルの顎を捉えた。
――螺旋気流脚!
跳ね上がったのは顎だけではない。その威力は重力の鎖を振り払うかのようにダニエルを宙へと誘う。
――螺旋天翔拳!
天翔けるかの如き動きで跳躍した凌駕は、螺旋気流脚の回転をそのまま利用して追撃の一打を叩き込む。
――疾風怒濤!
更に回転数を上げて連撃を叩き込む。空中で失速を始めたダニエルが重力に従って落下を開始するなか、凌駕は未だ上昇する。そして…
――晴天の霹靂!
身体を逆さにして空を蹴ることにより、落下スピードを跳ね上げる。
重力+落下スピード+体重+オーラ=攻撃力…そこから弾き出される威力は、必殺と呼ぶに相応しい一撃。
「―――ッ!!!?」
必殺の一撃が生み出す破壊音は、まさに落雷の如し。
渾身の4撃を受けたアメリカ代表選手、ダニエル・ラルーソーは使徒としての力を解放してもなお、五月女凌駕という選ばれし者にただの一度たりとも触れる事すら敵わず、武舞台に力なく倒れたのだった――。




