魔闘競技大会~その⑤~咲耶vsロシア最強
クリス・エヴァンス…年齢は15歳と、まだまだ発展途上ではあるが、身長180cm・体重90kgという既に格闘家として完成された肉体を有しており、それを強調するように彼は格闘技用パンツのみを身に付け、素足のまま入場した。
ロシア最強部隊である十字軍候補生の中で最強ということはつまり、ロシア国内の15歳以下であれば、彼こそが最強であるという証。
対する結城咲耶は、13歳の中等部2年、身長153cmで体格は細身と華奢なイメージが強いが、内包する魔力は規格外。一見、学園の制服かと思えるようなスカートとブレザーを着込んではいるが、所々に女の子らしいフリフリとしたフリルや刺繍が施されているそれは、まさしく魔法少女と言われれば違和感がまったくない。
並ぶと大人と子供、武舞台に上がった2人が近づいて挨拶を交わそうとするのだが…
「よろしく――」
「おいおい、俺の相手はこんな乳臭ぇガキかよ」
握手をするために差し出した手を無視し、代わりに侮辱の言葉を浴びせてきた。
「ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
舌を出して中指をたてたクリス。その態度に観客からは大きなブーイングが起きたが、それを嘲笑うかのように、今度は観客に向けて中指をたてた。
「お前のような雑魚と戦うためにわざわざロシアから来たわけじゃねぇ。俺たち海外組の目的は五月女凌駕なんだよ。判ったらさっさと失せな」
眼前でメンチを切るクリス。挑発するように出した舌には、十字軍の紋章が刺青されていた。
執拗な挑発と威嚇に会場中からは罵声が浴びせられる。…しかし
「私を弱いと罵るほど彼方は強いんですか?」
「ア゛――?」
真直ぐに見つめてくる咲耶に怯えや恐怖と言った感情は一切ない。それどころか、闘志と呼ぶに相応しい気力に満ちている。
「私は負けません。絶対に。彼方になんか負けない」
「ガキィ、吠えやがったな」
コメカミに青筋を浮かべて怒りをあらわにするクリスは、しかし表情を緩めニタァっと気持ちが悪い笑みを浮かべた。
「その言葉を忘れるな」
言って、試合開始の待機位置へと下がって行った。
咲耶は深く息を吸って吐き出すと、心を落ち着けて待機位置へと移動するのであった――。
◇ ◇ ◇
『さあッ!本日の第二試合、結城咲耶VSクリス・エヴァンス選手。試合前から何やら波乱がありましたが、いよいよです!』
拳を打ち合わせてオーラを漲らせるクリスは、ガードをしっかりと固めつつも深い前傾姿勢をとっている。おそらく試合開始直後から一気に距離を詰めようとしているのだろう。
対する咲耶も魔力を循環させて意識を研ぎ澄ませている。大会のルール上、試合開始の合図がされるまで、選手は術式展開と能力の発動を禁止されている。
故に魔術師にとって魔術を発動させるまで相手を近づけさせない事が絶対条件になり、公平性を期すために開始位置は武舞台の端っことされている。
司会者が開始の合図を出すため、スゥッと息を吸い込んだ音がマイク越しに聞こえた。…そして
『始めええぇッ!!』
開始直後、クリスは猛進した。
先ほどの試合で黒神夜瑠が見せた脚力、それを遥に凌駕するスピード。
間合いはまだ遠いがクリスの脚力なら、あと3歩踏み込むだけで手が届く。時間にして1秒にも満たない距離。
――ッ!?
突如、クリスの身体に衝撃が走った。
――吠えるだけのことはある
質量を持たない魔力の塊、通称魔力弾による連発が続けざまに4つ、ガード越しにも伝わるダメージが彼の猛進を阻害する。
――放出と衝撃の術式を即行で構築しやがったのか。コイツ、戦い慣れしてやがる
可愛い顔をして、それなりの修羅場を経験しているのであろうことを即座に理解する。が、それでも彼の歩みは止まっていない。
もちろん先程の様な猛進ではなくなったが、それでも速い。弾幕の様な魔力弾によって勢いを削られているが、それを避けようともしないのは、防御力に余程の自信があるのだろう。
――止まらないッ!
並の能力者であるならば魔力弾の弾幕を回避しようと動き回るハズ。しかし対戦相手はダメージ覚悟で突っ込んでくる。
自身の攻撃パターンは弾幕を張り、回避に専念している隙に術式を構築するという、魔術師らしい後衛職の戦法だ。
だが、逆に相手が接近することで術式構築の隙を与えてくれない。
「ギヒヒヒィッ、もうすぐ届くぞおおぉ!」
ガードの隙間から覗かせる顔が粘着性のあるニタァッとしたものになっていて、思わず嫌悪感を催す。
堪らず距離を取ろうと武舞台の端に沿って移動を試みるも、コーナーから離れないように追い詰めてくる。その間もお互いの距離はジリジリと詰められて、そして…
「おらあぁ!いくぜええぇ!」
「見くびらないで!」
遂に間合いに入ったクリスが攻撃態勢に入った。
固く握った拳からメキィッという異音が鳴り、振りかぶった瞬間、ガードを解いた右側から左に抜ける衝撃が走った。
「ア゛―――?」
下半身で踏ん張りを効かせているが、場外ギリギリまで押されるようにして止まったクリスが視線を向けた先には、片足を上げて蹴りのフォームをした咲耶がいた――。
◇ ◇ ◇
「魔術闘技!?」
「あれって老師の技だよな?何で咲耶ちゃんが…」
出入場口から試合を観戦していた熾輝と劉邦は、咲耶が使用した技を見て驚きの声を上げた。
なにせ咲耶が使用した技というのは2人の師である蓮白影の絶技だ。それを未完成とはいえ、13歳の、それも過去に一度だけ熾輝が使っただけの技を模倣して見せたのだ。
「――素直に落とされていれば良かったものを」
観戦を続けていた熾輝達の後ろから声を漏らした人物に振り返ると、そこには袴を履き、タートルネックで口から鼻の顔半分を覆い隠した少年か少女か、いまいち性別の区別がつきにくい者と…
「しかし、あそこで臆さずに攻めに転じたのは見事でしたよ?」
目深にフードを被り、目から鼻を隠した少年がいた。
「…ヒビキか」
「知り合い?」
「予選を勝ち抜いたもう一人」
大会予選である7日間のサバイバルバトルロワイヤルを勝ち上がった者だと語るシキに「へぇ」と、劉邦が相槌を打つ。隣に佇むフードの男に視線を向けると、口元を僅かに緩め笑顔を向けられた。
「てか、何で落とされておけば良かったわけ?」
劉邦はヒビキの言葉が気に入らなかったらしく、やや棘のある言い方で開いた。
「性格は最悪だが、奴はロシア15歳以下の中で最強だ。学園などと言う温室育ちが勝てる相手ではない」
「へぇ、言ってくれるじゃん」
学園の者は弱いと語るヒビキの言葉に反応したのは、選手出入場口へとやってきた橘威吹鬼だ。
「よせ、威吹鬼。同じ日本代表同士で問題を起こすな」
「いやだって、先に喧嘩売ってきたのはアイツじゃん」
喧嘩腰になっている威吹鬼をいさめようとしているのは剣崎誠。
自然と熾輝の視線が彼等へと向けられると、後ろの方から付いてきた彼女たちへと向かう。
「でも気に入らないわね。学園生が弱いなんて決めつけないでくれる?」
「そうだよ、ウチの咲耶ちゃんは、可愛いだけじゃないよ」
ムッとした表情を浮かべる朱里と燕までもが喧嘩の仲裁どころか言い合いに参加する。
「フン、仲良しこよしの連中が――」
「いやぁ、ウチの子が大変失礼を致しました。この子は友達がいないので嫉妬してしまい、つい口が悪くなってしまったんですよ」
「なッ、なんだと貴様ッ――!」
問題を起こされては困ると判断したのか、フードの男がヒビキの後ろから口を塞ぎ、謝罪をする。
「私たちは、これで失礼しますので。皆さんは彼女の応援に専念してください」
どうもお邪魔しましたと頭を下げながらヒビキを引きずっていく男。
するとヒビキがものすごい形相で威吹鬼を睨み付けており、お互いにメンチを切り合っていた。が、熾輝は視線を切ると武舞台へと意識を集中させた――。
◇ ◇ ◇
熾輝たちが一悶着している間にも試合は続いていた。
序盤の探り合いを経て、今はお互い武舞台の上を移動しながらの戦いにシフトしていた。
追い詰められない様に移動しながら弾幕を張り、平行して有効打になる術式の構築をする咲耶。
それに対し、猪突猛進だった動きから振り子のような体捌きで弾幕をかいくぐり、接近戦に持ち込もうとするクリス。
――チッ、ウザッてぇ
マシンガンの様に次々と打ち出される魔力弾。そして底なしかと思えるくらいバカスカと撃ってくる咲耶の魔力量。思ったように距離を詰められない事に苛立ちを募らせている。
逆に咲耶は何発も撃ち込んでいるのに躱され、当たったとしても大したダメージを与えられない事に焦りを感じていた。
――大丈夫、戦術は間違っていない
いかに防御力に優れているとはいえ、間合いをとり、攻撃を与え続ければ、いつかは崩れるハズ。
だが、決定打に欠けていることも事実だ。弾幕を張りつつ現在進行形で有効打となる術式の構築を急ぐ彼女の神経はガリガリと音を立てて削れていく。…そんな折
「ぐあッ!?」
「ッ――!?」
魔力弾に被弾したクリスが悲鳴をあげて転倒したのだ。
――チャンスッ!
ここへ来て蓄積したダメージが遂に決壊したのか。
大きな隙を晒した対戦相手に必殺の一撃を叩き込むべく今まで弾幕に割いていたリソースを本命の術式構築へとまわす。
「チッ――」
体勢を立て直したクリスが咲耶へと再び迫ろうとするが、既に術式は組み上がっている。
――槌雲!
空気の塊を作り上げ、それをハンマーのように敵に叩きつける。魔術師にとってポピュラーな術式ではあるが、空気を集めるために指定する範囲・圧縮率は術者の魔法力に依存する。
それが咲耶という規格外の魔術師が放つのだから、まさに一撃必殺と冠するにふさわしい。
「ぐおおおおぉッ――!!?」
振り下ろされた槌雲がクリスへと直撃し、衝撃波が観客席へと向かう。
あらかじめ試合の余波を受けないよう、武舞台の外には結界が張られており、観客に危害が及ばないようにされているが、それでもビリビリと結界を震わせるほどに咲耶が放った魔術の威力が凄まじいことが判る。
――やった?
エアロハンマーの影響で武舞台には砂埃が舞い、視界がハッキリとしない。
しかし、あの威力の攻撃を直撃して耐えられる者など存在しない。
シンッ――と、静まり返った武舞台で勝利を確信し、観客から上がる歓声に応えようとしたその時…
「だからガキなんだよ」
「え――?」
砂埃を引き裂く様にして、突如、クリスの姿が眼前に現れた。「しまった!」と声に出す余裕などなく、息を詰まらせた瞬間に右腕を掴まれた。
「喰らいな…」
掴まれた腕をグイッと引き寄せられた先に振り上げられた拳が打ち下ろされる。
「あぐぅ…」
寸でのところで防壁を張る事に成功したが、それでもクリスの拳は防壁を砕き、咲耶の頬を容赦なく打ち付けた。
「良い反応だ。けど終わりじゃないぜ!」
次いで、3度の打ち下ろし、あいた左腕で顔を庇いながらかろうじて防壁を展開させて威力を減らしている。
だが、それでもクリスの攻撃はまるで鈍器で叩かれたような痛みを咲耶に与えていた。
――距離を…とらないと……
顔を何度も強打されているなか、勝ち筋を見極めようとする咲耶。
それでも攻撃は緩まない。
執拗に顔に向けられていた攻撃が腹部や背中といった全身へと切り替わり、的を絞りづらくさせている。
防壁を掻い潜ってきた攻撃が脇腹に突き刺さったとき、ペキッと骨の折れるような音が聞こえた。
痛みで防壁の展開が阻害されそうになるが、これは彼女にとっての生命線だ。
失う訳にはいかない。
故に必至で防壁の維持にリソースを割く。
「キシシシッ、なんだそれ、サンドバックかああぁ?」
ギアを上げていくクリスの攻撃に対し、遂に防壁の展開スピードが間に合わなくなった。
めった打ち状態の咲耶から血が飛び散り、武舞台を赤く染めていく。
観客からは悲鳴が上がり、クリスに対する罵声が勢いを増す。…そして遂に
「あぅ…」
膝を着いた咲耶から術式の反応が消えた……正確には術式を展開するための気配が消えたのだ。
顔は酷く腫れ上がり、全身は痣だらけ、肋骨も何本か折れている。
『ヒドイ!これ以上は危険です!司会者の立場でありますが、咲耶選手には試合放棄をすすめます!』
あまりの展開に本来、口を出すべきではない司会者が棄権を進言する。
大会のルール上、試合の勝敗は選手が決める。
審判もいるにはいるが、それは反則行為にたいして割って入るか、判定にもつれたときだけだ。
「そんなつまらねぇことを言うなよぉ」
膝を着いたまま俯いた咲耶はクリスに蹴り飛ばされ、地面を何度かバウンドする。
「なんだっけか?俺には負けないつってなかったかぁ?」
ダウンした咲耶の頭を踏みつけにしてクリスは、そのまま左腕を持ち上げると…
ボキィッ―――!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!」
躊躇なく腕を折った。
『なんてことを!クリス選手!これ以上は大会の意義に反します!即刻これ以上の攻撃を中止して下さい!』
「はぁ?眠てぇことを言ってんじゃねぇよ」
司会者に向けて中指を立てたクリスは、ニタニタとした笑みをうかべると咲耶の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げて顔面を膝に打ち付けた。
そして顔面…口元を塞ぐようにして掴み上げると腹部へ向けて何度も何度も何度も何度も拳を叩き込んだ。
「ん゛ん゛ん゛ん゛~~~!!」
「キシシシ!どうした!棄権してもいいんだぜ?速く負けましたって言えよ!」
『やめなさい!口を塞いでいては負けを宣言できないでしょう!』
停止を求める声なんて知るかと言わんばかりに、これでもかと言うくらい表情を歪ませて攻撃を加える。
観客からは「止めろー!」「ふざけんな!」という声と悲鳴が入り混じる!
『大会委員!中止を!止めさせて下さい―――!』
「やあああめえええろおおおーーーーーーーッ!」
マイク越しで叫ぶ声を塗り替える大音響の怒号が突如として会場中に響き渡った――。




