魔闘競技大会~その④~熾輝の成長と咲耶の戦い
『始めえええぇッ!!』
試合開始の合図で夜瑠は腰を深く落として両手を開いた状態で構えを取った。
熾輝は半身の状態で僅かに膝を曲げて腕をだらりと垂らしている。つまりはノーガードの構えだ。
それに対し観客から非難めいたざわめきが起こった。
それでもノーガードの姿勢を崩そうとしない熾輝の態度に、夜は侮られていると感じたのか、言葉に若干の棘を混ぜて言う。
「どうしました、構えなさい。それとも私が女だから舐めているのですか?」
「………」
熾輝は応える代わりに不敵な笑みを浮かべた。
「彼方ッ――!」
その行為の意味を理解した夜瑠は、端正な顔に血を上らせて怒気をあらわにする。そして、怒りと共に地面を蹴って熾輝へと迫る。
巫女服を着こんでいることから判るとおり、彼女は巫女だ。故に戦闘には不馴れと思いきや、その速さは尋常ではなかった。身軽な軽量級ボクサーに劣るどころか、それすら凌駕しかねない脚力である。
「私が女だからと侮らないでほしいですね――ハッ!」
「ッ―!」
間合いを潰す勢いを利用して打ち出される掌打。それを屈む動作で躱し、夜瑠の踏み込み足を刈り取る足払いを放つ。
それを読んでいた夜瑠は跳躍して距離をとると再び構えを取った。
しかし、先ほどの様に怒りに任せて突っ込んだりせず冷静に立ち回ろうとしている。
初手は小手調べに過ぎない。今ので対戦相手の実力を大体把握した。
――彼は強い。
一目見たときから感じていた。自分の直感は正しかったのだという認識がセーブさせていた心のタガを外させる。
――得物なしでの接近戦は危険ですね…ならば
オーラを放出させた夜瑠の左右と頭上に3つの穴が空いた。そして右の穴から刀の柄が出てくると、それを握り穴から一気に引き抜いた。
「【召喚術】、黒神の能力か…」
穴から取り出した刀を脇に差し込むと鯉口を鳴らして鞘から抜いた刀身は、まるで血の渇きを訴えているかのように鈍い光を帯びていた――。
◇ ◇ ◇
「――なんだよアレ!反則じゃねえの!?」
試合を観戦していた劉邦は、武器を取り出した行為に対して反則だと口にした。
「お前はアホかヨ。大会ルールは武器の持ち込みダメいってるだけ」
「え?どゆこと?」
片言の日本語で喋るヤンは、ヤレヤレと肩をすくめると、隣にいたワンに説明するよう視線でうながす。
「能力で呼び出したり、作ったりするのは反則じゃない。だから大会ルールに武器の使用を禁止するとは書いていなかっただろう?」
「たしかに!でも、だとしたら銃火器とかの使用もオッケーてことじゃん!」
「そうなるな。だが仮に銃火器を呼び出したり作ったりされて負けたとしても、その隙を与えた方が悪い」
「そだヨ、戦場でそんな言い訳は出来ないヨ」
「な、なるほど…」
同門2人から言われてグウの音も出ない劉邦は、再び試合会場へと視線を戻した。
――負けんじゃねぇぞ
今も武舞台で睨み合う兄弟子に心の中でエールを送るのだった。
◇ ◇ ◇
夜瑠は能力を発現させて召喚した刀を額の辺りまで持ち上げ、そのまま半身になると自然と切先は熾輝へと向けられる。
――霞の構えか
剣術において特殊な部類の中でも意外と知られている構え。防御に特化し、攻め込むのは難しい。
それに加えて夜瑠が持っている刀のリーチが異様に長い。目測で彼女の身長を優に超える長刀。
――さて、どう攻めてくる
懐に潜り込むことが出来れば熾輝が有利になるが、それを簡単には許してくれそうもない。
いまだ彼女の周りに展開中の黒い穴。
召喚術という能力をどのように活用して攻めてくるのか、頭の中で幾つものパターンを思考し、頑なに待ちの姿勢を崩さない。
――動きませんか
基本的に相手から繰り出して来た攻撃を捌き、反撃するスタイルを軸とする彼女は後の先に定評がある。
そんな夜瑠が先制を仕掛けたのは彼女なりの宣戦布告だったのだが、熾輝はわかっているのかいないのか、傍目から見ても隙だらけのゆったりとした動作で相変わらずのノーガード。
――完全に舐めている
怒りで沸騰しそうな頭を自制して、夜瑠は再び駆けた。
切先にオーラを集めた鋭い突きが放たれる。熾輝は冷静に軌道を見極めて、胸へと迫る刺突を仰け反るようにして回避して、不安定な姿勢から蹴りを放とうとして、その動作をキャンセルした。
瞬間的に背筋に悪寒が駆け巡り、バク転をして距離をとり、先程まで自分がいた場所に視線を戻せば、武舞台の床に木製の長槍が突き刺さっていた。
「よく躱しましたね」
必殺の型を回避して見せた熾輝に対し称賛を送る夜瑠であったが、不思議とその声が震えていた。
――嘘でしょ
必殺の型であるが故にまさか避けられるなんて夢にも思っていなかった。
平静を装おうと努めるも動揺が表に出てしまっている。だが、その程度で勝負を捨てるほど脆弱な精神ではない。
「しかし、次はありません――!」
夜瑠は深く息を吸って止めた。
彼女の集中力が研ぎ澄まされ、オーラも呼応するかのように切先へと集まっていく。
先の事は考えない。
ここで勝負を決めるべく、夜瑠は能力全開で熾輝へと駆けた。
「ッ―!」
熾輝の全身に悪寒が迸った瞬間、怒涛の連続突きが放たれた。
一つ一つが必殺の威力を孕み、連動して彼女の周りにある穴から次々と武器が射出されていく。一つの攻撃に対し4つの突きが同時にやってくる印象。
喰らえばただでは済まない。…しかし。
――なぜ当たらない!
何千、何万と繰り返し鍛練してきた自身が持てる最強の技を目の前の男は事も無げに躱していく。
まるで攻撃のタイミング、角度、位置、それらを判っているかのように回避動作を自然に行っている。
夜瑠はその光景が信じられなかった。
――悪夢だ
呼吸を完全に止めているので、身体が徐々に重く苦しくなっていく。この技を凌がれたら最後、無呼吸運動の代償が待っている。その後には自分の敗北しか残っていない。
――こんなところで負けられない!
勝ちへの執念か、それとも彼女本来の本領か、いずれにしろ限界を意識して初めて乗り越えられる壁を、今このとき乗り越えた。
「私は負けない!」
大きく振り上げられた長刀。召喚術による3つの砲門から放たれる軌跡をゼロコンマで読める彼が僅かに出来た隙で懐に入るのは容易い。
そのタイミングを逃すハズもなく、熾輝は一歩踏み込むことで夜瑠の領域へと侵入した。
固められた拳が放たれる。
――勝った!
攻撃時にこそ隙ができる。
今、熾輝の意識は完全に夜瑠へと向けられ、一撃を叩き込めば勝てると確信している。
――この位置、この角度、このタイミング…ドンピシャ!
召喚術という能力で、彼女が出せる穴は3つ。しかし、この試合を経て限界を超えた今、第4の穴を作り出すことが可能になった。
自身の左右と頭上に3つ、そして熾輝の後ろに1つ。
狙うは死角からの一撃必殺。
大会のルール上、殺してはいけない。故に彼女が今まで召喚して放っていた武器は手にもっている刀以外は、どれも木製でオーラによる強化を行っていたにすぎない。
しかし今、第4の砲門から射出しようとしているのは鉄製の棍。
されど熾輝の意識を一撃で刈り取れる強度とウィークポイントへの打撃が要求される。そして彼女の中で解は既に出ている。
――撃てーーッ!
念じると同時に必中必殺の一撃が熾輝の後頭部へと向けて放たれた。
もはや勝ちを確信した彼女の表情が自然と緩み、そして青ざめた。
直撃すると思った攻撃は、寸でのところで熾輝が首を傾けて避けたのだ。
放たれた棍は彼の顔の横を素通りすると、夜瑠の鳩尾へと突き刺さった。
「あぐぅ――ッ」
堪らず悲鳴をあげて片膝を着く。
感情を悟られ反撃を受けたのだと即座に理解した夜瑠は、言いようのない悔しさを感じて歯噛みした。
腹部に感じる尋常ならざる痛みに能力の維持も途絶え、遂には刀を握る力も失い地面に落とす。
「くっ……!」
それでも攻撃を放とうとするのは、彼女の意地だ。
無手での夜瑠に出来るのは、柔術による攻撃。
よろよろとした動作で熾輝の襟袖へと手を伸ばして技に持って行こうとする。しかし、その手が届くより前に手首を掴まれ、途端、視界が回転し地に足が付いていない浮遊感に襲われた。
――私はここで負ける
今に至るまでこなしてきた戦闘経験の数々。それによって培われてきた勘が囁く。
次の瞬間、圧倒的な破壊力を内包した何かが全身を駆け巡った。
「かはッ――!」
衝撃によりブラックアウトに陥る…これが鉄山靠の名を冠する中国拳法の絶技によるものだと夜瑠は思ってもみなかっただろう。
意識が戻ったとき、武舞台の外に敷かれた芝生の上で仰向けになって倒れているのだという事に気が付いた。次の瞬間…
『勝者、八神熾輝イイィッ!!』
マイクを通して勝敗が決したことが伝えられた。
ダメージが抜けていない身体に鞭を打って起き上がった夜瑠は熾輝と視線が交わった。
「どうして…勝った彼方がそんな顔をするの……?」
熾輝は何かに耐える様に硬い顔をしたまま、夜瑠に向かって礼をすると、そのまま武舞台を下りて行った。
――女を殴った程度でそんな顔をするとは、なんて甘い人だろう
試合に出るということは、傷を負う覚悟があるということ。男だろうが女だろうが、そこに違いはない。
自分の勝利を誇ること無く、むしろ申し訳なさそうに顔を俯けている熾輝の態度は、敗者に対する礼儀としては最低の部類に入る。しかし…
――悪くない気分だわ
この試合が決まったとき、八神熾輝という男を見極めてやると息巻いていた。
悪魔の子と蔑まれ、神羅の矜持を貶めた者。
しかし、どうだろう…恨みを向けられる咎人というのは独自の雰囲気を纏っているものだが、彼にはそんな物が微塵も感じられない。
それどころか、あんな顔をして、例え褒められた態度でなくても不思議と嫌な感じがしない。むしろ心地よく、魅力にすら感じてしまう程だ。
「姫が惚れてしまうのも判る気がします」
微苦笑を浮かべた夜瑠は、いまだダメージが残る身体で、しかし堂々と退場する。その姿に観客からは惜しみない拍手が降り注いだ――。
◇ ◇ ◇
武舞台を下りて出入口へと戻ってきた熾輝を待っていたのは劉邦・ワン・ヤンと、そして咲耶だった。
「「「「熾輝・くん、おめでとう」」」」
「みんな…」
4人から祝勝の言葉をもらった熾輝は回りに気を配り、ここが観客から死角になっており、尚且つ、他に見ている人間がいない事を確認するため視線を彷徨わせた。
「いや、大丈夫だよ。俺ら以外に気配が無いことは確認してっから」
「そっか…」
万が一にも自分と親し気にしているところを誰かに見られでもしたら、4人がどんな事を言われるか判ったものでは無い。
そんな事を考えていた熾輝であったが、劉邦の言ったとおり周りに気配が無いことにホッと胸を撫で下ろす。
「おまエは、心配しすぎたよ。それでも男かァ?キン〇マ付いてるのかァ?」
「「「言い方!」」」
片言とはいえ、絶対にワザと言っているであろうヤンに男達は3人そろってツッコミをいれた。
傍らで聞いていた咲耶は「はは」と乾いた笑いを漏らしているが、顔を赤くさせている。
「もう少し言葉に気を付けろ。中国人の女はセクハラを平気ですると思われる」
「なに言う。私みたいに明け透けにもの言う女は、男うけよろしヨ」
「ヤン姉ちゃん、それは多分ちがう」
「というか、明け透けなんて日本語しっている時点で片言なのは、ワザとだと思うんだけど?」
「えッ、そうなんですか!?」
気兼ねせずに喋る5人から自然と笑いが込み上げる。…そこへ
『――続いて第二試合を開始します』
マイクをとおして第二試合、咲耶とクリス・エヴァンスの試合が告げられる。
「あ、出番だ」
「咲耶、くれぐれも気を付けてくれ。対戦相手は残虐非道で有名な十字軍の候補生だ。しかもクリス・エヴァンスは、ロシアの15歳以下では最強と言われている。危なくなったら、直ぐに棄権を――」
「大丈夫、負けないよ」
昨晩の様に注意を促す熾輝であったが、それを咲耶は言葉を被せてハッキリとした口調で言った。
「見てて、もう昔の私じゃない。これに勝って、次は熾輝くんと戦う」
自信からくる言葉ではない。けれども彼女の中に確固たる決意がある事は伝わった。
「わかった。二回戦で待ってる」
「うん!」
気合を漲らせ、咲耶は入場口を潜って行った――。




