魔闘競技大会~その③~集合!そして第一試合!
試合前日の夜、時間にして前夜祭が終わったのち――。
「――それで?結局熾輝とは話ができなかったの?」
「「うん――」」
前夜祭を終えて自室に戻って来た咲耶と燕は、ことの顛末を朱里たちに話をした。
前夜祭は選手と奉納の舞を行う巫女やサポート役として選手に付き添う者達だけで行われた。
そのため、朱里やその他の学園生は参加できなかったのだ。
「しかも初戦の相手が黒神かぁ……応援する立場としては微妙よね?」
「そうなんだよ!同級生としては夜瑠ちゃんを応援してあげたいんだけど、恋する乙女としては熾輝くんをめっちゃ応援したいの!」
「それは、どっちも頑張れでいい」
悩ましい!と苦悶する燕に対し、彼女の神使は意外とドライだ。
「左京の言う通りよ。心の中でどっちも応援してあげればいいのよ」
「私もそう思う」
どちらも大切な人であるのなら、上下は付けない事がベストだとアリアと咲耶は考えているようだ。
「それよりも咲耶、明日の初戦を突破したら熾輝と戦う事になるんだけど、大丈夫なの?」
朱里は先ほどの前夜祭で決まったトーナメント表を見ながら問いかける。
実は明日の第二試合、熾輝と夜瑠の試合のあと、咲耶が戦う事になっているのである。
対戦相手はドイツの十字軍の候補生、クリス・エヴァンス。
彼との試合に勝利すれば、熾輝もしくは夜瑠と戦う事になる。
「大丈夫!むしろヤル気満々!」
「熾輝は咲耶にとって魔術の師匠だもんね」
「師弟対決」
熾輝と戦うかもしれないことに、何か遠慮などは無いのかと問いかけた朱里だったが、どうやら杞憂だったようだ。
「成長した私を熾輝くんに見てもらうんだもん!」
熾輝との試合を望む咲耶。そして、それを応援するアリアたちであったが、そんな盛り上がる彼女たちの元にメールの着信を告げるメロディーが鳴った。
誰だろう?と思い携帯のディスプレイを見た。
そこに表示されていたのは、八神熾輝の名前だった――。
◇ ◇ ◇
ホテルの中にある応接室。
普段は大人が接待の場所として使うその一室を今は、数人の子供が使用している。
その子供たちというのは、言わずもがな…
「――みんな久しぶり、2年ぶりだね」
「「「「熾輝・くん!」」」」」
先に応接室で持っていた熾輝に咲耶・燕・朱里・アリア・左京がこぞって詰め寄る。
「今まで何処で何をしてたの!」
「そうだよ!連絡しても全然返事くれないしぃ!」
「みんな心配していたんだからね!」
「ちょっとは、こっちの身にもなりなさいよ!」
「超不快」
5人からの圧に気圧されて、気が付けば熾輝は壁際まで追い込まれていた。
「みんな落ち着いて。とりあえず順番に話をするから…」
それから熾輝は、この2年間での出来事を話した。
皆と別れたあと昇雲の元で日本中を回りながら修行をしていたこと。
大会出場が決まってからは、とある地下闘技場でずっと戦いに明け暮れていたことetc…
「そんなこんなで、地下闘技場の規則で通信機器が持ち込めなかったから外部との通信手段が無かったんだ」
ちなみにその地下闘技場というのは、裏社会…この場合、主にヤの付く人たちが経営している違法性が高く、賭け試合などもしているちょっとヤバイ感じの場所なのだが、そこは敢えて言わないのが吉だろう。
「本当はこうして会うのも躊躇ったんだけど、どうしても我慢できなくて…ごめん」
「全ッッッッッ然!そんなことないよ!逢いたいって言ってくれて、めっちゃ嬉しかったし!」
「そうだよ!前夜祭で目も合わせてくれなかったときは悲しかったけど、でもでも、それは熾輝くんが私たちの事を心配してくれていたからなんでしょ!」
ヒートアップして声を張り上げる2人、熾輝は微苦笑を浮かべるも、なんだか嬉しそうだ。
「はいはい2人とも~。好き好きオーラを出すのは良いけど興奮しすぎないでよ~」
「「「――ッ!?」」」
パンパンと手を叩いて落ち着かせようとしたアリアの言葉に、咲耶と燕だけでなく熾輝までもが(〃ノωノ)ハズカシイ!と、顔を赤面させていた。
「んんッ!と、とにかく、みんなも元気そうで良かったよ」
「ちょっと、久しぶりに会った女の子にそれだけなの?」
咳ばらいをして仕切り直そうとした熾輝に『もっと他に言う事があるだろう』と、朱里の眼がジロリとなる。
「…その……みんな本当に綺麗――」
「みんなァ?誰がどう成長したのか言ってくれないと判らないんですけどぉ?」
「そうよ、そうよ。お世事の1つくらい言ってみなさい」
「同感」
いったい何のバツゲーム?と思わなくもない。
しかし、朱里やアリアの言葉を真に受けた咲耶と燕は、もじもじと体をくねらせつつもキラキラとした期待の眼を向けている。
――勘弁してくれ
心の中でそう呟いたが、ここで逃げ出すチキン野郎ではない。
2年の修行の成果を今こそ見せろ!と自分に言い聞かせた熾輝は、このあと漢を見せたのだった――。
「――いやぁ、流石に2年も経つと熾輝も漢が上がったわね」
「聞いているコッチが恥ずかしかったわ」
「2人とも、ティッシュ…」
「はわわわわ」
「私たちには、刺激が強すぎたよ~」
面白おかしく笑うアリアと顔を赤くしている朱里。そして咲耶と燕は茹でタコのようになって揃って鼻血を流している。
熾輝も自分で言っていて恥ずかしかったのか、今は明後日の方を向き心を落ち着かせている。が、後ろからでも彼の耳が真っ赤になり、いまだに赤面している事は手に取るように判った。
この後、就寝時間までの僅かな間、彼らは今までの事をお互いに報告しあった。
熾輝は何処でどんな事をしていたのか。
咲耶と燕は学園でどんな人達と出会い、どんな事をしていたのか等々。
この2年間を埋めるように…そういった楽しい時間は、あっという間に過ぎていき、間もなく再びの別れの時間がやってくる。
そして、最後に熾輝が話したのは、この大会期間中はお互いに他人の振りをしようということ…
これには咲耶と燕は難色を示したが、朱里やアリアの説得もあってか、渋々納得…というよりは、理解してもらった。
「――それと咲耶、怒らないで聞いて欲しい事がある」
「なぁに――?」
熾輝は躊躇った表情を浮かべ、未だに言おうか言うまいか迷っている様子だ。
しかし、意を決したように口を開いた。
「本当は、試合を棄権して欲しい」
「え――?」
思いもよらない言葉に咲耶の頭の中が一瞬、真っ白になった。
しかし、直ぐに思考が切り替わり、何故の言葉だったのか、熾輝の真意をジッと待つ。
「でも、俺…僕が居ない間に咲耶が頑張っていた事を知って、とても失礼な事を言っている事は理解しているし、咲耶を侮辱しているし、傷つけてしまっているとも思う」
「大丈夫、私だって成長したんだよ。昔みたく、ちょっとやそっとで傷ついたりしないよ?」
不安を抱えたような表情を浮かべている熾輝に、咲耶はそっと手を握り、ジッと目を見つめる。
その瞳に、かつての弱かった彼女は、微塵も存在していない。だから話してくれと、強い意志をもって熾輝の言葉を促す。
「明日の咲耶が当たる相手、ロシアの十字軍候補生、クリス・エヴァンスは危険だ――」
そして語られた情報は、皆の表情を曇らせるには十分すぎる程の内容であった――。
◇ ◇ ◇
国際魔闘競技大会、これが神に対する奉納の儀式であることをお忘れ無きよう。
大会開始の前に武舞台へと上がる数名の巫女たち。
その中には巫女服姿の燕の姿もあり、神へと祈りを捧げる舞が行われた。
そして…
『只今より、第一回国際魔闘競技大会の開催を宣言します!』
巫女たちの退場と共に、マイクを持った司会者が大会開始を告げる。
会場からは大きな拍手が降り注ぎ、そして観客達が静まり返っていく中で、司会者がマイクを通してルール説明を行っていく。
①…勝敗は一方が負けを認めるか、気絶、あるいは場外になったとき。
②…武器・魔道具の持ち込みは禁止。
③…式神の使用は禁止。
④…殺したら反則負け。
『――以上が今大会の基本的なルールになります!なお、2回戦までは大会の進行上、時間制限があります。15分以内に決着がつかなかった場合は、5人の審査員によるジャッジにて勝敗を決します!』
ルールは例年の魔闘祭と変わらない様子だ。
『それでは、記念すべき第一回国際魔闘競技大会の初戦を飾るのは、この2人だーーッ!』
会場にあるディスプレイに対戦カードが表示される。
『北の青龍門から出てきたのは、日本の育成機関、通称【学園】の4強が1人!中等部2年、黒神夜瑠ううううぅッ!』
巫女服に身を包み、ポニーテールの黒髪を揺らしながらの入場。
いっけん、清楚な巫女のイメージとは対照的にキッと吊り上がった目からは隠しきれない戦意が窺える。
そして、その堂々とした歩みは、巫女と言うよりは武士のソレである。
『つづきまして、南の朱雀門から出てきたのは、今大会の外部出場枠を巡り、7日間のサバイバルバトルを制した1人。八神熾輝いいいいぃッ!』
下衣は黒いカンフーパンツにカンフーシューズ、上衣は白い袖なしの道着、拳にはバンテージを巻いている。
精悍な顔つきという印象を受けるも、不思議とその表情を読み取らせない雰囲気がある。
両者が武舞台上で近づくと、唐突に夜瑠が口を開いた。
「彼方があの八神熾輝ですか」
「どの八神熾輝の事を言っているのかは判らないけど、悪い評判でなければいいな」
顔色一つ変えずに応える熾輝に対し、キリッとした夜瑠の表情から硬さが抜けて肩透かしを喰らった様な顔になる。
実は初戦の対戦相手が黒神と聞いた時から熾輝は自身と戦う者は、神羅の一角だという認識はあった。
故に夜瑠が神羅としての八神を指して言った言葉だったのか、それとも神災元凶の息子、悪魔の子を指しての言葉だったのかは定かではない。が、やはり悪い噂での認知度は熾輝にとっても面白くないので、付け加えとして悪い評判じゃなきゃいいと言ってみた次第だ。
「…なるほど、なんとなく彼方の人間性がわかりました」
たったの一言で自分の何が判ったのかと聞いてやりたい気になったが、敢えて聞かぬが、この場のマナーであろう。然るに曖昧な笑みを浮かべて沈黙を守る。
「私は他人の意見よりも自分の眼で彼方を見定めるとしましょう」
「お眼鏡にかなうように努力するよ」
お互い二三言葉を交わして開始位置へと移動する。
『さあ!間もなく試合開始です――!』
◇ ◇ ◇
司会者の開始の合図を待つ間、会場にあるVIPルームには各国の重鎮が雁首を揃えて武舞台を見下ろしていた。
「――昇雲殿、お久しゅう御座います」
「五月女の小童かい。アレ以来だね」
VIP席にやって来た昇雲に声を掛けてきたのは、意外な事に熾輝の祖父である五月女勇吾であった。
彼等五月女家は、熾輝との間に家族の縁を切っている……とは言っても、勇吾にとって駆け落ちした息子夫婦と縁を切っているだけで、熾輝との縁を切っているのは建前上だ。
故に公の場ではない限り、勇吾は熾輝と会って喋る機会があれば、どんな手を使ってでも会おうとするだろう。
「その節は一族共々、大変なご迷惑をお掛けしました」
「終わったことさね。それで?わざわざ、こんな干からびた婆に喋りかけてくるなんて、どうしたんだい?」
「意地悪を言わないで頂きたい。そんなの孫の事に決まっているじゃないですか」
「アンタ……」
勇吾に熾輝との縁を切った覚えはなくとも、公にはそうした事になっている以上、こんな場所で言うもんじゃないだろうと苦言を刺してやりたかったが、傍にいた倉科和馬が発動させている術…おそらくは遮音性の結界をみて、口にはしなかった。
「それで、熾輝はどうなんですか?勝てそうなんですか?」
ズズイッと顔を近づけてくる勇吾に対し、若干あきれ顔を浮かべる。
「さぁね。あの子は才能が無いからねぇ」
「何を仰る。心源流の神髄は才が有るか無いかでは無いでしょうに」
「そう思うんだったら、自分の眼で確かめな」
「そうしますとも。しかし、私としては会えなかった、あの子の話をもっと聞きたいのですよ――」
「勇吾さま、それくらいに」
幾ら遮音結界を張っているといっても、他国の重鎮がいる中でこれ以上は外聞が悪いし、失礼に当たる。
和馬は周りからの視線を機敏に察知して、主を止めに入った。
「ええい、和馬。もう少し良いではないか」
「いけません。それにこれ以上は昇雲様にも迷惑が掛かります」
「やれやれ、相変わらずだね。そんなに言うなら後日時間を空けときな。美味い飯と酒でもあれば、干からびた婆の口も少しは回りが良くなるかもよ?」
「ぬぬ!?絶対ですぞ!」
「勇吾さま!」
などといったやり取り(飲み会の約束)がまさか各国重鎮が集まるVIP席で行われていようとは誰も思わなかっただろう…
◇ ◇ ◇
司会者が実況をするなか、学園の応援団が夜瑠へとエールを送るために吹奏楽で演奏をし、応援歌を歌う。
しかし、この会場で熾輝を応援する声は聞こえず、それどころか、やはりブーイングがちらほら聞こえるのは、観客の中に被災者の家族がいるのか、それとも彼らに引っ張られるようにしてブーイングを送っているのか…とにかく、今このとき、それを考えていても詮無いことだ。
『両者、構え!』
司会のマイクに合わせ、熾輝と夜瑠が構えをとる。そして…
『始めええええぇッ!』
遂に国際魔闘競技大会の幕が切って降ろされた―――。




