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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
24/295

第二三話

何故、こんな事になってしまったのか、葵は雨が降る街の中で茫然と立ち尽くしていた。


目の前には、血だらけになった人が、何人も倒れている。


葵にとっては、赤の他人だが、見過ごすわけにはいかない、何故なら目の前で倒れている人達は、皆、彼女の兄の手で殺されかけたのだから。



あの日、清十郎と別れて帰宅した彼女は、その日の出来事を家族に話していた。


だが、そこには、兄の姿が無く、結局その日、兄が帰宅することはなく、数日経っても戻ってくる気配すらなかったため、両親は、やむおえず警察に行方不明者の届け出を出す事にした。


葵は、雨が降る町中を探し回ったが、一向に兄を見つけ出すことが出来ない。


そんな中、街中で空気のよどみを感じ取った。


魔術師が魔術を行使する際に発する兆候である。


きょうだい以外にもこの街に魔術師は、存在しているが、なんとなく嫌な予感がしたため、彼女は魔術の中心地まで足を運ぶことにした。


そして、彼女が目にしたのは、変わり果てた元人間の姿、四肢が異様に長く、背中が丸まり、その頭からは角が生えていた。


ソレが放った魔術のせいなのか、道の至る所に、まるで刀傷をつけたような跡があり、ことごとく、地面をえぐっていた。


さらに、道中には何人もの人が倒れており、その内の一人を抱えていたソレは、グチャグチャと、人間を食べている。


彼女が思い出すのは、初めて妖怪に出会った時の事、だが、それ以上に今は確かめなければならない事があった。


「おにいちゃん?」


姿形が変わっても、分かってしまう。


アレが自分の兄なのだと。


兄は、抱えていた人を食べるのを止め、彼女へ振り返る。


「ァっぁ・・・・葵ぃ。」


ハッキリと名前を呼んだ。


彼女には、何がどうなっているのか訳が分からなかった。


目の前に居るのは、確かに自分の兄、しかし、そこには自分の知っている面影が少しも残っておらず、変わり果てた異形と本来、妖怪だけが持っている妖気を兄から感じとった。


「おにいちゃん・・・何をやっているの?どうしちゃったの?」


声を掛けなければ、言葉を繋げなければ、兄がどこかへ行ってしまう気がした。


「ぁぁぁぁああああああ、みるな!見るな視るな診るな看るな観るな!そんな目で俺を見るなあああああああ!」


変わり果てた兄から妖気が放たれる。


妖気に反応して、大気中の風がカマイタチとなって、辺りを切り刻む。


「お兄ちゃん!やめて!」


一瞬で、魔法式を構築し、自分と倒れた人たちに攻撃が当たらないよう、結界を張る。


カマイタチが荒れ狂うなか、兄が背中を向けた。


「まって、何処に行くの!一緒に帰ろうよ!パパもママも心配しているよ!」


何を話しかければいいのか、分からず、彼女には、そんな言葉しか出てこなかった。


「・・・もう、・・帰れない・・・」


兄の眼からは、頬を伝って、涙が流れてる。


カマイタチが荒れ狂う中、彼女は、確かにそれをみた。


「(まって、行かないで・・・)」


兄の涙を見た瞬間、言葉が凍り付いた。


行かせては駄目だと心で叫んでも、声が出ない。


どうすればいいのか分からないまま混乱していると、兄は四肢に力を込めて大きく跳躍し、明後日の方角へと去っていった。


―――――――――――――


追いかけなければ


しかし、目の前に居る人達は、まだ息がある。


放っては行けない。


葵は、混乱する中、携帯電話を取り出して救急車を呼んだ。


救急隊が駆けつけるまで時間が掛かってしまう。


その間に、出来る限りの事をやらなければ、死んでしまう。


兄にこれ以上、罪を重ねさせるわけにはいかない。


両手に力を込めて、自分の頬を思いっきり叩く。


幾らか気を持ち直した葵は、倒れている人達の手当に入った。


―――――――――――――


救急車を呼んでどれ位の時間を待ったのか、彼女にとってそれは、とてつもなく長く感じた。


けが人を救急隊に任せると、警察が到着する前にその場から離れた彼女は、ふらついた足取りで兄の行方を一人探していた。


人間が妖怪になると言うのは、彼女自身、聞いたことはあっても実際に見るのは初めてで、しかも、それが自分の兄だなんて、信じたくなかった。


フラフラとおぼつかない足取りのまま、彼女は携帯電を取り出して、電話をかけ始める。


この時、葵は兄に掛けたのではなく、彼女を救った男


呼び出しの電子音が暫く響く中、彼女は彼に救いを求めていた


「(お願い、清十郎くん出て!)」


わらにもすがる思いで電話をかけ続けたとき、呼び出し音が不意に止んだ。


『もしもし?』


出てくれた


彼女の唯一の救いである男は、いつもと変わらない声で彼女に応えた


「清十郎君、どうしよう、お兄ちゃんが・・・・」


泣くのを必死に堪えて、葵は事の成り行きを清十郎に話した。


彼も外に出ているのか、電話の向こう側からは、微かに雨音が聞こえている。


「―――わたし、もうどうしたらいいのか分からない。」


『・・・・葵、お前は一度、家に帰れ。』


「駄目だよぉ、お兄ちゃんを放っては置けないよ。」


『大丈夫だ。俺が必ず見つけ出す、だからお前は、一度家に帰るんだ。』


いつもと変わらない優しい声、優しい言葉


この時の彼の言葉に促されるまま、葵は清十郎の言う事を聞くことにした。


「清十郎くん」


『なんだ?』


「お願い、助けて。」


『・・・当たり前だ。』


そう言って、通話を切った後、葵は一旦帰宅するために帰り道を歩き出した。


まだ心が現状に追いついていないのか、歩く足に上手く力が入らない。


重い足を動かしながら家へ向かう


景色が次第に見慣れた物に変わっていき、もうじき家に付く


だが、葵は足を止めて立ち止まってしまった。


考えているのは、家族のこと


今の兄の現状を両親に何と伝えればいいのか分からなかった。


葵が魔術を扱えることは、勿論両親も知っているし、妖怪の存在も見た事が無くとも知っている。


だが、人間が妖怪に変質し、しかも実の子供が妖怪になったなどと、とてもじゃないが信じられないし、信じたくも無い。


それを知った時の両親の事を思うと、家に帰る事が出来なかった。


そんな時、彼女の携帯電話が着信を知らせる音を鳴らした。


ぼんやりとした意識の中で、携帯電話を手に取り、画面に表示されている相手の名前を見て、ぼんやりとした頭が覚醒する。


そこには、葵の兄の名が記されていた。


彼女は、あわてて携帯電話を操作し、急いで電話に出る。


「もしもし!お兄ちゃん!?今どこに居るの!?」


『・・・』


「お兄ちゃん!」


『・・・』


だが、電話の向こうの兄は答えようとしない


「お願いだから答えてよぉ」


今にも泣きそうな声で、葵は必至に呼びかける


『・・ぁおぃ』


「っ!!なあに!?お兄ちゃん!」


『ごめんなぁ、あんなこと、するつもりじゃなかったんだ』


「わかってる、わかっているよ!だから帰って来てよ!」


『もう、家には帰れない。』


「そんな事ない!」


『俺の身体を見ただろ?俺は、もう人間を止めてしまったんだ。しかも人を殺してしまった。』


「大丈夫だよ。さっきの人たちは、皆生きているから、お兄ちゃんは誰も殺してなんか無いから。」


『だけど、もう人間には戻れない。腹が減って仕方がないんだ、さっきだって、食べようとして、人を襲ってしまった。それに、人を美味しいって、感じてしまったんだよぉ。』


美味しい、その言葉を聞いて愕然とした。


だが、ここで自分が何も答えなければ、今度こそ兄は自分の手の届かない所へ行ってしまう。


「そんなの、今だけだよ。きっと彼が何とかしてくれる。師範だって力になってくれるよ。」


『・・俺はただ、自分にも特別な力があるって信じていたかった、誰かの役に立ちたいと思っていただけなんだ。』


「うん、わかっているよ。」


『それなのに、何でこんな事に・・・』


『わかっているよ。お兄ちゃんが頑張っていた事、私は知っているもん。だからお願い、何処に居るのか教えて。』


兄が自分の居場所を教えてくれるのか、正直可能性は低いと思っていた、しかし、葵は祈る気持ちで兄の答えを待った。


『・・昔、よく遊び場に使っていた廃ビルだ。』


「わかった、直ぐに行くね!」


『・・葵・・・』


「!?なぁに?」


『早く来てくれ、ここは人の匂いが多すぎる。』


兄の言葉を聞いて、葵は悟った。


早く兄の元へ行かなければ取り返しのつかない事になってしまうのだと。


「うん、急いで行く。だからお兄ちゃんも負けないで。」


『わかった。だから早くして――――――――何だよお前等、やめろ!こっちに来るな!来るなあああ!』


突然、電話の向こう側から兄の叫ぶ声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!?どうしたの!?」


『―――――――――――――ツー、ツー、ツー。』


電話の向こう側からは、不通を知らせる電子音だけが、聞こえてくる。


どうやら、兄は誰かと接触してしまったらしい。


葵は、来た道を急いで引き返した。


「(急がなきゃ、取り返しがつかないことになる前に)」


先程まで降っていた雨が、より一掃勢いを増す中、葵は兄の元へと急いだ。



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