魔闘競技大会~その①~出発の四天王、左京のオヤジ化!?
魔闘祭とは、神に武を奉納する儀式である。
年に1度、学園が執り行う祭りとして武と魔を競い合う恒例行事となっていた。
学園生の中から腕に自信のある者が覇を競い合い、優勝賞品として卒業後の進路を学園が全力バックアップしてくれるというアドバンテージがあり、この大会に人生を掛けてる生徒は少なくない。しかし、今回の魔闘祭は過去に例を見ない物となった。
その理由としては、10年前に起きた神災以降、裏社会における日本の武力低下である。
各国は力が落ちた日本の裏社会をこの機に乗じて取り込もうとした。
しかし、時代錯誤と言っていい程の鎖国体制により、日本の裏社会は各国からの圧力を跳ね除けてきた。
だが、それも限界がきてしまった……
裏からの圧力が駄目なら表からの圧力を強め始めたのだ。
裏と表は切っても切れない関係。
神災が起きて以降、表社会側は執拗な圧力によって、ついには裏社会を動かさざるを得ない状況へと発展していったのである。
そして現在、日本の裏社会の武力は落ちていないと各国に知らしめるために打ち出された方策というのが、此度の魔闘祭…名を改め『国際魔闘競技大会』である――。
◇ ◇ ◇
目覚ましの音でむくりと起き上がり、顔を洗って意識を覚醒させる。
時計を見ると、まだ午前5時、学園の授業が始まるまで3時間以上の余裕がある。
パジャマのボタンを外して生まれたままの姿になると、ジャージに着替えて修練上へと向かう少女は、朝の澄んだ空気を肺一杯に吸い込みながら誰も居ない敷地を歩く。
この日課は入学してからもう1年経ち、その前から数えれば2年以上やっている。
「あのときは熾輝くんもいたんだけどなぁ」
今は居ない想い人の名を小声で呼んだ咲耶の表情は、どこか儚げだ。
「悪かったわね、アイツじゃなくて」
と、後ろから声を掛けてきたのはクラスメイトの城ケ崎朱里と…
「咲耶ちゃん、めっちゃ黄昏てたね」
同じくクラスメイトの細川燕だった。
「あ、朱里ちゃん燕ちゃん、おはよう」
「「おはよう」」
咲耶に追いついた2人と道すがらに合流をして修練上に入る。
この光景も今の彼女等にとって、お馴染となった日常だ。
「――ところで、アイツからは連絡ないの?」
「「……にゃい」」
「なんで猫口調よ」
朱里から聞かれ、(´・ω・`)シュンとなる2人。
「ミーたんから元気にしてるとか、頑張ってるとか、近況は聞けてるけど…」
燕は携帯電話をポケットから取り出して手の中で遊ばせた。ちなみに『ミーたん』とは熾輝の式神であるミネルヴァの事で、以前は熾輝と燕の携帯端末にインストールされていたが、今では咲耶・朱里・可憐の端末にも入っている。
「しょうがないわね。たまに返事をするくらいで、ほとんど音沙汰ないじゃない」
「せっかく咲耶ちゃんが大会に出場できる事を教えてあげようとしたのにねぇ?」
「でも、会場であってビックリさせちゃうのもいいかも」
「サプライズね♪熾輝も予選を勝ち抜いて大会に出場する事を黙っていたんだし、お互い様ね」
今回の大会では、学園側が選出した4名と十傑から指名された1名、その他に大会出場を掛けて予選を勝ち抜いた2名が出場する。
つまり日本代表枠として8名が今大会に出場するのだ。
「サプライズもいいけど、浮かれて怪我をしないでよ?」
「うん、頑張る」
「咲耶なら優勝間違いなしよ♪」
釘を刺され、小さな両こぶしをグッと握り、気を引き締める咲耶に対し、アリアは相変わらず咲耶贔屓がすごい。
「ところで他の国の選手については、まだ発表がないの?」
「ないわ。どうやら大会当日までは知らされないみたい」
「対策不可能?」
「めっちゃ気になるんですけど」
明日から始まる大会を控え、未だ他国の選手について情報が無い事に悶々とする燕に朱里が答え、珍しく左京も落ち着かない雰囲気を出している。
「でも、招待した国を見る限り、なんとなく予想はできるわ」
「予想出来るって…結構有名な人たちなの?」
「いいえ、そういう意味じゃないけど、日本でいう十傑や十二神将みたいなのが各国にもあるって、この前の授業で習ったでしょ?」
「あぁ、木戸先生が言ってたアレかぁ」
「えっと、今回の大会に招待されたのは、中国・アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・ドイツだっけ?」
「そう、いずれの国も表と裏で大きな影響力を持っている事は説明するまでもないわね?」
朱里の問いかけに咲耶と燕が首肯して応える。
「各国の裏社会でトップの実力を誇る連中…中国の七天大聖・アメリカの規格外・イギリスの円卓の騎士・フランスの十二聖騎士・ロシアの十字軍・ドイツの卍、その連中の弟子、あるいは候補性が間違いなく今回の大会に出る…と、私は踏んでるわ」
本当はローマの魔装天使も招待されていたのだが、断られていることには触れず、『ふふ~ん』と、どや顔で説明する朱里。
「招待された6ヵ国から各3名と、あと参加希望してきた国があったよね?」
「え~っと、タイ・モンゴル・ヴェスパニア公国だっけ?」
「そうね、その3国からは1名ずつって聞いているけど、他の6ヵ国に比べると、裏も表もまだまだって感じよ。だから、そこまで注目しなくてもいいかしら」
「……ヴェスパニア公国って?」
他の国については、聞き覚えがあるが聞きなれない国名にアリアの頭から「?」が浮かび上がった。
「建国して一世紀も経っていないような歴史の浅い国よ。日本との国交は盛んになって来たらしいけど、表ではまだまだマイナーな国ね」
「表ではっていうと、裏ではそうではないの?」
サラッと流そうとしていた朱里であったが、食付いてきた燕に対し『よく聞いていたな』と感心しながら説明をする。
「まぁ、情報自体少なくて眉唾物の話しなんだけど、この国の建国には大地の精霊王の力が働いたらしいわ」
「精霊王って、精霊術師が信仰しているっていうあの?」
「そう。ちなみに、精霊王の恩恵かどうかは知らないけど、ヴェスパニアの国民では大地の精霊術に長けた者が数多く存在すると言われていて、あと精霊石の――」
朱里先生の抗議がヒートアップし始めたとき、学園の鐘の音が鳴った。
「話しの続きは、また今度にしましょう。午後には、いよいよ会場入りしなきゃいけないんだし、気持ちを切り替えていきなさい」
「うん。どこまで出来るか判らないけど、全力で頑張るよ!」
「去年の大会は、めっちゃ凄かったからね。でも咲耶ちゃんなら優勝狙えるよ!」
「もちろん♪咲耶は私のパートナーだからね♪」
「うまくすれば、熾輝との師弟対決だって夢じゃない」
間もなく開催される国際魔闘競技大会に胸を躍らせる咲耶に、それぞれが激励を贈る。
そして、間もなく彼女等は逢う事になる。
およそ2年の時を経て彼との再会。
彼だけでなく、お互いに成長した姿を見せあう事が出来るのが、なによりも嬉しいのだ。
◇ ◇ ◇
バスに乗って2時間と少し、今回の舞台となる会場に着いたのは昼前だ。
基本的に神様に対する奉納なので神社が会場となる…が、やはり裏社会、普通のではない。
神社の敷地には、某バトル漫画の天下一武道会に出てきそうな円形の武舞台と、それをぐるりと囲むように設置された観客席。
それに加えてVIP専用席までもがある。
ちなみに、選手や観客たちの為の宿泊施設は神社の隣にデカデカと建てられたホテルだ。
「去年も思ったけど、普通じゃないって感じがすごい」
「神社とホテルと会場…景観なんて一切考えられていないわね」
会場に着いた燕と朱里は、目の前の神社のありように思うところがあるらしい。
ちなみにこの神社は、例の如く学園と同様で、特別な入口を通らないと辿り着けない。
故に現実世界にあるのか、別次元にあるのかすら定かではないのだ。
「神社の巫女としては、やっぱり複雑?」
「ん~…、ここの神様はバトルジャンキーだから、闘いさえ楽しめればそれでいいって言うしぃ、でも正統派巫女としては、神社っぽい雰囲気も大事にして欲しいって思っちゃうわけなんだよねぇ」
実は、彼女らが入学して間もないころ、つまり昨年度の魔闘祭を観戦していた。
その時に燕の目の前に現れたのは、ここの神社に祀られている武神だったわけで、彼女の能力の性質上、神との対話……というよりは、雑談をする結果となったのだ。
「そんな正統派巫女さんは、めでたく今年の演舞を務める事になりましたとさ」
「アリアさん、変なナレーションを入れないでよぉ。私これでもめっちゃ緊張しているんだからね。…あと『さん』付けはよけい!」
「ごめん、ごめん。燕は、もう何処へ出しても恥ずかしくないくらいに成長したものね」
「そう、お嬢は成長した。特におっぱいが――」
巫女としての成長よりも、身体的成長を上げた左京の口が突然ミ〇フィーのお口の様に「×」になった。
「左京、お下品だよ」
「モゴモゴ――」
と、二指を立てて、燕は神使に戒めを与える術を発動させていた。
こんな芸当は、学園に入学する前では出来なかった芸当だ。
この1年での成長を大会でお披露目する事が出来なかったのは残念だが、こんなセクハラを封じる場面で発揮させたのも残念でしょうがない。
「この子、口数が少ないのは相変わらずだけど、ここ1年でセクハラをするようになってない?」
「それはきっと、イヴくんのせいだよ」
「アイツ、左京とコミュニケーションをとるって言って、変な漫画本とか貸していたわよね?」
「あぁ…ちょっとオタクなジャンルのねぇ」
クラスメイトのイヴくんこと橘威吹鬼。
彼は生粋のオタクであり、彼の愛称を名付けたのは倉科香奈である。
更にどうでもいい事に、同級生の間で貸し借りされている『エロい書物』の流通は彼によるもの。
その昔、マコピーこと剣崎誠にエロい書物を押し付けた犯人も彼である。
「今の左京を見たら右京が悲しむよぉ」
「これは、早いところ何とかしないと手遅れになるわね」
「威吹鬼、あとで、〆る」
親友の神使をこんな姿にした威吹鬼に対し、朱里は片言で怖い事を言い始めていた。
「と、とりあえずチェックインしなきゃだよ!ほら、みんなもう移動しちゃってるし!」
「あ、本当だ!」
「急ぐわよ!」
ワイワイとお喋りをしていた彼女らを置いて、学園一行はホテルの方へと歩き進んでしまっていた。
それを追うように、慌てて追いかける彼女たち。
ちなみに彼女たちが宿泊するホテルというのも神社が経営しているのだが、どこにあるか定かでない場所に建てられている上に、こういったイベント事でしか集客を得られないのでホテル業としては利益を得られていない状態だ。
にもかかわらず、経営が成り立っているのは、神社の神主が裏でも表でも相当なやり手である事なのだろう。
「――あやうく置いていかれるところだったよ」
「気ぃ緩み過ぎやで。大会は明後日からやけど、しっかりと準備せぇへんと思わぬ怪我に繋がるから気を付けぇ」
「はーい」
担任である木戸零士から注意を受けて反省する咲耶は、ホテルのカギを受け取って、部屋へと向かう。
「おお、めっちゃ広いじゃん!」
「流石選手専用の個室ね」
「こんなに大きなベッドを見た事がないよ」
部屋に入った一同は、その広さに驚いた。
「テレビでしか見た事が無いけど、ロイヤルスイートルームってやつかな?」
「多分ね。こんなに凄い部屋を用意するなんて、今年の魔闘祭が特別だって感じが伝わってくるわ」
「でも、1人で過ごすには、ちょっと広すぎるかな」
「なら、燕や朱里も一緒にここで泊れば?」
「えッ、いいの!?」
「うん、そうしようよ。こんなに広すぎると一人じゃ寂しいし」
燕と朱里にも、もちろん部屋が用意されている。
しかし、選手以外の部屋は普通となっており、燕と朱里は同室。
他の生徒と同部屋であるならば、遠慮が必要だったかもしれないが、その心配は無用だ。
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「やっっっっ…たああぁ!」
「めいっぱい溜めたわね」
これまでの人生で、ロイヤルスイートルームなんて泊った事がないので、テンションが上がる朱里と燕。
そこへ、部屋のインターホンが鳴る。
「おーい、結城ぃ。そろそろ競技場に集合だぞー」
「あ、そうだった。選手は最終調整するように言われていたんだっけ」
おそらく、集合時間が近づいているのに部屋でのんびりしているであろう咲耶を同じ学園の出場選手である威吹鬼が呼びに来た。
「前夜祭まえにご苦労様…ていうか、私も付き合うわ」
「いい考え♪お腹を空かせて、夜ご飯を美味しく沢山食べよう♪」
「いや、私はそういうつもりじゃ…」
明日からの試合に備えて選手は最終調整をするように教師から言われているが、選手以外の朱里と燕はそれに参加する必要はないのに、何故か彼女等の目的が夕食まえに腹を空かせると言うものになっていた。
「――おせぇよ。はやくくくくくッ!」
そして、部屋から出てきた咲耶の他に朱里がいた事から、威吹鬼が壊れてしまったのは言うまでもない――。




