学園へようこそ~その⑥~スネイ〇先生はカッコイイ(エピローグ)
不良50人に対して1人で挑んだ威吹鬼。…しかし、状況的に言って、それは全くの逆だ。
終わってみれば、不良50人が威吹鬼1人に挑んだと言ったほうが、この場合は正しいだろう。
「ハァ、ハァ、ハァ…お、お前ら、マジでふざけんなよ。ハァハァ、…こちとら1人なんだからな!」
息を切らし、手を膝に付き、俯きながら文句垂れる。
しかし、威吹鬼の言葉に返す者はいない。
「テメェ、…今までネコ被ってやがったなァ」
いや、1人だけいた。
四天王の今井司だ。
彼は、地べたに倒れたまま威吹鬼を睨み付けている。
「なんだよ先輩。まだメンチ切るだけの力あまってるじゃないっすか。流石は四天王っすね」
「黙れ威吹鬼、テメェこの野郎」
「おー、コワ」
「何で今まで、ネコ被ってやがった!それだけの力がありながら、四天王だってことを黙ってた!」
もはや動く力など残っていない。
もしも、威吹鬼の不況を買えば、追い打ちをされる恐れだってある。
にも関わらず、そんな状況で今井は喰ってかかる。
「別に俺は、四天王の座なんて、どうだっていいんすよ」
「なにぃ?」
「俺は面白おかしく学園生活がエンジョイできて、そんでもって強くなるために高め合えたら…それだけで満足なんすわ」
「バカがッ!そんな事が出来るハズ無いだろう!学園は実力至上主義だ!いいや、ここを卒業した後も、裏社会はそういう縮図で出来ているんだよ!」
「先輩の子分みたく、弱者は強者に従うって事ですか?」
「そうだ!じゃなきゃ食い物にされる!」
「だから、自分よりも強そうな城ケ崎達を狙ったのか?」
「出る杭は打つに越したこたぁねェからな!」
今井の様に、ある程度歳を重ねた人間というのは、自分の経験や環境によって、意思や考えを固定化させる。
だが、それが他人から見て、どんなに捻じ曲がり、凝り固まっていようと、本人が考えを改めようとしない限り、何を言っても無駄である事は、威吹鬼にも判っている。
故に、闘いで降したはいいが、どうしたら良いものだろうかと考えていた…その時である。
――何だ、このバカみたいな魔力は…
魔術特有の揺らぎを感じ取った威吹鬼、だけではなく今井もまた、その方角へと目を向けた。
そこには、光りの柱が存在していた。
まるで天上を突き破らん勢いで放たれたそれは、間違いなく、威吹鬼が死守していた修練上の方から登っている。
その事に気が付かない程、四天王の2人は節穴ではない――。
◇ ◇ ◇
「――ちょっとおおぉッ!加減しなさいって言ったでしょおおぉ!」
「いやぁ、久しぶりだったから、つい力が入っちゃったよ」
般若の如く怒り狂う朱里を前に、咲耶は『やっちゃった(てへぺろ)』と自分の頭をコツンしている。
「見なさいよ!修練上の結界に穴が空いちゃったじゃない!」
「うわ~、めっちゃ綺麗に空いているね」
見事な円形だと、感心する燕の横で頭を抱えている朱里。
屋外の修練上とはいえ、何処かに跳んでいくか判らない魔術や能力に備え、ドーム状の結界が張られている。
もちろん、学園が誇る結界だ。そんじょそこらの攻撃ではビクともしない…ハズだったのだ。しかし、咲耶がアリアと魔導書を行使した集束砲によって、ものの見事に破壊されてしまった。
「なによ、大層な結界だって言うから、どの程度の物か確かめようとしたのに。全然たいしたこと無いわね」
「たぶんアレ、核と結界が連動しているから、核の方も壊れているわね」
「安っぽい核ねぇ。仮にも国立なんだから、お金はケチっちゃだめよ」
「1個、数百万はくだらないわよ?」
流石わたしのサクヤ♪と得意気になっているアリアだったが、破壊した結界の値段を聞いて、3人の血の気が一気に引いた。
「どどどどどうするのよ!」
「だから、魔導書なんて使うなって言ったじゃない!」
「だって、スゴイ結界だっていうから、耐久力を確かめようって話になったじゃない!」
ワーワーキャーキャーと騒ぐ乙女たち。しかし、彼女等は知らない。学園内で修練中に施設が破損した場合、国費で対応してもらえることを。
「と、とりあえず黙っておくのは、どう?」
「修練上の許可申請を出したんだから、バレるに決まっているでしょ!」
「ああぁ、入学早々に退学だああぁ」
「だ、大丈夫だよ咲耶ちゃん!私もめっちゃ先生に謝るから!きっと許してもらえるよ!」
「お嬢、頑張れ」
「あれ!?左京は来てくれないの!?」
「ワタシ、シキガミ、ムツカシイ事、ヨクワカラナイ」
「裏切り者おおぉ!」
等と言いつつ、一同はビクビクしながらも当直勤務をしている教師が待機する職員室へと向かったのだった――。
◇ ◇ ◇
「――いやぁ、マジでとんでもねぇわ」
「あ、あんな化物が、どうして今頃になって学園に来ているんだ」
光の柱は、徐々に終息していき、細い一本の線になると、そのまま消えていった。
その光景を目にしていた四天王の二人は、揃って戦慄している。
「なぁんか、俺が戦った意味なくないっすか?」
「………」
「先輩ら、アレにちょっかい掛けようとしていたんすよね?」
「………」
威吹鬼の問に今井は応えない。否、応える事が出来ない。
「俺、そろそろ帰るんで、自由に襲撃でも何でもして来て下さい」
「ばッバカかお前!あんな化物に挑んだら殺されっちまう!」
「知るかよ!ていうか、3人の気配がこっちに近づいて来ているから、俺は逃げる!」
「橘!俺を見捨てるのか!それでも幻の4人目か!」
「自業自得だろ!子分どもを従えてこんな所に居た事を問い詰められたアンタ等がどうなろうと知ったこっちゃねええぇ!」
その逃げ足は、まさに脱兎の如く!いや、動物の動きを超えてハヤテの如く!
そもそも、威吹鬼は逃げる必要なんて無いのに、生き物の生存本能が警鐘を鳴らしているのだ!
『威吹鬼よ、ここに残れば、とばっちりを喰らうぞ…』と!
故に彼は、己の本能に従う事を選んだ!
例え、同じ四天王が助けを求めていようとも!これは身から出た錆!彼らには相応の罰が必要なのである!
◇ ◇ ◇
生徒が問題を起こせば、その対応をするのは、どの学校でも変わらず教師の仕事だ。
例えば校内の備品の破損、例えば集団暴力事件等と言った議題が職員会議にかけられて、それ相応の処罰が下される。
「――え~、というわけで、結界の破損に関しては、生徒らの力を過小評価しすぎていた学園側に落ち度があるということで、お咎めなし…よろしいでしょうか?」
全会一致で異議なしの声が上がる。
「それと、昨晩の集団暴力事件についてですが、50人を生活指導の上、長期の奉仕活動という意見が出ていますが――」
「50人?あと1人はどうした?」
「まぁ、結果から言って、50人が1人をリンチしようとして、返り討ちにあっただけですから、正当防衛と違いますか?」
「結果からみるのであれば、1人が50人を沈めるだけの武力を行使したとも言える。担任教師だからといって、生徒への過剰な贔屓は許されないのである」
「そうは言いますが、今井司、谷川含めた彼らは、未遂とはいえ女子3人を強姦しようとしていたんですよ?本来なら退学が妥当だと思いますが、それを須音井先生が…」
「然り。であるから吾輩が手ずからヤツ等の指導を引き受けたのだ。退学など生ぬるい。ヤツ等には地獄と言うものを味あわせ、いっそ殺してくれと懇願する程の苦痛を与えてやらねばなるまい?それとも木戸先生はヤツ等を退学にして野に放つ事で罰したつもりか?吾輩は乙女の処女性をそこまで軽くは見ない」
「…さいですか。しかし、須音井先生の言葉を借りるなら、橘君は身を挺して乙女を守ろうとした事になります。正義を成した者を罰するのは、ちゃう思いますが」
「そのとおりだ。故に橘には相応の褒美を与えるのが妥当だと言っている」
「え?彼を罰しようとしていたのとちゃうんですか?」
「誰がそんな事を言った?少なくとも吾輩は、言った覚えはないぞ?」
――話の流れ的にそう言っている様なもんやったろうがあぁ!
「そしたら、須音井先生は橘君をどうするつもりで?」
「ヤツは今まで名声を欲する事無く陰でコソコソとやっていたからな。そろそろ力を示しても良い頃あいだ」
「…つまり、褒美は彼を表舞台に立たせるための方便ってことですか?」
「然り。生徒の間では四天王などという番付があるようだが、今回の事で今井の信用は地に落ちた。その結果、新たなる四天王を巡り、学内の治安が乱れるのは必至。表立った四天王鈴城、牧瀬の両名だけでは事の安定化も難しかろう。であるならば、今まで初等部という理由で四天王である事を隠されてきた橘をこの機会に前に出し、四天王本来の役割を果たさせればよろしい」
「本来の役割?……なんてありましたっけ?」
四天王じたい、生徒の間で作られた最強の4人を指す称号。
それに意味など無かったハズだと零士は思っていた。
「もちろん、抑止力だ」
「…それ、須音井先生が勝手に付け加えましたよね?」
「それで学内の治安が向上するなら喜ばしい事ではないか」
何とも身勝手な大人の都合ではあるが、利がある以上は、利用しない手は無いと零士も思ってしまった。
「話は、まとまりましたね。それでは、そろそろ本題に入りましょうか」
今までの会議がまるで、ついでだったかのように語る校長の豊子。
しかし、教師一同は姿勢を正し、学園の長へと傾注する。
「昨日、対策課及び十傑から通達がありました」
「ほう、彼奴等が揃っての通達を我々に寄こすとは、余程の案件なのでしょうな?」
「えぇ、毎年恒例の魔闘祭についてですか…」
校長は手元にある手紙を広げ読み始める。
「昨今、わが国の防衛力低下に疑念を抱く他国に対し、高度に政治的な理由から力を示す必要性ありと判断するものである。従って、来年度に開催する魔闘祭において、各国から出場選手を招き、相互の交流と親交をもって、わが国の力を他国に示す運びとなりました。よって、学園から出場選手4人の選抜を命じると共に、魔闘祭あらため国際魔闘競技大会アンダー15の開催を宣言する」
文面を読み終わった校長は溜息を吐いた。
その表情は、くだらないと言っているのか、それとも疲れ切っているのか、…彼女を前にしている教師たちにも読み取れない。
「彼奴等も随分と勝手を言ってくれる。たしか対策課のトップは木戸先生の祖父殿と記憶しているが、何か言われていないのか?」
「いえ、じっちゃ…祖父は何も申していませんでした。しかし校長、魔闘祭は学園の催しですよ?それを国が利用するんですか?」
「私も抗議はしました。しかし、元々あの祭は神に武を捧げるための、いわば奉納の儀式です。向学の名目で代々学園側が執り行ってきましたが、歴史を遡ると国からの命令で学園が管理を任されているという形なのです。…ここまで言えば判りますね?」
「つまり、最初から国の命令で祭をやらせてもらっているんやから、文句言わずに従えってことですか」
今まで口出ししたこと無いのに、今になって上の者面か!と文句の1つだって言いたくなる零士に対し、微苦笑を浮かべながら校長は首肯する。
「祭を楽しみにしていた他の生徒達には残念ですが、これは国からの正式な要請です。学園が国立育成機関である以上、これ以上の異議申し立ては、色々な意味で摩擦を生じさせます。然るに先生方には半年以内に生徒たちから選手4人を選抜してもらい、指導をお願いします」
校長からの命に教師一同は了承を示す。
この会議の翌日、四天王今井司の失脚と共に幻の4人目とである橘威吹鬼の名が知れ渡った。
それと同時に教師陣から魔闘祭のニュースが広められたのだった。
そして半年後―――
全学園生徒が講堂に集められた。その理由は、ただ一つ。来年度に開催される国際魔闘競技大会アンダー15の選手任命式のためだ。
『――中等部1年、剣崎誠』
「はいッ!」
『同じく中等部1年、橘威吹鬼』
「へーい」
教師に呼ばれた男子2人が壇上に上がっていく。
どちらも他を圧倒する実力者であることは、今更言うまでもない。
続いて女子選手の番だ。
『中等部1年、黒神夜瑠』
「はい」
凛とした涼やかな返事が講堂に響き渡り、壇上へと向かって行く。
そして、最後の1人の名が呼ばれる――。
『中等部1年、結城咲耶』
「はい――」
立ち上がり、壇上へ向かう少女には、あの頃の様な不安を感じさせる雰囲気はない。
おっとりとしていて、しかしどこか芯の強さを感じさせる瞳は、真直ぐと先を見つめていた。
これより、魔闘祭開催までの間、彼ら彼女らは更なる進化を遂げることとなるだろう――。
◇ ◇ ◇
そして、更に半年後――。
「ニュースニュース!めっちゃにゅーすだよー!」
慌てた様子で、学園内を駆け抜ける少女…細川燕は、『こらー!廊下を走るなー!』という注意の声も聞こえてない様子で、修練上へと向かっていた。
「咲耶ちゃん!大ニュース!」
「燕ちゃん?」
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
修練上の咲耶とアリアは、急に場内に入って来た燕に驚く。
「めっちゃ大ニュースなんだってば!」
「だからニュースって何よ?」
「実は――!」
ニュースニュースと騒ぐ燕の口から飛び出した言葉に、咲耶は目を大きく見開いて驚き、そして、嬉しそうな表情を浮かべていた―――。
◇ ◇ ◇
少年は約束をした――。
いつの日か彼女たちの元へ帰ってくると――。
誰にも負けないように、誰からも守れるように――。
少女たちと約束し、自分自身に誓いを立てた――。
あの日から2年の月日が流れ、現在……
―――ズドオオォンッ!!
大気を揺らす衝撃音が響き渡り、山に住む動物たちが突然の出来事に驚いて鳴きだした。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
荒く息をする少年、八神熾輝の前に元々は巨大な大岩だったソレが、まるで削岩機でも使われたかのように粉々にされている。
いや、これだけではない。周りを見渡せば判る。岩が砕かれ、大地が抉られ、絶壁に穴が穿たれ、樹木が薙ぎ倒されている。
まるで、超局地的にミサイルが降り注いだかのようだ。
これを誰がやったのかと問われれば、もはや熾輝がやったであろう事は明白だ。
この2年間、積み重ねられてきた修行によって、あの時とは比べ物にならない程の力が確実に熾輝の中で培われている証だ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
身体からは物凄い湯気が立ち上り、流れ出る汗が熱を帯びた身体を冷やそうとするが、一向に冷める気配がない。
まるで、身体は未だに満足が出来ていないと言っているかの様であり、熾輝も満足が出来ていない。
乱れた呼吸を整えて、再び構えを取ろうとして、近づいて来る気配から声が掛けられる。
「さっき、正式に参加が認められたと連絡が来たよ」
「…そうですか」
師である昇雲からもたらされた報せに応え、中断させていた動作を再び続けて構えをとる。
「なんだい、まるで参加できる事を判っていたみたいに言うじゃないか」
「なんとなく予想出来ただけです。あれだけ大掛かりな予選をやって、通過した選手を落すようなマネは出来るハズが無いと」
「その割には嬉しそうじゃないか?」
判っていたと言いながら、知らず知らずに昂っているかの様に、熾輝から迸るオーラが尋常ではない。
「…試してみたいんです。自分がどれだけ強くなれたのか」
激流の如きオーラが一瞬で沈められた。
まるで淀みの無い水面の様だ。
「覚悟は出来ているんだろうね?」
「はい」
「今回の大会は、世界各国から選手が集められている。いわば天才しか集められていない魔窟だよ?」
「今更ですよ。だいたい無才の僕にとって、周りの連中はみんな天才ですから」
冗談交じりに返した熾輝。
しかし、そこにはお道化は一切なく、瞳の奥からは闘志が燃え滾っていた。
「なら、もう何も言わんさね。……行くんだね?」
「はい。みんなが待っているので――」
一拍置いて、山には再び轟音が鳴り響き、それは暫く止まなかったという――。




