学園へようこそ~その②学園物のお約束~
3人が掲示板のある広場に到着したとき、既に沢山の生徒たちが群がっていた。
「すっごい人だかり」
「これじゃあ近づけないね」
そのほとんどが初等部、中等部、高等部の在校生たちで、咲耶や燕の様に中途入学する者は極僅かだ。
「全校生徒のクラス分けを一ヶ所に掲示するなんて非効率的よ。中等部なら中等部の敷地に張り出せばいいのに」
「どうする?一応記念にと思って、クラス分けの張り出しを見に来たけど…」
「このままクラスに行っても良いけど、もう少し待てば人も少なくなるハズよ?」
「折角だし、もう少し待とうよ。やっぱり3人一緒に確認したいな」
「そうだね。遠巻きで待っている人もいるみたいだし…」
朱里の様に引率してくれる生徒が付いていてくれれば何の問題も無くスムーズにクラスへも行けるのだろう。
しかし、そうでない者たちは、いきなり放り込まれた学園で、浮いた存在となっており、掲示板に群がる在校生たちを前に遠巻きから人混みがはけるのをジッと待っている。
「毎年恒例ね。急に能力に目覚めた者は、右も左も判らないから、どうすればいいのか判らず、最初はああやって傍観するしかないの」
「何か可哀想だね」
「私たちには朱里ちゃんがいてくれて良かったよ」
「本当にそうだね」
咲耶と燕から頼りにされていた事に朱里の顔が思わず赤面し『かわいいなぁ』と、2人が言うもんだから(〃ノωノ)と顔を手で覆い隠してしまった。
「…でも変ね」
未だに顔を赤らめている朱里が指の隙間から遠巻きにいる彼らを覗いて言った。
「何が変なの?」
「いつもなら、そろそろ生徒会や風紀委員が来て案内をしているのに…」
「会場の片づけに手間取っているとか?」
「そうかもしれないけど、だとしたら手際が悪すぎるわ」
流石にコチラへ回す人員くらいは派遣して然るべきだろうと、朱里は他人の事なのに苛立ちを募らせていた。
「流石にあの子たち全員の面倒までは見切れないし――」
「あっ、でも誰かが近づいていくよ」
どうやら、朱里が見ていたのは初等部の子たちのようで、苛立ちを募らせていたのは、彼らを可哀想に思ってのことだったようだ。
そして、そんな彼らに近づく3人組を見て、ようやく係の者が来たかと思って見守っていたそのとき……
「きゃあああぁ!」
件の者達が1人の少女を取り囲み、途端、悲鳴が上がった――。
◇ ◇ ◇
「見ろよコイツの眼を」
「うっわ、混じり物だ」
「化物が学園に入り込んでいるぞ!」
如何にも性格が悪そうな3人は初等部の、それもおそらくは1年生らしき少女に向けて何か罵声を浴びせている。
「お前の様な者がいるなんて、学園も何を考えているんだか」
「親のどちらかが化物のハズだ。パパか?それともママか?」
「………」
3人組が着ている制服は、中等部の物…それも2年のエンブレムを付けている。彼女からしたら見上げる程の存在がいきなり取り囲んで悪意を向けてきているのだ。恐怖で何も言えず今も泣き出しそうだ。なんとか目を泳がして誰かに助けを求める。それを近くで見ていた者は、一瞬だけ目が合うも、直ぐに目を逸らされてしまった。
「何とか言えよ!」
「ヒッ――!」
いきなり胸倉を掴まれ持ち上げられた事により、ついに少女の目頭から涙が零れ落ちる。
「はは、コイツ泣いてやがる」
男の腕力で宙吊りにされた少女の目の前で魔術が発動。掌に火の玉が浮かび上がる。
「俺たちが学園のルールを教えてやるよ」
嫌な笑みを浮かべながら掌の火を少女へ近づけると…
「きゃあああぁ!」
恐怖のあまり叫び出した。
「ここは弱肉強食。弱い者は強い者に何をされても文句は言えないんだよ――」
「じゃあ、アンタたちが私に何をされても文句は言えないわね」
怖がる少女を弄んでいた男は、その声の主へ視線を向ける…より前に火を生み出していた方の腕が丸ごと結界に包まれた。
「あん?」
何が起きているのか認識するより先に、男が掌で遊ばせていた火の玉が爆ぜた。
「うわああああぁ!手が!僕の手があぁ!」
突然、燃え上がった腕に熱さと痛みが走り、思わず少女から手を離した男は、完全にパニックを起こしている。
取り巻きの2人も火を消すのに必死だ。そんな哀れな彼等の横を素通りして、朱里はへたり込んでいた少女に手を差し伸べた。
「アナタ、怪我はない?よく頑張ったわね」
ようやく助かった事に安堵して、少女は大きな声で泣き出した。朱里はその子を優しく抱きしめて頭を撫でる。
「お前!覚えてろよ!このままじゃ済まさないからな!」
後ろの方で何やら喚き散らす声が聞こえたが、キッと睨み付けた途端、男たちは逃げる様に去って行った。
その様子を見ていた他の生徒はと言えば…
「ワーーッ!!」
大きな歓声と拍手が巻き起こった。
「朱里ちゃんカッコイイ!」
「惚れ直したよ!」
「ホッ、惚れ!?何言ってるのよ!それより、早くクラス分けを確認して行くわよ!」
注目された事もそうだが、2人からの称賛に朱里の顔は、未だかつてない程に真っ赤っかだ。
「あとアナタ!ここじゃあ同じ境遇の人はいっぱい居るわ!あいつ等みたいに嫌なヤツだっているけど、困ったことがあれば、いつでも私の所に来なさい!」
「は、はい!ありがとうございます!」
目をキラキラと輝かせて見つめる少女の目に、もう先程の様な恐れは無くなっていた。
しかし、羨望の眼差しを向けられて、恥ずかしさここに極まった朱里は、周りから逃げる様に歩き去ってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
先ほどの一悶着のあと、クラス分けの掲示板の前まで行こうとしたとき、あれだけの人垣が割れる様にして、皆が3人に道を譲った。
その光景に恥ずかしさ全開で道を通り、素早く掲示板を確認すると、あっという間に広場から立ち去った。
そして現在、3人は特別クラスの教室前まで来ていた。
「ここが特別教室?」
「なんか、外見の造りが他と全然違うね」
「まぁ、文字通りの特別教室だからね。初等部の時もこんな感じだったわ」
後者を歩き、いくつかある教室の前を通ってきたが、燕の言ったとおり、他の教室とは一線を画す造りである。例えるならば社員の仕事場と社長室くらいの差がある。
「じゃ、じゃあ開けるよ?」
「何だかドキドキするね」
3人はいよいよもって教室へと入った。
分厚く豪華な造りの木製扉を押し開け中に入ると、そこには既に数名の生徒がおり、それぞれの事をしていた…が、彼らの視線が一気に向けられた。
「……さ、行くわよ」
「え?う、うん」
クラスメイト達から好奇の目を向けられるも、朱里はそれを完全スルーして席へと向かう。
教室の造りは、後ろへ行くにつれて勾配が上がっていく階段の様になっている。そこに並べられた長机は、床に固定されており、椅子は木製の背もたれが付いた使用。そして座ってみるとフカフカして柔らかく実に豪華だ。
前を見ると教壇を見下ろせるようになっており、何だか外国の映画でみる大学の授業風景を思わせる。
「何だか感動しちゃったよ」
「うん、遂にここまで来たんだね」
席に着き、教室内を見渡し、ようやく実感が湧いてきた。
2人の目頭は自然と熱くなり、涙が浮かび上がる。
「ちょッ、ちょっと!なに泣いているの!?」
「だって…だってぇ…」
「やっとここまで来れたと思ったら、なんだか……うぇーん」
「わ、わかったから!お願いだから泣かないでよ!」
感極まった2人を朱里は慌ててなだめる。周りからは何事かとザワザワとした気配が向けられて、そんな折、誰かが3人へと近づいて来る足音が聞こえた。
「大丈夫?おなか痛いの?保健室いく?」
「うッ、…く、倉科香奈」
心配そうに声を掛けて来た少女を見て、朱里は思わず息を飲んだ。
何故なら目の前にるのは、八神熾輝の血縁に当たる五月女家、その分家筋のものだったから――。
◇ ◇ ◇
入学前、朱里から要注意人物について説明を受けた。その内の1人が今、目の前にいる少女だ。
「――ビックリしちゃったよ。でも、感激のあまり泣いちゃったって、何に感激したの?」
「ごめんなさい。私たち、学園に入学するために…というより特別クラスを目指していて、やっと夢が叶ったからつい…」
感涙の訳を聞いて、納得した様子のクラスメイトを前に咲耶は、照れくさそうにしている。
「ぞう゛だよぉ。朱里ちゃんが勉強を教えてくれたり、特訓してくれたりしたけど、厳しくて厳しくて…これで勉強地獄から解放されると思ったら――」
「あれ!?なんか燕ちゃんだけ感動のベクトルが違う!?」
「燕ぇ、言っておくけど、定期試験ごとにトップ10を取らないと、即一般クラス落ちだから、勉強は休ませないからね」
「「そッ、そんなー!!」」
どうやら咲耶も勉強地獄とは思っていたようで、朱里からもたらされた情報に2人して悲鳴のような声を漏らした。
「へぇ、城ケ崎さんが2人の家庭教師をしていたの?なんでまた?」
「…ペナルティーよ。勝手に学園を飛び出したから奉仕活動を言い渡されたの」
「それが2人の家庭教師?」
「そうよ、先生が学園入学案内の担当していたのが、この2人だったんだけど、ポッと出の彼女たちに勉強を教える様に言われたの」
「へぇ……」
一応、嘘は言っていない。
経緯はどうであれ、実際に朱里は木戸零士に奉仕活動を言い渡されていたし、2人の勉強を見る様にも言われている訳だから。
「でも、金髪に染めたのは、なんで?夏休みデビュー的な感じ?」
「…相変わらずズケズケと聞かれたくない事を聞いてくるわね」
先ほどから質問の嵐。そんな香奈に向かってギロリと睨みを効かせる朱里であったが、何故だか目を煌めかせて追撃を仕掛けられたのだが…
「倉科さん、もうその辺にしてあげたら?」
「マコピー」
質問攻めを続ける香奈を止めようと、話に入って来たのは、イケメンな男子だった。
「久しぶりだね城ケ崎さん、また一緒のクラスになれて嬉しいよ」
「剣崎誠…先に言っておくけど、この2人に手を出したら殺すわよ?」
「ひ、人聞きの悪いこと言うなよ。それじゃあまるで、俺が手当たり次第に女の子を口説いているみたいじゃないか」
「いやいや、口説いているどころか、既に何人もの女の子を囲っているよね?冬休みの時なんて、帰省しただけと見せかけて新しい女の子を2人も学園に連れて来たじゃん」
「最低…」
まるで女の敵を見るような眼差しが誠に突き刺さる。
「あ、あれは、何ていうか物の成り行きで…って、俺の話はいいじゃん!それより、そっちの2人を紹介してくれるかな!」
「マコピー、今の流れでそれ聞いちゃう?」
「え――?」
「見なよ…可哀想に、怯えちゃって」
身を寄せ合い、マコトから距離を取ろうとする咲耶と燕。
「だ、大丈夫、何でもないよ」
「そうそう、これはソーシャルディスタンス」
乙女として、何か大切な物を奪われるのではないかと予感したが故の危険回避行動だ。
そうした2人の態度にマコトは少なからずショックを覚えるも「ちょッ、誤解!誤解だから!」と弁明を試みる。
「まぁ、でも、紹介するのは、やぶさかでは無いけど…」
そろそろマコトを弄るのに飽きてきた朱里が腕時計に目を落すと鐘の音が鳴った。
「おーい、席に着けぇ――」
「ありゃりゃ残念。取り敢えず自己紹介は、このあとのホームルームにね」
「ま、またね…」
先生が教室に来たので、談笑は一旦打ち切られ、香奈と誠は各々の席へと戻って行った。
「…入学前にも言ったけど、倉科香奈には気を付けなさい」
「さっきの気の良さそうな子だよね?」
「言われていたイメージと全然違うね」
「甘いッ、ああ見えて次期当主の傍仕えをしているキレ者よ。しかも情報収集に特化しているらしく、学園生の個人情報の殆どを掌握しているって噂よ」
「ひぇ~、人は見かけによらないね」
「気を付けなきゃ、私たちと熾輝くんの関係なんて、簡単に知られちゃいそう」
釘を刺すように言い含めるが、時すでに遅し。
彼女等の情報など、入学を決意するよりも前に、香奈は掴んでいるなんて、この時の3人が知る由もない――。
◇ ◇ ◇
時間は少し遡ることホームルーム前。
普段からあまり使われていない空き教室に数名の生徒が集められていた。
「で?お前ら1年坊に良いようにやられて逃げ帰って来たのかァ?」
ギロリと睨まれた3人は蛇に睨まれたカエルのように畏縮してしまっている。
「で、でも相手は、あの城ケ崎朱里でグハッ――」
「バカ野郎ッ!誰が喋っていいつったよ!ア゛ア゛ー!?」
顔面を殴られ、鼻からドバドバと血を流している後輩の胸倉を掴み上げ、その腕力をもって宙吊りにする。
「お前らが俺の舎弟だっつぅ事は、学園の連中はみんな知っているんだよォ」
「ず、ずみ゛まぜん!」
「俺の顔に泥を塗った落とし前をどうやって付けるんだ?ア゛ア゛!?」
男は後輩を怒りに任せてぶん投げると、そのまま教室に並べられていた椅子や机を巻き込んで壁に激突した。
「まぁまぁ、今井さん落ち着いて」
「谷川ァ、お前が後輩連中を甘やかしているからこういう事になったんじゃあねぇのかァ?」
「そうは言っても、彼らはまだ中等部ですよ?俺らが彼等くらいの時は、何かあっても先輩が守ってくれていたじゃないですか?それにシメるだけなら誰だって出来ます」
「何が言いてぇんだ?」
「ここは一つ、俺らの…いいえ、四天王の恐ろしさを無知な連中に教えてやらないと」
「…そうだな。今後、俺たちに逆らおうって気にならねぇように刻み付けてやるッ――!」
言って、黒板に向かって振るわれた拳。
「ヒッ!」という声など簡単に掻き消して、皆が注目する一点には拳サイズに陥没した穴と亀裂が入った黒板の無残な姿があった。
「さて、君たち」
「「「は、ハイッ!」」」
「俺らにも面子ってものがある。舐められっぱなしっつぅ訳にはいかない事は判るよな?」
「「「ハイッ!」」」
「ならまずは、君たちをシメた連中の事について調べ上げろ」
「「「ハイッ!」」」
ビシっと、敬礼をするかの如く、3人は返事を返した。
「あとは……」
「まだ何か――?」
「いえね、この黒板の始末をどうした物かと」
「「「あぁ~」」」
今井によって可哀想な事になった黒板。
流石にこのまま放置する訳にもいかず、目下、目の前の問題から片付けなければならない事に谷川は頭を悩ませるのであった。




