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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
強者揃い
232/295

オンリーワン~その⑥~あの人は、選ばれし者(エピローグ)

 一連の事件が終わりを告げた。そして凌駕たちは…


「美味しい!美味しいよ凌駕!」

「たらふく喰え。あと、馴れ馴れしいぞ。「さん」を付けろ」


 ジュージュー、と肉の焼ける匂いが煙に乗って食欲を刺激し、バーベキューコンロの網の上では、霜降りの高級肉が次々と焼かれては口に運ばれていく。


「兵庫と言えば神戸牛だと思っていたが、これは…」

「これは但馬牛たじまぎゅうっていうらしいですよ。あまり知られていないけど、日本のブランド牛のルーツになった牛だとか何とか」

「確かにうまい。これ10Kgくらい買って帰るか」

「まさか、この集落の経営が牛造りで成り立っていたなんて」


 などと、朝からとんでもなくヘビーな食事をしている凌駕達。それを遠目で見ているのは集落の人々だった。


「チッ、鬱陶しい」

「…しょうがないよ。だって、私がいたらみんな近寄りたくないもん」


 はは、と愁いを含んだ笑いを漏らす愛子は箸を置き、「さてと」と言って席を立ちあがると…


「凌駕、ありがとう。誰かと一緒に温かいご飯を食べるのなんて久しぶりだったよ」


 ペコリとお辞儀をした愛子。しかし、凌駕は何も答えずにひたすら肉を喰らい続けている。


「……バイバイ」


 彼女は再びあの洞窟の中に戻るのだ。それが誰も不幸にしないために必要な事であると理解しているから。そんな彼女の元へ文太と文がやってきた。


「もういいの?」

「うん。そろそろ呪具の限界がきちゃうし」


 言って、彼女は身に付けているペンダントを持ち上げて見せた。

 円形のペンダントはまるで懐中時計のようになっており、刻印されている数字の場所には石がハメ込まれている。その数字の1から11までの石は黒く染まっており、12のところは白い。おそらくペンダントに埋め込まれている石が力を吸い取ることで、彼女の能力が発現しない仕組みになっているのだろう。

 その呪具があれば、時間制限付きではあるが外を出歩けるのではと思う、しかし呪具のつくりからして、とても希少かつ高価であることは想像に難くない。故においそれとは用意できる代物ではないのだ。


「それでは、凌駕様。ワシ等はこのまま愛子を連れて行きます」

「お父上にも、凌駕様にも大変なご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ございま――」

「俺は親父とは違う」


 文の言葉を遮った凌駕は、一旦箸を置くと、ビールの様にジョッキに注がれていたウーロン茶を一気に飲み干した。

 ガンッと勢いよくジョッキを置いた凌駕は、「ふーーッ!」と息を吐くと…


「始めるぞ」

「え――?」


 凌駕は愛子の前までズイッと迫ると、彼女のうなじへ向けて両手を伸ばした。

 急な事に驚きを覚えた愛子は「え?え?え?」と赤面させながらキョロキョロと傍にいる文太と文に助けを求める。


「暴れるな、俺の眼を見ろ」

「ふ、ふぁいッ!」


 何が何やら、訳も分からないまま言われた通りにする愛子。

 お互いの息が当たるほどの至近距離まで近づいたことにより、思わず息を止めてしまう。が、それはなにも息だけを気にしたからではなかった。

 愛子は見た、凌駕の瞳に宿る魔眼。…右眼を赤く染め上げるモーションサイト、そして左眼を青く染め上げるもう一つの魔眼、その名も…


「グラムサイトだと!?」


 バカなッ!?と驚愕する文太を他所に凌駕の魔眼に魅入られたかのように愛子は固まっている。


「あれが【オンばれリーし者ワン】と呼ばれる由縁だよ」


 五月女の直系だけが開眼させる事ができる魔眼。しかし、その魔眼は1人につき1つだけ。古から続く五月女の歴史上、双方を開眼させた者はただの1人としていない。右眼のモーションサイト・左眼のグラムサイト、この前代未聞、歴史上初、唯一無二の存在として彼は選ばれし者という称号を得た。

 だが、彼の双眼にそれぞれ別の魔眼が宿っている事実を知る者は少ない。故に多くの者は凌駕の圧倒的な才能に対する称号だと思っている。


「しかし、凌駕様は何をするおつもりで?」

「見てれば判るよ」


 凌駕が発現させた魔眼の色に呼応するように、オーラが赤青く変化すると、彼の能力の化身が姿を現す。


「今からお前の能力を改変する」

「かいへん?」

「あぁ、【災厄ミラクルへとイン至るディザ奇跡スター】は、自分と周りの者を不幸へと向かわせる物。その能力の根源を利用して、効果の方向性をほんの少しだけ変える」

「そんな事が出来るの?」


 凌駕がやろうとしている事に愛子は未だ半信半疑だ。が、目の前にいる彼の口から「出来る」と聞き、その揺るがない自身が彼女に、それが可能だと訴えかけている。

 しかし、凌駕は僅かに躊躇った表情を覗かせると愛子に問いかける。


「今の俺なら寝込むなんて事もなく能力を奪い取る事が出来る。ただその場合、お前は能力を二度と使えなくなる。どうする?今ならまだ間に合うぞ」

「舐めないで凌駕」


 しかし愛子は、真直ぐと凌駕の瞳を見つめて返した。


「もう一度言うよ。私を舐めないで」

「………」

「私はね、確かに自分の将来を諦めていた。自分さえ我慢すればそれで良いって。なんで自分にこんな能力が備わってしまったの!って、考えない日は無かった…でもね、私は誰かにこの能力を押し付けてまで笑って過ごせるほど傲慢じゃないわ!」

「そうか…」

「そうよ!それに、凌駕は私の事を色々考えてくれたんでしょう?だったら私は凌駕を信じる」


 愛子の言葉を聞いて、凌駕は不敵な笑みを浮かべる。まるで彼女の答えに満足したかのように。

 そして、凌駕は能力を発動させた――。



◇   ◇   ◇



「――ご苦労だったな」


 翌日、帰還した凌駕は父である勇吾に事の顛末を報告した。


「別に苦労はしていない」


 当たり前の様に言ってのける凌駕だったが、それに異議を申し立てるのは、彼の傍仕えである香奈だ。


「嘘だよ!凌駕さま死にかけたじゃん!」

「俺の能力を持ってすれば、問題はない」

「運が良かっただけ!あと少しでも猛毒を吸ってたら、そんな余裕なかったからね!」

「ふん、あの程度の力で俺がどうにかなるハズがない」


 自信過剰というか、性格が曲がっているというか、とにかく凌駕は自分の失敗は是が非でも認めるつもりがない。


「ところで親父は、集落について、何処まで把握していたんだ?」

「何処までとは――?」

「とぼけるなよ。連中は内にある狂気に怯えていたが、問題はそんな物じゃねぇハズだ」

「………」


 凌駕の追及に、勇吾は湯飲みの茶をすすって考え込む。が、それに対して苛立たし気に言葉を続ける。


「チッ、…今の若い世代が持つ能力、そこいらのありふれた能力とは一線を画す。【猛毒】【強奪】【災厄へと至る奇跡】俺たちが確認しただけでも危険極まりない能力ばかりだ」

「ですよね。色々と考えてみると元になった【狂戦士】による狂人化より、能力覚醒の方が尾を引いている感じがします」


 凌駕の意見に同意して香奈も口を出す。がしかし…


「口を慎め香奈。当主様は凌駕様と話をされているのだぞ」


 同席していた香奈の父、和馬の一括によって、香奈は頬を膨らまし、口を結んだ。


「良いのだ和馬。香奈はよくやってくれている」

「しかし、……いえ、出過ぎた真似をしました」


 深く頭を下げる和馬に勇吾は「良い、頭を上げてくれ」と申し向けると、話の続きを始める。


「彼等の能力についてだが、昔、瑠璃が封じたものは聞かされているな?」

「狂気と能力を封じたと聞いている」

「そのとおりだ。しかし、能力について瑠璃が施したのは、当時の盗間の者が能力を使う事が出来ない体質にしただけだった」

「…つまり、狂戦士の能力は、そのまま体の中に残っていたって事か?」


 凌駕の疑問に対し、勇吾は首を縦に振って肯定を示した。


「当時、解除能力者によって、狂戦士の力を打ち消そうという試みはあった。が、狂戦士の能力があまりにも強すぎたために解除は出来なかった。しかし瑠璃の能力でなら、解除は無理でも狂気の抑制、能力の使用が出来なくなる…そういった体質にすることで、事なきを得た」

「なるほど、…体質操作なんて、お袋にしか出来ない裏技みたいなものだからな」

「そういうな。しかし、今回の結果は誰も予想なんて出来なかっただろう。なにせ世代を超えて能力が作用するなんて……まぁ、それも机上の空論に過ぎんだろう。あれが狂戦士による力の影響なんて誰も証明することは、出来ないのだから。」

「言いやがる。親父は、そうなる危険性があると思っていたから、対策課じゃなく、俺をあそこに行かせたんだろう」

「それも、お前が勝手に思っているだけに過ぎん」


 柳の如く、凌駕の仮説をヒラリと躱し、勇吾は再び茶をすすり始める。


「チッ、話になんねぇ!俺は寝るッ!」


 立ち上がった凌駕は、乱暴に襖を開け閉めすると自室へと返って行ってしまった。


「いやはや、アイツは短気が過ぎるわい」

「おじ様が意地悪言うからですよ」

「香奈ッ!」

「和馬、…良い言ってみなさい」


 父親として香奈を叱ろうとするも、それを勇吾が止めに入る。

 それは、彼等にとっていつものこと。


「凌駕様はたぶん、瑠璃おば様があえて次世代に能力の影響が出る様にしたんだと考えているんですよ」

「…なぜそう思う?」

「私の勘なんですけど、盗間の人達の扱いって良くなかったんでしょう?それに加えて問題だって起きちゃったし……だからせめて、次の子供たちが誰にも馬鹿にされないように、せめて輝けるような才能が残りますようにって…おば様の能力ならそれが簡単に出来たと思います。でも、おじ様は、逆の危険性も考えていた。凌駕様はおじ様の口からソレを聞きたかったのだと……なのにはぐらかすから怒ったんだと思います」


 全ては香奈の空想。しかし、何故だか彼女が語る仮説は、納得しても良いと思わせる何かがあった。それを聞いた勇吾と和馬は…


「はははは!これは参った!和馬よ、やはり香奈は凌駕にはもったいない逸材だ」

「フッ、当主様。あまり甘やかさないで下さい。調子に乗りますので」

「もうっ!なんなの2人とも!」


 珍しく真面目に話していた香奈を他所に大人同士で喜ぶ2人に香奈は御立腹だ。


「すまん、すまん。しかし、香奈よ。それをお主に言わせる様では、凌駕もまだまだじゃ」

「そんなこと無いもん!凌駕様は判っていたけど聞きたくなかっただけだもん!今回の事件で少しでもおば様に原因が出るのは、きっと嫌だったハズだから!」

「だろうな。アレは性格が曲がっている様で、母親思いなヤツだ」


 判っているなら、もう少し思春期の息子の対応を考えて欲しいと思う香奈であった。


「それで香奈。事の顛末は概ね判ったが、結局、彼等が気にしていた狂気について、どう考える?」

「え――?」


 思わず香奈は固まった。報告では彼等が持つ狂気とは、元来人間が持っているソレと大差ないという事だったハズ。だが…


「凌駕様は、ほとんどの人達は能力による狂気は無いって言っていたよ」

「ほとんど…という事は、少しは居たと言う事か?」


 するどい!と心の中で思いつつも、諦めた様に言葉を続ける。


「どうだろう、それを狂気と言っていいのか私は疑問なんだけど―――」


 凌駕があの時、愛子に施した能力改変は、【災厄へと導く軌跡】というもの。今までと違う点を上げるなら、無差別な不幸が訪れないことだ。

 愛子は、能力を発動させる事によって、自分、あるいは他人に起きる不幸を知ることが出来るようになった。それは、使い方によっては不幸へと導くことも遠ざける事もできる。

 しかし、これによって、彼女は今までの様な生活を送る事は無くなった訳で……


「でも、凌駕さまは言ってたよ。元々の能力【災厄へと至る奇跡】を持って生まれて、今まで普通でいられるなんて、正気の沙汰じゃないって。それこそ、愛子さんは狂気に身を置くことで戦い続けていたんじゃないかって…」

「生への執着か、あるいは己が運命に抗おうと言う気概か」

「香奈はどう思うんだ?」

「私は……」


 父和馬の問に香奈は、押し黙るも、一拍おいて口を開く。


「私は、愛子さんの中にあった物は、希望であって欲しい。希望を持ち続けたから、待ち続けたから凌駕様が現れた。そして愛子さんを救った。そう思いたい…」


 これは、あくまで香奈の願望であり、実際のところ、愛子がどんな心境だったのかは、誰にも判らない。しかし、あのとき、あの場所で、彼女と過ごし、同じ食卓を囲んでご飯を食べた凌駕と香奈は、愛子の勇気と優しさをしっている。

 それを狂気の一言で否定して欲しくはないのだ。


「それでいい。そして我々の行いは、正義であり希望であり続けなければならない。もしも我らが破れたとき、それは後ろにいる守るべきものが死ぬときと知れ」

「…はい」

「判ったのなら励めよ、香奈」

「わかった…」


 己が娘に対し、和馬は気を引き締めさせる。

 この先、どんなことが起きても折れないように、死なないようにと…


「ところでパパ、来月の入学式は、ママと一緒に来てくれるんだよね?」

「もちろんだ」

「ママが新しいバックを買って貰う約束しているけど、覚えているのか確認しておいてって、言われているんだけど?」

「……もちろんだ。男に二言はない」

「因みに私との約束は?」

「え――?」

「え?もしかして忘れちゃったの?あんなに頑張って特別クラスにまた入ったのに!?」

「いやッ、待てッ!ここまで出かかっている!」

「ヒドイッ!私だって仕事と勉強を一生懸命頑張っているのに!」

「待つんだ香奈!約束したという事は覚えている!しかし、内容が思い出せないだけだ!」

「それは、忘れているって事でしょう!」

「待て!いや、待って香奈ちゃん!パパが悪かった!」

「知らないッ!」

「ゆッ、勇吾さま、恐れ入りますが、ここらで失礼します!」

「あ、あぁ、行ってきなさい」

「はいッ!香奈アアァアア………」


 慌しく部屋を去って行った親子を見送った勇吾は、お茶をすすり、そして脇に置いてあった資料に目を通す。


――学園中等部、外部生2名…【結城咲耶】・【細川燕】以上2名は、特別クラスの合格を認める。


 学園情報をどこから入手したのか、勇吾は手に取った資料を眺めると、紙を折りたたみ、懐へと閉まった。


「さて、あの子と関わり深き者が入学すると聞いていたが、……あとで香奈にお小遣いをやれば、色々と話を聞き出してくれるだろうか――」


 なにやら、孫の様に可愛がっている香奈を使って、良からぬことを考えている一族当主の姿があった――。

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