第二二話
葵が清十郎に助けられた翌日、彼女は清十郎と共にある人物に会いに来ていた。
もちろん、彼女の両親同伴でだ。
彼女達を待っていたのは、日本の能力者の中で5指に入る実力者、心源流27代目師範昇雲その人である。
恐い
それが、彼女ら家族が昇雲に抱いた感想だった。
目の前に居るのは、何処にでも居そうな普通の老人のはずなのに、この老婆からは、ただならぬ圧力のようなものを感じる。
それだけで、昇雲が本物だと判断するのに十分だった。
それから暫くの間、葵は昇雲の元へと預けられ、力のコントロールとオーラについて学ぶこととなった。
昇雲いわく、葵の能力は【言霊】能力者が言葉にした事を体現する力、彼女の場合、天性の才能によって、無自覚にオーラに目覚めており、無自覚故に能力を意識しせずに乱発させていたらしい。
故にオーラを意識し、それを扱う術を覚える事で、能力の制御も出来るようになる。
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昇雲の元で修行を開始して、一ヶ月が過ぎ、この頃には、言霊の制御を完全にモノにしていた彼女は、清十郎や昇雲達の世界に興味を持つようになっていた。
昇雲の元で力を制御する修行の過程で知った魔術に強い興味を持った彼女は、昇雲の元を離れた後、一人の魔術師の元で修行を行い、その腕をメキメキと成長させていく。
3年が経ち、この頃の彼女は、高校に進学し、自分の進路も決めていた。
この3年間で、清十郎たちが戦う裏の世界に飛び込んだことで、彼女を大きく成長させ、業界での彼女の名も、それなりに知られるようになっている。
あれから、清十郎とも、頻繁に会っており、彼女自身、彼には密かに好意を寄せていた。
絶体絶命のピンチに駆けつけてくれた王子様
そんな、メルヘンチックな思いもあるが、彼女が恋に落ちたトドメは、家族を救ってくれた事が関係してくる。
彼女の能力について、何の知識も無い一般家庭の両親は、インチキ霊媒師に多額の金を支払ったため、家には借金しかなく、家計は火の車だったが、彼は、彼女の一家を騙したインチキ霊媒師を見つけ出して警察に突き出した後、彼の家が専属に雇っている弁護士の手によって、お金の回収と財産整理を行った事により、借金を返す事が出来た。
清十郎は、家の力であって、自分の力ではないと言っていたが、後から事件を担当した警察から、インチキ霊媒師を見つけ出したのは、彼であり、警察に突き出された犯人たちは、皆清十郎によってボコボコ(鉄剣制裁)にされていたとのこと。
この頃の彼女は、まさに人生が充実している気分だったのだろう。
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変化に気が付いたのは、高校一年生の夏
この頃、双子の兄の様子がおかしかった。
毎晩、学校からの帰りが遅く、彼女を避けるようにしている。
両親に相談したところ、兄も年頃だからと親身に相談には乗ってもらえず、また彼女もそんなものかと疑う事はしなかった。
そんなある日、学校からの下校途中に兄が知らない男の人と歩いているのを目撃した彼女は、不審に思い、声を掛けたのだ。
兄は、悪戯が見つかった子供の様に慌てて誤魔化そうととしていたが、彼女の追及に値を上げて、ゲロった。
兄曰く、彼女が特別な力を宿していた事がわかってから、羨ましさを感じており、自分もそんな特別な力が欲しいと考え始めてた矢先、本物の魔術師と出会い、弟子にしてもらったというのだ。
それが、兄の隣にいた男、【真部】である。
兄は、真部が魔術を使った現場をたまたま目撃してしまい、弟子にして欲しいと頼み込んだ。
真部も修行中の身であったため、最初は断ったのだが、話の中に双子の妹である彼女の能力について話したところ、兄にも才能があるかもしれないと言って、弟子入りを許可したのだ。
彼女自身、魔術の魅力に心惹かれて、この世界に入った者だったため、兄の気持ちが痛いほど分かった。
そのため、彼女も兄の魔術修行については、何も言えず、ただ頑張ってとしか言えなかった。
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それから更に半年が経過した。
この日、彼女のテンションは朝から上がりっぱなしだ。
理由は、清十郎とデートをするから
別に付き合っている訳ではないが、彼女が見たい映画があると言ったら、珍しく清十郎も見てみたいという話の流れから、この日のデートが決まったのだ。
余談ではあるが、清十郎を知る者だったら、誰もが「ありえない!」と言う程の事件なのである。
基本的に清十郎は、他人と関わることをしない人間であり、孤独を愛するタイプの人間なのだ。
彼がそのような性格になってしまったのは、家の環境によるものが大きかったらしいのだが、彼女も深くは聞かなかった。
だが、彼女が知る彼は、【強く・優しく・美しく】のいい男の3原則を備えた人間であり、おまけに頭もそこそこ良い。
ちなみに、これは彼女の主観が大きく入った感想である。
だから、清十郎を取り巻く回りが、彼女を窮地から救い、更にその後の面倒まで見ていると言う事が、どうしても信じられなかった。
だが、この日、この時、彼女の隣に居る彼は、誰よりも素敵な自分の王子様だと思っている。
映画を見終わり、ショッピングをして、御飯を一緒に食べてと、まるで本当の恋人みたいな事をしていると思ってた矢先、彼の携帯電話が鳴り響いた。
どうやら実家からの連絡で、急きょ仕事の依頼が入ったとのことであり、夕暮れが近づいてきたため、その日は、そのまま彼と別れた。
岐路についた彼女は、その日の余韻に浸りながら自宅に帰宅した。
両親にその日の出来事を話しながら夕飯を食べて、また彼女の母は、ニコニコしながら話を聞き、父は苦笑いをしながら話を聞いていたが、その食卓に兄の姿は無かった。
数日前、兄の師匠である真部が、海外に移住することになったため、兄は師匠を失い、近頃は、一人で鍛練をしていることが多くなった。
兄の魔術の腕は、この時の葵の眼から見て、お世辞にも上手いとは言えないもので、ハッキリ言えば才能が無かった。
だが、ひた向きに頑張る兄を彼女は、いつも応援している。
昔、自分を常に支えてくれていた兄を今度は自分が支えようと、彼女は密かに思っていたのだ。
しかし、その日、兄が家に帰ってくることはなかった。




