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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
強者揃い
229/295

オンリーワン~その②~あの人は、やられっぱなしじゃ終わらない

隆二から逃走していた凌駕と香奈は、速しの中で出会った女将と出会い、彼女に案内されるままやって来たのは…


「やぁ、イケメンくん。手ひどくやられたね」


 牢屋の中から語り掛ける少女、小泉愛子は困った顔を浮かべながら苦笑いを浮かべていた。


「…女将このひとは、お前の差し金か」

「差し金って、まるで私が悪い事をしている感じがするんですけど」


 洞窟の端で腰を降ろした凌駕は、自分たちをこの場所へと案内した女将を一瞥すると愛子へと視線をもどした。


「だってキミ、去り際に変な事言って行くんだもん。心配になって文さんにお願いしたんだよ」

「文、さん――?」


 香奈の質問に答えるようにして、女将ふみさんは『私の事ですよ』と言って、ペコリと一礼する。

 

「お前、女将について調べたんだろ?名前くらい把握しておけ」

「うッ、だって村の人達、みんな女将さんって呼んでたし、名前なんて聞いたら怪しまれるじゃん」

「民宿じゃ名札を付けていただろヴォッホ――」


 言い終えるよりも前に、凌駕が吐血した。

 

「凌駕様ッ!!」

「ゴホッ、ゴホッ、……ハァ、毒に対する耐性は、ガキの頃から訓練受けてたんだけどな」


 凌駕は五月女家の唯一の跡取り。故に毒に対する耐性を付けるため、ある程度の毒は彼には効かない…ハズだった。しかし、毒はこうして凌駕を蝕んでいる。

 そのことは、凌駕にとっても香奈にとっても誤算であった。隆二に誘われるがままに密室に踏み入ったのは、2人共、毒に対する耐性があると踏んでいたからで、隆二の動きを止めた毒も2人には効果が無い。


「は、早く解毒しないと――!」

「無駄です」

「え――?」

「美代子の猛毒は、自然界に存在する物では解毒する事が出来ません」

「ウソッ、だって隆二っていうヤツは解毒剤を持っていたもん!」


 香奈は小さい頃から凌駕の傍仕えとして様々な教育を受けていた。その中には勿論薬学に関する知識だって網羅されている。故に分析さえできれば彼女は解毒薬を調合する自負があった。


「その解毒剤というのは、あの子の能力を解除するための物」

「凌駕が受けた猛毒は、能力による効果ダメージみたいなものなの。だから能力は能力でしか打ち消せない。解除するには、美代子さんに解毒してもらうしかないの」

「そんな…」


 文と愛子からの説明を受けた香奈から漏れる声は、僅かに震えていた。が、それも僅かな間で、香奈は何かを決意したかのような表情を浮かべるとその場を立ち上がり、出口へと向かった。


「待て」

「待ちません」

「いいから待て」

「待ちま――ッ」


 凌駕の制止を振り切って行こうとした香奈であったが、突如、彼女の後ろ髪がグイィイッと引っ張られた。


「イタタタッ!引っ張らないで!」

「待てと言っているのに、勝手に行こうとするお前が悪い」

「だからって髪の毛を引っ張る事ないじゃん!」


 よほど痛かったのか、香奈は頭を押さえながら、若干涙目だ。


「お前、何処に行こうとした?」

「決まってるじゃん。美代子って人を倒して解毒剤を手に入れてくるんだよ!」

「ソイツの傍には、隆二もいるぞ。1人で行って勝てると思うのか?」

「なんとかする!」

「無理だ」

「それでもやる!最初から出来ないって諦めるより、何倍も増しだよ!」

「無駄死にだ」

「ッ――!!」


 凌駕の傍仕えとして訓練を受けて来た香奈は、頭はキレるし、いざという時は冷静な判断をくだせる優秀な従者である。が、今は己が主の危機が彼女を年相応の小娘に戻してしまっている。そんな香奈に対し、凌駕は『まぁ、聞け』と前置きをして言葉を続ける。


「アイツは、隆二はおそらく複数の能力を使う」

「…それは判る。逃げるとき、電撃と地面を操る能力を使ってたし」

「体術も相当なものだ。俺と互角と思っても良い」

「凌駕さまがそこまで言う相手なの?」

「あぁ…」


 普段は人を見下すような態度をする凌駕が、敵である隆二を高く評価している事に香奈は素直に驚いていた。


「つまり、ここで俺たちが取れる行動は、限られてくる訳なんだが……」

「……?」


 結論に入ろうとした凌駕は、一旦言葉を切り、香奈から視線を外すと洞窟の出口の方へと向き直った。


「いい加減、出てきたらどうだ?」

「……まさか、気が付かれるとは」


 凌駕の言葉に応えたのは、集落の村長を務める男…つまりは隆二の祖父に当たる。


「文太さん、来ていたの?」

「ちょいと、寺の方が騒がしかったんでな。様子を見に行ったら、何者かに襲撃を受けた後じゃったんだが……」


 腰の曲がった老人は、ギョロリと凌駕と香奈へと視線を向ける。


「俺たちだよ」

「フム、素直に認めるか。それで?返り討ちにあって文さんに助けられたってとこか?」

「………」


 文太の質問に凌駕は「チッ」と舌打ちをして、不貞腐れる。


「若いの、勇気と無謀は違う。でなければ、いつか取り返しのつかない事になってしまうぞ」

「アンタ等みたいにか?」


 お返しとばかりに皮肉で返した凌駕に対し、文太のギョロリとした目が更に見開かれた。傍で聞いていた香奈は『ちょっと!』と空気を読むように言い聞かせる。


「確かに、ワシ等は取り返しのつかない事をして、この地に追放された。…しかし、それも間違いだった」


 文太は何か憂いの篭った顔を覗かせると、力なく溜息を吐いた。


「まさか、世代を超えて、隆二の様な化物を生み出してしまうとは……しかし、それも今日限りだ」

「どういう意味だ?」


 言葉の意味するところが理解出来ずに聞き返した凌駕は、文太の瞳の奥底にある諦めと後悔の念を感じ取った。


「今日、隆二を殺して二度とあんな化物が世に出ないようにするのさ」

「えッ!?だって、お孫さんなんでしょ!?」

「例え血の繫がりがあっても、外道に堕ちたヤツを孫とは思わん。アイツを殺してワシも死ぬ。アイツが生きている限り、被害者が増え続ける」


 老いぼれた身でありながら、文太が発する覇気は、そこらの腕に覚えがある者を畏縮させる程の力があった。しかし…


「語るに落ちるとはこの事だな。爺さん、アンタ、隆二が今まで何をしてきたか知っていたな?」

「………」

「沈黙はYESと、取るぜ」


 間髪入れず文太に否定をする余裕を与えない。しかし、余裕が無いのは凌駕の方だろう、なにせ言葉は強いが覇気が無く、顔色が先程よりも悪い。


「若いの、強がってはいるが、限界だろう?今回の事はワシ等に任せて退け」

「なんだと?」

「凌駕さま、私もここは退くべきだと思います」


 文太に同意する様に言葉を挟んだ香奈を凌駕はギロリと睨み付ける。

 しかし、この程度のことで臆する様では、凌駕の傍仕えはやってられない。故に…


「今回の任務は、もともと調査です。事件の解決ではありません。通常の手続きを踏むのであれば、一度退いて、対策課に任せるべきです」

「………」

「ここでの能力解除は、私には出来ません。しかし、外でなら能力解除の専門家がいます。どうすれば得策かなんて、私が言うまでもないですよね?」


 凌駕の睨みに対し、視線を逸らさず、真直ぐと見つめ返してくる香奈の視線を先に切ったのは、凌駕の方だった。そして、深いため息のあと…


「…任務失敗か」


 ポロっとこぼした声には、何処か投げやりな感じが窺えた。


「失敗じゃありません。元々の調査依頼は達成です」

「うるせぇ」


 やはり投げやりな感じで応えた凌駕は、不貞腐れたようにゴロンと横になると香奈に背中を向けた。


「俺は寝る。夜が明けたら、こんなところからは出て行く」

「…判りました」


 本当なら今からでも集落から出て、凌駕の身体を蝕む猛毒の能力を解除したいところだ。しかし、今の凌駕に隆二たちの追跡から逃れられる程の体力は残っていない。故に、体力の回復を待ってからの脱出となる。


「いやはや、美代子の猛毒を受けて生きているのが不思議だな」

「おそらく、この子の生命力オーラが尋常ならざる程に強いのでしょう」


 横になって寝息をたて始めた凌駕を見ていた文太と文が感嘆を通りこして、半ば呆れ混じりに呟いた。


「さて、ワシ等は夜明け前に隆二に奇襲を仕掛ける。その折をみて、お前さん等は、ここからお逃げなさい」

「……死にますよ?」


 話は付いたとばかりに文太は、重い腰を上げる。しかも自分たちが逃げる時間を稼いでくれると言うのだから、香奈としても願ったりもない話だ。

 しかし、香奈の目から見ても隆二と文太では戦いにならない事は理解できる。なぜなら、文太からは能力者特有のオーラが感じられないからだ。それどころか、集落の若者連中ともみ合った末につまづいて怪我をしたのは、記憶に新しい。


「だろうな。しかし、例え隆二をこの手で殺す事が出来ずとも、対策課や十傑が動けば……」


 実の孫をいかなる手段を用いても殺すと言った文太。そこにどれ程の葛藤があったのかなんて、香奈には判らない。判らないが、その覚悟は常人には理解出来ないものがたしかにあった。


「文太さん、お付き合いしますよ」

「文ちゃん…悪いなぁ」

「言いっこなしです。そんなの今に始まった事じゃ無いじゃない」


 凌駕や香奈が生まれるよりも前…2人の付き合いは、おそらく裏社会から追放される前からのものなのだろう。

 そこには歴戦の強者特有の信頼と覚悟を見て取れた。


 そんな2人が不意に洞窟の奥、…正確には牢屋の中にいた少女の方へと視線を移した。

 その視線は、とても悲し気で、それを受け止めた少女の表情はとても穏やかなものであった―――。



◇   ◇   ◇



 夜明け前、凌駕が寺を強襲してから一晩が経とうとしていた。


「――ようやく、痺れがとれたか」


 床から身を起こした隆二は、拳を握っては開き、身体の調子を確認していた。


「あの小娘、見つけたらただじゃ済ませないわッ!私の隆二さまに毒を盛るなんて!」


 隆二と同じく毒の影響を受けていた美代子も体調を取り戻したのか、目を血走らせ息巻いている。


「まぁ、落ち着け。あのガキは少しとはいえ、お前の猛毒を受けたんだ。動けたとしても集落から脱出する体力なんかないハズだ」

「しかし、小娘の方は猛毒を受けずに済んでいました。もしも男の方を置いて対策課に連絡を取られたら…」

「だな。そうなると、あまり時間がない。今日中にここを引き払うか」


 寝床から腰を上げた隆二は、荷物をまとめるよう美代子に指示を出すと、外を見た。


 そこには、隆二によって地形が変えられた大地と、そしてもう一つ…


「あのガキ、俺の能力を返しやがった…」


 迎え撃つような形で、まったく同じ現象によって変えられた地形があった。

 

「それにしても…あ~ぁ、喰いそびれちまった」


 振り返れば、既に死に絶えた元手下が数人。

 惜しい事をしたと言いつつも、次の瞬間には興味を失ったかのように視線を切る。すると…


「おやおや、爺様じゃないですか。どうしましたか、こんな時間に」


 まだ日も登りきっていないにも関わらず、珍しい客が現れたことに内心で不快な思いを募らせながら、笑みを張り付けて応対する。

 隆二の視線の先には、彼の祖父である文太、幼少の頃から世話になった文さん、そして異母兄妹の愛子の姿が映っていた。


「隆二、もはやここまでじゃ。時期に対策課がここへ来る」

「そのようですね。やはり昨晩の2人組は対策課の手の者でしたか」

「隆二さん、アナタの野望は危険すぎます。彼等が本腰を入れれば、死は免れない」

「野望?アナタ方は、私の…いや、俺の野望の何を知っていると言うんだ?」


 文太と文の言葉は、もはや彼には届かない。その証拠に、返答として返ってきたのは、悍ましい程の殺気。


「お前達のおかげで、俺たち…いや、俺は日陰者として生きていくしかなかった。最強の能力を持っていても、嫌な物を見る目を向けられ、裏社会にも異端として弾き出された」

「隆二、お前の悔しさを知らないワシ等ではない――」

「だろうな!なにせ、全てお前等年寄り連中がこの結果を生み出した!だが俺ら孫の代がそのシワ寄せを喰うなんざ納得できるかよ!」


 普段の落ち着き払った皮を脱ぎ捨てて、今は隆二本来の素顔が曝け出されている。


「なぁ、教えてくれよ爺様。俺にこんな仕打ちをしてまでして、アンタ等は力を手にして何をしたかったんだ?」

「それは……」

「答えられないか?」

「………」

「なら俺が答えてやるよ」


 隆二の問に言いよどむ文太に対し、既に答えを知っていると言わんばかりに言葉の続きを紡いでいく。


「世界をひっくり返そうとしたんだろう!今の十傑や十二神将のように先祖代々の力に胡坐をかいて、ふんぞり返ってた連中をぶっ殺して、俺たちこそが裏社会で最強だって!そう言いたかったんだろう?」

「隆二、…ワシは、…ワシらは……」


 文太は、過去にしでかした罪を孫の代にまで背負わせてしまっている事を悔いていた。

 そして、目の前の化物を生み出したのは、他の誰でもない。自分であるという事も理解していた。


 理解して尚、彼は孫を殺すと覚悟を決めたのだ。


「違うよ、義兄にいさん」

「あ――?」


 だが、それを否定したのが愛子だった。


「私には判る。こんなに優しい文太さんや文さんが、そんな事のために戦おうとしたんじゃないって」

「黙れ愛子。見て来た訳じゃないお前に何が判る」

「判るよ!呪われた能力を持ってしまった私を2人だけは、普通に扱ってくれたもん!義兄さんこそ、何で判ってあげようとしないの!」


 愛子の悲痛な叫びに、しかし隆二は嫌になる程の深いため息を吐き捨てた。


「愛子ォ、お前は優しいなァ……そして愚か者だ」


 身の毛もよだつ様な殺気。

 先刻とはその質も量も明らかに違う。一般人であれば、殺気だけで失神するレベルの荒れ狂う殺気の嵐。


「爺様や文さんが、何故お前を今まで生かしていたと思う?」

「………」

「哀れみじゃねぇ、慈悲じゃねぇ、優しさじゃねぇ」


 人が持ちうる慈愛の精神、その全てを否定して紡がれる。そして最も残酷な言葉…


「俺を殺すための道具にするためさ」


 言って、地べたに横たわっていた死肉が蠢いた。


「義兄さんッ――!!」

「隆二ッ!貴様、亡きがらを辱めるか!」

「黙れ老いぼれ!」


 美代子の毒によって殺された村の若者たちの亡骸。それがゾンビの様な動きで愛子たちに近づいていく。


「愛子ォ、お前の能力【厄災ミラクルへとインディ奇跡スター】は確かに最凶だよ。近くにいる連中を不幸にする。…が、その効果範囲には限りがある」

「ッ――!!?」

「もっと言えば、お前の能力は、生物にしか作用しない。つまり、死んでただの肉の人形になった連中には、何の意味もない」

 

 ゾンビと化した者達が愛子たちを取り囲む。

 生前、能力者として修行していただけあって、物凄い力である。抗おうとした文太や文は、ものの数秒で制圧され、愛子も地面に組み伏せられた。


「あら隆二さま、面白い事になっていますね」


 荷造りを終えて戻って来た美代子が地べたに這いつくばる愛子たちをみて、嬉々とした表情を浮かべた。


「くはははッ!来たか美代子!ちょうどいい、この道化どもをお前の猛毒で殺せッ!出来る限り苦しめて殺してやれ!」

「畏まりました。では、出来るだけ毒を抑えてジワジワと」


 押さえつけられている愛子たちに歩み寄る美代子は、小指をペロリと舐めて獲物を見定める。すると…


「可哀想なひと…」

「あ――?」


 組み伏せられていた愛子の眼差しは、まるで隆二を憐れんでいる様だ。


「きっと、ここから出て行っても、誰もアナタを認めてくれない」

「負け惜しみか?」

「違うよ。だって、誰かに認めて欲しいアナタが、誰も認めようとしないんだもん。それで、どうして誰かが認めてくれるって言うの?」

「黙れ愛子。俺を殺すために生かされ、道具だった事に気付いてすらいない哀れな義妹いもうとよ――」


 愛子の眼差しが不快だった。

 まるで見透かしているぞと言っている様なその眼が。

 ただ、それも彼女の精一杯の抵抗だと思えば耐えられた。なにせ自分を育ててくれていた文太と文にいいように利用されていたなんて、とんだ笑い話なのだから。  


 しかし、次の瞬間には彼の考えは否定された。


――知っていたよ。


「あ――?」

「最初から知っていたんだよ。私は……」


 その眼差しが、言葉が、彼女の全てから、それが嘘では無いと隆二に確信させる。


「文太さんも文さんも、最初から全てを打ち明けてくれていたの。今の自分たちじゃ義兄さんを止めることが出来ないからって。だから私はここへ来た」

「……どうかしている。お前の能力じゃ、俺に近づかなきゃならないんだぞ?」

「そうだね」

「近づいたら俺に殺されるんだぞ?」

「わかってる」


 彼女は言った。全て覚悟の上だと。

 隆二を殺す道具。そのためだけに自分は生かされてきたのだと。


「……そうか」


 だが結局、彼を殺すには至らなかった。近づく事さえ叶わなかった。

 全ては無駄に終わってしまった。そんな無意味な彼女の人生に対し、今度は隆二が哀れみを覚えた。


「あばよ。先に逝って待ってな」


 別れの言葉を口にしたと同時、死を運ぶ風が3人へと向けられた。そのとき………


―――風の殻エアロシェルッ――!!

「なにッ――!?」


 風が巻き上がり、それは美代子の猛毒から3人を守る結界となった。


「チッ、大口叩いておいて、やられてるじゃねえか」

「いやいやいや、その言葉はブーメランですからね!気付いて!」

「……テメェ等は」


 巻き上げられた土埃が散らされ、近づいてくる2人組を見て、隆二と美代子は目を疑った。そして、地べたに組み伏せられていた3人も…


「よぉ、待たせたな。意趣返しに来てやったぞ」


 隆二の目の前に現れたのは、昨晩、美代子の猛毒を受け、瀕死となっているハズの男だった。


「…なんで生きていやがる。いや、そんな事より美代子の猛毒をどうやって解除した?」


 美代子の能力である猛毒は、生きとし生ける者の命を根こそぎ奪う。

 解除するには、能力者である美代子が精製する解毒剤を体内に取り込むしかない。

 なのに、それなのに、目の前の男は、まるで毒の影響を受けず、そればかりか完全に回復している。


――見た目だけ回復したように偽装したか?


 とも思ったが、その考えは一瞬で消え失せた。

 何故なら隆二の眼を通して、目の前の男から迸る生命力オーラが違うと物語っているから。


「殺り合う前にまずは……」


 隆二の質問には答えず、香奈が発動させている魔術内にいる愛子たち3人に視線を向けると、凌駕の意図を察したように現在発動中の術式とは別に、結界内に向かって新たな術式を組み上げる。


「させないわ!」


 その状況を見ていた美代子は、おそらく香奈が風の結界内にいる3人を押さえつけるゾンビを排除しようとしているのだろうと当たりを付け、動いた。しかも能力を発動してだ。


 昨晩の様に『あ゛ー、あ゛ー、……』という奇怪な呻き声を上げ、目頭から黒い液体…これが彼女が精製した猛毒なのだろう。を流しながら香奈へと迫る。


「残念、ハズレ~」

「は――?」


 結界内に向けられていた術式が突然霧散した。その様子に訳が判らず美代子の思考が一瞬ストップする。その一瞬が美代子の命取りになった。


「離れろ美代子ッ――!」

「遅いよッ!」


 待ってましたと言わんばかりに地面から魔力光が浮かび上がる。途端、美代子の前進は見えない壁にぶつかる事により阻まれる。

 壁と言っても固いものではなく、なにか膜の様な物体。

 しかし、美代子の力ではその膜を破る事が出来ず、おのずと彼女の前進は止められる。そして…


「何よこれッ――、息――ガ――、!!?」


 美代子は突然、喉を押さえて苦しみ出した。

 その原因は、彼女を閉じ込めている膜にある。


「空間内の酸素濃度と二酸化炭素濃度を変更したんだよ」

「二酸、カッ――!?」

「アナタの様な強力な毒じゃないけど、人を無力化するくらいの毒性ならそこらの空気にちょこっと細工するだけで十分!」

「あッ、あッ、隆…二、さまぁ………」


 もがく美代子は、何とか意識を保とうと試みたが、遂には限界を迎えて白目を剥いて昏倒した。


「…貴様ら、よくも美代子をおおぉおおッ!」


 隆二から放たれる殺気がビリビリと肌に伝わってくる。が、それも一瞬のこと。


――ふははははははははは!


 彼が放っていた殺気は、嘘のように霧散し、変わりに聞こえて来た笑い声に寒気を感じた。


「まさか、美代子がこうもあっさりと倒されるとは、思わなかったぞ!しかもたかが子供に!」


 まるで珍しい物を見せてもらったとでも言っているかのような嬉々とした音声に組み伏せられている愛子たちは愕然とする。


「美代子を誘導した一連の動き、視線・魔術によるトラップ。その全てがお前達の筋書きという訳か。バカみたいに力押ししてくる今の対策課の戦法とはかなり掛け離れている。小僧共、ただの対策課の犬ではないな?名を名乗れ、鈴木亮というのは偽名だろう?」


 怒り狂うかと思えば、極めて冷静。

 そんな隆二の様子に香奈は、想定外だと思いつつ、己が主へと視線を向けると…


「チッ、大物ぶりやがって。いちいち癇に障る喋り方だ」


 隆二の様子など気にも止めていないご様子。不思議と香奈は緊張よりもツッコミを入れたい気持ちがジワジワと湧いて来ちゃう。でもここは我慢!なぜならこれからバトルが始まるから!


「五月女凌駕だ」

「………ほぅ」


 僅かに隆二の眉が吊り上がった。


「よもや、オンリーワンとは…しかも俺たちから自由と力を奪った元凶が、ノコノコ現れたという訳か」

「ジジイ連中がした事なんか知るかよ」

「なにぃ――?」

「俺は、ここの外で起きた事件を追ってきただけだ。そしてお前に辿り着いた…ただそれだけだ」

「ぬかせえぇえッ!!」


 過去の話に興味はないと語る凌駕に対し、隆二の激昂が空気を震わせた。


「貴様らに受けた先祖の屈辱、今ここで晴らしてくれる!」

「口だけは回るようだが、お前はその身内すら手にかけているだろう」


 凌駕の視線の先にあるのは、ゾンビとなった集落の元若者だった物。


「おぉ、そうだった。もう一つの元凶も、ここで潰しておかなければなぁ」


 愛子たちを押さえつけるゾンビは、隆二の能力によって動いている。そして彼は文太や文、愛子を殺そうとしていた。つまり……


――殺せ


 そのたった一言がかつて人間だった物を動かした。

 ゾンビ達は、腕を振り上げて、組み伏せていた愛子たちへと拳を振り下ろそうとした。

 はた目から見ても彼等の腕力は、隆二の能力による影響かは定かではないが、リミッターが外され、尋常ならざるものになっている。故にそれが振り下ろされれば、老人や子供の身体に穴を空けるのは簡単だ。


――GAAAAAAAAッ!!


 奇怪な雄叫びを揚げたゾンビ達の腕が、しかし振り下ろされる事はなかった。


「え――?」


 殺されると思った愛子の口から疑問符が漏れた次の瞬間には、頭部を破壊されたゾンビが次々と地面に横たわる光景が視界に映し出されていた。


「これでアイツの呪縛からも解放されるだろうよ」


 声の主は、両手でピストルの形を作り、構えを解いている途中だった。

 その様子から、凌駕が何かしたのだろうと予測する事は可能であったが、何をしたのかが愛子には理解できなかった。


「その歳で【気功弾】を使いこなすとは流石は五月女……いや、オンリーワンの二つ名を冠するだけはある」


 自身の手駒を失ったにも関わらず、依然、隆二から余裕が消えない。


「黙れよ外道。テメェの悪事は、今日ここで俺が終わらせる」

「言うじゃないか。未だ世の中を知らないガキ風情が」




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