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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
強者揃い
228/295

オンリーワン~その②~あの人は、喧嘩っ早い!

 洞窟に入って来た凌駕を見て、愛子はキョトンと目を丸くしていた。


「どうした?食わないのか?」

「あ、いや、食べるけど…」


 夕食に箸を付ける直前の来客。もちろん、こんな所にインターホンなんていう近代の力が無い以上、ここでの生活ぶりは丸見え。

 自分がパジャマ姿だとか、髪が整っていないとか、部屋が散らかっているだとかを急な来訪者に直で見られることになる。


「えっと、食べているところを見られるのは、あまり好きじゃないかな?」

「…なるほど。なら後ろを向いててやる」


 今の自身の現状を見られるのは好ましくないと思った愛子は、適当な言い訳を付けて凌駕の視線を外させた。


「それで?今日は何をしに来たの?」

「お前に少し興味があって、話をしにきた」

「え!?本当に!?やだどうしよう昨日のアレが効いた!?こんなイケメンが私を好きになっちゃったの!?」


 恋に恋するお年頃の愛子は、凌駕に好意を持たれたと思い、気持ちがたかぶりまくってる。因みにアレとは、昨日の『付き合って下さい』発言の事である。


「ちょっと、意味が判りません」

「急に敬語になっちゃったよ!?」


 一気に突き放された感じがして、愛子はクールダウン。


「なによ、思わせぶりなこと言っちゃって。アナタって、他の女の子にも似たようなこと言ってるんでしょ。それで、飽きたら捨てるのね!」


 クールダウンはしたけど、乙女心を弄ばれた様な気がしたので、少し拗ねてみせる。


「お前は俺を何だと思っているんだ?」

「プレイボーイ?」

「張った押すぞ?」

「いやん♡」


 愛子はΣ(゜∀゜ノ)ノキャーと嬉々としてベッドにダイブすると布団にもぐり、ワザとらしく身を守る素振りを見せた。


 そんな彼女の調子にゲンナリしてきた凌駕は、溜息を吐いて一泊、真面目な顔つきを覗かせると…


「お前、ここから出たいとは思わないのか?」

「思わないよ。昨日も言ったじゃん。信じてないの?」


 昨夜の話を覚えていない訳では無い。そして、信じる信じないという次元の話ではなく、ただ単に凌駕が納得できないと言うだけの話し。


「【厄災ミラクルへとイン至るディザ奇跡スター】っつったか?」

「そっ、自分を含めた周囲の人を不幸にする能力。コントロールが出来ない上に、最悪死んじゃうんだもの。そんなヤツが人里に居られる訳ないじゃん?」


 小泉愛子は、五月女家が追放した一族の3世代目となる能力者だ。

 当主である勇吾から聞いた話では、1世代目と2世代目…つまりは親と子の間で突然変異と呼ばれる強力な能力者が生まれ始めた。

 最初は、強力な兵を手に入れたと、先代の当主達は喜んでいたらしい。しかし、急激な能力の変化に能力者の精神が追いつかず、暴力性が増していった。

 そして、遂には自分たちこそが裏社会の頂点だと考える様になり、クーデターを企てたのだ。

 

 事態を重く見た先代の十傑と十二神将たちは、クーデターを起こす前に彼等の能力を封じ、彼等の居場所をこの村落へと追いやった。


 能力を封じられた彼等は、一般人に紛れて暮らす事を余儀なくされた。

 しかし時が経ち、2世代目に子供が生まれる。つまり3世代目である。

 

 もちろん、対策課も馬鹿ではない。3世代目に異常な能力者が生まれていないかという事は調査した。結果、今年の夏に超能力研究所で誘拐事件を起こした松井の様に能力に目覚める者は稀であり、更に純血ではなく、一般人と交わった事により、彼等の突然変異とも呼べる能力は発現されない事が判明した。ハズだった…


「…お前はそれでいいのか?」

「良い悪いの問題じゃないよ。自分のせいで誰かが不幸になるなんて、君だって嫌でしょ?」

「………」


 愛子の問に凌駕は応える事が出来なかった。


「そんな顔しないでよ。ここでの暮らしに不満は無いし、むしろ快適だよ」


 彼女の言葉に嘘は無いのだろう。欲しい物は与えられ、彼女が苦を感じない様に配慮されている。それだけ村の者も彼女を思っているのか、それとも他に思惑でもあるのか…


「電子レンジがなくてもか?」

「あはは、聞こえてた?でも大丈夫、きっと頼めば用意してもらえるし」


 頼めば…何故愛子が頼まなければならないどおりがあるのか。それが凌駕には我慢できなかった。他人のために自分を犠牲にするような女が何故誰かに施しを受ける様な考えをするのかと。


「どうしたの?怖い顔してるよ?」

「…待ってろ」

「え――?」


 ロウソクの灯で照らされてはいるが、それでも闇の支配率が上であると示すように洞窟内は仄暗い。

 入口から僅かに吹き込んでくる風に灯が揺れると同時、凌駕は背を向けて洞窟の出口へと向かった。


「俺がお前に温かい飯を食わせてやる」


 そう言った凌駕の音声は、とても和かであった。…が、彼の言葉とは裏腹にその表情は怒りに満ちていた。



◇   ◇   ◇



 村落へ戻って来た凌駕の足に迷いが無い。目的地に向かって一直線に歩を進めている。一歩づつ踏みしめる足取りは力強く、しかし生きとし生きる者を近寄らせないプレッシャーを撒き散らしている様だ。


「お兄ちゃん、なんか怒ってる?」


 進む道先、夜の闇が一層濃くなっているにも関わらず、更に深い闇の中から現れたのは香奈だ。


「怒る?俺が?バカ言え、ただのストレスを発散したいだけだ」

「言葉をこねくり回しているだけじゃん」


 余程ひねくれているのか、凌駕は他人からの意見を素直に聞き入れない。


「そんな事より、調べはついたんだろうな?」

「まぁ、それなりには…」


 昼間に調査を言い渡されてから、それほど時間が経っていないのに、もう結果を求めるあたり、凌駕はブラック企業の社長が向いていると香奈は常々思っている。


「結果から言って、あの寺は黒だよ」


 言って、香奈は探偵の帽子を何処からか取り出して、調査結果の報告を始める。


「あの寺の通信履歴を調べたら、例の研究所から毎週欠かさずにメールが送られていたの」

「松井ってヤツが個人的に友人にメールを送っていた可能性は?」

「いやいや、毎週欠かさずだよ?仮に友達に送っていたとしても、絶対に悪い友達だよ」


 香奈の意見に『それもそうか』と納得を示す。


「そんでもって、あの寺からもメールが送られていたんだけど、文面じゃなくて画像ファイルばっかり」

「は?インスタ映え的なヤツか?」

「なんでやねんッ、ていうか機械苦手なくせに、よくそんな言葉知っているよね」


 方向音痴で機械音痴な凌駕が、まさか流行を熟知しているとは、思ってもみなかった香奈。故にその心境は、赤ん坊が初めて何かできた時みたいに感動をする母の如し!


「バカにするな。俺だってそれくらい知っている」

「じゃあ、ITって知ってる?」

「……インターネット テクニック」

「画像ファイルの中身までは判らなかったけど、おそらく――」

「おいッ!」


 機械操作云々よりも凌駕は、一般人が当たり前に有している常識がだいぶ欠けているのである。


 学園でも一般教養は教えているが、基本的に魔術や能力に関する知識の方をメインに教育しているため、彼みたいな生徒は意外と多かったりする。


「おそらくは、能力を開眼させるために用いられた魔法陣だと思うよ」

「アレか…」

「あと、寺に入り浸っている連中のことなんだけど、今日見た人たちは全体の一部分みたい」

「他にもいるのか。数は?」

「いっぱい…なんだけど他の人たちは、みんな家で寝込んでいるんだって」

「あ?」


 凌駕の記憶では、村長ともめていたのは、せいぜい7.8人くらいだ。それが全体の一部分というのなら、村の若い連中の殆どが寺と繋がっている事になる。しかし、その殆どの連中が寝込んでいると言うのは、どういうことなのか。


「もう少し時間があれば調べられたんだけど、連中の情報はそれくらいかな」

「言い訳はいい」

「ヒドイッ!頑張って調べたのに!今日のお兄ちゃん優しくないよ!」


 結果を重視する凌駕にとって、頑張ったと言う過程は評価するにあたいしない。故に香奈がいくら頬を膨らませてプリプリ怒ろうが知った事では無い。


「あの2人のことは?」

「…村長は寺がやっている事については、何も知らないみたい」

「昼間、あれだけ孫に近づくなと言っていたのにか?」

「あそこの家族って、村でも有名なほど仲が悪いみたい。特に村長と孫の隆二って人の仲の悪さは、ウチの先代とお兄ちゃん並だよ」

「つまり関係は破綻しているって事か」

「………」


 自分に置き換えられた事に対する苛立ちが無いのは、凌駕が祖父との関係について、すでに見切りをつけているからだろう。


「まぁ、村長は孫が何か良からぬことを考えているんじゃないかとは思っているみたい」

「根拠は?」

「寺に入り浸っていた連中の殆どが寝込んでいるって知ってから、今日みたいなトラブルを何度も起こしているんだって」


 村長の立場からすれば、原因を調べるのは判らなくもない。しかし、感情が走り過ぎて逆にトラブルを起こしていたら元も子もないだろう。


「あとあと、女将さんなんだけどぉ…」


 凌駕から調べろと言われていた最後の一人の報告をする香奈の表情が何故か急にニヤニヤしたものに変わった。


「珍しいね。凌駕様が女の子に肩入れするなんて」

「そんなんじゃねぇ。今回の件、愛子が何か鍵を握っていると思っただけだ」

「別に愛子さんとは言ってませんけど?今は女将さんの話しをしていましたよねぇ?でも…へぇ、ふぅん。愛子って呼び捨てなんだ?」


 香奈は昔からゴシップネタが大好きだ。故に今回、凌駕が珍しく事を急いでいる様な気がしていた香奈は、何かあると思っていたところに舞い込んできたスキャンダルに目を輝かせている。


「うっせぇ、さっさと報告しろ」


 ぷぷぷっと、口に手を添えながら茶化す香奈だが、仕事はちゃんとこなす。


「それなんですけどぉ、女将さんは愛子さんを養子として引き取った、いわば親代わりだね」

「……それで?」

「村の人達から聞いた話では、宿の女中と村長の子供の間に出来た子供で――」

「ちょっとまて、てことは愛子は村長の孫で、隆二の兄妹ってことか?」

「腹違いだけどね」

「………」


 香奈の報告をざっくりまとめると、宿の女中は村長の子供…つまり隆二の父親の妾ということだ。その2人の間に出来た子が愛子である。

 愛子の母親は、3年前に他界しており、身寄りのない彼女を女将が引き取ったという経緯になる。


「それで、2人が愛子さんの身の回りの世話をしているって感じみたいだよ」

「…そうか」


 香奈の報告を聞き終えた凌駕。しかし、事件の核心に迫るような情報は何一つとして得られていことに、若干の苛立ちを覚えていた。そして…


「あのぉ、凌駕様」


 口調がいつもの主従関係に戻った香奈は、恐る恐るといった感じで凌駕に問いかけた。


「まさかとは思いますけど、寺に乗り込むつもりじゃないですよね?」

「そのつもりだが?」


 やっぱりかといった感じで香奈が天を仰ぎ見た。

 なにせ彼等が今いる場所は、寺へと続く石段の真下なのだから。


「あのですね。今回の依頼はあくまで調査であって――って、待って下さい!」


 香奈の静止も聞かず、凌駕は石段をズカズカと昇っていく――。



◇   ◇   ◇



 寺の門の両端には松明が置かれ、いかにもな雰囲気が立ち込めている。

 時折、寺の中からは『破ッ!破ッ!』と、男達の掛け声が聞こえてくる。


「寺っつうか、道場の間違いじゃねぇか?」


 寺に入る為の門は固く閉ざされており、横にある通用口のような小さな扉に設置されたドアノッカーを強めに3回ほど叩く。すると…


『どちら様でしょう?』


 声の主に聞き覚えがあった。

 昼間、村長と言い合いをしていた連中の1人と同じ声だ。


「すみません、見学したいんですけど、いいですか?」

『少しお待ちください』


 意外にすんなりと入れて貰えることに肩透かしを喰らっている凌駕の横で、「なんで簡単に通すの!?」と文句が口からはみ出しそうになるのを堪えてる香奈。


「見学と言う事ですが、お名前をコチラの名簿に記載してもらっても良いですか?」

「あ、はい」


 扉を開けた若者は、先ほどまで身体を動かしていたのか、湧き出る汗と一緒に全身から湯気が立ち上っている。


「こういう見学は、よくあるんですか?」

「ええ、小さな村ですけど、村の若い連中は血の気が多いですから、住職がストレス発散には身体を動かした方が良いだろうと、道場もやっているんです」

「へぇ、寺の前を通ったとき、気合の入った声が聞こえたから、やっぱりそうかなと思ったんです」


 あくまで愛想よく振る舞う凌駕は、名簿に名前を書きながら、寺の内部にいる人数を一瞥して把握する。


「もしかして、経験者ですか?」

「わかります?俺も実家で鍛えられているんですよ」

「ほう、お若いのに大したものだ。因みにどんな格闘技を?」

「そうですねぇ、強いて言うなら――」


 凌駕は名簿にこなれた手つきでサラサラと名前を記載した。

 しかし、名簿に記載したのは鈴木亮という偽名ではなく、実名…つまりは五月女凌駕の名だ。


「五月女流…ですかね」


 瞬間、名簿を手渡そうとしていた手を払いのけて、男は凌駕に向かって拳を放った―――。



◇   ◇   ◇



 盗間隆二ぬすまりゅうじは村落に唯一存在する寺の坊主だ。住職は彼の父が担っていたが、数年前から身体を壊し、今は病床に伏せっている。

 彼は住職である父に代わり寺の管理を任されるようになって、最初にしたことが村の若者を集めて説法を聞かせたり、道場の真似事をしたりといったもの。

 なにかとストレスを抱えていた連中のストレス発散の場所として、寺の活動は何かと役に立っていた。しかし、それが隆二の利益に繋がっていると知るのは、極限られた者だけ――。


「隆二さん、昨日から村に見慣れない子供がうろついているんですよ」

「子供ですか?」


 小さな村であるが故、人が集まれば小さな情報だって直ぐに耳に入って来る。


「文さんのところに泊っている客らしいんですけど、何だか村の連中に色々と聞きまわっているみたいで」

「こんな何も無い村で聞く様な事なんて無いでしょうに」


 『何なんですかねぇ』と、とぼけた感じに疑問符を浮かべる一方で、腑に落ちない隆二は件の子供について目の前の若者から情報を聞き出す。


「兄と妹の兄妹で、1人は13歳って言ってたかな?中学生の男で、もう1人は11歳の可愛い感じの女の子でした」

「…なんで今、女の子の容姿だけ可愛いと付けたのですか?」

「ふ、深い意味はないっすよ!」

「本当に?寺に出入りしている者が犯罪者になるなんて御免ですよ?」


 冗談交じりに会話をする隆二に対し、若者もそれが冗談だと判っているため、笑いながら受け答えをする。


「まぁ、なんていうか、男の方は歳のわりに大人っぽいというか、落ち着いた感じのイケメンで…」

「あぁ、なるほど。キミはイケメンを好ましく思ってないですからねぇ」

「おまけに可愛い妹がいるなんて許せないッス!爆死しろって感じです!」

「コラコラ、寺に出入りしている者が人の死を願うものじゃありませんよ」


 『す、すみません』と、ペコペコ頭を下げる若者とそれを見ていた周りの者から笑いが起きる。

 傍から見ても、彼等の関係はかなり良好であると言える。それというのも隆二には人を惹き付ける、ある種のカリスマ性というものがあるのかもしれない。


「あらあら、みなさん練習をサボって何の話をしているのですか?」


 そんな彼等の元へやってきた20代くらいの女性が声を掛ける。


「あ、美代子さん。押すッ!」

「「「「「押すッ!」」」」」


 若者たちの気合の篭った挨拶が美代子に向けられるとニコリと笑みを浮かべて挨拶を返す。


「隆二さん、いったい何の話をしていたのですか?」

「いや、なに。昨日から村に可愛い女の子が滞在しているという話をしていたんだよ」

「りゅりゅりゅりゅ隆二さんッ――!!?」


 自分たちの会話をありのまま話した隆二に対し、若者たちは『ダメダメッ!空気読んでッ!』と、全員が顔面蒼白になってNO!NO!と首をブルブルと高速で振り続ける。

 そして、彼等の想いも虚しく、美代子は笑顔をつくろってはいるが、青筋を浮かべて顔面をピクピクと痙攣させている。


「へぇ、そう……練習をサボって何をしているかと思えば、女の話しをしていたんですかァ」

「ひぃ~ッ!」


 だんだん彼女の顔が般若はんにゃ形相ぎょうそうに変わっていく様に皆がガクブルしている。


「はっはっは、可愛いと言っても、小学生くらいの女の子の話しだよ」

「え――?」


 どこ吹く風か、とことん穏やかで落ち着いた声で隆二が言うと、美代子は般若から一変して、ボッ!と顔を赤くした。


「もしかして君は、私が子供に良からぬ感情を覚えたと思っているのかな?」

「やだッ!もうッ!子供なら子供と先に言って下さい!」


 恥ずかしそうに顔を隠した美代子の頭を隆二は、ポンポンと手を載せて撫でる。


「…そ、そういえば」


―――もう1人は?姿が見えませんが


 言った矢先のことだった。


 寺の門の方角から激しい衝撃音。

 土埃が舞い、人が飛び出した…否、吹き飛ばされたのだ。


「――おいおい、いきなり殴りかかってくるなんて、何考えているんだ?」

「何を考えているか聞きたいのは、こっちだよ!」


 何事かと門の方を見る隆二たちの前に現れた2人の少年少女は、何やら言い争いをしている。


 状況が飲み込めず、固まっていた門下生たちだったが、先ほど門の方へと向かって行ったハズの同門の事を思い出し、まさかと視線を向ければ、そこにはボロ雑巾の如く横たわる彼等の仲間の姿があった。


「きッ、貴様あぁあああッ――!!」


 もれなく純度100%の殺気が侵入者へと向けられる。


「言っておくが、先に手を出したのは、あそこで寝ている雑魚の方だ」

「ざ、ざあぁあこおぉおだとおぉおッ――!!!」


 一応、正当防衛を主張している様に言ってはいるが、単に相手を煽っているだけに他ならない。


 そしてこの中に仲間を傷つけられて黙っている者は、一人もいない。故にあっという間に取り囲まれる事になるのは必定と言える。


一二三ひいふうみい…能力者が5人か」

「ッ――!!?」

「俺達が能力者だと見抜いた!?」

「てことはコイツも!?」


 囲まれて尚、落ち着き払った様子で数を数えながら敵勢力を分析する凌駕。


「それで隠しているつもりか?お粗末だな」

「小僧!黙って聞いていれば―――」

「中々なのは、そっちの2人だけだな」


 恫喝どうかつする声を遮り、凌駕が指さした先にいたのは、この寺の坊主である隆二と美代子だった。


「…なるほど、君達が村にやって来たと言う子供か」


 落ち着いた音声ではあるが、隆二の目つきはスッと細められ、目の前の凌駕と香奈を観察している。


「隆二さん!コイツは俺達が相手になりますよ!」

「そうっす!仲間がやられて黙ってられねぇっす!」


 目を血走らせ、殺気を充満させる門下生は、今にも飛び掛かる勢いだったが…


―――喝ーーーーかあぁあああつッ!!!


 凄まじい音声が場の空気を一変させた。先ほどまで殺気を放ちまくっていた連中も隆二の一声で畏縮してしまっている。


「ウチの者が失礼をしたようだ…しかし、君たちは何者だい?」


 あまりにも落ち着き払った隆二の言葉を聞いて、凌駕は確かに眉をしかめた。


「鈴木亮だ」

「すずき…りょう……聞かない名だ」


 『でしょうね』と、凌駕の後ろで控える香奈は、先ほどは本名を名乗って相手を挑発していたのに、今度は偽名を名乗った己が主を背中から射殺す勢いでジト目を向ける。


「見たところ能力者らいいが、ここに何の用かな?」

「とある誘拐事件について調べていてな」

「はて?誘拐事件ですか?君の様な子供が?」

「俺達の業界じゃよくある話だろ。実力ある者は子供も大人も関係なく駆り出されるなんて」

「確かに…」


 フム、と凌駕の答えに納得する姿勢を見せつつ、凌駕の頭の中はありとあらゆる可能性について思考が巡らされている。


「さっきのヤツなんて、誘拐事件の話や村の出身の松井って男の名前を出しただけで殴りかかってきたぞ?つまり、何かやましい事があるって事だろう?」

「………」


 今の凌駕の言は、全て嘘っぱちのハッタリだ。しかし、隆二は何か探られたくない腹があるのか、僅かに表情をピクリと動かし、言葉を出せないでいる。


「沈黙はYESと取るぜ。この件は対策課に報告してしかるべき捜査を――」

「なるほど、話は理解した」


 『捜査をさせてもらう』と言いかけた凌駕の言葉に被せる様にして、隆二が口を開いた。


「しかし、私としては対策課の捜査が村に及ぶのは、どうしても避けたい」

「理由は?」

「君は知らないかもしれないが、この村に暮らす能力者の家系は、裏社会では爪弾きにされている。理由は祖父や我々の親の世代が犯罪まがいのテロを起こそうとしたという疑いを掛けられたことが発端でね。私も父からしか話を聞いていないが、そう言った事情があり、次に疑われる様な事があれば、この村に未来は無い」


 同情を誘うような音声で喋る隆二。しかし…


「で?村の事情は俺には関係ない。言っておくがココが松井と連絡を取り合っていた事は、既に割れているんだ。同情を誘う前にテメェ等のケツはテメェ等で拭け」

「………判りました」


 言葉を重ねていく凌駕に対し、隆二は深いため息を吐いて、やっとの事で言葉を絞り出した。しかし、彼が吐いた溜息は観念した類のそれとは毛色が違っていた。


「色々と誤解があるようですね」

「誤解だァ?」

「えぇ、我々の身の潔白を晴らす意味でも、見てもらいたい物があります」


 言って、隆二は寺の戸を開けて手を屋内へと向ける。


「どうぞ、私1人で行って、逃走や証拠隠滅を疑われるのは良い気分では無いので、一緒に来て下さい」

「…判った」


 入れと言われ、凌駕は僅かに考え了承した。が、彼の後ろで控えている香奈は『イヤイヤ、絶対罠だよ!?』と彼だけに聞こえる声で反対を訴えるも、聞く気を持ってもらえない。


「バックアップしろ。いざという時は、判っているな?」

「…りょうかいです」


 2人の会話を聞いて、隆二は『何もしませんよ』と常時落ち着いた声で喋りかける。


 歩を進める凌駕を確認して、隆二は先導するように屋内に入っていく。


 凌駕が歩を進めるとき、一瞥した門下生たちの顔は、戸惑っている様な、訳が判らない様な、そんな表情だった。


 しかし、隆二の傍にいた女性…美代子は怨嗟の篭った目つきで凌駕を睨み付けていた。


「美代子と君達も手伝ってくれ。私一人ではアレは重すぎる」

「…はい、ただいま」

「あ、…はい」

 

 隆二からの呼びかけに美代子もそして門下生たちもまた、屋内へと入って行く。凌駕はそれに続き、戸を潜ると、そこには灯りのない広間があった。


「すまない。今灯りを――」

「あ、じゃあ私が」


 一瞬、闇討ちかと警戒を強めたが肩透かしを喰らった気分だ。

 広間には電灯の類がなく、代わりにロウソクの灯りを頼りにしているらしい。

 香奈は、子供特有の愛らしい声を出して、門下生からマッチを受け取り、広間のロウソクに次々と灯りを着けていく。

 全てのロウソクに灯りを着け終わった香奈は、出入り口近くに立っていた凌駕の後ろに控える間際、目配せをして、何かを伝える。


「さて、全員なかに入りましたね?」


 屋内には、いかにも寺という様に大きな仏の像が置かれており、その前に座った隆二は、仏像にペコリと一礼すると、凌駕へと体を向けて視線を交えた。

 すると、不意に視線を切り、隆二も美代子へと目配せをした。まるで凌駕と香奈の真似をして、『こちらも何か企んでいるぞ』と言っているかのようだ。…と思った凌駕の考えは正しかった。


「いやはや、まったくもって、思い通りにはいかないものだ」


 先ほどまでの柔らかな口調は、何処へ行ったのか。というより、これが本来の彼の姿なのだろう。まるで人を見下すような、人を人とも思っていないような、そんな冷たい視線と音声だった。


「それがアンタの本性か――」


 ようやく化けの皮をさらけ出したかと思った矢先、部屋の隅からドサリッと何かが倒れる音が聞こえた。

 何かと音源へと視線を向けた先、部屋の隅に座っていた門下生が1人、また1人と次々に倒れ始めた。


「あ?」


 何が起きているのかと状況を把握するため、素早く辺りを見回す凌駕の聴覚が何か呻く様な声を捉え、視線を向けた。


「何をしているッ――!!」

「あ゛ー、あ゛ー、あ゛ー……」


 見れば、美代子は天を仰ぐようにして呻いており、その目から涙ではない何か得体の知れない液体が流れ出ていた。


 瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。

 原因は判らないが、凌駕はこの空間にいたらマズイとすぐさま判断を下し、後ろに控えていた香奈を乱暴に抱えると戸を蹴破り、外へと飛び出した。 


「グッ――!?」


 着地した凌駕であったが、足に上手く力が入らない事に気が付き、そのまま前のめりに転倒する。


「凌駕さま――!?」


 思わず本名を呼んでしまった香奈であったが、今はそれをとやかく言っている場合ではない。

 なぜなら、目の前で己が主が生命の危機に瀕しているからである。


「ゴホッ!………これは、毒か?」


 咳をした凌駕の口から鮮血。次いで鼻血が滴り落ちた。

 

「ご名答、彼女の能力は【猛毒】だ。身体から分泌される毒を気化することによって、少しでも吸ったら死に至る」

「ゴホッゴホッ……てめぇは無事なのかよ」


 同じ空間にいたハズの隆二は、何事もなかったかのように立っている。そして傍らには猛毒の能力を今も発動している美代子の姿も。


「当然だろう。解毒剤くらい用意しておくものさ」

「そぉかよ…」


 クツクツと笑いながら隆二は歩き始める。凌駕の息の根を止めるために…


「凌駕様ッ、2秒後です――!!」

「ん――?」


 死神の足音を響かせていた隆二の歩みが唐突に止まり、ぐらりと足元から崩れた。


「隆二様ッ――!?」

「…これは」


 何の前触れもなく膝を着いた隆二の姿に、美代子が慌てて駆け寄る。が、彼女も隆二同様に膝をついた。


「目眩と四肢の痺れ……君たちも毒を?」


 己が身に起きている状況を見極めた隆二が凌駕へと視線を向けれる。すると香奈が凌駕に肩を貸し、寺からの逃走を図っている最中であった。


 お互いに毒の仕込み合いをしていたが、凌駕達の毒は殺傷が目的ではなく、せいぜいが動きを封じるためのもの。対して隆二達の毒は明らかな殺傷が目的。であるならば、より深刻なのは言うまでもない…


「無視をしないでもらいたい。それに…」


――逃げられると思っているのか?


 膝を着いて尚、隆二は己が身に宿るオーラを練り上げ、能力を発動させた。


「バカやろう、俺を置いてサッサと逃げろ――」

「黙って!」

「チッ――」


 まともに動けない凌駕は、香奈に逃げる様に告げるが、それが出来るほど香奈は大人ではない。そんな香奈に対し、凌駕は思わず舌打ちしてしまう。


 そして、隆二の右腕からバチバチッ!と上がる放電現象が2人に向けられる。見るからに電撃のそれは、放たれれば人間の反応速度では躱す事は絶対に出来ない。

 絶体絶命の状況に、もう駄目だと諦めかけた香奈の鼓膜を振るわせた…


『―――、―――ッ!』


 何か機械的な音声が流れた瞬間、隆二から放たれた雷撃が2つに割れて明後日の場所に着弾。


 その状況に遠く、隆二がいる場所から「なッ!?」と驚愕の声が漏れ出る。しかし、戸惑いも束の間、隆二が左手を地面にかざすと硬質化した針の様な形状の突起が2人に向かってくる。が…


『―――、―――ッ!』


 またもやあの謎の声が響き渡り、隆二と同じ大地の針が生み出され、攻撃を相殺する。


 続く2回の攻撃を防ぎきった事により生まれた時間は、2人の逃走を可能とするのに十分すぎる余裕を生んだのだった―――。



◇   ◇   ◇



 寺から集落に続く石段を使わず、周囲に生い茂る林をひた走る。

 肩を貸している主の状態は芳しくない。時折り吐血交じりの咳をする。


「凌駕様、しっかりして下さい!」

「いいから、…先に逃げろ――」

「出来る訳ないでしょう!」


 ゼェゼェと息を荒くしながら香奈に逃げるように命令するも、まったく聞き耳を持たない。


 今思えば、寺に踏み込むと言った凌駕をもっと強く止めておけば良かったと思うのは今更である。


「……香奈、止まれ」

「え――?」


 凌駕に言われるがまま、足を止めた。いったい何かと思う前に茂みの奥から感じる気配に香奈は、まさか、もう追いつかれたかと息を飲んだ。しかし…


「こちらへ…」


 聞き覚えのある女性の声だった。


「女将さん?」


 暗がりから現れたのは、凌駕たちが寝泊りしている民宿の女将だった。


「お急ぎください」

「で、でも――」

「香奈、行くぞ」


 罠を警戒した香奈であったが、凌駕の言葉で腹を括った――。


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