北の勇者~その⑤~彼は変態ドM野郎です
能力の向上には、修行が不可欠。
その年月が能力をより高みへと押し上げていく…。
「――俺にもそう思っていた時期があったなァ」
全身から炎を噴き上げて、荒れた部屋のデスクに松井は腰を降ろして語っている。
「けどよォ、ある日、気が付いちまった。俺みたいなモブ野郎がいくら努力したところで、本物には届かねぇって事によォ」
いったい、誰に語り掛けている言葉なのか…。
松井は、ジャケットからタバコを取り出すと、自身が纏う炎をコントロールして火を付けて一服する。
「そ、そんな…」
部屋の隅で次郎と一緒に固まっていた流唯は、震えた声で床に横たわるマコトをただ見ている事しか出来なかった。
「テメェは、きっと学園の中では、才能のある方なんだろゥ?もしかしたら特別クラスってヤツかァ?」
「ゥ……」
「マ、マコトくん!!」
松井の問に答えはしない。床に這いつくばったマコトは、ヨロヨロと膝を立てて立ち上がろうとしている。
その光景に、マコトが生きていると確認できた流唯は声を上げる。
「タフだねェ。思いっきり殴ったんだが、まだ立てるとは驚きだ」
「鍛え方が違うんだよ!」
強がりである事は、マコトが一番よく分かっている。
目の前の男には、普通に戦っても今の自分では勝てないと。
「詰みだ。俺とお前とでは実力も経験値も違う――」
「ならば、若者らしい柔軟な発想で戦うとしましょう」
「ッ―――!!?」
余裕ぶってデスクに腰を降ろしていた松井に目がけて投擲用のナイフが飛来する。
その数8つ!
危険を察知した松井は、瞬時に跳ね上がってナイフを躱すと、音源の方角を睨み付けた。
「チッ、また餓鬼かよォ」
「餓鬼ですが何か?お・っ・さ・ん」
ブチッと血管が切れる様な幻聴が聞こえた…その瞬間だった。
跳躍した松井の下、正しくはマコトが居た場所からカキイィーーンという金属音が鳴り響いた。
「なにッ!!?」
「ナイスだ鞘香!」
その瞬間を流唯は目撃していた。
松井がナイフを避けるために跳躍した。ナイフは、そのまま何もない壁に向かって突き刺さる…と思われたが、ナイフの軌道が不自然に曲がり、代わりにマコトの元へと一直線に向かって行った。
しかしならば、ナイフはマコトに刺さってしまう。と思いきや、ナイフの進行方向にいたマコトは、バットを構えて……打った!
「ぐぬうッ――!!?」
流石に空中では回避行動が取れなかったため、打ち返され、反転したナイフ3本が松井へと突き刺さった。
「ちくしょうッ!何をしやがった!」
ドサっと床に落ちた松井は、素早く物陰に身を隠して、原因であるマコトを怒鳴りつけた。
「反撃の心剣【お前だけは絶対に許さねぇ】だ!」
「心剣ンンン?」
「心剣とは、契を交わした相手から剣を生み出す能力です」
「そして、この心剣は、飛翔物を引き寄せ、打ち返すことが出来る!」
なるほど、と松井はこの状況下で納得した。
先ほど、流唯に向けて撃った弾丸をはじき返したのは、その心剣の能力。
「どおりでおかしいと思ったぜェ。銃弾をバットで弾き返すなんて芸当、普通じゃ出来ねェ。てっきり、物体を出し入れする類の能力かと思ってたのによォ。とんだ誤算だ」
「もう諦めて降参しろ!その怪我じゃ、まともに動けないだろ!」
「動けたとしても、出血多量で死にますよ?」
勝負あったと、マコトと鞘香は物陰に隠れている松井に向かって投降を促しつつも、ジリジリと詰め寄っていく。
「へへ、やっぱ餓鬼だなァ」
「「なッ――!!?」」
物陰から突如、炎が吹き上がり、2人は足を止めた。
そして、姿を現した松井は、自分に突き刺さっていたナイフを無理やりに抜くと、身体を炙って、傷口を塞いだのだ。
「第二ラウンド…と言いたいところだが、果たして勝負になるかなァ!!」
「うわっちぃ!!?」
ゴウッ!と炎がマコトに向かって放射される。
大慌てでソレを回避すると、今度はマコトが物陰に隠れて攻撃をやり過ごす。
「フハハハ!やっぱりか!テメェのバットは、物質を跳ね返す事は出来ても、炎や風みたいな気体を跳ね返す事は出来ねぇ!」
「僅かな時間で弱点を見つけ出すのは、年の功というやつですか」
マコトに向かって火炎放射をしていた松井の死角から鞘香がナイフによる投擲を心みるも…
「はッ!いちいち言い方に棘のある女だ!テメェ、友達少ないだろ!」
「失礼な。友人なら両手で数えられる程はいます」
「それを少ないって言ってるんだよ!」
ひょいっと、避けられてしまい、ナイフはそのまま壁に突き刺さる。
「…どうやら、引き寄せることが出来るのは、距離制限があるみたいだなァ」
先ほどと同じように避けたナイフが弾き返されると警戒していたが、そうはならなかった事にアベンジャーの弱点をまた1つ暴き出した。
そのことに鞘香は「チッ!」と舌打ちをかます。
「おいおい、女が舌打ちなんてするもんじゃねぇぜッ!!」
マコトに向けていた火炎放射を今度は鞘香に向かって放つ。その瞬間を見逃さず、『まってました!』と言わんばかりの勢いで飛び出した。
「誰が一方向しか撃てねぇっつたァ?」
「ッ――!!?」
左手からの火炎放射が鞘香に…そして右手からの火炎放射がマコトに向かった。
完全に油断していたマコトは、勢い余ってそのまま炎の中に突っ込む結果となってしまった。
「ぐああぁあああッ!!」
「マコトさま!!」
「おっと、嬢ちゃんは俺の相手だろうが!」
「ッ――!!」
炎に包まれて床をゴロゴロと転がりまわるマコトの元へと駆け付けようとした鞘香の進路を松井に塞がれた。
「たッ、大変だ!早く火を消さなくては!」
火だるまにされたマコトの元に先程から流唯と共に部屋の片隅でブルブルと震えていた次郎が、着ていたジャケットを脱いでバサバサと火を消そうと試みるも、中々消火する事が出来ない。
「マコト君、しっかりして!」
流唯も自分が着ていた上着を脱いで、次郎と一緒に消火しようとするが、やはり消しきれない。
「ふはは!無駄だぜ!その炎は、ただの炎じゃねぇ。一度火が点いたら水で消さない限り燃え続ける!」
「それがアナタの能力ですかッ!!」
「おうよ!そこまで火力が高く無いのが玉にキズだがな!」
炎を回避しつつも、松井の能力に阻まれて鞘香は近づくこともままならない。
このままでは、マコトはゆっくりじっくりと焼かれてしまう。
「ほなら、ウチの出番やないか!」
「あ゛あ゛!?」
「生唯さん?」
京都弁特有のイントネーションで喋るこの少女。名を水面生唯。
水面琉唯の双子の姉であり、その能力は…
「水生!!」
「なにッ!!?」
突如、生唯の両手から生み出された水がマコトにぶっ掛けられると、ジュウゥっと音を立てて、彼を苦しめていた炎を消火した。
「ゴホッ、ゴホッ!た、助かった~」
炎から解放されたマコトは、何度か咳をしてから安堵の息を吐いた。
しかし、あれだけの時間、炎に包まれていたにも関わらず、大した火傷を負っていなかったのは、松井が言っていたように火力が弱かったのか、能力者としての防御力が勝っていたのかは、定かじゃない。
「お姉ちゃん!」
「流唯!無事やったんやな!」
姉妹、ようやくの再会である。んが…
「この餓鬼ィ!舐めたことしやがって!」
「危ない!」
「「「きゃっ!・わっ!」」」
青筋を浮かべた松井の炎がマコトたち4人を標的として襲い掛かる。
その殺気を感じ取ったマコトは、直ぐ脇の物陰へと3人を押すように隠れた。
「アナタの相手は私です!」
これ以上、4人のもとへ攻撃が行かないように、敵の注意を引き付ける鞘香。だが、彼女の息も上がり始め、そう長くは持たない。
ならば、撤退も考慮して立ち回らなければ、5人とも松井の餌食になってしまう。と、そう思っていた矢先の事だ…
「おい!人間火炎放射器野郎!!」
「あ゛あ゛!!?」
松井の視線のその先、…正しくは社長デスクの上に立つ3人の姿。
マコトを中心に左右には、生唯と流唯が手を繋いで立っていた。
「……両手に花たぁ、いただけねぇなァ」
「まったくです。焼け死んでください」
「アレ!?敵が2人に増えてる!?」
何故か松井以上に殺気を放つ鞘香が、これでもかと言う程にキレイな顔を崩して睨み付けていた。
その殺気に当てられてか、マコト以上に松井の方が目を剥いて驚いている。
「んんッ!!…で?そこの役に立たない能力を持った女2人も戦いに加わるつもりか?」
咳ばらいをして、誤魔化した松井は、生唯と流唯をギロリと睨む。
そして、彼は知っている。生唯と流唯の能力が戦いに向いていない事を。
「役に立つかどうか、コレを見てからにしろ!」
言って、マコトは隣に立つ生唯と流唯、二人の胸に手を当てた。
そして唱える……
――心の剣を解き放てッ!!
瞬間、光りが部屋いっぱいに広がると、2人の胸から柄の様な物が出現した。
それをマコトが掴み取ると、一気に抜き放つ。
「水の心剣【双流の太刀】ッ!!」
そこに握られていたのは、双剣。
まるで、ウロコを模した細工と水の様に透き通った刀身。
そして生唯と流唯の双子同様に瓜二つの剣。
「水の心剣だァ?おいおい、俺の能力に対抗するにしては、ド直球すぎるなァ」
弱点であるハズの水を得たマコトに対し、それでもまだ松井には余裕があった。その理由は…
「お前知っているか?その双子の能力は、水を生み出すことと水を操ること。まぁ確かに俺にとっては天敵…けど、どっちの能力も大した事ねぇんだわ」
松井が余裕ぶっているその理由は、生唯と流唯の能力がまだ目覚めて間もないという事だ。
姉の生唯は、何も無い所から水を生み出す事が出来る。しかし、生み出せる水の量はごく少量。
妹の流唯は、水を操る事が出来る。しかし、操れる水の量はごく少量。
つまり、どれも松井にとって恐るるに足りないという事だ。
「大した事が無いのか、試してみればいい」
双剣を構え、剣先を松井に向ける。
「はぁ~、ヤレヤレ。大人の忠告は素直に聞くべきだぜッ―――!!?」
ここへ来て、松井の余裕が尽く消え失せた。
何故なら、目の前で双剣を構えたマコトの周りには、信じられない程の水が生み出されたのだから。
そして、大量の水は一滴たりとも地面に落ちることなく、宙に浮かび上がると、まるで龍の姿を型りはじめた。
「なッ、何なんだソレは!!?」
「コレがお前が役に立たないと罵った。彼女たちの本当の能力だッ!」
「まッ、待て!チクショウッ―――」
松井が放つ炎が水龍に衝突した瞬間、掻き消された。
そして、炎と言うアドバンテージを完全に失った松井に向かってマコトは疾風の如く疾走すると…
――水龍の顎ッ!!!
交錯する双剣の刃が松井の胸に十文字のキズを刻み付けた。
「ッ―――!!!?」
強烈な痛みが襲い、意識が飛びかける。しかし…
「調子に乗るなよッ、ガキイイィイイッ!!」
くわっ!と目をひん剥き、最後の反撃を試みる!
能力による炎が無効化されるのであれば、頼りになるのは肉弾戦のみ!
松井が能力を解除したと同時、マコトもまたアクエリオンを解除した。
「調子こかせてもらうぜ!おっさん!」
「バカが!格闘戦で俺に勝てると思ったか!」
ボクサースタイルの構えを取った松井がマコトに接近したと同時、綺麗なワンツーが決まる。
まともに受けたマコトの首が跳ね上がり、体が仰け反ると、畳みかけるように右ストレートが放たれた。
その時である。マコトはアベンジャーを具現化させて背中に回した。
その行動に松井は、「何の真似だ!?」と戸惑いが生まれるも、彼の肉体は攻撃行動を続ける。
そして、彼は見た。マコトの背中、…正確には隠し持っていたであろう鞘を左手で押さえ、右手の心剣を納刀…
――やられたらやり返すッ!!
背中越しの抜刀術…その威力は、マコト個人が生み出せる力の限界を大きく超えたパワーが込められていた。
松井の右ストレートに合わせた斬撃によるカウンターが撃ち込まれると同時、エネルギーの奔流が迸り、それに呑み込まれるように松井は部屋の壁を突き破り、圧倒的パワーによって、遂には意識を手放した…
「鞘の心剣【鬼の爪】は、蓄積。お前が散々俺を痛めつけてくれたパワーをずっと溜めていたんだ!」
息を切らせ、既にフラフラなマコトは、誰が見ても満身創痍。そこへ…
「攻められてパワーが溜まるなんて、本当にマコトさまは変態野郎、いえ、良い意味で変態ドм野郎ですね」
「グハッ!」
思いもよらない所からの口撃によって、マコトの精神のHPは0になった―――。




