北の勇者~その①~彼は家族から変態野郎と呼ばれる
表の世界に生きる者の誰しもが一度は望むもの…それは「超能力が欲しい」である。
手を使わずに物を浮かすサイコキネシス、一瞬で行きたい場所へ移動するテレポート、触れた物の情報を読み取るサイコメトリーetc…
そんな夢の様な力が手に入ると言われたら、人はどれだけの金を積むのだろう?
手に入るとしたら、その力でどの様な事をするのだろう?
世のため使う?…いいや、多くの人は、まず自分の利益になる使い方を夢見るハズだ。
力は欲望・欲求を叶えるのファクターであり原動力だ。
しかし、それらの願望というのは、必ずと言っていい程、ろくなものでは無いと断言しよう。
何故なら今、あなたが想像した超能力の使い方の中には必ず、普段は絶対にしない、出来ないような悪行が含まれているからである――。
「ちぇすとーー!」
奇声を発する老人が木刀を振り上げた。
踏み込みと言うには、あまりにもお粗末なただの跳躍、そして目を見張るほどの遅さ!
まるでスローモーション映像を見せられているかのような錯覚すら覚えるその動きは、やれと言われても実際に出来る人はいないだろう。
「隙あり!」
「ゴッフーー!?」
バッドによる見事な胴うち、もといフルスイングが腹にジャストミート!
老人はそのまま美しい弧を描いて飛んでいくと壁に激突し、ズルズルと力なく床に倒れてしまった。
「……よし」
「良しじゃなーい!」
今日一番に良い音を立てたのは、少女が履いていたスリッパである。
少年の頭をスパンっと叩いたフォームは、まるでメジャーリーガーのピッチャーを彷彿とさせる投球の如し――!
◇ ◇ ◇
「ふふ、腕を上げたのぉ…マ、マ…マサト」
「マコトだよ、じっちゃん」
喉元まで出かかっていた孫の名前は間違っていた。
「…マサトはどこじゃ?」
「お父ちゃんは仕事に行っているよ」
『あぁ、そうじゃった』と近頃物忘れが多くなってきた祖父の前にお茶が出される。
「ありがとうな…さ、さ…サーヤ?」
「確かにサーヤって呼ぶ友達がいますけど、サヤカです。おじい様」
ニッコリと微笑み返してはいるが、心の中で『アンタ、今まで一度もサーヤなんて呼んだこと無いよね?』とツッコミを入れる。
「そんで、じっちゃん。大事な話って何だよ?」
「………」
「………」
「サトシ?」
「それは、じっちゃんの名前だろ!もう、この件はいいから!話し進めてくんないかな!」
もはや祖父と、まともな会話は出来ないのかと、心の中でホロリと涙したその時であった。
「おめぇ、今年で幾つになった?」
「…11だよ。たくッ孫の歳も忘れたのか?」
会話自体は物忘れが激しい老人のそれだが、目の前に座る祖父の眼光は鋭い物へと変わり、思わず息を飲まずにいられなかった。
「好きな娘の1人や2人は出来たか?」
「急になん――」
「いいから答えろい」
何だよと応えようとしたマコトの言葉に被せ、サトシは威圧を込めて問いただした。
まるで首筋に刃物を添えられていると錯覚する程の圧力に息を飲むマコトであったが、流石は祖父…ボケが始まっていても、鈍ってはいないと確信した。
確信したはいいが、適当な答えを吐こうものならマジで首から上が吹っ飛ぶという直感が働いた。
「…一応、…いる…よ」
チラリと自分の後ろに控えているサヤカに横目で視線を送る。
「何人だ?」
「1人だよ!なんで何人もいると思うんだよ!」
意味が判らない!と顔を赤くして祖父に抗議すると、「ハァ~」っと深いため息が聞こえてきた。
「情けねぇ、おめぇ本当に俺の孫か?」
「孫だよ、アンタがさっき名前も思い出せなくなっていた孫だ」
「いいか、サトル――」
「マ・コ・ト!俺はマコトだよ!てか誰だよサトルって!俺の知らない人だよ!てかこっちこそだよ!じっちゃん、アンタ本当に俺のじっちゃんか――」
「マコトさま」
うおいっ!とツッコミを入れていたマコトにサヤカが声を掛ける。
なに?と意識を切り替えるマコトに向けてサヤカが一言…
「既にこと切れています」
「………じっちゃん?」
まるで糸の切れた人形のように、マコトの目の前で祖父は…
「すぴー、すぴー、zzz~」
「寝てるだけじゃん、やめてよ死んだみたいに言うの」
「………」
マコトの問にサヤカは応えない。
それどころか、ヤンキーを彷彿とさせる様にメンチを切っている。
「あれ?なんか怒ってる?」
「別に……チッ」
「今、舌打ちしたよね!?」
いったい、何が彼女をここまで怒らせたのか、マコトには判らなかった――。
◇ ◇ ◇
翌日、マコトは大きなリュック一杯に荷物を詰め込むと、よいしょと背負い込む。
隣では、サヤカが小さなポシェットを肩から掛けて、涼しい顔を浮かべている。
「…おかしくない?」
「何がですか?」
2人が持つ荷物量にマコトが疑問を口にした。
もとい、これは疑問ではなく、抗議の声だ。
「何で、俺がサヤカの荷物持ちしてるの?」
「マコトさまは、女の子に重い荷物を持てと言うのですか?」
「え、そうじゃないけど――」
「こんなにも華奢で可憐で可愛い私に荷物を持てと?」
「自画自賛が過ぎない?」
「とんだ鬼畜野郎ですね。親の顔が見てみたいです」
「女の子が野郎とか言うのやめて!あと、俺の両親の顔は知ってる上にサヤカの両親でもあるからね!ていうか、さっきからその視線やめて!」
まるでゴキブリを見るかの如し冷たい視線がサヤカから注がれている。
昨日からマコトの精神がガリガリと削られつづけ、そろそろ泣き叫びたい寸前である。
「2人とも何をジャレているの?」
「はは、仲がいいなぁ」
玄関先で揉めている2人のもとへやって来たのは、彼等の両親だ。
そして、マコトは思う『父よ母よ、今、アナタ達の息子がけなされていたところです』と…
「おじ様、おば様、聞いてください!マコトさまが私の胸をイヤらしい目で見てくるんです!」
「おまッ、ちょッ――!」
マコトは後悔した。
心のなかで、呟く余裕を持つのでは無かったと後悔したのだ。
「ちょっと待って!唐突に何を――」
突然無実の罪を着せられる事になったマコトは慌てた。なにせ自分が変態的な扱いを受けたのだから当然である。だが彼は信じていた。我が子が変態のそしりを受けようとも、両親はきっと信じてくれると…
「このヤリチ〇があぁああ!」
信じてくれると…
「お前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
信じてくれると思ったのは間違いだった。検事の父と弁護士の母を持つマコトにとってこんないわれのない事で責められるとは思いたくなかった。尚且つ実の息子を信じないとは、それでよく検事と弁護士が務まるなと心の中で叫ぶ。
「ちょっと!二人とも本気にしないで!サヤカの悪ふざけだから!」
「そ、そうですよね。きっと私の勘違い…グスン。マコトさまはそんな悪い子じゃ、ありませんよね…ピエン」
「え?なにその言い方。それじゃあまるで、俺が悪いみたいじゃん」
「大丈夫です、マコトさまも男の子。どんなにイヤらしい事をされても、声を漏らさないように我慢します」
ハンカチで涙を拭い、私だけが我慢すればいいの!とでも言っている様な口ぶりにマコトは目眩を感じる…と同時に殺気も感じた。
「この獣があぁああ!」
父の正拳突きが炸裂。マコトは吹っ飛ばされた。
「屑がッ!」
足元で横たわる我が子を、まるでクソ虫を見るかのような目を向ける実の母は、『カーッぺッ!』と何かを吐き捨てた。
「お、おかしくない?」
例え大ダメージを負っていてもマコトは負けない。濡れ衣を晴らすために精一杯の弁明を試みる。
「これより家庭裁判を開廷します」
「異議なし」
「異議なし」
「異議あ――」
「全会一致で開廷します」
異議ありというマコトの願いは謀殺された。
「裁判長!被告人が変態野郎である物的証拠を提出します!」
「許可します」
何このやりとり。父よ、あんたは検事で裁判官じゃないよね?と思うマコトのリュックの中から母が取り出したのは…
「この変態野郎は、こともあろうに18禁のエロい書物を隠し持っていたのです」
「あッ!ちょッ!やめて!」
「そして、この本の女優が微妙にサヤカちゃんに似ているのです!」
「ちがう!それは俺のじゃない!」
母の手の中にあるエロ本。しかもそれを高々と掲げられている。
恥ずかしさのあまり、顔を赤くして必死に違うと声高に叫んだところで、もう覆すことは出来ない。
裁判官は、『ふぅ、やれやれ』と漏らしたあと、何処からか取り出したハンマーを打ち付けると、その場の空気がシンと静まり返る。
父と母、マコトとサヤカの視線が交差し、ギルティ―?ノット ギルティ―?という思念も交差する。そして…
「被告人を変態野郎と認定する」
「うわああぁああああ!」
両親に隠していたエロ本が見つかり、変態野郎という汚名を着せられた。
しかも、同年代の女の子にも見られてしまった。
例えその本が同級生に無理やり渡された物であったとしても、言い逃れは出来ない。
こうなっては、彼の弁明などゴミ以下なのだ。
「殺せ!殺してくれええぇええ!」
思春期を迎えたばかりの少年の絶望は、計り知れない。
そして彼は思った。『そうだ、旅にでよう』と―――。
◇ ◇ ◇
マコトとサヤカが通う学園は、例の如く普通の学校ではない。
魔術師、能力者の為の国立育成機関である。
2人は現在、夏休みを利用して北海道の実家への帰省を終えて学園に戻る道中…
空は晴れているのに、マコトの心はどんより曇り模様。
前を歩くサヤカの心は蒼穹の如く。
「マコトさま、急いで下さい♪あと山を3つ超えなければならないんですから♪」
「機嫌が良さそうだね!」
自分を陥れといて、上機嫌ってどういうこと!?
人の不幸がそんなに嬉しいのかと思うマコトは、自分の荷物の他にサヤカの荷物も持っているのだ。もはや荷物持ちである。
「うふふ、だって、あの時のマコトさまの顔ったら……(笑)」
判決を言い渡されたマコトは、「ちくしょう!」と地面を叩き、滝の様な涙を流していた。あのときの彼の心情は、思春期の男子ならば想像に難くないだろう。
なにせエロ本を親に見つかり、目の前の少女にも見られたのだ。
もはや死にたいレベルである。
「俺、何か悪い事した?」
昨日、不機嫌極まりなかったサヤカ。
気付かない内に彼女を怒らせた事への報復かとも思ったが、それが一変して、今はすこぶる上機嫌である。
「さぁ?自分で考えてください」
「いや、判らないから聞いてるんだけど…」
「はぁ~、何でもかんでも聞けば教えてもらえるなんて思わないで下さいね。変態野郎」
「すみませんでした!お願いだから変態野郎って言うのはやめて!」
シュパッ!とその場で土下座をするマコトに、もはやプライドはない。
「うふふ、マコトさまのそんな姿を学園の女子達が見たら何て言うでしょうね?」
「う、うぐぐぅ」
2人が通う学園内で、マコトは出来るイケメンとして通っている。
勉強は人よりも出来て、顔も良い。
おまけに性格も良しときているものだから、彼を狙っている女子も多いのだ。
「それなのに、こんな本を愛読しているだなんて」
「うぐぐぐぐぅ…」
高らかに掲げられているのは、マコトが隠し持っていた18禁のエロい書物。しかも女優がサヤカ似という最悪の組み合わせ。
「もうすぐ中等部に進級するのですから?まぁ、男の子ならしょうがないですから?」
「ち、違います。本当に俺のでは――」
「わたしに似た女優のあられもないエロい書物で、マコトさまは何をしていたのでしょうねぇ?」
あぁ堪らないと、ドエスっぷりを発揮するサヤカを前にマコトに出来るのは沈黙という名の無抵抗を決め込むだけだった。
「本当、マコトさまは変態野郎ですね。…良い意味で」
心底嬉しそうにマコトを罵ったサヤカのお肌は、ツヤッツヤである。
「良い意味の変態って、どういう――」
サヤカの謎の日本語にマコトが「?」を浮かべたその時だ…
「――――――!!!!」
「…マコトさま」
「悲鳴だな」
人里離れた山中、北海道の中でも秘境中の秘境に位置するこの場所。
そんなヘンピな場所にあるマコトの実家の周りの山々は、全て実家の所有物だ。
だから、人なんているハズがない。いたとしたら不法侵入した輩か迷い込んだかだが…
「―――――ッ!!!!」
「今度は銃声ですね」
「密猟…ではなさそうだ」
悲鳴と銃声、導き出される答えとしては、ろくでもない事の序章であろう―――。




