第二一話
東雲葵は、普通の一般家庭の子として生まれた。
彼女には双子の兄がおり、家族4人で人並みに幸せに暮らしていたはずっだた。
はずだったというには、理由がある。
彼女、東雲葵には、生まれた時から不思議な力が備わっていたのだ。
それは、言葉にしたことが、現実となるいわゆる【言霊】と呼ばれる能力。
両親は、我が子のこの異能の能力に驚き、あらゆる霊能者たちに葵を調べさせようとした。
しかし、一般人である彼らが超常的な力を専門とする、いわゆる霊能力者の本物と偽物の区別がつくはずも無く、何人もの偽物の霊能力者にお金を騙し取られてしまったのだ。
その偽物の霊能力者達は、口々に彼女には悪霊が憑りついていると最もらしい口上を述べて、御払いをしたが、結局、誰一人として成功させたものは、いなかった。
偽物の霊能力者が最後に口にしたのは、皆揃って、「私の力では太刀打ち出来ない。強力な悪霊だ。」と言って、彼女の両親から金だけを巻き上げて去っていったのだ。
そんな事が繰り返されていたせいで、彼女の家庭は、火の車となり、次第に借金だけが増えていった。
しかし、彼女の両親は、二人の子供に変わらぬ愛情を注いでいったが、彼女だけは、自分さえ生まれなければと思うようになってしまい、言葉を発することで何が起きるのか分からなかったため、次第に喋ることを止めてしまったのだ。
喋ることもせず、周りから距離を置いていて、彼女に友人が出来るはずも無く、気が付けば孤独になっていった。
だが、双子の兄は、そんな妹の傍にいつもいて、励まし続けていた。
彼女にとって、両親と兄だけが心の支えであり、生きる希望だったと言ってもいい。
そんな彼女が中学に進学したある日、事件は起きた。
彼女が中学からの下校途中、この世の物とは思えない化け物、いわゆる妖怪と遭遇してしまったのだ。
このころ、近所では通り魔や誘拐事件が多発しており、警察も捜査に乗り出していたが、犯人の手掛かりすらつかめておらず、ニュースでもちょっとした話題になっていた。
そして、彼女が目撃した妖怪は、背中を向けて何かを食べている。
彼女は、恐る恐る妖怪が食べているモノに視線を向けていった。
人肉である。
血の匂いがそこらじゅうに充満しており、時折りグチャグチャと生々しい音が聞こえてくる。
彼女は、思わず吐きそうになるが、それを必死にこらえ、相手に気が付かれないように、ゆっくりと来た道を戻ろうとしたが、足が震えて上手く歩けない。
恐怖のあまり、言う事をきかない足は、もつれてしまい、そのまま尻餅を着いてしまったのだ。
その音に気が付いた妖怪は、食事を止めて、後ろを振り向く。
そこには、青ざめた顔をした女の子がおり、妖怪は、口の端を大きく吊り上げて不気味に笑っていた。
一瞬にして、彼女は悟った。
自分はここで死んでしまうのだと。
妖怪は、新しいご馳走が来たことを喜んでいるのか、ゆっくりと彼女に近づいて、手の届く所まで来ると、ゆっくりと彼女に手を伸ばしてきた。
恐怖の感情が渦巻く中、彼女が耳にした妖怪の言葉は、「いただきます。」だった。
ああ、こんな化け物でも人を食べる時は、ちゃんと挨拶をするのか、などと下らない事を考えながら彼女は、目を閉じて、愛する家族に心の中で詫びを入れた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、苦労ばっかり掛けてきてごめんなさい。
こんな私に生まれてごめんなさい。
でも、もう死んじゃうから迷惑は、掛けません。
さようなら、私の大好きだった家族。
それは、彼女が今まで心に閉じ込めていた思い。
自分の力のせいで、家族に迷惑ばかりかけて、それでも自分を愛してくれていた家族に対する謝罪の気持ち。
このまま死を受け入れれば、家族は自分から解放されて、きっと幸せになってくれるはず、だけど、
(・・・嫌だ。・・・・・嫌だ、嫌だ、嫌だ、イヤイヤイヤイヤ!死にたくない!)
恐怖の中、そして家族に対する罪悪感の中で、死を受け入れていたハズの彼女は、最後に死を拒絶した。
「来ないでっ!」
言葉を封印していた彼女は、死の間際になって、自らの枷を外した。
この時ばかりは、自分に憑りついている悪霊に僅かな感謝をする他ない。
彼女が言葉を放った瞬間、まるで車に跳ねられたように、妖怪が後方へ吹き飛ばされた。
そのまま、アスファルトに落下し、痛みのせいか、のた打ち回っている。
そんな、妖怪を視界に入れて、彼女は、息を荒くしている。
彼女が今、思っているのは、妖怪を吹き飛ばしたことや、力が上手く発動してくれた事への驚きではない。
「ハァ・・・ハァ、・・・・私って、こんな声をしていたんだ。」
何年も声を封印してきた女の子は、自分の声がどんなものだったなんて、分からなくなっていたのか、今の状況よりも、そんな事の方に興味が注がれていた。
しかし、妖怪が倒された訳ではない。
先程までのた打ち回っていた妖怪が立ち上がり、彼女を威嚇し始めた。
生まれて初めて感じる殺気に、明後日の方向へ向いていた意識が再び妖怪へと注がれる。
妖怪は、殺気を込めた目で睨みつけながら彼女に突進してきた。
余りの殺気に気圧されそうになる、震える足に力を入れて、もう一度言葉を放つ。
「来ないで!」
再び生まれた力が妖怪に衝突するが、先程の様な威力が無いのか、今度は少し後方へ飛ばされるだけで、妖怪にダメージを与えられていない様子だ。
彼女の攻撃に最初は突然すぎてまともに喰らってしまった妖怪だったが、来ると分かっていて喰らえば大した威力ではないと理解した妖怪は、躊躇することなく全力での突進を開始した。
「来ないで!来ないで!来ないで!」
怯むこと無く突進してくる妖怪に対し、何度も言葉を放つが、全く妖怪にダメージを与えられていない。
彼女は、このままでは、殺されてしまうという恐怖から、妖怪に背を向けて走り始めた。
後ろからは、今も彼女に迫らんとしている妖怪の息遣いが聞こえてくる。
振り返ることなく必死で逃げた。
走って、走って、走って・・・
だが、披露のせいか、足をもつれさせ、そのままアスファルトの地面に転倒してしまった。
身体を強打し、あちこちに擦り傷をつくって痛みに涙が出てきた。
そんな彼女を妖怪は、待ってくれるはずもなく、思わず後ろを振り向くと、凶悪な爪を立てながら、彼女の柔肌に触れる直前まで来ている。
もはや驚くことも、思考することも、死を覚悟する時間的余裕などない、そんな刹那
一つの影が彼女の前に躍り出た。
まさに一瞬の出来事だった。
妖怪の凶悪な爪が彼女の柔肌を捉えようとした時、妖怪は、突如として現れた影によって、殴り飛ばされた。
一体、何が起こったのか、彼女にはまるで分からなかった。
顔を上げて、影の正体を目視で確認する。
長い髪を後ろに一つにまとめ、左手には鞘に収まった刀を握っている。
後姿しか覗えないが、その人物が身に着けている学ランから、学生だと言う事は一目で分かった。
「ぁ、あの『動くな。』」
彼女の声を遮って、男が制止を掛けた。
「ようやく見つけたぞ、連日の事件の犯人はお前だな。」
言葉を発した瞬間、男から青白い光が放出されるのを彼女は目撃する。
美しい。
その光を見た彼女の素直な感想、人間の身体から光が出るなんてとても信じがたい事ではあるが、彼女は、その光を見つめ、ただただ魅了されていた。
男に見とれていた間に事態が動く。
男と相対していた妖怪が、足に力を入れて、再び突進する。
危ない!
そう叫ぼうとするが、男は焦ることなく左手の刀をゆるりと引き抜く。
そして、男の首に妖怪の爪が触れようとする次の瞬間、妖怪は真っ二つになった。
一体、いつの間に刀を振り下ろしたのか、男は、妖怪を斬った状態からゆっくりと姿勢を正し、刀を一振りすると、刀身に付いた血を払い、再び鞘に戻した。
男は、自分の後ろでへたり込んでいる彼女を一瞥すると、再び背を向けて胸元から携帯電話を取り出して、誰かと話を始めた。
「俺だ、対象は始末した、だが一人喰われていた、処理を頼む。」
完全に自分を放置して通話を続けている状況に、どうしたらいいのか分からず、次第に落ち着きを無くしオロオロとしていると、ようやく話が終わったのか、男は彼女に振り向いて声を掛ける。
「おい、お前、何処の能力者だ?」
「ふぇ?」
男の質問の意味が分からなかったこともあるが、突然話しかけられたせいで、すっとんきょうな声を出してしまった。
「お前も能力者だろ?何処の者だ」
「のうりょくしゃ?」
恐らく自分の力の事について言っているのであると察しが付いたが、彼は勘違いをしていると思い、自分の状況を話そうとする。
「違うの、これは私に憑りついている悪霊の仕業で、」
「あ?お前、何を・・・」
彼女の言っている事の意味が一瞬理解できず、男は言葉に詰まる
「えっと、今まで何人もの霊能力者さんに診て貰ったんだけど、私には、とても強い悪霊が憑りついていて、私が話した事を実行に移そうとするって、だから・・・」
「お前、ひょっとして、ぽっと出の能力者か?」
ぽっと出と言われて、頭に?マークしか浮かんでこないのか、彼女は小首を傾げるしかなかった。
「・・・どうやら自分の状態が分かってないらしいな。」
「状態?」
「言っておくが、お前に悪霊何て物は憑りついていない。」
「え?」
「正真正銘あれは、お前の力だ。」
目の前に居る男が、一体何を言っているのか、全く理解ができない、いや、理解が追いついていないと言う方が正解だろう。
「私の力って、人間にそんな事が出来るはずが無いよ?」
「悪霊の存在は、信じても、そっちは、信じられないって、どういう理屈だよ」
やれやれとばかりに、困った顔を浮かべる男は、仕方ないといった様子で、右の掌を上へ向ける、すると、掌から先程彼女が視た青白い光が現れた。
「視えるか?」
驚きに声も出ないのか、彼女は、コクコクと首を何度も縦に振る。
「これは、生命力、霊力等と呼ばれていて、俺達能力者は総称してオーラと呼んでいる。」
「オーラ?魔法じゃなくて?」
「魔法・・・いわゆる魔術に必要なのは魔力だが、生憎俺には、そっちの才能が無くてな、大して教えられる事はない。」
あぁ、魔術も存在するのか。
男の話を聞いて思ったのは、そんな事
「お前の能力は、オーラによる物で、【固有能力】又は【固有魔法】と呼ばれる類だ、だが、こういった特別な能力について原理などは、未だに分かってはいない。」
「そんな、」
彼の言葉に愕然としてしまう。
自分の力だと知っても、また今まで通り、喋ることが、声を発する事が出来ない日常へ逆戻りになってしまうのかと。
「だが、コントロールする事は可能だ、俺の知り合いにオーラに関するスペシャリストが居る、その人なら、きっと力になってくれる。」
彼の言葉に、彼女は俯きかけていた顔を上げる。
だが、
「で、でも、もう家にはお金が無くて、あの・・・」
そう、今まで偽物の霊能者達に騙され続けた彼女の家には、借金はあれど、出せる金など無いのだ。
両親に話せば、きっと金を用立ててくれるだろう。
しかし、今までの事が全部、自分の力のせいだと知った彼女にとって、それは、とてもじゃないが話せる内容では、無かった。
「金の心配ならするな。あの婆さんは、変わり者だが、お前みたいな才能を持った奴を教育するのが趣味みたいなもので、金は取らない。」
「ほんとうに?」
今まで、騙され続けているせいか、人間不信に陥りかけていた彼女にとって、例え失礼なな事を言ってしまったと、理解はしているが、そう質問する以外に無かった。
「安心しろ、その人の所まで俺も付いて行ってやる。もし、その人が信用ならないと思ったら、帰ればいい。」
この人は、この目の前に居る男は、信用できる。
彼女は、直感でそう思った。
ならば、この人に掛けてみようと。
「自己紹介が遅れたな、俺の名前は清十郎、五月女清十郎だ。」
男が差し出した右手に、彼女も答えるようにして右手を差し出して答える。
しっかりと手を握ぎると、彼はへたり込んでいた彼女を引き上げる。
「わ、私は葵、東雲葵です。」
これが、彼女【東雲葵】が本物と初めて出会った瞬間であり、五月女清十郎との出会い。
そして、彼女が能力者や魔術師達が生きる世界に足を踏み入れた瞬間でもあった。




