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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
昨日へと至る奇跡編
219/295

世界の奇跡が相手でも

 咲耶達が暮らす街は、都会と隣接した県であり、遊園地と動物園が一緒になった公園やら、立派なウォータースライダーがある県営のプールやら、川や山……海以外なら何でもあり、遊ぶ事には事欠かない。


 過去、この県を題材にした「ぶっ翔んで〇玉」というコメディー映画まで制作されたほどだ。


 そんな何でもある所のとあるテーマパークにやって来た。


「――みんな、早くしないとジェットコースターに行列が出来ちゃうよ!」

「待ってよ咲耶ちゃん!」


 園内に入るなり、駆け足でアトラクションへと急ぐ咲耶と、それを追う燕、歳相応に無邪気な姿を見て、熾輝と朱里、そしてアリアは苦笑いを浮かべていた。


「それで、咲耶はどうしたんだ?」

「ん~、それがよく判らないのよ。今朝、急に遊びに行きたいって言いだして」


 当初の予定では、夕方まで勉強会をして夜から可憐の家で天体観測を行うハズだった。


 しかし、当日になって急に遊びたいという咲耶のお願いから急遽、予定を変更して皆でテーマパークに来ている。


「別に良いじゃない。最近は勉強ばっかりだったんだし、たまの息抜きは必要よ」


 咲耶の様子が変だと感じている2人に対し、朱里は意外と気にした様子もなく『そういう気分の時だってあるでしょ』と割り切っている。


「それはそうだけど、昨日はそういった素振そぶりは、無かったじゃないか」

「女心は移ろいやすいものよ」

「…それって、使い方あっているの?」

「インスピレーションの話よ」


 朱里が言わんとしている事は、何となく判る。

 しかし、熾輝が知る限り、結城咲耶という女の子は、土壇場で約束を変更する様な子でも、ましてや勉強したくないから遊びに行こうなどといういい加減な子ではない。


 だから、何があったのか、気になってしまうのだ。


「まぁ、何かあって、本人が話したくなったら話すだろうし、話さなくても勝手に解決しちゃうかもだし」

「つまり?」

「つまり、見守ってあげてって事よ」


 相棒パートナーであるアリアだって、本当は気になっているハズだ。しかし、彼女は無理に聞き出そうとはしない。故に見守ると決めているようだ。


「…そういう考え方もあるか」


 言われて、熾輝は納得したように頷いた。


「おーい!3人とも何しているのー!早くー!」


 遠くから咲耶が呼んでいる。

 

「今行くー!」


 アリアが手を振って応え、熾輝たちも駆け足で追いかけた。



◇   ◇   ◇



 結城咲耶は、何度も1日を繰り返している。


 数えるのも嫌になる程の繰り返し。


 繰り返すたびに心が擦り減っていくのを実感する。


 グチャグチャになって、自分と言う存在が無くなってしまう気がした。


 しかし、いつもギリギリのところで心が踏みとどまる。

 

 それは、彼がいるからだ………


「いよいよだよ!」

「きゃっ、どうしようドキドキしてきた!」

「ふ、二人とも子供ね!こういう乗り物は安全よ!」


 女子3人がそわそわしながら順番を待つ。


 一緒に並んでいる熾輝は、そんな3人の様子を見て微苦笑を浮かべているが、実はジェットコースターというものを産まれてこのかた乗った事がないので、密かに楽しみにしていた。


 ジェットコースターのレーンは、意外とエグい角度の傾斜とコーナーで構成されており、人間心理学的にいって、人が最も恐怖を覚えるような高さ・角度・スピードで作られている。


「ねぇねぇ!熾輝くん、一緒に乗ろうよ!」


 キャッキャッと騒いでいた燕が熾輝の腕に抱き着いて誘ってくる。


 ここまでは、いつも通りの流れ。しかし、いつも通りでない事が起きる。


「あっ、ズルいよ。私も一緒に乗りたい!」


 もう片方の腕に咲耶が抱き着き、自分も熾輝と乗りたいと言ってきた。


 この行動には、流石の熾輝も内心で驚いた。


 なにせ、結城咲耶という少女は、内気でこういった大胆な事はしない子だ…と熾輝は今まで思っていたからだ。


「………」

「………」


 熾輝を挟んで2人の少女の視線がぶつかり、火花が散る。


「咲耶ちゃん、私が先に誘ったんだから、ここは譲ってくれないかな?」

「燕ちゃんこそ、今日の遊園地行きは私が誘ったんだから、私に譲るべきじゃないのかな?」


 フフフ、と笑い合ってはいるが、目が笑っていない。

 自然と抱き着いていた腕に力が加えられる。


――痛たたたた


 日頃から鍛えているとはいえ、痛いものは痛い。何故か地味に痛いのだ。

 渦中の熾輝は助けを求める様に一緒に並んでいた朱里に視線を向ける。

 すると、この状況を楽しんでいるかのようにニヤニヤと笑みを張り付けている。


――後で覚えていろよ


 熾輝は、心の中で報復を誓った。


 そして、アリアはといえば、ジェットコースターは苦手と言って、近くのベンチから様子を眺めていた…が、やはりニヤニヤと笑みを張り付けていた。


――後で覚えていろよ


 熾輝は、心の中で報復を誓った。


 結局、このあと睨み合いは、長くは続かなかった。

 端的に言うと順番が回ってきたからだ。

 しかし、結論を言うと2人が争う意味はなかった。

 何故かというと、座席は3人1組で乗るタイプの物で、熾輝を真ん中に置いて、左右に2人が乗ると言う感じにまとまったからである。


 

「次はアレ!アレに乗ろう!」

「賛成!絶叫系は全部コンプしよう!」


 ジェットコースターから降りた途端、次の乗り物にダッシュする咲耶と燕。

 先ほどまで火花を散らしていたのが嘘のようである。


「お疲れ~」

「…さっき、笑ってたね?」


 先に行った2人を追いかけるようにして歩く熾輝は、合流したアリアにジト目を送る。


「はは、なんかじゃれてるなと思ってね」

「近くで見ていて笑えたわ」

「2人共、覚えてろよ」


 呪詛でも込めたようにボソッとつぶやく。…が、当の2人はケラケラと笑ったままだ。


 結局、このあと色々なアトラクションに乗ったが、最初のときのように熾輝の隣を奪い合うと言う争いは起きなかった。

 

 というのも、熾輝が居ぬ間に2人で取り決めをしたらしく、順番も交互にと言う形が自然と出来上がっていた。


 熾輝が敢えてその事に触れないのは、単に藪蛇をつつく様なマネをわざわざする必要は無いと判断したからだ。


「ん~!なんだか久しぶりに遊んだ感じ」

「そうだった?少し前にみんなで出掛けたけど」

「うん、…そうなんだけどね。えへへ」


 誤魔化し笑いを浮かべる咲耶は、他の皆とは違う時間にいる。

 他の者はその事にすら気が付いていない。

 故に彼女にとって、こうした余暇の過ごし方自体が久しぶりなのだ。


「あっ!熾輝くんアレ!アレとってよ!」


 言って、彼女が指さしたのはクマのぬいぐるみ。

 パッと見、テディーベアーの様な上質な質感の…おそらく買えば相当お高いと判る代物。

 それが景品棚の上に置かれていた。


「ダーツか…これなら経験がある」


 店先まで来て、説明書きの看板に目を向ける。

 渡されるダーツは5本、得点事に景品がもらえるシステム。

 真中から10点、5点、1点と3段階。

 普通のダーツより一回り大きく的が作られている。しかし、的から投げる位置が少々大きめに距離が取られている。


 難易度が低めと見せかけて、その実、普通のダーツよりハードだ。

 

「いらっしゃいませ」

「1回お願いします」


 笑顔で迎え入れたスタッフに500円を渡すと5本のダーツを受け取る。


 綺麗な構え、そしてフォーム、手からダーツが離れると一直線に的のど真ん中に突き刺さる。


「すごい!」


 大して狙いを付けず、即座に投擲きしてど真ん中…こうしたゲームは狙いを付ける時間が長い程、身体に余計な力が入って狙いが狂う。

 ただ、これは訓練で対処可能なので、熾輝が狙いを付けすぎても狙いが狂う事は中々ない。


 2投目、3投目とリズム良くど真ん中に突き刺していく。


 ちなみに咲耶が欲しがっている熊のぬいぐるみは50点満点の特等だ。


 同じ特等に大型テレビやエアコン……遊園地に似つかわしくない物が並んでいる事はさて置いて、相当高価なものだと予想できる。


 つづけて4投目も的中して最後の1本となった。


「頑張って!」


 咲耶の応援にも次第に熱が篭る。

 ただたんに欲しいからという理由だけでなく、こうしたゲームのドキドキ感がそうさせているのかもしれない。

 

 そして、最後の1投が手から離れた。


「やッ……ぁ」


 思わずやったと叫びだそうとして、言葉の続きが飲み込まれた。


 見れば、ど真ん中の枠の僅か外にダーツが突き刺さっている。


「あ~、惜しかったですね。でも1等です!すごいですよ――」

「もう一回やります」

「「え?」」


 熾輝の言葉を聞いて、咲耶だけでなくスタッフまでもが戸惑いの声を漏らした。


「し、熾輝くん無理しなくても…ホラ、1等でも可愛いグッズとかあるし」

「もう一回だ」


 余程悔しかったのだろう。

 表情豊かでない熾輝の目元がピクっと痙攣しており、眼の奥にメラメラした何かを幻視した。


 結局このあと、3回チャレンジしてようやく50点満点を叩き出した熾輝は、目当てのクマのぬいぐるみをゲットした。


「ほら、お目当てのぬいぐるみだ」


 差し出されたぬいぐるみを受け取った咲耶は、ぎゅっと胸元に抱きしめると、その愛くるしい造形と質感に頬が緩んでしまう。


「ありがとう、大切にするね」


 「うん」と短く返事を返した熾輝は、なにやらスッキリとした表情を浮かべている。

 今回は4回でパーフェクトを出したが、おそらく、くまのぬいぐるみが取れるまで続けていたであろう事は、容易に想像できた。


 その後も熾輝達は、遊園地のアトラクションを楽しんだ。


 しかし、夜から天体観測をするため、乃木坂邸に集まる約束があったため、そろそろ終わりにしなければならない。


「あ~あ、もうお終いかぁ」

「次は可憐ちゃんとも一緒に来たいわね」


 燕の嘆きに朱里が今日は来れなかった可憐の話をする。


「そ、そうだね。あと遥斗くんも誘って」


 果たして、その次はやってくるのか…咲耶だけがそんな事を思ってしまう。


「ねぇ、熾輝くん。次に来た時は、私にも何か取ってくれる?」

「え?……うん、任せて」


 燕のお願いごとに、僅かな迷いをみせるも、微苦笑を浮かべて応える。

 

 燕は熾輝の返答を聞いて、「やった!約束だよ」と嬉しそうにする。


 その光景をみていた咲耶の胸の奥がキュッと苦しくなる。


 それは、嫉妬なのか、はたまた、その約束が果たされることがない事を自分だけが知っている事への苦悩なのかは、彼女自身にも判らない――。



◇   ◇   ◇



 遊園地から帰ってきた面々は、その足で乃木坂邸に向かった。


 約束の時間通り、遥斗とも合流し、毎回のように、お喋りをして、食事をしてと変わらない風景が咲耶の前で繰り広げられる。


 ただ、いつもと違う点といえば、やはり遊園地の出来事について話の花を咲かせた事だろう。


「みなさん、今日は遊園地に行ってたのですか?」

「そうなのよ。咲耶が急に遊びたいって言いだして」

「でも、いい気分転換になったよね」

「まぁね。次に行くときは、か、可憐ちゃんも一緒に行くのよ?」


 朱里が、「か、可憐ちゃん」とつっかえたのは、気恥ずかしさのせいだろう。

 いつもの面々を呼ぶとき、彼女は熾輝、咲耶、燕と呼び捨てにする。が、なぜだか可憐については可憐ちゃんとちゃん付けをするのだ。


 何故だろう?

 

 それは、朱里が彼女を特別視しているに他ならないのだが、百合的な意味合いでは決してない。


 熾輝でさえ、可憐のことは、他人行儀みたく乃木坂さんと呼んでいる。

 そこに深い意味は無いが、そうさせる雰囲気が彼女にあるのは事実だろう。


「もちろんです。その時は、一緒にジェットコースターに乗りましょう」

「ええ、すっごく恐いから、手を繋いであげる」

「よろしくお願いしますね」


 …百合的な意味は決してない。


「熾輝くんも意外とやるね」

「なにが?」


 女子達が談笑していた際、遥斗がクツクツと小さな笑いを浮かべて言った。


「結城さんにプレゼントしたんでしょ?それ」


 言って指差したのは、苦労してゲットしたクマのぬいぐるみ。


「プレゼント…になるかな?ゲームの景品だよ?」


 女の子たちはお喋りに夢中なので、男子だけが聞こえる音量でお話をする。

 

「なるよ。…熾輝くんがどう思っても、誰かに貰ったら嬉しいからね」


 含みを持たせたような笑みを浮かべて話す遥斗に「そういうものか」と熾輝もまた、曖昧な笑みを浮かべた。


 

◇   ◇   ◇



「――それで?今日はどうしたの?」

「え――?」


 食後の後片付けの際、2人っきりになったときにアリアが問いかけてきた。


「らしくないなぁって思って」

「そ、そうかな?いつもどおりだよ」


 髪を撫でる様に触れ、目を泳がせる咲耶を見て、アリアは「やっぱり」と頷く。


「全然いつもどおりじゃない」


 アリアは知っている。

 咲耶が何か隠している時や、不安な時は、髪を撫でたり両手を組んだりと、何かを触るサインをすることを…


「カラ元気…というかヤケッパチな感じだったよ」

「………」


 自覚はあった。

 ただ、言われて、どうしたらいいのか判らず、困った顔になる。


「責めている訳じゃないの。ただ、咲耶の事が心配なのよ」


 そう言ったアリアは、咲耶の両肩に手を置いて、曇った顔を覗き込む。


「ねぇ咲耶、何か困ったことがあるんじゃないの?」

「………気のせいだよ」


 何も答えられない。

 言っても、いつもの二の舞になる。

 しかも、タイムリミットが近づいている今、ここで何を言おうと無駄だと咲耶は理解してしまっている。

 

 そして、咲耶の眼が霞みがかった様に光りを閉ざそうとしている。


 今までがそうであったように、今度もまた繰り返される。


 終わりの見えないマラソンを走らされている気分になっていく。


「その眼を私は知っている」


 どんな言葉だって、今は虚しく感じる。

 きっと、次の繰り返しで、似たような行動をとれば、アリアは同じようなことを言うのだろうなと…


 だから、もう彼女は悲しんだり、憂いたりはしていない。

 それを当然の事の様に受け入れ始めている。


 まるで…


「まるで昔の自分を見ているようなの」


 不意に紡がれた言葉にドキっと、心臓を鷲掴みされたような錯覚を感じた。


 きっと繰り返される言葉のハズなのに。


 なんども繰り返し見て、見飽きたドラマを拷問のように見せられている感覚になるハズなのに。


「未来に絶望していたあのころ…諦めの境地に至ったかのような、決して踏み込んじゃいけない場所に立っている気がするの」


 アリアは当初、見守ると決めていた。

 だから熾輝達にも待ってほしいと釘を刺していた。

 そのアリアが自ら咲耶を問いただしている。


 矛盾…と言われても仕方がない。


 だが、アリアには予感があった。それは直感よりも確かなもの。


 今、咲耶の心の中に入る機会を躊躇すれば、次はやってこないという確信。


「だからお願い、少しでいいの。咲耶の不安を私にも分けてちょうだい」

「アリア……」


 この先、何度も同じことを繰り返す。

 きっと自分は、抜け出せない。

 アリアの言ったとおり、心の何処かで諦めていたのかもしれない。


 だけど、それがイヤだった。

 

「私は、きっとみんなと一緒にいられない」


 不安があった。

 自分だけの時間が戻って、他のみんなは先へ行ってしまうのではないか。


「私がどんなに頑張っても、何も変えられないかもしれない」


 どれだけ手を尽くしても、過去へと引きずり戻される。

 終わる事のないこの世界で、自分はたった1人残される。


「怖くてたまらないよぉ――」


 目に溜まった涙がポロポロと流れ落ちる。

 そんな咲耶をアリアは黙って抱き寄せた。


「ありがとう、さくや」

「ぇ――?」


 それは、話をしてくれたことに対してだったのか、頼ってくれたことに対してだったのかは判らない。


 ただ、咲耶の話は抽象的すぎて、彼女の身に起きている事象については、どうあがいたところで、推測すら立てられない。


 が、そんな事は、そもそも関係がなかったのだ。


「大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 それは、今まで誰も掛けてはくれなかった言葉だった。


 「諦めるな」「頑張れ」と言われる度に心が擦り減っていった。


「ずっと1人で抱え込んで、ボロボロになって……もう1人にしない」


 ギュッと抱きしめる手に力が入る。

 だけど、苦しくない。

 まるで、母親の腕の中にいるかのような安らぎさえ覚える。


「…アリアは、…アリアは、寂しくなかったの?」


 咲耶は、アリアの過去を知っている。

 ずっと孤独だったあのころの……


「すっっっっっごく、寂しかった!」

「どうやって、抜け出したの?」


 アリアと咲耶は違う。

 アリアは咲耶の様に同じ日を繰り返してはいない。

 咲耶もまた、アリアの様に長い時を生きていない。


 だが、不安・孤独・絶望は、誰よりも理解できる…お互いに。


「私が抜け出したというより、引っ張り上げてもらったかな」


 言って、アリアは優しい眼差しを咲耶へ向けた。

 深く、深く、まなこの奥深くを覗き込むように。


「アリア、わたし――」

「2人とも!始まったわよん♪」


 何かを言いかけた咲耶の言葉が不意に遮られた。

 空気を読まない変態死鬼神である刹那さんによって…


「あら?おじゃまだった?」

「ななな、なんでもないよ!?」


 顔を真っ赤にして、慌てたまま咲耶はその場を足早に後にした。


「……本当にお邪魔しちゃった?」

「そうね」


 少しムッとしたように口を尖らせたアリアは、ジト目で刹那を睨み付けた。



◇   ◇   ◇



 結局のところ、現状の打開は出来なかった。

 だが、咲耶の心情を動かす事は出来たハズだ。


 繰り返され、色あせ、見飽きていた世界が鮮やかさを取り戻していた。


「ふしぎ…」


 なに一つとして解決はしていない。


 なのに、彼女の心に一つとして曇りはなかった。


 それは決して、諦めの境地へ至ったからではい。


「みて!どんどん流れていく。まるで星のシャワーだ」


 隣で夜空を見上げる熾輝の横顔を覗けば、キラキラと目を輝かせて一心に流れ星を見ている。


 彼の瞳には流れる星々の光が映り込んでいて、まるで星の瞳の様に見えた。


――そういえば、あの時もこんな風に見えたっけ…


 以前、悪魔に乗っ取られたときにみた熾輝の瞳、その右眼が放つ光はまるで星々の輝きのように視えた。


 あれが何だったのかは、彼女には判らない。

 だけど、あれほど怖い思いをしていても尚、安心感を得ていた。


「…ねぇ、熾輝くん」

「なに?」


 不意に名前を呼んだ。

 特に何かを言おうとしたわけではない。

 ただ、呼びたくなった。…それだけだ


「なんでもない」


 言われて、キョトンとした表情を浮かべ、お互いに微苦笑した。



――あぁ、終わりにしたくないなぁ


 今、こうして同じ星空を見上げている。

 それだけで幸せな気持ちになった。


――きっと、また繰り返される


 それだけがイヤだった。


 この幸せは、またやってくるかもしれない。


 「だけど」…と心の中で漏らした想いに覇気はない。



「本日は、とても楽しかったですね」


 締めくくりの声を上げる可憐に皆がそろって同意をする。


 この光景も何度みたことか…


 もうじき、あの時がやってくる


「――熾輝くんと空閑くんも泊っていきませんか?」


 帰る準備を進める2人に声を掛けるも、やはり断る彼らを咲耶はただ見ている事しかできない。


 そうしているうちに玄関を出ようとする2人に別れを告げる。


 遥斗は毎回のように「お休み」と返し、熾輝は……


「いや――」


 それは、彼女…咲耶のこえ


 慟哭のような音声では決してないそれは、しかし確かに彼女の心の叫びだった。


 ただ、そのあまりにも小さな叫びは、誰の耳にも届いていない。


「いやだよぉ――」


 己を突き動かす感情が何なのかと問われれば、彼女にも判らない。


 気が付けば、彼女は走り出していた。


 別れの言葉を告げるために振り返ろうとする彼のもとへ。


「熾輝くんッ――!!!」


 それは、あまりにも大きな音声だった。


 思わず自分でもこんなにも大きな声が出せるのかと驚くほどに…


「咲耶――?」


 驚いているのは、向こうも同じ。

 目を大きくして、どうしたのかと言う表情がくっきり読み取れる。


 そんな表情もするのかと、頭の片隅に過った瞬間、彼の事をもっと知りたいと思ってしまった。


 同じ一日を繰り返して行くなかで、熾輝の事を知る機会は沢山あった。


 そして、思い出も沢山できた。


「わたしッ、――」


 一緒に勉強を頑張った。

 頭が沸騰するほど大変だったが、それでも楽しかった。


 一緒に山に行って、天体観測をした。

 山育ちだった熾輝は、歩きながら山菜をとって、食べさせてくれたし、手をとって登ってくれた。

 何より、昔、この街で出会うより以前に自分たちは出逢っていたのだと伝える事が出来た。


 一緒にいて、寄り添ってくれた。

 心が擦り減って、どうしようもなくなった時、ずっと手を握って傍に居てくれた。


 一緒に遊園地に行って遊んだ。

 自分がねだったぬいぐるみを取るために一生懸命になってくれた。


「わたしはッ、――」


 それら全てが無くなってしまう。

 自分だけが知っている思い出……それは思い出とは言えるのだろうか?


 否である。

 

 咲耶が欲しいのは、自分だけが知っている、ただの記憶としての記録では決してない。


 だから、そんな事は、もう耐えられなかった。


 例え、繰り返される毎日が幸福なものになっても

 例え、永遠に一緒にいられるとしても

 例え、明日が今日より悪くなるとしても


 結城咲耶は、明日が欲しかった。


 未来へと行きたかった。


 だから―――


「わたしは、熾輝くんの事が好きーー!!」


 何度も叫ぼう


 何度でも伝えよう


 例え繰り返されたとしても、この気持を自分だけの記憶にしないために。


 次の世界でだって伝えてみせる。


「あなたが好き、好きです」


 夜の闇を引き裂く彗星が頭上を通過していく。


「大好きです」


 時間が巻き戻り、彼らを引き裂こうとも、彼女は決して諦めない。


 目の前に突き付けられる過去へと至る世界の奇跡が相手だろうと、もう一歩も退いてやるつもりは彼女にはない。


 そして――


「ありがとう、すごく嬉しい」


 彗星が飛び去った夜空の下で、彼は微笑んでいた。



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