天体観測
アラームの音と共に朝を迎えた――。
彼女にとっては、変わらない同じ朝だ――。
違う事と言えば――。
『いい咲耶、よく聞いて。もしもループが起きたとき、今の私たちじゃあ手の打ちようがないわ』
『ぅ………』
『でも、悲観しないで。アナタが目を覚ましたら直ぐに私たちを呼び集めるの。そして、知りうる限りの情報を伝えて』
『で、でも難しい話は上手に話せるかどうか』
朱里に言われるも咲耶には自信が無かった。
現状を正しく伝えるための魔術的知識が圧倒的に足りないのだ。
『大丈夫、そのための秘策は魔導書の中にあるから――』
前回の熾輝は、今日の咲耶たちへとバトンを繋げる策をしっかりと授けた。
そして現在…咲耶は身を起こして直ぐに行動に移る。
「大丈夫、大丈夫」
言い聞かせる様に呟くと、先ほどから鳴りっぱなしのアラームを止めて立ち上がると…
「咲耶ぁ起きてるぅ……なんだ、ちゃんと起きて――」
「アリア、急いでみんなを呼びたいの」
お早ようの挨拶を遮り、開口一番、咲耶から発せられた言葉にアリアは驚いた。
そして、このあと咲耶から聞かされるループ現象についてアリアは顔をしかめつつ、訳が分からないままに熾輝達に連絡をとった。
「えっと、こんな早い時間にどうしたの?」
「約束の時間まで、全然まだじゃない」
「ていうか、みんなおはよう…ムニャムニャ」
「僕なんか看護師さんを撒いてきたよ」
集められた彼等は、口々に好き勝手なことを言う。
だがまぁ、事情を知らない彼らに空気を読めと言う方が無理な話だろう。
故に直ぐにでも状況を理解してもらう必要があるのだが…
「みんなゴメン、早速だけどスゴク困った事になってるの」
言いづらそうにモジモジとする咲耶を見て、皆が口を閉じて彼女の話に耳を傾けた。
「あの、えっと……助けてくれますか?」
「「「「「もちろん‐よ。だよ。」」」」」
恐る恐るといった感じに問いかけた咲耶に対し、考える時間など一切無く、皆が即答で返した。
その姿に勇気をもらい、咲耶は微苦笑を浮かべると|不朽の願い(エヴァ―グリーン)の魔術を起動させた―――。
「――なんてこった」
最初に漏らしたのは熾輝だった。続けて皆が同様の感想を口々に漏らす。
「えっと、事情は上手く通じたかな?」
咲耶が起動させたのは魔導書に収められている秘術【以心伝心】だ。
この秘術によって、彼らは咲耶が置かれている状況を直ぐに理解した。
前回のように一々説明や立証をする必要もなく、一発でだ。
そして、反応を見る限り状況は伝わっている。が、流石に摩訶不思議な現象のため、頭に入って来た情報を呑み込むまでに時間が掛かっている様子だ。
「もはや魔法だな。リミットは…あと15時間」
「でも、前回より情報はある」
「それに時間もね」
魔術師3人は、無理やり情報を呑み込むと、次いで頭をフル回転させつつ話し合いを始め精査を始めた。
話している内容は、前回とは異なるような内容ばかりで、咲耶にはチンプンカンプンだ。
だがしかし、今回も駄目だった場合、その内容を次回に持って行かなければ、同じことを繰り返す事になるので、理解は出来ずともなんとかして頭にたたき込もうとする。
「情報の補填を行うのが最優先だ」
「なら、彗星がどういった形で影響を及ぼしているのかを調べないと」
「これだけの事象干渉が起きているなら何かしらの歪みがが発生するハズよ」
魔術知識だけで言えば世界トップクラスの3人が知恵を絞り方針を定めていく。
「ミネルヴァ、彗星を観測するために適した場所を割り出せるか?」
『……北西50キロに位置するカグツチ山の頂上です』
携帯端末から呼びだしたミネルヴァが瞬時に算出したポイントを伝える。
「え、でも待って。星の観測なら天文台の方が良いんじゃない?」
「そうよ、咲耶のパパさんも大学の手伝いで天文台に行っているんだし、そっちに行った方が観測はしやすいハズよ」
ミネルヴァが算出したポイントに異議を唱える燕とアリアだったが、その意見は直ぐに否定されることになる。
「いや、付近にある天文台は人が集まり過ぎる上に山の高さが足りない」
「でも、設備は十分でしょ?」
「そこはほら、魔術と魔具で天文台以上の条件が揃うから」
遥斗に言われたアリアは「あ、そっか」とポンと手を叩いた。
「人員はどうするのよ?」
「ぞろぞろと行っても時間もかかるし…ここは熾輝くんと結城さんの2人に行ってもらって、僕たちはここに残ってバックアップだ」
「「判ったわ・オーケーだ」」
話がトントン拍子に進み、置いてきぼりな様子の咲耶だが、3人の申告そうな表情からそれだけ時間が無いのだと理解した。
「遥斗、必要な魔道具は持ってる?」
「もちろん、僕の屋敷に…刹那姉さんお願い」
「了解☆」
視線を向けた遥斗に応える様に刹那がビシッと音が出る程にキレの良い敬礼をする。
「咲耶、移動しながら説明するから付いて来て」
「う、うん!」
慌しく部屋を出ようとした2人だったが、そこに声が掛かる。
「えっと、私は~?」
「アリアさんは僕のサポートを頼むよ」
「あ、…はい」
相棒であるハズのアリアが咲耶と離れ離れになるのは、納得がいかない様子だ…しかし、事の重大性を理解しているため、グッと我慢をする。
「燕は私と一緒に神社へ行くわよ」
「神社に?」
「そうよ。神様がいる神社なんでしょ?もしかしたら何か情報をもっているかもしれない」
「そ、そっか。……うん!判った!」
それぞれが割り当てられた役割をこなすために動き、少女を救うために始めた――。
◇ ◇ ◇
机上の空論をいくら並べ立てたところで解決には至らない。そう結論付けるのに時間は掛からなかった。
というより、すでに前回のループで考えられる仮説は出尽くしていると判断したため、今回はアプローチを変えてみる事になった。
簡潔に言えば原因と思われる彗星の観測を行うために☆が一番よく見える山岳地帯へと場所を移す事になったのだ。
「足場がぬかるんでいるから気を付けて」
「あ、ありがとう」
道なき道を熾輝と咲耶は突き進む。こうした難場を歩くには慣れが必要であり、幼少のころから山で育った熾輝にとってさほど苦にはならない。だが、都会育ちの咲耶にとっては、とても難しい。
故に足場が悪いところは熾輝が咲耶の手を取って補助をする…その際、彼女がドキドキと胸を高鳴らせてしまうのは仕方がないこと。
「疲れた?」
「大丈夫、まだまだ元気だよ」
咲耶の微妙な変化を感じ取って声を掛けた熾輝に対し、なるべく平静を装って応える事が出来たと安心する。
「もう少し先に開けた場所があるから、そこで休憩しよう」
しかし、やはり違和感を覚えたため、少し早い休憩を提案されてしまった。
熾輝が言ったとおり、森を抜けた先に開けた場所があり、そこで2人は小休憩をとった。
「燕ちゃんたちには悪い事しちゃったかな」
この場にいない燕・朱里・遥翔・可憐に対し申し訳ない気持ちを吐露する。
彼らは、ネットワーク上には無い情報…つまりは魔術的文献等を調べるために別行動をとっている。
「みんな咲耶が心配なんだ。だから悪いなんて思わなくてもいいよ」
「それは判るんだけど、やっぱり…ね?」
自分のせいで皆に迷惑を掛けてしまっている事実に彼女は申し訳ない気持ちとうれしいきもちになっている。
「迷惑なんて思っていないよ。むしろ相談してくれなきゃ、みんな怒ると思う」
「熾輝くんも?」
「もちろん」
考える素振りも見せず即答した熾輝を見て、咲耶は心の中が温かくなるのを感じた。
「やっぱり熾輝くんは、優しいね」
「僕が…そうかな?」
柔らかく微笑んで、熾輝を評した咲耶。ただ、熾輝にその実感がないのか、思わず疑問符が浮かび上がってしまう。
「うん。昔から全然変わらない」
「むかし――?」
再び疑問符が浮かんだ熾輝に対し、咲耶は「あっ」と声を漏らすと慌てて何でもないと、手をバタバタさせる。
それもそのハズ、熾輝と咲耶が出会ってまだ1年しか経っていない。にも関わらず彼女は昔と表現した。
まるでもっと前から熾輝を知っているかのように…
「さ、さぁ!もう行こうか!」
「え?あ…」
問いかけようとした熾輝の言葉を聞かず、歩き始めた咲耶を追いかける様にして後に続く。
そんな彼女を見て「どうしたんだ?」と思いつつ2人は頂上を目指す。
「…つ、着いた」
2人が登頂を終えたのは、日が沈み掛けた夕刻ころ。熾輝は手早く野営の準備を整え天体観測に備える。
「流星群が見え始めるのは、10時ころか…」
あらかた準備を終えた熾輝が時計の針を確認する。
「まだまだ暫く時間があるから、今のうちに食事を済ませちゃおう」
「そうだね。もうすぐ出来上がるから持っていてね」
そういった咲耶は、簡易コンロの上に乗せた鍋を掻き混ぜた。
鍋の中からは香辛料独特な香りが漂ってきて食欲がそそる。
「本当は、ちゃんと作りたかったんだけど仕方がないよね。でも熾輝くんのおかげで美味しく出来たよ」
鍋の中に入っているのはレトルトタイプのカレーで、適当な具材がプラスされている。因みにこの適当な具材は、登山していた途中に熾輝が採取した山の幸だ。
咲耶は歩きながら何を取っているんだろう?と思っていたが、夕食の準備をするときになって、ようやく理解した。
「サバイバルなら任せてよ。植物を見れば、食べられるかどうかくらい一目で判るから」
「流石、山育ちだね。そのおかげで私は美味しいご飯にありつけました」
ありがたや~と手を合わせて拝むポーズをした咲耶を見て、思わず笑いが零れた―――。
「――じゃあ、これといった情報はなかったんだね」
『うん、ごめん』
2人は夕食を食べたあと、街に残って調査を進めてくれていた遥斗たちと連絡をとり、得られた情報の交換を行ったが、有力な情報は得られなかった。
ちなみに魔術による通信手段は現代において確立されていないため、携帯電話を利用しての形になる…が、三兆は当然のことながら電波が来ていないため、ミネルヴァによる衛星回線(違法行為)を開いて通信をしていたりする。
「いや、仕方がないよ。あとはこっちで出来るだけ情報を集めてみるから」
『了解、こっちでも出来る限り情報の収集を続けるから――』
その後、ある程度の情報の共有化を図り、2人は通信を終了させた。
「「………」」
遥斗たちからの情報を受けて再び咲耶に不安が渦巻く。ある程度は予想していたとはいえ、こういったとき、なんと声を掛けるべきか迷ってしまうのは熾輝の欠点だ。
「熾輝くん…」
「ん?」
「私は大丈夫、みんなが……熾輝くんがついてるもん」
そう言った咲耶の手が僅かに震えていたのを見て、強がりだと直ぐに判った。だから熾輝は彼女の強がりに応えるように「あぁ」と短く返事を返した。
2人が野営を始めてから数刻の時が経った。もうじき彗星が観測できる距離まで接近してくる。
熾輝は遥斗から借りてきた魔道具を既に設置し終えているため、後は咲耶の魔力によって起動させるだけ。
しかしながら、ただ時を待つだけというのも空気が重苦しく感じるものがある。
それ故だろうか、さきほどまで空を見る余裕が無かった咲耶が不意に見上げた星空は、都会ではとてもではないが見ることが出来ない景色であり、思わず「わぁ」と声を漏らす程のものであった。
「なんだか思い出すな」
咲耶の視線を追うようにして見上げた星空をみて、熾輝は何かを懐かしむように囁いた。
「山で暮らしていたときのこと?」
「それもあるけど、…ほら、去年の林間学校のときも綺麗な星空だったなって」
熾輝達にとって、思い出深い出来事のあった林間学校……あのとき、燕に告白され熾輝の過去について知られた。そして彼女たちとの仲がギクシャクしてしまった。
しかし、あの出来事があったおかげで彼等は本当の友達になれたのだと今にしてみれば、そう思える。
ただ、咲耶にとって林間学校というワードで思い起こされるのは燕の告白だ。お互いに同じ人を好きになったと言うのに、燕は咲耶の一歩先を行っている。
もちろん熾輝が燕の告白を断った事は知っている…しかし、あれ以来、熾輝が燕を咲耶とは少し違う目、1人の女の子として見ている。
「前に私が山で迷子になって、男の子に助けてもらった話を覚えてる?」
だから、咲耶も1人の女の子として意識してもらいたくなった。
唐突に紡がれた言葉に熾輝は「え?」と声を漏らし、困惑した。
しかしながら、彼女が何故このタイミングでその様な事を語るのか、熾輝は図りかねていた。
「…うん、林間学校のときに話していたよね」
チラチラと熾輝の顔を窺いみる様に語る咲耶の表情が薄い朱色に染まっているのは、焚火に照らされているせいなのかは判らないが、咲耶は、なにやら恥ずかしそうに話を続ける。
「実は、私が迷子になった山って言うのが、この間、熾輝くんに助けてもらった場所だったりして……」
咲耶のチラチラ度合いが倍速に跳ね上がり、「行っちゃったよぉおぉ」と心の中で叫び出している。
「え?えッ!?じゃあ…」
「うん。熾輝くんが街に来るよりずっと前に私たち出会った事があるんだよ」
以前、咲耶は言った。初恋の人は、山で遭難した自分を助けてくれた男の子なのだと。
そして、この街で再び巡り合った男の子を気が付いたら好きになっていた。
本当は自分の口からではなく、熾輝に気が付いて欲しかったという願望もあったのだが、熾輝本人がまったく気が付く様子が一向に無い事にモヤモヤしていた。
だが言った、言ってしまった、言い回しはどうであれ、これはもう告白と言っても過言では無いのかと咲耶は思う。
「すごい偶然じゃないか!」
「……あ、うん」
しかし、当の熾輝本人は「なんだよ、何で言ってくれなかったの?」とか「いつから気が付いていたの?」みたいな感じだ。
咲耶としては、そんな展開を望んでいた訳ではなく、もっとこう『え?じゃ、じゃあ咲耶の相手って僕!?』みたいなシチュエーションを期待していた。
だから頬を膨らませて怒りながらちょっぴり涙目になってしまうのは仕方がない。というか、熾輝の中で以前話した「初恋の話」が「遭難の話」として処理されていた事に、ちょっぴりショックである。
そして、咲耶が勇気を振り絞って明かした過去の話は、熾輝にとって『結局何が言いたかったの?』と咲耶の考えを図れずじまいであった――。
そんなこんなで、ようやく待ちに待った時間がやってきた。
彗星が観測できる距離まで地球に近づいたのだ。
「――こんなので本当に星が見れるの?」
咲耶の目の前に用意されたのはアンティーク調の望遠鏡で、普通にお店で売っているような望遠鏡の方が制度が良さそうに見える。
「こんなのって、…これでも魔道具としては一級品レベルの代物だよ」
遥斗から借り受けて来た望遠鏡は、持って行くところに持って行けば、余裕で億単位の値が付く。
だから運ぶ時は流石の熾輝もも細心の注意を払いながら登山していたので気が気ではなかった。
熾輝はレンズと術式の微調整を行いピントを合わせると望遠鏡に接続された水晶を覗くよう咲耶に促した。
「わッ、すっごい良く見える!」
水晶に顔を近づけた咲耶から驚きの声が漏れた。流石魔道具、そんじょそこらの天文台よりも大きく鮮明に見える様だ。
「あとは、彗星の座標を確認しつつ、時空に影響を与える様子を観測する」
「それが出来れば解決?」
簡単すぎやしないかと思ったが、事はそう単純ではない。なにしろ地球圏外で発生する事情干渉にどう対応すればいいのか、それが問題なのだ。
ただ、今回はあえてそのことには触れず観測を続ける……
「………」
「………」
しかし、何も変わった様子はない。というより普通に彗星が星屑の尾を引いて宇宙を駆け抜けている。
「なにも起きないね」
「………うん」
熾輝は時計の針を確認しつつ、水晶に映し出されている彗星の観測を続ける。しかし、いくらまっても変化はない。
―(彗星は関係ないのか?)
このループ現象には彗星が関係している…その可能性が最も高く、そして唯一の可能性でもあった。故にここで何も起きないとなると、1から可能性を模索していくしかなくなる。
「大丈夫だよね?」
咲耶はしきの服の袖を掴み、不安そうな表情を浮かべている。
「大丈夫だ」
と言ってはみたものの、熾輝にも大丈夫かどうかなんて判らない。そして刻一刻と時計の針が進み、間もなく日付が変わる。
咲耶からの情報では、ループが発動するリミットは未だ判明していないとの事であったが、時空理論から推察するに現在・未来・過去が最も曖昧になる零時がリミットであると確信していた。
―(………ダメか)
表情を曇らせ、時計の針が零時を刺す間際、熾輝は咲耶へと視線を向けた。
「咲耶すまない。けど諦めるな。絶対に何とかする!」
「熾輝くん…」
「目が覚めたら直ぐに以心伝心でこのことを僕たちに伝えるんだ」
いったい、どれ程の時間が掛かるかは判らない。しかし、このままでは咲耶だけが時間の牢獄の中で独りきりになってしまう。
今の時間軸の自分たちが果たしてこのまま明日を迎えられるのかも判らない。
色々な可能性が渦巻く中で熾輝は、たった一言を彼女に伝える。
「大丈夫、絶対に何とかなる。だから咲耶も頑張ってくれ」
無責任に聞こえるかもしれないが、それでも今の熾輝にとって精一杯振り絞った言葉だった。
「…うん、頑張る」
ループが始まってから何度目になるか判らない「頑張る」という言葉を口にした瞬間、時計が零時を刻み、時空に歪みが発生した。
彗星が地球に急接近したかと錯覚するほどに大きく見える現象を2人は確かに見た。…そして咲耶の視界が再び暗転した――。




