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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
昨日へと至る奇跡編
215/295

違和感

 ―――結城咲耶は目覚まし時計の音で目を覚ました。

 日の光がカーテンの隙間から差し込み、思わず目を細める。


「……あれ?」


 いつもどおりに目覚まし時計のボタンを押してアラームを止める。

 いつもどおりに欠伸を欠いて眠気眼をこする。

 だけど、何かがおかしいと感じるが、何がおかしいのか判らない。

 まるで夢をみていた事は覚えているが、それがどんな夢だったのか思い出せない…そんな違和感だ。


「咲耶ぁ起きてるぅ……なんだ、ちゃんと起きてるじゃん」

「あ、おはようアリア」

「うん。おはよう…って、どうしたの?」

「え――?」


 部屋に入って来たアリアは、心配そうな表情を浮かべて咲耶に近づくと顔を覗き込んできた。

 咲耶自身、起きたばかりで気付かなかったが、彼女の目からは涙が流れていた。


「何か怖い夢でも見たの?」


 言って、アリアは咲耶の目に溜まった涙を親指で拭った。


「ううん、よくわからないの…でも、怖い夢じゃなかったと思う」


 未だ頭の中がポワポワとしていて思考が定まらない。

 ただ、見た夢の内容を思い出せないのなら、これ以上考えても詮無いことだ。そう結論付けるのは早かった。


「本当に大丈夫?」

「へーき、へーき、ごめんね。心配させちゃって」


 ベッドから立ち上がった咲耶は、そのままアリアと共に部屋を後にして1階へと降りて行った。


「パンとお米は、どっちがいい?」

「今日は、パンにしようかな」


 結城家の朝食は、あらかじめ洋と和が用意されている。

 基本、父と咲耶はご飯党で、アリアがパン党なのだ。

 しかし、アリアが一緒に暮らすようになってからは、その日の気分で選べるようにしてある。


「パパは、もう出かけたの?」

「うん。大学の同僚から今夜の彗星観測の準備を手伝って欲しいって頼まれたから早くに出掛けたよ」

「え――?」


 アリアからの報告に疑問符が浮かんだ。


「どうしたの?」

「いや、だって、彗星はもう飛んでいったでしょ?」


 咲耶の記憶に齟齬が生まれた。

 何故なら咲耶は先日、可憐の家で皆と天体観測を行った。…そう記憶している。


「もう、まだ寝ぼけているの?」


 そう言ってアリアはテレビの電源を入れた。


『本日、午後8時から深夜にかけて、数世紀周期で訪れる巨大彗星が地球に近づきます――』


 テレビのアナウンサーが喋っている内容を聞いて、咲耶は驚いた表情を浮かべた。


「いつまでも寝ぼけていないで、サッサと朝ごはんを食べちゃいなさい」

「あ、………うん」


 やれやれと溜息を吐いたアリアは、そのままキッチンへと向かい洗い物を始める。


―(なんだろう…アレは夢だったのかな?)


 自身が記憶している事と今起きていること…その齟齬に違和感を覚えつつ、その疑問がぬぐい切れない。

 アレがただの夢だと決めつけるには、妙に現実味を帯びていた。

 そう考える傍らで、今自分がいると認識している時間と場所に対する感覚が夢かもしれない……と、否定するには、やはり、これも現実味があり過ぎて無理がある。


「早く準備しないと、もうすぐ皆が来ちゃうわよ」


 言われて時計の針を見れば、もうすぐ10時を回ろうとしていた。

 今日、つまりは彗星が見える日の約束を小首を傾げて思い出そうとする………「あッ」と声を上げて思い出した。


「大変!はやく支度しなきゃ!」


 目の前のパンと牛乳を急いで口に詰め込み、ほっぺをハムスターの様に膨らませながら、両手を合わせてご馳走様のポーズをとると、急いで2階へと駆けあがる。


「まったくもう、忙しい子ねぇ」


 そんな咲耶の様子を見て、アリアは微苦笑を浮かべる。

 しかし、当の咲耶は、この一連の流れに対し、妙な既視感を覚えていた―――。



◇   ◇   ◇



 午前10時、約束通りに結城家へとやってきた熾輝・燕・朱里の3人は、学園に入学するための受験勉強を行っていた。


「――ちゃんと出来てる」

「やったぁ!」


 朱里は、あらかじめ用意していた問題集を苦も無く解いた事に驚きを覚える。


「ここって、応用に気付かなきゃ解けないのに……予習でもしたの?」

「うんん。よくわからないけど、頭が冴えてたのかな」

「…そういう時もあるか」


 朱里の分析によると、今の咲耶のレベルでは、理論を半分程度構築して息詰まると想定していた。

 故に、そこから紐解いて順々に解説していくつもりだったのだが、意外にもあっさりと解かれてしまい、どうした物かと考え始めていた。

 ただ、咲耶にとって、朱里から出された問題集は、やった事がある気がしていた。


―(なんだか、今日は変な感じ)


 咲耶自身、この妙な既視感について、段々と不信感を募らせていった。


「――日本は天体崇拝で」

「ふむふむ…」


 横では熾輝が燕のために講義を開いている。

 やっている内容は、神道系の勉強だ。

 巫女としての知識を得るための勉強であり、彼女が学園に入学するに際し、おそらく巫女科という分野を選考する事になると踏んでの授業である。


「――であるからして、」

「お日様、お月様、お星様と言った風に様付けされてて、これらを自然崇拝とも呼ぶ…」

「「ッ――!!?」」


 聞き耳を立てていた咲耶の口から熾輝が言おうとしていた続きがうわ言の様に漏れ出た。

 その事に対して、驚いた様な表情を浮かべる熾輝と朱里の視線が咲耶へと注がれる。


「咲耶ちゃんスゴイ!なんで知ってるの!?」

「え?……あッ、ごめんなさい邪魔して!」


 折角の講義を止めてしまったと勘違いした咲耶は、あわてて熾輝と燕に謝った。


「いや、別にいいんだけど…よく知っていたね」

「あ~、なんだろう。前に何処かで聞いた事あるような、ないような…」

「今日の咲耶は冴え過ぎているわよ。私が用意した問題集を一発で解いちゃうんだもん」


 「本当にどうした?」と良い意味で驚く2人に対し、燕は「むむむぅ、私も負けていられない!」と、対抗意識を燃やしていた。


「つまり、冴えている今がチャンスよ!」

「ん――?」

「詰め込めるだけ詰め込んでやるのよ!」

「んんッ――?」

「大丈夫、勉強のし過ぎで頭がちょっとアレになっても、絶対に受からせるから!」


 時既に遅しッ!変なスイッチが入った朱里は何処から出したのか、黒縁くろぶちの伊達眼鏡をスチャっと掛けると、分厚い本をドンッ!と机の上に置いた。


 そしてこのあと、『ひぃんッ!』という嗚咽が夕刻まで鳴り響いたという―――。



◇   ◇   ◇



 夕刻、場所は変わって、ここは乃木坂邸

 食卓を囲んで、可憐が今日の出来事を咲耶から聞いている。


「――それは、大変でしたね」


 微苦笑を浮かべながら咲耶を見れば、オデコに冷たいピタッと熱さましシートが貼られている。

 心なしか若干、ふらふらとして見えるのは、おそらく気のせいではない。


「でも、今日は本当に感心したわ」


 そう言った朱里は、デザートのプリンを美味しそうに食べながら素直に咲耶を褒め称えた。


「まだ、教えていない事を直ぐに理解するんだもの。この調子なら特別教室も問題なさそうね」

「けど、今日みたいなのは、勘弁してあげて欲しいな。結城さんがこんなに疲れ切っているんだから」


 合格圏が見えたと家庭教師としては喜ばしい事なのだが、若干知恵熱を出している咲耶をみて、遥斗は苦言を呈した。


「うッ、…それはゴメン。これからはペースには気を付けるわ」


 空閑遥斗と朱里…実は、今日が初対面になる。

 ずっと入院をしていた遥斗は、去年のあの事件以来、休学中の身だ。

 新学期になって可憐・朱里・遥翔は同じクラスになったのだが、学校で顔を合わせる事は叶わず、まさかこの様な形で邂逅するとは、思ってもみなかった。


「学校かぁ…早く僕もみんなと一緒に勉強したいな」

「もう少しの辛抱だ。先生から聞いたけど、あと2週間ほど様子を見て、問題が無ければ退院なんだろう?」

「それって本当!?」

「よかったじゃん!これは退院祝いをしなきゃだね!」


 物思いに耽る遥斗だったが、葵から退院の目途を聞かされていた熾輝の発言により、咲耶と燕がパッと表情を明るくさせて喜んだ。


「では、退院の日取りが決まりましたら教えて下さい。また今日のメンバーで祝いましょう」

「う、うん。…ありがとう」


 ガラにも無く照れる遥斗。そして朱里は、後日の集まりに自分も含まれている事にひっそりと喜んでいた。

 遥斗とは、今日初めて会っただけの関係だが、どうやら自分は既に友達として受入てもらえたのだと思うと、たまらなく嬉しかったのだ。


「ところで熾輝くん」

「……ん?」

「我が家の料理は、美味しいですか?」

「……すっごく美味しい」


 先ほどから何も言わず、黙々と食事を食べ続ける熾輝に可憐が話を振った。

 どうやら、乃木坂邸の料理は、熾輝の食指を満足させるには、十分な物だったらしい。

 そしてこのあと、後片付けを手伝うと称して、乃木坂邸の専属シェフからレシピを根掘り葉掘り聞いたていたのは、ここだけの話だ。



◇   ◇   ◇



「――はぁ~、お腹いっぱい」

「ねぇ。それに、すごくおいしかった」


 食事を終えて、可憐の部屋へと移動をした面々は、それぞれ寛いでいた。


「満足頂けて嬉しいです。朱里ちゃんはどうでした?」

「…とても、美味しかったわ」


 話を振られた朱里は、気恥ずかしそうに顔を赤らめて答える。

 その答えに可憐は、嬉しそうに和かい笑みを浮かべると、何故だか周りの空気までもがふわふわしている様な気になった。


「ちょっとぉ、2人だけの世界に入らないでくれる~?」


 その様子に茶々を入れたのは、遥斗の死鬼神である刹那だ。


「なッ!?ななな何を言っているの!?2人の世界になんて入ってないし!」

「え~、入っていたわよぉ…ねぇ?」

「俺に振るな」


 言われて目を逸らしたのは、剛鬼だ。

 今回、刹那と剛鬼、アリアと双刃もこの集まりに参加している。

 羅漢も誘われていたのだが、子供たちの集まりには参加しないと言い張って、結局来なかった。


「なによぉ剛鬼ったら、ノリが悪いわねぇ」

「はいはい、悪ふざけはその辺にしときなさい」

「そうです。子供をからかって遊ぶなど、淑女にあるまじき行い」


 悪ノリ気味の刹那をアリアが止めに入り、双刃が目を細めて苦言を呈する。すると…


「あぁん♡お姉さまぁん♡その眼、ゾクゾクしちゃう♡」


 何がどうなって目覚めたのか…刹那の双刃に対する態度がイケない方向に走っている。


「貴様ぁ、子供達の前で、何たる振る舞い……やはり燃やすか?」

「きゃーー♡」


 クネクネと身をよじる刹那にまるで虫を見るような眼を向ける双刃。

 そして刹那は水を得た魚の様に活き活きと興奮する。


「あぁ♡お姉さまに切り刻まれた挙句、炙り責めにあったのがまるで昨日の事のよう――」

「やはり滅する!」


 そんな2人の様子に、子供たちは何かいけない物を見ている気になって、手で顔を覆い隠した……が、指の隙間からちゃっかり見ている。


「兄さん…ゴーッ!」


 制御不能に陥った刹那を剛鬼が後ろから羽交い絞めにして、猿轡さるぐつわを噛ませた!「なんで、そんな物を!?」と突っ込みを入れているアリアを他所に、魔術が込められた拘束具によって、刹那は簀巻きの様な状態になる。


「遥斗…」

「言わないで!これは呪いのせい!きっとそうだ!」


 刹那の病的なまでの精神状態をみて、熾輝は色々と思うところがあるのだろう。

 しかし、魔人による影響が今も続いているんだ!と現実から目を逸らそうとしている遥斗は、耳を塞いでイヤイヤとしている。

 だから遥斗は認めない。姉と慕っていた人物は、決してドⅯという呪いに目覚めた訳では無いのだと……。


「きっと治るよ…大丈夫、先生が何とかしてくれる」


 もはや諦め半分の熾輝は、心にもない慰めを口にする。…そんな彼らのやり取りを彼女はただ1人、ボンヤリと眺めていた。


―(やっぱり、視た覚えがある)


 頭の中にある靄が徐々に薄れていく……ただ、ハッキリとは思い出せない。思い出せないのだが、今起きている瞬間瞬間がまるで正夢なのだと、不思議と確信できる…そんな違和感と既視感が咲耶を包み込む。


「流れ星が見えるまで、まだ少し時間がありますね。それまでゲームでもしませんか?」

「乃木坂さんってゲームとかするんだ?」


 時間つぶしのための提案だったが、熾輝は意外に思った。


「ゲームといっても、テレビゲームではありません。ボードゲームの類です。」

「あぁ、なら納得だ」


 これは熾輝の勝手な思い込みだが、令嬢である可憐がテレビゲームをプレイするより、チェスやポーカーをたしなんでいる方がしっくりくる。


「おじい様が色々な国に行っては、こういった趣向品を買ってくるので、種類は豊富ですよ」


 言って、見せられた遊具は、確かに種類豊富だ。

 中には、何処の国の遊戯か見た事もないような物まであり、遊び方を調べなければ判らない物もあれば、人生ゲームのような双六系からチェスといった様々なものまであった。


「よし!なら熾輝!私とチェスで勝負よ!」


 見せられた遊具に目移りしていたなか、朱里は一目散にチェスボードを手に取り、フンッ!と鼻息を鳴らして勝負を仕掛けて来た。


「まぁ!朱里ちゃんはチェスを嗜むのですね」

「かっこいい!私は神社で近所のお爺ちゃんやお婆ちゃん達と将棋をくらいしかやらないからなぁ」

「こう見えてもイギリスじゃあジュニアチャンプになった事だってあるんだから!」


 チェスが出来るイコールかっこいいという子供らしい思考。

 そして、自分は強いという朱里のアピールは、いっそ清々しい。


「えっと、2人は飛行機の中でチェスをやった事があるんだっけ?」

「あぁ、あの時は僕の圧勝だった」

「なッ!?あの時は、油断していただけだし!」

「5回も負けて油断?」


 熾輝はフッ、と口元を緩めヤレヤレと肩を竦める。


「い、言うじゃない…いいわ!そうやって過去の栄光にしがみついてなさい!あの時の私だと思ったら痛い目を見るわよ!」

「それは楽しみだ。魔術でもチェスでも朱里の結界を食い破ってあげるよ」


 熾輝の挑発にムキーッ!となる朱里、対する熾輝は内心で「直ぐ挑発に乗るなぁ」と呟く。

 正直、1年前のあれ以来、熾輝はチェスに触りもしていなかったので、少しくらい挑発しておいて、隙を突ければなくらいに思っていた。

 朱里がどれ程腕を上げたのかは、知る由もないので、負けるかもしれない…けど負けたくないという熾輝の心理攻撃だ。

 かくして、朱里VS熾輝のチェスバトルが幕を開けたのだ――。


―(やっぱり、ただの夢じゃない)


 目の前で繰り広げられるチェス対決を眺めていた咲耶は、更に強い確信を得た。

 あのとき、熾輝と朱里は気が付いていなかったが彼女が口にしたワードは、不意に思い出した夢での出来事……『2人は飛行機でチェスをやった事がある』……これは、咲耶の夢で2人の会話から知った情報だ。


―(そして、このあと熾輝くんがチェックを3回かけて、チェックメイト――)


「チェック」

「ッ――!?」

「チェック」

「ッ――!?」

「チェック」

「ッ――!?」

「チェックメイト」

「………」


 咲耶の夢のとおりに勝敗は決した。


―(どうして?正夢にしては出来過ぎてる……よね?)


 彼女とて正夢を見た経験くらいは、何度かある。

 だがそれは本当に極短い…行ってしまえば物語りのワンシーンくらいの出来事レベルだ。

 しかも、その時が来るまで忘れている程度のもの。


―(このあとは……朱里ちゃんが熾輝くんに意地悪されて…熾輝くんが責められて……キャロルさんが迎えに……ダメ、そのあとが思い出せない)


 思い出そうと意識すれば、頭の中にかかった靄から僅かに顔を覗かせる記憶の断片を読み取ろうとする。…が、完全ではない。


 ところどころに綻びがあり、思い出せない。しかし、喉元まで出かかっているスッキリしない感覚だ。


 「――失礼します。皆さま、そろそろ流れ星が見える時間になりますので、お庭の方へお越し下さい」


 モヤモヤとした感覚を引きずっている内にキャロルが天体観測の定刻を知らせに来た。

 キャロルが部屋へやってくるまでの間、咲耶の目の前では彼女が心に思い描いた……正確には彼女の記憶どおりの事が起きていた。


 違和感が不安へと変質し、咲耶の心を苛む。

 

―(こんなの、ただ珍しい事が起きているだけ。気にしちゃだめだよ)


 咲耶は持ち前の明るさで、不安を振り払うと皆と一緒に外へ出て行った――。



◇   ◇   ◇



「――熾輝くんと空閑くんも泊っていきませんか?」

「ありがとう。けど、女の子のお泊り会に水はさせないよ」

「右に同じかな」

「そうですか。では次に会うのは学校ですね」

「いいなぁ、僕も速く早退して、学校に通いたいよ」

「さっきも言ったけど、あと少しの辛抱だろ。早くて2週間くらいか?」

「そうそう、葵先生が言うんだから間違いないね」


 咲耶は可憐、熾輝、遥斗の会話を夢と照らし合わせながらボンヤリと聞き入る。

 そして、聞けば聞く程に夢の中の出来事と重なり、靄が晴れていく。

 もはやここまでくれば既視感などは、完全に吹き飛ばされ、今日の出来事を思い返せば、何もかもが夢のとおりだと完全に思い出せるようになっていた。……とは言っても、勉強会の時は夢の時よりも勉強させらていた。


 だが、そこから先は思い出せない。

 これから先に起きる事は知らないのか、それとも、思い出せないだけなのか、今の彼女には判断できない。


「お二人とおお休みなさい」

「熾輝くん、空閑くん、またね~」

「また、学校で」


 言って、2人を見送る可憐と燕、そして朱里に手を振る熾輝と遥斗……と、ここで熾輝と咲耶の目が合った。


「さようなら」

「あ、――うん。バイバイ……気を付けて」


 不意に自分に向けられて言われた様な気がして、慌てて挨拶を返した。

 だが、それは咲耶の思い過ごしで、熾輝はその場にいた少女たち皆に向けて別れを口にしていた。


 それが、勘違いだったと直ぐに気が付いた事が恥ずかしかったのか、あるいわもっと別の理由だったのかは定かではない。

 ただ、少女の胸をキュッと締め付ける正体不明の感覚に息が詰まりそうになった事は確かだ。


 そんな感覚を胸の中に感じながら咲耶は、いつもと変わらない少年、いつもと変わらない少年への想いを抱えながらいつもの日常へと戻っていく……そう思っていた。


 別れ際、熾輝が見せた微笑……なぜかそれがとても儚い表情に見えて、少女の胸を一層締め付ける。


―(なんだろう…なにか大切な事を忘れている気がする)


 思い出したくても思い出せない。

 だけど何故だかとても悲しい気持ちになり、涙が出てくる。

 そんな咲耶の様子に誰も気が付かない。……去って行く少年が敷地の門を潜り、角を曲がった途端、それは突然訪れた。


 まるで、夜空を引き裂く様に光り輝く巨大な彗星――。

 肉眼でもハッキリと判る程に一瞬で地球に近づいた――。

 そう錯覚する程に彗星は、光の帯を纏って流れていく――。


「ぁ――」


 何かを思い出したと思った瞬間、彼女…結城咲耶の世界が砕け、意識が暗転した――。



 …………目が覚めると、そこは親しんだ自分の部屋だった。

  

 


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