エピローグ
「何が起きた――?」
今の今まで通常に稼働していたマシーンがバチバチと火花を散らし、熱暴走を起こしたため煙を上げて、何かが焼ける嫌な臭いを漂わせている。
魔術師として腕に覚えのある真部にとっても今の状況は、信じられないの一言に尽きる思いだろう。
なにせ、天才との呼び声高い城ケ崎朱里をやり込めていたハズなのに、突如として形勢をひっくり返されたのだ。
「彼女の仕業ではない」
何となくではあるが、彼には何か確信めいたものがあった。
実際に術式戦をやってみて判ったが、なるほど確かに自分では到底足元にも及ばない天才だ。
しかし、だからといって対処できないこともなかった。複数人で相手をすれば、それなりにでも戦えたのだ。何者かの介入があるまでは…
「とにかく脱出を――」
考えていても仕方がない。故に追手が来るまでに隠れ家を放棄しようとした真部の動きが強制的に封じられた。
「な、に――?」
指先ひとつピクリとも動かない。と認識するよりも早く、背筋が凍る程の嫌な感覚に纏わりつかれた真部は、自分の後ろに誰かが居ると直感した。その直後…
「――動くな。と言っても動けんか」
「ぁ――、ぁ――」
「喋ろうとしなくてもいい。貴様を拘束する」
声の質からして中年男性のもの…真部が認識できたのはそこまでで、次の瞬間には視界が暗転して意識を沈めていた。
「流石先輩っス!秒殺じゃあないっスか!」
「うるさい黙れ」
男の他にもう1人、なにやら騒がしい若者が声を張って褒めたたえる…が、それが気に入らないのか、中年の男はギロリと睨みを効かせて黙らせようとする。
「しっかし、何でこんな奴をあの御方は連れてこいなんて――」
「黙れと言っている。誰かに聞かれているかもしれないんだぞ」
「またまたぁ、ここには俺たちしかいないっスよ~」
楽観的すぎる。と中年男は頭を抱えたくなった。
「いいか、俺たち以上の使い手なんて世の中にはゴロゴロいるんだ。自分の分を弁えろ」
「例えば五月女の倉科とかですか?」
「…そうだ」
「あんなの宗家の腰巾着じゃあないですか」
中年男は「世間知らずが」と心の中で吐き捨てた。
「お前は、まだ若いから知らないのだろうが、五月女に倉科在りと言わしめる程に倉科和也という男は油断ならんのだ」
「それって、先輩よりも強いってことっスか?」
「………そうだ」
認めたくはなかったのだろう。だから暫しの沈黙があった。
しかし、男は己のプライドよりも真実を言って聞かせた方が後進である男が理解してくれるだろうと思ったのだ。
なにせ、男は一族の中でも上位の実力者だ。故に世間を知らない後輩にとって良い意味でも悪い意味でも比較の対象にしやすかったことだろう。
―(まったく、教育係りなんてなるものじゃあないな)
心が傷付いたよ!と泣きたくなる気持ちを表に出さず、男は用意していた納体袋に真部を詰め込むと後輩に担がせた。
「行くぞ。遅れるなよ?」
「了解っス!五十嵐の家までは高速を飛ばせば1時間も掛からないっスね!」
うっかり口を滑らせた後輩に向かってタイキックが炸裂する。
ケツを抑えて涙目になった後輩君は、このあと小一時間ほど車内で説教を喰らうのだった―――。
◇ ◇ ◇
事件終息から1週間が経過した。
今日は日曜日で学校もお休み。…しかし、だからといって遊んで過ごせるほど、彼女らは暇ではない。
「――そこ違う。やり直し」
「ふぇ~ん…」
朱里に言われるがまま、咲耶は泣きそうな声を上げながら問題集を解いていく。その横では…
「――日本は天体崇拝で」
「ふむふむ…」
「――であるから、お日様・お月様・お星様と言った風に様付けされてて」
「ふむふむ…」
熾輝が燕のために抗議を開いている。
燕は一生懸命にノートを取り、時折り相槌を打っている…様に見えるのだが、良く聞くと「ふむふむ」ではなく「ムフムフ」という意味不明な呻き声を上げている。
なぜ、彼女らが勉強に勤しんでいるのかというと、理由は簡単だ。
ズバリ中学受験…正確に言うと裏社会の人材育成の場である【学園】への入学試験のための勉強会だ。
本来、魔術師・能力者は、その優劣に問わず入学を許されているので、このような受験勉強をする必要はない。
しかし、彼女らが目指しているのは特別生枠であり、その名のとおり特別な者にしか入る事を許されないクラスの事だ。
また、咲耶が学園への進学を決めるには、父親の説得が大きな壁となったのだが、意外な事に彼女の父親は、この1年をとおして彼女の変化に気が付いていたという。
もちろん魔術師としての咲耶に気が付いていた訳ではないが、何か不思議な出来事が起きているであろう事には感付いていた様だ。
その要因として挙げられたのは、アリアの存在だ。実は咲耶の父親に親戚が存在しない。
それというのも孤児院で育った天涯孤独の身の上という事だったらしいのだが、咲耶もその事実は、父から聞かされるまで知らなかったとのこと。
故に、アリアが咲耶の家に住み込むに際し、父親に対して【遠縁の親戚】という催眠術を掛けたのだが、実は早い段階で催眠術は解けていたらしい。
にも関わらずアリアの存在を放置していたのは、咲耶が以前にも増して笑うようになったからとのこと…その話を聞かされ、熾輝もだが当のアリア本人ですら、父の豪胆さに驚いたという。
そんな経緯もあってか、完全な納得を示した訳では無いが、それでも思っていたよりもすんなり咲耶の進学を受け入れてくれたのだ。
「熾輝、そろそろ…」
「そうだね、今日はここまでにしよう」
先ほどからチラチラと時計の針を気にしていた朱里から勉強会終了の提案が出されたため、熾輝はそれを受け入れる形になった。
咲耶と燕は、それを聞いて「ああああぁあああ」と気の抜けた声をハモらせながらバタンと後ろ向きに倒れた。
「そっちは、どんな感じ?」
「予定より早く進んでるわ。燕の方は?」
「2人とも元々地頭が良いから順調だ」
熾輝と朱里はお互いに勉強の進み具合を確認し合い、今後の勉強会の傾向と対策を話し合う。
先にも熾輝が言ったが、咲耶と燕は意外と頭が良い。…というより、彼女たちが通っている学校は、地元では有名な私立学校なのだ。
だから地頭が良いと言うのは当たり前で、勉強も今はスムーズに進んでいる。
「ねぇねぇ!そろそろ出掛けようよ!」
「そうだよ!さっき可憐ちゃんからメールがあって、仕事が終わったから何時でもいらして下さいだって!」
今日一日やりきった2人は、先ほどから何やらソワソワしている。
「そ、そうね。待たせちゃ悪いしね」
実は朱里も先程から時計をチラチラと見ながらソワソワしていた。
「オーケー、少し時間に余裕があるけど出発しようか」
「「「うん・ええ!」」」
彼等が先程から何をソワソワしているのかと言うと、実は本日深夜、数百年周期でやってくる流星群を観測に行くためだ。
こんな機会はめったにないとの事で、学校でも天体観測の宿題…と言っても見た感想を提出するだけ。
しかし、彼女たちは乙女だ。流れ星に願い事をしたり、ロマンチックなシュチュエーションには興味を惹かれてしまうものなのだ。
「乃木坂さん家に行く前に遥斗を迎えに行こう」
「そうだったね!空閑くん、今日は特別外出許可が貰えたって言ってたし!」
「退院も近いらしいよ」
「だれ?」
朱里は遭った事がないが、彼女よりも前にこの街に来て、色々と暗躍していた少年が空閑遥斗だ。
今にして思えば、敵であった遥斗や朱里がこうして友達として近くに居る事がどれ程の奇跡なのだろうと、熾輝は不意に考えたのだった―――。
◇ ◇ ◇
フランスの山奥に位置するとある教会…そこにはフランス聖教の総本山であり、先日就任したばかりの女教皇が部下からの報告を聞いていた。
「――以上が日本に進行を企てていたクリフォトの報告になります。続きまして…」
女教皇ことステイシーゴールドは側近であるパーシアの報告を聞いて顔を曇らせる。
「…少し休憩をいれましょうか」
「そう、ね。そうしましょう」
透き通るような凛とした、それでいてどこか穏やかな声で答えた。
彼女、ステイシーゴールドは以前、毒を盛られ一時期声を失っていたが、今は元の声を取り戻していた。
ただ、今はその綺麗な声もどこか曇っている様に感じる。…後遺症が残っているのかと問われれば、否である。
声は完全に回復しているので、曇って聞こえるというのではなく、どちらかというと元気がない感じだ。
「ねぇ、パーシア」
「はい」
「私たちは、余計な事をしちゃったかな?」
「………」
その問いに即答しなかった。しかし、ややあってパーシアは口を開く。
「後悔なされているのですか?」
「…そう、なのかな」
彼女を悩ませている理由…それは、手に持っていた報告書に書かれていた。
「結局、クリフォトの企ては阻止できた。けど、私たちが介入した事は既に他国も把握しているわ」
「…おそらく日本は、これから今までの様に他国からの介入を拒めなくなったでしょうね」
神災以降、日本は他国からの介入を拒絶しつづけてきた。
理由は、国力の落ちた日本の実態を把握されない様にするため…しかし、これは余り意味の無い事と言える。
何故なら、諜報員を潜り込ませるなど、何処の国もやっている事だからだ。
かくいうフランス聖教ですら、ドニーやキャロルと言った諜報員・果てはエクソシスト部隊を日本に送り込んでいた。
ただ、意外に日本のガードは厳しく、内情の把握は掴み切れていないと言うのが実情だった。
「大義名分を得たからには、大手を振って動いてくると思います」
「そうなる事は判っていたけど、やっぱり私たちが原因を作ってしまったと思うと、割り切れないわ」
「ステイシー様…」
日本との協議の末に協力体制を敷いたが、彼女たちは事件終息と共にあっさりと手を引いている。
これは、高度に政治的な判断だとフランス政府から言われ、彼女もなくなく従った。
だが、これ以上、フランス聖教が関われば、日本政府も増々立場を悪くし、世界中から非難を受ける事になっていたであろうから、仕方がなかったといえる。
「貴女が心を痛める必要は無いかと」
「え――?」
「あの国の力は未知数です。弱小国と侮っていた我々がエンクウ様に救われた事をお忘れですか?」
パーシアに言われ「あっ」と声が出る。
「あのような超人は、世界中を探してもそうそう居るものではないと思いますが、しかしですよ?ステイシー様の声を取り戻した五柱・シノノメ アオイ、心源流27代目昇雲師範、といった英傑が健在である以上、私には彼の国が堕とされる未来などまったく見えません」
「確かに……会談で話した十二神将のキド イオリさんも、かなりの実力者だって噂だし」
ステイシーの中で先日の事件に際し、テレビ会談を行った御仁が鮮明に思い出される。
「しかもあの国のシステムは、類を見ない特殊性を秘めています」
「…五柱、十二神将、十傑ですか」
「はい。あそこまで強者を分割するシステムも稀ですが、いずれも世界ランカーに名を連ねる者ばかりです」
世界ランカーとは、裏社会に生きる者の強さを把握するために、いつの間にか創設された通称【協会】という組織が1位から100位までを勝手に番付したシステムである。
協会の組織形態や構成員、調査基準は一切不明であり、誰もその実態を掴んだ者はいない。
ちなみに聖騎士長であり、使徒であるシルバリオンですら48位と位置付けられており、本人は納得していないらしい。
言い換えれば、それほどまでに世界は、広いという事なのだろう…
「しかし、これで彼等も日本を無視できなくなったのも事実でしょう」
「…フランスの十二聖騎士、ロシアの十字軍、ローマの魔装天使、中国の七天大聖、アメリカのネイティブ、イギリスの円卓の騎士、ドイツの卍」
「彼等の注目は、完全に彼の国に注がれています」
「そうね、今後日本の対応が気になるところだけど」
そう言ったステイシーは、用意された紅茶に口を付けて浅い溜息をつくと…
「だけど、きっと大丈夫だよね?」
日本を案じるステイシーの問に、パーシアは迷うことなく「はい」と答えるのだった――。
◇ ◇ ◇
再び日本のとある街…乃木坂邸へと場所は移る。
本日は、数世紀周期でやってくる彗星を観測するために集まった…ハズなのだが、何やら張りつめた雰囲気が可憐の室内に充満していた。
「チェック」
「ッ――!?」
「チェック」
「ッ――!?」
「チェック」
「ッ――!?」
「チェックメイト」
「………」
1つの勝敗が決して、周りから「ふぅ~」という息が漏れ出す。
「また僕の勝ちだね」
「な、何で…あれから相当練習したのに」
チェスボードを挟んで、向かい合って座っていた両雄…うな垂れる朱里と比べ、熾輝はどこ吹く風と言った感じだ。
2人がこうしてチェスをするのは2度目になる。1度目は1年前、日本に向かう飛行機の中だ。
そして、あの日の別れ際、再び会った時にまた勝負をしようという約束がようやく果たされた。
「よく判らないけど、熾輝くんが勝ったの?」
「うん…容赦ない程にね」
燕の問に答えた遥斗の表情は、かつてない程に引き攣っていた。
それと言うのも、先に彼が述べたとおり、熾輝の圧勝だったからだ。
普通であれば、駒を動かしたあと、ある程度は次の手を考えるものであるが、熾輝は全てノータイムで駒を動かし続けた。
つまりは、何十手あるいわ何百手先を読み切っていたという事だ。
「で、でも朱里ちゃんも強かったですよ!」
「うぅ、優しい同情をどうもありがとう」
朱里の頬を滝の様な悔し涙を幻視したのは可憐の気のせいではない。
「熾輝のそういうとこ、マジで引くわ」
「激しく同意、この子って本当に鬼畜な事を平然とやってのけるのよね」
「それな」
アリアの意見に刹那と剛鬼が経験談を踏まえて語ってくる…が、決して痺れたり憧れたりせず、逆に蔑むような視線を向けてくる。
「皆の衆、熾輝さまは勝負に手を抜くなどと言う非礼をする方では無いのですよ!」
「そ、そうだよ。きっと朱里ちゃんに失礼にならない様に本気でやったんだよ…ネ!」
代って弁解する双刃と咲耶だった…が、当の本人が「ん?」と純心無垢で不思議そうな表情を浮かべている事に咲耶の自信がぐらつく。
なにせ、熾輝はまだまだ本気になっていない。むしろ乃木坂邸で出された夕ご飯のあまりの美味しさにレシピを頭の中で分析していた程だ。
彼の頭の中、ご飯7割、チェス3割みたいな感じ。以心伝心を使わずとも何となく心が読めてしまった咲耶の自信はぐ~らぐら。
「いいの!いつかきっと熾輝の口から負けましたって言わせてやる!」
「その意気です!朱里ちゃんならきっとできます!」
「そ、そうだよ!頑張って!」
鼻をすするかの如く、ズズズっと悔し涙を目からすする様に見えたのはきっとみんなの気のせい!だけど、みんなで励ましちゃう!だって可哀想なんだもん!
「そう言えば、聞いてなかったな」
「何が?」
「負けましたは――?」
「………ま、…まけ、ましたッ――!!」
ドバッと涙血が滝のように流れた………。
「泣かす、いつか泣かす。なにが魔法式で会話出来ちゃいますよ。絶対、ぶっ殺す」
部屋の片隅でブツブツと呪詛じみた言葉が紡がれていた。
しかも、【泣かす】から【殺す】に変わってる。ダークサイド朱里が再び戻ってきている。
「鬼畜の所業」(刹那)
「………」
「卑劣極まりない」(剛鬼)
「………」
「あれはダメでしょ」(遥斗)
「……わ、悪かったよ。調子に乗り過ぎた」
一応は自覚していたのか、悪乗りが過ぎたと謝る熾輝にグサグサと視線が突き刺さる。
そこへ、間もなく流星群が見え始める頃合いだと、知らせに来てくれたキャロルに促され、皆が外へと足を運ぶ。
空を見上げるとまだ流れ星は見えない…が、図らずもあの雰囲気から脱却できた熾輝は、ホッと胸を撫で下ろした。
「そう言えば紫苑さんは、来れなかったの?」
「あぁ……なんか、急用が出来たって言って帰った」
「えッ―――!!?」
燕は、神社で助けてもらっていたので、改めてお礼が言いたかったのだが、熾輝から告げられたのは紫苑の急な帰国の知らせだった。
「さっき、メールが届いていたよ。急ぎでやらなきゃいけない仕事が入ったからイギリスに帰るって…」
「そうなんですか。私もお世話になったから、きちんと挨拶がしたかったです」
急な別れに皆が残念がっている。
「まぁ、いつも突然現れたかと思えば突然去って行く人だから」
「なんだか嵐の様な人だったね」
言い得て妙である。他の者も紫苑の事を嵐の様な人という印象があったのか、納得したように頷いている。
「そのうちまた突然やってくるよ」
「寂しくないの?」
「え――?」
朱里の言葉に思わず疑問符が浮かぶ。
「だって家族なんでしょう?」
「……親戚のお姉さんってだけだよ」
どちらかと言えば熾輝は紫苑に対して、今も苦手意識の方が強い。
故に家族と言われてもピンとこないのだ。
「バカね。アンタが姉って呼んでいるのなら、それはもう姉弟ってことでしょう。それって家族ってことよ」
「………」
言われてハッとさせられた。
今まで苦手意識しかないと思っていた紫苑に対し、信頼する心も確かに生まれていた。
最初は強制的に呼ばされていた姉という言葉、しかしどうだろう、熾輝にとって紫苑はただの親戚筋の者というには、あまりにも近しいとさえ思えてならない。例えばそう、家族の様な…
「そう、だね。…紫苑姉さんは、僕の姉さんだ」
「判ればいいのよ」
熾輝は思った。次に彼女と会う時は、ちゃんと姉さんと呼んであげようと――。
◇ ◇ ◇
キャリーバッグの車輪を転がしながら煌坂紫苑は、空港のロビーを歩いていた。
時計に目を向ければ、間もなく搭乗開始時間となる。そんな折…
「いたーーッ!!」
元気のいい女の子の声が空港中に響き渡らん勢いで木霊した。
「香奈ちゃん?と……」
「……よぉ」
紫苑の視線の先には、不機嫌そうにした凌駕の姿があった。
「紫苑さん酷いよ~!何にも言わずに帰ろうとするなんて!」
「ご、ごめん。てか、何で私が帰ろうとしているって判ったの?」
「ドニーのオッサンが知らせてきたんだよ。流石は本職と言うべきか、諜報活動はお手の物だな」
紫苑はプライベートを暴かれた!?と一瞬、フランス聖教所属のオッサンに呪詛を送ってやろうかと本気で思ったが、ここは「余計な事をしやがって!」と心の中で毒づくだけに留めた。
「まぁ、なんだ。散々人を巻き込んでおいて、何も言わずに帰ろうとする何処かのバカに一言文句でも言ってやろうと思ってな」
「へぇ、良いわよ?聞いてやろうじゃん?」
最初から最後まで喧嘩腰の2人のやり取りに香奈は、あわあわと狼狽える。
「…風邪、ひくんじゃねぇぞ」
「へ――?」
思わぬ気遣いに肩透かしを喰らった紫苑は、キョトンとさせられた。
そして、凌駕は後ろで控えていた香奈に視線を送ると、彼女に持たせていた何かを紫苑に渡させた。
「あの、紫苑さん。これお土産です」
「あら、ありが…とう」
渡されたのは、90リットルゴミ袋程の大きな布製バッグ。
もちろん中身は全て日本のお土産だ…にしても量が多すぎる。
「大丈夫!どれも検閲には引っ掛からないから!」
「いや、そうじゃなくて―――」
「時間がなくて、選ぶのが面倒だったから、土産屋から買い占めたとか、そういうのじゃないよ!」
「………そう」
金に物を言わせ、買い占めてました。と遠回しに暴露する香奈であった。
「たく、相変わらず不器用ね……ありがとう、またそのうち帰ってくるわ」
「はい!紫苑さんもお元気で!」
別れの挨拶を終えた途端、搭乗のアナウンスが流れ、紫苑は搭乗口へと向かう。
「凌駕様!お別れの挨拶!しなくていいんですか!」
「………いいさ」
紫苑の背中を見送った凌駕は、それ以上何も言わず、自身も来た道へと戻っていく。
お互い振り返る事もせず、それぞれの日常へと返っていった――。
◇ ◇ ◇
流星群の瞬きが夜空を彩り、見る者を魅了した…
そんな幻想的な時間は、あっという間に過ぎ去り、会はお開きとなった。
「熾輝くんと空閑くんも泊っていきませんか?」
夜も遅く、普通の子供が出歩くのもはばかれる時間帯であることから、可憐が2人に提案した。
「ありがとう。けど、女の子のお泊り会に水はさせないよ」
「右に同じかな」
言って、熾輝と遥斗はやんわりと断りを入れた。もっとも、2人は可憐の社交辞令だと思っていたのだが、後ろの方から窺い見ていた咲耶と燕は、そうじゃなかったみたいだ。
「そうですか。では、次に会うのは学校ですね」
「いいなぁ、僕も速く退院して、学校に通いたいよ」
「あと少しの辛抱だろ。早くて2週間くらいか?」
「そうそう、葵先生が言うんだから間違いないね」
「だな」と相槌を打った熾輝は、遥斗と共に「それじゃあ」と別れの挨拶を済ませると歩き始めた。
「お二人ともお休みなさい」
「熾輝くん、空閑くん、またね~」
「バイバイ、気を付けてね~」
「また、学校で」
去り際に見送ってくれた彼女たちに対し、身体だけ振り返り「お休み」と返す遥斗に対し熾輝は「さようなら」と、いつもと変わらない声音で返した。
いつもと変わらぬ日常に返ってきた少年少女たちの休息は、こうして幕を閉じる。
そして、事件が起きたのは、週明けのホームルーム
担任が一番に伝えた連絡事項からだった。
「みなさんに悲しいお知らせがあります―――」
クラス全体が一斉にザワつき、嫌な予感が教室に広がった。そして担任が知らせた連絡とは――
「八神熾輝くんが昨日、急な家の都合で転校しました。」
その知らせを聞いた瞬間、少女の世界が音を立てて崩れ去った―――。
這い寄る過去編――完――




