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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
213/295

敵わないなぁ

現場は物々しい雰囲気に包まれていた。

局員が慌しく駆け回り、あちらこちらから怒鳴り声が聞こえてくる。

運ばれてきた機器がずらりと並べられ、配線が所狭しと広げられ、様々な機会に差し込まれていく。


現場の中心部には空間にヒビが入り、結界で何とか押し止めようとしている。…が、たいして効果が見込めない様子だ。


対策課の職員が総出で大型コンピュータータイプの魔具を操作し、術式の構築を行っている。


一目で判った。…これでは駄目だと…


到着した朱里の姿を認めた局員達の視線が、一気に殺到する。その視線にウっと息を詰まらせそうになった。しかし呑まれる訳にはいかない。


「お待たせしました。城ケ崎朱里です」

「おおッ、やっと来たか嬢ちゃん!」


名乗る朱里に近づいてきたのは、十二神将のトップである木戸伊織だ。


「状況は?」

「良くない。封印式の解除を3割も許しちまった」

「そんなにッ――!?」


木戸の報告を聞いて、かなり不味い状況であると認識する。


「防壁を構築して対抗してはいるんだが、直ぐに突破されちまう」

「…それだけ、向こうの技量が上という事ですね?」

「くやしいが、そのとおりだ」

「なら、急ぎましょう。封印が解かれた場合、どれほどの被害が出るか考えたくもありません」


言って、朱里は大型コンピューター型魔具の前に座った。


「助かる。ウチの連中が全力でバックアップする」

「やれるだけやってみます」

「頼む――」


朱里は、リクライニング型の椅子の肘掛けにセットされた水晶体に手を乗せた。

両サイドにある水晶体は、魔具と術者のリンクを円滑に進めるための物で、通常キーボードなどで術式を入力するタイプと比べると、その処理速度は雲泥の差である。


そして、これから彼女が行うのは、判りやすく例えるのならばプログラミング戦と考えてもらった方が判りが良いだろう。


敵ハッカーが防壁を破り、悪魔の封印術式を解除しようとするのを食い止める。


もちろん全てが魔術的術式によるものだ。


「いきます……」


魔力を水晶体に流し込み、次々と防壁ファイアウォールという名の術式プログラムを構築していく。


その構築スピードはすさまじく、相手の解析スピードを圧倒的に上回り、2重3重にも防壁ファイアウォールが展開される。


「よし、……」


敵の攻撃を防げたと確信した朱里は、同時並行で封印式の補強に手をだす。…そしてその手が僅かに止まった。


「この術式は…」


一瞬の同様の後、補強術式を構築していく。その様子を見て局員達は目を丸くして驚いていた。なにせ件の封印式というものは、未だかつて誰も見た事もないような術式が使用されていた・・・にも関わらず朱里はそれを知っていたかのように、淀みのないスピードで封印式を修復していくのだから。


―(まさか、連中が解析していた術式がこれか……でも相手が悪かったわね)


以前、クリフォトに依頼され、古代術式の解析を手伝った事がある。であるならば、それを解読して連中に提供してしまった朱里にも責任が発生する。

だが、その術式を解析し、誰よりも熟知しているのも彼女だ。故に相手が誰だろうと朱里には負けないという自信があった。


「――封印式の修復が80%になりました!指令、これなら!」

「あぁ、よくやってくれた嬢ちゃん」


先ほどまで苦境に立たされていた局員達だったが、敵ハッカーを寄せ付けない朱里の力を目の当たりにして、皆が安堵の表情を浮かべる……そのときであった。


「アラート発令!防壁が一気に消し飛ばされました!」

「えッ――!?」

「何が起きた!?」


突如、朱里が構築した敵ハッカーを食い止めるための防壁ファイアウォールが次々に解体された―――。



◇   ◇   ◇



「――みなさん、ようやく準備が整いましたか。わたし一人では辛かったんですよ」


何処かの一室でコンピューター型の魔具を操作していた真部がヤレヤレと息を吐く。


「天才との一騎打ちは、私の負けです。…故に数で対抗させてもらいますよ?」


言って、真部はキーボードを叩く。すると、それに共鳴したように複数個所からの攻撃が始まった―――。



◇   ◇   ◇



「―――ッ!!」


朱里は、全力で防壁ファイアウォールの構築を行った。

しかし、構築しても次々にそれが食い破られていく。


「どうなってやがる!」

「複数個所からの同時攻撃です!防壁の解体を複数人で行っていると思われます!」


報告を聞いていた局員たちが戦慄した。ただでさえ相手は凄腕の解析能力を有する魔術師なのに、それが徒党を組んで攻撃を仕掛けてくるなんてと…


「バックアップをお願いします!」


現状に怯んでいた局員達は朱里の言葉にハッとした。


「敵が複数で攻めてくるのなら、こちらも数で対抗します。出来る限りの防壁を展開してください。その隙に封印式の書き換えを行います!」

「そんな事が――」

「出来ます!」


喝を入れ、局員達に激励を飛ばす。出来ない等と言う甘えは、今この場では許されない。

年端もいかない少女の戦う姿勢…それに当てられたかのようにバックアップに従事していた局員達は、各々が防壁を構築し始める。


「敵は、私が解析した術式理論をそのまま転用している…なら、術式を全く新しい術式に書き換えれば、封印の解除が出来なくなる!」


もっとも、それを実行するには、超が付く程の解析技能が必要になってくる。術式を書き換えると一口に言うのは簡単だ。しかし、その難易度の高さは、天上知れず。コンピューターのデータを別物に上書きするのとは訳が違う。


幾百の式を1つ1つ解除し、その傍から新たに術式を構築する。それをリアルタイムで同時並行で行うのだから、ヘタをすれば、うっかり悪魔の封印が解けかねないギリギリの綱渡りだ。


だが、少女はこの分野では、世界でも屈指の天才。失敗する未来など、見ていない。なによりも……


―(ここで私がやらなきゃ、みんなが危ないんだ!)


彼女が居る場所というのは、熾輝たちが暮らす街からさほど離れていないとある神社だ。


奇遇にも以前、この場所で行われた催し物に彼女も参加したことがある。…そう、熾輝や子供たちが神様に武を奉納した神社だ。


もしも、失敗すれば、周辺の街を巻き込んでの大災害が起きてしまう。だから、少女は友を守るために全力を尽くすのだ。


「―――術式変換完了!」


やりきった朱里の額からは、大粒の汗が浮かび出ている。気が付けば息も荒く、軽い酸欠状態に陥っているのか、頭痛や目眩、吐き気といった不快な症状に襲われる。


「…すごい」


不意に誰かが漏らした。

それを皮切りに、周りから惜しみない拍手が朱里に贈られる。


「これで一安心…と言いたいところだけど、術式を解析されたら、また攻撃されるわ」

「そこから先は、俺たちの仕事だ。敵さんが解析するよりも早くとっ捕まえてやるよ」


既に敵勢力の位置を逆探知して把握していた伊織は、局員に命令を飛ばした。

流石十二神将をまとめるトップだと、朱里は感心した眼差しを向けた。そのとき…


「アラート発令!」

「「「「「ッ!!!?」」」」」


再び、危険を知らせるシグナルが鳴り響いた。


「なんだ!どうした!」

「………これはッ!?」


即座にディスプレイをのぞき込み、異常を調べる朱里は戦慄した。


「連中、解除を諦めて封印をクラッシュさせる気だわ!」

「それは、どういう事だ?」

「判りやすく例えるなら、ゆで卵を丁寧に剥くのが正規の解除だとしたら、中身がどうなろうと構わず乱暴に剥くって事よ!」

「あん?…なりふり構ってられないってのは判ったが、それだと封印された悪魔はどうなっちまう?」

「それは………」


木戸の質問に朱里は、僅かに考え込んで応える。その間も朱里はバックアップクルーと連携して防壁の展開を行っている。


「悪魔は顕現されない…けど、蓄積されていたエネルギーが爆発して付近一帯が汚染される」

「…マジかよおい」


事の重大さに伊織は、頭を抱えたくなった。

しかし、ここでトップである自分が弱気を見せれば、部下達の士気にも関わる。

故に毅然とした態度を崩すことだけはしない。


「どうにかなりそうかい?」

「やってる!でも連中、封印に崩壊術式ウィルスを撃ち込んだみたいで、修復した傍から壊されていくの!」


木戸の眼から見ても状況は、最悪だと判る。

世界でも屈指の天才をここまで追い詰めているとなると、敵側には凄腕の術者がいるに違いないと簡単に想像できた。


1人1人の技量は、朱里に及ばないにしても、人数が集まれば天才に迫る勢いだ。

そして敵側は、今回の様な経験を何度も経験しているのだろう。でなければ、天才の裏をかく…悪く言えば外法とも言うべき裏技なんて、そう簡単には編み出せない。


―(ダメッ!…このままじゃ!…)


視界の端が白く霞み、酷い頭痛が襲う…酸欠だ。

頭をフル回転させ続け、崩壊を続ける封印式をリアルタイムで修復するという常軌を逸した技巧に身体が付いて行かなくなっているのだ。


「だめ…だめ…せっかく、友達になれたのに……どうすれば……」


限界など、とっくに過ぎているだろうに、それでも朱里はやめない。


脳がオーバーヒートを起こし、鼻からは赤い血が流れ出す。


その間も、意識だけは手放さずに必死に喰らい付く。


しかし、それももうおしまいだ。


「ぁ―――」


とうとう崩壊術式ウィルスに朱里の処理速度が付いていけなくなった。


―(可憐ちゃん、……みんな……)


酷い事をした自分を許してくれた。

そんな友達の顔が思い浮かび、守れないと自覚した途端、余計に心が苦しくなる。

そして、結局は仲直りできないままの少年。魔術を司る者同士パートナーとして一緒に歩んで行ければとも、そんな未来を思った……しかし、それも叶わない。朱里の肩が震えて泣き叫びたくなった。そのとき…



……ポーン



「え――?」


突如、気の抜けそうな電子音と共にディスプレイのど真ん中にメールマークが表示された。


「な、に?…メール?」


在り得ないと思った。

確かにコンピューターを元に作られた魔具である以上、そういった機能が備わっていてもおかしくはない。

しかし、今はミッション中……腐っても国家機関が使用するセキュリティーレベルの高い電子機器に易々とメールを送り付けてくるなんて。


「いったい誰が……」


もしかしたら敵の罠の可能性を考えた。しかし、このタイミングで送り付けてくる意味などない。

故に第三者の可能性と周りに居る誰かの仕業を考慮にいれつつ、周囲を見渡した。…が、皆が画面に喰らい付かん勢いで必至に事に当たっている形相を見るに、局員ではないだろうという結論に至る。


どちらにせよ開いてみない事にはなんともいえない。そう考えた朱里は、藁にも縋る思いでメールを開いた――。



―――まずは、友達から始めましょう。  from:S.Y



そこには、朱里が切望した言葉がたった一言だけ添えられていた。

送り主Shiki Yagamiから――。



―――YES?―――NO?



続けて表示されたポップアップを朱里は迷うことなく選ぶ……YESだと――。


その瞬間、おそらくメールに隠されていたであろう術式プログラムが光りとなって起動した。


その術式は、封印式に撃ち込まれたウィルスを瞬く間に完全破壊した。

防壁ファイアーウォールを幾重にも展開し、敵の侵入を防ぐ。しかも敵がファイアウォールを解除しようとする術式コードの次の次の更に次の手を読んでいたかの様な術式がゼロコンマの領域で展開されていく。これでは、敵はファイアウォールを突破する事は敵わない。


術式はそれだけに留まらず、逆に敵側の魔具にクラッキングを仕掛け、魔術的な破壊を行った。


そして、封印式が新たなる術式に書き換わると……文字どり完全消滅した―――。



その一部始終を見ていた局員たち……正確にいうと彼等は朱里が敵を撃退したと思っているため、自然とその眼が彼女へと向く。そして……


「ブラボー!流石天才少女!」

「すばらしい!アメイジングです!」

「いったいどうやったんですか!?」


次々と浴びせられる称賛の雨に朱里は曖昧な笑みを浮かべると


「もう、…敵わないなぁ」


誰に向けた言葉なのか、ここに居る者には、知る由もない――。



◇   ◇   ◇



「ふぅ――」


少年は、溜息を吐きながらパソコン型の魔具の蓋を閉じた。


「まぁ、こんなもんでしょう」

「…お疲れ様でした」


熾輝はレモンから借りていた魔具を手渡すと「ん~ッ」と、け伸びをした。


「まさか、こんな旧型の魔具で対処してしまうとは…対策課が保有する魔具はスーパーコンピューター並の演算能力があるのに」

「マシーンの差ではないですよ」


その言葉は、弘法筆こうぼうふでを選ばずと言われている様な気がしたレモンだった。しかしながら、実際に目の前の少年は、天才ともてはやされていた少女が一級品の魔具を使ってもどうにもならなかった事態を何とかして見せた。


「件の悪魔はどうなりました?」

「術式ごと分解しました。」

「そんな事が―――」


可能なのかという言葉をレモンは飲み込んだ。なぜなら実際に封印座標には、文字通り跡形もなく、何の痕跡もなく、全てが消失しているのだから…。


熾輝の経歴について、レモンも十二神将の一員として知っている。5人の達人に育てられた無才の子供……「本当に?」という疑問が湧いてくる。


「でも、本当に良かったんですか?」

「え?っと…何がです――?」


考えの海に沈み掛けていたレモンの意識が急浮上する。


「勝手に介入しちゃいましたけど、あとで問題になりません?」

「私の仕事は、国の安全を守ることですから。これも仕事の内です」

「………」


レモンの言葉には例えようもない程に力強い何かがあった。だからだろう、熾輝は彼女の言葉を聞いて、感嘆と畏敬の念を抱いた。


「斑鳩さん、…本当に良い女性ひとですね」


お世辞ではなく、混じりけなしに熾輝はそう思った。しかも子供特有の純粋な笑みを向けられたものだから、レモンは頬を赤く染めて大人げなく照れてしまっている。


思えばレモンは、遥斗の時も朱里の時も、最悪を避けるための道を示してくれた。

だから、この人は信用するに値する人物だと熾輝は思った。


「んんっ!…それでは、私はそろそろ失礼します」


1つ咳払いをしたレモンは、姿勢を正すと会釈をして帰って行った。そして残された熾輝は……


「熾輝くん、やっぱり大人の女性がいいの?」

「え――?」


一部始終を括目していた燕の眼が据わっている


「前にもキャロルさんを見て、良い身体しているって言ってたもんね?」

「なッ――?」


色が失われた様な単一色になった咲耶の目が見開かれている。


「殿方が色々な女性に手を出すのは宜しくないと思いますよ?」

「違ッ――?」


困った子を見る様に可憐が溜息をついた。


「……勘弁してくれ」


深いため息を吐いてた熾輝は、これ以上の抵抗は無駄と悟り、手をヒラヒラと振って白旗を上げる。


いかに凶悪強大な敵が相手であろうと全身全霊を掛けて戦う熾輝であっても、たった3人の少女には、絶対に勝てないと思い知ったのであった―――。


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