ごめん と パスタの味
夜が明けた――。
とても濃密な夜だったと今だからこそ言えるだろう。
それぞれの戦場で誰もが死力を尽くし悪を粉砕したのだ。
だが流石に一晩中を戦い続けるのは子供にとっては、酷な事だった。故にそれぞれが眠気を伴い各々帰路についた。
そして、あれ程の攻防が繰り広げられた明け方に城ケ崎朱里は退院となった。
身体の外傷は自然治癒で治るレベルだし、魔術を使用すればそれこそもっと早く完治するだろう。しかし、悪魔に持って行かれた寿命については、どうする事も出来ない。入院を長引かせても治るものでもないし、日常生活を送る分には何ら問題は無かったが故の退院だと、熾輝は葵から伝え聞いた。
そして今現在……
「……いらっしゃい」
引き攣った表情を浮かべて玄関に立つ朱里の前には、熾輝・咲耶・燕・可憐が居た。
「退院おめでとうございます。これ、退院祝いです」
そう言ったのは可憐であり、彼女はフルーツの盛り合わせを朱里に手渡した。
その他の面々は、皆が等しく顔色を曇らせており、もちろん朱里は居心地が悪い事この上なかった。
「朱里ちゃ~ん、誰か来たの~?……あら」
玄関から一行に戻って来ない彼女を心配したのは、同居人の真理子だった。
彼女は、来客の面々を見て思わず口元に手をやるも、直ぐに口元をほころばせて「どうぞ、中にいらっしゃい」と皆を招き入れた。
子供たちは揃って「お邪魔します」と言うと朱里の家へと入って行った。
「あら、あなた達も来たの」
「あッ、レモンさんだ――」
「下の名前で呼ばないで下さい!」
家の中に入って子供たちはリビングのソファーに座る一人の女性を見つけた。その女性は以前にも面識があり、超自然対策課十二神将の斑鳩レモンであることが直ぐにわかった。
熾輝は「お久しぶりです」と挨拶を交わすと、彼女の他にも気配に覚えのある者が居る事に気が付いた。……が、一瞥してお互いに軽く会釈をするとすぐにレモンへと視線を戻す。
「斑鳩さんがここに居るって言うことは、今回の始末をつけるためですか――?」
「そうよ。といっても、もう話は終わって帰るところなんだけどね」
「そうですか…」
その始末について、気になるところではあるが、裏社会を取り締まる彼女が手ぶらで帰ると言うことからみても今回、朱里が拘束されるという事は無さそうだと予想した。もっとも、何のペナルティーが無いとは思っていないが…
「ほな、僕も帰らせてもらおうか」
言って、立ち上がった京都弁特有のイントネーションで喋る中年の男性も立ち上がろうとした。しかし…
「え~、零士さまも帰ってしまうの?もう少し良いじゃないですか」
と、すり寄って行ったのは真理子だった。彼女は、零士の腕を抱きしめて引き留めようとしている。
「い、いやぁ、僕も一度帰って校長に報告とかせなアカンし、今後の手続きとか色々とやる事が多いんで…」
「なら、せめて駅まで送ります!あと、プライベートナンバーも交換しましょう!」
なにやら大人の色気を全力で出しながら、真理子が攻めまくっている。
零士はと言えば、言い寄られて悪い気はしていない様に見えるが、子供の前と言うこともあって、流石にバツが悪そうだ。
「相変わらずモテモテですね先輩ッ!しかし公私の区別は付けないと教育者としてどうなんでしょうかッ?」
語尾が無駄に力が入っているのは気のせいではない。ともすればレモンからは怒気すら感じ取れる。
そんな大人たちのやりとりを目の当たりにして、『あわわ、これが大人のお付き合いなんだね!』『ちがうよ!修羅場っていうんだよ!』と頬を赤くしながら咲耶と燕が目をキラキラとさせながら観戦?している。
「では、私はこれでッ!……先輩、また能力を使ったらしいですが、アナタは私の知っている先輩ですよね?」
「もちろんや。僕は僕、アレ等も全部僕なんや」
「……くれぐれも無理はなさらない様に」
最後、なにやら意味ありげな事を言って立ち去るレモンの表情は、憂いを伴っていた。
「では零士さま、車でお送りします」
「あ、ありがとうございます」
「もうッ、お姉ちゃんいい加減にしてよ!」
「そうだよ、恥ずかしい。それに運転するのはボクなんだよ!」
なにやら慌しく大人たちは、出て行った。だが、おそらく3姉妹は、子供たちだけで話時間を与えてくれたのだろう。
そして、去り際に零士は『ほな城ケ崎くん、邪魔したな。あと結城くん、後日改めてお家の方にお話をしに行きますんで。それとキミ、葵先生に宜しく伝えといてぇやああぁあ………』と物凄い早口で言い残し、3姉妹に連行されていった――。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
残された子供たちの間には静寂が訪れる。
皆が何を言えば良いのか判らないといった感じだろう。
しかし、やはりと言うべきか、その静寂を破ったのは彼女…城ケ崎朱里だった。
「ごめんなさいッ!」
真っ白になった頭を下げ、深く深く…それはもう深すぎるくらいに首を垂れた。
「謝って許されるとは思っていない!私がやった事は許されないって判ってる!だから気が済むまで殴りたいって言うなら幾らでも殴ってくれて構わなし、何でも言う事を聞きます!だから、……だからお願い、……私に償いをさせて……私を、許さないで」
朱里は理解している。自身の行いが許されるものではないと…
そのうえで償いをさせて欲しいと……そして、自分を許さないでくれと……
その生き方がどれほど過酷か、どれほど彼女にとって大きな罰であるか、想像に難くない。
そんな彼女の覚悟と気迫が相まって、被害者である咲耶や朱里は、どうすれば良いのか判らずオロオロとしてしまっている。
「イヤだね、面倒くさい」
「え――?」
しかし、朱里の願いと覚悟は、熾輝の一言で根こそぎ奪い取られた。
「朱里の自己満足に付き合わされるのは御免なんだよ」
「でも、…じゃあ私はどうすれば……」
もはや彼女に残された道は絶たれた。まるで絶望しきったような表情を浮かべ、目頭に涙が溜まる。すると…
「何もしなくて良いじゃないですか」
「そうだよ、そんなの虚しいだけだよ」
「朱里ちゃんを責め続けても誰も幸せにはなれないよ」
順番に口を開いたのは可憐・咲耶・燕だった。
「それに朱里ちゃんは、こんなにも苦しんでいるじゃありませんか。」
言って、可憐は朱里に歩み寄ると、肩に手を掛けて下げていた頭をゆっくりと上げさせる。
「十分過ぎる程に罰も受けました。これ以上、苦しんでいる朱里ちゃんを見続けるなんて私たちには出来ません」
「可憐、ちゃん…」
「もう、私も怒ってないよ?あの時は、酷いって思ったけど、だからって朱里ちゃんがこれ以上苦しむ姿を見たいとも思わない」
「咲耶……」
「私も大変だったけど、大切な場所は守れたし、みんな無事って事でいいんじゃない?」
「燕……」
それぞれが朱里に対して許しを口にする。そして熾輝は…
「僕が言いたい事は、昨日言ったとおりだ」
熾輝は敢えて許しを口にしない。
昨夜、朱里に対して「絶対に許さない」と言っておきながらクリフォトから朱里を守るという行動の矛盾…だが、もう決めてしまったから、【救うと言う覚悟】を――。
それで、自分を含めたみんなが笑っていられるのなら、これ以上の成果は無いと、納得していた。
「みんな……ごめん……それと、ありがとう…」
朱里は泣きながら、絞り出すかのように謝罪とお礼を口にした。すると…
グゥゥゥ……
という猛烈に場の空気を吹き飛ばす音が聞こえた。
音源を辿れば、それは今さっきまで泣きながら皆にお礼を口にしていた朱里の腹部からだった。
「あらあら、朱里ちゃんと一緒にお腹の虫さんも泣いてしまいましたね」
「あははは、本当だね!」
「プッ、ククッ…泣くと鳴くっ…ッ、ッ、ッ」
「ちッ違う――!」
顔を真っ赤にして言いつくろう朱里、そして笑う3人の姿に熾輝は今回、ようやく日常に戻れた気がしてホッとすると同時に微苦笑を浮かべていた―――。
◇ ◇ ◇
「――本当に何もないなぁ」
言って、熾輝は冷蔵庫の中身を見て考え込む。
「長いあいだ帰って来ていなかったんだから仕方がないよ」
キッチンで使える食材を一緒に探していた咲耶が言うと「まぁね」と相槌を打つ。
時刻はもうじき昼食時、腹の虫が鳴った朱里につられる様にして、皆も空腹を訴えた事から何か簡単な料理でもしようという事になり、熾輝と咲耶がキッチンを借りて食事を用意する係りになった。
家主である朱里はといえは、可憐と燕と一緒にお風呂場にいる…
「使える食材はこんなものか…」
「他は腐っているか賞味期限が切れて使い物にならなかったね」
台の上に並べられた食材は限られており種類も少ない。
「まぁ、材料から見るにパスタしか作れないね」
「でも具材は?」
パスタと言われたが目の前にそれらしい具が見当たらない事に難色を示す。
なにせ目の前には乾麺・トマト缶・ニンニク・鷹の爪・オリーブオイル……以上!
「この際、仕方がない」
「トマトソースだけ?」
「………」
具なしパスタと聞いて、ちょっぴり残念な顔をする咲耶であったが、熾輝としては腹さえ満たせればそれで良しと考えていた。あとは料理人の腕次第だ。
「以外にシンプルな物の方が美味しいときもある」
「物は考えようだね」
言って、熾輝は包丁をとりニンニクを細かく微塵切りしていく。その横で咲耶は鍋に水を入れて火にかけ、唐辛子の種を丁寧に取り除き熾輝に渡すと輪切りにカットされる。
フライパンには、たっぷりのオリーブオイルと先程用意したニンニク、鷹の爪を投入すると弱火でじっくりと炒める。
「ふぁ~、いい香り」
「ニンニクに色が付いてきたね。トマト缶を入れよう」
フライパンにトマトを投入するとジューっと良い音が最初に響いて、次にグツグツと煮立つ音が聞こえてくる。
「あとは焦げ付かない様に混ぜながら10分くらい様子をみる」
「じゃあそろそろ麺を茹でようか」
「そうだね。出来上がるころには3人が出てくるだろうし――」
そうこうしている間に3人が風呂場から出てきた。
「わぁ、パスタ?」
「美味しそうな香りですね」
皿に盛り付けをしていたとき、燕と可憐が風呂場から出てきた…とは言っても、お風呂に入っていた訳ではない。
「うん!名付けて絶品トマトパスターーッ!!?」
「んッ!?」
料理名を口にした咲耶は、驚いたように語尾を跳ね上がらせた。そして熾輝も驚き、表情が固まった…
「な、なによ――?」
朱里は半眼で睨みつつ「なんか文句でもある?」と言っているような口調で問いかけた。しかし、咲耶と熾輝の反応は当然と言えよう。何故なら彼女の真っ白だった髪が金髪に染め上げられていたのだから…
「少し派手だったでしょうか?」
「でも、すごく似合っていると思うよ?」
3人が今まで風呂場で何をしていたかと言うと、もう言うまでも無いと思う。
そう、髪染めをしていたのだ。悪魔召喚の代償として黒艶だった朱里の髪は真っ白に色が抜け落ちてしまった。だから可憐が専属メイクアップアーティストから一通りのカラーリング剤を借りてきていた。
「似合うけど…」
「何で金髪?」
驚きによる硬直状態から脱した2人からは微妙な反応であった。
故に恥ずかしそうに、そして肩をプルプルと震えさせる朱里は赤面させながら微妙に泣きそうである。
「いや、確かに似合ってるよ!可愛いよ!心機一転感が伝わってくるよ!」
泣きそうな朱里を慌ててフォロー
「なに?学生の夏休みデビュー的なあれ?」
お構いなしにちょっぴり尖った言葉が地味に突き刺さる。
「ふふ、朱里ちゃんの顔立ちや普段着を見て、前々からブロンドが似合うと思っていたんです」
「流石可憐ちゃん!黒髪も良いけど、こっちも栄えるよね」
とまぁ、どうやら朱里の髪染めは可憐の独断と偏見によって、強制的に金髪に決められたらしい―――。
◇ ◇ ◇
「――辛いッ!けど、やみつきになる」
「本当ですね。あとを引く辛さとニンニクが食欲をそそります」
どうやら即席で作ったにしては満足いただけたようで、熾輝と咲耶はその様子を見ると口へと運び始めた。
「朱里ちゃんどう――?」
「うん、美味しいわ」
「良かった!」
朱里の感想を聞いて、嬉しそうにする咲耶は、もう本当に事件のことについては、気にしていない様子だ。
だが、当の朱里は、まだぎこちなさが残っており、普段通りになるまで少しばかり時間が掛かりそうだった。
そんな様子を眺めていた熾輝は、不意に朱里と目が合った…
「……今日、私の処罰を言い渡されたわ」
唐突に朱里は語り出した。それは、熾輝も気になっていた事柄だ。なにせ対策課の斑鳩レモンが此処に来ていたのだ。という事は遥斗の時と同様に顛末を付けに来たのだろうと予想していた。
「1年間の停学処分と無償奉仕活動、それと魔力の封印措置だって」
「それって……」
魔術社会に疎い咲耶や可憐・燕にとって、その処罰が重いのか軽いのかと言う判断が付かず、回答に困ってしまった。
「魔術を行使するには封印を施した者か、その者が委任した第三者が解除しない限り使用出来ない。余程の特例が認められない限り死ぬまで魔術の使用を管理され続ける」
「そんなッ――!!」
魔術師にとって魔術が如何に特別なものだと言う事かは咲耶や他の2人にだって理解できる。それを自由に使えないということは、言い換えるのなら才能…朱里の一部を殺されたに等しい。
「そこまで深刻じゃないの。確かに封印措置を掛けられたけど、ある程度の魔力使用は認められているわ」
とは言っても、今までの彼女の魔力量から考えると1/10以下に抑え込まれていると熾輝の眼には映っている。
しかし、この処罰にしたって熾輝としては、随分と温情を掛けられていると判断せざるを得ない。なにせ、悪魔を使ってテロを実行した結社と手を結んだのだ。最悪、牢屋へぶち込まれてもおかしくなかったハズだ。
だが、既に刑が確定したのであれば、これ以上、熾輝がその事について考えても詮無いことだ。だから、もう一つの処罰について質問をする…
「無償奉仕活動っていうのは――?」
「それは……」
「ん――?」
朱里は咲耶と燕を一瞥すると、言いづらそうに口を開いた。
「1年間の停学処分の間、私が2人の家庭教師をすることになったの」
「「え――?」」
疑問符を浮かべる2人を横目に熾輝は「そうきたか」と、ある意味納得をしていた―――。
◇ ◇ ◇
「――真部さん、集結完了しました」
「わかりました」
入間と別れた真部は、残存の勢力…とは言っても彼を入れて10人に満たない。
彼らを指揮し、最後の作戦行動に移ろうとしていた。
「今回は、潔く負けを認めましょう。しかし、一矢報いなければ、我々は完全な負け組です。…やはり悔しいですよね?」
真部を囲うようにして集まった者達は、黙したまま首を縦に振って肯定を示した。
「件の悪魔【グラジャラボラス】の封印場所は、既に割れています。そして術式の解析もこのとおり」
手に持ったメモリーチップ…おそらくその中に封印式を解析したデータが入っているのだろう。
「これから5班に別れ、各々が配置に付き次第、計画を開始します。マシンの準備は…」
「既に座標へのリンクを済ませています。後は封印を解除するだけです」
仲間の答えに「けっこう」と相槌を打った真部は、解析データの入ったチップを各々に配る。
「それでは、皆さんよろしくお願いします」
「「「「「はッ!」」」」」
真部の声一つでその場に居た者達は、直ちに配置場所へと向かった。
「さて、久しぶりに腕が鳴りますね」
目の前に置いてある一見してコンピュータ…しかしその実、コンピュータ型の魔術具の前に座った真部は、とある天才少女が解析したデータチップを差し込み口にセットをすると、指をポキポキと鳴らし、キーボードを叩き始めた―――。
◇ ◇ ◇
魔術・能力を持つ者の社会を一般的に裏社会と呼んでいる。しかし、決してダークな意味で裏社会と呼ばれている訳ではない。
魔術師・能力者を育てるために創設された学園は国立であるし、その後の進路として超自然対策課という就職先も用意されていたりする。
学園には、魔術・能力の心得さえあれば誰だってその門は、開かれている。
しかし、やはりと言うべきか、先祖代々が魔術・能力者である士族と呼ばれる彼らの子供と、ぽっと出の者とではレベルが違い過ぎて軋轢が生まれる。
ただ、稀に士族を遥に凌駕する才能の持ち主も現れる事も事実…なのだが、新参者は何かと狙われやすく、今までも出る杭は打たれるかの如く、洗礼を受けて再起不能に陥った者は少なくない。
そこで、学園側は特別教室と言うものを新たに作った――
「――つまり、編入試験で優秀な成績を取る事が出来れば、特別生枠に入る事ができるの」
「普通の一般クラスと何が違うの?」
「大まかに言うと待遇が全然違うわ。まず授業料は勿論のこと学園で発生する金銭関係は無料になる」
「おおッ!それは良い!」
無料と聞いて、思わず燕が目を輝かせる。少し前まで厳しい生活を送っていた彼女は、未だに無料とか割引とか言う言葉に弱いのだ。
「あとは、留学制度とか研究部屋が与えられたりと色々だけど、一番のステータスは、喧嘩を売られないことかしら」
「へ――?」
まるで喧嘩を日常的に売り買いするような言い方に咲耶の表情が固まった。
「学園に通う殆どのヤツは、先祖代々続家柄なのよ。アイツら実力が無いのにプライドだけ一級品だから、ポット出の咲耶なんか初日で目を付けられるわよ?」
「こ、恐い!学園恐いよぉ!」
そんな恐ろしい所なんて!と頭を抱える。
「そこで、特別教室待遇が効果を発揮するの!」
「ど、どういうこと?」
「その名のとおり、特別教室って言うのは特別なの。学力は勿論のこと、術や能力が他の追随を許さないくらいの実力者が集う場所よ」
「でもそれって、逆に特別教室の生徒を倒せば、下克上が発生するんじゃない?」
熾輝の問に「まぁね」と相槌を打ったあと、朱里は「でもね」と続ける。
「何年か前に下克上を狙って、特別教室の生徒に手を出した奴らがいたの」
「奴らってことは、一人じゃないよね?」
「そうよ。詳しい人数は知らないけど、高学年を巻き込んで何十人という生徒が徒党をくんだわ。…でもたった一人を前に、そいつ等は全員が病院送りにされたらしいわ」
「なるほど。そういった事があったおかげで、余程のバカじゃない限り、喧嘩を売られる心配が無いってことか」
「そゆこと。だから2人には、この1年頑張って勉強してもらって、私と一緒に特別教室に入ってもらうわ!」
さり気なく、『私と一緒に』と言ったという事は、間違いなく朱里も特別教室の生徒なのだろう。また、自分から学園を去ったと言い張っていた割には、やはり、退学届けは受諾されておらず、未だに生徒という立場が継続しているのだ。
そんな事を思いながら、熾輝は朱里との会話に自然に入っていた事にふと気が付いた。…正確には不意に可憐と目が合い、安心する彼女の表情から察したと言うべきだろう。
「でも、特別教室なんていく制度があるのなら、熾輝くんも学園に来ることは出来ないの?」
唐突に咲耶から投げ込まれた質問に、僅かに空気が沈んだ気がした。
「それは――」
「出来ない事もないわ。学園側もそれだけ特別教室を特別視しているから無下に扱わないハズ」
朱里の回答を聞いて、咲耶だけでなく燕の表情もパッと明るい物になった。
「じゃあ――」
「でも、必ずしも安全って言う訳じゃあ無いの。さっきも言ったけど、前に学園全体を巻き込んで特別教室の生徒に喧嘩を売った話をしたでしょ?」
「でも、それがあったから喧嘩を売られないって」
「あくまでも売られなくなっただけ。売っては、いけないという訳じゃないの」
「あ、……」
言われて気が付いた。特別教室と言うのは、秀でた実力者が集う場所…故に手を出せばタダでは済まないぞという抑止力的な立ち位置に過ぎないのだ。
「でもね、気持ちは判るわ……ねぇ熾輝」
「ん?」
まるで、なにか別の手段……熾輝が咲耶たちと一緒に学園へ行ける道を探る様に朱里は、言葉を紡ぐ。
「私のパートナーにならない?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「「「えええぇえええッーーー!!!?」」」
3人の少女たちが揃って声を上げる。
「朱里ちゃん!え!?まさか!?」
「そうなの!?ライバル!?」
「あらあら、どうしましょう(笑)」
「か、勘違いしないでよね!あくまで仕事上のパートナーって事よ!」
唐突に脈絡のない言い方に2人は慌てて、1人は面白そうに眼を輝かせる。
ただ、熾輝は朱里の言いたい事は理解していた様で、3人の様に慌てたり勘違いをしたりはしていない。しかし…
「本気?」
「えぇ…」
2人の視線が交わった瞬間、バチッと火花が散っている様に見えたのは、気のせいではない。
「熾輝が作った術式を幾つか見せてもらったから判る。…私があの日言った事は嘘じゃない」
「………」
あの日と言われ、朱里が熾輝の部屋でハニートラップを仕掛けてきた事を思い出す。
「アナタの才能は、こんな所で埋もれていい物じゃない。私たちが手を組めば、きっと今よりも高みへ行く事だって出来るハズよ!」
天才と呼び声高い朱里がここまで言うのだ。おそらく彼女が詠った事は、絵空事にはならず、実現可能だと確信しているのだろう。
だがしかし、熾輝は黙したまま頭を横に振った。
「なんでッ――!?」
否定を示す熾輝に対し、朱里は納得できなかった。
折角の才能なのに、どうして上を目指そうとしないのかと…
「僕がいれば、また誰かが傷つくかもしれないからだよ」
「ッ――!!」
言われて息が詰まりそうになった。それは、実際に朱里がして来たことだからだ。
熾輝とて、面と向かって言葉にしたかった訳ではない。しかし、目の前の少女は、ハッキリと言ってやらなければ、判ってくれそうにないと思ったから、言葉にせずにはいられなかった。
「だから、これから僕たちが歩く道は別々に―――」
「失礼しますッ――!!!!」
慌てた様子で部屋に戻ってきた斑鳩レモンによって、熾輝の言葉が遮られた。
突如入って来たレモンに皆が驚いた表情を浮かべていると、彼女は「申し訳ありません!」と、やはり慌しく謝辞を述べると続けて言葉を紡ぐ。
「非常招集です!十二神将木戸伊織の命により、城ケ崎朱里は直ちに出頭されたし!」
レモンは特に事情を説明するでもなく、朱里に出頭命令を伝える。
だが、命令といっても力尽くで無理やりにという訳ではないらしい。レモンは朱里に対して敬礼を示しているのだ。つまり―――
―(つまりこれは、朱里でなければ対処できない案件が発生したということ)
「…判りました。直ぐに出頭します」
「屋上にヘリを待機させていますので、それで向かって下さい」
朱里もレモンの意図を察し、立ち上がった。
「朱里ちゃん、あの―――」
「ごめんなさい。また帰ってきたら話をしましょう」
呼び止めようとする可憐の言葉を遮り、朱里は部屋を出て行こうとする。
「見送りをしても?」
「……構いません」
突然の出来事についていけない少女たちを代表して熾輝がレモンに尋ねると、あっさりと許可が下りた。
屋上へと向かう道すがら、レモンは大まかな説明をしてくれた。
いわく、大昔に悪魔を封印していた場所の術式が破られようとしていること。悪魔が解き放たれた場合、神災並の被害が出る恐れがあること。術式が今まで誰も見た事がないもので、対抗術式を構築できる者が居ない。
そこで世界でも数える程しか取得者が居ないと言われている国際魔術解析一種の保有者である朱里に白刃の矢が立った訳なのだ。
諸々の説明を受けた朱里は、屋上で待機していた局員に拾われてヘリコプターに乗り込む。
「彼女の事をよろしくお願いします!」
「了解しました!必ず無事に送り届けます!」
どうやら斑鳩レモンは、この場に待機するようで、乗務員に朱里を託すと、「危ないわ、みんな離れて」と熾輝達を下がらせた。
そしてヘリコプターの高度が徐々に上がると、朱里を乗せて空の彼方へと飛び去ってしまったのだ。
残された少女たちは朱里が飛び去った空をただ見つめる事しか出来ず、どうか無事に帰って来てと祈りを抱く。そして熾輝は…
「斑鳩さん、ちょっとお願いがあるんですが…」
「はい――?」
どうやら熾輝もみんなと同様に、朱里を心配していたらしい―――。
作中に登場したパスタは、本当に簡単で美味しいです。金欠のとき、随分と助けられました。
酸味の強いトマト缶の場合、ちょっぴり砂糖を入れれば中和できます。
是非ためしてみて下さい。




