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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
211/295

強者攻防戦

人影のない路地裏で突如として、人の気配が発生した。

もしもここに誰かしらが居たのであれば、地面に張り付いた顔と人の輪郭を模した影の揺らめきを見て、さぞや不気味に思っただろう。


「――はぁ、…はぁ、…はぁ…」


口を開けた影の中からは一人の男が現れた。…が、既に疲れ切っている様だ。まるで全力疾走をしてきたかのように膝が笑い、建物の壁に背中を預けて倒れ込む。


―(こんなハズではなかった)


地面に尻を付き、頭を抱える男の顔つきは、いつもの様な余裕が一切ない。


―(いったい今回の作戦に幾ら投資した!?…いや、金の問題じゃあない。このままでは、私が粛清されてしまう!)


男…入間の頭にあるのは、今後、自身の身の安全についてだ。

今回、組織に日本支部の設立を打診し、成功の暁には支部長の椅子を約束させた。

その際には、幹部の力を借りて、希少なオーブやヒュドラといった裏でも流通しずらい薬物も融通してもらっていた。


「いけないッ!せめて、|あ(゛)|の(゛)悪魔の復活だけでも成功させなくては――」


精神的にも肉体的にも後がない入間は、何としてでも助かるために動き出した。その矢先、自身を見つめる何者かの視線が突き刺さった。


危険を避け、生き延びるために磨いてきた危険察知能力ともいえる彼の感覚がココから早く逃げろと警報を鳴らす。


カァ、……カァ……カァ―――。


と、黒い羽を持つ鳥類が三羽、路地裏に置いてある青いゴミ箱や地面、ビルの上からと三方向から入間をジッと見つめている。


まずいっ!と直感するよりも先に身体が動き出し、重い腰を上げて、人通りのある場所まで移動しようとした矢先の事だった。


「悪ものみ~っけ!」


進路を塞ぐように現れたお河童頭に和服を着た少女…倉科香奈がまるで、かくれんぼの鬼を見つけたときの様に人差し指をズビシッ!と向けた。


「とうとう年貢の納め時だなぁ…入間あぁあッ!」


香奈に続き、ビルの陰から出てきたのは、フランス聖教の信徒ドニーである。

あの日、河川敷で捉え損ねて以降、入間を確保するために奔走していた努力がようやく実を結んだという気持ちが抑え切れず、思わず声が張り上がる。


「誰かと思えばアナタですか…そちらのお嬢さんは、娘さんですか?」

「連れなねぇなぁ。ようやく会えたってのに…そんでもって、俺は独身だ!」

「そうですか。しかしながら私も急いでいるので、そこをどいて頂けますか?」


2人を見た途端、先ほどまで鳴り響いていた警報は、気のせいだったとホッと息を吐いた入間は、いつもの落ち着いた…どこか大物ぶった言葉遣いに変わる。

おそらく彼の中では香奈やドニーであれば、十分に倒せる相手だと判断したのだろう。


「退かねぇよ。テメェは、ここでお縄だ」

「フッ、アナタ如きが私を捕まえると?」

「だったら何だ」

「…聖騎士にもなれない分際で悪魔の力を過小評価しすぎじゃあないですかね」


言って、入間の両手の甲に刻まれた魔法陣が怪しく光り、2体の悪魔が召喚された。

そして、ポケットに両手を突っ込むと、指の間に小さな瓶を挟んで取り出すして、それを勢いよく地面に叩きつけて割った。


予め瓶に封じ込めていたであろう8体と先の2体で計10体の悪魔を同時に召喚した。


「くくく、悪魔の力はピンキリですが、保証しましょう…私が使役する悪魔は個でアナタを軽く凌ぐという事を!そして、見せしめとして、まずはそのお嬢さんをアナタの目の前で八つ裂きにしてあげましょう!」


優位を確信している入間は、自分に酔っているかのように饒舌に語る。

しかし、口は厄の元とはよく言ったもので、真っ先の標的にされた香奈はと言えば、どこ吹く風かといった感じで「あ~あ、わたし知~らない」と哀れみを孕んだ目を向けた。


そんな態度を目の当たりにして、『?』が入間の頭の上に浮かんだが、その疑問符は、次の瞬間には恐怖と言う暴風によって簡単に吹き飛ばされた。


「ウチの者に手ぇ出すってことは、テメェは俺の敵だな?」


突如として降り注ぐ大瀑布の如き鬼気によって、入間は、まるで物理的な圧力でも受けたかのように錯覚した。そして、味方であるハズの香奈やドニーですら凌駕の威圧に思わず身を固めた。


そしてやはり、入間が感じていた危険信号は間違いでは無かったのだと改めて思う。が、既に遅すぎた。


「ッ、――殺せッ!!」


いきなり現れたこの男に会話は意味を成さないと感じた直感は正しい。おそらく、何かしらの謀略を巡らそうものなら口を開いた直後に問答無用で攻撃を受けていたであろう。

それも命を刈り取る類の攻撃だ。一瞬で終われたのなら運の良い方…しかし、目の前の男の鬼気がそれだけでは済まさないと物語っている。


僅かな思考だけで、幾つもの地獄が入間の中で夢想し、一瞬で絶望てき思考力へと変換される。故に彼は先手必勝を狙った。しかし…


……喰い千切れ|悪魔喰デビルイータ


瞬間、まるで凌駕の影が意思を持っているかのように蠢く。そして、2人の空間を包み込むように影がドーム型に形成された…かと思えば、あっと言う間に空間を狭めていく。

迫る影に対し、だが不思議と圧迫感はなく、何でもなかったかのように入間を素通りして、凌駕の足元へと戻って行った。


「な、にッ――!?」


しかし、入間は愕然とした。黒い影が広がり収まった…ただそれだけの動作がものの5秒も掛からず行われ、そして気が付けば彼が召喚した悪魔だけが消え去っていたのだから。しかも、いざという時の為に隠して待機させていた逃走用のシャドーデーモンも漏れなく影に呑まれてしまっていた。


「チッ、どうせならゴミいるまごと喰ってくれれば楽なのによ。悪魔だけにしか効果が無いから使いどころが限定されるのが玉にキズだな」


まるで『ペッ、まだ生きてやがる』と本来なら言いたいかの如く吐き捨てる凌駕に対し、完全に自衛の力を失った入間は、頭の中が真っ白になり、その場に座り込むと、だらしなくホゲェっと表情筋を弛緩させる。


もはや彼に戦う意思は愚か、逃走する意思すらも湧いてこない。それがどんなに無駄な足掻きか理解させられたのだ。万が一にもそのような意思を示そうものなら、目の前の男にどんな目に遭わされるか容易に想像できてしまう。


「どうした?さっきまでの大物ぶった態度が崩れているぞ――」

「ていうか、顔が崩れているわよ。キモッ!」


凌駕の声を遮り、路地の奥、…正確に言えば、凌駕の後ろから現れた紫苑は、フンッ!と鼻息を荒くして座り込んだ入間を見下ろす。そして、入間の目の前まで来ると膝を折って視線を同じ高さに合わせた。


のぞき込んだ入間の眼は光を失い完全に戦意を喪失…もとい、絶望に染まっている。そして、紫苑と目が合った入間は…


「た、助けて下さいッ!この男に殺される!」

「…アンタ、コイツに何したの?」

「人聞きの悪い。ちょっと睨んだだけだ」


大の大人が今にも股間を濡らしそうな勢いで紫苑に縋り付く。その様子から余程酷い目に遭わされたのかと凌駕を見れば、そんな事は無いと語る。しかし『イヤイヤ、めっちゃ殺そうとしていたよ!殺気だけで殺そうとしていた!』『眼で殺していたネ!』と物凄い勢いで首を横に振る香奈とドニー。


「まっ、威圧に当てられたんでしょうけど、堪えられずに心が折れったってところか。それにしても…」

「あっ、おいバカ、止め――」

「いつまで掴っているのよ。この〇〇〇ピーーが!」

「助けて!何でもします!お願いしますかぁああへぇ~ッ」


突如、入間の語尾が砕けた。否、砕けたのは語尾だけではなく、顎骨ガクコツ諸共砕けっ散ったのだ。

真下から突き上げられる衝撃によって、美しいアーチを描きながら宙を舞う入間を凌駕と香奈、ドニーがポカンと口を開けて目で追い、そして、「コォオオオォオオッ!」となにやら丹田を意識した呼吸法を行う紫苑は…


……地術、岩面砕き死連ッ!


足場が揺れ、大地に関連するありとあらゆる物質が紫苑に従うかのように呼応する。舗装されたアスファルト、その下にある地面は勿論のこと、建物を構築するコンクリートまでが形を変え、隆起し、ゴツイ拳となって入間を襲う!主に顔面へ向かって叩き込む叩き込む叩き込む!


途中、ポキッやコキッとかゴリッといった何やらカルシウムが砕ける音が聞こえたが、そんな事は知った事ではないと、追撃の手を緩めずにそこいら中のありとあらゆる固い物がズゴゴゴゴゴォッ!と生えて伸びて殺到していく。





「――やり過ぎだ」


惨状を目の当たりにした凌駕は、現実から目を逸らすかの如く目を覆い天を仰ぐ。


「あの子に余計なちょっかいを仕掛けたコイツが悪いッ!」

「後始末の事を少しは考えてくれ」


目の前には、元はどんな顔だっけ?というくらいに顔が腫れ上がり変形させられた入間が横たわり、更には、まるでミサイルが極地的に振ったかの如く破壊された裏路地が広がっていた。


「本当ッ!お前はッ!これどうすんだよ!」

「しょうがないでしょ!私の精霊術は、地形を変えてナンボなんだから!」


以前起きた銀行強盗事件の際、紫苑の言葉が思い起こされる。『地形が変わる…』それは、彼女が有する力…正確には精霊術という魔術による影響の事を指す。


精霊術は、精霊の力を借りて行使する。魔力を媒体にすることから魔術の分類に位置するが、魔術師が構築する術式を必要とせず、粒子の如く小さな精霊を召喚し、現象を引き起こす。


炎術であれば、火の精霊を召喚し、炎を…

水術であれば、水の精霊を召喚し、水を…

風術であれば、風の精霊を召喚し、風を…

地術であれば、地の精霊を召喚し、土を…


といった具合だ。


そして紫苑が行使した地術と言うものは、大地に存在する地の精霊を召喚あつめるして、大地に属した物体を自在に操るというもの。故に地面だけに留まらず、土から作られたコンクリート等も操作対象となる。


しかし一度形を変え、岩石レベルにまで硬質化させた土やコンクリート等を元に戻す事は出来ない。…故に彼女が地術を使った後の爪痕を誤魔化すのは、とても骨が折れるのだ。


「そんなことより、コイツをどうするのよ。このまま対策課に引き渡しても良いけど、フランス聖教が引き渡しを要求したりしない?」

「それは大丈夫だ。俺の上司が既に対策課と話をつけている」

「話し――?」


裏で捜査協力をしていた紫苑だったが、面倒臭いことは凌駕と香奈に丸投げをしていたため、重要な事は未だしらされていない。


「あぁ、…これから大捕り物がある」


「これで終わりじゃないの?」といった疑問符を浮かべ、説明を求める様に紫苑は凌駕へと視線を移す。


「ここから先は、達人の領域…俺たちガキが首を突っ込める話じゃあない」

「それって、師範が動くってこと?」


紫苑の問に凌駕が頷くと


「だけじゃない。【言霊使い】もヤル気らしい」

「それと、ウチの聖騎士長も動いている」

「………今更なんだけど、今回の一件って、結構ヤバかった?」


暫く言葉が出てこなかった紫苑は、事の重大さに今更ながら気が付いた様子だ。


彼女的には、組織の一部がちょっかいを出して来た程度だという認識であったが、どうやらそれだけでは済まなかったらしい―――。




◇   ◇   ◇




夜の港、通常であればこの時間は、いつもに運びをする業者が出入りしている。

しかし、今日に限っては、人っ子一人いない。静まり返った港には大きな船が数隻停泊しているだけだ。


そして、いつもと違う点がもう1つある。それは、ここら一帯だけ戦争が起きたのかと疑いたくなるほどの惨状が広がっていた事だ。


そんな港の隅っこで、1人の老婆が海を眺めながらドッカリと腰を降ろし、懐から取り出したタバコを口にくわえると、そのまま火を付けて一服していた。


「随分とまぁ、骨を折らせてくれたもんだ」


フー…、と煙を吐き、肩を揉み解しながら、後ろを一瞥する。


地面には、死屍累々が転がり、皆が等しく絶叫を浮かべながら夜の虚空を見つめる様に息絶えていた。しかし、その屍たちは、闇に溶け込むようにゆっくりと消えていき、海風が吹いた瞬間、一斉に霧散していった。


「たくッ、こちとら年寄りなんだから、少しは労わりな」


いったい、誰に向けた言葉なのか、老婆…昇雲はおもむろに自身が腰を降ろしていたイスに向かって話し出す。


「くッ、…まさか俺がこんな婆に――ッ!」

「だれがババアだい!」

「熱ッつぅうッ――!!」


完全に制圧し、拘束されたイス…もとい、敵は昇雲に舐めた口をきいたので、加えていたタバコを首筋にジュッとされる。


「しかしまぁ、悪魔頼みの連中かと思いきや、アンタみたいな達人級マスタークラスまで居るとは、流石に思わなんだ」

「ふふふ、己が武の限界を感じ、悪魔に魂を売るなど、珍しい話でもなかろうよ」

「悪人が偉そうにのたまうな」

「ハッ、正義の味方のつもりか?偽善者が!貴様とて己が武を極めるために数多の命を屠ってきた口だろう?」

「………」


男の言葉を聞き流しつつ、昇雲は新たにタバコを取り出して咥える。


「アタシも武術家、たしかに多くの敵と拳を合わせ、命を奪ってきた…けどね、正義の味方面なんて一度もした事がない」

「戯言を――」

「もしもそう見えるのなら、アタシが気に喰わなかったヤツがたまたま悪人だったってだけの話だ」


昇雲は男から腰を上げ、首をコキコキと鳴らせるとタバコの吸い殻を虚空の闇に投げ入れた。


「限界を感じて魂を売った割には、アンタの拳、この老骨に響いたよ」


見れば、昇雲の衣服は所々が破け、彼女の身体の至る所に青痣が見て取れる。

それほどにこの男との闘いは、壮絶だったのであろう。


「…名を聞いても良いか?」


男が何を思って口にした言葉なのかは、本人にしか判らない。

もしかしたら己に敗北を味あわせた相手の名前くらいは聞いておこう程度の物だったのかもしれない。しかし、彼がその名を耳にした瞬間、驚愕と共に大きく目が見開かれた。


「ふははははッ!まさかあの昇雲だったとは!そうか!俺の拳はアンタに響いたか!」

「あぁ…」

「あははははは…は……はぁ、……こんな機会は滅多に無かっただろうに、悪魔の力ではなく、俺自身のッ!俺の武をぶつけたかったッ――!」


大いに笑ったかと思えば、男は心底悔しそうな表情を浮かべ涙を流し始めた。

そして、身体がボロボロと崩れ始めた男を前に昇雲は、ただ見つめるだけだった。


「まったく、…俺は自分に見切りを付けるのが早すぎたなぁ……――」


それは悪魔に身を委ねた元武術家の最後の言葉だった。

昇雲は砂となり消えゆく男を最後まで見とると、「バカもんが」と漏らした。しかしそこに一切の嘲りや愚弄の類の気持ちは含まれていなかった。


「――お疲れさまでした師範」

「…お前も久しぶりの実戦は疲れたろう?」


労いの言葉の主は、東雲葵だった。彼女も激しい戦いを繰り広げていたのか、衣服のアチコチが薄汚れている。


「運動不足の身体には丁度いい体操でした」

「なるほど、体操ねぇ」

「…なにか?」

「いや、ストレスの発散かと思っただけさね」


葵は口元をムッと曲げるが、浅い溜息を吐いて、表情を元に戻す。


「そんな事より、【邪悪の樹クリフォト】の実働部隊は、これで終わりですか?」


何か探られたくない腹でもあるのか、葵は無理やり話しの修正を行った。


「海を渡ってきた連中は、これで最後だ」

「結構強かったと思いますけど、幹部クラスだったんですかね?」

「いいや、幹部候補らしい」


らしいと言って、昇雲は先程砂に返った元武術家の遺灰を一瞥した。


「本体の方は、フランス側が抑えるって言ってくれているんだ。後は連中に任せれば良いさね」


遥遠く、海の果て、肉眼では到底見えない彼方を見据え、仲間の健闘を祈る昇雲に「そうですね」と葵は応える。


「それにしても今回、師範が動いていたとは、思いませんでした」

「アタシの働きって言ったって、昔の知り合いに声を掛けた事と、ここで拳を交えた事くらいさ」

「でも、そのおかげで影の実力者エクストラたちが動いて人員不足を補う事が出来たじゃないですか」

「そんなのアタシの力じゃあないよ。それに、真に評価されるべき人間は他にいる」

「それって……」


誰?とは言わず、彼女も判り切っているのか、微苦笑を浮かべ大人たちを動かした少年少女の顔を思い浮かべる。


「久々にあの小娘から連絡を貰ったと思ったら五月女の子倅こせがれが現れたもんだから迂闊にも驚いちまった。そんでもって、話を聞いてみれば今回、事件の大半を餓鬼共だけで暴いていたもんだから尚更だよ」

「あの二人が手を組むと、いつも大人は驚いていましたからね」


まるでそうなる事が当たり前みたいに語る葵は、過去にも似たような事があったかのように遠い目を向ける。


「まぁ、プライドの高い大人たちからしたら面白も無いだろうね」

「そういった大人は、自然と消えていくでしょうから問題ないと思います。むしろ負けないように研鑽する姿勢こそ、本来在るべき姿なんですよ」

「それが出来てりゃ、この国は聖人だらけだ。出来ないから熾輝の様な子が肩身の狭い想いを強いられる」

「身も蓋もない…」


凌駕や紫苑を称える一方で大人たちへの酷評を述べる2人は、己が弟子への想いを漏らすのであった―――。




◇   ◇   ◇




所変わって日本海…雲の上、月明かりに照らされ星々のスポットライトが煌めく夜空において、銀色に輝く飛行物体と闇としか表現のしようがない物体が激突しては離れ、激突しては雲海を切り裂き、また激突しては空間が歪むほどの衝撃波を辺りに撒き散らす。


お互いに一歩も退かず、夜空には光と闇で縄を編んでいるかのような軌跡が目に焼き付く。


「グハハハハッ!待ち伏せとは思わなんだ!」

「神の慈悲だ。武器を捨て投降しろ。そうすれば命まで奪いはしない」

「笑止ッ――!」


銀翼を羽ばたかせ、シルバーメタリックの鎧に身を包んだフランス聖教聖騎士長シルバリオンの勧告を一蹴し、クリフォトの幹部、コードネーム【ゴールドフィンガー】は、悪魔の羽をはばたかせ、再び強襲する。


「諦めろッ、貴様らの企ては、既に潰えたぞ!」

「愚かなり!たかだか末端の兵隊がヤられた程度!この俺自ら出向けば済む話!」

「…貴様らの目的は何だ。単に極東の島国に支部を置く事が理由では無かろう」


交わり、火花を散らす。そんな戦闘の最中であってもシルバリオンは、激突を繰り返しながらゴールドフィンガーの腹を探ろうとする。


「正解だよ聖騎士長殿!我々の目的は、あの国に封じられている悪魔の一柱を復活させること!」

「なにッ――!?」


開示された情報の重要性に驚愕する。

対して敵は、ケタケタと笑いながら悪魔の力を存分に振るい、闇のエネルギー弾をシルバリオンへ向けて放つ。


「ベリアルの復活は良いところまでいったが、アレは失敗に終わった!やはり贄の品質に問題があったんだろうよ!しかし、あの国に封じられている悪魔への贄は問題ねぇ。なにしろ末端の兵士とはいえ、相応の数の魂が譲渡されるからな!」

「貴様ッ――!!」


驚異的なエネルギー弾がまるでガトリング咆の様に撃ちだされ、シルバリオンに降り注ぐ。だが、一発たりと彼には当たらない。まるで空を統べる様にして、その全てを回避する。


「おいおい、まさか神に愛されし使徒様が怒っているのかい?下々の、それも敵に情けを掛けるのかい?違うだろう?お前と言う人間は、そんな貧弱なその他大勢とは存在自体が違い過ぎるハズだ!」

「………」

「知っているぜ!自分が神に愛された存在だと言うことを良いことに、散々好き勝手して来たことを!だから養父の異変にも気が付けなかった!」

「ッ――!!!?」


ゴールドフィンガーの揺さぶりにより動きに陰りが現れる。そして、その鈍った動きを晒すには、相手にしている敵は強大過ぎた。


「堕ちろッ――!!」


僅かな隙を見逃さず、至近距離へと迫ったゴールドフィンガは、極大のエネルギーを凝縮した闇をシルバリオンへ向けて放った。回避する間もなく、必殺の一撃を受けた彼は、音速の壁を幾つもぶち破りながら、そのまま海へと落とされた。


「グハハハッ!使徒も悪魔の前では形無しだな!まぁ無理もない、俺が使役しているのは上級悪魔だ!いかに使徒が人類最強に位置づけられていようとも、所詮は人間という種の枠からは外れることは出来ないんだよ!」


シルバリオンが落ちた海水がクレーター状に陥没し、大きな渦が発生している。

ゴールドフィンガーは勝利を確信しているのか、いつになく饒舌に喋りながら自らも高度を落し、海面付近で滞空している。


「今回の戦闘は我々にとって実に有意義であったぞ。なにせ上級悪魔の力を用いれば使徒ですら歯が立たないと判ったのだからな」


いつまでも浮かび上がって来ないシルバリオンに向けてゴールドフィンガーは語り続ける。

自らが纏っている闇が僅かに霧散し、そこから漆黒の宝石が胸元に装着された鎧が覗く。


呪詛の黒曜石ダインスレイブを憑代として悪魔の力を借り受ける…実験は成功した。きっとあの御方もお喜びになられ―――」

「ほう、貴様の言うあの御方とは、誰のことだ?」


シルバリオンの透き通った声が愉悦に浸る男の言葉を遮った。


「貴様ッ、―――」


大渦の中心地から銀色の閃光が左右一直線に走り海を割った。

そして、熾烈な銀光を纏う鎧に身を包んだシルバリオンがゆっくりと浮上してきた。しかも彼の鎧には傷の一つたりと付いてはいない。


「生きていたのか…」

「あの程度で俺を殺せたと思っていたのか?おめでたいヤツだ」


兜の中から覗く視線が交わった途端、ゴールドフィンガーの表情が引きつる。

そして、身体の細胞が逃げろと言っているかのようにブツブツと鳥肌が立つ。


「貴様には聞きたい事が山ほどある」

「ぐは、は、…俺が素直に答えるとでも?」

「答えるさ。いっそ話を聞いてくれと懇願するようになるだろう」


言って、シルバリオンは鎧を固定するために取り付けていた腰のバックルに手を伸ばし、何かの封印を解く為のキーワードを口にした。


……キャストオフ―――


瞬間、銀色の鎧が弾かれた様に脱ぎ捨てられた。

そして露わになる銀髪銀眼の麗しき聖なる騎士の姿が。


「バカめッ!鎧を脱ぎ捨てるとは、勝負あったな!」


聖騎士の鎧は、装着者の力を大幅に向上させるパワードスーツだ。それを脱ぎ捨てるという事は、つまり大幅なパワーダウンを意味する。


ゴールドフィンガーは、今度こそ確実に息の根を止めるため、闇エネルギーを最大に引き上げてシルバリオンへと突撃を開始した。しかし…


「お前は勘違いをしている。俺の鎧は俺自身の力を封じるための拘束具なのだ」

「なッ――!?」

「そして、俺は貴様ら悪魔信仰者共に掛ける情けなど持ち合わせてはいない…」


つい一瞬前まで、シルバリオンを捉え息の根を止めたと思ったが一転。気が付けば、目の前から彼の姿が消え、ヒタリと鎧越しにも判る人の手で触られる感覚にゴールドフィンガーの思考が停止する。


「俺の怒りは、亡き養父ちちクロッツォの願いを踏みにじったお前達に対して。そして、愚かだった俺自身に対してだ」

「ま、待てッ何のこと――」

たばかるつもりか?」


鎧を通して走る衝撃がゴールドフィンガーの肺を打ち抜き、ブチブチと潰れる音が聞こえた。


「グホォッ――!!?」

「貴様らが養父利用した事は判っている。何よりもその呪詛の黒曜石ダインスレイブが動かぬ証拠だ」


シルバリオンの言は半ばカマ賭けだ。しかし、致命的な負傷を追った事でダインスレイブの制御が不安定になり、纏っていた闇が散り散りとして胸元の黒い水晶体が見え隠れしている。それを見て彼は確信めいた物を感じていた。


「判った!素直に喋る!だから待ってくれ!」

「良い判断だ。だが俺の気は長くはない。キビキビと喋った方が身のためだ」


銀眼が光、腰に携えていた剣に手を置いたシルバリオンの威圧に気圧されたゴールドフィンガーは、もはや勝ち目無しと悟った。


「こ、今回俺達の目的は、さっきも言ったとおり、ある悪魔の封印を解くことだ」

「その悪魔の名は?」

「かつての72柱の序列25位の悪魔…グラジャラボラスだ」

「ほう、それが本当なら、お前達はどうやって使役するつもりだった」

「それは……」


質問に対い良い淀むゴールドフィンガーに対し、手に触れていた剣の鯉口を切って、抜刀の意思を示す。


呪詛の黒曜石ダインスレイブだ!この宝具を使えば、どんな悪魔でも使役できる!」


グラジャラボラスは上級悪魔の更に上位の存在。おそらくはベリアル程ではないが、同格の存在と考えても良いだろう。それを使役しようと言うのだから、何かの秘策があるというシルバリオンの考えは正しかった。


「俺の養父ちちも持っていた。…お前達はダインスレイブをどれほど所有している?」

「はっきりとした数は判らない」


その答えが気に入らないとばかりに威圧を強める。


「ほ、本当だ!この宝具は、あの御方が管理しているんだ!だから俺以外の幹部ですら知らない!」

「あの御方というのは、誰の事か?」

「俺も直接あった事はない……けど、オーガと呼ばれている」


やはりとシルバリオンは納得し、亡き父が息を引き取る前に口にした敵の名がここに来て結びついた。


「オーガについて知っていることを全て話せ」

「………」

「どうした、俺は話せと言っている」

「は、話しても構わないが、その代り取引だ。俺を見逃してくれ」

「笑止ッ――!」


流石のシルバリオンも今のは聞き流せなかった。故に腰から抜いた不滅の刃デュランダルがゴールドフィンガーの右耳を切り落とした。


絶叫を上げ、切り落とされた方の耳を抑えながらゴールドフィンガーであったが、愚かにもまだ取引を願い出る。


「なら、相応の待遇を約束してくれ!そうすれば俺はオーガについて知っている情報と組織の情報を包み隠さず話す!」

「喋らせるだけならお前を拘束した後に確実な方法を使う事だって出来る」


単に喋らせるのなら、能力や魔術を使用すれば事足りる。故に取引は意味を成さないと遠回しに言っているのだが、事はそう簡単な事ではない。


「悠長に構えていていいのか?俺を拘束して喋らせるまでの間にグラジャラボラス復活は果たされるぞ?そうなれば、いったいどれ程の被害が出るかな?」

「………」


ゴールドフィンガーには、強みがあった。たった一つの強み。それはグラジャラボラス復活に掛かる時間と封印場所という情報を持っているということ。

故にシルバリオンは、押し黙り、僅かに思案する。そして彼の中で損得の天秤が傾いた。


「良いだろう、俺の名において誓おう。お前には相応の待遇を約束すると」

「へへへ、確かに聞いたぜ」


ゴールドフィンガー…それが彼のコードネーム。組織での金の流れを全て管理しており、常に莫大な軍資金を用意することから、その名が冠された。戦う者としての才能は勿論のこと、商人としての才覚が秀でていた彼にとって、交渉事は得意分野である。


「――なるほど、件の悪魔について理解した。後はオーガについて話せ」

「あぁ、……オーガは大罪―――ッ!?」

「なッ――!!?」


ゴールドフィンガ―がオーガについて情報を話し出そうとした直後であった。

突如、彼の身体が風船の様に膨らんだ。


「た、たすけ―――ッ!!!」


一瞬にして膨れ上がり、一瞬にして破裂した。

まるで花火のように爆発したと思える光景だった。

辺り一面、彼だった物がプカプカと浮かび、青い海は、文字通り血の海へと変わり果てていた。


「……おのれぇッ!」


ワナワナと怒りに震えるシルバリオン…しかし、彼の怒りはゴールドフィンガーへ対する同情では決してない。


あと一歩でオーガの尻尾を掴めると思ったにも関わらず、それを失った事へ対する怒り。


だが彼は、すぐさま思考を切り替え、仲間へと連絡を取る。


彼の国の危機は、未だ去っていないと伝えるために―――

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