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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
209/295

僕らの攻防戦

熾輝が朱里と可憐を助けたころ、病院の外には2人の少女がいた。


「――やっぱり熾輝くんも来ていたんだ」

「流石、私たちが惚れた男の子だね?」

「はぅ~」


彼女たち、咲耶と燕が居る位置からだと朱里の部屋の様子は判らない。にもかかわらず熾輝が来ていると判断したのは、やはり恋する乙女の力……ではなく、遠見とおみの魔術によって状況を把握したためである。


友達のピンチに駆け付け悪党を成敗する…そんな燃えるシチュエーションに胸を高鳴らせながら、燕の一言に咲耶は赤面すると、思わず魔力操作が不安定になり『あ、コラコラ!ちゃんと集中しなさい!』と、大杖アリアさんから注意が飛んでくる。


「しかし、間一髪だった。魔術の展開が遅れていれば不逞の輩を招き入れるところであった」

「だね!危なく一般人を巻き込むところだったよ!」

「コマさんが教えてくれなかったら、どうなっていたか…」


どうやら【邪悪の樹】が病院に侵入しようとしていると気が付いたのは、コマだったらしく朱里の病室へと向かう途中の咲耶達に告げ、急きょ術式を展開させたのだ。


『けど、安心は出来ないよ。連中は病院を完全に包囲している』

「フム、余程に城ケ崎嬢が欲しいとみえる――」

「「そんなこと許さない!」」


クリフォトの狙いは朱里の奪還。しかし、それを断固阻止する意思を示すかのように2人の少女は声をハモらせた。


「ではどうする?」

「もちろん徹底抗戦!」

「朱里ちゃんを利用して、ついでに私たちもひどい目に遭わされたんだから、仕返しはしなきゃだよね!」


いつになくヤる気満々の2人を前にコマは一拍考えると、その視線を大杖アリアさんへと向けて、問おうとしたとき…


『咲耶を酷い目に遭わせた奴らを私が見逃すと思う?』


と、聞くよりも早く、ドスの効いた声が返ってきて、コマはヤレヤレと溜息を吐いた。

本当は大人として子供たちを止めるべきなのだろう……がしかし、アリアにも負けず劣らず、この男も内心では憤っていた。


「ならば手分けするぞ。どうやら奴らは四方から病院ここを囲んでいる。動き出すのも時間の問題だ」

「「はい!」」

「とりあえず、熾輝と合流して策を練りたいところではあるのだが……ヤツめ、さっさと正面玄関へと向かい負った」


遠見の魔術から熾輝の行動お見ていたコマが呟いた。

どうやら残り3方向をコマたちに任せ、一番敵の数が多い正面玄関で迎え撃とうという腹積もりらしい。

敵の数は30と余人、数だけ言えば敵側は圧倒的有利だ。しかし傍らには怖い……心強い式神がついている


「こうなると残り3方向をどうするか。私はお嬢を護衛しなければならず…」

『私は咲耶を守らなきゃ』

「となれば必然的に1つ穴が空く訳なのだが……頼めるか?」


敵の迎撃に備え、人手が足りない事を悩むまでもなく、コマは暗がりに潜む何者かに向かって声を掛けた―――。


――正門の戦い――

魔力が駆け抜け、病院の敷地を覆う程の巨大な魔法式が構築された途端、空間が砕け、世界がセピア色に染まった。

突然の事に驚き狼狽える者が後を絶たない。


「―落ち着け!おそらく敵の魔術だ!各自、悪魔を召喚して襲撃に備えろ!」


部隊を指揮していた入間は、予想外の事態に内心では狼狽えていた。

まさか、ここに来て何者かの迎撃を受けるとは露ほども思っていなかったのだ。

なにせ目的の少女…城ケ崎朱里の存在は、自分を含め幹部クラスにしか知らせていない。

そして、幹部達は今も健在だ。であるならば、情報漏洩は考えにくい。


―(敵?……敵とは誰だ?)


考えうる可能性を脳内で思い描くも、一向に答えは出てこない。

対策課・十傑・影の実力者達エクストラ…どれもピンと来なかった。

逃亡には細心の注意を払い、悪魔の能力による追跡妨害も駆使した。

いずれにしても、この場所を嗅ぎつけるのは不可能だと、入間は確信していた。そのハズなのに……


「入間さん!正面玄関に誰かいます!」

「…なんですって――?」

「テメェ、何者なにもんだ!」


部下からの報告に考え込んでいた思考を浮上させ、病院の正面玄関へと視線を移す。


「下がれ下郎共――」


暗がりでボンヤリとしか見えないが、確かにいる。玄関先に3つの影が動き、冷めた女性の声が返ってきた。

目を凝らし、慎重に歩を進め、ようやっとその輪郭を捉える事が出来た。

そこには、およそ人間とは思えぬほどに妖艶ようえんな雰囲気を纏った女性と、はち切れんばかりに膨らんだ黒いコートを着込んだ筋骨隆々の大男、そして迷彩柄の服を着た線の細い少年が居た。


「んだとテメェ等!俺達を邪悪の樹クリフォトと知って邪魔しようってのか!」

「たった3人で何が出来る!殺すぞコラァーッ!」


数で有利と知った矢先、構成員達は一斉に騒ぎ立て、ニヤニヤと表情を歪め始めた。

おそらく、ここにいる連中…約30余人の誰もが自分たちが蹂躙する側であると疑っていないのだろう。それはもちろん、彼等の先導者である入間を含めての話だ。彼もまた、相手がたったの3人である事に内心で安堵していた。


「まぁまぁ、みなさん待って下さい」


その一言で、統制が取れたかのように彼等は口を閉ざし黙った。

すると、「よろしい」と声に出した入間は、口角を僅かに上げて語り出す。


「アナタ…そう、君です。確か八神熾輝くんといいましたか?」

「………」


人差し指をビシッと突き立てて、熾輝を指さした入間は、「知っていますよ?」と、あたかも何でも知っていると言った風に…言い換えれば大物ぶった態度で語り始める。


「あの麒麟児相手によく生きていましたね?」

「………」

「あぁ、勘違いしないで下さい。私は何度もあの子に復讐なんて止めるよう言って聞かせたんですよ?しかし、言う事を聞かずに強行策に出た彼女がまさか、お友達を人質にするとは……本当にお悔やみ申し上げます」


胸に手を当てて一礼する入間であったが、まるで心が籠ってない。


「さて、私共は、彼女を引き取りに来ました。邪魔をしないで頂けますか?……とは言っても、アナタは何もしないでしょうが」

「…何故、そう思う?」

「おや?やっと口を聞いてくれましたか」


演説に酔っているかのように、大袈裟なジェスチャーを織り交ぜた男の言葉に嫌気がさしたのか、イラついていると言いたげに熾輝が言葉を返した。


「だって、アナタには彼女を恨む理由はあれど、救う理由なんて無いでしょう?」


「知っているんですよ?」とでも言っているかのような男は、ペラペラと饒舌じょうぜつに語る。

そして、語るに落ちるとはこの事か…熾輝は男の「救う理由なんて無い」という言葉を聞き逃さなかった。つまり、入間は朱里を酷い目にあわせると言っているのだ。


「理由が必要か?」

「はいィッ―!?」


突如として襲い掛かる大瀑布の如き威圧に、この場の誰もが息を飲んだ。


「目の前で女の子が泣いていた!それで動かないヤツは漢じゃねぇ!」


マグマの如く噴き上がる怒りに呼応してか、オーラが迸る。


熾輝は忘れていない。朱里が熾輝たちに何をしたのか…

熾輝は知っている。憎しみに捕われた少女が苦しみもがく姿を…

熾輝は覚悟した。みんなが笑うために助けることを…

熾輝は許さない。大切な者を傷つける者を…

熾輝は聞いた。自身の大切な者を守ろうとするこえと助けを呼ぶこえ


それら全ての感情が渾然一体となって、今の熾輝を突き動かす。


きっと、入間は負けるだろう。そして、その敗因は、幾つもある…しかし、一番の要因はロクに調査もせず、部下に調べさせていた報告書だけで無能と判断し、障害にすらならないと侮った1人の少年の存在だ。


「俺は、お前達を絶対に許さない!全身全霊を掛けて叩き潰す!」


黒幕と邂逅を果たした熾輝は、入間の目論見を完膚なきまでに打ち砕く!




◇――東門の戦い――◇


『――お出ましよ』


東側を任された咲耶は、病院の東館と本館を繋ぐ渡り廊下の屋根に立って、「うん」と返事を返す。

眼下には10人程の影が病院へ向かってゆっくりと移動している。おそらく気配を抑えて行動しているつもりなのだろうが、彼女の目から見てもそれはあまりにもお粗末すぎた。

彼等全員からは魔力が感じ取れる、つまりは全員が魔術師であると言うこと…にも関わらず気配の抑え方がなっていない。

咲耶だって器用な方では無いが、彼等より遥に上手く隠形が出来る。その証拠に、未だ彼女は見つからずに待ち伏せをしている。


『油断しちゃダメよ。実力は大したことは無くても、悪魔は厄介な能力を持っているわ』

「わかってる…身をもって体験したもん」


先の戦いで、ケリスに乗っ取られた経験をもつ咲耶は、悪魔の脅威を身をもって知っている。だからこそ彼女の心に一切の油断も甘さもない。アリアをキュッと握り直し魔力を循環させ、狙いを定める遠距離からの狙撃…もとい、遠距離広域殲滅攻撃だ。


「アリア、怪我を負わせないように倒すよ」

『オッケー…エバーグリーンとのリンク完了…いつでも行けるよ』


魔導書から最適な術式が選び出され、瞬時に魔法式が現れた。ゴクリッと喉が鳴り、杖を握る手に汗が滲む。


咲耶は過去一度も人に向けて魔術を撃ったことが無い。にもかかわらず、いきなりの対人戦で、多人数を相手に行使しなければならない。しかし、プレッシャーを感じているハズの彼女の顔に緊張がまるでない。


あるのは誰かを守ろうとする覚悟を決めた人間のそれだ。


目を閉じて、スゥっと息を吸って、ゆっくりと吐く、そして…


衝撃砲インパルスキャノン――」


魔法式から放たれた特大の砲撃が侵入者達を襲い、彼等の意識を一瞬で奪った。

白目を剥いて倒れている侵入者たちには、もはや成す術はない。地べたに横たわる彼らを確認した咲耶がホッと息を吐こうとしたとき、ゾクリと嫌な予感がした。


『シールドッ――!』

「ッ――!?」


アリアの声に反応して、反射的にシールドを展開した直後、何かがぶつかった音がした。

何事かと周囲を注意深く見てみれば、異形の存在が宙を舞い、こちらを見据えている。


「悪魔…」


脳裏に嫌な記憶が甦る。

契約者である彼等は依然として気絶したままピクリとも動かない。おそらくは、前もって召喚していた悪魔だろう。悪魔は一度召喚したら、現世に繋ぎとめるための糧を消費するか、契約を果たさない限り存在し続ける。


『大丈夫、こいつらは低級よ。私の能力で一掃できるわ』


悪魔によって痛い目にあわせれたばかりの咲耶を気遣ったのだろう。アリアは自身が有する破邪の光で悪魔どもを消滅させるように言った。


「ううん。私が何とかする」


アリアは意外な返答に声を詰まらせた。本来ならアリアの能力で悪魔を一掃するのが定石であり、合理的なハズ。もしもここに熾輝がいれば、最も危険のない安全な方法としてアリアの策を推していただろう。


『……わかった』


より確実に勝利を手にするのであれば、アリアは咲耶を説得していただろう。そうしなかったのは、彼女の表情かおを見てしまったから…その覚悟を決めた表情は、普段の穏やかな少女のものではなく、1人の魔術師としての顔がそこにはあった。


「いくよ」


と、小さく声を漏らした少女は、現在も展開中のシールドの効果範囲を一気に広げ、悪魔どもを押し返す。『uryyyyッ!』という奇声が耳に聞こえてくるが、お構いなしに突き放しに掛かる――。




『――魔術師の戦闘において、最も重要なのは守りの堅さだ』

『それって熾輝くんみたいな能力者に比べると防御力がないから?』


いつだったか、熾輝との訓練での教養を思い出す。


『魔術師は本来、後衛として立ち回る。だから絶対に敵を近づけさせちゃダメだ。じゃないと……』

『と?…きゃッ――!?』


簡単に足払いをされて尻餅を付きそうになった咲耶の手を引き、ギリギリで熾輝が支える。


『簡単に制圧されてしまう』

『ビックリした~』


身をもって体験した咲耶は、熾輝が言わんとしたことを理解した。


『とにかくシールド展開だけは、反射的に出せる様にひたすら特訓!出来ればシールドを展開させながら別の術式も使えるようにしたい』


言われたとおり、咲耶は反射的にシールドの展開を無意識的に出来る様になった。しかし術式を二重展開するまでには至っていない。故に―――。



―(距離は稼げた!)


これこそが咲耶の戦術。膨大な魔力を生かし、シールドを拡大して敵を押し戻す。まさにパワーファイターと呼ぶにふさわしい。


十分に悪魔たちを押し返し、間合いを取った咲耶はシールドを解除すると、新たな術式を展開する。しかし、これは魔導書に依存する術式ではなく、1から構築する彼女自身の力によるものだ。当然、発動スピードは魔導書と比べるまでも無く鈍足に感じるだろう。


『uryyyッ――!!』


悪魔たちがそれを判っているのかどうかは定かではない。だが、シールドを解除し、術式を構築している今の咲耶は、全くの無防備状態だ。接近した悪魔たちの攻撃が当たれば必死確定。今の咲耶の防御力は、如何に相手が低級といえど、紙に等しい。


『ッ、なんて胆力…』


迫る脅威を感じるよりも、アリアは相棒の度胸に感嘆していた。

未だ魔法式は構築途中、そして悪魔はグングンと距離を詰めてきている。そんな状態であれば、普通は臆して魔力操作に歪みが生じてもおかしくない。…にも関わらず、今の咲耶には一切の迷いが無いのかと疑いたくなるほどに魔力操作がスムーズだ。まるで静かなる水面のように…


「今度は負けない」


全ての構築過程が完了したと同時、彼女の術式が発動した。


霊子の嵐フォトンスリーム――!」

「「「「―――――ッ!!?」」」」


襲い掛かる悪魔たちの中間に発動した魔術は、そのエネルギーを一気に膨張させると、あっという間に悪魔たちを呑み込み、その存在を等しく霧散させた。


咲耶は、己の中にしっかりと焼き付けるように悪魔たちが消滅する光景と彼等の声にならない絶叫を聞いていた。…そして程なくして、肩の力が抜けると自身の中で折り合いを付けるかのように、ペコリと一礼をした。


『お疲れ様……大丈夫?』

「うん。平気だよ」


今回、彼女にとっての変化…というよりも環境的な意味で大きく変えざるを得なかったと言うべきだろう。人と悪魔に向けての魔術行使。魔導書収集において妖魔を収祓してきた彼女にとって悪魔に対する抵抗は、それほどでもなかったにしろ、やはり人間に対してはそうはいかない。

その事を気にかけてなのか、アリアも心配そうな声音で尋ねた。すると、返ってきた明るい返事を聞き、それが杞憂だったと悟る。


『成長したね、咲耶』

「え?なにか言った?」

『ううん。なんでもない』


感嘆が思わず漏れてしまったが、どうやら彼女には聞き取れなかったらしい。


『さて、あとは下で寝込んでいる連中を拘束しなきゃだね』

「うん!」


今回の戦いを経て、咲耶は大きな成長を遂げていた。

胆力がついたと一口で言うには簡単だが、言い表しがたい程に心の成長が著しいと言えるだろう―――。



◇――西門の戦い――◇


「――案の定奴ら、悪魔を既に召喚している」


ヤレヤレと息を吐き捨て、コマはじわじわ迫ってくる侵入者たちを睨み付ける。


「けっこうな数だけど、咲耶ちゃんの方は大丈夫だよね?」

「人の心配より、お嬢は自分の身を守る事を考えていろ」


臨戦態勢にも関わらず、咲耶が向かった東門の方へと視線を向ける。


「わかってるもん!でもやっぱり心配!」

「恋敵なのにか?」


コマの質問に対し、燕は口元をムッとさせる。


「そんなの関係ない。だって友達だもん!」

「ならば信じてやれ。それが友というものだ」

「…そうだね」


燕の答えは判っていただろうに、敢えて意地悪な言い方をしたのは、今まさに迫る敵に集中させるためだったのだろう。

もちろんコマと言う神使が傍らにいれば、余程の事が無い限り彼女が聞きに陥る事はない。しかし、戦いに絶対と言うものが存在しないことをコマは知っている。


時に隙など無くとも命は簡単に消えてしまうのだ。


「ならば我らも推して参ろう」

「うん!」


2人の意識が完全に敵へ向き、様子見をしていた襲撃者たちの1人が悪魔をけしかけた

しかし、近づいた瞬間に弾け飛ぶような破裂音と共に悪魔が霧散する。

コマの一薙ぎ、…だが敵の誰もがその攻撃を視認する事が出来なかったのだ。

だが彼らは、それで理解した。目の前に居る男は1匹や2匹の悪魔ではどうにもならない事を…故に一斉攻撃に至る。


鬱陶うっとうしいことこの上ない。だが、些か手数が間に合わないか――」


押し寄せる悪魔共を屠るコマだったが、如何せん1人での対処には限界がある。と、ここでコマと言う防衛線を突破するものが数匹出始めた。

後衛に控える燕に向かって一直線に駆けていく。しかし、コマはおろか燕に一切の焦りはない。

その答えは、神々しい光によって掻き消された悪魔たちが一番理解しているだろう。


『邪悪なる者よ、無に返りなさい』


燕の身体に降臨した真白様の神力にあてられた悪魔たちは、怯えきったかのように身震いしながら動きを停止させた。


『せめてもの慈悲です。誰一人として苦しませずに送って差し上げましょう』


燕の身体を包み込んでいた神力がドーム型のように押し広がり、悪魔たちをその聖域に留める。


すると一切の抵抗もなく、彼らは煙のように消えてしまった。


その光景に襲撃者たちは、目を剥き驚愕している。彼らにとっての力とは悪魔に依存するもの。故にその力を失った今、コマに勝てる者は存在しない。


『あとは任せます。今日はこのこも頑張りましたから休ませてあげましょう』


憑依状態の真白様は、燕の身体を気遣い、コマへと命令を下す。


降臨術の行使は、今日が1回目になるのだが、以心伝心ダイレクトリンクによる精神世界での活動…加えて先代天地波動流後継者の安堂千影を召喚するのに力を使い過ぎていた。本人は隠していたが真白様は燕の身体に蓄積していた披露を直に感じ取っていた。


「仰せのままに。我が主――」


恭しく頭を垂れたコマが振り返り、残党を睨み付けると、皆がビクッとなった。


「聞いてのとおり、我らが姫巫女は貴様らの企てのせいでお疲れだ。故に早急に始末をつけるぞ」


もはや敵に戦う意思はない…正確には威圧に呑まれ心を折られている。

圧倒的な敵を前にして誰が抗えようか…もちろん中には魔術を多少なりとも扱える者も居るにはいる。しかし、だからこそ理解してしまう。目の前の存在にとって無駄な抵抗であることを―――。



◇――南門の戦い――◇



「――よし、どうやらコチラには誰も居ないようだ。行くぞ」


数名の部下を引き連れ、門を突破する彼らは、同様に病院へと進入した別グループが抗戦に入った事を知り、自分たちも戦う事になるかもしれないと身構えていた。


しかし、蓋を開けて見れば、そこには誰もおらず、拍子抜けてしまっていた。と思ったのも束の間…


「ッ、誰だ!?」


病院の南玄関の自動ドアが開いた。

電気が通っていない異相空間のドアが勝手に開いたのだ。

もちろん明かりも点いていないため建物内は暗く、僅かな月明かりだけを頼りに彼等は、目視する事しか出来ない。


ギギギギィ、ギギギギィ――と、錆びた金属が擦れる音が静かな夜に嫌と言う程、鮮明に聞こえてくる。


夜の病院と異質な金属音…そのシチュエーションだけで、ホラー映画のワンシーンが録れてしまえそうだ。


誰かの喉がゴクリと鳴り、暗がりから出てくる人物へと警戒を強めた。すると…


「おじさん達、だあれ?」


現れたのは車椅子に乗った少年であった。

よく見れば身体の至る所に包帯が巻かれ、大怪我を負って入院していた患者であると察しがつく。


「景色が急に変になっちゃって、誰も居なくて、…ぼく……こわくって」


保護欲を誘われるような声音に男達は気を緩める。

どう見ても普通の少年と判断し、おそらくは偶然巻き込まれたのだと結論付けた。


「そうかい、おじさん達が来たからもう大丈夫だ」

「ほんとう!」


パッと明るい表情を浮かべる少年に対し、何を企んでいるのか、男は上っ面だけは優しそうな笑顔を浮かべて話し掛ける。


「ところで、おじさん達の友達がここに入院していて、助けてあげたいんだけど、入院患者がいる場所を教えてくれないかい?」


どうやら、事前情報に病院内の構造は無かったようで、目の前の子供を案内役にするつもりらしい。


「うん!いいよ!」

「そうかい、助かるよ。…ちなみに今日運ばれてきた女の子なんだけど、病室とか知ってたりしないかな?」


少しでも探す手間を省きたいのか、それとも円滑に事を運びたいのか、いずれにしろ朱里までの最短ルートが確保できればと、期待を込めて質問をした。


「夜に運ばれてきた女の子の部屋ならわかるよ?名前は確か…城ケ崎…だったかな?」

「そう!その子だ!」


ツイテいると男は思った。

時間を掛けられないこの状況で、早急に朱里を確保できるのだから。


「すまないが案内を頼むよ」


車椅子の後ろに回り込んだ男は、ハンドルを握りゆっくりと押し出した。

少年が先程出てきた扉へと向かい歩き出すと、仲間たちも後に続く。


「それにしても、その女の子は友達が沢山いるんだね?」

「…大勢で押しかけて迷惑だったかな?」

「ううん。病院にいると心細くなっちゃうから、きっと喜んでくれるよ」

「だと良いなぁ、ははは」―(チッ、黙って案内だけしてりゃあいいんだよ。)


男にとって目の前の子供は、標的までの案内人に過ぎず、目的さえ達成してしまえば、あとは用済み。

殺して悪魔の餌にでもしようと考えていた。


「僕にも友達がいてね、よくお見舞いに来てくれるんだ」

「へぇ、良い友達をもったね」

「うん。…だけどね、最近その子が誰かに騙されて酷い目に遭わされたんだ」


少年はお喋り好きなのか、聞いてもいない様な事をペラペラと話し続けている。


「それは許せないね」―(うるせえガキだな。)

「でしょ!おじさんもそう思うよね!」

「あ、あぁ…」

「だから、僕がその騙したヤツをぶっ殺してやろうと思うんだけど、どう思う?」

「……いいんじゃないかな?」


適当に話を流していた男であったが、少年の言葉には狂人が魅せる悪魔的内面を垣間見た気がした。

その悪質に「お、コチラ側の人間か?」と共感を得た男は、朱里と一緒に少年も組織に連れ帰って、教育してやろうかと考え始める。


「やっぱりそうだよね!ぶち殺して、グチャミソにして、犬の餌にしよう!」


男には判る。悪魔を崇拝し、数多の邪悪を見て聞いて行ってきた男には、目の前の少年が本気で言っていることが、…故に少年は実行してしまうのだということが。


―(いいねぇ…やはりコイツもコチラ側の――)

「あ、そこの角を曲がった所にある食堂を突っ切った方が近道だよ」

「お、おう」


コロリと表情が変わり、再び道案内を始める少年の様変わりに男は翻弄される。

そして、言われたとおりの道を行き、食堂の中へと入って行った男達は困惑した。


「…おい、出口は何処だ?」


見渡しても先に入って来たところ以外に出入口らしき扉が見当たらない。


「もしかして、道を間違えちゃったかな?」

「ううん。あってるよ」

「合ってるって言っても、……出口は――」


見渡した限り、やはり彼等が居る場所の出入口は一箇所のみ。

不審に思い、少年へと視線を落とした男は思わず息を詰まらせた。


最初のころに見せていた純真無垢な表情は何処へ行ったのか、そう思う程に少年の口元がまるで三日月の如く、ニタアァァァッと引き裂かんばかりの勢いで歪んでいた。


「お前ッ―――!?」


言葉を発するよりも魔術が発動し終える方が早かった。

男の意識は唐突に暗転し、糸が切れた人形の様な動きでその場に崩れ落ちた。

突然意識を失った男の状況に仲間たちは何が起きたのか理解出来ず、困惑している。

そんな彼らの様子を少年は……空閑遥斗は引き攣ったような笑い声を漏らしながら眺めていた。


「なにを、した?」


恐る恐るといった風に1人が尋ねると、先ほどの様な笑みを浮かべながら言葉が紡がれる。


「見て判らなかった?」


おそらくこの場に居る者は、悪魔召喚を実際に出来ている以上、少なからず魔術に精通しているハズだ。そんな彼らが魔術発動の前兆を見逃した……正確には認識できない程の速度で魔術が行使されたのだ。


「てめぇ、ただのガキじゃねぇな?」

「………はぁ」


たっぷりの沈黙の後に出てきたのは、深いため息…


「もう少し盛り上がるような台詞を吐けないの?これだから雑魚の相手は楽しくないんだ」

「なッ、てめッ、俺たちをクリフォトと知ってて喧嘩を売ろうってか!」

「知ってるし、先に売ってきたのは、そっちだろ?」

「あん?……そうか、てめぇ|あの女(城ケ崎朱里)の仲間だなッ――!!?」


言い終えるよりも先に漢の眼前が爆発を起こし、衝撃で吹き飛ばされた。


「言葉に気を付けろ。僕の友達は彼らだけだ」


遥斗にとっての仲間とは熾輝と咲耶、そして燕と可憐だけだ。間違っても4人を苦しめた朱里ではない。


「本当は城ケ崎朱里がどうなっても構わないけど、熾輝くんが守ると決めたなら僕も手を貸す」

「何を言っている?」


遥斗の言葉を彼等は理解出来ないだろう。もちろん立ち塞がっている遥斗にも自分の行動は理解できていない。見ず知らずの…それも友を傷つけたヤツを助けようなどと本心では思ってもいない。だけど…


「みんなが僕にそうしてくれた様に、彼女にも救いが必要なのかもしれない」


それでも手を差し伸べようと言うのなら、友として遥斗は己の利にならくても動く。それが魔人に支配されていない本来彼が持つ心根だ。

未だ後遺症によって、時折、闇の人格が表に出てくるせいで、先ほどの様に不気味な表情を浮かべてしまうこともある。


「君たちも喧嘩を売る相手を選べば良かったのに…でもまぁ、売るならせめて僕を楽しませてごらん?」

「てめぇ、餓鬼がナマ言ってんじゃねぇ!」

「上等だよ!ちょっと魔術が使える程度で粋がるな!」

「はは!」


青筋を浮かべて怒声を浴びせる男達を他所に、遥斗は逆に上機嫌になっていく。


「いいね!雑魚にお似合いの台詞だよ」

「てめッ――」

「せいぜい安く買い叩いてやるから死に物狂いでかかって来い!」


ブチッという何かが切れる音が聞こえた。…と同時に目の前には数多の悪魔が姿を現し、一斉に襲い掛かった。


瞬間、吹き荒れる爆風が空間を支配したかのように、熱波と衝撃が走り抜けた。

部屋に置いてある椅子という椅子、テーブルというテーブルが激しく輪舞ロンドし、窓ガラスという窓ガラスが1枚残らず砕け散る――。


「……つまんない」


視界の先には、哀れな者達が力なく崩れている光景…悪魔ですらあの一撃に耐えること敵わず一瞬で消滅した。


パチンッと指を鳴らし、被爆を避けるために施していた結界を解除すると、大きな欠伸を1つして、車椅子を漕ぎ始めた。


「1つ貸しだよシキくん……早く部屋に戻って寝よ」


自分の仕事は終わったと言わんばかりに遥斗は再び病室へと帰って行った―――。



◇   ◇   ◇



息を切らせながら可憐は駆ける。

手には車椅子のハンドルをしっかりと握り、乗っている朱里は何度も置いて逃げる様に言ってくる。…だが、可憐がそのような事を出来る子でないことは、彼女とて十分に理解していた。


だからと言って、このままでは追いつかれる。


何に?


あの人とも悪魔とも、ましてや妖怪とも違う異形の何かにだ。


そして、追いつかれたが最後、命はない。


「GRYAAAAAAAAAッ――!」

「GURUUURURURUッ――!」

「VARURURURORUッ――!」


鳴き声の異なる3つの気配にビクッと肩を震わせる。


そして行き着いた先は、病院の屋上…

追手が下の階から攻め立ててくる以上、上へと逃げるしか道が無かったのだ。


そして、逃げ場を失い振り向いた先にソレが現れた―――。


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