表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
207/295

母の死

『駄目だ!住民の非難は間に合わない!』

『このままでは、アレが街から出てしまう!』


混乱する人々と元凶に立ち向かおうとする守護者たち…

しかし、その絶対的な存在に対し、人間は無力。

たとえ人類最強が相手でも…


「ここは、どこ――?」


その混乱する現場に彼女、城ケ崎朱里は呆然と佇んでいた。


周りを見渡せば、混乱する住人がソレから逃げる様に走り回っている。


見た事もない様な人波が押し寄せ、皆の表情が恐怖に歪んでいる。


『ままー、ままー、あッ!』

「ちょっと!大丈夫ッ…え――?」


人波の中で転倒した子供を助け起こそうとした朱里は、驚いた。

何故なら伸ばした手が子供に触れた瞬間に擦り抜けてしまったのだから。


「幻覚?……違う、私はさっきまで――」


悪い夢でも見ているのかと考えが過って、すぐさまそれを否定する。


「どういう事?何が起きているの?」


自分が置かれている状況が理解出来ない。

しかし、これが何らかの力の作用に起きている現象であると、直感している。


周囲を良く観察すれば、逃げ惑う一般市民を魔術師や能力者であろ者が避難誘導をしている。


そして、彼女はソレに目を奪われた…


「なに、…あれ…」


朱里が眼にしたのは、黒い球体…それが天に届くのではないかと疑う程に大きいソレ


球体から伸びる触手が辺り一帯の生きとし生きるものを捕食しては、無へと還していく。


それだけではない。球体本体にも同じような機能があるのか、触れていたもの全てが呑み込まれ、消失していっている。


その状況を朱里は、ただ茫然と眺めている事しか出来なかった。


「そ、そうか…これは幻術ね。…熾輝のヤツ、私を幻術にハメたんだわ」


在り得ない物を見せる。それは術意外に在り得ない。

それが朱里が出した結論だったのだが…


「違うよ――。」

「……さく、や――?」


その結論を即否定した声の主は、結城咲耶だった。

突如、目の前に現れた少女、…朱里が熾輝をおびき寄せるために利用し、悪魔までも憑りつかせた少女だ。


「幽霊?貴女は死んだ――」

「生きているよ」


死んだハズだと口にしかけて、咲耶の声が遮った。


「そんなハズない!貴女はアイツが殺したハズ!」

「…熾輝くんは、そんな事しないよ」

「うそ!うそよ!」


悪魔を取り憑かせた彼女が一番よく理解していた。

あの悪魔を祓うには、憑依した咲耶を殺すしか方法が無いことを。

咲耶を殺したからこそ、熾輝はあの場に…朱里が待つ場所まで辿り着いたのだと。


「さては、これも幻術ね!死んだはずの咲耶を私に見せて、アイツは楽しんでいるんだ――」

「朱里ちゃんッ――」


まるで悪夢を見せつけられている様で、自身の行いの報いを受けさせられているのだと認識した朱里だったが、彼女の思考は、全ての元凶が熾輝であるという一点にしかなかった。


だから、今も熾輝のせいで、幻覚を見せられていると叫ぼうとした彼女の頬を鋭い痛みが走った。


「いい加減にして!私は無事だよ!熾輝くんが助けてくれたんだもん!」

「嘘よ、……じゃあ、なんで、わざわざ、こんな嫌がらせの様な事をするのよ?」

「嫌がらせ?」

「だってそうでしょ!こんな訳も判らない幻覚を見せて、しかも貴女が何で目の前に現れるの!」

「………」


状況を理解出来ていない朱里は、今見せられている事の意味が判らなかった。


それも仕方がないだろう。彼女は自身の命と引き換えに悪魔召喚を行い、本来であれば死ぬはずだった。


実際、悪魔によって地獄の一端に触れたのだ。


にも関わらず、今更、訳の分からない幻覚を見せられて、それが何だと言うのだと、もはや投げやりに近い精神状態だ。しかし…


「もちろん、朱里ちゃんを助けに来たんだよ」

「…は――?」


理解出来なかった。

いったい、目の前の少女は、何を言っているのだろうと、本気で思った。

だからこそ、思考が追いつかず、言葉が出てこない。


「難しい事はハブいて、簡単に説明するね?」


今も混乱している朱里に向かって、咲耶は、「時間が無いから」と前置きして語り出す。


「朱里ちゃんが見ているのは、7年前の神災の状況だよ」

「………」

「本当は、別時間の経歴ログを見せてあげたかったんだけど、星の配列とか色々あって、この時の記録しか見せてあげられなかったの」

「え?どういうこと?」

「だけど、この経歴ログでなら、きっと遭わせてあげられると思ったから実行したんだ」

「まってよ!何を言っているの!」


咲耶の説明によって、尚更わけが判らなくなってしまった朱里だったが、何らかの魔術によって、神災の記録を見せられている事は理解できた。


理解できたのだが…


―(在り得ない。だって、神災の跡地は、何もかもが消滅していたんだもの!)


そう、彼の地では、全てが無になっていた。

それは、あらゆる意味でだ。

例えば、能力サイコメトリーによって事件の全貌を読み取ろうとしても、その場の過去がゴッソリと無に返され、読み込めない。

例えば、過去視の魔眼を使用しても、視る事ができない。


しかし、秘術【経歴閲覧ヒストリーソース】は、アプローチの仕方が異なる。

彼の魔術は、宇宙ソラに浮かぶ星々が見た軌跡を読み取る魔術だ。故に星の配列が鍵となり、過去を観測する事が可能となる。


ただ、そういった魔術理論を今は、説明している余裕も、…なにより小難しい話は咲耶に出来ない。


だからこそ、実際に経験し、遭ってもらう事で、朱里の精神を呼び戻そうとしたのだ。


『――みんな、落ち着いて』

『城ケ崎さん!』

「え――?」


自身を呼ぶ声……否、彼女が意識を奪われたのは、懐かしい声の方だった。


「うそ、ママ――?」


朱里の目の前には、かつて神災で命を落としたハズの母の姿があった。しかし…


「ママ!ママ!遭いたかった――!」

『――前線では、今も彼等が元凶と戦ってくれているわ。彼方たちは、一人でも多く住民の非難をするのよ』

『はいッ!』

「ママ?…私が見えないの?」


頭では理解出来ていたハズだった。

これは現実ではなく、術によって見せられている風景なのだと。

しかし、思いがけない邂逅によって、朱里の感情が爆発したかのように、投影された母に呼びかけてしまった。


「どうして、…こんなに近くに居るのに…ままぁ…」


その様子を咲耶は、切なそうにみつめる事しか出来なかった。


『――城ケ崎さん!大変です!対象に動きが出たとの報告!』

『なんですって!?』

『龍脈を利用し、南西へと移動!このままでは、被害がもっと拡大してしまいます!』


焦燥している朱里を他所に状況は、どんどん移り変わっていく。

どうやら元凶であるソレに動きがあったとの事。そこへ…


『――前線から更に入電!』


『…こちらの被害、…甚大!…対象を抑え…切れない!……街の外へ移動…開始!最大戦力による…攻撃…効果なし!』


『なんてこと…』


前線が崩れ始めたとの報告が後方で支援をしていた者達に届けられた模様だ。

その報告に一同の表情が青ざめる。


『これ…より、大規…模な術式を行使!被…害拡大…を…抑えるため、結界班によ…る術式展…開を要請』


途切れ途切れの無線だが、その内容は、しっかりと後方にも伝わった。


『城ケ崎です。術式展開受諾しました。目安となる災害レベルと術式種別を伝達してください』

『……レベル7、種別は空間断裂…』

『『『『ッ―――!!!?』』』』


無線で届く報告に、その場の誰しもが耳を疑っている様子だ。


1から7まである災害レベル。…しかし、レベル7など未だかつて人類が経験した事のない領域だ。

レベル7…つまりは人類滅亡を意味している。


しかも空間断裂の要請ともなれば、指定範囲を現世から切り離し、空間丸ごと次元の狭間へと切り捨てるという事だ。


その凄まじい術の効果だけ聞いてしまえば、それだけで対象を次元の彼方へと抹消できるように聞こえる。

しかしながら、それは不可能。なぜなら、切り離した空間には世界の修正力というものが働き、空間断裂が出来るのは一時的な物に過ぎない。

故に、出来て10秒が彼等の限界…行使される大規模術式が街の外へ出ない様に保護するのが役割なのである。


『前線は持って10分で崩壊します。どうか、それまでに結界の構築をお願いします。結界の発動が不可能だと判断した場合でも術式は発動させなければなりません――』

『了解しました。必ず結界を張ります』

『……頼みます』


苦しそうに要請をした士官からの無線は、そこで途切れてしまった。


そして、城ケ崎繭良は、回りを見渡す。…皆が俯いているが、しかし、ややあって覚悟を決めた表情を見せてくれた。


それを確認した繭良は、部下達に指示を飛ばす。


『――東西南北の割り振りは以上のとおりお願いします』

『了解しました。しかし…』


部下の1人が何やら言いづらそうにしている。


『本当に行くのですか?』

『えぇ、この結界を成立させるために、誰かがやらなければなりません。そして、それが出来るのは、私だけですから』


どうやらこの魔術、発動させるには余程高難度の術式と見える。

しかもそれを扱えるのは朱里の母である繭良ただ1人。


そして、彼女は、結界を成立させるため、死地である結界の中心に赴き、制御をするという方針になったのだ。


『危険なのは、みんな同じよ。私は、皆よりも、ほんのちょっぴり、危ないところへ行くだけ』


その言葉に、彼女の覚悟を見せられた部下たちは、一様に敬礼を送る。


そして、それぞれが別れ、各員が持ち場に着き、繭良もまた結界の中心地…つまりは、元凶のもとへとやってきていた。


『――繭良、貴女が来たのですか!?』

『あら、恵那さん。私じゃ不満なの?』

『いえ、そうではなく…貴女には朱里が居るではないですか』

『それは、アナタも同じでしょう』

『しかし…』


死地に赴いた繭良のもとへ真っ先に駆け寄ってきた女性は、驚きの表情を浮かべ、そして苦虫を噛み潰したかのような表情へと変化した。


『みんな、戦ってる。…私だけが逃げる訳にはいかない』

『本当に良いのですね?』

『えぇ、…私たちに出来るのは、子供たちの未来を守ること』


覚悟を問われ、繭良は収巡することなく即答してみせた。


『守りましょう。一緒に…母として』

『………判りました。ならば、道は私が開きます』

『よろしくね☆世界最強のお母さん』

『無論です。この剣に誓って』


まるで騎士の誓いの如く、彼女……八神恵那は光り輝く剣を掲げた。


そして、約束どおり、繭良は結界の中心へと辿り着き、完璧に術式を制御した。しかし…


『――――――――ッ!!!』


黒い球体の動きが激しくなり、前線の戦士達を次々と屠っていく。

そして、標的は術を発動しようとしていた繭良へと定められ、黒い触手がまるでレーザーの様に飛来すると……


「ママーーッ!いやーーーーッ!」


朱里の目の前で、繭良は胸を貫かれた。

それは、誰の眼から見ても致命的な一撃…命を奪うには十分すぎる。しかし…


『あ、はは……まいったなぁ』


彼女は生きながらえている。

生にしがみつき、命の灯が燃え尽きるまで。

いったい、何が彼女をそこまで駆り立てているのか。


『ごめんねシューちゃん、…ママ、帰れそうにないや』

「ママ!ママ!嫌だよ!こんなッ、こんなのってない!」


赤い血がドクドクと流れ出るにしたがって、逆に繭良の顔色が土気色を帯びていく。

既に致死量に到達しているであろう出血量…にも関わらず、彼女は依然として意識を保ち、二本の足で踏みとどまり、魔術を制御し続けている。


『ママはもう帰れない。一緒に居てあげられないの』

「ままぁ……ままぁ……」

『もう抱きしめてあげられない。一緒にお風呂にも入ってあげられない。……あぁ、もっと朱ちゃんと一緒にいたかったなぁ』

「嫌だよぉ。ママがいない生活なんて、もう耐えられないの。独りは嫌だよ、私もママのところへ――」


お互いに触れる事も出来ない。

過去の城ケ崎繭良のことが見えているのは、娘の朱里だけ。

だけど、咲耶にはまるで親子が会話をしている様に感じられていた。


しかし、繭良の最後を見せつけられ、次第に朱里から生きる気力が失われつつある事を感じ、ジワリと手に汗が湧き出る。だが…


シューちゃん……朱里ちゃん、……大好きだよ』

「ママ――」

『生きて、…生きて、…生きて朱里ちゃん』

「イヤ、もう無理だよぉ」

『辛くても、苦しくても、間違っても……生きて幸せになって』

「………」

『大丈夫、…ママが、…絶対に守るから………アナタの、未来を――』


消える……命の灯が…


ロウソクの火がフッと息を吹き付けられる様にあっさりと、虚しく繭良の命が消えてしまう。そう感じた瞬間――


『絶界―――』


空間が揺らめいた。

まるでロウソクの火が燃え尽きる寸前に見せる最後の閃きの如く

繭良を中心に結界全体へ魔力が一瞬にして刹那の時を激流が迸る。


そして、結界に覆われていた場所と現世が切り離された。


「ママぁ、ママぁ」

「朱里ちゃん、その人はもう……」


こと切れた母を朱里は幾度となく触れようと手を伸ばす。

しかしその手が届くことは決してない。

それでも諦められない。

もがいて、もがいて、もがいて、もがいて……もがき続けて…


「あ、ああ、ああああ、ああぁあああッ―――」


苦し……胸が苦しい……慟哭に包まれる世界で、咲耶もまた、泣かずにはいられなかった。


だが、彼女には使命がある。

友から託され、過去を垣間見る事によって、繭良からも託された。


言葉にされた訳でも、ましてや面識がある訳でもない。

ただ、繭良たち先人によって守られた者として、朱里を救わねばならないと心の底から感じたのだ。


「帰ろう朱里ちゃん、そして…生きよう!」


彼女の手を力強く握り、引っ張り上げる様に立たせる。

俯き、うな垂れたままの朱里は、咲耶の手を……握り返した―――。



◇   ◇   ◇



『――こちらポイント5ッ!敵に囲まれている!至急応援を――!』

「………」

『――こちらポイント6!駄目だ!全員やられた―――!』

「………」

『――どうなってる!なんで対策課の連中がッ―――!』

「………」

『――おい!あれは十傑のッ―――!』

「………」

『――あんな奴等が居るなんて聞いてない!誰だあれはッ――!』


無線機を通じて届けられる報告のどれもこれもが構成員たちの阿鼻叫喚

男は、その悲鳴にも似た音声を拾い、小刻みに震えている。


「どうやら、こちらの動きを読まれていた様ですね。…どうします?撤退した方が――」

「ありえないッ!いったいどうなっている!何故我々の動きが先読みされているのです!」


撤退を促そうとした真部の声に被せ、男は訳が判らないと叫び出した。


「この国の防衛力は衰えていたハズでしょう!なのに何故!」

「…どうやら対策課や十傑以外にもこの件に噛んできている連中が居るみたいです」

「なんですって?」

「報告では、全く無名の能力者が各地点に現れ、構成員を殲滅しているとか」

「ッ…いったい何処の馬の骨だ!私の警戒に泥を塗りやがって!」


真部の報告に男は、眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている。


「この国の力は、我々が思うよりも衰えていなかったという事でしょう」

「どういう意味です?」

「いえね、対策課や十傑、五柱という裏社会のシステム外に居る連中。言うなれば裏世界ですら肌に合わないあぶれ者達…影の実力者エクストラと呼ばれる猛者が居ると聞いた事があります」

「その連中が絡んできていると?」

「憶測ですがね。…しかし、現実問題として、こちらの動きが読まれていたにしては、被害が大きすぎますし、敵勢力の帳尻が合わない」


「なんてことだ」と男は、頭を抱えて考え込む。


―(どうする、この日の為に危ない橋を幾つも渡ったんだぞ!今更失敗しましたなんて報告してみろ!今度は私が悪魔の餌にされる!)


男は、今日、この日のために組織の上層部と掛け合い、様々な支援を受けていた。

その1つとして違法魔法薬【ヒュドラ】の入手。…裏社会でも入手が極めて困難とされるアイテムを手に入れるために、幹部が所持していた貴重なヒュドラを融通してもらった。

そして、多くの上級悪魔が収められたオーブ…回りくどいやり方をして城ケ崎朱里の手元へ渡るようにした事は言うまでもないが、それを入手するにも、やはり幹部を口説いて譲ってもらったのだ。


「…入間イルマさん、被害が6割を越えます。ここで退かなければ、全滅ですよ?」

「ッ………全構成員に通達」


入間と呼ばれた男は、奥歯をギリリと噛み、判断を下す。

口端からは、うっすらと血液が滴り落ち、なんとか平静を保とうとしている。


「ポイントβに集結後、巫女を迎え入れる。なんとしても逃げ切れ!捕まった者は死んでも連中の足止めをするのだ!」


男の命令が伝達された瞬間、各地で自爆の炎が巻き起こった。


「このままでは、終われない!せめて巫女だけでも引き入れなければ!…真部さんは、いざという時の為にチームを結成して―――」

「判っていますよ。あと、これは選別です」


言われるまでもないと、入間の声を遮った真部は、自身が持つスクロールを手渡した。


「恩にきます。成功の暁には、アナタに破格の報酬を約束しましょう」


真部と別れた入間は、数刻後、集結した仲間と共に進行を始めた。

彼が言う巫女…城ケ崎朱里のもとへ―――。



◇   ◇   ◇



「――せやから、まさかこんな事になるとは思ってもみぃひんかったんやって」


電話口の相手と何やら口論をしている男…木戸零士

彼は、仮住まいのマンションのベランダで興奮しているのか、言葉が京都弁に戻っている。常日頃は標準語を話すように心がけてはいるのだが、気が高ぶると、どうしても素が出てきてしまう。


元々、彼がこの街にやって来たのは、学園への勧誘のため…その勧誘相手というのは、結城咲耶と細川燕の2人だ。

事前の調べで、五柱である東雲葵が2人と知り合いだという事が判っていたので、祖父のコネを使い、2人と接触する前に葵とのコネクションを確立しようとした。


結果は、成功した。しかし、そこで思わぬ問題が浮上したのだ。

それは、数ヶ月前に消息を絶ち、行方不明となっていた城ケ崎朱里がこの街の学校に通っているとの情報を葵から持ち出されたのだ。


零士は、直ちに朱里の住所を入手、彼女の自宅であるマンションへと急いだ。

だが、マンションに辿り着いた彼が見た物は、なにやら争ったと思われる荒れた部屋の状況…何があったと考えていた矢先、外から爆発が巻き起こった。


無関係とは思えなかったため、現場へと駆け付けた零士は、異形のキメラに襲われ、殺されそうな3人の美女と出会った……


『――まさかとは思いますが、教職者ともあろうものが、弱った乙女を手籠めにしていないでしょうね?』

「………」

『なんということ、彼方のおじい様に何と報告をすればよいのでしょうか―――』

「絶句しとったんや!なんやの?何でボクの信用ってそんなに低いん?」

『それは彼方、タガが外れると残念な事になるからでは?』

「校長ぉ、勘弁してぇや。ボクの能力の事は知っているやろう?」

『それは勿論。彼方はそうやって何人もの乙女を篭絡してきましたからね』

「このッ――」

『よいですか木戸先生、築き上げてきた信頼と言うものは、簡単に崩れ去るのです。また、失った信頼を回復させるのは、並大抵の事ではありませんよ?』

「そら、すみませんねッ」


気が付けば、泣きっ面になりそうな零士は、もはやヤケクソ気味である。


『彼方に言ったのではありません』

「え――?」

『城ケ崎朱里さんの大人に対する反感や彼に対する憎しみは、家庭だけでなく、それらを取り巻く環境から来ています』

「ボクにどうしろと?」

『まずは、教師である彼方が彼女から信頼を得なさい。そして、大人としての役目を果たすのです』

「…ホンマ、教師業がこんなに大変とは思ってもみませんでしたわ」


いつの間にか教師の何たるかを説かれていて、何故か負けた気になっている。

先ほどまで自分をからかっていた相手だが、時たま見せる教師の顔は、零士もまた教えられる生徒であると思わせてしまう。


『あら、大変ついでにもう一仕事してもらいますよ?』

「え――?」

『ある筋から、城ケ崎朱里さんと関わりのあった組織が彼女を狙って動き出したとの情報を得ました』

「は?ちょっ、待っ――」

『先ほど、一般の病院に搬送されたらしいのですが、もしも彼等が襲撃を仕掛けてきたら…』


敢えてその先を口にしようとしないせいで、嫌な予感だけが脳裏を掠める。…正確に言えば、そのように仕向けられているのだろう。


だが、そのような脅しに屈する零士ではない。


「校長…」

『なんですか?』

「ボクは教師であって、戦闘が専門の対策課局員とはちゃうんですけど?」

『そうですね』

「せやから、直ぐに対策課に連絡して、然るべき局員を派遣してもらう方が、何かと角が立たんとちゃいますか?」

『わたしもそう思います』

「せやろ?テロ組織の検挙は教師の仕事ちゃいますもん」


正論を口にして校長をやり込めようとする。


『しかし、生徒を守るのも教師の仕事ではないでしょうか?』

「………」

『彼方がどうしても生徒を助けたいのなら、わたしは止めません。ただ、これは教師の仕事ではないですからねぇ』


朱里を助けに行くように話を誘導していたハズの校長は、手のひらを返したかのような発言をした。

しかし、零士にとって、それは不思議な事でも何でもない。

なぜなら、この校長という人物は、学園に責任が及ばない様にすることを第一に考え、その上で生徒を守ろうという腹なのだ。


一見winwinに感じるだろうが、校長が守りたいのはあくまでも学園と生徒…なぜかそこに勤める教師陣への愛が欠落しているのだ。


つまり、零士が勝手にやった事であれば、責任は零士が負い、学園は責任を負わない。


「校長、ちなみに手当は――」

『それでは、出張頑張ってください。お土産楽しみにしていますよッ―――』


なんとか、校長からの命令があった事の言質を取ろうと試みるも、強制的に通話を切られた。


「あのクソババアァッ」


夜中だったので、ご近所に迷惑が掛からぬよう、思いっきり小さな声で、思いっきり呪言を吐き捨てた。


―(たくッ、どうしたもんかなぁ)


終わってしまった事をあれこれ考えるのは、好きではないらしい。

それよりも、これからの事に考え悩む。


―(たぶん、対策課を介入させたくなかったのは、城ケ崎くんの今後の事を考えてなんだろうなぁ)


僅かな冷却期間が設けられたおかげで、京都弁から標準語へと切り替わった零士は、頭をポリポリと掻きながら、そっとベランダから室内へと入る。


室内には怪我を負い、床に伏せっている美女が3人いるので、身体に障らないようにという彼の配慮だったのだが……


「アカン、聞かれてもうたか」


3人が寝ていたハズのベッドは、もぬけの殻となっていた―――。



◇   ◇   ◇



暗い…


たが、目を覚ましたという自覚が彼女にはあった。


自身が身を預けているのがベッドの上で、身体の上には柔らかい羽毛の布団が覆いかぶさっている。


そして、ピッピッと規則正しく断続的に聞こえる電子音…それが心拍を計るための計器である事がわかると、ここが病院である事を理解した。


「……いきてるッ――ゴホッ、ゴホッ!!?」


口の中が乾ききっていて、呼吸をする度に咳が込み上げてくる。

状況が呑み込めず、急激に襲ってくる喘息ぜんそく感でパニックになる。


―(誰か、助けてッ)


呼吸がままならない。

そんな状況が彼女をより一層、パニックへと陥れる。


「朱里ちゃんッ――」

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」


パニック状態の朱里の元に声が届く。

声の主は、苦しそうにする朱里を抱きかかえるようにすると背中を擦りながら、給水用の器を口に当てた。


「水です。ゆっくり飲んで下さい」

「――、――、――、」


喉元を小さく鳴らしながら、水を呑み込むと、先ほどまでの咳が嘘の様になくなり、正常に呼吸ができるようになった。


そして、落ち着きを取り戻した朱里は、目の前の少女をようやく視る事が出来た。


「乃木坂、可憐……」

「はい。ごきげんよう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ