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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
206/295

悪魔の軍団

熾輝と燕、咲耶の3人が大魔術【以心伝心ダイレクトリンク】によって、朱里との間に繋がりパスを通した。

これによって、精神世界が合体し、1つの世界として成立した。


しかし、あくまでも合体させた精神世界は熾輝、燕、朱里の3人であって、術者である咲耶は現実世界から術を行使し続けなければならない。

故にこの世界に彼女はいない――。


「なにか違和感はない――?」

「…うん、大丈夫みたい」


理論上は可能だと思っていた熾輝であったが、ぶっつけ本番で実証するとなると、やはり心配が先行してしまう。


そんな熾輝を他所に燕は跳んだり跳ねたり、身体を伸ばしてみたりと、現実世界と代わりが無い事を確認している。


「それは、そうと…ここって、本当に精神世界なの――?」


燕の疑問に熾輝は頷き返した。

しかし、なぜ彼女がそのような質問をするかについては、周りの風景が現実世界と差異が無いように見えているからだ。


「間違いなく、ここは精神世界だ」


そういった熾輝は、「ほら」と見えている風景を指さした。


「あれ…太陽?」

「正確に言うと僕らの思考が作り出した太陽…の様な物だ」


先ほどまで現実世界では夜だったハズなのに、この世界では太陽が昇っている。

しかも、よく目を凝らしてみれば、人の気配が全くなく、些細な場所でラグが起きたりと、様々な場所から現実世界との異質さが見て取れる。


「それで、これからどうすの?」

「朱里の精神は、咲耶の魔術で守られている。…僕たちがするのは朱里を苦しめている元凶を消滅させる事なんだけど――」

『ひょひょひょひょひょ、人間の分際で我らを消滅などと、おこがましいにも程がある』

「「ッ――!!?」」


突如響き渡る声に熾輝と燕は振り返った。


『いやはや、無知とは何とも罪深きこと…』

『まったくですな。ましてや、我らの宿主も愚かしい』

『母親の復讐だ何だと吠えていましたが、所詮人間…俗物の考える事は理解できん』

『フハハハッ!どうだっていいさ!俺様は早く暴れてぇんだ!』


そこに居たのは、見渡す限りの悪魔達の姿だった。

イカの様な姿をした者、ビルの様に大きな巨人の姿をした者、スライムの様に決まった身体を持たない者etc…


いつの間に…と心の中で舌打ちをした熾輝は、自身の背後に燕を隠した。


『まぁ、お待ちなさい』

『そうですよ。折角、極上の憑代よりしろが来てくれたのです』

『えぇ、えぇ…今の宿主である小娘なんかより、こちらの2匹…我らの器に申し分ない』


無数に思える悪魔達は、和気藹々わきあいあいと2人を新たなる宿主とする算段を始めた。


しかし、不思議な事に、彼等からは、一切の負の感情や下卑た感情が伝わって来ない。

まるで、呼吸をするかのように…彼等にとっては罪悪感を感じることも無ければ、そこに喜びを感じる事なく、ましてや苦しむ姿を見て悦に浸る事も無いのだろう。


「燕、僕が合図したら、全速力で駆け抜けろ」

「熾輝くんはどうするの!?」

「僕は、こいつ等の足止めをする」

「そんなッ!一人じゃ無理だよ!無茶だよ!」


悪魔の軍勢を前に、たった一人で戦いを挑もうとする熾輝を燕が止めようとする。


「大丈夫、無茶な事は百も承知だ」

「なら――」

「けど、無謀のつもりはないよ」


燕の言葉を制し、熾輝は微苦笑を浮かべながら、一歩前へ出る。


「忘れたかい?今の僕たちは、咲耶とも繋がっている」

「…わかった、信じてる。だから少しだけ待っていて」

「あぁ、頼んだよ」


熾輝が合図を送った直後、燕は全速力だ走り出した。


『フォッフォッフォ、我らから逃げる気じゃ』

『面白い、まずは鬼ゴッコという訳か』

『余興としては、楽しめそうですじゃ』

『ではまず、あの小娘を先に捕まえた方は、優先的に身体を使えると言うのはどうです?』

『おぉ、それは宜しい』

『では、開始と言う事で相違ないでしょうかヌッ―――?』


悪魔たちが色めき立つ最中、膨大な魔力の放出が彼等の意識を釘付けにした。


「ペラペラペラペラと…僕の友達をどうするって――?」


重く、静かな怒りに比例して、熾輝の魔力が爆発的に上昇する。


『なんとッ!』

『ほほぅ、これ程までの魔力…さぞかし喰い応えがありそうだ』

『まったく、皆さま行儀が悪いですよ』

『そうです。まずは我らに挑まんとする勇者を称えねば』


既に臨戦態勢に入り、いつでも大魔術を発動できる準備を整えた熾輝を前に、悪魔たちの表情は崩れる事がなく、そればかりか、何やら楽しそうな声が響き渡る。


そんな様子に、「クソッ」と内心で吐き捨てながらも、彼等との実力差を冷静に分析する。


正直言って、ここに並ぶ悪魔1人と戦った場合、十中八九負けるのは熾輝である。

それほどまでに、彼等との差は天と地ほどの開きがある。

ただ、それは熾輝だけで戦った場合だ…


『勇ましき者よ、名を申せ』

「…八神熾輝」

『八神?…なるほど、神羅の一角であるか』

『ならば、我らを治めるに必要な器を持っていた事にも得心がいった』


悪魔の何人かは、神羅である八神の名に聞き覚えがあったのか、なにやら懐かしい者を見るような眼をしている。


『よかろう、相手が小童であろうと、八神が相手であるならば、我等も些か本気で興じるとしよう』

『ですなぁ……本気の遊びであぁる!』

「ッ――!!?」


瞬間、まるで土砂を頭から被せられ、生き埋めにされたような圧迫感を感じた。


―(威圧だけで、死ねるぞ!)


気を抜けば、身体機能の全てが活動を停止し、永遠の眠りについてしまうと思える程の強烈な威圧…


『ほぅ、耐えおった』

『愉快愉快』

『さぁ、もっと我らを楽しませよ』


辛うじて意識を保ち、気合だけで乗り切った熾輝は、こちらから打って出る事にした。


「なら、喰らえ…爆裂エクスプロージョンッ」


魔法式を起動させ、熾輝が定めた座標位置に大爆発が起きる。

爆風によって、辺り一面に衝撃波が駆け抜け、近隣民家の窓ガラス等は容易く砕け散る。


もしも現実世界でこれを使っていたら、速攻で逮捕ものだが、ここは精神世界…つまりは力をセーブする必要が一切ない。


故に以前、再演リフレインによって顕現した妖魔たちを相手取ったときは、被爆を考慮して手加減をしていた事になる。


しかし、相手は上級悪魔、これでダメージを負っていれば良いのだが、そう甘い話ではない。故に…


逆転の女神リバース…」


摂氏6000℃の熱が魔術の力によって逆転…本来、氷点下はマイナス240℃が科学による限界値。それを凌駕して、マイナス6000℃という魔術でなければ在り得ない数値を叩き出す。


『――ッ―――ッ――――ッ』


絶叫を上げる間もなく、広範囲の悪魔たちが一瞬にして焼き尽くされ、凍り付いて絶命していく。


―(いけるッ、僕の魔術が悪魔たちに通じている)


格上の悪魔達が次々と消滅していく。…その状況をみて、このまま押し切れば、逃げずとも勝利を手にする事が出来ると予期していた。


『ホホホッ、素晴らしい!』

『下弦の者共が塵となっておるわ』

『うむ、…しかし、あの攻撃は我らとてダメージを負う程だ』

『なれば、直に叩かなイカ』


次々と魔術を繰り出し、悪魔どもを屠っていた熾輝。

そこへ向かって、1人の悪魔が歩みを進めた。


『どれどれ、まずはワシからいかなイカ』

「ッ――!?」


突如、地面を舐める様な動きで迫る1人の悪魔に熾輝の意識が向けられる。


『ひょひょひょ、…どれ、まずは小手調べをしなイカ』


接近してきた悪魔は、イカのような容姿をしており、熾輝に向けて触手を伸ばしてきた。


―(この触手は、コイツの権能だったのか)


現実世界で朱里の身体から出現した触手、その力が目の前の悪魔の物と酷似していた事から、どうやらこのイカ悪魔の物だったのだろうと思い至る。


『ホレホレ、避けぬと死んでしまわなイカ?』


悪魔にとっては加減をした攻撃。しかし、熾輝にとっては、とてもじゃないが避けられる速度ではない。


だが、だからといって、むざむざとやられてあげる訳にはいかないのだ。


超加速ハイパーアクセルッ――」

『おひょ?』


エアハルトローリーが生み出した秘術、【加速アクセル】を遥に上回る加速により、熾輝の速度が爆発的に跳ね上がる。


目の前に迫っていた触手から距離を取り、並列拘束演算技ダブルコンパイルを発動させ多重魔術マルチプルを行使する。


「炎渦の胎動――」


ほぼノータイムで撃ちだされる魔術がイカの悪魔を捉える。


大地が融解し、マグマが渦の様に流動を開始する。


『あちゃちゃちゃちゃッ、熱ッつい!まったく、子供が火遊びなんてするもんじゃなイカ――』

「…虹光なないろの宣告」


大魔術を喰らっても、火傷程度かと内心で吐き捨てる。

ゼロコンマで魔法式を構築発動させ、更なる大魔術を放つ。


『イカアアァアアッ―――』


7色の閃光がイカの悪魔の身体を穿ち、触手を炙る。


流石に消滅とまではいかないが、それなりのダメージを受けてイカ悪魔は、動きを鈍らせる。


『う~む、あの子供なかなかやりおる』

『上級悪魔を相手にして一歩も退かぬ胆力、恐れ入った』

『しかし、我等も見ているだけではつまらぬよ』

『そうねぇ、そろそろ私たちもイッちゃう?』

『なれば、某がレクイエムを奏でよう』


言って、バイオリンを弾き始めるキリギリスのような悪魔が魔性の戦慄を奏でる…


「紫炎の強襲ッ――!!?」


動きを鈍らせたイカ悪魔に向かって一気に畳みかけようとしていた熾輝だったが、その動きが突如として止まった。


「魔力がッ―――」

『ほほほ、術の根源たる力が上手く使えませぬか?』


先ほどまで自在に操っていた自身の魔力制御がきかなくなり、思うように術を行使できなくなったと認識した矢先、背後からヌッと不気味な顔が現れる。


後ろを取られた事に危機感を覚え、全力で前へと跳ぶと、悪魔から距離を取る。


『ヨホホホッ、聞こえますか?彼のレクイエムが――』

「魔力が練れなくなったのは、この曲のせいか…」

『ご名答!』


素晴らしいッ!不気味顔の悪魔は拍手を送る。


バイオリンによって奏でられる旋律…戦いの最中、急に鳴り響いていた事は熾輝も感じていた。

しかし、これといって何の力も感じなかった事から悪魔どもの余興程度にしか思っていなかったのだ。


『我等悪魔と人間とでは次元が違うのだよ。人間ごときが我等の権能を認識出来るものですか』

「権能…魔力やオーラとは異なる別系統の力なのか――?」

『答えはYESッ!飲み込みが早い子供は、キライではないですよ』


「そりゃあどうも」とヤケクソ気味に吐き捨てると、熾輝は魔力からオーラへと力を切り替える。


『おや?オーラの方は魔力に比べ、随分と貧弱ではないですか』

「………」

『あぁ、失敬。貴殿の小さなプライドを傷つけてしまいましたかな?』


クスクスと小馬鹿にしたような言葉をツラツラと並べる悪魔に対し、熾輝はムッとした表情を浮かべていた。


『しかし、まぁ。我々悪魔を相手に良く頑張りましたよ。そろそろ、この|宿主(朱里)の身体も限界に近い。であるならば………』

「ッ―――!!?」


目の前にいたハズの悪魔の姿が一瞬で消え、またも背後に回ると、スッと熾輝の首筋に指を這わせる。


『アナタとあの少女の身体を頂きたく思います』


死の宣告の如く、悪魔は熾輝の精神を脅かしに来た。


熾輝が敗北を受け入れ、心から悪魔たちにくだれば、身体を乗っ取られる事になる。


『さぁ、屈服なさい。敗北を受け入れ、我等に降るのです――』


真に悪魔の囁きが耳元で紡がれる。常人ならば、その一言でお終いだろう。しかし…


『……なんですか?気でも狂いましたか?』


引き攣ったような笑いが熾輝から漏れ、悪魔は訝しそうにその様子を見ている。


しかし、その笑い方が癪に障ったのか、僅かに苛立ちを感じさせながら、ヤレヤレと溜息を吐いた悪魔が『いいですか?』と諭すように言葉を紡ぐ。


『この戦い、最初から彼方たちに勝機はなかった。我々の勝ちは揺るがない。にも関わらず、心が折れていない。つまりは、まだ勝てると思っているのですか――?』

「思っているんじゃない。僕たちの勝ちが確定したんだ!」


この絶望的状況でなお、勝利を信じている。…いや、勝利を確信したような自身に満ち溢れた熾輝の表情を見て、悪魔は『はて?』と疑問を浮かべる。


『…人間の考える事は理解に苦しむ。ならば―――』


ならば、敗北を受け入れなくてもいい。強制的に精神を支配してやろう。…そう言葉を紡ごうとした矢先だった…


「そうかい!ならアンタ等の敗因は、人間の力を侮った事だろうよ!」


突如、天に轟かんばかりの大音声が響き渡ったのと悪魔が吹き飛んだのは同時だった。


『ッッッ――!!!!?』


熾輝の後ろでペラペラと喋り続けていた悪魔の横っ面に拳がメリ込み、『めきょッ!』という未だかつて聞いた事のない様な異音が耳に届く。


その光景に驚いたのは、熾輝だけではなく、彼女を探し出し、戻ってきた燕も一緒だった。


「HAーーーッHAッHAーーーッ!!!」


アメリカンヒーローの様な笑い声を轟かせ、その女性は現れた。


「待たせたね!坊や!」

「来てくれたんですね先代様…」


そう、この女性こそ、熾輝の師である五月女清十郎に波動という力を譲渡した張本人。


世界最強の一角である清十郎の師匠。


つまりは、上級悪魔共と唯一渡り合える人類の一人!


「あぁ、あのお嬢ちゃんが私を呼んでくれた。…だから坊やの所へ来ることが出来た」


親指でビシッと後ろの安全地帯にいる燕を指さすと遠慮がちに手を振っているのが見えた。


熾輝と別れて燕の役割…それは、精神世界の何処かにいるであろう安藤千影を呼び寄せる事だった。


身体に神を降ろすという規格外の力を有する彼女だが、ここ精神世界において、器である肉体が無い以上、神を降ろす事が出来ない。


しかし、降臨術は、なにも身体に神を降ろすだけの能力ではない。


特定の心霊を呼び寄せ身体に降ろす…つまりは、精神世界の何処にいるか判らない安藤千影を呼び寄せる事こそが燕に架せられた役割だったのだ。


「さぁて、後は千影さんに任せて、坊やはお嬢ちゃんの所へ行ってな――」

『お待ちなさい!』


千影の言葉に被せて、先ほど殴り飛ばされた悪魔が叫んだ。


『何者ですあなたは!』

「安藤千影だけど――」

『そういう事ではありません!』


何者と問われ、名を名乗った千影に対し、先ほどまで平静だった悪魔が声を荒げている。


『この精神世界は、そこに居る2人を含め、3人の子供たちの精神で構成されているのです!にも関わらず、何故あなたの様な者がここに存在しているのですか!』


ありえないと言いたげに悪魔は問いただす。


「そりゃあ、私が坊やの中に間借りさせてもらっているからなんだけど…」

『なに?どういう意味ですか……』

『まさか常時憑依しているというのか――?』

『いや、もしや、第二の人格では――?』


1人の身体に2人の人格が存在している。

それは、まるで憑依や多重人格と同じ。

しかし、憑依や多重人格であれば、何かしらの変化が日常生活を送る熾輝の精神に現れているハズ…にも関わらず、千影の影響を受けることも無く熾輝は日常生活を送っている。

その事が悪魔達には解せなかった。


「フッ、……」


そんな悪魔の様子を見て、千影は不敵な笑みを浮かべた。


『………』

「………」

『………』

「いや、私にも判りません」

『『『『イラッ―――!!』』』』


悪魔たちの予想を裏切り、本人でさえ事の現象に対し説明する事が出来ないという。


『なんだ貴様は!』

『さっき、不敵に笑ってたんじゃなイカ!?』

「いや、…何言っているんだろうと思って」


困ったヤツを見るような眼差しを向ける千影

しかし、その反応が面白くなかったのか、悪魔たちの怒りを買う事になった。


『もう良い!どちらにしろ邪魔者は消せばいいだけの話だ!』

『イカり狂った我らの力をとくと見よ!』


常に冷静さを伺わせていた悪魔たちだったが、そんな彼等をして、心を荒ぶらせる…それこそが先代波動正統後継者【安藤千影】である。


熾輝もまた、悪魔たちのイラつきに覚えがあったのか、表情から色が消えて、呆れ顔を浮かべていた。


「いいねぇ、久々の戦闘ケンカだ!始めっから本気マジモードで行くよ!」

『ぬかせ!人間ごときが我らに敵うとでもッ――!?』


ボンッ…と空気が弾ける音が聞こえた。


『な、に――?』


悪魔の一匹…先ほどまで熾輝にペラペラと御高説を垂れていた悪魔の腹に、ドデカイ穴が空いた。


「言ったろ、人間の力を侮るなって」

『バカ、…な――』


まさに一瞬の出来事だった。

肉薄した千影が繰り出したボディーブローが、いとも容易く胴体を穿ち、悪魔を消滅させた。


「んだよ、まだ準備運動なんだから、もうちょっと付き合いなさい」

『『『『ッ――!!?』』』』


多くの悪魔からドヨメキが沸き起こる。

下等な人間と侮っていた者に仲間が消滅させられたからか、あるいは千影の動きを認識出来なかったからなのか…いずれにしろ、この一撃で彼等は、先ほどまでの余裕を一瞬で消し去り、本気で挑んでくるだろう。


「――す、すごい。あの女性ヒト、一発で悪魔を倒しちゃった」

「うん。何しろ僕の師匠の師匠だからね」


千影の強さを目の当たりにした燕が驚き、そして熾輝は何処か誇らしげに語っている。


―(今のは、波動を使っていなかった。ということは、肉体の強さだけであの悪魔を倒したんだ)


千影を観察するように、ジッと見つめる。

熾輝は、この戦いを漏らさず眼に焼き付けようとしていた。


「どうした?来ないのかい?じゃあこっちから――!」


悪魔に向かって歩みを開始しようとした矢先、一瞬で背後に回り込んできた影が持っていた斧で攻撃を仕掛けて来た。


「ちょっとちょっとぉ、後ろからなんて、随分とつまらないマネをしてくれるじゃあないか」

『ッ――!?………戦いに卑怯などない』


「危ないッ」と思わず叫び出しそうになった2人であったが、死角からの攻撃を斧の腹に手を添えて受け流した。


「卑怯?違うよ、そういう意味じゃあない」

『なに――?』

「そんな立派な体躯と斧があるんだ、真正面から殴り合った方が楽しいだろう?」

『………』


確かに攻撃を仕掛けて来た悪魔は、羅漢並の体躯をしており、重量のある斧を使っている。


外見からもパワーファイターである事が明らか…にも関わらず悪魔は千影の背後から攻めてきたのだ。


「もしかして、見掛け倒しだった――?」

『ぬかせッ!我がパウワーをとくと味わえ!』


軽い挑発にまんまと引っ掛かった悪魔が会心の一撃を放つ!


「いいねぇ、そう来なくっちゃ!でも…」

『ッ――――!!?』


会心の一撃を放つまでの間、まさにゼロコンマの刹那に千影は5発の拳を悪魔に放った。


拳撃だけで悪魔の胴体に穴を空ける程の彼女の一撃が五連撃…当然これに耐えられる訳も無く、悪魔は粉微塵となり、空気に溶け込むかのように消えて行った。


「さて…」と浅い溜息を吐いて、千影は居並ぶ悪魔たちに向かって声を張り上げる。


「チマチマとっていても埒が空かない!お前等、全員で掛かってきな!」

『『『『………』』』』


千影の挑発に悪魔たちの空気が一気に変わった。

その様子を肌で感じ取った熾輝と燕から汗が流れ出す。


「来ないなら、こっちからいく…よっと!」

『ッ――!!?』


地面が爆発を起こす程の激しい踏み込み。

悪魔の眼前へと到達した千影の攻撃が胴を穿った…に見えたが、次の瞬間「ありゃ?」と間抜けな声が木霊する。


『残念、残像です』


まるで高速移動でも使ったかのような、それほどまでに悪魔の動きが早かった。


鋭利な爪による斬撃が千影の首に放たれる…が『おや?』今度は悪魔から間の抜けた声が漏れ出た。


「残念!残像でしたああぁあッ!」

『ボヒャッ――!!?』


まるで風船が破裂したかのように、パンッと乾いた音

悪魔は文字どり、千影の拳で破裂した。


その後は、一方的な蹂躙劇が続いただけだった。

軍勢とも思える悪魔の群れを千影は、たった一人、それも素手だけで薙ぎ倒していったのだ―――。


『ふむ…まさか、たった一人に同胞共が倒されるとはな』

『ガハハハッ!実に愉快!そして腹立たしい!』

『イヤねぇ、あんな品も奥ゆかしさもないオバサンにやられるなんて』

『へへッ、オイラだったらワンパンだよ、ワンパン』

『イカんイカん、油断はイカんぞ?』

『イカロスさん、一番油断していたのは彼方ですよね?』

『キャハハッ、子供相手に火傷させられていたよね』


多くの悪魔を屠った千影を見下ろす7人の悪魔…

同胞がやられたにも関わらず、彼等に怒りの感情はない。

それどころか、何処か楽し気に見えるのは、気のせいではない。


「ちょいと~、あとはアンタ等だけなんですけど?」


いつまで経っても、高みの見物と洒落こんでいる悪魔たちに、いい加減かかってこいと言わんばかりに千影は声を掛ける。


『フム、上級悪魔とはいえど、所詮は下弦の雑魚』

『雑魚相手に無双したかといって、いい気にならないでよねぇ』

『ガハハハ!さすれば、この俺が相手をしてやるぜ!』


ズイッと前に出たのは、高層ビルの如き巨人の悪魔


「威勢がいいね。少しは骨のあるヤツが出てきたじゃないか」

『俺様を目の前に臆さぬとは実にあっぱれ!しかし…』


相対した途端、巨人はその、とてつもなく大きな拳を千影に向かって撃ち出した。


『小さき者よ!我が拳をどう受ける!』


流石に質量が違い過ぎるのか、いかに先代波動継承者といえど、真正面から馬鹿正直に受けたりはせず、跳躍して難を逃れた。


だが、拳が大地に激突した瞬間、とてつもない衝撃で大地が爆ぜ、クレーターを作り出した。


そして、一撃では終わらないのか、何度も繰り出される攻撃を千影は絶え間なく避け続ける。


『フハハハ!逃げるだけか!それも仕方がない!蟻が象に勝てない様に、俺様と貴様とでは、それ程の開きがあるからな!』

「偉そうに言っているけど、デカいだけでアタシに触れる事さえ出来ていないじゃないか」

『なぬ?』


確かに、巨人の悪魔がいくら攻撃を繰り出そうと、先ほどから千影に掠りもしていない。


「ようやく身体も温まってきたところだ。ここらで私の本気をちょっぴり見せてやるよ」


言って、先ほど蹂躙した悪魔の亡骸の山…正確には既に絶命し、身体が徐々に消滅しかけている悪魔たちの中に降り立ち、そこから彼等の誰かが使っていたであろう剣を一振り手に取った。


『ほほう、貴様は剣も使うのか』

「剣もというより、こっちが本職なんだよ」


手にした剣を二三回振って、握り心地を確かめると、「うん」と何かを納得したように構えを取る。


構えは脇構え…刀身を隠し、間合いを計らせない基本の構えの1つ


『そのようなちっこい針を持って何ができる?』

「ぶった切る!」

『あほうか貴様!俺の巨体をそのような物で叩き切れるか!』


確かにそのとおりである。

千影が手にした剣の刀身は、どう見積もっても1.3メートルあるかないかだ。

仮に巨人の肉体に届いたとしても刀身分の傷しか負わせられない。

しかも巨人は高層ビル並の体躯の持ち主、切りつけたところで薄皮を切るだけに留まってしまう。


「なら試してみな。けど、私の剣戟を甘く見ない方が良い」

『…よかろう。ならば受けるが良い!俺様の拳を――ッ!!!?』


一閃…………巨拳が千影を捉えたと思った瞬間、巨人の腕が吹き飛び、宙を舞った。


『『『『『『なッ、なにいいいいぃいいいッ!!?』』』』』』


驚いたのは、巨人の悪魔だけではなく、それを高みの見物していた他の悪魔たちも同様だった。


『ば、バカなッ――!!?』

「言ったろ?甘く見るなって」


巨体を蹲らせ、肩口を押さえながら狼狽える。

その様子を千影は、持っていた剣で片をトントンさせながら余裕を見せ付けた。


『マズイ!不味いわよあのオバサン!』

『あはは、なんて出鱈目な人間なんだ』

『イカーん!ヤツはイカんぞー!』

『なれば、我々全員で戦うしかないぞ!』


悪魔たちの判断は正しい。

いま、目の前にいる彼女を1人で相手取る事は、殺してくれと言っているようなもの。

故に彼等の動きは、かつてない程に迅速だった。


『おのれー!良くも俺様の腕を!許さんぞーッ!』


先陣を切ったのは、最も千影の傍にいた巨人悪魔だ。


片腕を切り飛ばされた事に怒り狂い、力の限りの攻撃を繰り出そうとしている。


それに対する千影の反応は、「ヤレヤレ」と実に淡白な物であった。


「ものの次いでだ。…坊や!」

「ッ――!?」


いきなり呼ばれて、一瞬ビクッと反応した熾輝に対し、千影はフッ、とはにかんだ。


「よぉく見ておきな!これが天地波動流の神髄だ!」


言って、千影は再び刀身を隠すように脇構えをとった。そして…


「第二秘剣!ニノ太刀要らず!」


拳との激突の瞬間、千影の剣が振り抜かれた。

同時、悪魔の拳が真っ二つに別れる。


「ば、バカな………ぐはあああぁああッ!!?」


切り裂かれたのは、拳だけではなく、巨人悪魔の胴体すらも真っ二つにされていた。


「これが秘剣二ノ太刀要らず!一刀を持ってあらゆる物を切断する!刀身以上のものだってこの通り!そして……」

『イカったぞ!俺は怒った!喰らえ!八走触手!』


8つの触手が8方向から千影を襲うが……


「第一秘剣!誘技イザナギ!」

『イカアアァアアア!!?』


8つの触手が1箇所へ吸い寄せられる。


「ニノ太刀要らず!」

『ぐほあああッ!』


多を行かしたイカロスの触手が一点へと集められた事により、その優位を失った。

そこへ、すかさずのニノ太刀要らずが放たれ、イカロスを絶命させた。


『オバサン!これならどう!』

「あ゛あ゛?」


オバサンと言う言葉に反応して、殺気を飛ばす。

それはさておき、女悪魔が槍を具現化し、投擲してきた。


それをスイっと躱して、尚も睨み付ける。


『空が飛べないなら、空中からの攻撃よ!当たらずとも隙を作る事は出来るわ!アンタ達、その隙を狙って―――ぐはああぁああッ!!?』

「……第三秘剣、飛影ヒエイ!」


飛ぶ斬撃によって、女悪魔は絶命した。


『ノホホ!強いのぉ。…しかし、その剣でワシに勝てるかな?』


突如、姿を変えた悪魔…それはまるで肉の塊!それがウネウネと流動している。


『剣とワシは実に相性が良い!』

「………」

『ビビッて声も出ぬか!冥土の土産に教えてやろう。ワシは人間の様な臓器は無い!細胞の一つ一つがワシの本体なのだよ!つまり、全ての細胞を破壊しなければ、ワシを倒す事は不可能おおおおぉおおおおッ―――!!!?』

「…第四秘剣、百刃ハクジン!」


放たれた一刀の軌跡から幾つもの斬撃が枝分かれする様に拡散する。

その数は、技名の百の刃では収まらず、億単位の悪魔の細胞を全て破壊し尽くす程に分岐し、悪魔を殺し尽くした。


『あははは!時間稼ぎご苦労さま!みんなの力、俺っちに分けてくれ!』

『致し方なし!』

『ヤレ!』

「な、なんて力の波動だ!」


ひょうきんな悪魔。…しかし、侮るなかれ。

今の今まで、力を蓄積チャージし、しかも仲間の力をもプラスして撃ち放とうとしている。


その莫大なエネルギーを前に熾輝は、流石の千影でもどうにもならないと思ったが…


『喰らえ!悪魔の一撃イイイィイイイ!』

「先代様!逃げて下さい!」


しかし、迫るエネルギー弾を前に退くこと知らない女…それが安藤千影!

八双の構えを取り、不敵に笑う…それこそが天地波動流後継者の流儀!


「第五秘剣、瀑流返し―――!!」

『『『ッ―――――!!?』』』


エネルギー弾の方向が一気に逆転!

しかも、元々のエネルギーが2倍に膨れ上がり、悪魔たちに返っていく。


『そ、そんなあああぁああッ――!』

『人間ごときがああぁああッ――!』

『ヌウウゥウウウウウウンッ――!』


天をも穿つエネルギーの本流が過ぎ去った軌跡に、もう悪魔が存在する余地はなかった。


「しゃらああぁああッ!お疲れ!」


完全勝利を手にした天地波動流先代正統後継者、安藤千影は高らかに吠えた―――。

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