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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
203/295

覚悟

「――チィッ、いったいどういう事よ!!?」


ケリスが放つ魔術が熾輝を捉える。

しかし、その全てが熾輝が振るう木刀によってことごとく両断され、霧散する。


「魔術を斬るなんて出来るハズが無い!」


ケリスの動揺が更に加速する。

通常、魔術を防ぐには、同等の力で相殺するか、障壁による防御が一般的なのだ。

にも関わらず、目の前の少年は、発生した事象を木刀で切り裂き、魔術を打ち消している。


「まさか、対魔法能力アンチマジックスキル保有者だと言うの!?」


ケリスの予想は、近からず遠からずと言ったところか。

熾輝が発動させている能力は【波動】、万物が有する根源を読み解き、自在に支配する反則と言っていい能力だ。


しかし、反則級と言っていいこの能力を熾輝が十全に使いこなしているかと言われれば、否である。


魔力系統に関する波動を読み解くのは、元来の知識やセンスが大きなアドバンテージになったのか、魔力に対する波動は、使いこなせている。

だが、魔力以外、例えばオーラや、無機物が有する波動に関して言えば、まったくと言っていい程に使いこなせていない。


もしも、熾輝がこの能力を十全に使いこなせていたのであれば、先のヒュドラ戦ですら危機に陥ることなく、潜り抜けていたハズなのだ。


そもそも、能力と言う物は、一生を費やして磨いていくものなのだ。

11歳の少年、しかも能力の仮免期間をつい先日、終えたばかりの熾輝がそこまでの能力を使いこなせるほうが無理なのである。


それでも、魔力に対する波動の適正地は、天才的と言わざるを得ない。


何しろ、以前、戦った空閑遥斗との戦闘では、波動により圧勝を決めたし、現在戦っている咲耶ケリスは、魔術特化型の相手だ。


魔術を無効化してしまう熾輝にとっては、脅威にはなりはしない。しかし……


――意識を高めろ。波動だけに集中するな。


何かの技の発動を狙っているのか、熾輝は優勢であるにも関わらず、その場を一歩も動こうとはせず、迫りくる攻撃をただひたすらに切り裂いていく。


――思い出せ!師範の言葉を―――!



『―――いいかい。この技は、相手の心を呼び覚まし、増幅する。言い換えれば、術者は補助ブースターの役割さね』


技の伝授の際、昇雲が言っていた。


『故に、放つのはオーラであってオーラに非ず』


目の前には、悪霊に憑りつかれた少女が術によって捕縛されている。

技の伝授のために用意されたのではなく、昇雲を頼ってきた依頼者の娘だ。


昇雲は、この機会に滅多に使わない技を熾輝に口伝しようとしていた。


『オーラとは、細胞から溢れる生命エネルギーであると同時に、人の意識で自在に操ることの出来るエネルギーだ。つまり、そこには物理的現象以外にも人の心が宿っている』


内から放出されるオーラが、やがて一箇所に集められる。


『その想いを撃ち込み、心の起爆剤にしてやる。…アタシ等に出来る事と言えば、助かろうとするこの子の手助けだ』


そう言った昇雲の拳が輝きを放ち、次の瞬間には女の子へと撃ち込まれていた。

次に目を覚ました少女からは、邪気が消え去り、彼女本来の心へと戻っていた―――。


――条件は揃っている。咲耶は、ケリスの呪縛から逃れようと今も戦っているんだ。…でもッ!


魔術を退けながらも熾輝は焦っていた。

ケリスが放つ全ての攻撃は、傷一つとして付けられないこの状況においてもだ。


――果たして、僕に出来るのか!?咲耶を傷つけず、且つ、彼女の心に届かせるような事が!


熾輝は、不安だった。


技量においてもそうだが、咲耶の心を助けられるような想いを自分は持っているのかと…


――助けたい!大切だ!だけど、それでも疑ってしまう!僕は、自分自身を疑ってしまうんだ!


その想いが本物であれば、きっと咲耶へ、この想いは届くだろう。

しかし、そこに邪念は無いのか。本物なのか…その自信が熾輝には無かった。


熾輝は、人の心に酷く鈍い。それは、彼自身が下した自己評価。

心を喪失していたという事実が、彼に重くのしかかり、束縛を施している。


そんな迷いを増長させるかのように、ケリスの攻撃に変化が訪れた。


「いい加減、燃え尽きろおおぉおおッ!!」

「――ッ!!?」


魔力を過剰に注ぎ込み、術の威力を高めた上、今までトーラ1つの魔法陣から複数展開に切り替えたのだ。


放たれる炎の攻撃は、さながら津波である。だが、幾ら数を増やしたところで、熾輝は彼女の波動を完全に捉えている。

故に傷を付けられるハズも無いのだが…切り裂いた炎が直後、霧散するのは、先ほどまでと変わらない現象。しかし、周囲に伝わる熱波が解体途中の建物にダメージを与えていたのか、屋根の支えである鉄骨が熱で焼き切れ、熾輝の頭上に落下を始めた。


「――チィッ!!」


集中力を途切れさせていなかった熾輝は、舌打ちしながらも、落下する鉄骨に瞬時に反応して、避けた。


身体を急激に動かした際に、骨折部分と腹の傷がズグリと痛みを訴えていたが、問題にはならなかった。

しかし、この時、ケリスは気が付いてしまった…


「……なぁる♪」


嫌な笑みを浮かべ、彼女が展開していたトーラの魔法陣が霧散したと直後、新たなる魔法式が構築された。


その術式を目にして、「クソッ」と心の中で吐き捨てた熾輝は、緊張を高めた。そして…


「喰らいなさい!」


魔術が発動したと同時、倉庫内にある鉄骨や廃材が浮き上がり、熾輝へと一直線に飛んでいく。


しかし、熾輝には魔術に対する絶対的な力、【波動】がある。

当然、これも切り裂くことが……出来なかった。


「ほれほれ♪さっきまでの余裕はどうしたの♪」


殺到する廃材を前に、熾輝は倉庫内を走り回って、避ける事しか出来なかった。


「あは♡なによ。焦る必要なんて無かったじゃない。アンチマジックスキルとは言っても、実在する物体は、切り裂けないもんね?」


その通りである。

対魔術能力保有者の弱点として、魔術によって引き起こされる事象には対処出来ても、その過程で発生する現象には、対応できないのだ。


もっとも、もしも熾輝が波動を使いこなしていたのであれば、物質をも両断する事は可能だっただろうし、離れた相手の魔力を支配して、魔術そのものを無効化することも出来ただろう。


しかし、如何せん技量不足だ。今現在の熾輝は、魔力に対する波動適性がズバ抜けていても、能力の支配領域を広げるという技量は、ない。

故に、木刀で切りつけるという行為によってしか、波動を発動させる事が出来ないのだ。


「あはは!この娘の魔法力が、あまりにも高かったせいで、力まかせになっていたけど、やっぱり、魔術って、こうやって使うのよね♪」


形勢逆転を悟ったケリスは、まるで酔っているかのように、饒舌になる。


熾輝はと言えば、絶えず襲ってくる物体を避け続けている。

これでは、咲耶を助けるための技を放つ隙すらないし、そもそもの問題として、技を発動させるための葛藤すら、頭の片隅に追いやられてしまう。


ただ、集中力だけは、研ぎ澄ましている。

ケリスが発動する魔法式を見て、何時、何処に、何が飛んでくるのか。その事象の全てを把握しているお陰で、攻撃の先読みと最小の動きで回避する事が可能になっている。


しかし、熾輝の解比率の異常性にケリスも早々に気が付いたのか、若干の苛立ちを覚えていた。


――中々、仕留められないわね。なら……


何かを思いついたかのように、ケリスの口元が僅かに歪む。


「ねぇ、速く諦めてくれないかなぁ?」

「それだけは、絶対にない!」

「そうなの?でも、私は、早々に自由になりたいのよぉ」


戦いの合間に言葉を挟んでくるケリスの意図は判らない。

ただ、予想するのなら、熾輝の集中を途切れさせ、攻撃を当てる事なのだろう。

その考えは正解であり、予期していたのであれば、心を乱す事はない。…ハズであった。


「久々に手に入れた女の身体。早く楽しみたいの♡」

「――ッ!!」

「沢山の男を貪り食って、快楽に身を投じる…最初は痛いかもしれないけど、大丈夫♡なれれば気持ちいぃもの。それに、こんなに幼い子に興味を示す変態さんって、何時の時代もいるものだしね♡」


ギリッと、奥歯の軋む音が聞こえる。

身体が全身が怒りに震えているのがケリスには手に取るように判る。

動揺が走っている事は、誰が見ても明らかだった。


そして、その動揺が熾輝の動きを鈍らせ、足を止める。


「待っていたわよその隙をー!」


廃材が殺到、次の瞬間には熾輝が場所をおびただしい数の質量が着弾した。


轟音が響き、粉塵を巻き上げ、一瞬にして倉庫内の視界が閉ざされる。


「クフ、あはははは!やった、やった♪これで邪魔者は、いなくなったわ!後は、咲耶アンタさえ大人しくなれば、私は自由よ♪」


ケリスは、未だ侵略を拒み続ける咲耶の精神に向けて言葉を紡ぐ。


「抵抗しようとしても無駄無駄。アンタの精神が弱り切っている事は、手に取るように判るわ。あの熾輝とかいうガキが人を殺した時に感じた絶望感が伝わってくる。今もそう、自分で手に掛けてしまったという罪悪感が膨れ上がっているわね♪」


身体を乗っ取り、精神に同調しているせいなのか、咲耶の慟哭がケリスに伝わっている。

同時に、咲耶の心が折れかけている事も……もはやケリスが咲耶の身体を完全掌握するのも時間の問題である。


「さあッ!諦めて屈しなさい―――」

「諦めるな」


粉塵によって、視界の悪くなった空間。その先から少年の声が聞こえて来た。


徐々に視界が晴れていく中、未だ、その姿を確認する事が出来ない。


だが、何かが4つ煌めいた様に見えた。


それらは、魔力を帯びており、倉庫内の四方へと消えていく。


――なに?魔術?でも、アイツは魔術は使えないって言って無かったっけ?


なにやら不穏な魔の気配を感じ取るケリス。そして、視野の効かないこの空間において、相手が何をしてくるのか判らない…その脅迫観念に突き動かされるように、風の魔術を発動させ、粉塵を晴らす。


「…驚いた。まさか、生きていたなんて」


地面に突き刺さった廃材の林を縫うようにして、ゆっくりと歩く熾輝の姿を捉え、ケリスは驚愕した。


それもそのハズ。あれだけの攻撃に熾輝は傷一つとして負っていなかった。つまりは、全弾回避したという事になる。


「コイツ、いったい―――」


いったい何者かと口に出そうとしたケリスは、熾輝の瞳に一瞬にして吸い込まれたかのような錯覚を覚える。


みれば、先ほどまで血に染まっていた眼帯が衝撃によって弾け飛んでいた。…それは、どうでもいい。重要なのは、眼帯によって隠されていた彼の眼だ。


その瞳は、何の変哲もない普通の黒い眼に見える。しかし、よく見れば判る。黒より尚も深き漆黒。


まるで暗黒の宇宙空間を瞳が映し出しているかのような…そして、漆黒の瞳をキラキラと、照らす小さな光が幾つもあった。それは、夜空に輝く星々の瞬きの如く瞳から放たれている。


「魔眼所持者ッ――!!?」

樹縛封緘じゅばくふうかん!」


見まがう事ない魔眼にケリスは、驚愕と同時、熾輝へと攻撃を仕掛けようとした矢先、身体を何かが這い回り、その動きを封じ込めた。


見れば、体中に植物のツタが巻き付いていた。しかも、そのツタは、今も成長を続け、太く頑丈に育っていく。そう、これは変幻自在の樹刀ミストルテインによる攻撃だ。


「こ、これは……魔力を吸っている!?」


身体の自由を封じられようとも、魔術を発動しに掛かったケリスは、己の魔力が植物に吸収され、しかも、ツタの成長に使われている事に気が付いた。


しかし、完全に魔力を封じ込められている訳ではない。咲耶の有する魔力量とは、それほどまでに規格外なのだ。故に…


「舐めないでよね。この程度で魔術を封じられると思わないで!」


先ほどよりか、幾分か威力は落ちるものの、発動した魔術が廃材を浮かせ、空中で停滞する。


「原理は判らないけど、どういう訳か、アンタは魔法式から攻撃の着弾地点を割り出せるようね。でも、これならどう?」


言って、ケリスは浮遊させた廃材に向かって衝撃波を放つ。すると、空中で廃材同士が打ち付け合い、不規則に落下を開始した。


流石の熾輝も魔法式によって計算された動きでないのなら、着弾地点の予測もしようがない。……のは、先ほどまでの話だ。


轟音を立てて、地面へ落下する質量。その尽く…まるで嵐の荒野を散歩するかの如き動きで躱していた。


「ウソ……ッ、その魔眼は、物体の動きを見切る力があると言うの!?そんなの、世界広しと言えど、五月女家のモーションサイト―――」


見えている…いや、見切っている。

その洞力は、言わずもがな。右眼の魔眼が有する力。


「そんな事は、どうだっていい」


歩を止める事のない熾輝の身体中から、まるで燃え上がる炎の如きオーラが放出される。

やがてオーラは、一切合切、余すことなく、その拳に集中すると、眩い輝きを放つ。


「お前に咲耶は、渡さない…」

「ま、待ちなさい!そんなの喰らったら、この娘が死んじゃうわよ!」


明らかな過剰エネルギーを目にして、ケリスは焦る。


「まさか、この娘ごと、私を殺す気なの!?」

「………」

「駄目よ!いえ、無駄よ!たとえ、この娘を殺したところで、私にダメージは入らない!」

「………」

「ヤケになっているの!?私に渡すぐらいなら殺した方がましとか!?」

「………」

「お願いだから待って!私は、折角肉体を手に入れたの。このまま器を失いたくは、ないの!だから、取引をしましょう!」


ケリスの言葉に聞く耳を持たない。

無言のまま、熾輝はその歩みを進める。


「この娘の身体を好きに使わせてあげるから、壊さないで!」


ケリスにとって、咲耶の身体は、余程、使いが良いのだろう。

無理もない。古の大魔導士の記憶を引き継いだと言われる空閑遥斗ですら、彼女の肉体…正しく言うと、その魔法力を欲した程なのだ。


ケリスの様な魔の者がその力を欲しがらない訳がない。

それほどまでに価値のある身体だ。

だからこそ、ここで壊される訳にはいかないのだ。


時間は掛かるだろうが、精神で抗う咲耶を完全に消し去る事が出来れば、ケリスは最高の魔法力を得た状態で受肉を果たす事になる。


だから必死になって、今を逃れようとしているのだが……


「それ以上、その声で、俺に喋りかけるな」


「ヒィッ」という音がケリスの口から漏れ出る。

まさか、目の前にいるたかが子供から、これ程までの威圧が向けられるとは、思ってもみなかったのだろう。


絶体絶命の中、ケリスは、わらをも掴む思いで、策を投じる…


「し、き…くん……」

「咲耶……」


精神内で戦っている咲耶を表層へと出し、熾輝の攻撃を止めさせようと言うのだ。

これは、ケリスの同調による演技ではなく。明らかに本物の咲耶の声だ。


それが熾輝にも伝わったのか、彼女の声を聴いて、泣き出しそうな心を堪えるように表情が歪む。


――動きが止まった!これなら………


「いいよ、熾輝くん」


――なッ!?


命乞いでもさせようというケリスの考えとは裏腹に、咲耶は、全てを受け入れるかのような音声を熾輝へと向けた。


こんな事、かつてのケリスが経験しえない事だった。


――バカな!まともじゃない!人間は、自分が助かる為なら平気で誰かを陥れる生き物だろうが!


宿主を人質にして、討伐者を屠った事などいくらでもある。

今回の様な場面など、数えれば腐るほど経験してきた。

だから、最後には宿主である咲耶も「やめて!助けて!」と懇願し、熾輝は何も出来なくなり死ぬであろうと予想していた。なのに……


「咲耶、信じて受け止めてくれ…」

「うん。信じてる。私は、何時いつだって―――」


その裏表のない。いつもの彼女の声を聴き、熾輝の拳が一層の輝きを放つ。


「ありがとう……」


そのたった一言。…熾輝は、身体の動きを封じられた咲耶を自分の間合いに治めると、腰高に拳を構える。


『絶対に守る。…守りたい。…キミを……全身全霊を掛けて』


本物が籠った拳が振り抜かれる。


「心源流…天破浄災てんぱじょうさい


物理現象を伴わない心撃の極致――

心を源に戦う心源流の奥義――


その領域へと熾輝を誘ったのは、奇しくもケリス本人であった。


彼女の目論見は、言葉で追い込むことによって、熾輝の動揺を誘い、仕留める事だった。

しかし、結果は、全くの逆効果…追い込まれた熾輝が最初に抱いたのは、確かな怒り…だが、怒りを埋め尽くす程に心は、咲耶をそんな目に遭わせてたまるかと言う強い一念の想いだった。


その瞬間、迷いは消え去り、雑念の無い、純粋な物が熾輝の中で湧き上がった。


故に、その拳に宿るは、熾輝の心そのもの。

咲耶を傷つけず、咲耶を守りたいという本物の想い。


しかし、この技は、宿主の心に活力を与え、宿主本人が邪を祓うための手助けを行う技だ。


その想いに応えるのは……


『――もう、アナタの好きにはさせない』

『ば、馬鹿な!さっきまで風前の灯だったハズだ!』

『きっとアナタには、判らない。私たちの絆は!』

『何が絆だ!忘れたか、あのガキはお前のせいで人を殺したんだぞ!それも何人も何人も!』

『判ってる。だから、私も償う』

『何を綺麗事をほざいている!お前を助けに来たせいで人を殺し、お前が刺したガキに、どんな顔をして懺悔するつもりだ――』

『それでも!私は、償い続ける!』


咲耶の精神を押さえつけようと、ケリスは必死になって罵声を浴びせる。

しかし、熾輝の想いを知った咲耶にケリスの言葉は軽すぎた。


『だから、今度は私が全身全霊を掛ける番!』

『や、やめろ!私を追い出すなああぁああ―――』

『私の中から出て行ってええええぇええええッ―――!!』


お互いの精神体がせめぎ合い、遂に、咲耶がケリスを追い出した。


「ば、馬鹿なぁ。人間ごときの精神力で、悪魔である私を退けるなんて!」


肉体から離れ、露わになるケリス本来の姿は、コウモリ型の羽、槍の様な尻尾、そして、妖艶な女体は、サキュバスを彷彿とさせた。


苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるケリスであったが、しかし、彼女の肉体は、ダメージを少しも負っていない。


それも当然だ。なにせ、ケリスは咲耶の精神に潜り込み、そして追い出されたにすぎないのだから。


熾輝が放った技は、物理的ダメージを一切負わさない精神的攻撃…心撃による。


「このクソガキどもおぉおッ」


キッ、と睨み付ける先には、樹縛封緘ミストルテインを解いて、咲耶を腕の中に治めた熾輝の姿があった。


咲耶は、ケリスとの激闘の末、精神力を使い果たして、疲れ切って眠っている。


「こうなったら、次こそ小娘の肉体を奪って、アンタを殺す!確実に殺す!」


精神力を使い果たした今ならば、確実に咲耶の身体を支配できると踏んだケリスは、再び咲耶へと憑りつきに行った。しかし……


「次なんかねぇよ……」

「ッ―――!!?」


突如として発現した光に、ケリスの警笛が鳴り響き、動きを止めると、全力で後退した。


吹き荒れる黄金の光が辺りを照らす!それは、魔を滅する破邪の光!


「お前は、…お前だけは、絶対に許さねぇ」


怒りが頂点に達したのが原因なのか、熾輝は自分でも信じられないくらいに口調が汚く変化していると自覚する。が、自覚してなお、それを直そうとは思ってもいない。


「…咲耶、もう少しだけ、待っていてくれ。直ぐに終わらせるから」


荒ぶる心とは裏腹に優しく、愛しむような光が咲耶を包み込む。


ここへ来て、熾輝は限界を1つ越えた。今まで、ゼロ距離でしか発現させられなかった波動の力を1段階上げて、他者へ波動の力を分け与える事に成功したのだ。


「楽に消滅できると思うなよ?」


そっと、咲耶を寝かせた熾輝は、両眼でケリスを見据えると、ミストルテインの形状を木刀へ変えた。


未だ鞘に収まった形状ではあるが、その間合いに入れば八つ裂きにされる事は必至である。


「ッ、調子に乗るなよクソガキイィッ!人間が悪魔に敵うと思っているのかあああぁああ!」


頭に血が上っているのか、そもそも悪魔に上る血があるのかは判らない。

しかし、激昂したケリスは、熾輝に【破邪の光】と言う邪悪なる者にとって最悪の力がある事を忘れて、飛び込んだ。


両手の爪が伸び、鋭利な刃物に変わる。

そして、悪魔の翼にる飛翔で、3次元からの攻撃を仕掛けたのだが……


「破――ッ!」

「ふぎゃああああぁあああッ――!!」


居合の間合いに入った直後、悪魔であるケリスをして反応出来ない剣速が彼女の両手を一刀両断した。


たまらず絶叫を上げるケリスは、切られた腕の痛みに加え、破邪の力によって、焼けるような痛みに襲われた。


ただ単に肉体の一部を破損したくらいなら、悪魔にとって、それ程の問題でもなければ、痛みもしない。


しかし、どうだろう。切り口からは、今まで味わった事のない痛み…例えるのなら、麻酔なしで歯をドリルで削られているような鋭い痛みが駆け巡っている。


「まだ終わりじゃあねぇぞ」

「ヒ、ヒィッ―――」


両腕を失ったケリスを、抹殺する勢いで睨み付ける。

その威圧にあてられ、残った足をジタバタさせて後退する。…が、腕を失っているため、バランスを取れず、惨めに這いずる事しか、今のケリスには、出来ない。


「ぎゃああああッ!!」


ズバッ、ズバッ、と両足を切り刻み、ケリスは、四肢を失った。


「あ、あああ、ああああ」


人に絶望を与えるハズの悪魔から苦痛と恐怖の嗚咽が漏れる。


「次は何処がいい?腹か?目玉か?」

「いや、いやよ!やめて!」


追い詰められたケリスは、遂に涙を流して懇願を始めた。しかし……


「腹か?目玉か?」

「ッ―――!!?」


聞く耳持たない。

今の熾輝は、ケリスを責め殺す事しか考えていない。


「も、もう許してえええぇえええッ!」


ケリスは、背に生やした翼を羽ばたかせると、空中に飛翔して、地上を一瞥する。

そこには、自分を睨む様にして見上げる少年の姿があった。


「は、はは…そうよね。人間は空を飛べないもの」


熾輝は、咲耶や遥斗の様に飛翔魔術は使えない。

可憐のように使徒の翼は生えていない。

燕の様に神の力で空を飛べない。


「これ以上は、付き合いきれない。対価も貰えないんじゃあ、契約は不成立よ!」


悪魔は、願いの対価として様々な物を要求する。

ただ、今回の対価は、咲耶の肉体という話であったが、それを得られないのであれば、ケリスに戦う義理は無いのだ。


「このまま、逃がしてもらうから―――ッ!?」


飛んでしまえば、熾輝はケリスを追う事が出来ない。

ようやく安心できる…微かな希望が悪魔である彼女の中に芽生えた直後、それは、無慈悲に踏みにじられた。


「結界…?うそ、でしょう――?」

「樹縛封緘――」


我が眼を疑っていたケリスの羽に植物のツタが絡みつき、その羽ばたきが封じられた。


「ッ―――!!!?」


落下の最中、彼女は思い出す。

先ほど、粉塵に紛れて放たれた4つの光。


建物の四方に散って行ったそれ等へ視線を向ければ、そこには黒地の札に血の様に赤黒い墨で描かれた呪文が描かれている。


――呪符?


その呪符からは、異質なエネルギーが出ている。


おそらくは、自然エネルギーを媒体に作られた呪符…


――まさか、仙術?こんなガキが?


在り得ないと思う。しかし、事実として、それは彼女の目の前にある。


確かに、呪符に使われているエネルギーは、自然エネルギーだ。

だが、これの作成は、熾輝1人による物ではなく、…というより、エネルギー以外は、全て紫苑の作品だ。


魔術を使う際、熾輝には多大な負荷がかかる。それを最小に抑え、尚且つ効力を上げるために開発した魔道具である。


ドサリッと、落ちたケリスを前に熾輝は、木刀の切先を突きつける。


「逃げられると思ったか?」

「は、ははは」


絶望に支配され、ケリスの表情が歪み、乾いた笑いが込み上げる。


「聞きたい事がある」

「な、なんですか?」

「…朱里の背後で糸を引いている連中について、お前が知っている事を全て教えろ」

「お、教えたら、見逃してくれますかあああぁああッ―――!!?」


媚び諂い、助かろうとすることを模索するケリスの片方の目にミストルテインが突き刺さった。


「舐めた事言ってんじゃあねぇぞ」

「あひゃっあひゃっあひゃひゃひゃひゃッ!」

「お前が素直に喋れば、これ以上、苦しまずに消滅できる。喋らなければ―――」

「話す!いえ、話させて下さい!聞いてください―――――」


そのあと、熾輝は、じっくりとケリスから尋問して、朱里の背後に居た組織についての情報を得た。


しかし、ケリスも悪魔としては、下級の部類。

知り得ている情報にも限りはある。が、熾輝が予想するには、十分すぎる情報であった。


「―――いいだろう。約束通り、お前を楽にしてやる」

「あ、アンタ…悪魔よりも悪魔らしいわ」

「生憎と、悪魔の子ディアボロスなんて呼ばれているからな」

「はは、そんな奴がどうして、破邪の力なんて持っているんだか」

「………」


それは、ただ単に本当の使い手の波動を模倣したに過ぎない…とは言わず、ケリスとの会話に辟易としていた熾輝は、全てを終わらせるため、破邪の光を纏わせた木刀を振り切った。


まるで、薄っぺらな紙を燃やした時みたいな燃焼反応。そして、残された灰は、僅かな風で消し飛ばされた。文字通り、塵も残さず完全にケリスという悪魔の存在を消滅させた。


「お待たせ。もう大丈夫だよ」


静まり返った倉庫内で、スヤスヤと安心しきった寝息を立てている少女を腕に抱き、その場を後にしようとした矢先…


「熾輝さまッ――!」


出入口の方から呼び止められた。


「…双刃」


視線を向ければ、何やら血相を変えた双刃の姿があり、心配そうな表情で熾輝を見ている。


「熾輝さま、咲耶殿は―――」

「心配ない。無事だ。傷一つ負っちゃいない」

「そ、そうですか。…ですが、その血は―――」

「あぁ、…敵と僕のだよ」


狼狽える様にして、熾輝と話す。

彼女の問い掛けに、1つ1つ返す熾輝ではあったが、その音声に覇気がない。


そして、熾輝に付着した血については、「やはり…」と、何故か納得と後悔が浮かぶ。


「では、熾輝さま一度、皆と合流を―――」

「来てくれて良かった。咲耶を頼む」

「え――?」


双刃の言葉を遮り、熾輝は、腕の中で眠る咲耶を、そっと預ける。


「まだ、やらなきゃいけない事があるんだ」

「お、お待ちください!近くにアリア殿と紫苑さまが待機しています。せめて2人と合流してからでも―――」

「悪いけどッ!」


落ち着いていたと思いきや、急に声を張り上げ、双刃に続きを語らせようとはしない。


おそらく、敢えてそうしているのだろう。


「これは、僕の戦いだ。僕がケリをつける」

「熾輝さま…」


何時もであれば、戦いに赴く主に対し、「御武運を」と激励を飛ばすのであるが、今回は、どうも風向きが違うと双刃は思っていた。


というのも、ここへ来る最中、彼女は見てしまった。

血の海と化した倉庫で、30人近い人間が絶命しているところを…しかも、全ての死体からは、首が切断されていた。


ヤったのは、十中八九、目の前の熾輝である。その事を確信しているため、敢えて問う事もしない。


「咲耶の事は、任せたよ」


そう言うと、熾輝は倉庫を後にした。

彼の背中を見ながら、双刃は止める事が出来なかった。


心では、何度も止めようとした。

しかし、声に出そうとして、結局は口から言葉が出なかったのだ。


去り際に見せた、熾輝の顔は、まるで、泣き笑いを浮かべている様な、…儚くも覚悟を決めている、その表情を前に、彼を止める言葉を持ち得なかった。



◇   ◇   ◇



「――おや、ヤられましたか」


人型の札がひとりでに破け、その様子を男は眺めながら呟く。

男の名は、宮崎文雄…邪悪の樹クリフォトの構成員であり、日本における代表である。


代表といっても、そもそも日本には、悪魔崇拝者自体が少なく、彼自身、抜きんでた存在と言う訳では無いのだ。


神災以降、日本の国力が弱ったため、その隙にクリフォトが振興をするため、支部を設けるという事になった。


故に、上に立つ存在として、宮崎が選ばれたのだ。


「つまり、少女諸共ということですか」

「心が痛みますか?」

「いいえ、…しかし、そうなってくると、あの城ケ崎朱里という少女も敗れたという事では?」

「ん~、大丈夫でした」

「と言うと?」

「見張らせている使い魔から、彼女はどうやら現場を離れていると…どうやら切札による副作用が強くて、体勢を整えている様子ですね」


宮崎の言葉に「あぁ、成程」と頷き返した真部は、チラリと時計の針を一瞥する。


「そろそろ定刻です。全国に散った構成員たちが動き出します…けど、本当に上手くいくでしょうか?」

「ふふふ、心配性ですね。ですが、大丈夫。今の日本に、我々を止めるだけの戦力は揃っていませんよ」

「フランス聖教が絡んでくるのでは?」

「それこそ、問題になりません。彼等は日本にとって部外者…介入は、国際問題に発展し、他国が黙っていませんから」


今回の作戦に余程の自身があるのか、宮崎はいつになく饒舌だ。


「今回の件が成功した暁には、私は晴れて日本支部長。彼方は私の右腕として十分に働いてもらいますよ?」

「私は、研究が出来るのなら、それで構いません」

「よろしい。では、作戦の第一段階を開始しますか…そうですねぇ、ここはオペレーション【グラジャラボラス】とでも銘打ちますか?」

「まんまじゃないですか。やめて下さい。そういう判りや過ぎる名前は、対策課に嗅ぎつけられた時に、狙いがバレてしまいますから」

「おや残念…では、―――」

「普通に【解放作戦】でいいじゃないですか」

「なるほど、…ではそれでいきましょう。」


宮崎と言う男、たまに恰好付けたがる癖があると、彼の人物評価を下降修正しつつ、真部は溜息を漏らす。


「では、各構成員に解放作戦の開始を通達してください。」

「…了解」

「さぁ、楽しい楽しいテロの始まりですよぉ♪」


これから始まる事に、宮崎は子供の様な無邪気な表情を浮かべ、それを見た真部は、悪魔崇拝者の考える事は、完全にタガが外れていると思うのであった―――。



◇   ◇   ◇



夕刻を迎えた街の空を分厚い雨雲が覆っている。


先ほどまで降っていた雨は、次第に弱まり、もうじき止むだろう。


熾輝は、疲れ果てた表情を浮かべながら目的地へと着実に近づいていた。


骨にヒビが入った箇所がズキズキと痛み、刺された腹からジワジワと血が滲み出ている。


応急処置で飲んだ増血剤のおかげで、貧血は収まっては、いるものの、やはり一度、傷口は縫った方が良い。


だが、時間が惜しい。公園を見つけると公衆トイレの中に入った熾輝は、腹に巻いた晒しを外し、傷の具合を確かめる。


内臓に傷は受けていないものの、激しく動いたせいで、出血が止まらない。


ジャケットの内側から巻物スクロールを取り出し、魔術によって治めていた最後の救急パックを出現させる。


ここからのやり方は、かなり荒っぽくなるが、そんな事は言っていられない。


消毒液が入ったボトルをドバドバと降りかけ、焼いたナイフを傷口に当てて、出血を止める。ついでに傷口は、血の凝固作用で塞がるといった寸法だ。


だが、やはり激しい痛みが伴うやり方のため、治療を終えた熾輝の額からは、嫌な汗が滲み出ている。


最後に新しいサラシを胴に巻くと、公園を後にした。


治療のおかげで、だいぶマシになったのか、先ほどよりも歩調は軽くなったように思える。


朱里が待つであろう場所まで、あと少しの所まで辿り付いていた熾輝は、次第に殺意を膨らませていた。と、同時に後悔の念に駆られる。


――どこで間違えた?


城ケ崎朱里という少女がこの街に来た時点で、怪しいと思っていた。


――どうすれば良かった?


彼女が刺客である可能性は、十分に考えられたハズだ。


――もっと早くに対応していれば良かったのか?


対応とは、…確信を得た時点で殺しておけば良かったのであろうか。

しかし、熾輝はそうしなかった。朱里の力量を計り、敢えて見逃してきた。


――なぜ、そうしなかった?


望んでしまったから。

きっと朱里は、刺客じゃない。自分の考えすぎだ。


――なら調べる事も出来たハズだ。


願ってしまったから。

きっと咲耶達と一緒に友達になれると。

そうしなかったのは、彼女が刺客であるという証拠が揃ってしまうと恐れた。


――なんで、友達になれると思った?


求めてしまったから。

この街に来て、自分を受け入れてくれた人たちと一緒に暮らす未来を…


「そんなのは、妄想だった」


自分は、何を考えていたんだ。

在り得ない未来を渇望してしまった。


「反吐がでる」


己のバカさ加減に呆れたからなのか、それとも自棄になってしまったからなのか。熾輝の顔は口惜しさとやるせない気持ちで、歪んでいた。


――もう、これ以上は、巻き込まない


大切な者が自分のせいで傷ついた。

その事実だけで、胸が引き裂かれるような想いが込み上げる。

例え、この先、彼女たちと決別する結果になったとしても、熾輝の覚悟は揺るがない。


「望むなッ、願うなッ、求めるなッ――」


己の全てを投げ打ってでも、彼女たちだけは守る。

自分という存在を考えに入れるな。


きっと、そんな覚悟の上に、今の熾輝は在るのだろう。だからこそ…




「――意外と速かったのね」


校門を潜って、校舎の出入口前に佇む朱里を呪詛の篭った目で睨み付ける。


「良い顔するようになったじゃん」


今の熾輝の表情を、さぞかし気に入ったのか。

口元を吊り上げて、朱里は薄く笑った。


「無駄話は、沢山だ。…早くろう」

「ええ。こっちも、待ちくたびれたわ。…あれから7年、長かったわ」


魔力とオーラが膨れ上がっていく。

お互いに、いつでもトリガーを弾けば、それが殺し合いの合図になる。


「「殺してやる!朱里・熾輝ッ――!!」」


母の復讐・友を傷つけられた復讐――


互いが持つ、復讐の火蓋が切って落とされた―――



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