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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
202/295

ケリス

「グ、……ぁ」


腹部に突き刺さった刃物が否応なしに激痛を伝え、ドクドクと流れ出る血液の量が尋常でない事を物語るように、顔から血の気が引いていく。

血液を大量に失い、手足に力が入らない。


「くはッ、あはははは!油断したわね!」


堪えきれなくなった様に朱里は、盛大に笑い出す。その表情は、引き攣ったように顔を歪めており、およそ熾輝の知る彼女とは縁遠い物と化していた。


「何でって顔ね!何で咲耶が自分を刺したのか理解できないんでしょう!」

「…なにを、した――?」


熾輝には判らなかった。何故咲耶が自分を刺したのか。もしかしたら何らかの精神魔術を使われたのかもしれないと頭を過った。しかし、熾輝が知る限り、城ケ崎朱里の魔術特性から考えても精神に干渉する魔術は、使えないハズだと。

何よりも、もしも魔術による影響であったとしたら自身の感知能力で気が付かないハズが無いのだ。


「ふふ、いいわ。教えて上げる」


そう言って、朱里はポケットから小さな小瓶を取り出した。

一見して、ただの古びた小瓶だが、そこからは、何かが入っていたであろう残滓が微かに感じ取れる。


「ケリスっていう悪魔を知っているかしら――?」

「ケ、リス…精神を乗っ取ると、言われる……まさかッ――!?」

「へぇ、知ってるのね」


感心したようにヒューと、まるで馬鹿にするかのように口笛を吹きつつ、朱里は続ける。


「そのまさかよ。咲耶にケリスを憑かせたわ」

「朱里、…自分が何をしたか判っているのか――ッ!!?」


苦痛に歪んだ表情のまま、顔を上げて睨み付ける。と、その時、先ほどから無言のまま熾輝を見下ろしていた咲耶…ではなくケリスが腹部めがけて蹴りを放つ。


「――ッ!!!」


絶叫にも似た音声が響き渡る。

幸い、蹴りの初動を察し、自ら後ろへ体重移動をした事から大きなダメージを負う事は無かったが、それでもかなりの激痛が襲ったの事は言うまでも無いだろう。


「ちょっと~。いい加減お喋りは、やめて私にヤらせてよぉ」


そう言ったのは、咲耶の身体を乗っ取ったケリスだ。


「せっかく久しぶりに若い女の身体を手に入れたのに、おあずけなんて御免よ――?」

「…もうちょっと待ってなさいよ。こっちだって色々と言ってやりたい事があるの――」

「え~、でもぉ。アナタもそろそろキツいでしょう?」


ケリスの言葉に朱里は、ピクリと眉を僅かに動かす。

激痛によって視界が霞む中で、熾輝はそれを捉えた。注意深く見れば朱里の額には薄らと脂汗が滲み、顔色も若干青ざめて見える。…が、今の熾輝にそれ以上彼女を観察する余裕はない。


「余計な事を言わなくていいわ。アンタは自分の役割を果たしなさいよ」

「は~い。まぁ、契約だから仕方ないけどぉ…って、逃げるつもり――?」


お喋りをしている隙に、熾輝は地面を這いながら移動をしていた。


「あははッ!無様ね!アンタ、私にここまで、いいようにやられるとは思ってもみなかったんでしょうッ―――!?」

「おっとッ――」


逃げる様にして廃材の陰に身体を入れる熾輝に対し、嘲笑うような罵倒を浴びせる朱里だったが、言い終えるより前に視界がグラつき、貧血を起こしたように倒れかかるが、それを察し、ケリスが支えた。


「いい加減限界でしょう?あとは私のお楽しみタイム…そういう契約でしょう」

「わかって、いるわ」


ふらふらと身体を揺らしながら、朱里は何とか自分の足でたっている状態だ。

そして、物陰に隠れている熾輝にをキッと睨み付けると…


「熾輝…いえ、悪魔の子ディアボロス!これは罰よ!アンタたち親子に対する罰!大切な者を奪われた私たちの復讐!私たちの苦しみの、ほんの少しでもアンタは味遭わなきゃならない!だから苦しめ!苦しんで苦しんで苦しんで!そして絶望しながら死ねっ!」


まるで呪いの篭ったような絶叫が響く。


「咲耶はアンタのせいで悪魔に憑かれたのよ!助けられるなんて思わない事ね!ケリスは、ただ憑依した訳じゃあないわ!悪魔ケリス能力チカラは単なる精神操作じゃあない!精神支配よ!それがどういう意味か、アンタならわかるハズ!」


そこまで一気に言い終えて、ゼェゼェと肩で息をする。


「もしも、助かりたいのなら咲耶を殺しなさい。それが嫌ならアンタが死になさい」


息を整えつつ、先ほどとは打って変わって、静かに語り掛ける。

しかし、音声に乗せている物は黒く、言葉は陰湿だ。


「出来れば、私がアンタを直接殺してやりたい。だからこれはお願いよ。……大切な者を殺したアンタの絶望する顔を私に見せて」


物陰に隠れた熾輝からは、朱里の顔は窺えない。しかし、彼女からの音声には、何とも言えない憎しみが籠っていた事だけは理解出来た。


「もしも、咲耶を殺して追ってくるのなら、学校で待っていてあげるわ」


そう言い残し、朱里は去って行った―――。


「さぁて、じゃあ私たちも始めましょうか。休憩の時間はお終いよ」


身を隠し、廃材の陰で様子を窺っていた熾輝に対し、ケリスは魔法式を展開し、魔力弾を放った。


野球ボールくらいの大きさの魔力弾が廃材を吹き飛ばし、熾輝は半ば強制的に姿を晒すことになった。


「あはは、ちゃんと生きているね。しかも、あの短い時間で応急処置も済ませていたの?意外と抜かりないね」


物陰から出てきた熾輝の腹からは、既にナイフが抜かれ、さらしのような布が胴回りに巻かれている。


「師匠の1人が魔術医だからね。昔から応急キットは、身に付けておくように言われているんだ」


軽口を叩いて冷静を装う。しかし、内心ではこの状況を如何にして打破するかという事で頭がいっぱいだ。


更に、先ほど刺された腹部の傷が塞がっている訳ではない。晒しをキツく巻き付けているだけの粗末な物となっている。失った血液は、増血剤と飲料水で幾分か、マシにはなったが、それでも身体の動きは鈍いまま。


贅沢を言うのなら、傷口を縫合したかったと言うのが正直なところ。ただ、運が良かったのは、ケリスに刺される直前の危機的な直感が働いたおかげで、呼吸と腹筋操作により内臓を肋骨の内側まで押し上げ、内臓を傷つけなくて済んだことだろう。


「へぇ、その師匠さんも、随分と過保護だよね」

「…あぁ、感謝しているよ」


会話を出来るだけ引き延ばし、打開策を練る。今の熾輝には、それくらいしか出来る事がない。


何故なら、熾輝の知覚能力を駆使してすら、ケリスの存在を掴むことが出来ないのだ。


もしも、咲耶が単に悪魔に憑依されただけならば、ケリスという存在が発する波動と相反する波動をぶつけて、咲耶の身体から追い出す事が出来る。

これは以前、ハーミットの魔導書を捕獲する際に実証済みだ。


だが、それが出来ない。種は判らないが、ケリスは、何らかの方法でその存在を隠していると熾輝は踏んでいる。


故に、何か突破口が無いかと、ケリスの一挙手一投足、それこそ内側も余すことなく観察を続ける。


「もぅ、そんな眼で見ちゃいやだよぉ」


まるで、咲耶本人が言っていると思わせるような、声音と雰囲気で喋るケリスに対し、熾輝の心が大きくざわつく。

そんな心境を見て取ったのか、ケリスは「あは♡」と心底楽しそうに微笑む。


「ねぇ熾輝くん。キミの知っている咲耶ちゃんは、もう居ないの。だから、一緒に楽しまない?」

「…楽しむ?」

「そうだよ。どうせ殺されるのなら、最後くらい楽しみたいでしょう?」

「言っている意味が判らないな」


本当は理解している。

ケリスという悪魔は、女の肉体を乗っ取り、男の生気を喰らう悪魔だ。故にそれがどういう意味かなんて、熾輝には判っている。


「男と女がいて、楽しむ事なんて1つしか無いでしょう?」


悪戯っぽく、そして妖艶に自らの身体を指でなぞって魅せる。


―――やめろ


スカートをゆっくりとめくり上げて、太ももをチラつかせる。


―――やめろ


男の劣情を誘うような動き、ケリスは女の身体の使い方、男の性という物を知り尽くした悪魔だ。

だから、誘惑などお手の物……ただ、それが通じるかは相手による。


「肉体的には、私も初めての経験になるけど、ちゃんとリードしてあげる――」

「やめろ…」


深く、静かな怒りがケリスに向けられる。


「咲耶の声で喋るな。…咲耶の身体を弄ぶな。…咲耶の気持ちを踏みにじるな」


空気が震えるかの如く、熾輝の肉体からオーラが放出され、黄金の輝きを放つ。


「…イヤなオーラ。私たち悪魔が嫌う精霊と同じくらい気持ち悪い力を感じるわ」


纏うオーラは、破邪の波動を内包した力。

彼女のパートナーの力が宿った圧倒的な降魔の光。


邪悪なる存在を問答無用で消滅させる黄金の光を纏い、一直線に駆け出す。

そして、黄金の光が右手に集まり、魔を祓う一撃となる。


「破邪拳聖ッ!」


突き出される拳…その握りを解き、掌底を繰り出す。しかし、咲耶の肉体にダメージを与えないよう、触れる程度に力を留める。


邪悪殺しが咲耶の身体を駆け巡り、周囲を黄金の粒子が巻き散る。


「………し、き、くん」

「咲ッ―――!?」


眼前に描かれたトーラの魔法陣から炎が放たれ、それを紙一重で躱すと、後ろへ跳躍する事で距離をとった。が、熾輝の表情は驚愕に染まったまま固まっている。


「降魔の波動が効かない――?」

「どうしたの熾輝くん。何を不思議そうな顔をしているの?」


固まったままの反応を面白そうに見つめ、ケリスが問いかける。


今、熾輝が放った技は、邪悪なる存在…つまりは悪魔や悪霊といった類の存在を問答無用で消滅させる降魔の光、その波動を模倣した技だ。

故に、相手がどんな手品を使って存在を隠し咲耶の肉体を支配して居ようと、お構いなしに消滅できる…ハズだった。


「あ、もしかして、今の光で私を倒せるとか思っちゃった?」

「………」

「だめだめ。今の私…つまり悪魔ケリスは、精神の中に要るんだから。さっきみたいな悪霊を倒すだけの技、…光を当てるだけの物理的な作用は受けないよ?」

精神体アストラルボディーを支配している、のか?」


ケリスは、「そうだよ」と頷き返し、熾輝の表情がより一層険しさを増した。


人間を構成する体は3つある。

肉体マテリアルボディー】【精神体アストラルボディー】【霊体スピリチュアルボディー】だ。

全てが読んで字の如くであり、憑く・憑依と言った状態は、通常、肉体マテリアルボディーに降り、精神は休眠状態となる。

憑依状態が長く続けば、精神が汚染される事はあるが、除霊を行えば回復することも可能だ。


だがしかし、今回の悪魔ケリスの場合、憑依といった、通常考えられる悪霊とは一線を画す。


今回、熾輝が放ったような技は、物理的エネルギー…つまり肉体マテリアルボディーに作用するもの。これが通常の憑依状態であれば、事足りるだろうが、敵は精神体アストラルボディーに潜っている。


しかも、朱里の説明によるとケリスは、咲耶の精神を【支配】していると述べたのだ。

であるのなら、今現在、ケリスと咲耶は1つの存在として成り立っているに等しいことになる。故に…


「さぁ、どうするの?このまま殺されちゃう?それとも私を殺してあの子を追う?」

「………」

「また黙んまり?」


返す言葉が見当たらない。というよりも、混乱のせいで上手く頭が働いていないのだ。


――どうするッ!


精神体への対処法が無い訳ではない。


――けど、魔術は使えないッ!


魔術にも精神魔法という分野があるように、魔術によって精神に干渉する事は可能だ。

だが、そもそも、そんな力があるのなら、こんなにも悩みはしない。熾輝は己の無才を恨みつつ、次の考えを巡らせる。


――専門の能力者…刹那へ応援を求めるか?


精神に作用する能力は存在する。

だが、そんな能力者、日本でも数えられる程しか存在せず、尚且つ、精神に憑りついた悪霊を祓う能力者が要るのかも怪しい。


刹那にしてもそうだ。

彼女の場合、精神への干渉ではなく、脳…記憶領域への干渉である。

この能力は、記憶と共に性格や思考に至るまで書き換える事が可能なのだが、今回はお門違いも良いところだ。


――どうすれば…


「どうすればいいんだよ…」


心の声がそのまま口に出た。


守りたい者が目の前に居るのに、その手段が、力がない。


「とりあえず、諦めたらいいんじゃないかな?」

「……それだけは、絶対にできない」


まるで、暗闇の中、彷徨うように手を伸ばし、何かを求める。途方もない…故に、その言葉に力は感じられなかった。


「焦らされるだけ焦らされても、女の子は喜ばないよ?」

「………」

「やっぱりタイミング毎に、ちょっとした刺激が欲しくなるものなんだよ」

「…どういう意味だ――?」

「可憐ちゃんと燕ちゃん」


不快と感じるケリスの言動に、しかし、熾輝はピクリと反応を示す。

その様子が面白いのか、邪悪な微笑みを向けて続ける。


「今頃、わるぅい、おじさん達が2人を襲っているんじゃないかなぁ――?」


そう言ったケリスの言葉は、熾輝が予期していた通りの物だった。

故に、あらかじめ予想して然るべき事について、ここで動じる熾輝ではない。


「あまり驚かないんだね?もしかして予想していたの?」

「…咲耶を人質に取られた時点で、他の2人に何かしらのアプローチがあるかもと思うのは当然だろう」

「へぇ、それでサクヤの方を選んだって事は、2人を見捨てたって事かな――?」

「………?」


と、ここで熾輝は、ケリスの言動に違和感の様な物を覚えた。


だが、考えるよりも先に、ケリスによる攻撃が熾輝を襲う…。


ところかまわず魔法陣が浮かび上がり、熾輝へと殺到。間近にせまるそれらを躱すため、地を蹴り、壁を踏み、空中で身をよじる事で緊急回避を行う。


「すごい、すごい!まだそんなに動けるんだ!」

「ッ――!!」


応急処置をした傷口から血が滲み出て、激痛が身体中を駆け巡る。

叫びたくなる痛みに奥歯を噛みしめ堪えながら攻撃を避け続ける。


「それにしても、朱里ちゃんも馬鹿だよね。自分が騙されているって、まるで気が付いていない」

「どういう意味だ…」


連続的な攻撃に晒されながら、それでも必死で避け続ける熾輝に、ケリスは楽し気に喋り始める。


「あれ、判らない?そもそも、朱里ちゃん1人でこんな大掛かりな事が出来ると思う?」

「…僕を狙う刺客たちの協力があったんだろう?」


それは、熾輝が考慮していた案件だ。城ケ崎朱里という少女がこの街にやって来るに当たって、衣食住やその他の事柄を子供1人で、どうこう出来るハズがない。

であるならば、ここに来る前に戦った連中が協力者と考えるのが妥当だ。しかし、…


「ぶぶー、ハズレ。あの人たちもただ利用されていただけですぅ」

「どういう意味だッ――!!?」


喋りながらもケリスは、攻撃の手を緩める事はしない。むしろ、段々と威力を上げてきている。


――まずいッ、これ以上は、躱しきれなくなる。


腹部の負傷に伴い、出血による血液不足で普段のパフォーマンスを発揮できない熾輝の動きは、次第に鈍く、そして息が上がりはじめ、段々と攻撃を躱しきれなくなっている。


そんな事はお構いなしにケリスの猛攻とお喋りは続く。


「元々、ある組織が朱里ちゃんに目を付けて、利用するために、あの連中を脱獄させたんだよね」

「なッ、いったい何処の組織が……」


ケリスからの情報を整理するまでもなく、直感的に熾輝は1つの可能性を導き出す。


ケリスという悪魔の使役。ここ最近に起きた銀行強盗事件。


「悪魔崇拝組織か…」


ボソリと呟いた熾輝の答えに「ピンポンピンポン!大正解!」と拍手を鳴らす。


「実は、朱里ちゃんって自称天才じゃなくて、本物の天才なの。何でかって言うと、国際魔術解析Ⅰ種を最年少で取得しているんだよね」


その事実に、熾輝は僅かな驚きを覚える。

件の資格を取得している者は、世界広しといえど、数えられる程しか存在しない。それ程に難関な刺客だという事と、天才と呼ばれる者しか取得しえないという事なのだ。


だがしかし、それと組織が朱里を利用する意味が判らない。


「組織はね、朱里ちゃんの知識を利用して、とある封印を解除させようとしているんだ。だから、協力する代わりの見返りとして、熾輝くんを殺す手伝いをしているの」

「…差し詰め、僕は朱里を利用するための餌ってところか――?」

「えへへ、察しがいいね。でもね、朱里ちゃんは熾輝くんを狙う片手間で、封印式の全てを解析し終えているの。だから、本来あの子は、もう用済みなんだ」

「判らないな。用済みなら、なんでこんな下らない事の手助けをする――?」

「う~ん、欲が出たからかな…あッ、まだ元気だね。じゃあこれならどう?」

「ッッ――!!」


お喋りの最中、攻撃を避ける熾輝に、まだまだ余裕があると感じた朱里は、更に攻撃の手を厳しくする。


今まで、狙い撃つように放っていた攻撃の幅が広がり、より避けずらい攻撃に変わる。

点ではなく、範囲攻撃に切り替えたのだ…


「え~っと、どこまで話したっけ?」

「ッ――!」

「あぁ、そうそう。朱里ちゃんの手伝いをする理由だよね。つまりは、全部終わったら、組織に引き入れようとしているんだよね。恩を売っても良いし、許されないっていう罪の意識から堕としてもいい。…つまりは、組織にとってどっちに転んでも旨味があるってことだよ。それほどに彼等は、朱里ちゃんの能力を買っているんだよ…とッ――!」


そこまで喋り終えて、遂に避けきれない程の突風が工場内で荒れ狂い、熾輝の身体を簡単に吹き飛ばす。

背中から壁に打ち付けられ、肺の中の酸素を一気に吐き出すと、ズルズルと地面へと落ちていった。

壁には、血糊がベットリと付き、まるで、出血量が危険域に達しているのだと物語っている様だ。


「あは♡、お疲れ様、熾輝くん。もう動けないよね?動けたとしても何も出来ないんじゃないかな?かな?」

「グッ……」


これまで散々、重症な怪我の状態で、無茶な動きを強いられたツケが回ってきたのか、立ち上がろうにも膝が笑っているかのようにガクガクと震え、力が入らない。


だが、心はまだ折れていない。そう言っているかのように、熾輝は懐から1つの種を取り出すと、オーラを込める。


「おおっ、何それすごい!植物を成長させた!それが熾輝くんの能力――?」

「………」


まるで手品を見せられているかのように、ケリスは驚きの声を上げる。だが、その声色は驚愕ではなく、愉快な方のものだ。


「でもまぁ、本当に何もできないみたいだね」


戦う姿勢を見せられて、そんな事を言うケリス……なぜなら、ミストルテインを顕現させた熾輝は、構えるでなく、切先を地面に付きたてて身体を支えるために利用しているのだ。

もはや自力で立つ事すらままならないと語っているに等しい。


「もうちょっと遊んでいたかったけど残念だよ。でも安心して、お友達も今頃は、天国で熾輝くんを待っているから」


そう言ったケリスの指先から魔力光が灯り、陣を空に描いていく。


描かれたのはトーラの魔法陣。熾輝が咲耶に教えた中で最も原始的で簡単な術だ。俗に簡易式と呼ばれる代物。しかし、この簡易式は術者の魔法力に左右される物であり、彼女が手加減抜きで放てば、おそらく熾輝は灰すら残さずにこの世から消滅するだろう。


「バイバイ、熾輝くん。みんなに宜しくッ―――!?」


莫大な魔力が注がれ、消滅の炎が放たれるかに思われたその時…


『に、げ…て――』


声が聞こえた。

それは、気のせいではない。

確かに聞こえたのだ。

その声に導かれるように、熾輝は見た…涙で頬を濡らし、心が張り裂けそうな程に顔を歪めている彼女、結城咲耶を…


「チッ、まだ抗うの?本当にしつこいッ!」

『だ、め…や、め、て……ィヤぁ…』

「いい加減、引っ込め!」


まるで1人劇を見せられているかの様…しかし、熾輝には判った。

咲耶の心は、まだケリスの支配に抗っているのだと。


『し、き…くん……行って、みん、なを……たす、けて……』

「咲ッ―――」

「もう遅い!アンタのお友達は、とっくに組織の人間が始末している!抗ったところで、アタシの支配には、これ以上、抗えないのよッ!」

『っ………――――』


胸の内に居るハズの咲耶を、まるで封殺するかのように、ケリスは悪魔としての能力だろうか、黒い力を収束させるよう、その身に放った。


それが最後となり、それ以上、咲耶の人格が表に出てくることは無くなった。


「ハァ、ハァ……なんて強情な娘なの。こんなに抗った人間は、始めてよ―――」


――大丈夫だよ。咲耶…


「は?何か言った――?」


それは、本当に熾輝の口から出た音なのか、聞いていたケリスにも認識するには難しい…ともすれば、心の奥底に響いてきたとすら思える声だった。


「僕の…僕達の仲間を舐めるな」


そこには、ただ仲間に対して信頼する友の顔があった―――。



◇   ◇   ◇



時間は少し遡り、法隆神社の境内


アリアの目の前で、燕の背後から近づいた男が、懐から出したナイフを振り上げ、躊躇なく振り下ろした。


声にならない声を上げて、必死に叫ぶアリアの前で、血飛沫ちしぶきが舞う…


「ッ――!」


苦悶の声が上がり、ドサリと地面に倒れる体…しかし、それは、か弱き少女の物ではなく、苦しみ喘ぐ男の物だった。


「やれやれ、神聖な神社で刃傷沙汰とは、穏やかでは、ないな」


そこには、清廉にして堅実な法隆神社の神使、コマの姿があった。


「コマッ!」

「え?え?」


ナイフを持った男の腕を捻り上げ、地面に組み伏せるコマを見て、アリアは、安堵の想いと共に彼の名を呼ぶ。

そして、当の燕はと言うと、何が起こっているのか判らないと言った表情で、コマと自分が接客していたハズの男性を交互に見ている。


「き、貴様ッ、何をする――!」

「それは、こちらの台詞だ。よもや言い逃れ出来ると思うなよ――?」


組み伏せられた男は、顔だけ自分を組み伏せているコマへと向け、睨み付ける。

対するコマは、燕を傷付けようとした怨敵を許すつもりなど微塵も無いのか、関節を極めていた腕をギリギリと捻り上げて威圧を放つ。


「ぐああぁああッ!!」

「ちっ、…おいッ!やめろ―――!?」

『お嬢に手を出したのは、お前達かあああぁあああッ!!!』


コマに掴みかかろうとしていた男から「ヒィッ」という声が漏れる。

彼の目の前には、いつの間に現れたのか、双頭の大犬おおいぬアギトを開けて喰らい付く寸前だ。


まるで、地獄の番犬でも見ているかのような光景に、男は腰を抜かして後退る。


「な、何なんだ!お前たちは!こんな連中が居るなんて聞いていないぞ!」

「ほう、いったい誰の差し金だ――?」


思わず口を滑らせてしまった男は、ハッとして両手で口を押える。


コマと右京左京が襲撃を仕掛けて来た男2人を相手にしている最中、未だ状況が呑み込めていない燕の手をアリアが取り、周りへの警戒を始めた。


「あ、アリアさん。いったい何が起きているの?」

「私にも判らない。でも、ちょっと…いいえ、かなり状況がおかしいわ――!」

「それは、わたくしから説明します」


混乱する2人の元へ式神童女…双刃が現れた。


「「双刃・ちゃん!?」」


ハモりながら後ろを振り向いた2人の無事を確認して、双刃は、ホッと胸を撫で下ろしつつ、神使達に拘束されている男達へと視線を向ける。そして…


「緊急事態故、完結に申し上げます。……咲耶殿が城ケ崎朱里に拉致されました」

「「ッ――!!?」」


混乱する彼女らは、双刃の言葉に理解が追いつかない。


「ど、どういうことよ!咲耶が、なんで!?」


焦った様に双刃につめよるアリア。その表情に怯えと焦りが浮かび上がる。


「…城ケ崎朱里は熾輝さまを狙った刺客だったのです」

「「ッ――!?」」

「咲耶殿は、熾輝さまをおびき出す…あるいは人質として利用された模様。現在、熾輝さまが単身で救出に向かっています」


事のあらましを掻い摘んで説明する双刃は、知りうる限りの情報を伝え、出来る限りの混乱を避けたかった。しかし、判っている事実といえば、その程度の事で、逆に混乱を招いてしまう結果になると思われたが…


「状況は、理解した。それで、このあと、どう動くつもりだ――?」


拘束した襲撃者の1人を引っ張ってきたコマは、今起きている出来事を冷静に把握し、今後の方針を問う。


「できれば、城ケ崎朱里の背後関係を尋問したいのですが…」


スッと鋭い目つきを2人の襲撃者へ向ける。尋問とオブラートに包んでいたが、実際は拷問も視野に入れていた。しかし、ここは神聖な神社、なにより年端もいかない燕の前で、その様な行いが出来るハズがない。


「ふむ、…だが、直ぐに口を割る様な連中でもないだろう」


双刃の意図を察してなのか、遠回りに「ここで尋問はするなよ?」と釘を刺す。


「…ですね。ならば、ここは一旦お任せしてもッ――!!?」


現状、襲撃者の捕縛に成功した事から、燕に対する脅威は去ったと判断した矢先、地響きが鳴り、神社が大きく揺れた。


「ツバメ、伏せて!」

「今度は、なに!?」


アリアが燕に覆いかぶさるようにして守り、周りの状況を確認するが、どうやら建物が倒壊する様な事は、無さそうだと安心したのも束の間、拘束していた2人が笑いを堪えているのか、クツクツと肩を震わせている。


「貴様ら、何をした!」

「ククク、ここは、もう駄目だ」

「なに?」


嘲るような笑いを浮かべ、男は続ける。


「そこの小娘を狙ったのは、ついでだ。本当の狙いは、この地の龍脈にある!」

「龍脈だと……まさかッ!」


男の言葉を聞いて、双刃は大地に手をかざした。

すると、大地の奥底から不穏な物が溢れ出してくる気配を感じ取る。


「コマ殿、瘴気が地下深くにまで達しております。このままではッ――」


それは、突然だった。

突如、大地が隆起したかと思えば、そこからドス黒いエネルギーが噴出し始めたのだ。


「こやつ等、やってくれた!霊災を人為的に引き起こした!」

「はははッ!見たか!これが悪魔の力!力のない俺達でも、こんな大それた事をいともたやすく出来るようになる!これで、この地もお終いッ―――」


男の声は、まるでブレーカーを強制的に落とす様にして止まった。


「喚くな…」


見れば、男の鳩尾に拳を落したコマが彼の意識を奪っていた。

次いで、右京左京も巨大な足を、もう1人の男に叩きつけ、同じく意識を奪う。


「どどど、どうしようコマさん!このままじゃけがれが街に流れ込んじゃう!」

「つ、燕、落ち着いて!」


アワアワと取り乱す燕を落ち着かせようと試みる。が、そんなアリアも次々に変化する状況に浮き足立っている始末だ。


「落ち着け、お嬢。今は、穢れが街へ流れ出る事を防ぐのだ」

『お嬢ならできる』

「ッ、……わかった。やってみる!」


自分が今、何をすべきなのか、その答えを得た事により、落ち着きを取り戻した燕は、「ふぅ…」と、1つ深呼吸をすると、瞑想を始めた。


―――真白様、お願い、…力を貸してッ!


瞬間、彼女の身体にスゥ…っと、清らかな光が入り込んだ。そして…


『この地を守護する者、真白ノ神が命じる…聖域よその門を閉ざし、邪気を塞き止めよ!』


燕の身体に降臨した真白様の祝詞と共に、境内に結界が張られる。

結界と言っても、外敵から守るための物ではなく、あくまでも境内に発生した穢れを外に出さないための、言わば蓋だ。


『――フウウウゥゥッ』と息を吐く動作に合わせて腕を斜めに振り下ろすと、先ほどまで噴き出していた瘴気が大地へと抑え込まれていく。しかし…


ピシリッ!


と、神社を覆う結界に亀裂が走る。


「真白様ッ――!」

『龍脈が荒れ狂っています。今の私の力では、抑えるのが精一杯…浄化までは手が回りません。このままでは…』

「奴等、悪魔の力と言っておりました。もしかして、使役している悪魔がまだ龍脈の中に要るのでは…」

『いえ、悪魔は龍脈を暴走させたと同時に消失しました。どうやら、自らを贄にして、この状況を造り上げた様です』


真白様の言葉を聞いて、その場に緊張が走る。

現在、真白様は、結界の維持と放出する瘴気の抑え込み、…加えて浄化を試みているが、龍脈の暴走が予想よりも激し過ぎて、3つを同時に行うのは、難しいと語る。


「ならば、アリア殿の降魔ごうまの光ならば、穢れを浄化できるのでは――?」

「…できる、けど、この場に魔力を扱える人間が居ないでしょ。私の力は、杖の状態になって初めて発現出来る力なの――」


方法はある…しかし、それを実行できる使い手が居ないと説明するアリアは、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。


もしも、ここに咲耶が居れば、問答無用で穢れを祓う事が出来たのだ。

だが、彼女は囚われの身…今現在、彼女たちが持ちうる手札では役不足なのだ。

打つ手なし、と誰もが思ったそのとき…


――それは、私がやるわ


神社の鳥居を潜る様にしてやって来た1人の少女…


「紫苑、さま――?」

「やっほー。双刃、困っている様ね」


長い髪を掻き揚げて、不敵な笑みを浮かべる少女…煌坂紫苑が現れた。


「なぜ、ここに――?」

「いやいや、何でも何も、私も待ち合わせしていたでしょう?」


疑問を口にする双刃の言葉に被せて、突っ込みを入れる紫苑に対し、「あ、」と約束を思い出したかのような表情を浮かべる。


「それで、助けが必要なの?必要じゃあないの?」

「ッ、お願い致します!我等だけでは、手に余るのです!」

「りょ~かい!」


ピシっと小悪魔風に敬礼をした紫苑は、軽い足取りでアリアの前へやってくると、おもむろに手を差し出した。


「アナタの力なら、この穢れを祓えるって本当?」

「え、ええ。…だけど、コレだけの穢れ。並の魔力量じゃあ払いきれるかどうか―――」

「舐めないでよね?」


アリアの言葉を制して、紫苑は侮るなと口にする。

その声には、驕りなど一切なく、その瞳に浮かぶのは、絶対的な自信があるだけだった。


その満ち溢れる自信を目にして、アリアは「フッ、」と口元を緩めると、紫苑と握手を交わし、そして…


空間を埋め尽くさんばかりの光が溢れ、彼女の人としてのフォルムが杖へと変化を遂げていく。


「インテリジェンスウエポン…実物を見るのは始めてね」

「紫苑さま!お急ぎください!」

「オッケー、オッケー♪えっと…燕ちゃんだっけ?」

『は、はいっ!』

「アナタは結界の維持に力を注いで頂戴」

『わかりました!』


降臨していた真白様の意識から横入りする様にして、燕の意識が表層に顔をだすと、ハキハキとした返事を返す。


「良い返事ね。お姉さん、そういう元気な子が好きよ」

『ええッ――!?』


緊迫する状況は、何処へ行った?と思いたくなるのだが、この状況下において、紫苑には軽口を叩くだけの余裕があるという事を全員が認識していた。


「それで、私は何をすればいいの?」

『魔力を私に注いで!それだけで良いから!』

「それだけ?…なんか、もうちょっと見せ場が欲しい所なんですけど――?」

『冗談はもういいから!さっきも言ったけど、並の魔力量じゃあこの穢れは払いきれないからね!』


杖の状態ではあるが、内心で呆れた表情を浮かべているアリアに対し、「わかってるって」と飄々と答える紫苑。

であったが、その表情が急にキリッとしまる。


「それじゃあ、好きなだけ持って行きなさい!」


言って、膨大な魔力が紫苑から迸ると、アリアへと注がれる!


『ッ――、この出力、…半端ないわね。でもこれなら!』


一瞬で、荒れ狂う穢れを祓えるだけの魔力が注がれたと確信したアリアは、『ツバメッ――!』と今も1人で龍脈の対処を行っていた少女へ合図を送る。


そして、燕は、龍脈に向けていた意識を切り離し、結界へと全力を傾けた。


瞬間、アリアは、自らのトリガーをき、極太の光を大地に向けて撃ち放った―――。


「…おわった」


穢れを完全に払ったことで、荒れ狂っていた龍脈も沈静化された。


燕は、ホッと息を吐いた途端、その場に座り込んでいた。


「まっ、ざっと、こんなものね」


ドヤァと、まだまだ余力を残している紫苑は、アリアを肩でトントンさせると、へたり込んでいた燕へ近づく。


「お疲れ様、良く頑張ったわね」

「は、はいッ!ありがとうございます!…でも、私だけの力じゃなくて、みんなが助けてくれたから――」

「なに言っているの?アナタの力よ」

「え――?」

「そこに居る神使や双刃ちゃん達じゃあ、穢れをどうこうする事は、出来なかったわ。アナタのが街を救ったのよ。もっと自分がやった事に胸を張りなさい」


普段、熾輝に接するみたいな姉御風を吹かせながら、しかし、紫苑は燕を褒めたたえる。


「そのとおりだ、お嬢。これは、誰にでもできる事ではない」

「で、でも、結局は、紫苑さんとアリアさんが居なければ、わたしなんて…」


そこに敢えて真白様の名前を出さなかったのは、自身が持つ能力について、誰かに知られない様に心がけているから、という理由によるものだ。


しかし、それでも燕は、自分一人で、どうにか出来たとは、どうしても思えない。


「謙虚ねぇ…一応教えておくけど、あの規模の霊災は、プロの魔術師でも30人掛かりで押さえ込むのがやっと。浄化ともなれば、その3倍の人員が必要になるレベルよ――?」

「―――?」


数字に出された所で、知識に乏しい燕には、その凄さがイマイチ伝わってこない。


そんな燕の表情を見て、「ふぅ」と溜息を一つついた紫苑は、傍らで控えていた双刃へ視線を向ける。


「それで?こんな時に熾輝は、何処に居るのかしら――?」

「じ、実は…」


紫苑からの問い掛けに、双刃は、答えにくそうに事の経緯を説明する。


事情を聴き終えた紫苑は、その表情を般若の如く歪め、彼女の怒りを表しているかの様に、彼方かなたでは、ピカッ!と落雷が発生した。


ポツリ、ポツリと雨が振り始めて来た中、紫苑はアリアと双刃を引き連れて、熾輝の応援へと向かう事を決断するのであった―――。



◇   ◇   ◇



乃木坂邸を離れ、程なくした道中…法隆神社へと向かっていた可憐は、怪しげな2人組に襲われていた。


敵は、悪魔を使役しており、護衛であるキャロル対4人という多勢を相手にする形となっているが…


「――なるほど、アナタ達がフローラから報告のあった…」

「――ちくしょうッ、何だこの女、つええ!」


流石は、悪魔祓いの本家本元、フランス聖教聖騎士と言ったところか。いかに見習いと言えど、その実力は本物だ。


とは言っても、可憐を護りながらの戦いは、どうしても攻守のバランスが偏ってしまいがちである。


故に、彼女は可憐の周りに結界を張り、自らは接近戦によって敵を制圧する。


「キャロルさん――」


悪魔と言う異形の存在が襲ってきた事に可憐は驚きを覚えたが、そういった怪異に対する耐性は、普段から慣れていたので、混乱する様な事は、なかった。

しかし、自身のボディーガードで、一般人と思い込んでいた女性が、魔術を行使した事には、流石の彼女も驚いてしまった。


「チッ、まさか、フランス聖教の人間か――!」

「ナニヲイッテイルノカ、ヨク、ワカリマセ~ン」


フランス人、尚且つ、魔術行使に加え、悪魔への対応力…総合的に判断して、キャロルがフランス聖教の人間だと当たりをつける。が、当のキャロルは、急に片言となり、誤魔化している。


「ふざけるな!なんで、教会の人間がこんな所にいる!日本には手を出せないんじゃ無かったのかよ!」

「ワタシ、ムツカシイニホンゴ、ワカリマセン」


キャロル流、誤魔化すときは【日本語ワカリマセン】を駆使しての塩対応…しかし、それを聞いている可憐は、「その誤魔化しは通じないと思います。」と、緊急事態にも関わらず突っ込むほどの威力を孕んでいた。


そして、敵側もキャロルの塩対応にプッツンした。


「悪魔ども!まずは、この女を殺せ!」

「「キキイイイィイイイ!!」」


まるで、何処かの悪の秘密組織、シ〇ッカーの様な容姿と声を上げ、悪魔がキャロルへと襲い掛かった。


「無駄です!」

「「キイイイィイイイッ―――!!?」」


突如、キャロルを包み込んだオーロラの様なベール。

悪魔たちが、それに触れた瞬間、抵抗する間もなく四散した。


「んなッ――!?」

「なんだ、その結界は――!?」


目の前で、あっけなく消滅した悪魔たち…今なお彼女を包み込むベールが波打つカーテンの様に揺らいでいる。


切札を失った男たちは、驚愕をあらわにし、ジリジリと後ずさる。


「敬愛する聖女様より賜わりし、この【聖なる南十字星サザンクロス】がある限り、お嬢様エンジェルに指一本も触れさせは、しない!」


キャロルは、胸元のボタンをポチポチと外し、首からぶら下げていた十字架のネックレスを襲撃者の眼に焼き付ける様に見せつける。


ちなみに、彼女がフランス聖教の女教皇ステイシーゴールドから賜わった十字架には、【聖なる南十字星サザンクロス】なんていう名前は付けられていない。

彼女が勝手に考えて、勝手に名付けたのだ。


そして、そんな物はどうでもいいと言わんばかりに、「おい!片言の日本語はどうした!」と流暢に喋るキャロルに突っ込みを入れる襲撃者たち。


「さて、アナタ達には、色々と聞きたい事がありますが、とりあえず…」


キャロルは、黒皮手袋がハマった両手をボキボキと鳴らし、襲撃者へと迫る。


「くッ、ここでヤられる訳にはいかないんだよおおぉおッ!」

「そうだ!俺達は日本支部の幹部に取り立ててもらうんだッ!」


喚きながらも切札を失った男たちは、自らの力でキャロルを倒すべく、特攻を仕掛けた。


ただ、彼等の動きは素人のそれと変わらない。

大方、自分たちが使役していた悪魔の力を自分の力だと勘違いしていた口なのだろう…と、キャロルは思い、深い溜息を吐いた。


――まったく、これだから悪魔崇拝者は、手に負えない。


ヤレヤレと、無駄な抵抗は、しないで欲しいと呟き、ボクサースタイルの構えを取ったキャロルは…


「「死ねえええぇえええッ――――!!?」」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄あああぁあああッ!!!!」


まるで、どこぞのⅮの血族を彷彿とさせる拳のラッシュが2人の襲撃者を襲う。

彼等の顔面が無残に変形し、地面に叩きつけられる。


アデューあばよ―――」


くるりとターンをしたキャロルは、背後に倒れる襲撃者に目もくれず、キメ台詞を吐く。


この瞬間、彼女の脳内では「キマッターッ!」と、狂喜乱舞していた。


彼女は、日本に来て以降、常に己のスキルアップを行っていたが、年頃の女性が、日がな一日、筋トレや走り込みに費やす事への虚しさを感じていた。

そんなある日、深夜に放送されていたアニメーションと出会う。そして、見事にドハマリしたのだ。

その結果、日本文化アニメーションの影響をもろに受けた彼女は、憧れのかっこいい自分を思い描くようになり、現在のキャロルを造り上げたのだ。


しかしながら、勘違いしてはいけない。

如何に影響を受けたからといって、彼女は出来る女。常に向上心を持ち、スキルアップは欠かさない。

ただ、その目的意識が、カッコイイ自分になりたいという物にクラスチェンジしてしまっただけで、彼女の実力はグングンと上がり、いつしか聖騎士へと昇り詰める日も遠くない。


が、この状況を見守っていた可憐は、なにやら微妙な表情を浮かべていたのは、言うまでも無い。


そして、この後、遅れてやって来た羅漢から事情を聴き、急ぎ神社へと向かうのであった―――。


◇   ◇   ◇


そして、再び旧物流団地へと戻る…


「――はんッ、ただの子供が組織の人間に勝てると思っているの――?」


――ただの…か。


「お前は、咲耶の体の主導権を握っただけで、完全には支配できていないんだな」

「…どういう意味?」


負け惜しみかと思った。

実際、目の前の熾輝の体では、これ以上の戦闘継続は難しい。

それに、可憐と燕の元へ差し向けた組織の人間は、皆が悪魔を使役している。

どう考えても、ただの子供が抗えるとは、ケリスには思えなかったのだ。


「ただの子供じゃあない。彼女達は、お前が想像も出来ないくらい強いってことだ」


「何を――?」と言いかけたケリスの言葉を遮るように、陽気な着信メロディーが熾輝のポケットから響き渡る。


『マスター、2人は無事です。敵は排除されました』

「???」


ミネルヴァからの報告に、口元をほころばせ、心の内でホッと胸を撫で下ろす。

1人、何が起きているのか判らないケリスは、困惑な表情を浮かべる。


「ありがとう、ミネルヴァ」

『いえ、…しかし、マスターの状況は、好ましくありませんね。どう対処するつもりですか――?』

「………」


2人の無事を知れたとはいえ、現在の熾輝は、苦戦を強いられていることに変わりはない。

なにせ、咲耶の身体が悪魔に乗っ取られ、熾輝からは一切手が出せず、重症を負ったまま逃げ回る事しか出来ていないのだ。

故に応える事が出来ずに無言となる。しかし、熾輝の胸の内に宿る灯が再び息を吹き返したかのように燃え上がった…人工知能であるミネルヴァにそう認識させる程に、彼の瞳には意思が込められている。


「無駄よ!精神を支配した状態の私を祓う方法なんて無いわ!それにアンタは、もう限界でしょう!そんな身体で―――」

「口調が変わっているな」

「ッ―――!!?」

「気が付いていなかったのか?咲耶は今も戦っている。お前の支配に抗っている。だから、精神のバランスが崩れ、本来のお前…ケリスとしての人格だけが、表に現れているんだ」

「何を根拠に――」

「お前は精神支配と言ったが、その実、精神を完全に支配することは、できない。その証拠に、心の奥底に封じ込めていた咲耶の精神が表層意識へと出てきた」

「そ、それは―――」

「そして、お前の能力は、支配ではなく、【同調】なんじゃあないか?」

「ッ―――!!?」

「だから、気配も仕草も…口調ですら咲耶をトレースした様に見えていたんだ。だけど、彼女の大切な思い出にまでは手を出せなかった」


熾輝は、この闘いの最中、激しく撃ち込まれる攻撃の中で、それこそ常人では思考するという行動が不可能であろう状況下で尚も考える事を辞めてはいなかった。


故に辿り着いた。咲耶の肉体を操るケリスの動き、呼吸、仕草、そして言葉の1つ1つを逃さず、情報と言う名のパズルをハメ込んでいた。


そして、熾輝の導き出した答え。それは、ケリスの能力が【精神支配】ではなく【精神同調】であることに。

もしも、悪魔の能力が支配であったのなら、精神のメインは、ケリスとなり、熾輝の探知で十分に暴くことが出来ていた。

しかし、同調であるならば、話は変わってくる。同調とは、合わせるということ。つまり、咲耶の気配や仕草、口調や雰囲気を本人と区別が出来ない程…それこそ、コピーするに等しい。


だから、熾輝が気配を探っても、寸分たがわず作られたコピーの気配を探知してしまい、咲耶だと誤認してしまった。


だが、ここへ来て咲耶の抗いが、両者の精神のバランスを崩し、1つの肉体に2つの精神が混在している事を熾輝に悟らせた。


「……それが何?そんな事が判ったところで、私を祓う事はできない。アンタは、この小娘を救う事なんて出来ないのよ。ましてや、もう限界でしょう?」


種が知れたケリスであったが、その表情に焦りは浮かんでいない。

なぜなら、肉体マテリアルボディーを抜いて、精神体アストラルボディーに作用する能力を熾輝が有していない事は、今までの戦いで明らかになっているからだ。しかし…


「教えてやるよ――」

「何を――?」


ミストルテインを支えにし、地を着いていた膝に力が入る。

そして、再び立ち上がった熾輝の瞳には、諦めの色はない。


「誰かを守る戦いって言うのは、常に限界より一歩前へだ!」




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