第十九話
神狩が放った炎が地面を焦がし、熾輝に迫る。
右へ左へ大きく飛びのいて、それを避け続ける。
もうどれ位の間、そうして避け続けているだろう。
息が切れ、呼吸が乱れている。
回避するたびに足に力が入らなくなってきている事を感じ始めた。
「ははは、いいねぇ、もっと踊れよ。」
男が放つ炎の威力がさらに上がる。
「はぁはぁ、(このまま避け続けていても埒があかない。使える道具は・・・)」
自分が所持している道具の確認を瞬時に頭の中で確認していく。
現在、熾輝が所持している道具は、フラッシュグレネード1個・サバイバルナイフ1本のみである。
フラッシュグレネードは、白影が自作した物で、熾輝に2個持たせていた。
先の風間との戦闘の際、強烈な閃光と破裂音を発生させたのが、これである。
その内の一つを使用し、残りは一つだけ。
そして、サバイバルナイフは、最初に熾輝に突っ込んできた男を倒す際に奪ったものである。
「(駄目だ、どうやったって、この人達には通用しない。)」
「・・・なんだよ、もう手詰まりだったのか?」
面白くない、神狩が期待していた戦況にはならず、落胆の色を隠せなかった。
「もういい、寝ておけ。」
そう言って、パチンと指を鳴らした瞬間、熾輝の足元から魔術が発動した。
「地面から!?」
上空へと突き上げるように発生した炎は、さながら火柱を思わせる物であり、間一髪で気が付いて回避行動をとるも、完全には避ける事が出来ず、突き上げられた炎に巻き込まれて、上空へと跳ねられた。
「ぐっ!」
「オーラを纏っていても、これは効いただろ。」
再び指を鳴らし、それに合わせて周囲を囲んでいた分身が動き始める。
「(こんなに沢山の分身体に魔術を行使させられるのか!?)」
落下を続ける熾輝は、地上で蠢く分身体が、各々術式を組み上げていくところを目撃していた。
「手加減はしてやる。」
地面に着地するまでの僅かな時間の合間、熾輝は己の敗北を悟った。
そして、地に足を付けた瞬間、全方向から容赦のない攻撃の雨が熾輝を襲った。
―――――――――――――
「ずいぶんと派手にやりましたね。」
「・・・。」
神狩は答えようとしない。
不審に思った真部が、近づくと、神狩の足元にはポタポタと血が滴り落ちていた。
「最後の最後にやってくれたな。」
「神狩さん・・・」
神狩の左腕には、サバイバルナイフが突き刺さっており、そこから出血した血が、今も流れ出ている。
真部は、目の前の男に負傷を負わせた少年に視線を向けた。
雨の様に浴びせられた攻撃によって、身体のあちこちを負傷しており、今は、地面に倒れ込んでいる。
「とりあえず手当だけでもしましょう。」
そう言って、神狩に近づこうとした真部は、倒れている熾輝から視線を外そうとして、再び熾輝に意識を向けた。
「まだ、動けるのか。」
全身傷だらけになりながらも、必死に身体を動かし、立とうとしている熾輝に、視線を奪われていた。
「ちっ」
「神狩さん手を抜きすぎたのでは?」
「馬鹿言え、確かに手加減はしたが、それでも確実に意識を持っていける程度には攻撃を加えたつもりだ。」
「あれも能力者だからですか?」
「それも含めての攻撃だった。」
神狩は、今も立とうとしている熾輝の目の前まで歩みより、その姿を見下ろした。
「はぁ、はぁ、彼方達は・・何で僕を・・狙うんですか・・はぁ、はぁ」
息を乱しながら、近づいて来た神狩の足を掴み、飛びそうな意識を必死に保って、言葉を投げかける。
「・・ゴキブリ並の生命力だな。」
ガンッ!
熾輝の頭上から衝撃が走った。
衝撃に抗うことも出来ずにそのまま地面にへと頭を踏みつけられたのだ。
「ぐっ!」
「・・・泣きもしなけりゃ、怒りもしない。お前、本当に子供か?」
神狩は、熾輝との戦闘中にずっと違和感を覚えていた。
普通、熾輝くらいの子供が、自分の様な大人を相手にする時、恐怖を覚えてもいいはず。
だが、目の前の少年は、恐怖を感じるどころか、冷静に・・いや、無感情に近い感覚で対応していた様に思う節があった。
「何とか言ってみろよ。」
「がっ!」
熾輝を踏みつけている足に更に力が加えられる。
「神狩さん、それ位にして下さい!」
「・・・ふん、まぁいい。」
そう言って、力を込めていた足を退けて、右手で熾輝の胸倉を掴み上げた。
「この俺様に傷を負わせた褒美に、お前の筆問に応えてやるよ。」
胸倉を掴み上げられ、地に足が付いていない状態のまま、熾輝は男に質問をした。
「・・・彼方達は、何で僕を狙う。」
「何も知らないのか?」
「何を?」
神狩は語りだす。
何故、熾輝が彼等【暁の夜明け】に狙われているのか、そして悪魔の子と言われるようになった訳を・・・
――――――――
今から約5年程前に遡る。
日本のある場所にソレは降臨した。
ソレが何なのかは、5年経った今でも分かっていない。
ただ一つ分かっていることは、ソレは突然現れ、全てを飲み込もうとしていたという事だけ。
当時、日本の名だたる魔術師や能力者がソレの対処に当たった。
しかし、ソレを前に無力でしか無かった。
国の要請によって当時の十二神将が全員招集され、5柱であった熾輝の父と母も戦いに参加していたが、結局、当時の十二神将は、全滅し、街を幾つも巻き込んだ事件の生き残りは、熾輝だけ。
だが、事件はソレの被害によるものだけでは無かった。
ソレの収仏が通常の方法では不可能だと判断した者が、ある方法によって、事態を終結させた。
そのある方法とは、100万人の人間を生贄に捧げた魔術の行使。
このあり得ない、いや、あってはならない手段を使ったのが、熾輝の両親だった。
後にこの魔術を行使した術者を悪魔と人々は、呼ぶようになり、それ故に熾輝は、【悪魔の子】と呼ばれている。
そして、後の調査により、術式を発動させる際、魔術の核となった者がいる事が分かった。
それが熾輝であり、彼らは、熾輝の身体に、あの日、発動させた魔術のカギが隠されているのではないかと考えているため、熾輝を狙ったのだ。
通常、魔術は、基本的に術者を核とし、術式の発動は、魔力という供物を媒介に行われる。
もちろん例外的な魔術の行使は、実在するが、今回の場合、その規模と供物になったものが、現代の魔術では、不可能とされているのだ。
人の生贄という行為事態が禁忌とされているのでは無く。対価による魔術の発動プロセス事態が現代魔法には存在せず、試みた研究者達によって、実行不可能だと数世紀前から言われている。
神代の時代には、贄を用いる魔術の伝承は、古事記にも記されているが、それは、ただのお伽話と思われていた。
しかし、その事件をきっかけに、あらゆる魔術機関が失われし神代の魔法を手に入れようと考え始め、数年前から熾輝の所在を各機関が躍起になって探していたのだ。
そして、いち早く見つけたのが、彼等の組織【暁の夜明け】だった。
「まぁ、お前が狙われる理由は、ざっとこんなものだ。」
「・・・あの人たちは、」
「あん?」
「僕に恨みがあるって言っていたあの人たちは?」
「あぁ、事件の被害に遭った住人の家族だ。」
「・・・家族。」
「とは言っても、元々一般人だった連中を、魔術師に仕立て上げたのは、こいつ等だけどな。」
神狩は、後ろに控えていた真部を親指で指すと話を元に戻した。
「だから、僕を襲ってきた人たちの熟練度にバラつきがあったのか。」
「戦いっていうものは、個の力より数がモノを言う物だからな。あんな出来損ないの魔術師モドキでも居ないよりはマシってこった。」
「話も一区切り付きましたか。」
真部は、二人の会話が終わったと判断し、歩み寄ってくる。
「神狩さん、そろそろ撤収しましょう。目標の確保が出来た以上、もうここに留まる意味はありません。」
「分かったよ。」
神狩は、熾輝の胸倉を掴んだまま自分の顔へと近づけた。
「そういうことだ。あとは、こいつ等がお前の身体をモルモットにして、神代魔法の採取を行う。楽には死ねんだろうが、せいぜい頑張りな。」
掴んでいた腕に力を込めると、真部の方へ向けて、熾輝を放り投げる。
投げられた熾輝は、そのまま真部の足元まで転がされるが、身体のダメージが大きいせいか、立ち上がる事すら出来ないでいた。
「この様子なら大丈夫だろうとは、思いますが、念のため拘束だけはしておきます。」
真部は、荷物から呪文のような文字がビッシリと書かれたロープを取り出すと、熾輝を縛り上げた。
「それでは、行きますか。」
「お前は、先に行ってな。」
「は?」
突然の神狩の言葉に理解が出来なかった。
既に目的は、完遂され、あとは帰投するだけのはずなのに、この男は、何を言っているのだと。
「忘れたか?お前らが、俺を五柱と闘わせてくれるっていうのも契約の内に含まれている事を」
「・・・それは、分かっていますが、」
「何も付いて来いとは言ってねぇ。行くのは俺一人で十分だ。」
「・・・わかりました。」
内心では、納得はしていなかった。
確かに目の前の男は、十二神将に選ばれるだけの力を持ち、自分などは足元にも及ばない男だ。
しかし、相手はその上に君臨する五柱。
万が一、敗北し自分たちの拠点等の情報が洩れる様な事があれば、計画遂行に支障をきたしてしまう。
「(これは、そうそうに帰投して拠点を移す必要も出てきましたね。)」
真部は、元来た道を引き返そうと反転しようとした時、不意に神狩の様子に疑問を覚えた。
空を見上げながら何かを見ているのだ。
「神狩さん、どうかしましたか?」
真部も同じように視線を空へと向けると、一羽の鳥が、飛んでいるのが見えた。
「鳥?・・・いや、違うあれは」
よく見ると、その鳥は、何度も旋回を続けている。
そう、まさに熾輝たちが居る三人の頭上をだ。
「式神か。この俺がまったく気が付かなかった。」
「あれほどの精巧な式神見たことがありませんよ。実際に今も式神だと言われても疑ってしまう程に。」
「ああ、俺もだ。辛うじて俺達の頭上を永遠と旋回しているからこそ、そうだと思えるくらいだ。」
プロの魔術師二人が上空を旋回している鳥を見て、式神だと言っているが、それでも、式神と断定している事に自分自身で疑いを持っていた。
「そして、どうやら、あちらさんから来てくれたみたいだぜ?」
視線を森の先に戻し、二人はその魔力を感じ取った。
徐々に近づいてくる人影は、遠くからでも女性の物だとわかった。
「この感覚ぞくぞくするぜ。」
その女は、流れるような長い髪に、すらっとした体格。
一見して華奢な様にも見えるが、その身に纏った魔力から感じる力強さは、誰もが圧倒される圧力を感じる。
「これが五柱か!その中で最弱なんていう噂は、嘘なんじゃねぇのか!?」
その力強い筈の魔力は、激流のような勢いがある物では無く、水面の様に静かなもの。
そう、とても静かで冷たく底が見えない。
その女の名は
「なぁ!?東雲葵ぃぃ‼」