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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
199/295

緩やかに、そして明らかに

『――城ケ崎さんは、ご家族の仕事の都合で暫く学校を休む事となりました』


学校の教師から告げられた突然の連絡に生徒達が困惑したのが約3週間前のこと。

しかし、それも束の間、進級後にクラス替えが行われて、皆が新しい友達を作っていたためか、誰かの休みを気にする者は居なくなっていた。1人を除いては……


「ハァ、――」


憂う様な溜息をついて、可憐は移動中の車の中で携帯端末の画面を眺めていた。

そこには、朱里に宛てたメールが何通も映し出されている。

可憐は、朱里が学校を暫く休むと知ってから毎日メールを送っているのだが、1度たりとも返事が返ってきていない。


春休み中、奉納祭での一件で喧嘩をしてしまった2人だったが、何とかして仲直りが出来ない物かと思っていた矢先の出来事。

本当は、新学期初日に謝ろうと思っていた。…しかし、時間に折り合いが付かず、すれ違ってしまったのだ。


「朱里ちゃんは、やっぱり――」


突然、自分たちの前から居なくなった朱里を心配に思った可憐は、熾輝に相談をした。

そのとき、朱里が刺客ではないかという事も含めてだ。しかし、その時の熾輝はといえば―――


『――もしかしたら諦めて学園に戻ったのかもしれない』


と言った。その事について、詳しく話を聞いてみたところ、実は奉納祭の帰り道、朱里に襲われたと証言したのだ。

直接的な戦闘には発展していないし、少し威嚇する程度に留めたと熾輝は話していた。

おそらく嘘は言っていない事は、春休み明けに朱里が普通に登校してきた事からも判る。


ただ、そうなってくると、尚更おかしいのだ。

春休み明けに登校してきた朱里が何故、突然姿を消すような真似をしたのか……いや、正確には、姿を消した訳ではない。

教師が言っていた様にただ単に暫く休んでいるだけかもしれないし、ひょっとしたら明日には何事も無かったかのように学校に出てくるのかもしれない。


「それにしたって、熾輝くんは少し冷たすぎます…」


熾輝の朱里に対する態度が余りにも淡白すぎる事から、可憐は唇を僅かにムッとさせる。

しかし、それが如何に無茶を言っているのかについての自覚は、当然彼女にもあった。

仮にも自分の命を狙ってきている相手に対して優しく接しろと言う方が無理だ。

だけど、それでも思ってしまう。もしかしたら、朱里と熾輝は友達になれるのでは、ないのかと……


根拠は無い。これは、可憐の直感だ。しかし、彼女の洞察力という物は、あながちバカに出来ない。幼いころから夢に向かって努力し、日本一の子役という座を手にしていた彼女…それこそ、人を感動させる程の演技力、それを身に付けるためにレッスンを欠かしたことはないし、何よりもその洞察力は半端ではない域に達している。


そんな彼女だからこそ判るのだ。

本当の朱里は、強がってはいるが、とても脆い。でも、誰かのために怒ることの出来る優しい女の子。強盗事件の時だって、撃たれた警官のために…可憐たちを守るために戦ってくれた。

朱里の根底には、しっかりとした正義があり、それに基づいて行動をする。だからこそ、八神熾輝という1人の人間をちゃんと見て、知って欲しかった。


朱里の過去に何があったのかは、可憐には判らない。しかし、彼女なら、…己の中にちゃんとした正義を持つ朱里なら、何時いつかは…時間は掛かるかもしれないが熾輝とも判り合えると願わずにはいられなかった。


「――お嬢様、そろそろ到着します」

「…判りました」


隣に座るキャロルが声を掛ける。

交友関係に気を揉む時間は、一旦終了だ。彼女には、これから役者としての仕事が待っている。

車から降りた瞬間には、既に彼女の顔つきは、日常から離れた日本一の子役へと変わっていた―――。



◇   ◇   ◇



神聖な境内を春風が気持ちよく吹き抜ける。

神社の鳥居を抜けた先に待っていたコマに案内され、熾輝と葵は本殿へと通される。

本殿の襖を開けた先には、燕と彼女の父親、そして結城咲耶とアリアが既に待っていた。

互いに軽い挨拶を済ませると席に着き、本日集まってもらった理由から話を始める。


「――学園、ですか」


燕の父、康之が戸惑い気味に言葉を発した所を見ると、学園については知っていたらしい。

ただ、娘である燕が疑問符を浮かべている様子から、学園については知らされてない様に窺えた。


そして、咲耶もまた学園については、知らないらしい。

日頃、熾輝に魔術の教えを受けてはいるが、魔術社会の勉強については、まだまだ手が付いていない状態だ。

相棒であるアリアから話があっても不思議じゃないと思わなくも無いが……気まずそうに聞いている所を見ると敢えて言っていなかったのか、学園について話していなかったかのどちらかだろう。


「実は先日、学園側からコンタクトがありました。娘さんと、そして咲耶ちゃんを学園に寄こすようにと…」

「そ、そんな。学園に通うのは任意のハズでしょう?」


葵の言い方は、2人を学園に強制的に入れると言っているに等しい。しかし、ここで康之は、自身の記憶との齟齬そごに狼狽える。


「もちろん、私に接触を計ってきた学園の教師は、無理やり連れて行くような言い方は致しませんでした」

「で、では――」

「しかし、学園側の総意は、昔から変わらず、任意と言う名の強制です」


冷たく言い放つように葵は言葉を紡ぐ。しかし、そこには何処か辛く悲しい…やるせない気持ちが窺えて見えた。


「娘は、…娘はまだ、こんなにも小さいのに…」

「お父さん――?」


2人の会話から康之がとても大きな決断を迫られていると感じた燕が不安そうな表情を浮かべる。そして、それは咲耶も同様であった。


「お気持ちは、お察しします。可愛い盛りの子供が親元から離れて暮らすとなれば、心配も積もるでしょう。しかもあそこは全寮制…しかし、学園に入れたからと言って会えなくなる訳ではありません。むしろ、安全面は何処よりも万全です――」


康之と燕のことを何よりも真剣に考えて、葵は話をする。

親と子が離れて暮らすのだ。それは他人が思うよりも想像を絶するに難くない。


それに、先に葵が言った様に、学園というのは、日本の中で何処よりも安全な場所と言われている。

常時、一線級の教師陣が学園に常駐し、更には学園半径2キロ圏内を囲う結界により、敵の侵入を過去1度として通したことが無い。


「実を言うと昨年、この街に人を喰らう類の妖怪が4人侵入しました」

「ッ――!?」


葵の言葉に驚きを見せる康之。

出来ることなら葵もこういった脅迫めいた言葉は言いたくはなかった。

しかし、安全と言う面の理解を得るためには、避けて通れないとも同時に思っている。


基本、人を喰らう類の妖怪と言うのは、生命力や魔力が強い者を好んで食する傾向があり、この街で言うのであれば、燕・咲耶が格好の的だ。

一応、土地神である真白が街に陣を張っては居るものの、こう言った陣は悪霊などの霊体スピリチュアルに効果を及ぼす類のもので、現世を生きる生物に影響を及ぼす事は出来ない。


「幸い、街に被害が出る前に捕縛されましたが、そういった幸運は常には起こりません。だからこそ、子供たちには学園で知識と力を養ってもらう必要があるのです」

「………自分の身を守るため、ですか」

「はい」


今まで、申し訳ない気持ちで話をしていた葵だったが、最後の康之からの質問は、揺るぎのないハッキリとした意思を込めて答えた―――。



◇   ◇   ◇



結局、今日の所は、学園側から直接コンタクトがある前の事前説明……というよりは、燕の父親に決心を固めてもらうための猶予を与えるための物と言う方が正しいだろう。

そして、燕と咲耶にも学園に対する正しい認識を得てもらう機会として、今日の席が設けられた。


葵は仲介人としてだけではなく、自身が学園出身者という事もあり、学園内での生活状況やメリットについて一通り話終わると、一足先に帰宅していった。


そして、燕の父、康之は何やら相談事があるようで、神使であるコマや右京左京を呼び出し、本殿に残った。


本殿から追い出されるようにして出た熾輝、燕、咲耶、アリアは、境内から離れた燕の自宅に上がり込み、お茶をする運びとなったのだが……


「――え、熾輝くんは学園に行かないの?」


燕からの問い掛けに熾輝は首肯して応える。


「僕は…ほら、学園内にこそ敵が多いし、皆とは別ルートに進む事になるよ」

「学園内にこそって、どういう意味?」


熾輝の説明に対し咲耶が疑問を投げる。


「神災の被害者家族の多くが学園に在籍している。つまり、僕が学園に通う事になれば確実に刃傷沙汰…ないしは、それ以上の事件が起きるだろうという事で、何年も前に学園側から受入拒否の通知が来ているんだ」

「そんな、ひどい…」

「それって、学園の矜持に反しているんじゃないの?だって、学園は力を持った子供を守るための箱庭なんでしょう?」


咲耶が沈痛な面持ちを浮かべる一方で、憤りを顕にするアリアであったが…


「怒ってくれるのは素直に嬉しいけど、その事について、僕は何とも思っていないよ。むしろ、受入拒否をしてくれた学園に感謝をしているくらいだ」

「な、なんでよ?」

「だって、学園に通っていたら、皆と出会うことも出来なかっただろうし、こうして楽しくお茶を飲む事だって出来なかったと思うんだ」


何でもない事の様にお茶をすすり、ふぅっと和む熾輝。それに対し、アリアは「泣かせること言うじゃない!」と言いながら、「コレもお食べ!」と自身のお茶請けを熾輝に差し出す。


「まぁ、なんにせよ、先生が言っていたとおり、今すぐに学園に入れられる事は、無いんだし、少し落ち着いて考えてみた方が良いよ。特に咲耶の方は色々と…ね?」

「う、うん…」


熾輝に促され、咲耶は神妙な面持ちを浮かべている。

なにせ、彼女の父親は一般人だ。裏社会とは縁も所縁もない普通人。そんな人にいきなり魔術だの能力だのの話をしたところで、返って混乱を招くのは目に見えている。


「…ごめん、ちょっと不安にさせる様な事を言ったけど、学園が派遣してくれる教師は、信用が置ける人だって先生も言っていた。それに先生も同席して話をしてくれるらしいから咲耶がそんなに気に病む必要は無いよ」


目に見えて不安の色を濃くする咲耶を見かねて、熾輝がフォローを入れる。

しかし、結局のところ、子供である自分たちがあれこれ考えていても仕方がないことだ。

信頼できる大人が近くに居て、大人同士がしっかりと話し合い、答えを出してくれる。そう思う事で、彼女等は彼女等なりに学園に通う覚悟を日に日に決めていくだけなのだ。


「それでも、…そうだとしても、私は熾輝くんと離れ離れになる事が嫌だよ」

「……え?」


一瞬、聞き間違えかと思った。

なにせ、今の言葉が燕ではなく、咲耶から発せられたのだから。

燕なら判らなくもない。普段のアピールから見れば、普通に言いそうな言葉である。

しかし、これが咲耶ならどうだろう?普段の彼女を知っている者ならば、こうした言葉が彼女から出てくるとは思わないだろう。


なにせ、離れたくないと面と向かって言っているのだから……


「あッ、えっと、違うの!熾輝くんともだけど、可憐ちゃんとも別々の道を行くことになるって事でしょ!?仲の良い友達と別れるのは、誰だってイヤだよね!ねッ!熾輝くんは違うのかな!かな!?」

「う、うん。確かにそうだよね――」


慌てふためき、声を張り上げる咲耶に気圧され?る様に頷く。

しかし、そんな彼女の様子に違和感……ではなく、やはりと確信を得る2人の女性たちだった――。



◇   ◇   ◇



学園に通う話は取り敢えず、大人達を交えて今後改めて…という事で落ち着いた。

そして、本日、熾輝はどうしても話をしなければならない事があった。


「――5月13日、10日後に約束を果たしてもらいたい」


5月13日、その日は誰しもが忘れることの出来ない最悪の日…

6年前、100万人にも及ぶ人口が一夜の内に消失した。

事件の発現地であるとある街、その近隣の市町村に留まらず、まさに一県丸ごとが壊滅的被害を被った。


その真相は、未だに調査中だが、これといった進展は、見られない。

ただ、大元の事件発生時、対策課だけでなく、ありとあらゆる組織に対し、国が非常事態宣言を発令し、魔術師や能力者達が現場へと総動員された。


しかし、結果は凄惨なもので、1人として帰還する者は居なかった。……とはいえ、事件発生の初期に負傷を負った者達の中で、医療搬送された者達もいた。そういう意味で生き残りは居たのだ。

居たのだが、その数も両手で数えられる程度のもの。しかも、全員からの証言から得られた情報と言えば、『黒い何かが全てを呑み込んでいた』という物だけで、それ以上の事は判らなかった。


国家は、人知を越えた異常事態である事件として、神的災害、通称【神災】と呼称した。


また、この事件での真相について、様々な憶測が飛び交っている。


事件後の調査により、熾輝の両親が何らかの魔術を発動させた事は判っており…


発動した魔術が原因で一県丸ごとが更地に変えられた――

元々、事件の発生自体、彼等が実行犯で、何か得体の知れないモノを人間界に呼び込んだ――

果ては、人類滅亡を企んだ破壊思想者だった等々――


そして、少ない情報を辿った先には、必ず八神熾輝と言う少年が居る。

だが、それらの事実は過去、対策課含め十傑たちの前で証明を試みるも、彼の抱える魔力核の疾患により、原因を探る事は不可能となった。


残ったのは、疑惑と復讐の対象としての存在意義のみ。

彼が何らかの形で事件に関与していた事は、疑いようのない事実。しかし、真相は闇の中に葬られ、誰もあの時の真実に辿り着くことが出来ない……かと思われていた。


履歴閲覧ヒストリーソースを使って、僕の…いや、あの日、被災者に何が起きたのかを明らかにして欲しい」


元々、熾輝がこの街に来た理由は、ローリーの魔導書に記載された秘術【履歴閲覧ヒストリーソース】によって、自身の過去を知ること。

状況的に魔導書の収集と言う工程が必要となり、かなり回り道をしてしまったが、あれから約1年を経て、そのときが近づきつつあった。


「熾輝くんが収集を手伝う代わりに1つだけ使用して欲しいって言っていた魔術が、それなんだよね」

「そう。あの事件の真相を確かめない限り、誰も前には進めない」

「それは、…被害者のため?」


咲耶の問に、熾輝は首を振って否定を示す。


「ごめん、そんな格好いい理由じゃない」

「え――?」

「真相が明るみに出たとしても、それが僕にとって都合の良い内容とは限らないから」

「あ、――」


言われて咲耶は気が付いた。

今まで、疑おうともしなかったからだろう。

もしも、ヒストリーソースを使った事で、熾輝の両親が事件を起こした犯人として証明してしまう可能性だってあるのだ。

そうなってしまったとき、復讐者たちは、水を得たかのように熾輝へと殺到する恐れすらある。


「これは、あくまでもケジメだ。どう転ぼうとも、知っておきたい…知っておかなきゃならない僕のケジメ――」

「その結果が最悪だったとしても――?」

「「アリア!さん!」」


覚悟を問うアリアに対し、制するように言葉を被せる咲耶と燕だったが…


「遥斗にも同じことを言われた」

「ロー、…あの子にも?」


一瞬、ローリーと言おうとして、訂正をするアリア。

もちろん、空閑遥斗がローリーでは、無い事はアリア含め全員が知っていることだ。

その様子に、熾輝は可笑しそうに苦笑する。


「うん。でも僕の考えは変わらない。例え両親が何か罪を犯していたとして、何で僕が狙われなければならないんだって。…子供である僕を【悪魔の子ディアボロス】なんて呼んで復讐を果たそうなんて輩に負けてやるつもりもないし、同情する気もない」

「…言いきっちゃったね」


人の気持ちを判るようになったが、この件に関していえば、熾輝は被災者家族に対する配慮が足りない様にも思える。

そのため、アリアは顔を引き攣らせ、苦笑するしかなかった。


「もちろん、被災者含めその家族に対する追悼の意はある。けど、僕を狙うと言うのであれば話は別だ。もしも復讐の大義名分を認めるのなら、犯罪者の子供は皆が犯罪者と認めているのと同じ。向こうにも向こうの言い分がある様に、僕にも僕の言い分があるんだ」


言っている事は、正しい。

しかし、人の感情という物はそう簡単に割り切ることは出来ない。熾輝だってそれが判らない訳ではない。ただ、先も言った様にそれを認める事が出来ないだけだ。


「……判った。約束どおりヒストリーソースを使うよ」


暫く考え、咲耶は結論を出した。

元々の約束であった事だし、何よりも彼女が拒む理由がない。


「ありがとう。それと、この秘術についてなんだけど―――」


了解を得られたことから、熾輝は履歴閲覧ヒストリーソースを発動させるための条件について話を始めた。


そして、時計の針が昼近くを回ったところで、彼等の話し合いは終了し、この日は解散となったのだった―――。



◇   ◇   ◇



都心にある喫茶店で、男、五月女凌駕は椅子に座って、空を見つめていた。

その視線の先に見据える物はなにか、…通りすがりの少女たちは、彼を見るなり色めき立った声を上げている。


黒髪長髪を1つ結びにし、私服も黒を基調としたものを身に纏っている。


まるで何処かの事務所に所属している芸能人かのような容姿に誰もが惚れ惚れしていた。


そんな彼に近づく人影が2つ、…凌駕がそれを確認すると、ふぅっと浅い溜息を吐き、同時に周りの少女たちからまたも色めき立つ声が上がる。


「遅かったな――」

「何を余裕かまして茶ァなんぞ飲んでるのよおおぉおおッ!!」


奇声を上げて殴りかかる女、煌坂紫苑。その拳をクイッと首の動きだけで躱す。


「だあああぁあああッ!避けんな!一発殴らせなさい!」

「断る。そもそもお前の拳なんざ俺に当たる訳がないだろう」

「アンタッ!言うに事欠いて――!」


御乱心の紫苑を前にどこ吹く風か、凌駕はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「まぁまぁ、紫苑さん落ち着いて。凌駕様がポンコツなのは今に始まった事じゃあないんですから。今更この人の方向音痴を治そうとしたら、国宝級の霊薬か何かを持ちださなきゃ無理ですって――」

「誰が国宝級方向音痴だ」


香奈の非難の声に凌駕がジロリと睨みを利かせる。…が、今日は強い味方の紫苑がいるので、彼女が拳骨を喰らう事はない。


そもそも、今日は3人で遭うように示し合わせていた。にも関わらず、約束の時間になっても凌駕が現れなかった事から紫苑と香奈とで捜索を行っていたのだ。


しかも、凌駕は方向音痴に加えて機械音痴、携帯端末も電話とメール以外を使いこなせないと言う曲者くせものである。

例え香奈から電話で連絡を受けようとも自分が何処に居るのかも判らない始末!


彼の逸話の中にこんなものがある。幼少時、忽然と姿を消した凌駕が10日後、北海道の山岳地帯で発見された。

この時は、五月女家の総力を挙げて大捜索が行われ、それ以降、凌駕には必ず傍仕えが1人付けられるようになった。

しかも、本人に迷子である自覚がなく『無限にあるルートの1つがたまたまこの道だった』とのこと。

そもそも目的地に辿り着いていない時点でルートもへったくれも無い事に気が付いて欲しいところだ。


「ハァッ、……それで、あの人とは遭えたの?」

「あぁ、…問題なく」

「あれ?凌駕さま、いまの間は何――?」


方向音痴である彼が誰かと遭う。それは、絶対に不可能であり、むしろ何時も見つけてもらう立場の彼である。

きっと、何かしらがあったに違い無いのだが、敢えてそれは語らない方が良いだろう。なので、香奈の質問を聞こえなかった振りをしてやり過ごす。


「そっちは?」

「今のところ進展なし。連中とあの子を繋ぐ線は薄いのかもしれないわ」

「そうか……そうなってくると、事件に巻き込まれたのは、偶然か?」

「かもね。そもそも、事件現場には、あの子が自ら乗り込んだのだし。偶然と考える方が自然だったのかも」


思いのほか、難航する状況に若干の疲れを滲みだす面々…


「それで?そっちはどうなのよ?」

「協力は得られた。しかも、助っ人も用意してくれるらしい」

「マジで!?いったいどうやって説得したの?」

「別に特別な事はしていない。今までの経緯を話して、フランス側との連携のために動いて欲しいって頼んだだけだ」

「それだけ?」

「あぁ、それだけだ」

「………ふ~ん」


凌駕の答えに嘘は無いのだろうと思い、紫苑はそれ以上は聞くことをしなかった。が…


「ま、私経由で連絡を付けたんだし、私の顔が効いたんでしょうけどね!」

「ア゛?何でテメェの手柄みたいになってるんだよ?」

「当然ッ!アンタは私の力を頼らなければ連絡を取る事すら出来なかったのよ?つまり、全部私のおかげ!アンタは只の連絡係よ!」

「勘違いするな、五月女がその気になれば、見つけ出す事だって出来たんだ」

「それは五月女家の力であって、アンタの力じゃあないわ!いやだいやだ、家の力を自分の物だって勘違いしちゃうボンボンは、これだから―――」

「んだとテメェッ――!」


何やら言い合いを始める2人を他所に、「本当に仲が良いなぁ」と和みながら、いつの間にか注文していたパフェを口に運ぶ香奈であったが、自身の携帯端末に振動を感じ、取り出して内容を確認すると……


「二人共ストップ、新情報が来たよ!」

「「………みせろ・みせて」」


ハモる2人が同時に舌打ちをし、香奈から渡された端末を確認する。


「――書物?」

「内容は……あ?」


3人が確認した情報は、銀行強盗時に犯人が金庫から奪った物品リストだ。

しかし、犯人を確保した際にそれらは銀行に変換されていたハズだったのだが、1点だけ、行方知れずになっていた物があった。


ただ、銀行側も個人情報になるため金庫に治めた物の把握まではしておらず、何が盗難に遭ったのかまでは判らなかった。

そのため、所有者に確認を取るも、物品を銀行に預けていた本人は既に他界しており、それを引き継いだ親族を探し出すのにも時間が掛かったため、今になって判明した次第になる。


だが、凌駕達はフランス聖教側から、クリフォトの構成員が事件の日、河川敷で何かしらの物を受け取り逃走したと言う情報を得ていた事から、彼等にとって余程重要な物であると言う確信を持っていた。持っていたのだが、ようやく判明した物品というのが……


「埋蔵金の地図、だと?」

「なにそれ、連中は宝探しをしてたってこと?」


まるで徳川の埋蔵金を探す冒険者かと疑いたくなるような内容に2人が顔をしかめる。


「いやいや、待ちたまえよ諸君」


そこに待ったを掛けたのが名探偵香奈ちゃんであった。


「捜査の撹乱かくらん埋蔵金たからの地図、…上げればキリがない可能性――」

「か、香奈ちゃん――?」

「しかーしッ!私の灰色の脳細胞がビビビッとキちゃいましたよ!」

「キてるのは、お前の頭だ」

「黙らっしゃい、このポンコツ主人!」

「ア゛ア゛!?」

「そもそも、アナタたちは私が最初に言った事を覚えているのですか?」

「えっと、陽動の話?」

「そうッ!私は言いました!ど派手な事をやっている間に悪いことしちゃおうぜっってね!」

「…覚えているが、結局、埋蔵金の地図なんていう眉唾物だったじゃないか」

「ハァ、…まったくもう、アナタの頭は飾りですか?脳ミソちゃんと入ってますぅ?」


完全にキメちゃったみたいな香奈ちゃんは止まらない。相手が年上だろうと、次期当主だろうと、後が怖かろうと、止まらない。

だって、なり切っちゃってるもん!そう、我らが名探偵香奈ちゃんに!


「そもそも、埋蔵金という言葉に惑わされちゃあいませんかい?それが本当に埋蔵金の地図だって何で言えるのです?」

「……いや、報告に書いてあるじゃん―――」

「おバカさん!子供のおつかい並の事しか出来ない程のザ・チルドレン!」

「す、すみませんsirッ!」

「確かに盗まれたのは、地図かも知れません。ですが埋蔵金なんていうロマンチックなものなんかより、連中にとって価値ある物…そう、例えば悪魔関連の呪具、もしくは悪魔の封印場所を記したものだったとしたら?」

「「ッ――!!?」」


香奈ちゃんの推理に2人は驚愕する。

なにせ、報告書を読んで、空振りと決めつけた挙句、情報を見落とすところだったのだ。


「香奈ちゃん、いえッ、名探偵!私たちは何をすれば!」

「そうですね、……まずは、地図に掛かれていた内容をどうにか手に入れられないか。それと、所有者家族の中で魔術に関わった者が居ないかの洗い出しです!こんないわく付きの書物を所持していた家族です、縁者に魔術師が居ると踏んだ方が良いでしょう!運が良ければ複製品を持っている可能性すらありえます!」


気持ちよく喋り続ける香奈ちゃん、いや名探偵!

破天荒でいて理にかなった事をスラスラと推理する。指示も的確ッ!


「凌駕さまは、この事を上に報告です!連中の狙いが何にせよ、もしも悪魔召喚を目論んだテロを慣行されれば、一巻の終わりです!」

「お、おう…」


キメちゃった状態の香奈ちゃんは、もう誰にも止められない。例え凌駕であっても!


「しゃーーッ!いっちょってやりましょう!凌駕さまを子供と侮り、蚊帳の外に追い出した大人連中の度肝を抜いて、ついでに悪魔崇拝組織をぶっ潰したともなれば、凌駕さまの株も鰻登り!」


フハハハハと高笑いをキメる香奈ちゃん。そして、このあと、名探偵は、己の推理が正しかったのかを確かめるため、御自ら捜査に出向くのだった。お供の紫苑を引き連れて―――。


それぞれの思惑、覚悟、願いが錯綜するなか、ついにその時はきた。

約束の日、5月13日、…世界が震撼したあの日、神災発生のあの日が―――


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