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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
198/295

朱里に忍び寄る魔の手

「――しかし、困ったものですね。そんなに難易度が高い仕事でしたか?」

「「「「………」」」」


リビングのソファーに身を預け、なにやら資料を読んだ男は、溜息を吐いた。

男の目の前に居るのは朱里とその同居人である真理子・尚子・陽子の4人…


「今回の件、確かに彼方に一任はしました。しかし、この街に来てから出来た事と言えば、情報収集が関の山とは…」


男は目を通していた資料を置き、4人の顔を窺い見る。

資料には、これまで朱里が収集した熾輝についての情報が記載されている。

これを彼女が作ったのかと言われれば、否である。資料自体は、朱里の話を聞きながら陽子が作成したものだ。


「しょうがないでしょ。戦うにも敵の情報が少なすぎるのよ」


折角援助しているにも関わらず、結果が伴っていない事を咎められ、朱里は反論を試みる。

しかし、彼女とてそれが言い訳でしかない事は理解していた。


「おや、事前に我々が渡した資料だけでは、不足でしたか?」

「情報に齟齬そごがあった事、加えて対象の戦力が未知数というだけで、十分に再調査の必要があると思うわよ?」

「そうよ。それに、この子は実戦経験が皆無。闘いを挑むにしろ訓練と準備は必要じゃあなくって?」


朱里を弁護するように真理子と尚子が口を挟む。

それに対し、男は「ふむ」と顎に手を添えながら事前に渡していた資料と突き合わせを行いながら思案を開始する。


「…なるほど、状況は理解しました」

「じゃあ――」

「しかし、そうなってくると私の方でも彼等を押さえるのも厳しくなってきます」

「彼等――?」


一考の末、理解を示した男だったが、何やら訳ありの様な口振りで話をする。


「はい。以前にも話しましたが、件の少年を狙っているのは貴女アナタだけでは、ありません」


言われて朱里は「あっ」と思い出す。


「元々、あの少年の後ろ立てになっている人達が強すぎる。だから彼等は手を出せない…そう言いましたよね?」

「そうね…」

「相手が子供であるという理由で、大人の介入を良しとしない人達です。数年前、少年を狙った者達が徒党を組んで襲撃を仕掛けました。結果、圧倒的な力でねじ伏せられ、復讐は遂げられなかった」


男は、伝え聞いた情報を淀みなく話す。

しかし、その事は既に事前情報として朱里に渡した資料に記載されているし、今更話す内容でもない事の様に思える。


「しかし、逆を返すなら子供同士の戦いならば、大人である彼等も手は出せない。だからこそ、皆は彼方にすがるしかなかった」

「それは、理解しているわ。だからこそ、こうして情報収集もしているし、襲撃だって仕掛けた――」

「だけど、貴女では敵わないと悟って、撤退した」

「違うッ!元々、あの襲撃は熾輝の実力を計るのが目的だった!」


朱里は激昂し、声を荒げて反論する。


「威力偵察が目的だったと――?」

「そうよ」

「……良いでしょう。しかし、先ほども言いましたが、皆を押さえるのもそろそろ限界です。時間は、そう無い物と思って下さい」

「どういうこと――?」


意味ありげな言葉を言って、男は立ち上がり、荷物をまとめ始める。


「日に日に彼等の復讐心が膨張しています。このままでは、暴走して何をするか判ったものじゃありません。最悪、街の住民や学校に通う生徒達を巻き込んででも復讐を遂げようとする者も出てくるでしょう」

「ッ、――待ってよ、誰かを巻き込むなんて冗談じゃないわ!」

「………甘いですね」

「なんですって――?」


反論する朱里を、男は、まるで幻滅するかのような目で見つめ返す。


「復讐を心に抱いた者たちが、いったいどんな気持ちで貴女に託したと思っているのですか?」

「そ、それは……理解している――」

「いいえ。彼方は理解していない。本来であるのなら、彼等だって自身の手で復讐を遂げたいハズ。それなのに理不尽極まりない者達によって、それすら出来ない。心を引き裂かれながら、憎しみで身を焦がす…それがどれ程の地獄か理解していない」


まるで子供を諭すように言葉を紡ぐ男…しかし、それは悪の道へと誘うかいなである事を今の朱里には判断できていなかった。


「相手を地獄へ叩き落す覚悟を持った者達の行く末は、同じく地獄。彼等はその覚悟を持っています。貴女はどうですか?」

「わたしは……でも、他人を巻き込むなんて…」

「だから貴女は、甘いのです。もしかして復讐に正義があるなんて思っていたのですか?ありませんよ正義なんて。あるのは悪だけです。悪を成して悪を倒す以外の道が無いのなら、悪になりなさい」


それは、朱里の根底を覆す言葉だった。

城ケ崎朱里という少女は、悪を倒すのは正義であるべきと定めている。

故に、己の正義に基づいて行動すれば、結果はおのずと出る…そのように思っていた。

しかし、敵は想像以上に強く、今のままでは倒す事ができない。


ならば、正義を成して悪に屈するか、悪を成して悪を討つか……


いつの間にか、彼女の中で、その2択意外に道は、無いものとなっていた。


「もしも、貴女が正義を成そうとしているのなら、それは、覚悟が…憎しみが足りない証拠に他なりません」

「………なんですって?」


このとき、朱里は初めて深い闇を宿した眼光で男を睨み付けた。


「違うと言うのなら、証明してみなさい。貴女の覚悟を」

「いいわ。見せてやるわよ。どんな手を使ってでも熾輝を…いいえ、悪魔の子ディアボロスを殺してみせる!」


朱里の中で何かが吹っ切れた……いや、何かが壊れる音が聞こえた。

心に宿していたあらゆる物が黒く塗りつぶされていく。

男は、その光景を目の当たりにし、「すばらしい」と呟き、ほくそ笑む。


「ならば、私からもプレゼントを1つ…」


言って、男は懐から小瓶を取り出し、朱里に手渡した。

見たところ、普通の小瓶では無い事は、直ぐにわかる。

瓶の蓋には、札のような物が張り付けられており、中に要る何かを外に出さない様に封印が施されていた。


「これを上手く使えば、きっと貴女の役に立つハズです」

「…貰っておくわ」

「あぁ、それと。切札という物は、使ってこそ意味があります。いつまでも部屋の片隅に眠らせておくのは勿体ないと思いますよ―――?」


贈り物を受け取った朱里を満足そうに見つめた男は、室内に置いてあったスーツケースに視線を移す。

それは、魔術によるセーフティーが幾重にも施された朱里の切札だ。

微かに香る負の因子から、小瓶の中身と同種の何かだという事が男には、理解できた。……いや、理解するまでもなく、既に判っていたと言い換えた方が良いかもしれない。


「余計なお世話よ」

「…そうですか」


言いたい事は、全て言い切ったのか、男はそれ以上、なにも言うことなく帰って行った―――。



男が去った後、朱里は受け取った小瓶を握りしめ、歯を食いしばる様に震えていた。

それは、男に言い負かされた悔しさでは無く、自身の憎しみが日に日に薄らいでいた事を気づかされたからだ。


もちろん復讐の事を忘れた事など一度としてない。…ないのだが、敵を、八神熾輝と言う少年を知れば知るほどにその決意が揺れ動かされていく。


『もっと熾輝くんのことをちゃんと見てあげてください』……そう言った少女が脳裏に過る。しかし……


―(いけない。それは、まやかし…視てはいけない)


彼女が熾輝を知れば知るほど、情が湧き、悪と断じる事が出来なくなってくる。

だから、朱里は自らの意思で、本当の熾輝を見ないと苦し紛れ…自信を誤魔化すために心に決めた。


「…朱里ちゃん、あの男の口車に乗ってはダメよ」


と、真理子が思いつめる朱里に言葉を向ける。


「何を言っているの?私は、復讐を遂げなければいけないの。そのために貴女たちは、協力してくれていたんでしょ?」

「もちろん、そうよ。でもね、…貴女、本当に彼を殺したいと…彼が悪だと思っているの?」

「………どういうこと?」


たった今、朱里が苦悩し、心の奥底に沈め、重たい蓋をしたというのに、真理子は敢えてそれを開けようとする。


「もしも、少しでも復讐に疑念があるのなら、辞めた方がいい」

「ッ、今更そんなことが―――」


出来るハズが無い。後戻りは出来ない。そう朱里が声に出そうとして…


「出来るわよ。私たちと違って貴女の手は、血に汚れていない。幾らでもやり直せるわ」


朱里の言葉を制した真理子の発言に、朱里は戸惑う。

そして、思いつめる様にする真理子に変わり、尚子が言葉を紡ぐ…


「朱里ちゃん、私たちは、元復讐者なの」

「え――?」

「お互いに血の繫がりは無いって最初に言ったと思うけど、同じかたきを持つ者同士…それが私たちの繋がりよ」


朱里は、3人の関係性について、今まで聞いたことが無い。というよりも、聞く必要は無いと思っていた。

これから復讐をしようとする自分に様々な技能スキルを教えてくれるという相手が普通ではない事は、薄々感じていたからだ。

だから、相手の過去をわざわざ穿ほじくり返す様な事はしてこなかった。しかし…


「私たちが復讐と遂げた相手は、とんでもない下種ゲス野郎だったわ。両親を殺され、復讐を誓って、技能を磨いてきた…」

「結果、ボクたちは復讐を遂げた。でも、…心は満たされなかったよ。残ったのは、虚しさだけ。本当に何もない空っぽ」


復讐を遂げた者達が見る風景、それは、彼女たちにしか判らない。

だが、何故、今更になって彼女たちがそんな事を言うのか、朱里にはそれが理解出来なかった。仮にも復讐の手伝いをしてくれるハズの彼女らが…


「そして、今度は、私たちが復讐の標的となった。可笑しな話だけど、私たちが下種だと思っていた男にも家族が居て、大切に思っていた人たちがいた」

「もちろん、その事は事前に知っていたよ?だから、本当のアイツの顔を知れば、彼等も目を覚ますハズ…ボク等は、勝手にそう思っていたんだ」

「でも、あの人たちにそんな事は、関係なかった。あの人たちにとって、アイツは掛け替えのない存在…ただその一念だけで、私たちは彼等にとっての悪となったの」


その気持ちは、朱里にも何となく理解出来る。

復讐というのは、言ってしまえば人殺しだ。しかし、この胸の中で荒れ狂う感情は、理屈ではどうしようもない。

だから、あの男も復讐と言う行為を悪だと断言したのだ。


「安い言葉にしか聞こえないかもしれない。けど、復讐をしてきた私たちだからこそ言える。…朱里ちゃん、復讐を遂げても、貴女は満たされない。誰も幸せには、ならない。今なら引き返せる」

「………だったら、なんで私の手伝いなんか引き受けたの?」


それだけが不思議でならなかった。

復讐をする自分の元へ来て、その手伝いをするため、必要な知識を与えた…彼女たちの行動は、矛盾している。


「…本当は、朱里ちゃんを止めたかった。復讐なんてバカなことをして後悔するのは、私たちだけで十分。こんな苦しい思いをアナタがする必要なんてないわ」

「だから、知って欲しかったんだ。本当に憎むべき相手は、朱里ちゃんが思うような悪党なのかどうか。殺さなければならない相手なのかって」

「………そっか」


だから、彼女たちは情報収集と称して、熾輝のことを調べ上げ、観察し、人間関係までも把握させたのだ。

必要以上に熾輝に接近し、友達と言う仮初の信頼関係を作り、いつしか疑問を持つようにするため。

その結果、朱里は八神熾輝が自身の復讐相手足りえるのかと思い始めてしまった。

しかし、それこそ惑かし…誘導された意識に他ならない。


「消えて―――」

「朱里ちゃん、待って――」

「お願いだから消えて!出て行って!」


明確な拒絶の反応、涙を流し、信じていた者達からの裏切りによって、今の朱里の心は引き裂かれる痛みを感じていた。

それと同時に、魔力が発現する――


「もう誰も信じられない!どうして?なんで、みんなアイツの肩ばかり持つの?悪いのはアイツなのに、ママを殺したのはアイツよ!」

「違うわ!確かにあの災害は、彼の両親が引き起こした物かもしれない。でも、あの子が意図してやった事ではないって、判っているんでしょ?」

「それでも、アイツが原因の一端を担っていた事に変わりはないわ!アイツさえ居なければ、ママは、ママは―――」

「朱里ちゃん、落ち着いて!ヤケを起こしちゃ駄目よ!」


もはや朱里には何が正しくて何が間違っているのかなんて、どうでもよかった。

あるのは、どうしようもない程に荒れ狂った復讐心だけ…


「もう、誰も信じられない―――」


涙を流し、苦しみ喘ぐような表情を浮かべた朱里が魔術を発現させたと同時、室内に閃光と暴風が荒れ狂った。

3人は、それぞれに吹き飛ばされ、眩んだ目で必死に朱里の姿を探す…しかし、部屋の何処を探しても、彼女の姿は、既に無くなっていた。

僅かな荷物と彼女が切札と称していたスーツケースと共に―――。



◇   ◇   ◇



「――やはり、まだ子供。御しやすくていい」


マンションからそれ程離れていない一角、男は朱里の部屋の様子を窺いながらほくそ笑んでいた。


「それで、これからどうするのです?」

「私は、手筈通り彼女を追います。真部さんは、3人の始末をお願いします」


そういうと、男は朱里がマンションから出てきたのを見計らい、走り去る方向へと歩き始めた。


「言っておきますが、私自身は、それほど強くないので、使い魔任せになりますよ?」

「判っています。その技術を買っているからこそ、彼方を勧誘したんです」

「なら良いのですが…こんな大掛かりな事をしてまで彼女を勧誘する意味があるのですか?」


工作活動までして執拗に朱里を引き込もうとする男の狙いを真部は測りかねていた。


「おや、ご存じないのですか?あの娘は国際魔術解析Ⅰ種を最年少で取得した天才児なのですよ」

「…あんな娘が?」


真部の驚き顔を目にして、男は笑みを浮かべる。

なにせ、真部とて魔に魅入られた1人の研究者だ。朱里と同様、国際魔術解析という資格も当然持っている。…しかし、彼が持っているのはⅢ種が関の山であり、それなりの研究者であれば有している資格の1つだ。


しかし、これがⅡ種Ⅰ種ともなれば、その格が段違いである。

つまり、真部の驚きの中に嫉妬が含まれている事を理解し、男は笑ったのだ。


「プロジェクトの最終フェーズには、彼女の力がどうしても必要になってくる。だから、逃がす訳にはいかないのですよ」

「……なるほど、納得はいきませんが、理解はしました」


そう言うと、真部は懐からスクロールを取り出し、記述された魔法式を起動させた。

起動式が怪しい光を放ち、空間に穴を穿つとそこから2メートルほどの鬼…と呼ぶには歪な容姿。人と妖怪を無理やりくっつけた様な合成獣キメラが姿を現す。


「行け、殺した後は好きに暴れて構わない」

「Urrrr…」


真部の言葉に従うようにキメラは跳躍し、標的の元へと向かった。


「よろしいので?研究成果を野に放ったままにして」

「どのみち簡単な命令しか受け付けない失敗作…始末されたところで、こちらの懐は痛みもしないんですよ」

「そうですか……では、後ほど隠れ家で」


言って、男は朱里を追うために歩みを進める。

その後ろ姿を確認し、真部は彼とは逆方向へと進み始めた。


この後、朱里は男に誘われる様にして熾輝達の前から姿を消した。

そして、彼女が同居していた3人の女性が身を寄せ合っていたマンションに戻る事はなかった――。


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