咲耶の想い
春休みが明けて新学期になった。今日から晴れて6年生である。
思い起こせば、熾輝がこの街に来てからもうすぐ1年が経とうとしている。
この1年、色々とあった。魔導書の収集から始まり、妖魔や妖怪、魔人との戦闘を幾度となく繰り広げ、時には死にかけた事もあった。しかし、その都度、仲間と協力して乗り切ってきた。喧嘩と仲直りを繰り返し、咲耶、可憐、燕、アリアやコマと言った大切な人たちとも巡り合えた。
そういった掛け替えのない時間が熾輝を大きく成長させた1年だったと言える。
考えれば感慨深くなってしまうだろうが、とにかく進級だ。
学校最後の年、その幕を上げる前に生徒達には大きなイベントが待っている。そう、クラス分けである。
校舎前に張り出されているクラス表を見た熾輝は、知り合いの名前を探す。その結果――、
熾輝・咲耶・燕は同じクラス
可憐・朱里・遥翔が一緒のクラスとなった。
クラス表を確認していた熾輝の横では、咲耶と可憐が残念そうな表情を浮かべている。
親友同士が別々のクラスに割り振られたのだ、無理も無いだろう。
しかし、燕は熾輝と一緒のクラスになれたと大喜びしていた。
その両極端な反応から何とも言えなくなり、苦笑いを浮かべる。
かく言う熾輝自身も、仲が良い友達とクラスを別けられる事に若干の気落ちがあったものの、クラスが別けられたからと言って、彼等の友情に何ら影響はないと言い聞かせる。
ただ、少し気になったのが、咲耶の熾輝に対する態度がいつもより、ぎこちなかった事だろうか。
普段からオロオロとしている性格だったが、この1年でそれも大分なくなったと思っていた矢先、ここ最近、前にも増している様な気がしてならなかった。
そんな彼女の様子を気にしてはいたが、もうすぐ始業の鐘が鳴る刻限が近づいてしまったため、熾輝達はお互いに新しい教室に向かうのだった―――。
始業式が終わり、この日は簡単なホームルームだけやって学校は終了となった。
帰宅時、いつものメンバーで帰ろうと声を掛けたところ、燕は神社の手伝いがあるから急いで帰るとの事……どうやら、こういったおめでたい日には家族揃って神社に参拝へ来る人が多いらしく、儲かりどきなのだそうだ。
神職に就いている者が『儲かりどき』などと言えばバチが当たる気がするが、熾輝とて神社の事情を知る者の1人として金の尊さを理解している。故に本当はバチが当たるなどとは微塵も思っていはいなかった。
可憐はこのあと仕事があり、マネージャーのキャロルに連れられて急いで帰って行った。
その最、黒塗りの車の運転席に座っていた羅漢と目が合ったが、特に何も言わずに走り去ってしまった。
ちょっと寂しいものを感じたが、漢は言葉で多くは語らないものらしい。…が、一言もないのは、これ如何に?と思うのであった。
そして、問題の朱里なのだが、彼女は声を掛けるより前、早々に帰宅してしまったので、誘う事が出来なかった。
先日の遥斗の忠告を忘れた訳ではないが、熾輝としても朱里との問題は、何とかならないかと思っているのだ。
それは、血生臭い解決ではなく、円満に話が運ぶ流れをどうにか作れないかというもの。
しかし、今のところ、そう良いアイディアは浮かんでこない。
――とまぁ、仲の良い友が様々な事情で帰宅してしまったとなると、残った熾輝、咲耶が一緒に帰る流れになる訳なのだが……
「………」
「………」
静寂が続いていた。
ここへ来て、ようやく熾輝は最近の彼女の様子がおかしい事を本気で考える様になった。
いつもであれば、彼女が常に話題を振ってくれて、話が尽きなかったのだが、ここ最近、それが全くない。
元気がないかと言えば、そういう訳でもない。可憐や燕と一緒に居るときは、普通に話も出来ている。
しかし、2人きりになった途端にこれである。…気になってはいたのだが、話をする切っ掛けが中々つかめず、現在に至ることとなった。
だから、この静寂に耐えかね、話を振ってみる事にした。したのだが…
「最近なにかあった――?」
「え――?」
あまりにも漠然とした質問に咲耶は戸惑う。
人と話す事がお世辞にも上手とは言えないのが、熾輝の弱点と言えるだろう。
伝えたい事が上手く伝えられない。それは余りにも歯がゆく、悔しい事だ。
しかし、友達が悩んでいるのなら力になりたい。そう考える熾輝は、苦手を克服するためにも頑張って話をすると決めたのだ。
「その、…最近元気がないように見えたから」
「そ、そうかな?いつも通りだと思うよ―?」
「え――?」
「え――?」
「………」
「………」
再びの静寂、だが、ここで引きさがる訳にはいかない。
今一度、己を奮い立たせ、再度話を続ける。
「そ、そういえば、最近、魔導書…エバーグリーンは、上手く扱えている?」
奮い立たせておいて、話を別方向に持って行く。…案外、熾輝はヘタレである。
「あ、うん。おかげさまで、共鳴…っていうの?段々と馴染んでいくのが実感できているよ」
「それは良いことだ。あの本は、咲耶専用にチューンナップされてはいるけど、深い所で繋がれば、その内、手元に無くても呼び出す事が出来る様になるよ」
「え?そんなことまで出来るようになるの?今まで持ち歩こうかどうしようか迷っていたのに」
「うん。遥斗から聞いたんだけど、ローリーの書は元々【概念】が本の形を得たものなんだって。だから所有者との繋がりが強くなれば、呼び出す事も可能になるし、むしろ所有者と一体化して、出し入れする事も出来るようになるらしい」
そう言った概念が形を成した物を魔術師の間では、【宝具】と呼ばれている。
もちろん、それ以外にも効果や威力において、認定されることもある。
「そういえば、熾輝くんが真白様に貰った剣…変幻自在の樹刀だっけ?あれは、普段どうしているの?」
「あぁ、いつも持ち歩いているよ」
「え?でも……」
今も持っていると言う熾輝を見る。…しかし、それらしい物は見当たらない。
すると、熾輝はシャツの内側にネックレスの様に首に掛けていた紐に付けている小袋から植物の種の様な物を数個、取り出した。
そして、周りに人の眼が無い事を確認すると…
「え?え?」
驚く咲耶の目の前で、種は急速に成長し、一輪の花となった。
明るい黄色の小花は、熾輝の手の中で凛と咲いている。
花の名はメランポジウム、花言葉は元気をだして・あなたは可愛い・親切といった物で、最近元気がない咲耶に送るにはぴったりの贈り物だ。
ただ、敢えて花言葉を口にしないのは、キザっぽく思えたからである。
「すごい!小さい!きれい!」
花を見た途端、咲耶の顔がパッと明るくなる。
そんな彼女の表情を見て、少しは元気になったかと思い、熾輝は微苦笑する。
「はい、プレゼントだ」
「え?いいの?だって、これって熾輝くんが真白様から貰った…」
「あぁ、沢山ある内の1つだ。別に構わないよ」
「どゆこと――?」
咲耶は不思議に思いながら、差し出された花を受け取る。
しかし、花の形を模しているとはいえ、受け取ったのは熾輝の愛刀とも呼ぶべきミストルテインのハズ…
「色々と試してみて判ったんだけど、このミストルテインは、個として存在していないんだよ」
「…ん――?」
熾輝の説明にイマイチ理解が及ばない咲耶は、疑問符を浮かべ、それに際し捕捉説明を開始する。
「言ってしまうと、全ての植物が僕にとってミストルテインなんだ。あのとき、真白様から貰ったヤドリギは、植物を支配下に置くための契約書みたいなもので、そこら辺の雑草ですら、ボクが手に持ってイメージするだけで木刀にもなる」
言って、熾輝は落ちていた小枝を拾い上げると、意識を集中させ、オーラを流し込んだ。すると、小枝はメキメキを音を立てて、その姿を変えていく。
1分と待たずして、熾輝の手の中には、一振りの木刀が握られていた。
「まぁ、こんな感じ」
「す、すごい…」
「木刀だったら、ある程度、どんな構造をしているのか、小さい時から振っていて理解していたからイメージしやすいんだけど、さっきみたいに花を造り上げるには、色々と植物について知る必要がある。だから、実際に触ったり図鑑を見て知識を得たりしないと作れないんだ。おまけに植物を成長させるのに大量のオーラを消費するから燃費も掛かる」
ふうっと、息を吐いた熾輝は、手にしていた木刀に再び意識を集中させて、元の小枝へと戻していく。
しかし、話だけ聞くと、とんでもない能力を得たと言っても過言ではない。
例え丸腰だったとしても、そこら辺の雑草ですら武器へと形を変える能力、まさに変幻自在と冠するにふさわしい。
「今のところ、作れる植物の引き出しは少ないけど、…手品の種として、友達を喜ばせるくらいは、出来たみたいだ」
言って、熾輝が微笑みかけると、咲耶は自分が笑顔を浮かべている事に気が付くき、気恥ずかしさから、頬を朱色に染めてた。
「僕の勘違いだったかもしれないけど、やっぱり咲耶は、笑顔が似合うよ」
「う、うん――。」
それは、友を想う熾輝の本心だ。
最近、彼女の笑顔を見ていないと感じていた熾輝は、久しぶりに見せた咲耶の笑顔で、少しは、元気を取り戻してくれたと安心していた。
気が付くと、お互いの家へと帰る分かれ道まで来ていた二人…
「それじゃあ、また明日学校で」
「うん、また明日」
それだけ言うと、2人は手を振って、歩き始めた―――。
◇ ◇ ◇
熾輝と別れた咲耶は、家に着いて、手に持っていた小さな花を鉢植えに移すと、自室の日当たりの良い場所に置いて、ベッドに身体を預けた。
そして、ぼんやりと天上を見つめる。
学校が午前中で終了したため、もうすぐ昼時…
家のキッチンでは、同居人であるアリアが昼食の準備を進めてくれており、少しの間、休憩する分にはいいだろうと、自分に言い訳をして、ベッドの上で目を閉じる。
ふかふかの布団が体を優しく包み込んでくれて、今は心地よかった。
「メランポジウム、花言葉はたしか――」
仮にも植物学者の父を持つ娘、小さい頃から、人より草花と接する機会は多いし、知識も豊富だ。
故に熾輝がプレゼントしてくれた花の名は、もちろん知っているし、その花言葉ですら簡単に思い浮かべる事が出来る…
元気をだして・あなたは可愛い・親切
どれも受け取り手に対しては、良い意味の言葉だ。
熾輝がそれを知っていて送ったかまでは咲耶には、判らない。
しかし、ふとした瞬間に考えてしまう。
もしかしたら元気づける目的の他に意味があったのではと……
「……違う、きっと、私を元気づけようとしてくれただけだ……」
考えても、彼女は即座に自分の考えを否定する。
そうすると、自身の胸が締め付けられるように苦しくなった。
この感情が何なのか、彼女は既に理解している。
心では判っていながら、頭で考えるのを放棄しようとしていた。
そう努めようとすればするほど、悲しくなり、辛くなり、怖くなった。
彼を好きな子が居る。自分は知っている。
そう思うと、涙が溢れて来た。
自分は酷い裏切りをしている。友達が好きな人を好きになってしまった。
自身が何に怯えているのか…友達を裏切って罵られ、嫌われることか。今までの関係を壊そうとしている事か……
怖いのに、それとは別に溢れてくる激しいこの気持ち……
誰かに取られたくない…そう気付いてしまったのは、あのとき、朱里に一言がきっかけだった。
彼女が熾輝に告白をすると言ったあのときだ。
自分でも信じられなかった。駄目だと、思わず声に出していた。
「………好き」
声に出すと、ストンと心に落ちるこの感覚。
実際に彼の前で口に出す事が出来ないこの言葉。
胸が張り裂けそうだ。
しかし、彼女は、それら全ての想いに蓋をする。
窓際にひっそりと咲く一輪の花を見つめて決意する。
明日もまた、変わらない笑顔を彼に見せようと―――。




