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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
196/295

遥斗の心配

都心の霞ヶ関において行われた会議は、おおやけにはされていない。

と言うのは、一般人に対してと言う意味であり、今回の会議について、裏社会に生きる者達は、既に情報が回っている。

会議の議題は主に2つ、裏社会に生きる者が魔術若しくは能力を用いて犯罪行為を行った先の銀行強盗事件についてと、魔能拘置所における脱走事件についてだ。


会議は、午前中から始まり、終わったのは日が沈み切ったころ。

出席者は、一様に疲れ切った顔を覗かせ、本会議で決まった事項について、それぞれが与えられた役割を今後担っていくことになった。


まず、銀行強盗事件については、実行犯の身辺調査と背後関係。

おそらくは、結社などの秘密組織が関与している事が予想される事から、徹底した洗い出しを行い、組織の割り出しを急ぐ。


そして、魔能拘置所に拘留されていた脱走犯の行方を追うこと。

また、集団脱走と脱走前に何者かが拘置所に侵入した事が既に判っていた事から、脱走を手引きした者の捜査を行う。


――と言った内容が話合われた。


この会議には対策課のトップである木戸伊織以下、十二神将の役職を得ている9名全員と対策課とは別組織に当たる十傑が全員参加した。

付け加えるなら、現在の十二神将は、空席が2つある。

数年前の神災以降、対策課のトップを担うだけの人材が不足しているため、致し方ない事ではあるのだが、結果、今回の事件発生を許したともいえるだろう――。



「――判ってはいたが、荒れに荒れたぜチクショウッ!」


対策課、十二神将のトップである木戸伊織は、本日行われた会議で溜まった鬱憤うっぷんを晴らすかの如く、ジョッキに注がれたビールを一気に干すと、テーブルにガンッと置いた。


「木戸のおじ様、お気持ちは判りますが、歳なんですからお酒を一気に煽らないで下さい」


飲みの席に同席していた東雲葵は、木戸の身体を気遣いながらも注意を促す。


今回の会議、実は五柱である彼女も参加していた。

本来であれば、今の彼女は、一戦から離れて久しく、今会議に呼ばれる事は無かっただろう。

しかし、今回の事件、彼女は無関係とはいかなかった。なぜなら、拘置所から脱走した犯人の中には、因縁のある男が居たからだ。


名を【真部修一まなべしゅういち】、過去、葵の双子の兄を人体実験の道具に利用し、その後、旧暁の夜明けという魔術結社の構成員となった。

2年前、結社が熾輝を狙い、偶然にも真部と再会した事から打倒……そのまま拘置所へと収監される事となった。


そして、熾輝を狙った構成員の内、およそ30名も同拘置所へ収監されたのだが、彼等も今回の事件において脱走した。


「嬢ちゃんには、本当に申し訳ないと思っている。…この通りだ。勘弁してくれ」

「おじ様……」


70を超えた男が白髪頭を下げて葵に謝罪をする。

本来なら、木戸は遠の昔に一戦を退いて隠居していた身だ。

しかしながら、人手不足と国力の低下を理由に国のトップから復帰を要請されたため、その場凌ぎのとして、十二神将のトップの座に座っている。


その場凌ぎと言ったが、木戸は現役だったころ、十二神将最高峰として君臨していた。

事実、現役を退いて尚、現十二神将など、彼の足元にも及ばず、実力は未だ衰えていない。

彼が復帰後、幾度となく国の危機を救ってきたし、後任の育成にも粉骨砕身している。


そんな彼でも…いや、彼だからこそ、今日の日本があると言っても過言ではない。


「おじ様、顔を上げて下さい。私は別に怒っていません。それどころか、全部を丸投げして退いた自分を悔やむばかりです」

「嬢ちゃん、それは違う。お前さんは後見人だが、坊主の親代わりだ。嬢ちゃんと、そして坊主が大切にしている物を奪う事は、やっちゃあいけねぇと俺は考えているし、あっちゃあならねぇんだ」


葵は、五柱という立場…とはいってもフリーの術者だ。だから、本来は国の影響下にはない。

しかしながら、彼女は力ある物として、それに伴う責任を弁えている。

だから、熾輝の親代わりとの板挟みにあっているのだ。

だが、木戸は言う…今、手の届く場所にある物を大切にしろと。


結局、彼女は、答えを出せないまま、有事の際は必ず力になるとだけ木戸に伝えた。

心の中には、未だ両立出来ない事に対する罪悪感が燻っていたが、この問題は、いづれ彼女が自分で答えを見つけなければならないだろう―――。


「ところで木戸のおじ様、そろそろ其方そちらの方を紹介して頂けますか?」


そう言って、貸しきられていた店内の物陰に隠れる様にして立っていた人物に視線を送り、葵が促すと……


「おっと、こいつぁいけねぇ。話に夢中で忘れるところだった」


バレていたかと後頭部をカリカリと掻きながら木戸は苦笑いを浮かべ、その人物を呼ぶ。


「おいボン、出てこい」


と木戸の呼び声に応えて姿を現したのは、少しヤツレ気味で眼鏡を掛けた…疲れのせいか、単に老けて見えるだけか、見た目30代くらいのスーツ姿の男性だった。


じいちゃん、ボンは辞めてくれって言ってるだろ」

「なぁに、言ってやがる。可愛い孫をどう呼ぼうと俺の勝手だろう」

ぼかぁ、今年で29になるんだから、いい加減、その呼び方は恥ずかしいて」


僅かに京都なまりを含んだ言葉と気さくな感じ。

対策課のトップに対する態度としては如何な物かと思ったが、2人の会話から祖父と孫という関係が判る。

ただ、見た目に反して、未だ20代であったと心の中で驚いたのは、葵だけの秘密である。


「おじ様――?」

「悪いな嬢ちゃん。コイツぁ俺の孫で【木戸零士レイジ】っつぅんだ」

「初めまして。木戸零士と申します。普段は学園の教師をしております」


木戸に見せる気さくな態度を一転させ、姿勢を正し、折り目正しく挨拶をする。

それに対し、葵も挨拶を返して自己紹介をしようとしたところ…


「――存じております。魔術医・・の東雲葵先生ですよね」

「え、あ、はい」


零士は「五柱の」ではなく、「魔術医の」と言った。

普段、葵は五柱のと呼ばれてる事が殆どであり、本業を表に出される事は、まず無い。

そこにどんな含みがあるのかは、判らない。だが、目の前の男からは、不思議と裏表を感じさせない…ともすれば、好感を持てる相手だと直感した。


「ボクが受け持った生徒や、知り合いが、先生のお世話になったと良く言っていました。それと、先生の論文を拝見させてもらいましたが、とても参考になります」

「参考?失礼ですが、零士さ…先生は、学園では何を教えているのですか?」

「主に呪術が僕の担当ですが、こっちの方も少しかじっています」


そう言った零士は、二の腕の力コブをアピールするように右腕を曲げた。…が、スーツの上からだと力コブがよく見えず、全然伝わってこない。しかし、その動作から零士も能力者である事を匂わせているだの。


そして、呪術と聞いて成程と思う。基本的に魔術医は、現代医学に魔術というプラスαの力で身体を治療すると思われがちであるが、実際はもっと奥が深く、呪いを解呪する事も専門としている。


その後も、零士は葵の論文について、疑問点や問題点を次々と質問・指摘していく。

余程、勉強熱心なのか、こういった機会は滅多に無いと、普段の疑問と彼なりの見解を述べていく。

普通なら、プライベートで仕事の話をされても面白くもないと思ところだが、何故か零士と話していても、そう言った嫌悪感は微塵も感じず、むしろ話していて面白いと感じさせられた。


「――いやぁ、ホンに今日は、有意義な時間を過ごさせてもらいましたわ」


満足そうに話をする零士、気が付けば時計の針はあっというに周回していた。

そんな零士の楽しそうな顔をみて葵の口からも笑いが漏れる。

そんな葵の態度をみて、自分の話ばかりに付き合わせてしまったと思った零士は、軽い謝辞を述べる。


「あ、いや、お恥ずかしい。つい夢中になってしまいました。」

「ふふ、良いんですよ。私も楽しかったですし。でも、零士先生って、気分が乗ると京都弁になるんですね?」

「ああぁああ、ボクまたやってしまいましたか。普段は気を付けて、いるんですけど。どうも興奮すると素が出ていけませんな」

「あら、良いじゃないですか。親しみやすくて、私はそっちの方が好きですよ?」

「そッ、そうですか!?いやぁ、教職に就いていると親しみやすさより威厳を持てって、よく言われるもので」


葵の好きという言葉に反応して、零士は顔を赤くする。

もちろん他意が無い事は、彼自身判っているのだが、どうにも葵クラスの美人に好きという言葉を言われるとドギマギしてしまうのは、男性として仕方がない事なのだろう。


「ところで、零士先生は、おじ様の手伝いに来たのですか?それとも観光に?」

「…え?」

「…ん?」


キョトンとする零士を眺め、葵は小首を傾げる。


「おいおいボン、勉強熱心なのは結構だが、仕事を疎かにするんじゃあねぇよ」


言われ、零士はハッとした。

ワタワタと焦り始め、横に置いていたバッグを手に取り、中から何かを取り出そうとしている。


「ス、スミマセン!ぼかぁ学園の仕事で来ていたんです!」

「お仕事ですか?」


はてな?と葵は疑問符を浮かべる。

学園と葵…この2つを繋げる物があっただろうかと考える。…が、彼女には全く身に覚えがない。

あるとすれば、先日、熾輝の通う学校に転校してきた城ケ崎朱里のこと。…彼女は、おそらく学園の生徒だっただろうと、熾輝との話で察していたが、その事は誰にも言った覚えは無いし、第三者が知る事は出来ないハズだ。

しかし、丁度目の前に学園の教職員が居るのだ。聞いてみるのも悪くは無いだろうと思いを巡らせていると……


「実は、この2人と接触する前に、葵先生からお話をお伺い…若しくはご家族との仲介をお願いしようと思いまして――」


言って、差し出された資料を見て、葵は合点がいった。

そこには、彼女がよく知る少女の写真が2枚張られている。


「彼女たちと葵先生は、知り合いと聞いています。…もっと言えば2人は既に能力と魔術、裏社会こちらがわと接点を持っているようですね?」


葵は資料に添付された彼女たちの写真を見て、遂にこの時が来たかと思った。

遠からず、学園から接触があるだろうとは思っていたが、まさか最初、自分にコンタクトを取ってくるとは思いもよらなかった。


1人は規格外の魔力と魔導書を有した少女、もう1人も規格外の能力を有した神社の一人娘…


「神職の娘さんの方は、家柄から考えて、こちら側から接触するのは問題ないと判断できるのですが―――」

「問題は、結城咲耶ちゃんの方…ですか?」


葵の質問にバツが悪そうに首肯する。


「結城咲耶さんの御両親、血縁を徹底的に調べましたが、生粋の一般人でした。今まで彼女の親族に裏社会に関係したという事実は確認出来なかったんです。もちろん稀なケースでは、ありますが、事例が無い訳ではありません。しかし、そうなってくると、学園も慎重にならざるを得ないのです」

「そう、ですよね…」


咲耶は魔術とは無縁の一般家庭に生まれた。

本来なら裏社会とは、関係を持たず、普通に生きていく人生だっただろう。

しかし、ひとたび魔術という神秘に触れてしまった以上、そうはいかない。

魔術は秘匿されなければならない。…それは世界の共通認識であり、表世界に知られてはならない。

故に咲耶には、学園という名の国が管理する機関で教育を受け貰う必要…もっと言えば国が管理しなければならないのだ。

だが、それを一般人である彼女の父親が容認するだろうか?

可愛い1人娘を学園と言う名の檻に閉じ込め、国からも監視される。

過去において、学園と親との間に摩擦が生じ、結果、親の記憶を操作…子は居なかったものとした事例が幾つもある。


「本来なら、貴女に頼むのは筋違いな事は承知でお願いします。どうか、ボクと結城家との仲介をしては頂けないでしょうか?」


深々と頭を下げる零士…きっと、彼は、望もうと望まないとに関わらず、子供には不幸になって貰いたくないのだろう。

だから、本来は無関係と言ってもいい葵と接触を図り、少しでも咲耶の親から理解を得たいと思っているのだ。しかし……


「少し、考えさせてください」


事が事なだけに、葵の中でも、直ぐに結論が出せる物ではなかった。

しかし、零士もそれは理解していたのか、落胆することなく、助力を求めるに留め、この日は解散となった――。



◇   ◇   ◇



ところ変わって都内某所、住宅街の中にひっそりと立てられた小さなビル。その中のワンフロア…


フランス聖教【祓魔師エクソシスト部隊】と協力関係を築いた凌駕は、日本に侵入した悪魔崇拝組織を打倒すべく行動していた。

捜査の末、組織が根城としていると思しき場所を突き止め、部隊と共に強襲を仕掛けたのだが……


「――駄目だ、もぬけの殻だ」

「遅かったか」


結果は空振りに終わった。


「連中が、先日までここを利用していたのは、間違いないようだ」


室内を見分する凌駕とドニーに聞き込み結果を報告する女性


「ビルのオーナーの話によれば、1日前、急に契約を解除して出て行ったらしい。急な事で仕事が立ち行かなくなったと思っていたらしいのだが、契約解除を行いに来た人物の顔は覚えていない…おそらく精神操作を受けたのだろうな。契約時に用意した書類も全て偽造だ」

「エマ、出入りしていた奴らの特徴は、判るか?」


敵が魔術師であるならば、ビルのオーナーにしたみたく、他者に対し精神操作をするだろうと思うかもしれないが、精神操作系の術は一人一人にしか掛けられない上に時間も必要とする。

故にドニーは、付近住民から目撃情報を得られないかと質問したのだが…


「付近住人も詳しくは判らないらしい。ただ、ビルを利用していた人数は5人程度、全員が30から40代の男性だった事くらいか…」


エマと呼ばれた女性、実は先日凌駕たちと一戦交えたエクソシストだ。

彼女は、付近の聞き込みにより得た情報を読み上げ…


「一つ、気になった情報と言えば、…連中、準備がもうすぐ整うと言っていたらしい」

「準備――?」

「うむ、たまたま聞いていた住民の言だ。…が、それ以上の事は聞いてないとの事だ」

「チッ、ここに来て嫌な情報を残しやがる――」

「おい――」


ドニーとエマで情報のやり取りを行っていた間、フロアの中を見分していた凌駕から声が掛かる。

凌駕は、フロアの中にある部屋の1つを開け、そこで立ち止まっていた。


「何か見つかったのか……て、こりゃ――」


部屋の中にあったのは、大量の裁断された紙屑と壁に描かれた逆樹のシンボルを目にしてドニーが息を飲んだ。


邪悪の樹クリフォト……」

「クリフォト――?」


聞きなれない名に、凌駕はドニーへ疑問を投げる。


「あぁ、悪魔崇拝者の元締めみたいな組織だ」

「そんなにヤバイ連中なのか?」

「っ、ヤバイなんてものじゃない!奴等の構成員は、人を人とも思わない屑だ!我々の庇護下にある教会が何度も襲撃を受け、幼子の命が何度も奪われた!」


激昂したように語るエマ、しかし凌駕は、それにあてられる事無く、室内を見分する。


「五月女の、貴様は、十傑の息子だと言っていたが、クリフォトの存在も知らなかったのか!」

「よせ、エマ。フランスと日本では、文化圏が異なる。今まで、連中が日本に支部を作っていたなんて情報は、俺達も掴んではいなかった事だ」


ドニーの言うように、日本では古くから妖怪や鬼といった悪鬼羅刹が…そしてフランスでは、怪物モンスターや悪魔といったものが存在していた。

それに、【邪悪の樹】と言っても、フランス聖教ですら実態が掴めていない組織だ。

裏社会(国外の)においても存在するかも怪しい都市伝説と化している風潮がある。

故に凌駕が知らなかったとは、いえ仕方のない事ともいえる。


「要は、畜生以下のクズが集まった組織って事だろう?」


凌駕は、覚えている。連中が何をしたのかを…

悪魔召喚などという最悪の禁術に手を出し、あろうことか、幼い子供達を生贄にしようとしたことを……

その怒りが今にも爆発してしまうのではと、ドニーとエマは息を飲む。

しかし、爆発させるのは今ではない…


「だが凌駕、クリフォトが関わっていると判った以上、おそらくフランス聖教も本腰を入れる事になる。そうなってくると、やはり日本の組織としての力を借りざるを得ない」

「……だな。連中がどの程度の規模で日本うちに入り込んでいるかは、判らないが、人手は必要だ」

「まてドニー、貴様何を考えている―――」


エマの声を制止て、「まぁ聞け」と一言置いて話を続ける。


「結論から言えば、フランス聖教うちと日本のタッグが組めないかと考えている」

「バカな!?そんな事が出来るハズが無い!」

「何故そう言える?」

「当然だ!考えてもみろ!神災以降、日本は裏社会的な意味で国交を完全に閉ざしている。だから、我々も秘密裏に日本で活動しているのだろう!」


エマの言う事は、つまりこう言う事だ。…神災で国力(裏社会的な意味)が低下した日本は、その低下率を悟られない苦肉の策として、裏社会に属する人間の入国を可能な限り除外してきた。

故にエマは今回の事件で、他国の介入を許すハズがないと考えているのだ。


しかし、当然ドニーもそんな事は理解している。それが判った上での提案だった。にも関わらず、エマはドニーの提案を真っ向から否定しに掛かる。


ただ、凌駕は、そんなドニーの意見を静かに聞き、自分に何が出来るのか模索する。…が、闘いの実力があっても、そう言った政治的な話は、考えても限界がある。

彼が未だ子供だからと理由づけるのは、仕方がなのかもしれないが、やはり、凌駕にもドニーが言わんとしている事は無理があるのでは?と思っていた。


「エマの言う通り、現実的に難しいのは、判っている。おそらく、ウチのトップが出張っても、日本の政治家連中に突っぱねられて終わるのが関の山」

「それが判っているのなら、土台無理な話だろう」


ドニーの話は夢物語だ。それを理解していて、やはり無理だと言う結論に至るとエマは思っていた。しかし……


「俺は、何をすればいい――?」

「なッ――!!?」


凌駕の発言にエマは、我が耳を疑った。

なにせ、これまでの話の流れで、不可能だという事は、子供にも判ると思っていたからだ。


「おまッ、今の話を聞いていなかったのか!?」

「聞いていたさ。俺もアンタと同じで無理だと思う。けど、ドニーのおっさんが俺に言うって事は、俺に…いや、正確には五月女凌駕にも出来る事があるって事なんだろう?」


ドニーは凌駕の言葉を聞いて、感嘆する一方でニヤリと笑みを浮かべた。


「凌駕、お前さんには、五月女っていうビンテージをフルに活用して、内側から圧力をかけてもらいたい」

「それは、つまり…」

「そう、内と外からの交渉で政治家連中を黙らせる」


要は、政治家が如何に政治的な問題を笠に着ようとも、日本を裏から守ってきたのは、裏社会の人間だ。だから、そういった裏社会の意見を無視する事は、できないし、何より、裏の社会においての戦いは彼等の土俵、故に彼等の判断が優先される事態だと認識させればいい。


「お前の言いたい事は、判った。しかし、コイツは五月女と言ってもまだ成人もしていない子供だ。子供の意見など大人が相殺してしまうぞ?」


エマの言う事も一理ある。だから凌駕は、独断でドニー達と手を組んでいたのだから。


「1人、裏にも表にも顔が効く人物に心辺りがある。その人の助力を得られればもしくは…いや、必ずなんとかしてもらえる」

「オッケー、手段や方法は凌駕に任せる。俺達は、急いで上層部に話を通しに行く。あとは……」


話は纏まったため、ドニーが行動を起こそうとするが、そうは問屋が卸さない。

何しろ、室内に埋め尽くされるようにして置かれている裁断された紙屑の山々…その全ては、おそらく何らかの書類を裁断した形跡なのだろう。つまりは、重要な証拠物件と言う事になる。


「チクショウッ!連中、絶対ワザとこんな遺留品を残して行きやがったぞ!」

「我々からしたら、何かの手がかりになるかもしれない物ですからね。…絶対とは言えませんが」

「貴重な情報源かもしれないぜ?連中がココを去ったのは、昨日なんだろう?案外、廃棄に手が回らなかったとかな」


裁断された紙屑の山を見て立ち尽くす3人は、このあと、応援に駆け付けたエクソシスト達が用意したトラックの荷台一杯に証拠品を積み込んだ。そして、1枚1枚を繋ぎ、原型回復に時間を費やされる部隊の隊員たちは、暫くの間、寝れない日々が続くのであった――。



◇   ◇   ◇



「――襲われた?」


そう電話口で驚いた声を上げたのは、熾輝の同級生…かつて死闘を繰り広げた空閑遥斗だ。

熾輝が帰宅したのち、丁度遥斗からテレビ電話の着信があり、今日の出来事を報告している。遥斗自身は、本日開催された奉納祭についての結果を聞こうとしていただけだったのだが……


「と言っても、ちょっかいを出された程度だけどね。直ぐに撤退してくれたし」

「でも、街中で奇襲を受けたんだろう?」

「うん、まぁそうだね」

「そうだねって……」


あまりにも素っ気ない熾輝の態度に遥斗は、若干の呆れを覚える。

だが、実際に熾輝が戦った感想として、朱里の実力は自分には及ばないというものだ。


「まぁ、君に奇襲を仕掛ける事の難しさは、ボクがよく理解しているけど、それでも街中で襲ってくるなんて…」


お前がそれを言うのか?…と思いつつ、敢えて口には出さずに苦笑いを浮かべる。


「とにかく、この事は結城さん達に言っておいた方がいいよ。キミ、彼女が刺客だってことを言っていないんだろう?」

「そうだけど、僕としては伝える必要は無いと考えているよ」

「は?なんで?」


そのように返してくるとは思ってもみなかった遥斗は、驚きの表情を浮かべる。


「いや、なんて言うか…朱里と咲耶たちは普通に友達やっているんだよ。休日も一緒に遊びに行くほどには、仲が良いみたいなんだ」

「……熾輝くん、結城さん達を傷つけたくないから?」


遥斗の問に一瞬、言葉が詰まる。

確かに遥斗が言うように、咲耶たちを傷つけず、このまま友達として歩む道が無いかと思っていた。

彼女らは優しい…それは、自分がよく知っている。だからこそ、朱里が実は刺客だったなんて事実を告げる事が出来なかった。


「それって、君の自己満足じゃあないの?もしも、その朱里って子が結城さん達を人質に取ったらどうするつもりなの?」

「いや、それは僕も考えたけど、朱里はそういう事をするヤツじゃないよ」

「どうして、そう言い切れる?君の命を狙って遥々やって来たような娘だよ?しかも奇襲を仕掛けてきているんだ。絶対に相容れない相手だろう?」

「それは……」


遥斗の言い分は正論だ。誰もがそうだが、正論に対し、言い負かせるような奴はいない。

故に熾輝は何も言い返す事が出来ない。


「もしかしてだけど、キミ…その朱里って子に情が移ったんじゃあない――?」


そう言ってきた遥斗との問答が暫く続いたが、結局、熾輝は頑として今の状況を崩すつもりがないと言い張った―――。


「―――はぁ、…まったくもう」


電話を終えた遥斗は、溜息を吐き、呆れた表情を浮かべている。

そして、考える……


熾輝は不器用ではあるが、常に冷静に冷淡に行動が出来るヤツだと認識していた。しかし、今回の彼はどうだ?まるで冷静じゃない…いや、正常な判断が出来ていない。常の彼であったのなら、刺客と判断した時点で敵を叩くくらいの事はしていた。それなのにそうしなかった。

朱里と言う少女が刺客だと判ったのは、いつだと聞いた時、割と早い段階、先日の強盗事件の翌日だと言っていた。もちろん、それが判っているなら早く手を打つべきだったと提言はした。だが…、『いや、だって、あの時は、朱里が僕の事について聞いてこなかったという漠然とした理由で刺客だと決めつけていただけだし…』等と煮え切らない始末。

正直、自分が熾輝の立場なら、自分の情報をある程度掴んでたから聞いてこなかったと推理し、そこから調べ上げ、行動に移す。…と、常の彼でもそれくらいはやっていたハズなのだ。

なのに、それをしないと言うのは……


「感情が戻った弊害――?」


感情を取り戻しておいて、弊害が生じると言うのも可笑しな話である。

言って、遥斗は自身の言葉を否定するように、首を振り、自身の病室へと戻って行った―――。



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