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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
194/295

可憐、怒る

「一本ッ!それまでッ!」


主審の旗が高らかに上がり、決着を告げる。


「勝負有り、八神熾輝の勝利ッ!」


開始線で礼を行い、互いに試合場から退場していく。


観客からは、惜しみない拍手が選手に送らる。


「危うかったのは、序盤の奇襲だけか」

「終わってみれば、熾輝の圧勝だったわね」


結局、試合は2本目以降、危なげなく倉科の剣筋を読み切り、隙を突いて熾輝の小手が決まると、そこで試合は終了となった。


『――え~、このあとは、表彰式となります。準備が終わるまでは、待機していて下さい』


運営のアナウンスが境内に反響する。


「あっ、いけない。私は、このあと手伝いがあるから行くね」

「そう言えば、燕は運営の手伝いだったわね。…1人の選手を応援しちゃっても良かったの?」

「いいの、いいの。だってホラ、今日はお祭りだもん。無礼講だよ~」


運営サイドが応援に加わっても良いものかと言う朱里の疑問だったが、お祭りという枠組みである以上、そういう細かい事は、咎められないらしい。


ただ、彼女の場合は、運動会で敵陣営…しかも実況と言う仕事をしていても熾輝を応援していた前科があるので、今日が正式な試合でも、おそらくは応援に加わっていただろう…。


「じゃあ、行ってきます」

「――なんて言うか、あそこまで正直なは、私の周りに居なかったタイプね」

「ふふ、いいじゃないですか。それが燕ちゃんの良いところですよ」

「愛の力は偉大だねぇ」

「あ、愛ッ!?」


相も変わらず、燕のド直球な熾輝へのアピールに少女たちは舌を巻いていた。と、ここで…


『――選手の皆さんは、会場設営にご協力ください』


と、運営から選手陣に対し、表彰式の手伝いの打診があった。


「あらま、これじゃあ熾輝は戻って来ないわね」

「うむ、閉会するまでは、会えそうにないな」

「しかたないか。…そういえば、祭りなのに露店巡りをしていなかったわ」

「ならば、行くか?私も真白様に頼まれていた物があるし、右京左京にも土産をせがまれていたからな」

「そう…咲耶たちはどうする?」


どうやら、熾輝と合流するまで、アリアとコマは露店巡りに洒落込むつもりらしく、咲耶達を誘うも…


「あ、私は熾輝くんの荷物を見張ってるよ」

「そうね、うっかり誰かが取り間違えないとも限らないし」

「りょーかい。…じゃあ行きましょうか?」

「うむ。お供しよう――」


アリアとコマは、3人を残して、露店が並ぶ通りへと消えていった。


「あの、私もちょっと、家の方に連絡を入れてきますね」

「あ、うん。気を付けてね」

「はい――」


と、ここで可憐は携帯電話を取り出して、境内の方へ歩いて行った。

どうやら、家の者へ迎えに来てもらう連絡を入れるようだ――。


残されたのは、咲耶と朱里の2人だけ…


「………」

「………」


途端、会話も無くなり、静かになる二人。

僅かに気まずい空気が流れ、何か話をしなければ…そう思って口を開こうにも話題が出てこない。


いつもならば、色々と話しの種は尽きないのだが、咲耶の中で先日の一件が尾を引いていた……

部屋の中で熾輝に抱き着く朱里の姿―――それが頭から離れない。

うまく言えないが朱里に対して、自分でも気が付かない内に妙な感情が燻っている。


しかし、沈黙を続けるにも限界がある。なんでも良いから、何か会話をしなければと思い切って話をしようとした…


「あ、あの朱里ちゃ――」

「ねぇ、咲耶って熾輝のことが好きなの?」


そんな咲耶の言葉を制する様に先に声を発したのは朱里の方だった。

だが、その質問の内容に耳を疑ってしまう。


「え――?」


咲耶は、質問の意味が判らなかった……正確に言うと、何故、朱里がそんな事を言うのか、理解が出来なかった。


「な、なんで――?」


今まで、誰にも言った事は無かった。

親友である可憐にも、そしてアリアにすら話したことも無い。


ましてや、この感情が恋だという事に自分自身、気が付いていなかった……いや、そうじゃない。

本当は、気が付いていたが、違うと誤魔化し続けて来たんだ。それなのに……


「なんでって、普通に見ていて判るわよ。だって、咲耶…いつも熾輝を目で追いかけているじゃない?」


違う、そう言う意味で聞いたんじゃない。

何故そんな事を言うのかと聞いたのだ。

なのに、朱里は推理をするかのように、理由をつらつらと述べていく…


「そ、それは友達だから――」

「それにいつも、何気ない振りをして、熾輝の傍に居るじゃない。それって、好きな人の傍に居たいっていう事でしょ?」


やめて……それ以上は、言わないで……


朱里が言葉を発する度に、胸が苦しくなり、手が震えてくる。


何とか誤魔化さなければ……じゃないと………


まとまらない考えのまま、咲耶は、必死で言いつくろうとする。


「それは、朱里ちゃんの勘違いだよ。…ほら、熾輝くんって、何かと目立つから、つい目で追っちゃうっていうか……それに、私たちは仲が良いんだから、いつも一緒に居ても不思議じゃないでしょ?」


まるで、悪い事をした子供が言い訳をするかのように……そんな必死さが彼女にはあった。

しかし、その言い訳で、朱里は納得をするハズもなく――


「ふ~ん……じゃあ、私が熾輝に好きだって告白してもいい――?」

「それはダメッ!」


思わず出た声量に、咲耶自身も驚いてしまった。

しかし、それよりも、朱里の挑発的ともとれる言葉に、条件反射で、否定してしまっていた。


「ぁ、…えっと、…違うの、あの……」


考えがまとまらない――。

これでは、自分が熾輝の事を好きだと言っているのと同じだ――。

なんとか、誤魔化さなければ――。


しかし、いくら考えたところで、混乱する今の咲耶の頭では、何にも言い訳が思いつかない。

それどころか、自分でも判らないくらい、心の中がゴチャゴチャになって、次第に涙が溢れてくる。


もうダメだ……そう思ったら―――


「…ごめん、わたし今日は帰るね」

「え、ちょっと――!?」


朱里から逃げ出すようにして、咲耶は走り出していた。


「あちゃー、ちょっと言い過ぎたかな?」


彼女としては、熾輝の交友関係を少し引っ掻き回してみようか?程度に思っていた事が、存外、咲耶を追い詰めてしまっていた事に今更ながらに気が付き、やり過ぎたと反省していた時だった…


「朱里ちゃん――?」

「ッ――!!?」


ビクッと肩を震わせて振り向けば、そこに居たのは、ニコニコと笑う可憐の姿……しかし、表情が笑っているのに全然笑っていない。


「少し、お話宜しいですか――?」


正直ゾッとした。真直ぐに朱里を見つめる瞳も、心の奥底を見透かされているかのような視線も、ストンと感情が抜け落ちているかのような透明な表情も、今まで接してきた可憐のものではない。


朱里の知らない可憐……今の彼女は、何もない『―無―』の表情をしていた―――。



◇   ◇   ◇



咲耶が立ち去ったあと、現れた可憐を前に朱里は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「は、話ってなあに?」


僅かに上擦った声で問いかける朱里…

それも無理のない事、目の前にいる可憐からは、かつてない雰囲気プレッシャーを感じていた。


「話、…というより、これは忠告です」


荷物が置かれたレジャーシート、そこに座る朱里の隣にそっと座る可憐

その動作はエレガントと表現する他に言いようがない。


だが、外見上が優雅であっても、彼女の内心は酷く怒っており、言葉の内に例えようのない力が込められていた。


「あまり、人の心を搔き乱すのは、感心しません。いつか手痛いしっぺ返しを食いますよ?」


まるで朱里の考えを見透かしている様な物言い。

様なではなく、言葉の真意を見極めようとするならば、可憐は朱里の行いについて、十分過ぎる程に理解していた。


朱里は普段、熾輝に関する事を観察し、情報を収集していた。

しかし、それは朱里だけではない。

なぜならば、可憐もまた朱里を観察していたのだから…


朱里が転校してきた日、熾輝の様子を機微に察し、質問をした…『――どんな知り合いなのですか?』…傍から聞けば、単に2人の関係性を問うているだけ。

だが、可憐が聞いたのは、そんな一般的な問答ではない。

熾輝の置かれている状況を考えるならば、裏社会…延いては敵味方の有無を問うものだった。


しかし、その時の熾輝の答えは、朱里が魔術師であることしか知らない…という物であった。

事実、あの時の熾輝には、それしか判らなかった。

刺客である可能性は大いにあったが、あくまでも可能性の話であり、可憐たちに心配の種を植え付けたくは無かったのだ。


だが実際、可憐が朱里を観察する中で気付いた事、それは…朱里が熾輝を観察しているという事だった。


「そんな大げさに言わなくても良いじゃない。単に好きかどうかを聞いただけなんだし。それともなぁに、実はアナタも熾輝狙いだったりするの?」


先ほどは可憐から感じる言いようのないプレッシャーに気圧され気味だったが、持ち直し、反論を口にする。おまけに挑発ともとれる口撃付きだ。


「確かに熾輝くんは、魅力的な男性ヒトです。…しかし私に恋愛感情は、ありません」


そんな朱里の挑発に対し、口ではあくまでも冷静を保っているが、その心中は、穏やかとは言い難い。


「魅力的――?」

「そう思ったから咲耶ちゃんに熾輝くんが好きだと…告白すると宣言したのではないのですか?」


これは可憐の挑発である。

彼女の目から見て、朱里が熾輝に好意を向けていない事は判っていた。

可憐が観察する中で、朱里が視る熾輝へと視線は敵視以外の何物でもなかった。

だからこそ、可憐の中で朱里は熾輝を狙う刺客であるという直感が働いていた。


「………」


可憐の言葉に対し、朱里は応えない。

例え嘘とはいえ、復讐の対象である熾輝に対し、自身の口から好きだと言う台詞を吐きたくはなかったのだ。


そんな朱里の様子を見て、可憐は浅く溜息を吐き、言葉を続ける。


「朱里ちゃんが熾輝くんに恋愛感情を抱いていない事は、知っています。それどころか嫌っている事も」

「…アナタ、意地が悪いわね。判っていて事を言うの?」

「そうですね。でも敢えて言わせてもらいますが、朱里ちゃんは卑怯です」


可憐は珍しく辛辣に朱里を罵る。


熾輝に好意を寄せる咲耶を追い詰め、そして奪い去るような言い方で咲耶の心を弄んだ朱里に、かつてない怒りを感じていたからだろう。


普段の彼女からは、想像もつかない。

そのような言葉が出てくるとは思いもよらず、目を見開いた。

しかし、ややあって朱里の口角が上がり、乾いた様な笑いが僅かに漏れ出た。


「卑怯、ね……確かに、自分で言うのも何だけど、その通りだわ」


己の行いを顧みれば、褒められたものではない事は、十分に理解出来た。しかし…


「でもね、何も知らないアナタに、知った風な事は言われたくないの」


その言葉が決定的なものになった。

可憐の直感が確かな物へと変わる。

心の奥底では信じたくはなかった。だがしかし、朱里の瞳からは、およそ同い年の女の子が見せる物とは思えない…それこそ狂気染みた怖い程の輝きを放っていた。


「…ごめんなさい。私も今日は帰るわ」


そういうと、朱里は腰を上げてその場から立ち去ろうとする。


そんな彼女に可憐は…


「待って下さい。朱里ちゃんの言うように、私は朱里ちゃんの事を何も知りません。ですが熾輝くんの事は、よく知っているつもりです。熾輝くんは朱里ちゃんが思う様な人ではありません!もっと、熾輝くんをちゃんと見てあげて下さい!」


今の可憐には、そう言う事しか出来なかった。

もしも、可憐が熾輝の事情を知っていると打ち明けていたならば、きっと朱里は自分たちの前から姿を消してしまう…そのような予感があった。

そして、それが切欠で周りには敵しかいないと思い込み、追い詰められた彼女が何をするか判らないという強迫観念が可憐の中に湧き上がり、すべてを語る事が出来なくなった。


そんな可憐の半端な想いがどのように伝わったのかは判らない。

ただ、去り際に見せた朱里の表情は、何処か悲しそうで、苦しそうだと可憐は感じていた。



◇   ◇   ◇



「――ムキーッ!」


試合会場から離れた更衣室、防具を外し、道着を脱ぎ捨てた少女は、頬を膨らまし、腕をブンブン振りながら悔しがっていた。


外された防具の前垂れには、『倉科』と書かれた名札……つまりは、決勝で熾輝と戦った少女だ。


「最初の奇襲は、良かったんだけどねぇ。…まぁ、相手が悪かったわね、香奈ちゃん」


少女…倉科香奈の傍らで、声を掛ける年上の女性『煌坂紫苑』は、何処か嬉しそうにしている。


「あーッ!紫苑さん、今、熾輝くんが勝って嬉しがってたでしょ!」

「え?そんな事ないわよ。ちゃんと香奈ちゃんの応援もしてたわよ?」

「表面上の応援は要らないの!ちゃんと全力で応援してくれなきゃイヤ!」


熾輝に負けた事がよっぽど悔しかったのか、香奈の興奮は未だ冷めない。


だが、香奈とて武芸を嗜む者として、相手との実力差が判らない訳ではない。

竹刀を握り、向かい合った瞬間、熾輝に勝つのは難しいと悟ったのだ。

だからこそ、意表を突くような形で、出鼻から攻めた。

しかし、結果は敗北…せめて一本くらいは、取ってやるという気概はあったのだ。


「身内贔屓かもしれないけど、今の熾輝って相当なものよ?いくら私が応援してたとしても、結果は変わらないと思うんだけど…」

「紫苑さんは判ってない。応援の力を判ってない!本気の応援は選手に力を与えるんだよ!」


応援がどれ程すごいのかと力説?する香奈は、紫苑に詰め寄る。

そんなパワフルな香奈に、苦笑いを浮かべながらドウドウと落ち着かせる。


「わ、判ったから。私が悪かったわ。だからいい加減に服を着なさい」


見れば、スッポンポンの状態で詰め寄る香奈…まったく、この娘には、もう少し年相応の恥じらいという物を持ってほしいと思う紫苑であった。


そんな折…


「――あ、凌駕様からメールが来てる!」


着替えを終えた香奈が荷物から取り出した携帯端末を見ると、主人である五月女凌駕からのメールが送られていた。


「なんて――?」

「ん~っとねぇ……ちょっとヤバイ状況になるかもだって」


文面を一通り目を通した香奈は、紫苑の眼前に画面を持っていった。

そして、紫苑もまた、その文面を読み、顔色が変わる。


「急いで、アイツと合流しましょう」

「うん!あ、表彰式…は、もうどうでもいいか」


これから祭りの表彰式が始まろうとしているのに、香奈は、すっぽかす気満々である。

その事については、紫苑も仕方がないかと割り切り、特に口を出すつもりもなかった。



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