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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
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謎の選手

試合前のちょっとした出来事を終えて、午後からは、いよいよ熾輝が試合に出る。

試合はリーグ形式となっており、各試合場コートでは、子供たちの声と竹刀を打ち合う小気味よい音が響き渡る。


その中の1つ、一際目を引く試合を繰り広げているのは、やはりと言うべきか、熾輝が出場する会場だった。


「……一本ッ!面有りッ!勝負有りッ!」


試合相手の頭上に向けて綺麗に決まった面に3審のジャッジが上がる。

周りからは健闘した選手へ向けて拍手が起こり、互いに試合場から身を引いていく。


「スゴイ、スゴイ!勝っちゃった!」


試合を観戦していた燕は、手をパチパチと打ち鳴らし、興奮していた。


「やっぱ強いわね。…でも、熾輝ならもっと早く終わらせられたんじゃない?」


勝負には、勝ったがアリアの評価は、少々辛口だった。

なにせ熾輝は今の試合、2分間と言う制限時間ギリギリで勝っていた。


熾輝の実力、そして初戦と言う事もあり、相手も強い方ではなかったのだから、彼女の言う事も頷ける。


「――それは、剣道ではなく、剣術として闘っていたからだろうな」


と、横合いから男性の透き通った声が掛けられた。


「あ、コマさん。間に合ったんだ」

「うむ、遅れて申し訳ない」


法隆神社での仕事を終えて、祭りに駆け付けたコマが少女たちに挨拶を交わす。


「それより剣道と剣術って、何が違うの?」

「簡単に言うと、熾輝は相手が真剣を使っていると想定して戦っていたという事だ。つまりは、―――」


剣道と剣術、その2つには大きな差が存在する。

一般的に言われる剣道とは、剣の修練を通して人間形成を目的としたスポーツマンシップに主軸を置くところが大きく、歴史を遡れば殺さずの剣。つまりは活人剣が源流。

対して剣術は、相手を殺す剣。つまりは殺人剣が源流である。


「だから、…ホラ、見てみろ熾輝の次の試合が始まるぞ」


説明の中、ちょうど熾輝の次の試合が始まったため、解説と実況込みで話を続ける。


試合が進行するなか、相手が打ち込むも、それを躱して身体の何処にも当てさせない。

通常の試合であれば、打突部位に決まろうが決まらなかろうが、防具に当たるのが殆どである。

他の試合会場を見てみても、それは明らか…しかし熾輝は相手の動きを読み切り、完全に躱している。

時には竹刀で受け、時には躱し……そうした中で一瞬の隙を突いて一本を取る。


そうして進んだ試合の最終局面、3審判のジャッジが上がり、熾輝は次の試合に勝ち上がる。


「つまり、これが真剣勝負であれば、掠るにしろ当たるにしろ、実戦では命取りになる」

「…なんとなく判ったけど、それでも試合を速攻で終わらすことは出来るんじゃない?」


コマの説明に一応の納得を示すアリアだったが、熾輝の実力的に時間ぎりぎりの試合にはならないと思っている。

それだけ、熾輝を評価しているに他ならないのだが…


「そこは、アレだ…熾輝も空気を読んでいるんだろう」

「――というと?」

「祭りで本気を出して相手の心をへし折るのは、興ざめだろう?」

「……それは、受け取り方によっては、余裕で勝てちゃうから手を抜いてるって言っている様な気がするわよ」

「う、う~む……」


アリアの返しに、失言だったかと苦笑いを浮かべて誤魔化そうとする。

そんな中、続く第3試合が始まった…


「違うと思うよ?」

「咲耶――?」

「熾輝くんの表情を見れば判る」


面を被っていて熾輝の顔は、見えずらい。…しかし、時折見える表情から真剣さが伝わってくる。


「うまくは言えないんだけど、……熾輝くんが真剣だって事は、なんとなく判るもん」

「………」

「………」


コマとアリアが熾輝の試合内容について色々と口上を垂れていた最中、咲耶は…彼女だけでなく少女たちは真剣に試合を見て、手に汗握る程に見入っていた。


見る者にそこまで感動を覚えさせる試合が手を抜いているなんて訳が無いのだ。


「そうだな。…いや、悪かった。どうやら私も修行が足りないようだ」

「そ、そうね。私も知った風な事を言っちゃったけど、見ていてワクワクするもん」


色々と言っていた2人ではあるが、何も悪気は無かった。

裏を返せば、熾輝に対する信頼の表れであり、だからこその言葉だったのだと言う事は、咲耶にも判っていた。


そして、第3試合……3審のジャッジが上がり、熾輝の勝利が決まる。

続く第4試合の順番待ちをしていた時だった―――


ワーッ!という歓声が別会場で上がる。


「……一本ッ!小手有りッ!勝負有りッ!」


見れば、大分身長差のある相手を倒したという事で観客も盛り上がっているのだろう。

遠目からでも互いの身長差は頭1つ分は違うのが判る。

大きい方は男の子で、勝ったのは女の子…面を被っているのにどうして性別が判るのかと言われれば、袴と道着が白色…剣道において、全身白は女の子が身に付ける物だからだ。


―(あの身のこなし、…強いな)


既に勝負後だったため、その試合内容は判らなかったが、少女が退場する動作…重心にぶれが無い様を遠目から観察して、熾輝は強敵であると悟っていた。


―(当たるとしたら決勝……何者だ?)


僅かな動作で只者では無い事を見抜き、おそらくは戦う事になるであろう謎の選手に警戒を強める熾輝は、続く第4、第5試合を勝ち進める。

そして、謎の少女もまた、次々と勝利を治め、2人は決勝で激突するのであった―――。



◇   ◇   ◇



「――たく、頭の痛くなることばかり起きやがる」


十二神将のトップである木戸伊織は、頭を押さえながら愚痴を零していた。

それというのも、連続的に多発する事件が原因だ。

ここ最近では、裏社会の人間が銀行強盗を行ったうえ、拘置所の脱走事件…それらの責任を上から叩かれまくっている現状だ。


「課長、皆さま揃いました」

「判った。…ところで斑鳩いかるが、葵の嬢ちゃんは、どんな様子だった?」


部下である斑鳩檸檬いかるがれもんに恐る恐るといった様子で質問する。


「激烈に怒っていました」

「………」

「覚悟はしておいた方が良いですよ?」

「………」


斑鳩の答えに木戸は、深い溜息を吐く。


「物は考えようです。今なら叱られるのは東雲先輩にだけで済みます。…昇雲様がこの場に居たら殺されていますよ?」

「ちっともポジティブには、考えられねぇよ。死刑執行が先延ばしにされている状態だ」

「余命幾ばく…お察しします」


完全に他人事だと思っている部下を半眼でジロリと睨む木戸だったが、ややあって再び深い溜息を吐いた。


「まぁ、腹ぁ括るしかねぇな」


ゲンナリとうな垂れる木戸の心中は、穏やかではない。

しかし、彼も歴戦の猛者だ。

グイイイィっと背筋を伸ばし、胸を張って気合を入れると目の前の扉を思いっきり開いた。


「待たせてすまねぇ。それじゃあ、早速始めるか―――」


日本裏社会に属するトップ達の会合が本日、開催された―――。



◇   ◇   ◇



所変わって、奉納祭の会場――


今、ここでは、少年の部の決勝戦が行われようとしていた。


対戦カードは、熾輝と謎の少女の組み合わせ。


互いの戦績は、初戦から現在に至るまで対戦相手に一本も譲っていない。


戦績こそ同じでも、その試合内容には大きな違いがある。


試合時間一杯を使い、慎重な試合運びをする熾輝に対し、少女は速攻連撃の型で試合開始から瞬く間に勝ちを取っている。


「――決勝の選手、前へ!」


主審の声に従って、試合場コート脇に控えていた2人が一礼をして前へ出る。

コート中央へ歩み寄る最中、視線を僅かに落とし、前垂れの名札へ視線を向ける……


―(倉科くらしな…)


ここ最近、道場通いをするなかで、近隣道場に通う主要選手の名前は、だいたい聞きかじっている。…しかし、聞かない名だと思うその一方で、熾輝は彼女の名に既視感を抱いていた。


面の中から覗く表情は、目鼻立ちが整った女の子のそれ…と、そこで少女の僅かに垂れた目と視線が交差すると、彼女はニコリと微笑んだ。


―(なんだ――?)


己の力に余程の自信があるのか、はたまた余裕の表情か…しかし、その何れとも取れないと感じとる。


彼女が纏っている雰囲気も武芸者のそれと比べて、全くの異質……というよりも、フワフワとしたユルイ物を感じた。と、そこで…


「「「――熾輝くん!頑張れえぇえっ!」」」


「せーの」と声を合わせて3人の少女の応援が届く。


「負けんじゃないわよ!」

「頑張りなさい!」


続けてアリア、朱里の応援が耳に入って来る。

その様子に、試合を見に来ていた父兄達からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「か、勘弁してくれ」


応援は素直にありがたい。…ありがたいが、目立ち過ぎて恥ずかしさを覚える。


「へへ、モテモテだね」

「…?」


面を被っていたおかげで赤面している顔を晒さずに済んでホッとしていた熾輝に対戦相手である倉科という名の少女から声が聞こえてきた。


別に喋りかけられた訳ではないので、おそらくは彼女の独り言だろうと思いつつ、目の前の相手に集中するように、熾輝は意識を切り替える。


そして、互いに蹲踞そんきょの姿勢を取る――

熾輝の意識は既に対戦相手である彼女に注がれ、ピリピリとした感覚…自身の中の気が張りつめてくのが伝わってくる。そして……



はじめえええぇええッ!」



主審の気合の篭った合図から、スッと立ち上がる僅かなときの中……正しく言えば、蹲踞そんきょの状態から構えに至る初動を押さえる様に、倉科は立ち上がりの屈伸運動を利用して打突を放った。


―(ッ、いきなりか――!)


疾風の如き打突が熾輝を襲う。

バシイィッ、という面を撃つ音が響く。


周りからワッという声が上がり、1本を取られたかに思われた。

しかし、3審は誰一人として旗を上げない。

何故なら、打突の瞬間、熾輝は首を逸らし、有効打を避けたのだ。


出鼻から危うい戦局、だが、これで仕切り直し……という訳にはいかなかった。

倉科は、初撃を外された事を衣にも介さず、連続で…連撃で、続けざま、絶え間なく面を狙いに来た。


「ちょっと、あれ反則じゃあないの!?まだ立ち上がっていないじゃない!」

「いや、既に試合は開始している。ルール上、問題はない」


アリアの異論に隣に居たコマが説明する。

とはいえ、あまり褒められた戦法ではないのも事実だ。

通常、こう言った剣道の試合では、お互いが構えを取って打ち合うのがセオリー…審判によっては、注意を受ける行為とみなされる時もある。


「キエエエェエエエッ!」


気合の篭った声と激しい打突が熾輝を襲う。

開始直後から既に5連に続く面打ちが繰り出されていた。…しかし、その全てを熾輝は首だけを逸らす事で上手く凌いでいた。


しかし、いくら上手く躱しているからと言って、一方的な試合展開…

それもそのハズ。倉科は熾輝が立ちあがる隙を作らないよに、試合開始直後から頭を押さえつける様に、面を撃ち続けているのだ。


姿勢も半ば蹲踞に近い状態で、動きに制限が生まれ、十分な間合いを取る事も出来ないでいる。


だが、限られた足運び、一見不利な姿勢から、熾輝は最小限の動きで試合会場を移動しつつ倉科の剣戟を掻い潜る。そして…


―(これが、真剣同士の戦いだったら負けていた……だけど、生憎とコレは剣道だ!)


10にも届くと思われた倉科の打突…しかし、僅かに上がった手元、その一瞬を見逃さなかった。


面を打ちだす際の振り上げの瞬間、熾輝の切先が倉科が握る竹刀の柄頭に吸い込まれるように伸びた。


「ッ――!?」


カツン――、という音が聞こえ、気が付けば倉科が握っていた竹刀は、手からスッポ抜ける様にして、空中へ跳んでいた。


通常であれば、竹刀が手から離れ、地面に落ちた段階で倉科に反則が1つ付けられるのだが…


「やああぁああッ!!」

「ッ―――!!?」


熾輝の気合の篭った声と同時、4連撃が倉科に叩き込まれた―――。


「――い、一本!胴有りッ!」


主審の判定と同時に落ちる倉科の竹刀。

その状況に観客は皆、ポカンと口を開け、続けてワッという歓声が響き渡る。


「…今の、見えました?」

「う、ううん。早すぎて見えなかったよ」

「4回、音は聞こえたけど…」

「………」


試合を見ていた可憐、咲耶、燕であったが、彼女らに熾輝の打突は、見えなかった。


「え~っと、解説のコマさん?」

「…そうだな、今のは、相手の振る力を利用して竹刀を飛ばし、そこから小手、面、胴、逆胴といった一連の連続技だな」


何が起きたのか判っていない彼女らに対し、コマが解説を加える。

もっとも、今の連続技、正確に見抜いていたのは、この場に居るコマだけだ。


3人の審判も、最後に熾輝が放った逆胴が辛うじて見えた程度だろう。


「さて、仕切り直しだ。試合はまだ終わっていないぞ――」


剣道の試合は3本勝負、先に2本を取らなければ試合は終わらない。

試合会場では、熾輝と倉科が互いに構えを取り合っている。

そして、主審の合図によって、試合は続くのだった―――。




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