同盟と暗躍
仲間割れをしていたフランス聖教徒の前に現れた凌駕は、影に身を隠すエクソシスト部隊員を睨み付けると――。
「人様の国でやりたい放題、…フランス聖教ってのは、礼儀がなってないのか?」
「何ッ!?ガキの分際で、随分と生意気を言うじゃあないか!我々は崇高な目的のために動いているんだ!何も知らない奴に文句を言われる筋合いは無い!」
凌駕の挑発的な言葉に憤慨し、影の者は自分の正義を主張しだす。
「うるせぇ、黙れ――」
「ッッッ!!?」
凌駕から放たれる威圧に呑まれ、一瞬の間、息を詰まらせる。
「仲間同士で争うのは構わない…俺には関係が無いからな」
「だったら、放っておいてもらおうか――」
「ただ…」
間に入っておいて、好きにしろという凌駕に対し、怒りのボルテージを高める。しかし、被せる様に放った言葉が場の空気を凍てつかせる程の殺気を帯びていた。
「てめえ等の正義ってのは、女子供に弓を弾いても、ご立派な目的を免罪符に好き勝手できる程、偉いのか?」
「なんだと?」
「そこに居るのは、俺の家族だ。家族に手を出されて黙っておけるほど、俺は人間が出来てねぇんだよ」
「……だったらどうする?如何に一族内でもてはやされているといって、何処でも通用すると思っているのか?」
一度は凌駕が放った威圧に呑まれたとはいえ、流石はフランス聖教のエクソシスト部隊のメンバーといったところか。
己の精神を完全に制御し、既に立ち直っていた。
そして、香奈に加えて、新たな目撃者となった凌駕をも尋問するべく、魔術を展開していく。
「少なくとも、テメエにだけは、負ける気がしねぇな」
「抜かせッ!その鼻っ柱をへし折ってくれる!」
「待てッ!やめろ――!」
ドニーの静止などお構いなしに、先ほどと同様、黒い影が分裂し、ボーガンから矢が射出された。
三方から放たれる矢は、ドニーから凌駕へと狙いを切り替え、一直線に迫る。
「バカ野郎が…それは、さっき止めただろうが」
何の工夫をすることなく、同じ手を使う敵に対し、呆れ混じりに息を吐くと、スッと伸ばした手で、迫る3本の矢の1本を掴み取った。
「な、なにッ!?」
驚愕の声が思わず漏れる。
「おい、もっと工夫を凝らせ。こんな児戯、何度やったところで、俺には当たらねえぞ?」
「おのれ!偶然止めた程度で図に乗るな!」
素早く次の矢を装填し、再び射出する。しかし…
「言ったはずだ。俺には当たらないと」
「バカなッ」
親指と人差し指で、摘まむように矢を止めた凌駕は、敵へと歩みを進める。
「時速250キロを超える矢だぞ!それを素手で止めるなんて、出来るハズが無い」
「そりゃあ、常人の考え方だ。世の中には、常識じゃあ測れない奴がいるんだよ」
「く、クソオオォオオッ――」
ボウガンでの攻撃が意味を成さない事を悟り、新たに術式を構築しようとした瞬間、目の前の凌駕の姿が闇に溶けて見失った。…次の瞬間、背後から襲った衝撃によって、地面に押さえつけられる。
「き、貴様ッ離せ――」
「動くな」
「ッッッ――!!?」
抵抗する動きを察知して、凌駕は手にしていた矢の先端を首筋に押し付けた。
「少しでも動けば、頸動脈が破れて死ぬ事になるぞ」
ダメ押しとばかりに威圧を強めたことにより、恐怖から影は完全に戦意を喪失した。
「ま、待ってくれ!私が悪かった。もう彼方達に手は出さない!見逃してくれ」
「………」
押さえつけている手から相手がガタガタと震えている事が伝わって来た事により、完全に心をへし折ったと判断した凌駕は溜息を吐きながら、その拘束を解いた。
「つ、強えぇ」
「そりゃあ、凌駕さまだもん!」
一連の流れを見ていたドニーは、目の前にいる少年の強さに…というよりは、得体の知れない存在感に度肝を抜かれていた。
そして、それを当然の事の様に語る香奈は、どこか誇らしげであった。
「おい、いい加減、その影を解いて姿を見せたらどうなんだ?」
「ッ、判った……」
敗北を与えた相手が未だに認識阻害の魔術を解除しない事に苛立ちを感じ、凌駕は怒気を含んだ声音で強要する。
未だ放たれている威圧に影は、ビクッと肩を上下させ、発動していた魔術を解除した。
「へぇ、意外だったな」
「女の人だったんだ?」
「………」
霧散した影から姿を現したのは、意外な事に女性であった。
認識阻害の術式には、変声の効果も付与されていたため、野太い声から、てっきり男かと思っていた。
「さて、色々と話を聞かせてもらおうか?」
「っ、煮るなり焼くなり好きにしろ!しかし、こちらの情報は、絶対に漏らさないぞ!」
「あん?」
「恥ずかしめを受けるくらいなら、死んだ方がましだ!」
「おい、何を言って――」
「クッ、殺せ!」
女の言動が理解できない凌駕は、表情を曇らせる。
それも当然のこと、もしも凌駕が女を尋問にかけるつもりなら、はなから拘束を解いたりはしない。
先ほどまでの戦闘行為は、相手の戦意をへし折り、話の席へと付かせるための物だったのだ。
しかし、目の前の女は、「拷問で口を割るほど、私の信仰心は安くはないぞ」等とほざいている。
流石の凌駕も困った表情を浮かばせ、香奈の傍に居たドニーに視線を向ける。
「あー、安心してくれ。俺は、まともな方だ」
先ほどまで戦闘を行っていた凌駕に対し、両手を上げながら無抵抗をアピールしてみせる。
「…そうか、フランス聖教にもまともな奴は、いたんだな?」
「うおいッ、勘違いしないでくれ!変わり者はソイツだけで、他の信徒は気の良い連中ばかりだ!」
「信憑性が低いな…自分の事を貴族だと思い込んでいるような信徒がいる組織だろ?」
「そ、それは――」
「ちょっと、凌駕さま?」
凌駕とドニーの会話に何故か怒った表情を浮かばせて香奈が口を挟んだ。
「貴族がどうのっていう会話、凌駕さまが居ないときに言っていたのに、何で知ってるの?」
「……あぁ、ずっと様子を見ていたからに決まっているだろ?」
一瞬の間があったが、悪びれもせず、シラッと答える凌駕に対し――
「ヒドイ!結構危ない目に遭っていたのに!どうして早く出てきてくれなかったの!」
と怒りを顕にして文句を言う。
「バカお前、そりゃあ、この程度の相手、お前なら余裕で無力化できただろうが?」
なんと、一見ピンチに見えたあの状況、実は香奈にとってはピンチでも何でもなかったと言う。
そんな凌駕の言動に「え?マジ?俺の苦労はなんだったの?」と気の抜けた表情を浮かべるドニーと…
「こんな相手?」と、さりげなく自尊心を傷つけられているエクソシスト部隊の女隊員がいた。
「あのね?そういう事を言っているんじゃないんだよ?女の子のピンチ如何によらず助けに入るのが男でしょ?本当に危ない目にあったらどうするの?絶対はないんだよ?」
「…そんな事より――」
グイグイと突っ込んでくる香奈をスルーして、話を進めようとする凌駕に対し、香奈は「ヒドイッ!」と叫ぶ。……が、これといって気にした様子がないのは、それが彼と彼女の日常だという事が容易に想像できた。
「おっさん、俺達と手を組まないか?」
「…五月女とか?」
凌駕の申し出にドニーは、彼の裏にいるであろう者達の存在に警戒を払う。
「あー、違う。言っておくが今回の一件、対策課や十傑は、フランス聖教が裏で動いていると気が付いていない」
「マジか…じゃあ、アンタは単独で俺達の存在に気が付いたのか?」
「そうだ。とは言っても、俺だけじゃあない。他にもう1人仲間がいる」
「まさかとは思うけど、そのもう1人ってのもアンタと同じ子供か?」
「…俺を子供と侮っているのか?」
確かに凌駕は、13歳の未成年だ。
しかし、その実力は、先の戦闘で知ったと思われるが、見た通りの強さではない。
だからこそ、ドニーは己が失言をしてしまった事に「やっちまった」と思う一方で、凌駕から何かを見定められている様な視線を感じていた。
「まさか、実力が本物だって事は、理解しているよ。…というより、そろそろ捜査の限界を感じていたところに、願ってもない申し出だ。喜んで手を組ませてもらうよ」
「そうか――」
「ちょっ、ちょっと待て!」
案外あっさりと承諾したドニーに対し、凌駕は「そうか、よろしくな」と言おうとした間際、先ほど制圧した女から待ったがかかった。
「貴様、そんな事を勝手に決めるな!だいいち、我々は極秘で動いているのだぞ!上への報告はどうするつもりなのだ!?ヘタをしたら我々の首が飛ぶぞ!」
「俺達のクビくらいで済むんなら、安いもんだろ?」
「なッ、何!?」
「それに、包み隠さず報告するのは、当たり前だけど、その後の事は、上が色々と考えてくれるんだから、現場の俺達が気にするこたぁねぇよ」
諜報員らしからぬ言動に女は愕然としている。
その一方でドニーは、どこ吹く風か…とはいえ、これは上に対するドニーの信頼のつもりだ。
現場の人間の判断に対し、上が責任をとってくれる。…いまの聖騎士長ならきっと大丈夫だ。
万が一、それで責任を取ってくれないと言うのであれば、それはそのとき考えればいい。
なんとも行き当たりばったりな人生観ではあるが、これまでも、そしてこれからも彼はその生き方を変える事はしないだろう…
「はははッ、アンタ格好いいな!」
「りょ、凌駕さまが笑っている!?」
そんなドニーの男気に香奈だけでなく、凌駕も彼を気に入っていた。
しかし、凌駕が声を出して笑う姿がよほど希少なのか、香奈は驚きを禁じえない。
「おうよ、野郎からは、よく言われるんだが、モテないのは、…何でだろうな?」
「それは、貴様が行き当たりばったりな無計画男だからだ」
今後の事を考えただけで、女は頭に幻痛を覚え、両手でコメカミを押さえている。
「もしも、クビになったら五月女が雇ってやるから安心しろ」
「助かったぜ、これで再就職先を考える悩みが1つ減った」
「もう嫌だぁ、誰か助けて…」
こうして五月女凌駕は、裏で動いていたフランス聖教の教徒であるエクソシスト部隊との協力を得る事に成功したのだった。
◇ ◇ ◇
犯罪を侵せば逮捕される…
それは、ごく当たり前の事であるが、法律があってこそ、その機能は働くのである。
ならば、魔術師や能力者に対して、その法とは機能しているのだろうか…
「あぁ、美しい…」
と、ボソボソ呟く男の名は真部…
且つて、日本最大の魔術結社、暁の夜明けに所属していた男だ。
「おい、何をボソボソと言っている。とっくに就寝時間は過ぎているんだぞ」
「…うるさいですねぇ。ちょっと黙っていてくださいよ」
「何だと?」
真部の反抗的な態度に、声を掛けた看守の眉がピクリと上がる。
「今、良いところなんです。新しい基礎理論が、もうちょっとで………あぁ、また失敗だ」
狭い部屋の壁に向かって、ブツブツと呟く真部の姿に、「頭は大丈夫か?」と思いつつも、看守の男は、再度、注意を促す。
ここ、対魔術師及び能力者専用の拘置所で、真部は1年以上、狭い部屋の鉄格子がハメられた部屋で、毎日のように、何かを呟いていた。
目の前の壁に何かが書かれているという事はなく、魔術的な力も作用していない。
ただの物理的な檻の中で真部は、拘留され続けている。
「たくッ、いい加減にしないと、罰則を与えるぞ?」
「それは、嫌ですね。…わかりました。大人しく休むとしますよ」
「最初からそう言えばいいんだよ」
看守が持っていた電極付きの警棒に手を触れた途端、真部は素直に言う事を聞いた。
此処に拘留された当初、ちょっとした我儘を言っただけで、警棒の餌食になり、3日間は動けなくなった事を今でも覚えている。
「あ~、しかし、看守さん…」
「今度は、なんだ?本当に勘弁してくれよ」
こんな犯罪者共の面倒を見るのは、うんざりだと言わんばかりに、看守の男は深い溜息を吐きながら、真部へと視線を向ける。
「いえね、気を付けた方が良いですよ?」
「は?なんだ、俺に報復でもしようってのか?」
男は、真部に対し、何度か警棒を使って電気を流した事がある。
その事について、夜道には気を付けろよ的な事を言っているのだと思った。しかし、そうではなかった…
「ガハッ――!」
突如、背中を襲う熱と激痛、そして流れ出る血液が地面を汚す。
それを認識した次の瞬間、男の首が宙を舞い、頭が地面に落ちた頃、既に絶命していた。
死した看守の胴体の足元には、何やら黒い影の様な物が蠢いている。
「これは、…悪魔ですか」
『ご名答です――』
状況を観察する真部に何処からともなく声が聞こえて来た。
『流石ですね。彼方のマッドサイエンティスト振りは、聞き及んでいますよ』
「そういう彼方は、悪魔信仰者ですか?」
声に対し、真部が応えると、通路の暗がりから1人の男が現れた。
「まぁ、そのようなものです。早速なのですが真部さん、我々の組織に来ませんか?」
「ふむ、本当に急ですね」
「はい。まぁ、場所が場所なだけに、急いてしまうのは御勘弁下さい。」
何の脈絡もないまま、男は自信を勧誘に来たと言う。
普通なら、色々と説明があっても良いものだが、こうして拘置所に侵入し、看守を殺めてしまった以上、騒ぎになるのは目に見えている。
ならば、目の前の男に着いて行くのも悪くはない。
言ってはなんだが、自分の知識を欲している、その手の連中は意外に多い…と真部が結論付けたのは、速かった。
「良いでしょう。それなりの待遇は当然、期待しても良いんですよね?」
「もちろんです。此処よりは遥に良い暮らしを約束しますよ」
「それならば結構、…彼方に着いて行くとしましょう。ちょうど、脳内で出来る研究も限界が見えていた事ですし」
真部の返事に「それは良かった」と笑みを浮かべる。
「あぁ、それと、彼方と一緒に捕まっていた者たちも一緒に連れ出します」
「おや、そうですか。…こう言ってはなんですが、彼等は、組織の役に立つかは判りませんよ?ほとんどが素人同然の者達ですし――」
「ええ、理解していますとも。ただ、組織も人手不足でして。猫の手でも借りたいところなのです。…それに、役に立たないという事もないでしょう」
口元を歪める男の表情を垣間見て、「あぁ、なるほど」と納得した真部は、ポンッと手を叩く。
「それでは、行きましょう。次期に看守たちが来てしまいます」
「判りました。ところで…」
「あぁ、私は悪魔結社【クリフォト】に所属するアンガーと申します」
「これは、これは…まさかフランスの悪魔結社を束ねる組織の方だったとは…」
「とは言っても、私なんぞ下っ端ですがね」
組織の名を聞いて、驚きを覚える一方で、アンガーと名乗った男は、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「ささ、本当に急ぎましょう。捕まったら、殺されちゃいます」
「えぇ、承知しました」
鉄格子越しに話をする二人であったが、そんな彼等の足元の影が揺らいだ瞬間、顔の様な表情が浮かび上がり、そのまま彼等を丸呑みにした。
この日、対魔術及び能力者専用拘留所から30人を越える受刑者たちが脱獄した。




