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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
190/295

フランス聖教の仲間割れ

麗らかな春の日差しが心地よい今日この頃、とある道場では、子供たちの嬉々とした声と竹刀を打ち合う小気味よい音が響き渡っていた。


「「「「「めんっ!こてっ!どうっ!」」」」」

「もっと、声を出して!思いっきり振って!」

「「「「「はいッ!せんせいッ!」」」」」


道場で竹刀を振るのは、殆どが低学年の子供たち。

彼等の稽古を見ているのは、少し年上の少年だった。


「よしっ、5分間休憩!しっかり水分補給をしておくように!」

「「「「「はいッ!せんせいッ!」」」」」


小休憩を挟んだところで、子供たちは先生の言い付けどおりに水分を補給する。


「熾輝くん、お疲れ様。飲み物どうぞ」

「ありがとう、燕」


子供たちの様子を確認した先生……もとい、熾輝も休憩を入れようとしたところ、道場の様子を見に来ていた燕にスポーツ飲料が入ったコップを渡される。


「へぇ、ちゃんと剣道を教えているんだ?」

「アリアは、僕がいったい何を教えていると思っていたの?」

「いやいや、熾輝のことだから怪しい武器の使い方とかを…ねぇ?」


燕に着いてきたアリアが茶化しにかかり、一緒に来ていた咲耶に話を振る。


「えっと、正直意外かな?」

「咲耶まで…」


いったい、彼女たちから自分がどのように見られているか。…熾輝は本気で考えそうになった。


状況から察しが付いただろうが、今、この道場で子供たちの先生として剣道を教えているのは、八神熾輝である。


そして、ここに至る話を少しだけ語るとしよう―――


『奉納祭――?』


あの日、熾輝が精神統一のために法隆神社を訪れていたとき、燕から困った事があると言われ、話を聞いた。


『そう、隣町の神社で毎年やっている行事なの』

『あそこは、武神をまつっていてな。古くから神の前で御前試合をする習わしがあるのだ』


燕の話を捕捉するように、コマが詳しい話を熾輝に言って聞かせる。


『あぁ、法隆神社ここは、去年の夏まつりに舞を奉納していたけど、その試合版みたいな?』


熾輝の問い掛けに、コマは首肯して応える。


『それで、…いったい何が困った事なの?』


隣町の神社で執り行われる祭事については、理解した。

しかし、それの何が問題なのかと燕に話の続きを促す。


『実はね、うちの街にある道場の子供たちも毎年祭りに参加しているんだけど、道場主さんが高齢で、病院に入院する事になっちゃって、臨時のコーチを探しているの』

『…ん?それの何が問題なの?』


燕の話を聞くに、その事と御前試合には、何も関連が無い様に感じた熾輝は、疑問符を浮かべた。


『あぁ、あの御仁は、責任感の塊だからなぁ』

『どういうこと?』

『えっとね、つまり道場主さんは、自分が居ない間に生徒さんがしっかりと練習をするかが心配…っていうのもあるんだろうけど、神様の前に下手な物は見せられないって思っているの』

『そういう御仁だから、もしも生徒達が不真面目な練習をするようであれば、祭りに参加させない。…という事が以前にもあったのだ』


なるほど…と、納得をする熾輝だった。


『つまり、主催者側からしたら毎年参加をしている道場が参加をしないのは、避けたいと?』


燕は、「そうなの」と困り顔で首を縦に振る。


『だから、向こうの神主さんからどうにかならないかと言われちゃって』

『それは――』


名代で来た…しかも、子供の燕に言う事か?と内心で思いつつも、きっと自分が考えているよりも神社同士の付き合いは、難しいのだろうと自己完結させる事により、口に出す事はしなかった。


そんな話によって、一同が「うーむ」と揃って頷いていたときのこと……


『なら、熾輝がコーチをしたらいいと思う』

『わたしもそう思う』


と、いつの間にかやって来て、突拍子もない事を言いだしたのは、法隆神社ここの神使である右京と左京であった。


『…あのねぇ、僕は子供だよ?道場主さんが認める訳がないじゃないか』


いくら強いとは言っても熾輝は、まだ小学生の分際だ。

そんな子供に道場を任せるなんて事は、自分が道場主だったら絶対にしない。


『ふむ、…つまりは、道場主が認めれば、臨時コーチを引き受けてくれると言うのだな?』

『え――?』


あくまで一般論を述べたつもりだったが、聞き様によっては、なるほどコマの言う通りである。


『よし、話は私が通しておこう』


そう言って、コマはいつの間にか手にしていた携帯電話のダイヤルボタンを押し始めた。

それはそれは、見事な程に素早いダイヤル操作で、止めるいとまなど、微塵も無かったと付け加えておこう。


『え、いや、ちょっと待っ―――』

『あ~、もしもし、法隆神社のコマでございます―――』


熾輝の反論など聞く耳持たぬとばかりに、話を進めるコマ――

だが、熾輝は安心しきっていた。いくらなんでも自分の様なガキンチョに任せる道場主なんか、この世の中に居るハズがないと……しかし、それは熾輝の油断でもあった。


『いやいや、安心して下され、その子は、あの心源流の門下生で、あの昇雲師範の内弟子です。為人ひととなりは、我らが保証いたします―――』


「しまったッ!」と、この時の熾輝は思った。

ここら一帯の神社関係者等は、昇雲師範とは顔見知り…というのは以前、法隆神社の借金問題の際に知ったこと。


であれば当然、心源流…そして昇雲師範の名を道場主が知っている可能性は大きい。


ただ、幾ら内弟子とはいえ、凄いのは昇雲師範であって、自分ではない。…流石に責任感の塊と言われる程の道場主であれば、判っているハズ……


『そうですか、それでは―――……オッケーが出た』

『なんでッ!?』


どうやら皆が言う程、道場主には責任感は無かったようだ。


『ふははは、甘いぞ熾輝。心源流師範の名は、お主が思っている以上に、この地では絶大な力を持っているのだ』

『そんなドヤ顔で言われても――』


―――という一連の流れから、熾輝は先日から…正確に言うと春休み突入してから街の道場で低学年の子供たち相手に剣道の指導を行っていた。




「それにしても、みんな熾輝くんの事を先生って呼んでいるんだ?」

「…うん、やっぱり上下関係はハッキリさせなきゃね」

「ん――?」


何か含みのある言い方に疑問符を浮かべる燕、・・・実は当初、熾輝が道場へ来た時、それはそれは酷い物であった。


それは当然というもので、剣道を教える臨時コーチが自分たちより少しばかり学年が上の子供という事もあり、道場の生徒たちは、熾輝の事を舐めていた。


言う事は聞かないし、練習も不真面目に取り組むしetc……


最初は、こんなものと熾輝も割り切り、徐々に慣れていけば良い―――と思っていたのは初日の30分が経過した時までだった。


その日、僅かな静寂が道場を支配した。

一日の稽古が終わる頃、生徒たちは、熾輝に対し畏怖と尊敬を込めて先生と呼ぶようになっていた。


ちなみに、その僅かな静寂の間に何があったのかは、誰も知らない。

例え、子供たちが訓練された兵士の様に行進をしたり、動きの1つ1つにキレがあったり、言葉の最初と最後にsirを付けたりしていたとしても、気にしてはいけない。


「だいたい、臨時コーチなら僕なんかよりコマさんがやればよかったんだよ」

「まぁまぁ、そう言いなさんな。コマだって宮司の仕事とか色々あるんでしょうに」


愚痴をこぼす熾輝に対しコマの弁解をするアリアだったが、「僕も別に暇じゃあないんだけど」と心の中でつぶやく。


「――さてと、全員集合!」

「「「「「はいッ!せんせいッ!」」」」」


何はともあれ、小休憩の5分が終了し、熾輝は生徒たちを集める。


「これから足腰立たなくなるまで町内を走りにいくぞ!それが終わったら腕が上がらなくなるまで竹刀を振り続けてもらう!」

「「「「「はいッ!せんせいッ!」」」」」


これから始まる地獄の練習メニュー。

しかし、子供たちは文句1つ言わないで、気持ちのいい返事を返してくれた。…が、熾輝の練習メニューを聞かされた咲耶とアリアは、「うへぇ」っと子供たちに同情の視線を向けるのであった。


正直に言って、子供たちに架す練習内容ではないだろう。


ただ、幼少の頃より過酷な修行を積んできた熾輝にとって、これでも手を抜いているつもりなのだ。

しかし、やはりと言うべきか、子供たちにとっては、拷問に近い練習メニューとしか言いようがない。


「行くぞ!隊列乱すなよ!声を出していけ!」

「「「「「はいッ!せんせいッ!」」」」」


2列縦隊に並んだ子供たちは、なにやら掛け声を出しながら町へと繰り出していった―――。


「・・・いっちゃったね」

「本番まで、身体を壊さなきゃいいけど」

「そうだね」


過酷な練習メニューをこなす子供たち・・・のちに自衛隊張りな訓練を積む道場があるとメディアが取り上げるのは、そう遠くない未来のこと―――。


「――でもあれ、素直って言うよりは・・・」

「うん、…洗脳って感じだったよね」


道場で練習に励む子供たち…しかし、少年少女等の目は、子供特有のキラキラとしたものではなく、やはり軍人特有のギラギラした物に変貌していたと気が付いたのは、彼女たちだけではなく、子供の親御さん達もであった。


「ねぇ、燕ちゃん。本当に大丈夫なの?」

「熾輝くん、…道着姿もステキ」


子供たちの事よりも、めったに見れない熾輝の袴姿にうっとりしている燕――


それに対し、「た、確かに」と自分でも気が付かない内に、心の中で同意をしていた咲耶であった―――。




「―――ねぇ、ちょっと、そこどいてくれる?」


と、道場の入口で熾輝達を見送っていた彼女らに声を掛ける子供の声が・・・


「アンタたちに言ってるんだけど?それとも何?耳が遠くなるほど歳くっているの?」

「・・・えっと、道場の生徒さんかな?」


振り返れば、そこに居たのは、咲耶たちよりも明らかに年下…正確に言えば低学年の少年と――


「ひ、ヒロくん、駄目だよ。そんな言い方したら」

「小春ちゃん?」


燕たちの通う学校の後輩、春野小春だった。


「あ、ツバメお姉ちゃん、サクヤお姉ちゃん……えっと――」

「アリアよ。こんにちは、可愛いオチビさん」

「こ、こんにちは!春野小春です」


アリアとは初対面だったため、お互いに挨拶を行う。


「は?オレたちもうすぐ2年生になるんですけど?それとも何ですか?オバサンから見たら小学生はみんなオチビさんになるの?いやだいやだ、自分が歳くっているからって、年下を見下すなんて」


ちょっとした挨拶に対し、小春と一緒にいたヒロと言う男の子は、憎たらしさ全開に言い返してくる。


「……ごめんねぇ、お・ね・え・さ・んッ、小春ちゃんがあんまりにも可愛かったからついオチビさんなんて呼んじゃってぇ」


お姉さんを偉く強調する。子供の言う事に一々腹を立てるのは、大人げないこと…と理性では判っていても、コメカミに血管が浮き出て見えるのは、気のせいではない。

故に笑顔が何処か怖くなっている。


「可愛かったら、何を言っても許されると思わないでよね。小春が傷ついて自殺でもしたら責任とれるの?ご両親に何て言い訳するつもりなの?軽はずみな言動で傷つく子供がいるって想像できないの?いったい人生を何年すごしているわけ?」

「ムキーーーッ!何よ、このガキンチョはあああぁああッ!」


アリアの理性は、意外にも脆かった。

この生意気な少年の言動だけで許容量をあっという間に超え、決壊するほどに――

今にも襲い掛かろうとするアリアを咲耶が必死に止めている様は、なんともシュールだ。


「ヒロちゃん、アリアお姉ちゃんに酷い事言わないで!それに、……わたし、可愛いって言われて、ちょっと嬉しかったの」


小春は慌ててケンカを止めに入ろうとする。そして、恥ずかしそうに顔を赤くして言う彼女の姿に、場の空気が一気に和んだ。


「…ま、まぁ小春がそう言うんだったら、良いんじゃない?」

「うん!」


小春の一声で、先ほどまで口撃的だったヒロも少しは、おとなしくなった様子だ。


「相変わらずだねヒロくん…ていうか、何しに来たの?」

「ゲッ、つばめ――」

「つ・ば・め・お姉ちゃん、もしくは燕さんでしょう?」


2人は知り合いだったのか、燕を眼にしたヒロは、何やら嫌そうな顔をして、呼び捨てしようとしたところで、彼女に頬っぺたを摘ままれた。


「痛てててッ!何すんだよ!暴力反対!PTAに言い付けるぞ!」

「教育的指導よ。ていうか、ヒロくんママから悪さをしたら泣かせていいって、昔っから言われているから怖くないよ」

「く、くそおおぉおお!わかったから離せよ!」


これこそが、ヒロが燕を苦手にしている理由…昔から交流があるのであろう2人は、傍から見たら姉と弟みたいな関係だ。

ちなみに、小春も燕にとっては、妹の様な存在であり、3人は昔馴染みの付き合いらしい。…と言うのは、後から聞かされたこと――


「それで、本当に何しに来たのよ?」

「は?見て判らないわけ――って、頬っぺたをつねるのは、やめろォ!」


ヒロの口撃的な態度は、昔からなのか…生意気な態度をとると燕は反射的に頬っぺたを摘まむ。


「あのね、私たち、今日から道場ここで剣道を習うの」

「そうなの?入門希望だったんだ。…でも何で?」

「えっと、……」


燕は、昔から小春の事を良く知っている。…故に彼女がこのような勝負事が苦手と言う事も知っているが故、入門の動機が気になったのだ。


しかし、なにやら言いずらそうにしている小春の態度に違和感を感じていた。


「俺が誘ったんだよ!」

「ヒロくんが?」

「そうだよ、小春はドンくさいから何かスポーツをしろって言ったんだ」

「へぇ、そうなの小春ちゃん?」

「え――?う、うん」

「……そっか」


2人の態度から何か理由がある…という事は、直ぐに気が付いた。

しかし、その理由について、燕は無理に聞き出すべきでは、無いと直感的に悟っていた。


「ところで、…道場ここやってないの?今日来ることは、連絡が行っているハズなんだけど?」


道場の前で雑談をする彼等…しかし、道場からは竹刀の音はおろか人の気配すらしない。


「あぁ、今は外を走りに―――」

「小春ちゃん――?」


道場の生徒たちは、熾輝が連れて行った事を説明しようとしたところで、町内を走り終えて帰ってきた熾輝が声を掛けた。


「あ、お兄ちゃん!」


生徒たちをゾロゾロと引き連れた熾輝の姿を視界に治めた途端、小春はパッと明るい表情を浮かべ、トテトテと走り寄る。


「どうしたの、こんな所で?」

「あ、あのね!小春、剣道を習いに来たの―――」


小春は、道場に入門しに来た事を説明する。


「――そっか、道場主さんが入院しちゃってたから、連絡を忘れていたのかな?……とりあえず、中に入ろうか」

「うん!」


つたないながらも一生懸命に事情を説明する小春の話を一通り聞き終えて、道場へと案内を始める。


「えっと、君は……」

「………フンッ!」

「―?―」


小春と一緒に道場を訪れていた少年に視線を向けた熾輝は、名前を尋ねようとして、そっぽを向かれてしまった。


「…えっとね、こっちの子は、ヒロくんって言って、私たちと同じ学校に通う1年生だよ」

「あぁ、じゃあ小春ちゃんのお友達かい?」

「そうだよ、ヒロくんも一緒に道場ここに通うの!」

「そっか、よろしくねヒロくん」

「………」

「―?―」


何か思うところがあるのか、ヒロは先程から熾輝と一言も会話をしようとしない。


機嫌を害すような事をしてしまったか?と考える熾輝であったが、その様な事をした覚えがない。


「ま、まぁヒロくんは、昔からこんな感じだから気にしないで」

「そうなの?」

「うん、…それよりも、他の生徒さん達を待たせちゃ悪いよ」


それもそうかと、燕に促されるようにして、熾輝は生徒たちを引き連れて道場に入って行った。


小春とヒロは、初心者ということもあって、この日は稽古の様子を見学したり、軽く竹刀を触れたりといった程度にとどまった。


燕が今日一日、練習風景を見ていた感じ、生徒たちは熾輝を慕っていたし、真面目に練習に取り組んでいた。

しかし、本日入門してきた小春…は、元々熾輝に懐いていたので、問題がないとして、ヒロの方は、熾輝に対し敵対心を持っていた。


その理由については、燕も心当たり…というか、確信している事がある。

ただ、こればかりはヒロ本人の問題なので、口を出すつもりもない。…ないのだが、今後、ヒロの面倒を見る熾輝には、頑張ってもらいたいと願わずにはいられない燕だった――。




◇   ◇   ◇



人々が寝静まった夜の街、夜空には雲ひとつなく、綺麗に三日月が浮かんでいる。


しかし、彼の眼には口元がニイイィっと裂けた悪魔の笑いの様に見えてならない。


「…ちくしょう、やっぱ何もねぇ」


懐中電灯を照らし、河川敷を1人で散策する彼…フランス聖教の聖騎士見習いであるドニーは、先日の失態が、まだ尾を引いているのか、何かの手がかりでもないかと犯人の男を取り逃がした現場に舞い戻っていた。


しかし、やはりと言うべきか、何か特質して気になるものは落ちてはいない。


「あ~あ、現場百回とは言うけど、秘密裏に捜査するのは、やっぱ限界があるな」


現在、彼を含めたフランス聖教の信徒たちは、秘密裏にとある組織の足取りを追っている。


そして、ようやく動き出した組織の尻尾を掴めたと思った矢先、先日の取り逃がし…


「こりゃあ、いよいよもって、上に掛け合うしかなさそうだ」


捜査の限界を感じていたドニーは、捜査協力を日本に打診する考えをしていた矢先のことだった。


数羽のカラスが河川敷に降り立った。


「カラスっていうのは、何処にでも居やがる……ん?」


目の前のカラス、しかし何処か変だ。

件のカラスは地面に降り立って羽を休めている訳ではない。

それどころか、羽を羽ばたかせていないにも関わらず、ドニーには浮遊している様に見えた。


「疲れているのかな?」


言って、目をゴシゴシと擦ると、目を凝らして視線の先にいるカラスたちを注視する。


すると、夜の闇に薄らと輪郭が見え始めた。


「ありゃぁ、…ひと、か?」


よく見れば、川の岬にひっそりと佇む人の姿…

しかも、カラスたちは、その人物にとまるようにしているではないか。


こんな夜中、しかもカラスを纏わりつけている者が普通なわけがない。

ならば静かに此処を立ち去るか、様子を見るかのどちらかだが、ドニーが判断するよりも先、相手の動きの方が早かった。


「こんばんは、こんな夜中に何をしているの?」


声の感じからして、子供…それも大分幼い感じの女の子の声だった。


「いやなに、ちょっと夜風に当たりたくてね。…そんな事より、お嬢ちゃんこそ何をやっていたんだい?お父さんとお母さんは近くに居るのかな?」


良い淀むことなく返事を返せた事に、ドニーはホッとしていた。が、先に自分で言っておいてなんだが、こんな夜中にしかも幼い女の子が1人、カラスと戯れている状況が正常なはずが無い。


「わたし?私は人探し」

「…迷子なのかい?」


言って、そんなハズが無いと心の中で自分に言い聞かせるドニーは、ゆっくりと下がろうとするが……


「ううん、もう見つかったよ」

「ッ!!?」


探し人は見つかったと言った瞬間、少女に泊まっていたカラス達の視線が一斉にドニーい向いた。


その光景にゾクリと身の危険を感じたドニーは、一気に駆出した。


それは、少女と戦闘をするための行為ではなく、脱兎の如き逃走だ。


背後からは、「あっ」と少女の驚いた声が聞こえたが気にしている余裕はない。


能力者といえど彼に逃げるほかに選択肢が無いのだ。何故なら彼の能力は戦闘には不向きであり、戦士としても、そこらの警官に毛が生えた程度の実力…


そんな彼が子供とは言え、実力の知れない者を相手に挑むほど勇敢ではないのだ。


「まってよぉ~」

「マッ、マジか!?」


ダッシュで逃げる彼を追うように迫る少女…後ろを僅かに振り返り、その姿を視界に治めたドニーは、信じられないと言った表情を浮かべる。


何故なら、少女はダッシュで逃げるドニーを息切れ一つさせず、しかも余裕の表情で追いかけてくるではないか。


「あれは、妖怪の類か!?信じられねぇ、何であんな子供が大人の足についてこれるんだ!」


ドニーも聖騎士見習いの端くれ。相応の訓練を積んだ身で同年代(30代成人男性)の者に比べて、体力には多少の自信があった。…あったのだが、そんな常識は彼女に通用しない。


少女は、日本の伝統衣装、WAHUKUを着込み、しかも服が乱れない様、気を付けながら、それでいて、摺り足に近い足運びで追ってきている。


彼にとっては、それだけで少女が日本の怪談話に出てくる幽霊か何かに見えてしまい、恐怖で泣きそうになっている。


いい歳した大人が泣きそうになりながら夜の街を全力で逃げ惑う…絶対に同僚には知られたくない黒歴史として、彼の人生に未来永劫残り続ける汚点だ。


しかも、彼はフランス聖教、もっといえば聖騎士見習い…悪鬼羅刹と戦うプロの祓魔師を目指しているのだ。

本来、こんなことはあってはならない!


「どちきしょうッ!やられてたまるかッ!」


全力で走る30代のおっさん、…もとい、ドニーは、転倒後の衝撃を無視する覚悟で、振り向きざまに脇下のホルスターから拳銃を引き抜き発砲した。


「え?うそ――?」


銃口から火が吹く間際、キョトンとした少女の表情をドニーは確かに視た。

それは、歳相応の子供の顔…その表情を見て、彼は発砲の瞬間、僅かに照準をずらし、少女の足元へと狙いを切り替えた。


弾丸は、足元脇に着弾し、少女は足を止めた。

そしてドニーはというと・・・


「ぬおおおおぉおおおっ!」


全力ダッシュからの転倒、しかも土手をゴロゴロと転げ落ちていく。


「い、痛ててぇ」

「だ、大丈夫?おじさん?」


全身を強く打ち付けた事による激痛がドニーを襲う。

そこへ、土手の上からトテトテと降りて来た少女が心配そうに顔をのぞき込む。


「やっぱ、普通の子供だったか」

「え―?」


少女は、何のことかさっぱりと判らず小首を傾げる。


「すまねぇ、嬢ちゃんが妖の類かと思って、ビビっちまった」

「あはは、酷いなぁ。こんな可愛い女の子を妖怪と間違えるなんて、おじさん本当にフランス聖教の人なの?」

「いやぁ、嬢ちゃんの言う通りだ。全く持って面目ない……へ?」


少女の言葉に違和感を感じた。

自分は、フランス聖教の人間だと名乗っていないのに、何故バレたのかと言う疑問と、やはり目の前の少女は、普通の子供ではないのだと思い至り、一気に緊張が走る。


「あ、一応言っておくけど、わたしは敵じゃないよ?」


顔を強張らせるドニーを見て、少女は慌てて弁明する。

その態度が明らかに敵のそれとは、違うと直感し、僅かに緊張を解いた。


「…じゃあ、嬢ちゃんは何者だい?なんで俺達を探していた?」

「えっとね、わたしは五月女の分家の者で、倉科香奈って言います」

「サオトメ…十傑の五月女か?」

「そうそう、おじさん良く知ってるね」


裏社会の住人で、五月女の名を知らぬ者は、ただの無知かよっぽどの潜りと言われる程に有名である。

特に五月女の直系が有する【グラムサイト】【モーションサイト】は、世界的に見ても稀有な魔眼として知れ渡っている。


「そりゃまぁ、フランス聖教内でも有名だ」

「ふぅん、…結構あっさりと認めてくれるんだ?」


自身がフランス聖教の関係者である事を隠そうともしないドニーの態度に香奈は、意外感を覚えた。


「勘違いとは言え、銃をぶっ放しちまったんだ。今更嘘は言わねぇよ…それに、弾丸を調べれば、足が付いてフランス聖教の関係者だって事が直ぐにバレちまう」

「それでも、シラをきる事は、出来たんじゃない?」

「言ったろ、銃をぶっ放しちまったって。勘違いとは言え、子供相手に大人がする事じゃあねぇ。…足は大丈夫か?」


これは何の根拠もない直感だが、香奈は、この少ないやり取りだけで、目の前の男が信用に足る人物であると理解した。


「平気、平気。おじさんが上手く外してくれたから」

「…そうかい、よかった」


掠り傷でも負わせていないだろうかというドニーの不安は杞憂に終わったようで、ホッと胸を撫で下ろす。


「それよりも、お嬢ちゃ…カナは、何で俺達を探していた?というより、どうやってフランス聖教うちが動いている事を嗅ぎつけたんだ?」

「えっとね―――」


お嬢ちゃんと呼びかけ、改めて香奈の名を呼んだのは、彼なりの礼儀なのだろう。


香奈も馴れなれしいと感じるよりは、ちゃんと名前で呼んでくれたことにより、親近感が湧き、信用してもらったのだと感じる事ができた。

だから、自身が知りうる情報を説明することにした直後の事だった…


「――ドニー、お前は何をやっているんだ」


何処からともなく響いてきた声ではない。

音源を辿れば、土手の上に人影があった。

しかし、認識できるのは、それが人影であるというところまで、…おそらくは認識阻害の術式を行使しているのであろう事は、香奈もそしてドニーにも直ぐに判った。


「だあれ?」

「…俺の仲間だ。別行動をとっていたから探しにでも来たんだろう」


姿形は識別できずとも、ドニーには、それの人影が仲間であるとハッキリ判っていた。

だから、香奈が安心する様、身内であることを説明した。


しかし、説明を受けて尚、香奈は眉を潜める。

何故なら仲間であるはずの者が先程から敵意を向け続けているのだから。


「答えろ、そいつは、誰だ」

「あーっと、この子はクラシナカナって言って、サオトメの分家の娘だ」

「何ッ!?」


認識阻害によって表情こそ知れないが、影の音質からは驚愕がにじみ出ている。


「だが、敵じゃあねぇ。俺もこれから事情を聞こうと」

たるんでいる」

「…は?」


一瞬、聞き間違いかとドニーは疑問符を口に出す。

そして、敵意を収めないどころか、増々敵意を膨らます様子に仲間であるドニーが身構える。


「貴様は、この任務の重要性が理解できていないのか。我々の事を知られた事も問題なのに、現地の人間…しかも、あろうことか子供に嗅ぎつけられるなど恥を知れ」

「ッ、……言葉を返すようで悪いが、カナは五月女の分家の娘だ。ただの子供じゃあねぇ」

「尚のこと悪い。それはつまり、日本国にフランス聖教の関与を疑われているという事ではないのか?」

「そんなの、理由を聞いてみないと判らないじゃねぇか」

「嘘を言わないと、どうして信じられる?」

「カナは、そんな娘じゃあねぇ」

「出会って間もない貴様に、どうしてそれが判る」


売り言葉に買い言葉…仲間の態度にムカッ腹が立ってきたのか、次第にドニーの口調も荒くなっていく。


「貴様は、本当に諜報部の人間か?任務に対する意識が低すぎる」

「はんっ、こう見えても諜報部の人間だよ。あらゆる情報をかき集め、真偽を見定め、事件を未然に防ぐ。それこそが諜報員エージェントだ!話を聞かず、むやみやたらに攻撃を仕掛けるどっかの誰かさんとは違うんだよ!」

「ぬかせ、いつも事件になってしまっているではないか。ならば最小の犠牲をもって最大の成果をもたらす方がよほど有益だ」


一触即発、…仲間であるハズの彼等は、組織の中でも摩擦が起きやすい部署の者同士、仲良しこよしという訳にはいかないのだろう。


「…これ以上は、時間の無駄だ。どけ、私が直接尋問する」


影が揺らめき、その手には矢が装填されたボーガンが現れた。


所持された武器が香奈へと照準を定めた事を認め、ドニーの顔に青筋が浮かび、傍らで様子を窺っていた香奈に緊張が走る。


「ふざけんな、貴族様だかなんだか知らねぇが、こんな子供に得物えものを向ける様なクズは、漢じゃあねぇ」

「我が家名を侮辱するか…いいだろう、邪魔をすると言うのであれば、まずは貴様を始末してくれる」

「やってみろよ、…だいたい何だよ、その喋り方は。お前の家はとっくの昔に没落してるじゃあねぇか。一般ピーポーの癖に貴族の真似事してんじゃあねえ!」

「貴様ッ――!!」


ブチンッと血管が切れる音と同時に構えられていたボーガンから矢が射出された。

それに対し、ドニーは素早く身を翻し、傍に居た香奈を抱える様にして、矢の射線から外れる。

もしも、ドニーが単純に矢を避けていたら後ろに居た香奈に向かって矢が飛んでいったところだ…


「おじさん、すごい!本当は、結構強かったりするの!?」

「うるさいよ!?いいから、お口を閉じていなさい!舌を噛みますよ!」


内心ヒヤヒヤしているドニーの傍らで、香奈はどこ吹く風か…シリアス展開を吹っ飛ばす勢いで感想を述べてくる。


「ふんっ、上手く避けたようだが、次は外さんぞ!」

「そうかい!そっちがその気なら、こっちも抜かせてもらうぜ!」


ボーガンの矢を装填する空白の間にドニーは、ホルスターから抜いた拳銃を構え、息つく暇もなくトリガーを引いた。


撃鉄が落ちる衝撃と共に撃ちだされた弾丸、…しかし、それが当たる事なく、相手の足元へと着弾した。


「…なんのつもりだ?」


互いの位置を考えれば、外れる様な距離ではない。…にも関わらず、ドニーが撃った弾丸は、相手の足元を穿っただけ…まるで威嚇射撃のように。


「へッ、生憎と俺は仲間を傷つける趣味はねえんだよ」

「私を侮辱するのか?」

「好きなように受け取って結構だぜ?…ただ、俺達が仲間割れして得をするのは、敵さんだと思うんだがねぇ」


頭に血が上っていた様で、意外と冷静さを維持していたドニーは、場の空気を払拭させるために、あえて拳銃を発砲し、威嚇射撃に留めたのだ。しかし…


「……だから、貴様は甘いのだ」


――言って、術式が展開し、起動を示す魔力の光が循環する。


途端、影が揺らぎ、かと思えば、分裂するようにしてその数を増やした。


「ッ―!?バカッやめろ――!」

「バカは貴様だ。ただの子供に嗅ぎつけられ、その事すら気付けない。挙句、正体を知られる体たらく、…やはり、貴様はエクソシスト部隊には不要な存在だ」


3つに分裂した影が一斉にボウガンを構えると、何の躊躇もなく矢が発射された。

撃ちだされた矢の内、2つは幻影、1つは本物、…しかし、完全に警戒を解いていたドニーにそれを見破る術はない。


―(バッカヤロオオォオオッ――!!)


3包囲からの狙撃、狙いはドニーに絞られているのだろうが、立ち位置が最悪だ。

先と同様、ここでドニーが躱せば香奈に当たる。……そう考えてからの彼の行動は、迅速だった。


「おじさん!」

「バカめ!敵を前に背を向けるとは!やはり諜報員なんてのは、臆病者の集団のようだな!」


嘲る者の声などドニーには、毛ほども興味が無かった。

あるのはただ一つ、…この少女を守る事だけ。


そして彼は、能力者の端くれ、内にあるオーラを目一杯放出させて身を固めると矢が貫通した時に生じるであろう痛みを耐える覚悟を決める。


仮にもボーガンは、拳銃などに比べれば、幾らか殺傷能力が低い射出武器…重症を負う事はあっても、死に至るほどのダメージだけは、避けれるように、訓練は積んでいる。


だからこそ、彼は腕の中にいる少女を安心させるために、ニカッと笑いかけた。そして……


「――てめぇは、臆病者にも劣る卑怯者だ」


カキンッ――と、金属が鳴る音と共に撃ちだされた矢が重力に従って、落下した。


覚悟を決めたドニーがいつまで経ってもやって来ない痛みを不思議に思い、声のする方へと視線を向けると…


「凌駕さま!」


世界に轟く五月女を冠した男、三日月が浮かぶ街で遂にフランス聖教徒の前に現れた。



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