第十八話
森の奥深くに住むと言われる仙人の森。
この森に普段、人が立ち入る事は、滅多に無い。
その理由としては、立ち入った人間が必ずと言っていいほど遭難するからであり、今まで、何人もの人間が森の調査を行うも、結局遭難してしまい、気が付けば森の入り口付近で発見されているのだ。
遭難する理由として、この森が、余りにも広大過ぎて道というものが存在せず、森全体にには、特殊な磁場が発生しているため、電子機器の殆どが機能しないのである。
そして、もう一つの大きな理由は、森全体を覆う結界によって、一般人は、方位を失い、森の深部へ侵入する事が出来ないのだ。
その森を住処としているのは、聖仙と呼ばれる男、佐良志奈円空そのひとである。
今現在、彼は森の侵入者に対し、ある魔術を発動させていた。
「上手い事誘導できたわい。」
水晶玉を覗く彼は、各所で戦闘を開始していた達人たちの様子を伺っていた。
「森に侵入してきた奴ら、班を組んでバラバラに行動しよるから、それぞれ一箇所に集めるのに苦労したわい。」
円空が現在発動している魔術は、他者を誘導する効果を持つ魔術で、森に入ってきた侵入者が、各々一定間隔の距離を取って進行してきていたため、ある地点で一箇所に集め、一網打尽にするための魔術を発動させていたのである。
「それにしても、侵入者の熟練度にバラつきがありすぎるのぉ。まるで、素人が魔術を使っているのかと思えば、熟練者の様な者もおる。」
水晶玉に映し出された映像を見ながら円空は、侵入者の技量について、疑問を抱き始めていた。
「・・・こいつぁ、ひょっとすると、敵さん、とんでもないことをやらかしたかもしれんな。」
円空の見えない眼が水晶玉を睨みつけると、一つの戦場で動きがあった。
「珍しい、昇雲の奴キレたな。」
水晶玉の中では、心源流27代目昇雲が、辻と名乗る男と戦闘を開始している状況が映し出されており、各所でも幹部と思しき者達との戦闘が始まった。
――――――――
コテージに向かう途中の熾輝は、周囲から接近する複数の気配を感知し、足を止めていた。
「囲まれてる。」
熾輝の外周をぐるりと囲うようにして、幾つもの気配がゆっくりと近づいて来ていたのだ。
「逃げ場は・・・無いか。」
逃げ場のない事を悟った熾輝は、接近する者達をどうにかやり過ごすため、近くの木によじ登った。
身を隠した熾輝は、周囲の気配を探知し続け、包囲網の穴を探るが、相手の気配は、一定の間隔を保ちながら近づいて来ているため、逃走する事は叶いそうにない。
そして、熾輝を中心とした回りを敵が完全に包囲してしまった。
「へぇ、かくれんぼか?」
「・・・・。」
熾輝は、気配を殺し、相手がこちらの正確な位置まで把握していない事を願いながら、ただひたすら身を潜めている。
「ちっ、隠形の術か。あの歳で、ここまで気配を殺せる奴も珍しいな。」
隠形の術とは、敵から身を隠す技の事である。
しかし、魔術師は、魔力を能力者はオーラを少なからず知覚する能力が備わっているため、自分の近くにさえ居れば、相手の魔力またはオーラをたどって探知する事が出来る。
そのため、外に流れ出る魔力やオーラを体内に押しとどめる事により、感知をさせずらくする事も可能であるが、体内に押しとどめるだけでは、完全に気配を絶つ事は出来ない。
あくまでも、探知しにくいだけであって、感覚の鋭い者を相手にした時は、その限りではない。
そして、目の前の男もまた、魔力に対しての感覚が鋭い相手であった。
「だがしかし、相手が悪かったな、十二神将相手にその程度の隠形が通じるわけが、・・ねぇだろ!」
一閃
男が、腕を斜めへ振り上げる仕草をした瞬間、熾輝が身を隠していた木が、一瞬にして燃え上がった。
しかし、木の中から、人が飛び出してくる様子がない。
「(なんて、火力なんだ。しかも、魔法式を組み上げる速度と魔術発動までのタイムラグが物凄く短い。それに、あの分身の量が厄介だ。まともにやり合って敵う相手じゃない。)」
自分の周囲に居た敵の容姿は、どれも同じ顔をしており、一目で式神による分身だと理解したが、一つとして異なる者が居ないため、本物を見分けることが出来ない策を目の前の男は、行っていた。
今もなお、燃え盛る炎を見つめていた男は、口角を吊り上げながら、相手にしている子供がどのような行動を取ってくるか楽しみながら、ひたすら待ち続けている。
「(さあて、あのガキは、一体どんな手を使って楽しませてくれるのかな?周囲を見たところ、罠が3つ設置されたこの場所を生かさない手はない。だが、設置されていると分かっていて罠に飛び込む馬鹿は居ないぞ。)」
炎の勢いは衰えることなく、木を燃やし続けている。
末端の枝は、既に炭化が始まっており、それだけで木を覆っている炎の火力が高いことが見て取れた。
「おいおい、いい加減出てこないと、丸焦げになっちまうぞ?」
出てこい、出てこい
男は、ひたすら待ち続けている。
弱った相手が炎から出てきた直後に攻撃を仕掛けたい。
簡単には、終わらせない。
痛ぶって、痛ぶって、泣きわめき、自分を楽しませろ。
歪んだ感情の男は、お預けをくらった犬のように、口を広げ今か今かとその時を待っていた。
しかし、
「(何だ?何で出てこない?あんなガキがこの炎の中を長時間耐えられる訳がない。)」
そこに至り現状の違和感に気が付いた。
「防御魔法を発動させた兆候は無かったはずだ。微かに魔力を感じるが、耐えきれなくなって虫の息なのか?」
パチパチと燃えた気の枝から音が聞こえる中、一本の太い枝が炎に焼かれて根元から折れた。
それと一緒に、感知し続けていた魔力の源も一緒に落下した。
「やっと、出て来たか!」
男が再び魔法式を展開し、魔力を循環させる。
「(着地と同時に撃ってやるぜ!)」
狙いを定めていた男は、次の瞬間、何が起きたのか、分からなかった。
ゴトッ!
「あん?」
男が目にしたのは、拳大程の石が5つ。
木から落ちた際、鈍い音をさせて地面に衝突し、少しだけ転がると、そこで止まった。
男は、目を奪われていた。
確かに魔力を感じる。
だが、それは人では無く、目の前の石からだった。
そして、男が石に気を取られた瞬間を見逃さない一つの影が、自分の後ろから迫っている事に、男は気が付いて無かった。
――――――――――――
熾輝は、男の接近に備え、木によじ登っていた。
木は、かなりの高さがあり、葉が十分に生い茂っているため、身を隠すと思わせるには十分だと判断したからだ。
木の枝の一つ、子供一人が乗ってもビクともせず、尚且つ下から覗いたくらいじゃ、葉の陰で見えない場所を見つけ、そこにある物を置いた。
侵入者が来るまで、熾輝が修行のために探していた魔力とオーラを纏わせた石である。
しかし、このような物を置いたからといって、敵が騙されてくれるのかは、分からないが、敵の中に、魔力感知に鋭い者が居れば、高確率で騙せるという自信が熾輝にはあった。
なぜなら、物体にオーラを長時間込めておく事は、可能であるが、魔力は放出され、術者の手元を離れた場合、直ぐに霧散してしまうのだ。
そのため、魔術師は、魔力を放出しても、己から切り離さないようにコントロールをする必要がある。
だが、目の前に置かれた石には、魔力が込められており、決して霧散する事無く、維持されたままだ。
円空が用意した石が特別という訳では無く、何処にでも転がっているただの石ではあるが、特殊な加工が施されており、それによって、手元を離れても魔力が霧散されない仕組みとなっている。
つまり、
「つまり、敵の中に魔力に対し鋭敏な感覚の持ち主が居れば、僕がこの木に隠れていると思うはず。相手の意識がこの木に向いている間に逃走出来れば御の字だな。」
登った木を降りた熾輝は、回りの茂みに身を隠し、その身から出てくる魔力を完全に封じた。
魔力は、体内にある核から放出されており、魔力コントロールを行う事により核自体から放出される魔力を完全に封じる事は、修行によって可能であるが、それには、魔力に対し特に鋭敏な感覚を持つ必要がある。
熾輝は、魔術に対する才能は、殆ど持ち合わせていないが、魔力制御、特に魔力に対する感覚だけは、優れている。矛盾している様に思われることだが、魔術を使うのと魔力を使うのとでは、全く別なのだ。
だからこそ出来る芸当と言えるだろう。
「近づいてきた。」
熾輝が茂みに身を隠して、暫くすると、石を隠した木を中心に、数十人の人間が周りを包囲するよう集まってきた。
「(・・・これは、)」
集まってきた敵を確認した熾輝は、そこで、信じられないものを見た。
「(全員が同じ顔をしている。)」
集まってきた敵は、皆が同じ、金髪と細身の体系で、サングラスをしており、それぞれが同じ顔をしていた。
まるで、術者の分身を造り上げたかのように。
熾輝が敵を観察している中、男の一人が、石を設置した木に火を放ち、あっという間に木が炎に包み込まれてしまった。
「(なんて、火力なんだ。しかも、魔法式を組み上げる速度と魔術発動までのタイムラグが物凄く短い。それに、あの分身の量が厄介だ。まともにやり合って敵う相手じゃない。)」
男の魔術を見ていた熾輝は、一目で、目の前に居る男の脅威度を計り、自身が太刀打ちできないと判断した。
「(さっきまで、相手にしていた人たちなら、小細工でどうにかなったけで、この人は、別格だ。)」
以前、息を潜める熾輝は、周りを囲まれており、中々逃げ出す事が出来ないでいた。
「(作戦通り、木の方に意識が向いてはいるけれど、分身が全く陣形を崩そうとしない。このままじゃ、密かに逃げる事が出来ないじゃないか。)」
周囲の分身は、依然として一定間隔を保った状態で、待機しているのか、全く動こうとはせず、それ以前に、分身体の動きに熾輝は、注目している。
「(些細な動きが、人の動きと何ら変わらない。)」
通常、魔術や能力によって作り出された分身は、外見を見分けが付かなくなるまで似せることは、可能であるが、動物のような動作を真似させることは、コントロールする上で、難易度が跳ね上がり、至難の業と言われている。
しかし、目の前の分身体の動きは、身体の揺らし具合や、目の動き、左足から右足へ体重を乗せる変化に全くの違和感がない。
「(それぞれが保有する魔力量も大した違いが無く、余計に見分けることを困難にさせているのか。・・・どちらにしろ逃げるのは、ほぼ不可能なんだ。だったら、相手に深手を負わせてからの逃走の方が成功率は上がるか?)」
目の前の現状を打破するため、頭の中に作戦を組み上げていく。
あらゆる作戦パターンの中で、最も成功率が高い方法を考え抜き、最善と思われる一つの作戦を導き出す。
熾輝は、全神経を使い、回りに意識を向ける。
燃え盛る炎が、依然として木を燃やす中、そのタイミングをずっと待つ。
どれ位の時が経ったたのか、熾輝にすら分からなくなってきた。
時間にして僅かなはずなのに、体感時間が、その何倍もの時間経過を告げる感覚。
意識を集中させる分だけ、その感覚が次第に長くなっていく。
そして、ついに動きがあった。
幾つもの枝の中で、炎に焼かれたことにより、折れてしまった一本の枝。
それは、熾輝が、魔力の石を設置した枝であり、それこそが、彼が待ち続けていた瞬間。
男の一人が、魔術を発動させる準備をする。
しかし、熾輝はソレを一瞬だけ目に捉えると、直ぐに他の男達に意識を傾ける。
ゴトッ!
枝がが落ち、それと一緒に地面に鈍い音を立てて衝突する音。
物体は転がり、ピタリと動きを止めた。
「あん?」
男達の中で唯一声を出した者が居た。
その男に全神経を注ぎ、一瞬にして判断を下す。
「(見つけた!)」
頭で考えるより早く、熾輝の身体は、駆け出していた。
「(倒せなくてもいい、ただ動きを封じられれば。)」
熾輝は中指と人差し指を立て、オーラを集中させる。
すると、指の回りが淡い光を放ち、次第に指に纏ったオーラに形が生まれた。
それは、刃物
指の回りをオーラで出来た刃が覆い、それを振りかぶる。
「(狙いは、足の腱を切ったら、そのまま逃走する。)」
地を這うように、猛スピードで近づく熾輝は、目の前の男のアキレス腱目がけて右腕を振るった。
「なに!?」
気配に気が付いたのか、自分の左下の方から迫ってきていた熾輝を視界に捉えた。
だが、気が付いたところで、もう遅い。既に熾輝は、男のアキレス腱へ、その手を振るっていたのだから。
しかし、あと僅かで届くと思われたその時、突如、横合いからの衝撃により、大きく吹き飛ばされ、地面を5回転くらいしながら木に衝突して、ようやく止まった。
「油断大敵ですよ、神狩さん。」
分身の群れを掻き分けるようにでてきた一人の男は、溜息を吐きながら、近づいてきた。
「真部か、余計な事をするな。」
「あのまま放置していれば、足を持っていかれていましたよ?」
「ちっ」
「それに、十二神将就任前のあなたに怪我でもされたら、色々と面倒ですからね。」
真部と神狩が話をしている横で、熾輝は、後ろのにある木に衝突した際、身体を強く打ち付けしまい、未だに倒れ込んだままだったが、ようやく動けるようになった。
「(他にも、仲間がいたのか。サングラスの男に気を奪われていて気付かなかった。)」
未だ未完成の気配察知は、何かに集中してしまうと、他の気配に気が付くことが出来ない。
しかし、己の修行不足を嘆いている余裕は、今の熾輝には、なかった。
「さてと、標的も見つかった事ですし、さっさと回収して帰還しましょう。」
真部が、起き上がろうとする熾輝に視線を向けて、ゆっくりと歩を進める。
だが、真部の前に神狩が立ちふさがり、行く手を遮った。
「なんの真似ですか?」
神狩の行動の意味が分からず、疑問を投げかける。
「このガキには、一杯喰わされたからな、少しばかり遊ばねぇと俺の気が収まらねぇ。」
返ってきた答えに、呆れて物も言えない。
「言いたいことは、あるだろうが、飲み込んでおけ。それともお前が俺と遊ぶか?」
「・・・程々にして下さいよ?アレは貴重なサンプルなんですから。」
そういって、後ろに下がった真部は、抗議する事を諦め、腕を組んで、遠間から見物する事を余儀なくされてしまった。
真部が下がったことを確認した神狩は、満足そうな顔をして、熾輝へと視線を向ける。
「またせたな。」
「あなた達は、いったい何者ですか?」
「暁の夜明けっていう魔術結社をしっているか?」
「・・知りません。」
「さっきまで、お前を追っていた連中と、そこに居る真部っていう男は、その組織の一員だ。まぁ、俺はこいつらに雇われた傭兵ってところだな。」
「何で、魔術結社なんかが、ここを襲撃するんです?」
「正確にいうとここじゃない。お前だよガキ」
「僕を?何で?」
「おいおい、質問ばっかりしてんじゃねえよ。知りたきゃ力尽くで聞いてみな。」
神狩は、右手を前に突き出して、魔術を発動させた。
炎が生まれ、勢いよく熾輝に放たれる。
炎が迫る中、熾輝は、自分のスキルでは、相殺することも防ぐことも出来ないと悟ったのか、素早く右へ跳んで、回避する。
しかし、回避した先に待ち構えていたのは、男の分身体。
丁度、分身の足元に回避してきた熾輝を、狙っていたかのように、思いっきり蹴り飛ばした。
だが、伊達に今まで厳しい修行を積んできた訳ではない。
魔術師である神狩は、武術の心得が無く、その蹴りに大した威力は無く、熾輝にとっては、大した威力がある訳でもなく、ダメージも受けていない。
「やっぱりな。さっきから、お前を観察し続けていたが、能力者だったか。」
神狩の発言に、後ろで控えていた真部は驚いた。
「能力者ですって?あんな子供がオーラを扱えると言うのですか?」
「まぁ、不思議はねぇわな。あの神災の唯一の生き残りと言っても、ただで済む筈がない。恐らくその時に目覚めたって所だろう。そして、その右眼の眼帯は、能力の代償みたいな物だろうな。」
二人が会話する中、分身体は、それぞれが動き回り、熾輝に攻撃を放っている。
しかし、熾輝はそれをひたすら捌いたり、避けたりして凌いでいた。
「(この分身体の量はすごいけど、さっきから、殴りかかって来てばかりだ。これなら対処出来る。)」
目の前の分身体が、大振りに放ってきた蹴りを大きく後ろへ飛びのいて回避し、距離を取る。
「あのガキ、何かするつもりだな。」
分身体達から大きく距離をとった熾輝は、肺から空気を静かに掃き出し、肺の中を空にすると、再び静かに息を吸い込み始めた。
ゆっくりと酸素を体中に取り入れ、そして、細胞の一つ一つに酸素が巡っていく。
体中に酸素が回り、淀みなく力が循環している感覚を確かめると、それを一気に解放させた。
「なに!?」
威圧感
真部は、目の前に居る少年から発せられる得たいのしれない何かを感じていた。
「へえ」
対して神狩は、一人目の前の光景に酔いしれている。
「神狩さん、これは!?」
「なんだ、魔術結社の幹部様は、能力者と闘りあったことが無いのか?」
「実のところ、初めて見ます。」
「この圧迫されていると感じる力が、オーラだよ。」
「オーラ・・・これが?」
「ああ、だが俺が知っているのは、世の中で達人と呼ばれる連中だ。だが、そいつ等に比べると、何とも貧弱なもんだよこれは。」
「貧弱・・・これで?」
初めて出会う能力者。それも、まだ子供であるにも関わらず、真部はただ驚くことしか出来なかった。
「せっかく縁を持ったんだ。能力者の対処法ってやつをレクチャーしてやるよ。」
そう言って、神狩は指を「パチン!」と鳴らした。
すると、先程まで闇雲に熾輝に襲い掛かって来ていた分身体達は、動きを止め、規則正しい動きで円を描くように周りを囲んだ。
そして、一体の分身体が前に出て、熾輝と向かい合う。
「レクチャー其の一。」
分身体が、低く腰を落とし、力を溜めると、一気に駆出した。
その動きに合わせて、熾輝は構えを取る。
身体を半身にし、左腕を軽く伸ばし、右手は腰高に拳を作って力を溜める。
下半身は、軽く膝を折り曲げ、足を完全に地面には付けず、両足の踵は、一センチ程度浮かせる。
勢いを付けた分身は、勢い良く突進してくると、右手を大きく振りかぶり、間合いに入った途端、振り下ろしてきた。
「能力者は、体中を覆っているオーラによって、攻撃力・防御力を大幅に向上させている。いわゆる身体強化だ。だから、ただ力の強いだけのパンチなんざ、大した攻撃にもならない。」
振り下ろされた拳は、いともたやすく払われた。
「だが、」
攻撃を捌かれた瞬間、分身体の魔力が循環を始め、魔術が発動する。
「こちらも強化の魔術を使えば、力の底上げで攻撃力に差は生まれなくなる。」
払われた腕が横へ払われ、熾輝に迫るが、今度は、左右の腕を入れ替えるようにして右手で受け止め、左手を腰高に持ってくる。
しかし、先程より、明らかに重い攻撃に、踏ん張りきることが出来ず、少し後ろへ下がらされてしまった。
しかし、
「右腕が!」
攻撃を放った分身体の腕は、真逆に曲がり、普通の人間であれば、痛みにのた打ち回るところである。
「これが、能力者の厄介なところだ。いくらこちらが腕力を上げようが、身体の強度が変わる訳じゃない。簡単に言うと、鉄の塊を思いっきり殴っているようなものだ。腕力が強くてもそれじゃあ拳が砕けちまう。」
そう言って、再び指を「パチン!」と鳴らした途端、右腕が折れた筈の分身体の腕が、まるでビデオの逆再生を見させられているかのように元へと戻り始めた。
「だから生身で、能力者と殴り合う時は、身体の強度を上げつつ筋力の強化を行って対応する。」
再び魔術を発動した分身体は、熾輝に向かって駆け出し、攻撃を繰り出す。
しかし、今度は分身体の身体に損傷を行うこと無く攻撃が繰り出される。
「すごい、常時二つの魔術を発動させているのか。」
「二つ?違うだろ。」
回りに居る分身体は、全部で30体そして、今現在、熾輝と闘っている分身の精密なコントロールと身体強化と強度の魔術を駆使している男の実力は、魔術を使う者が視れば、卓越していると言えるだろう。
しかし、それ程の分身体と、その他の魔術を使用していれば、精密さは、どうしても欠けてしまうし、魔術の強度も落ちるのは必然である。
だから、目の前の分身体が破壊されても、別に驚くことではない。
「はあっ!」
熾輝が放った渾身の突きが、分身体の外郭を突き抜け、核である護符を破壊した。
「とまぁ、能力者と肉弾戦をやるときは、強化と強度の魔術を併用して闘るんだな。」
ゆっくりと、歩みを進める神狩は、サングラスを掛け直すと、分身体を掻き分けて熾輝の目の前で歩みを止めた。
「ここからが、レクチャー其の二だ。」
ニヤリと笑みを浮かべた神狩は、サングラス越しに狂気の篭った目で熾輝を見下ろす。
「せいぜい楽しませてくれよ?」
瞬間、男の足元が破裂し、熾輝に肉薄した。
「(はやい!)」
「オラァ!」
鋭い蹴りが放たれ、身を屈める事で躱す。
放たれた蹴りは、引き戻される事無くそのまま踵落としへと軌道を変えた。
「(こんな踵落としに威力があるはずがない。)」
左手を頭上へ持っていき、攻撃を受けるが、予想を遥に上回る威力に、防御を抜かれて、そのまま頭に叩き込まれる。
「ガッ!」
一瞬、目がくらみ、倒れ込みそうになるが、何とか踏みとどまり、間合いを取るために後方へ下がり、神狩を見据える。
「やっぱり、頑丈だな。強度を高めた身体で蹴っても、足が痺れちまった。」
痺れを振り払うように攻撃をした方の足をぶらぶらとさせ、つま先で地面を二度ほど小突くと、再び熾輝を睨みつける。
「肉弾戦は、俺にもダメージが入っちまう。ここからは、得意分野で行かせてもらうぜ。」
男の魔力が高まり、左手を突き出すように構えた。
魔力が徐々に左手へ集中していく。
紛れも無く魔術が発動する兆候だ。
神狩の動静に意識を集中し、熾輝もまた、己のオーラを最大限まで高める。
「踊れ!クソガキ!」
左手に集中した魔力は、炎となって放たれた。




