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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
189/295

紫苑と凌駕

人々の喧騒と言っても良い程の活気あふれる都会のど真ん中…ちょっとお洒落な喫茶店で、アイスティーを飲みながら煌坂紫苑は、携帯電話をいじりながら時間をつぶす。


ディスプレイに映されているのは、先日の銀行強盗についてのニュース――。


―(ふ~ん、強盗は警官隊によって逮捕、子供たちは無事に救出、か)


一般的に報じられているのは、銀行での逮捕劇について。

銀行から逃走した犯人を大橋で捕まえた事には、一切触れられていない。


―(情報操作だけは流石ね)


流石と評してはいるが、その実、目一杯の皮肉が込められている。


―(こうなる前に手を打つのが対策課と十傑達の仕事でしょうに。何をやっているんだか)


今回の一件、表沙汰になれば裏社会の根幹を揺るがす大事件に発展していたであろう事は間違いない。

本来、このような事件を未然に防ぐのが日本を陰から守護する者達の仕事だ。

故に、今回の一件で対策課、延いては十傑達は、各機関からそうとうなバッシングを受けている事は間違いない。


―(でもまぁ、瀬戸際で食い止められた事だけがせめてもの救いだったわね)


日本を陰から支える守護者たち…彼等に対し、何か思うところがあるのだろう。…紫苑は「ざまあみろ」と心の中で吐き捨てると、残っていたアイスティーを一気に飲み干した。


目の前に置かれていた飲み物は空となり、合わせて注文していたケーキも既に腹の中――


「にしても遅いッ!何やっているのよアイツは!」


誰かを待っているのであろう紫苑は、携帯電話の時刻を睨み付けながら周りの客に聞かれない程度の音量で声を上げる。すると……


「もうッ、急いでよぉ!約束の時間はとっくに過ぎているんだからね!いい歳した人が迷子とか恥ずかし過ぎるでしょう!」


店の入口から騒がしい声が聞こえて来た――

視線を向けると、そこには和服に身を包んだ女の子がアセアセと誰かを引っ張って店内に入ってくるところだった。


「やっときたか……この愚図グズッ」

「あ゛あ゛?何だとこのアマ」


どうやら待ち人来たれり…のハズが初っ端から険悪なムードが漂う。


「あわわわわッ!すみません、紫苑さん。例の如く迷子になったこの人を探し出すのに時間が掛かってしまって!このとおり、この人は、しっかりしている様に見えて、ポンコツなんですンッ――!?」

「誰がポンコツだ?ふざけた台詞を吐いたら殴るぞ?」

「もう殴ってます!わーん、パパにも殴られたこと無いのにぃ!叔父様に言い付けてやるぅ!」


涙?を零しながら、いまだジンジンと痛む頭を押さえながら不満を訴える少女…


「ちょっと、女の子に拳骨を喰らわすなんて、何考えているのよ」

「うるせえ、教育だ。主をバカにする従者がどこにいる」

「女の子に手を上げる男は、クズよ!クズ!」


涙(嘘)を零す少女を抱きしめて、よしよしと頭を摩る。

その際、少女が男に向かって舌をベッと出していた事は、当然紫苑も知っていたが、気付かない振りをして男を責める振りを続ける。


女2人に責められ、流石の男も分が悪いと悟ったのか、舌打ちをして、無言のまま席に着いた―――。


「――それにしても、久しぶりね。元気してた?」


先ほどの一連の流れは何処へやら…紫苑は何も無かったかのように振る舞う。


「誰かさんにウチの者をコテンパンにされて、元気に見えるのか?」

「あらやだ、誤解よ。私は、偶然現場に居合わせただけで、あっちが勝手に自爆しただけだもの」


ご近所のおばさんのように、「ちょっとやぁねぇ」と手を振るジェスチャーを交えて弁明する。


「あははは!拓ちゃん凌駕さまに、すっごく怒られたんだって」

「拓ちゃん?…だれ?」

「紫苑さんの目の前で自爆した亀岡拓次さん…通称拓ちゃん」

「通称も何もお前が勝手に呼んでいるだけだろう。しかも誰もお前が付けた通称を使ってねぇ」


話を聞いて、「そんな名前だったっけ」と遠い記憶を辿ってみる…が、紫苑にとっては、覚える程の価値は無かったのだろう。思い出そうとしても思い出す事が出来ない。


もっと言うと、記憶の中にある拓次の顔もあやふやで、へのへのもへじが描かれている。


「まぁ、冗談は、この辺にして……凌駕、本題に入ってもいいかしら?」


凌駕と呼ばれたこの男、その正体は五月女の直系…五月女勇吾の実子で、熾輝の叔父に当たる。


紫苑は、今日この日、彼との密会を行うために、遥々都会まで足を運んでいた。


密会と言う程なのだから、誰かに聞かれたくはない話をするのであろう。


「心配すんな。香奈は、こう見えて優秀だ。結界も既に――」

「凌駕さま!凌駕さま!このレインボーパフェっていうの香奈食べたい!」


密会を行う上で、第三者に会話の内容を聞かれないように防音系の結界を張るものである。

凌駕は、香奈が気を利かせて、そういった処置を施しているものと思っていた。…が、彼女は、メニュー表を広げ目を輝かせている。


「………」

「…香奈ちゃん、好きな物を食べても良いわよ」

「本当ッ!?わーい!」


青筋を浮かべる凌駕など気にもせず、香奈は店員を呼んで目当ての物を注文する。

紫苑は、そんな彼女を眺めて苦笑しながら「この歳の子って、やっぱり、こんなものよね」と、記憶にある少年と比較する。


暫くすると店員が注文の品をテーブルに配膳するとペコリと一礼して立ち去って行った。


「香奈、判っているよな?」

「ふぁーい」


「いい加減、頼むぞ?」と、若干疲れを帯びた雰囲気を纏い、凌駕が視線を向ける。

香奈は、口いっぱいにパフェを頬張りながら魔術を発動した。


「…やれやれ、ようやっとかよ」

「まぁまぁ、良いじゃない」


周囲の音が遮断された事を確認した紫苑は、改めて話を切り出す。


「今ね、私、葵さんの所に厄介になっているの」

「兄貴の女か…変わりは無いか?」


兄貴とは、清十郎の事を言っている。

清十郎が天井人の使命を受け、旅立ってから既に2年が経過しようとしていた。


凌駕自身、清十郎が何かの使命を受けて失踪したという情報は、掴んでいたが天井人の存在やこの世界とは別にある世界の事については、何も知らない。


知っている事と言えば、五月女清十郎と東雲葵が婚約関係にあるという事だけ。


「うん。すっごく元気にしていたわ。それに、あの子も…」


あの子とは、熾輝の事をさしているのだろう。

敢えて名前を出さない理由は、特段ないのかもしれないが、お互いの関係上、自然と憚られる感じがしたからなのかもしれない。


「そうか、まぁ、五柱の一人が傍に着いているんだ。心配は要らないだろう」


「そうね」と紫苑は無難に相槌を打つ。が、実のところ葵の職業上、家を空ける事も多く、四六時中一緒に居る事は難しい。


しかも、昨年は魔導書という厄介極まりない事件の終息を師匠連から言い渡され、毎度命を危険に晒していた。


そういった細かい話は、紫苑は熾輝から掻い摘んで聞かされていたのだが、敢えて口にしなかった。


しかし、まぁ、師匠連のネームバリューが効いているのか、今までは表立って動く連中は居なかったのも事実であるが故、その事については、心配はしていない。


「あの子ね、友達ができたのよ。しかも、みんな可愛い子ばっかり」


話の本題という割に、熾輝の近況を優先して報告している。

しかも、自分の事の様に嬉しそうにだ。


「ちょっと前は、感情なんて欠片も持ち合わせていなかったのに、久しぶりに逢ったら、四苦八苦したり、笑ったり…本当に信じられない。奇跡としか言いようがないわ」


数年前に見た熾輝の事を思い出しているのだろう。

自然と紫苑の眼には涙が溜まり、僅かに声が震えていた。


熾輝の近況を黙って聞く凌駕は、「そうか」と静かに相槌を打つ。


「――それでね、私がその子達の事、どう思っているのかって聞いたら、大切だって……凄く凄く大事そうに、優しく言うの。あの子にもそういう大切な者が出来たって知って、嬉しかった…」


紫苑は、段々と音量を下げ、静かに…そして愛しむように話をする。


普段、熾輝は紫苑に対して苦手意識をもっており、紫苑も熾輝に対して姉と言う立場を強引に押し付けてはいるが、やはり可愛くて仕方がないのだろう。だからこそ・・・


「だから、あの子を傷付けようとする奴らは、許せない」


感極まった様子から一転して、深くて重い、それこそ憎しみを孕んだ声が木霊する。


「…何があった?」


紫苑の只ならぬ気配を機微に察し、凌駕が問いかける。


「あった…と言うより、これから起こるかもしれない」

「?」


紫苑にしては、珍しくハッキリしない。

凌駕が知る紫苑は、何でもズバズバと言い、相手を完膚なきまでに口撃し、再起不能になるまで攻撃を加える程、…つまりは、この男にして敵に回したくないと思わせる程に恐ろしい女だ。


それが、今は何か躊躇っている様にも思われる。


「…先日の銀行強盗の一件って、知ってる?」

「まぁ、な…その件で親父や対策課は、大露わだ。かくいう俺も捜査に駆り出されている」

「そうなの?じゃあ、あの子が関わった事は?」


意外感を覚えながら紫苑は、質問を投げかける。

まさか、五月女の直系はといえ、未成年の凌駕が捜査に加わっているとは夢にも思わなかったのだ。


「捜査って言っても、やっている事は、下っ端同然。それらしい拠点を虱潰しらみつぶしに…ておい、初耳だぞ。アイツがこの件に噛んでいたのか?」


末端の捜査員には、完全な情報が降りてきていないのだろう。

組織は、大きくなればなるほど、情報規制が困難になる性質上、例え捜査員であろうと全ての情報開示がされないのが常である。


かくいう凌駕は、正式な対策課の捜査員では無い。しかし、今回の一件は十傑と対策課が合同で進めている捜査だ。

ならば十傑の長達ならば把握できているハズである。


「―――そうか、…ちくしょうッ、親父のヤツ、知っていて黙っていやがったな」


凌駕は、今回の一件、多少なりとも関わっていた紫苑から事件の詳しい情報を聞かされ、父である勇吾に怒りを向ける。


「まぁ、下々をまとめる十傑の一員、しかも五月女という看板を背負った人が、身内であっても、おいそれと情報を漏らす訳には、いかないんでしょう……立派じゃない。どこかの糞ババアとは、えらい違い」

「……相変わらず、そっちは仲が悪いのか?」


サバサバしている性格上、例え相手が嫌いな輩でも、すぐに気持ちを切り替え、順応してしまう…という紫苑がここまで辛辣に罵る相手を凌駕は、一人しか知らない。


「フンッ!知らないわよ、あんな人のこと!お婆ちゃんだか何だか知らないけど、お母さんが行方不明になっても心配もしないし、あろう事かあの子を封印指定にしようとした元凶よ!」

「お、おう…」


五十嵐家と紫苑は、袂を別っている。

とはいえ、それは、母と父が駆け落ちをする時に絶縁となっているので、紫苑自らが袂を別けた訳ではない。


だから祖母である五十嵐御代は、母親である恵流えるの失踪後、紫苑に接触を図ってきたのだが……紫苑の母の事や五十嵐家については、今は割愛するとしよう。


「ともかく!……えっと、あ~も~ッ!どこまで話したっけ!」

「あ、アイツが事件に関わっていた所までだ」


話が大きく脱線してしまった挙句、地雷を踏んでしまったと後悔する凌駕は、なんとか話の路線を元に戻す事には成功した。


「そうッ、……そうね、とにかく、あの事件について、私もあの子から話を聞いたんだけど、どうやら連中、子供たちを生贄にしようとしていたらしいの」

「生贄………神代、いや、悪魔召喚か?」


紫苑からの情報から一瞬、神代魔法についての知識が頭を過ったが、それは現実的ではないと、すぐさま考えを切り捨て、他の可能性を口にする。


「そう、しかも術式の形状があやふやで、まともに起動するかも怪しい代物だったらしいわ」

「あやふや…連中、正規の術師じゃあないって事か?」

「どうかしら、誰かが意図的にそうしたのか、あるいは、運任せだったのか…」

「?」


運任せという言葉に引っ掛かりを覚えたのか、凌駕は己が知りうる知識を総動員して思考するが、依然として答えが見えてこない。


通常、魔術というものは、正しい式を構築する事によって、結果が生じる。

そこに運なんていう要素は、介入する事は出来ないハズだ。


「私も専門外だから詳しくは、判らないんだけど、あの子が言うには、宝くじ要素が強い…らしいわよ?」

「尚更訳が判らねえな」

「えっと、つまりね。悪魔召喚は、魔術と違って、悪魔が入っている部屋の扉を開くシステムで、正しい対価に応じた部屋の鍵が開いて、召喚に応じた悪魔が顕現するとかなんとか―――」


紫苑は、熾輝から伝え聞いた話を自分なりにまとめて説明を続けた。


「――なるほど、つまりは、対価さえあれば、起動式云々は、ある程度の形式さえ満たしていれば、多少の不備は誤魔化せる。…それどころか、目当ての悪魔でなくても、満員電車の扉を開けて押し出される様にして出てきた奴がいれば問題ないって事か」

「そうなるわね」

「なんかそれ、ガチャポンみたいだね」

「「…確かに」」


言い得て妙である。

通常、悪魔召喚にも手順や法則という物は、存在する。

だが、先に述べた通り、対価とある程度の形式が満たされた魔法陣さえあれば、悪魔召喚は、可能になってしまうのだ。

しかし、その場合は、当たり外れが存在するガチャポンの様な物になるという。


「だが、それに一体、なんの意味があるんだ?」


犯人達の行動の意味が理解出来ず、凌駕は眉間にシワを寄せる。


「それってさぁ、陽動だったんじゃない?」

「…どういう意味だ?」


思考する凌駕の横で、パフェを平らげた香奈が考えを述べる。


「ほら、ド派手なことをやっている間に、悪い事しちゃおうぜ♪みたいな?」

「…適当な」

「いや、あながち間違っていないかも」


「適当な事を言うな」と口に出そうとした凌駕に被せる様にして、紫苑が何か思い出したかのように声を出す。


「あの子、妙な事を言っていたのよ。術式コードの隙間から囮がどうとか…」

「あん?」

「あと、こうも言っていたわ。妙にフランスなまりのある術式だったって」

「……一応聞いておくが、術式にナマリなんてものがあるのか?」


当然の疑問に流石の紫苑も困った顔を浮かべる。

それもそのハズ、紫苑も凌駕も裏社会で育った身…幼き頃から魔術に関する教養は受けている。その二人が揃って聞いたことも無い情報を前に困惑するのは仕方がないこと。しかし・・・


「あるらしいよ?」

「「―?―」」


ケロリとした表情で応えたのが香奈こと、倉科香奈であった。


「香奈ちゃん、どういうこと?」

「えっとね、私の同級生で、凄い子が居て、前にその子が言っていたの。術式は、世界各地、細かく分けると国・地域事にルーツがあって、一般的に用いられているローリー式魔法構築理論が世界共通語と例えるなら、それ以外は、御国語か方言なんだって」


そりゃまた偉いザックリとした表現だなと共通の認識をする2人だったが、なるほどと納得する説であると認めざるを得ない。


「だから、共通語?共通式?とにかく、それにフランスが発祥ルーツの術式が混在していても可笑しくない…らしいよ?」

「確かに、私の友人にもイギリス英語とアメリカ英語をゴッチャで話す子が居るわ。…それに、協会は世界各国から生徒が集まるから術式がハチャメチャに見えて、ちゃんと起動しているって所を目撃した事がある」

「おい、つまりアレか?」


ここまでの話をまとめ、ある可能性が浮上する。


「えぇ、おそらく敵は、悪魔信仰の組織よ。しかも、フランスに拠点を置く何れかの組織の可能性が高いわ」


その結論に至り、凌駕の眼がスッと細められた。


「それが本当なら外敵を招いたという事になる」

「えぇ、国力が回復しきっていない今だからこそ…なんでしょうけど」

「なおさらだ。一層の注意が必要だったにも関わらず、こんな事件…マジで裏社会の根底がひっくり返されるぞ」


この事件に潜む元凶に対し、只ならぬ物を感じる凌駕は、いかにして対処するべきかを思考する。


「まぁ待って、今の話は何の証拠もない憶測よ」

「証拠は無くても根拠はある……と言いたい所だが、大人連中に行っても理解はしてもらえないだろう」

「そうね、所詮は子供の戯言として流されるのが関の山。ならどうする?」


彼等が話した内容は、全て憶測に過ぎない。

だが、とある少年…こと魔術方面に対する才能は、常人が理解出来る範疇を遥に逸脱している。

その片鱗を間近で感じてる紫苑には、単なる憶測では片付けられないと言う直感が働いて仕方がない。


「……悪魔信仰の組織が裏で糸を引いていると仮定して、教会が黙っているとは思えねぇ」

「確かに、拠点の国…フランス聖教が放置しているとは考えずらいわね。仮に放置していて事件が起きた時の問題が大きすぎる」

「それって、国際問題ってやつ?」

「あぁ、十中八九、フランス聖教が裏で動いている事は、間違いない」


影で暗躍するであろう悪魔信仰組織、それに対立する教会。彼等の中で、次々と線が繋がっていく。


「接触を図るなら、教会側だろう」

「けど、どうやって?伝手でもあるの?」

「そんな物はない」


方針を打ち立てるも、それを実現させられないのは、やはり彼等が子供だからだろうか…

そこまでの事を決めておいて、「ないんかい!?」とガックシ肩を落す紫苑であったが…


「だが、無いならおびき寄せるまでだ」


どこか自信を感じさせる凌駕の発言、それに伴って彼の口角が僅かに歪んだ。


「…なるほどね☆」

「あー、凌駕さまが悪い顔してるぅ」


熾輝の知らない所で、煌坂紫苑、五月女凌駕、倉科香奈の3人が動き始める。




◇   ◇   ◇



「―まずは、事件現場の洗い出しから行くぞ」


喫茶店を出て、人込みを歩く凌駕と香奈の2人は、紫苑と別れ、捜査に出た。


「ねぇねぇ、凌駕さま。毎度思うけど、何で隠れて紫苑さんと逢ってるの?」


―と、凌駕の言葉とは全く関係なく、香奈が唐突に質問を投げかけた。


「こんな遠方まで来なくても、もっと近くの場所で会えばいいのに。それに勇吾叔父さんにはシラを切っていたけど、バリバリ紫苑さんと連絡とりあっていたじゃん」


香奈が心底不思議そうな表情を浮かべ凌駕に問いかける。


「…お前も知っているだろう。五月女うちと五十嵐の軋轢あつれきを」

「知ってるけど、紫苑さんは五十嵐とは、もう関係がないんでしょ?」

「それでもだ。一族同士の恨みは、袂を別った程度じゃあどうしようもない程に根が深い」


一族同士のいさかいは、香奈も幼少の頃から耳にタコができる程にしつこく言われ続けている。

だが、…だからといって、それが何だと言うのだ?そんな昔の事は、今の自分たちに関係があるのか?正直、めんどくさい。程度にしか思っていなかった。


だから、凌駕の言葉に納得がいかないのだ。


「でも、凌駕さまは、紫苑さんと仲良しじゃん」

「………」


立ち止まり、頬を膨らませて、歳相応の聞き分けの無い子供の様に振る舞う香奈に対し、凌駕は浅く溜息を吐く。


「いいか香奈。俺は将来、五月女を背負って立つ身だ」

「知ってるよ。だからお父さんにも凌駕さまの面倒を見ろって言われてるもん」

「…おう、そうだな」


凌駕は内心、香奈の父である倉科和馬に対し、多少の文句を言いたくなった。

「和馬さん、何故に香奈が俺の面倒を見れると思った?逆じゃね?」と喉元まで出かかったが、苦渋の思いでそれを呑み込むと言葉を続けた。


「正直に言って、今の俺には力が足りない。五十嵐との軋轢を蹴散らすだけの力が。…当主候補である俺が一族の考えとは真逆の事をすれば、どうなると思う?」

「……香奈、難しい事は判らないもん。でも、香奈は、今の状態が息苦しいし、めんどくさい」


駄々をこねる香奈に対し、凌駕は言い聞かせるようにして…しかし、それを否定せずに続ける。


「それでいい。大人たちの言葉全部に耳を貸す必要なんてないさ」

「でも、香奈が言う事を聞かないと、みんな怒るよ」

「そんなもん、表面上だけ良い子を演じていればいい。心の中では、『うるせえバーカ!』って吐き捨ててやれ」


当主候補であるにも関わらず、凌駕が香奈の一族批判を咎めようとしないのは、彼にも思うところが在るからに他ならない。


「ぷッ、なにそれ。凌駕さま、普段そんな事を思っていたの?」


思わず噴き出した香奈に「まぁな」と答えた凌駕は、「あぁ、それとな」と付け加えて、彼女の頭をガシッと鷲掴むと…


「俺と紫苑アイツは仲良しじゃあねぇ」

「痛たたたたたッ!痛いよ凌駕さま!」


万力の様にギリギリと香奈の頭を絞めつける。


「たくっ、勘違いしてんじゃあねぇ。アイツとは、ただの腐れ縁だ」

「の割りには、しょっちゅう連絡を取り合っている事を香奈は知っているのであった――」


妙なナレーションを付け加える香奈の頭蓋にギギギィッと五指を鳴らして再び凌駕の万力が近づいていく。


「わわわッ!冗談だってば!怒らないでぇ!」

「いい加減にしないと泣かすぞ」


「いつも泣かされてます!」と文句を言いつつ、逃げる様に凌駕から離れる香奈は、苦し紛れるように…


「ところで、凌駕さま」

「なんだ?」

「駅は逆方向です」

「………」


主人の方向音痴を指摘するのであった。



◇   ◇   ◇



「――凌駕アイツも変わってないわねぇ」


喫茶店を先に出た凌駕と香奈を見送った紫苑は、携帯電話のメール機能を立ち上げながらポツリと呟いていた。


―(まぁ、なんにせよ。人手は必要だから正直ありがたいんけど、もう少し愛嬌ってものを振り撒けないのかしら)


四六時中不愛想な顔を突きつけられて、気疲れする…と言いたいのだろうが、気疲れするような軟な精神はしていないし、そもそも気なんて使っていない女の台詞ではない。と、凌駕がいたら突っ込んでいるだろう。


「…うわッ、想像したら鳥肌がたったわ」


脳内で凌駕が笑顔で接しているシュチュエーションを想像した紫苑…自分で言っておいて、あんまりである。


―(今回の一件、偶然にしろ必然にしろ、あの子の近くで事件は起こった。…それをただの偶然として片づけるのには、状況から言って難しいわね)


思考する紫苑にも、それを裏付ける物など在りはしない。これは言わば女の勘だ。


しかし、それを無視できる程に世界は優しくない事を誰よりも知っている。

魔術師と言うのは、元来そう言った生き物であり、この世に偶然は無い、在るのは必然だけだと言ったのは、何処の誰だっただろう…そんな事を思いながら彼女は、彼女の大切な者を守るために動き出した。


何も無いに越したことはない。

しかし、彼女は確信めいた物を感じていた。

それは、直感よりも確かなもの―――。



◇   ◇   ◇



「――あはは!みんなにも見せてあげたかったわ。熾輝の顔、すっごく動揺していたんだから」


仮住まいのマンション、朱里はリビングに備え付けてあるソファーで寛ぎながら同居人に先刻の様子を愉快に語っていた。


「子供と言っても、やっぱり男の子…朱里ちゃんみたいな可愛い女の子に言い寄られて動揺するなって方が無理な話よ」


女の武器を朱里に教え込んだ諸悪の根源…3姉妹(義理)の長女である真理子は、紅茶を口に含みながら朱里の話を聞いている。


「それで、真理子姉さんのハニートラップは効果的ってのは理解したけど、実際、標的の子の強さはどの程度なのか判ったの?」

「それは…」


次女の尚子からの質問に、先ほどまで気分よく話していた朱里の口が重くなる。


正直に言って、朱里が観察した熾輝の強さは、依然としてハッキリしていない。


判っているのは、強盗事件の時に見せた熾輝の強さの片鱗…ただ、それだって一瞬のこと。

朱里には武術の心得が無い故にハッキリとした強さというものは、分からない。


「この間の強盗事件、犯人は銃器を所持していた上に能力者だった。少なくとも生半可な強さでは無いわね」

「どういうこと?」

「能力者って言うのは、一般人に比べて身体能力が高いの。そういった輩を相手にして、あっという間に制圧するってなると……レベル2の中堅くらいには見ておいた方がいいわね」


レベルとは、国が定めた怪異に対する脅威度の基準であり、レベル2は平均的なプロの魔術師3人分の強さに匹敵する事になる。


依然、戦闘経験のない朱里にとっては、知識だけの数値なので、漠然とし過ぎていて参考にもならない。


「あとは、判っている事はないの?情報が少なすぎて、分析するのも一苦労だよ」


三女の陽子は、パソコンをカチカチと弄りながら質問を投げる。


「そうね……あ、資料には、熾輝が魔術を使えないってあったけど、本人は使えるって言ってたわ」

「そうなの?…でも、それってハッタリじゃあない?」


陽子は、朱里からの情報に疑念を抱いた。

仮にも自分たちを雇い入れた組織がそういった誤った情報を収集するだろうかと思っているのだ。


「その情報が間違っているんじゃあない?」

「ん~、考えずらいなぁ。仮にも国の組織である対策課をハッキングして得た情報らしいしぃ」


情報元は、対策課…しかも、ハッキングしてまで得たとなると、国のサイバー犯罪に対する対策は大丈夫なのかと疑いたくなるような言動であった。


「まぁ、待ちなさいよ。朱里ちゃん、どうしてそう思うの?」

「…実は、今日、咲耶…あっ、咲耶っていうのは、同級生の女の子で、魔術師なの」

「あら、一般人が通うような学校に魔術師っていうのも珍しいわね」


通常、裏社会の一族にしろポッと出の魔術師にしろ、国が経営する学園に通うものだ。


そこに通っていないとなると、咲耶が魔術を覚え始めて日が浅い、又は、完全に国が見落としてるという2つの可能性が真理子の中で浮かび上がる。


「うん。だから、魔術を何処で習ったのかと聞いたら熾輝からだって」

「…魔術が使えないハズの子が?」

「そうなの。しかも、使ってた術式が私の眼から見て驚くほどに」

「「「驚くほどに?」」」

「…芸術的だったわ」


朱里の報告を聞き、3人は顔をしかめる。


魔術を使えないと思っていた少年…その実、魔術を行使する事が出来る。

しかも、朱里が言う程の術式を構築できるとなると、並の術者の枠にハメる事は出来なくなる。


こうなってくると彼女たちが組織から与えられた情報の信ぴょう性も怪しく思えてしまう。


「とにかく、ボクは、もっと情報を集めた方が良いと思うな」

「でも、どうやって?言っておくけど、この前みたいに都合よく強盗事件が発生するとは思えないんだけど…」


そこまで言って、朱里は先日の事件で熾輝の片鱗を知れた事については、良かったと思いはしたが、誰かを巻き込んでのやり方は、彼女の良心が許さない。


「ん~、ちょっとリスクを伴うやり方だけど、こういうのはどうかしら―――」


そういって尚子が口にした作戦、…その内容に場の面々が難しい表情を浮かべるも、朱里は、現実的な問題として、それが一番効率的なやり方だと思考の末、実行に移す事とした。



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