説明
「――それで?呼び出したって事は、色々と話を聞かせてもらえるのよね?」
街の中央を流れる河の畔、頭上にはアーチ状の橋が架けられており、その下では、眉を吊り上げた朱里が熾輝達を前にしていた。
そんな朱里を前に、熾輝は「自分の事は棚上げか?」と思いつつ、浅い溜息を吐いたのち、諦めたかのように口を開く。
「知っての通り、ここに居る咲耶も朱里と同じ魔術師だよ」
「でしょうね」
今日の午前中、熾輝はあらかじめ咲耶達と打ち合わせていたとおりの言葉を並べる。
「そして、僕は能力者だ。付け加えて言うと、昨日、銀行に突入したのも僕だよ」
「……それで?他の2人は、その事を知っていたの?」
朱里の中では、熾輝が能力者である事は、既に情報を得ていた事から今更驚く事でもない。
それに、認識阻害の術式を発動させていたとはいえ、銀行に突入してきた者の背格好から条件に合致するのが、自分の知る中で熾輝しかありえないと推察していたので、これも驚くほどの事でもなかった。
だからこそ朱里は、この場に居る無関係そうな2人…熾輝と咲耶の後ろで佇む可憐と燕を顎で指す。
「はい。私は、咲耶ちゃんに助けられて、その時に……」
「ウチは、神社をやっているから…と言うより、霊感があって、昔から幽霊とか普通に見えていたんだ」
「……どうにも、話が見えないわね」
2人の断片的な証言だけでは、今までの彼女たちの背景が見えてこないのは、当たり前だ。
「まぁ、ここは、僕が掻い摘んで説明するよ」
朱里に咲耶達の関係性について説明するに当たり、熾輝はコホンと小さな咳を1つして、話を始めた。
「あれは、…そう、朱里と別れてこの街にやって来た直後の事だった」
熾輝は、どこか遠い目を向けながら語る。
「そのころ、この街では、一般人が川に溺れる事件が頻発していた。色々な人からの証言を聞いて、僕は事件の臭いを感じ、調査に乗り出したんだ。そして、その日の夜、僕は遭遇した……」
「い、いったい何とよ」
熾輝の語らいに、いつの間にか聞き入っていた朱里は、ゴクリと生唾を飲んで、続きを促す。
「魔術を行使して、河童と戦う咲耶の姿を――」
「……は?カッパですって――?」
「そう、僕は直ぐに咲耶を止めに入った。いくら河童が妖怪だとはいえ、一方的に攻撃するのは人のエゴ――」
「違う違う!そうじゃない!カッパって、あの河童?頭に皿を乗っけて甲羅を背負った緑色の?」
熾輝の話を止めて、朱里は激しく突っ込みを入れる。
そして、朱里の問に「そうそう、その河童で合っているよ」と頷き返す。
「いや、…でも河童って、…嘘でしょ?」
どうやら、朱里は河童の存在を信じていない様子だ。
しかし、これは否な事、…彼女も魔術師として裏の世界で教育を受けているハズ、ならば妖怪の存在は、知っていて然るべきなのだ。
「ほ、本当だよ?ここで河童さんと逢ったの」
「……だって、…そんなハズは――」
「まぁ、論より証拠だ」
咲耶の言葉でも信じられないっと言って、否定しに掛かる朱里を他所に、熾輝は何処から出したのか、手に持ったキュウリを河へと近づけた。すると……
「キュイィーーッ!」
「なんか出たーーッ!!?」
突如、水の中から飛び出した河童が熾輝の持つキュウリを鷲掴みにし、モシャモシャと食べ始めたのだ。
その様子に、朱里は信じられない物を見ている様に驚いている。
「と、まぁ河童の話は本当だと信じてもらえたと思うから話の続きを――」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ!なんで落ち着いていられるの!?河童よ河童ッ!魔術社会でも都市伝説化した、もはや幻想種扱いの生物を見て何とも思わないの!?」
「……可愛いよね?」
「ちがーうッ」と激しく突っ込む朱里がこのあと落ち着くまでに30分程の時間が掛かった――。
「えぇ、コホンッ、――朱里は、次に話の骨を折ったら、もう何も話さないから注意するように」
「うぅ、…判ったわよ」
説明を求めておいて話を中断させた事については、反省している。…が、河童の事に関しては、やはり彼女の中で納得は出来ていないのか、チラチラと河童が帰って行った川の方へと視線が向いてしまう。
そんな朱里を見て、「僕を狙った刺客と言うのは、考えすぎか?」と本気で思い始めてしまっている。
「――とにかく、僕はそのとき、咲耶が魔術師である事を知った。話を聞いたら、当時、この街では川で溺れる事件以外でも様々な事件が起きていた事を知った。そして、その元凶ともいえる相手、…妖魔と遭遇したのは、その直後だった」
「よ、妖魔――」
魔術師である以上、朱里も妖魔についての知識を有している。
基本的に妖魔は、悪霊の上に位置する存在、その力は悪霊のそれとは比べ物にならないとされており、未だ彼女も妖魔との戦闘経験は無い。
「川に巣食っていた妖魔を僕と咲耶とで何とか倒すことは出来た。咲耶との協力関係を結んだのは、この事件のあと直ぐのことだ。…ちなみに、乃木坂さんは咲耶が魔術師だという事をこのとき既に知っていて、一緒に調査を開始したんだ」
「捕捉するなら、熾輝くんがこの街に来る以前、私が妖魔に襲われたところを助けてくれたのが咲耶ちゃんでした」
合いの手を打つかのように、傍で控えていた可憐がタイミングを計って言葉を挟む。
「ち、ちなみに咲耶が魔術を使えるのは、家柄……親が魔術師なの?」
「ううん、違うよ。私が魔術を使えるようになったのは、1年くらい前にこの杖を手に入れた事が切っ掛けで、魔力が目覚めたの」
朱里の質問に対して、咲耶は布に包まれた1本の杖を取り出して手渡した。
「……なるほど、魔力を感じる。この杖がトリガーになったのね」
なまじ知識があるおかげで、少ないヒントで答えを導き出す朱里は、1つの事柄に対し、突っ込んで聞いてくる事をしてこない。
熾輝も、短い付き合いの中、それこそが彼女の長所であり短所である事を知っているが故、利用しやすいと考えている。
朱里が杖の見分を終えて「ありがとう」と言いながら咲耶に杖と手渡した事を確認すると、話を戻すよと前置きして、再び語り始めようとする。
ちなみに、アリアには杖になってから良いと言うまで喋らない様にしてもらっている。
「――調査した結果、この街の龍脈に乱れがある事が判った僕たちは、この街で一番力が集まる場所へ行けば何か判るかも知れないと思い、燕の家である法隆神社へと向かった」
「私の家は、大昔からこの街を管理している神社なの。私はそこの巫女で、神社には真白様っていう土地神もちゃんといるの」
神社の話へと移る際、燕へと視線を向けた熾輝の合図に気が付き、燕はバトンを受け取るが如く自身の事を説明した。
「なるほど、…土地神がいる神社の巫女だっていうのなら、霊能力があるのも頷けるし、魔術社会の事を知っていても不思議じゃないわね」
一応、ここまでの話に矛盾が無い事を朱里は、頭の中で状況を整理しながら納得していく。
そして、熾輝もまた、ここまでの話に嘘偽りは一切ついていない。……多少の情報秘匿はしているが――
「そして、法隆神社で話を聞いた結果、土地神の力が弱体化していて、そのせいで龍脈に乱れが生じ、吹き溜まった場所に妖魔が発生するという事態が起きている事が判った。それを知った僕たちは、真白様を回復させるために妖魔を退治しつつ龍脈の流れを正していった………これが事の顛末だ」
熾輝は、アリアの事、魔導書の事、空閑遥斗の事については、一切語らなかった。しかし、それを話さずとも一切の嘘はついていない。
実際に真白様が弱体化をしていた事は本当だし、そのせいで龍脈に乱れが生じていたことも本当だ。(もっとも、大元の元凶は魔導書によるものだが、原因の一因としては、まったくの無関係ではない。)
そして、妖魔の退治によって龍脈の瘴気は確かに浄化され、真白様の回復も早まった。
「………わからない事があるわ」
熾輝の話を聞いて、何かを考え込んでいた朱里は「質問いいかしら?」という意思を込めて視線を向けた。
それに対し、「どうぞ」とジェスチャーを交えつつ、熾輝が承諾をする。
「まず、咲耶はポッと出の魔術師だと言っていたけど、なら魔術は誰に教わったの?」
朱里の質問に咲耶は、窺うような視線を熾輝に向ける。
それを受けて、熾輝も了承の意を込めて頷き返す。
「えっと、私の魔術の師匠は、熾輝くんなの」
「熾輝が?」
「あぁ、僕は能力者であると同時に魔術師だからね」
ある意味嘘で、ある意味本当のことだ。
熾輝は、正規の魔術師ではない。だが正規の魔術師とは異なる工程を経る事で、魔術を行使する事が出来る。
ただ、この事は極少数の者しか知らない事であり、数年前に十傑の者たちや対策課の長である木戸伊織の前で、魔術は使えないとされている。
「…へぇ、そうなんだ」
「うん、だから魔法式の事や魔術については、熾輝くんに教わっているの」
僅かに沈黙した朱里は、一応の納得を示すかのように頷いてみせた。
「あとは、なにか質問はあるかな?」
「いいえ、ないわ。…正直言うと私だけ除け者にされていた事については、ちょっとだけ不満があるけど」
「除け者――?」
意外と素直に引き下がった事に、熾輝はある意味驚きを覚えていたが、朱里がこれ以上掘り下げてきても墓穴を掘るリスクが増すだけなので、熾輝にとってはありがたい事ではあった。
しかし、朱里の一言に咲耶だけではなく可憐や燕は、疑問符を浮かべる。
「だって、そうでしょう?熾輝は私が魔術師である事は、初めて逢った時から知っていたんでしょう?なら、咲耶たちも熾輝から話を聞いていたんじゃないの?」
「え――?熾輝くん、そんな話は初めて聞いたよ?」
確かに熾輝は朱里と初めて逢った時から彼女が魔術師である事は、判っていた。それも、ハイジャックなどという事件が起きる前、…朱里と顔を合わせた直後にだ。
しかしおそらく、彼女は飛行機の中で自分が魔術を行使したときの事を言っているのだろう。
熾輝は人よりも鋭敏な感覚により、相手の気配から魔術師かどうかの違いが判る。
熟練の魔術師や熾輝のように鋭敏な感覚を持った者であるなら、意外と出来る者は多い。
ただ、この発言から朱里が相手の気配から魔術師であるかの有無について、察知できない事が判明した。
「そりゃあ、そうさ。いくら親しくても、プライバシーに関わる事を軽々しく言えるわけがない。しかも、それが魔術師であるかなんて、重要な秘密を言いふらす趣味は、僕にはないよ」
「あ、そっか、…ごめんなさい」
「え、いや、別に、謝るような事は何もしていないだろう?」
確かにと、…咲耶は改めて自分の発言が相手のプライバシーに踏み入った行為であったかという事に気が付き、即座に謝罪をする。
それに対し、逆に熾輝の方が済まない気持ちになって、慌てている。
「ふふ、仲が良いわね、お二人さん」
「えッ!?違ッ、そういうのじゃ――」
「否定する所が余計に怪しい」
からかい半分で言った朱里の言葉に、咲耶は久々にオロオロとしながら顔を真っ赤に染めている。
ただ、その反応の些細な変化に朱里は、「おや?」と勘繰るような視線を向ける。そして、燕もまた何か違和感の様な物を感じていた。
「さて、話も終わった事だし、これからどうする?」
「えぇ、何よ。もっと、からかわせてよぉ」
安易に否定しても朱里が助長してしまうであろう事は、容易に想像できてしまうため、熾輝は敢えて話に乗らず、あくまでドライに話をぶった切る事にした。
「勘弁してあげてよ。これ以上からかったら、泣いちゃうかもよ?」
「な、泣かないもん――!」
泣かないと言ってはいるが、リンゴのように真っ赤に染まった顔とフルフルと震えている様子から、本当に泣いてしまうかもと危機感を覚えた朱里は「ご、ごめんッ!」と激しく謝罪を入れて、事なきを得た。
「なら、みんなで一緒にお茶しようよ!」
「あら、いいですね。ちょうど喉も乾いてきましたし」
「そ、そうね。ほら、咲耶、機嫌なおしてよー。甘い物を奢ってあげるから」
「うぅ、…ほんとう?」
熾輝は、今回の話の如何によっては、朱里との戦闘に発展する可能性を危惧していた。
しかし、蓋を開けてみれば、どうということもなく話は終わった。
今は、友人として朱里を含めたいつものメンバーで、3時のおやつと称して、何処かの喫茶店でお茶をする相談を始めている。
ただ、熾輝は今回の話し合いで、決定的な事実を確信していた。………朱里は間違いなく刺客であると―――。




