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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
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事後処理

人質にされていた子供たちの爆弾は解除された。

熾輝は、子供たちに取り付けられていた爆弾付きのチョッキを脱がすと、丁寧にトラックの荷台から降ろしていく。


外では、羅漢によって拘束された犯人が横たわっている。

彼等の肌の色は、未だに薄緑かかっており、魔法薬による副作用が見て取れる。


子供たちは、そんな犯人達を見て怯えた表情を見せているが「もう大丈夫だよ」と言った熾輝の言葉に、皆が安堵の表情を浮かべていた。


「さて、状況は終了したけど、これからどうしたものか―――」


犯人を倒し、人質を救出したまではいいが、姿を晒してしまった以上、事はこのままでは済まない。


熾輝がこれからの事について考えていたとき、大橋を渡ってきた1台の車のライトが目に入った。


「おっまたせー♪刹那ちゃんの到着よー☆」


車から降りてきたのは、空閑遥斗の死鬼神しきがみである刹那と……


「間に合って良かったわ。子供たちに怪我はない?」


熾輝の師、東雲葵だった。


「間に合ったか。…これで何とかなりそうだ」


2人の到着にホッと胸を撫で下ろした熾輝は、状況の説明を行った。


「――状況は理解したわ。犯人は私に任せてちょうだい。既に対策課がこちらへ向かっているから、何の心配もいらないわ」

「お願いします。あとは、子供たちの事なんですが、…すみません、怖がらせない様にと、顔を晒してしまいました」


葵は、子供たちに怪我が無い事を確認すると犯人達が使用した薬の解毒に取り掛かる方針を決める。

そして、熾輝は一般人である子供たちに自分の正体を晒してしまった事を伝える。


「だいじょーぶ♪そのために私が来たんだから☆もう、銀行に残されていた子達の記憶操作は済んでいるから、あとはこの子達が心に傷を残さないように上手くやるわ」

「…よろしく頼む」


グッと親指を立てて「任せなさい」とアピールする刹那に、熾輝は苦笑を浮かべながら子供たちの事を任せる。


空閑遥斗の死鬼神である刹那には、人の記憶や感情…精神を操作する固有能力が備わっている。


今回の事件を知った熾輝は、現場へ向かう途中、刹那に連絡を取り、万が一に備えて協力を要請していたのだ。


結果的に、彼女への協力要請は吉とでた。

銀行で朱里が魔術を使用してしまい、続けて咲耶が……そして、熾輝が子供たちに素顔を見せなければならない状況に陥り、魔術を知らない子供たちの記憶を書き換えなければならなくなった。


本来ならば、そういった事は避けなければならなかった。…熾輝は、今回の出来事で反省しなければならない事が多々あったと、思い返しながら、子供たちの元で記憶を書き換えている刹那の様子を見守っている。


「――よしっ、これで終わり♪目が覚めたら、この子達は、強盗に遭ったっていうこと以外は、何も覚えていないわ。事件のショックで記憶が飛んだっていう筋書きよ」


曖昧な記憶で齟齬が発生するよりも、ある場面から何も覚えていない方が、こちらとしても都合がいいし、何よりも自分たちがどんな酷い目にあったという事実自体を忘れてしまっている方が心に傷は残らない。


「ありがとう刹那、助かったよ」

「なんのなんの♪一応、私も対策課の派遣社員だからね☆」


魔導書事件以降、実は彼女と剛鬼は、対策課の仕事を請け負っていた。


あの事件で、遥斗はお咎めなしとなっていたが、やはり、それに意見する一部の者達も居たらしい。


そこで、後見人である土橋淳子の提案で社会奉仕という名の下、対策課の仕事を手伝う事にしたらしい。


もちろん、遥斗本人は治療中のため動けないが、死鬼神である彼等は、少しでも遥斗に対する風当たりを無くすために仕事をしている。


仕事内容は、簡単な物らしいのだが、彼女たちの行いで遥斗に対する風当たりが少しはましになっているのは、事実だ。


「さて、事件は解決した……とは、言い難いなぁ」

「どゆこと?」


犯人は捕まり、子供たちも無事に保護された。

しかし何故、能力者である犯人達が今回、銀行強盗……そして人質に取った子供たちに爆弾までも取り付けたのかという謎が残っている。その答えは……


「トラックの荷台を見れば判るよ」


意味深な熾輝の言葉に促されるままにトラックの荷台をのぞき込んだ刹那は、目を見開き息を飲んだ。


「これってッ―――」


そこには、血のような赤黒い液体で描かれた陣がトラックの荷台にビッシリと刻まれていた。


「あぁ、魔法陣だ……それも飛びっきり、最悪な部類のね」

「じゃあ、子供たちは生贄の道具にされていたってこと?」


刹那の問に熾輝は、首を縦に振って肯定を示す。


「これは、ちょっと厄介よ。こんな事をしでかす連中がコイツ等だけなんて事がないもの」

「とはいえ、ここから先はプロの仕事…僕が口を挟む問題じゃあない」

「…そうね、あとの事は対策課わたしたちに任せて頂戴」


派遣とは言え、刹那には対策課の一員としての自覚があるのか、他人事と思わずに事件を解決するための決意が見て取れた。


「ところで、…咲耶達はどうなった?」


既に自分の出る幕は無いと、事件の捜査を大人たちに任せる事に決めた熾輝は、現場に残してきた友人たちの事について刹那に質問をした。


「え~っと、…ちょっとトラブルというか、…転校生の女の子が動揺して咲耶達を質問攻めにしていたわよ?」


今回の一件で、咲耶が魔術師であることが朱里に露見してしまった。その事については、仕方がないと割り切ってはいたが、何と説明したものかと熾輝ですら考えあぐねていた問題だ。


「まぁ、でも今日のところは、強制的に解散させたから、そっちの事は、あとで咲耶ちゃん達と相談して上手くやってよ」

「解散させたって、…どうやって?」

「国家権力!」


えっへん!と胸を張りながら対策課の証である証明書……警察官でいうところの警察手帳みたいな物を見せてドヤ顔を決める刹那――


正直、下手な説明をされるよりは、いいかと気持ちを割り切り、納得する熾輝であった。


「あっ、ちょうどウチの連中が到着したみたい」


あれこれと話していたそのとき、空からプロペラ音を鳴らしてやって来た対策課の捜査員――


彼等が所有するヘリコプターが大橋の上空にホバリングを開始し、次々と降り立つ捜査員達を横目に、熾輝はこれから朱里の事について、咲耶達になんと話をしたものかと考え悩み、頭痛を感じずにはいられなかった。



◇   ◇   ◇



「――おやおや、彼等は失敗しましたか」


河の下流、そこで遠見の魔術を行使していた男が大橋の状況を窺っていた。


「予備の起爆スイッチも作動しない、……これは、敵さんも中々に厄介な相手ということでしょうか」


円柱型の機械、その末端に取り付けられていた赤いボタンを数回、カチカチと押してみるも大橋の上で爆発が起きない様子を確認する。


厄介だと言っておきながら、男は毛ほども意に介していないのか、その表情に変化はない。


それどころか、何処か楽し気な雰囲気すらかもし出している。


「さてと、……ちょうど目当ての物も到着しましたし、ここらで退散しましょうか」


男は、犯人グループの様子を窺っていた…だけではなく、何か目的があったかのような口ぶりで河の岸付近へと歩みを進める。


そこには、河の流れを無視するように流れてくる一本のボトルケースが漂着してきた。

それをヒョイとつまみ上げると、中を確認することなく手持ちの鞄にしまい込もうとした。そのとき……


「おっと、そのまま動くな」


背後から掛けられた声に動きを止める。


「そのままゆっくり両手を上げて膝をつけ」


背中からチクチクと感じる威圧から敵対者であろう事を悟った男は、声に従って両手を上げる……が、膝を着かずにゆっくりと振り向いた。


「……これは、これは、まさかフランス聖教のエクソシスト部隊がお出ましとは」

「余計なお喋りはいらねぇ、ゆっくりと膝を地面につけ」


男の視線の先には銃を構えた金髪の男、フランス聖教が誇る聖騎士……の見習いで、今は悪魔祓エクソシスト部隊に派遣中のドニーの姿があった。


他にも男を取り囲むように複数のエクソシスト達が等間隔に配置している。


「なるほど、…そう言えば、あなた方の長である聖騎士長殿は、我々に対して偉くご執心と聞き及んでおります。遠路遥々えんろはるばるこんな極東の島国にまで手を伸ばすとは、国際問題が怖くないのですか?」

「言ったはずだ。余計なお喋りはいらないと。そのどてっ腹に風穴を空けられたくなければ、いう通りにしろ」


未だ指示通りに動こうとしない男に業を煮やし、ドニーは拳銃のトリガーをゆっくりと引き絞り、いつでも撃ちだせるようにする。


「いやはや、これだけの人数に囲まれてしまえば、逃げるのは難しいですね。……判りました。指示に従いますよ――」


四方をエクソシスト達に囲まれて、逃走は困難と判断したのか、男は諦めたかのようにゆっくりと膝を折る。しかし――


「ただし、捕まるのはごめん被ります」

「なにッ――!!?」


男が地面に膝を着く瞬間、足元の影が不気味に波打った。

その影には目や鼻、口といった顔が突然に出現し、大きな口を広げた。


かおだけで、およそ3メートルはあるだろうか、……男が膝を落として地面に着く瞬間、その大きな口の中へと呑み込まれていった。


「チクショウッ――!」


ドニーは、慌てて発砲するも男には当たらず地面を抉るだけにとどまった。


顔の影は、男を呑み込んだ瞬間、あっというまに闇に溶け込むようにして消えてしまい、そのまま何処かへ気配を消してしまった。


「野郎、シャドーデーモンを忍ばせていやがったッ!」


男が元居た場所には、文字通り影も形もない。


「――ドニー、状況終了だ。一度、セーフハウスに帰還するぞ」

「……了解」


1人悔しさを漏らすドニーに、同じエクソシスト部隊の隊員が声を掛ける。

彼等の行動は迅速だった。…こういった現場には慣れているのか、追跡不可能と見切りを付けると彼等もまた、闇に紛れる様に姿を消した―――。



◇   ◇   ◇



「――そっか、………うん、わかった。その事は明日、話し合おう……うん、それじゃあ」


携帯端末の通話を切った熾輝は、流れる街の景色に視線を向けると、浅く溜息を漏らす。


「可憐ちゃん、なんだって?」


運転席でハンドルを握る葵からの質問に熾輝は、苦笑を浮かべて答える。


「ひとまずは、みんな無事に家に帰れたみたいです。ただ、朱里の件については、明日みんなで話し合う事になりました」

「そう……まぁ、友達が魔術師だった事には驚いたでしょうけど、それはお互い様よね」

「ですね」


現状、朱里が魔術師である事がバレたと同様に朱里にも咲耶が魔術師である事がバレてしまった。


それ自体は、仕方がなかったと熾輝も割り切っている。


問題は、咲耶達と自分との関係性…そして自分と朱里との関係性だ。


明日、咲耶たちに朱里のこと……つまりは、刺客の疑いがあるかもしれないと話すかどうかなんだが、正直に言えば可憐以外は必ずボロを出す事は目に見えている。

ならば、適度な情報……つまりは自分が知りうる上で確証がある情報を開示するべきだろう。

そうすれば嘘を付いた事にはならないし、今現在判っている情報なんぞ、たかが知れている。


あとは、朱里に咲耶達との関係性について何と話すかだが……。


―(まぁ、これは情報の辻褄を合せれば、どうにかなるかな)


熾輝の中で、咲耶達に関する情報を1つ1つ、パズルを組み合わせる様に話を繋ぎ合わせていく。

大部分の真実にほんの少しだけ、嘘を織り交ぜる。

相手を欺く上で、最も効果的な手段を熾輝は、しっかりと心得ていた。


「や~っと終わったなら、速く帰ってご飯にしましょうよ。もう、お腹がペコペコよぉ」


帰り際の車内で熾輝が思考に耽っていたとき、後部座席から声が掛かった。

時計の針は、もうすぐ7時を回ろうとしている。今から晩御飯の準備を始めると出来上がりは、9時を回ってしまうかもしれない。


「すみません、紫苑姉さん。折角のパーティーのハズがこんな事になってしまって」


熾輝としては、久しぶりに逢った紫苑に満足してもらおうと、色々手の込んだ物を食べてもらいたかった。


いくら苦手意識をもった相手とはいえ、客人に対して粗末な扱いは、彼の流儀に反するのだ。


ただ、…やはり今からでは、十分な料理を作ることも出来ないのは、事実だ。


「外食っていう手もあるけど、今日は休日だから、どこも混んでいるし、……こまったわねぇ」

「熾輝ぃ、簡単で美味しくて、どことなくパーティー気分が味わえる物を作りなさいよぉ」


「そんな無茶な」と思った熾輝であるが、こんな事もあろうかと、常日頃から料理番組を見て研究を重ねていた彼の料理脳が1つの答えを導き出す。


「なら、生春巻きパーティーをしましょう」

「……やだ、ちょっと何それ、美味しそうじゃない」


生春巻き、…それはライスシートにキュウリや大葉、肉やアボガド、エビ等といった様々な具材を包んだ料理


しかも具材をある程度切っておくだけで、あとは食べる人が勝手に好みで包んで食べるという、手間も時間も掛からないお手軽料理


加えて、料理名の後にパーティーと付けるだけで、あら不思議、たった一品だけの食卓がパーティーへと大変身!


お酒にも合うので、お試しに作ってみましょう――――


などと、殺伐とした一日を忘れるかのように帰りの車内では、紫苑の歓迎パーティーに出される料理の話で持ち切りになったのだった。


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